概要: OJTは優秀な人材育成に不可欠な手法ですが、その効果を最大化するには計画的なアプローチが重要です。本記事では、OJTの有効性、ロミンガーの法則を活用した育成方法、そして効果的な育成計画の立て方について解説します。
OJTの有効性を理解する:なぜ今、OJTが求められるのか
OJT(On-the-Job Training:職場内訓練)は、企業が従業員を育成する上で欠かせない実践的な手法です。
実際の業務を通じて、必要なスキルや知識を効果的に身につけさせることを目的としています。特に、変化の激しい現代において、新入社員や若手社員をいち早く戦力化するために、その重要性は増すばかりです。
多くの企業がOJTを人材育成の中心に据え、従業員の即戦力化と持続的な成長を支援しています。
OJTの基本定義と現代企業における意義
OJTとは、「職場内訓練」の略で、従業員が自身の職務を遂行する中で、上司や先輩から直接指導を受け、必要なスキルや知識を習得する育成手法を指します。
座学中心の研修(Off-JT)とは異なり、実際の業務現場でリアルタイムに課題に直面し、解決策を学ぶため、非常に実践的で効率が良いとされています。
現代のビジネス環境は急速に変化しており、既存の知識やスキルだけでは対応が難しい場面が増えています。
このような状況下で、OJTは従業員が変化に適応し、新しい知識や技術を迅速に習得するための最も有効な手段の一つとして、その意義をさらに高めています。特に、新入社員が組織の文化やルールに慣れ、スムーズに業務へ移行するためには、OJTが不可欠な役割を果たします。
(出典: 厚生労働省)
OJTがもたらす多角的な効果
OJTは単なる業務指導にとどまらず、多岐にわたる効果を企業にもたらします。
まず、最も直接的な効果として「スキルの習得と向上」が挙げられます。実際の業務を通して、直接指導を受けながら、座学では得られない実践的な知識や技術を効果的に身につけることができます。これにより、従業員の早期戦力化が促進されます。
次に、「組織文化の浸透」も重要な効果です。
新しいメンバーが組織独自のルール、価値観、行動規範を理解し、企業文化に溶け込む手助けとなります。また、上司や同僚との連携を通じて、「協力体制の構築」を促し、チームワークやコミュニケーション能力の向上にも寄与します。
さらに、実務経験を通じて自身の強みや弱みを認識し、自己評価を深めることで、「自己成長の促進」にも繋がります。
これは、従業員個人のキャリア発展だけでなく、組織全体の活性化にも貢献するでしょう。
OJTとOff-JTの相乗効果
OJTはそれ単体でも効果的ですが、Off-JT(Off-the-Job Training:職場外研修)と組み合わせることで、さらに高い教育効果を発揮します。
Off-JTは、集合研修やeラーニング、外部セミナーなど、業務から離れて体系的な知識や理論を学ぶ機会を提供します。
OJTが実践的な「体得」を重視するのに対し、Off-JTは基礎となる「理解」を深める役割を果たします。この二つを組み合わせることで、従業員は理論と実践の両面から学びを深め、より確実なスキルアップを実現できます。
例えば、厚生労働大臣の認定を受けた「認定実習併用職業訓練」では、OJTとOff-JTを効果的に組み合わせた訓練が実施されており、企業はこれを利用することで助成金の対象となる場合もあります。
理論で得た知識をOJTで実践し、OJTで得た疑問をOff-JTで解決するというサイクルを回すことで、従業員の学習効果は飛躍的に向上するでしょう。
(出典: 厚生労働省)
OJTの「無意識」をなくす!ロミンガーの法則をOJTに活かす
OJTは多くの企業で採用されていますが、その実施方法によっては「名ばかりOJT」となり、十分な効果が得られないことがあります。
「無意識」に行われるOJTをなくし、計画的かつ意識的な育成を行うことが、優秀な人材を育てる上での重要な鍵となります。
ここでは、OJTをより効果的なものにするための具体的なアプローチについて解説します。
「名ばかりOJT」が引き起こす問題点
OJTの重要性は理解されつつも、多くの企業で「名ばかりOJT」という課題に直面しています。これは、形式的にOJT担当者を決めるものの、具体的な育成計画がないまま、あるいは指導者への十分なサポートがないままOJTが進められる状態を指します。
結果として、育成対象者は放置されたり、漠然とした指示しか得られなかったりするため、スキル習得が遅れ、モチベーションの低下や早期離職に繋がるリスクがあります。
指導者側も、自身の業務に加えて育成責任を負うことになり、過度な負担を感じやすくなります。
また、指導者の経験やスキルによって指導内容にばらつきが生じ、組織全体の育成水準が不安定になることも問題です。このような「無意識のOJT」は、企業の人材育成投資を無駄にするだけでなく、貴重な人材の成長機会を奪ってしまうことになります。
経験からの学びを最大化する計画的なOJT
人材育成においては、「経験からの学び」が非常に重要であると言われています。これは、いわゆる「ロミンガーの法則(70:20:10の法則)」に代表される考え方で、個人の成長の70%は経験から、20%は他者からのフィードバックや助言から、10%は研修から得られるというものです。
OJTは、この「70%の経験からの学び」を最大限に引き出すための核となる手法です。
「無意識」をなくすためには、まず「育成計画の立案」を徹底することが不可欠です。育成対象者が習得すべき業務知識やスキルを明確にし、習得時期の順序を定めた具体的な育成目標を設定します。
さらに、実践的な学習を促進するために、実務やプロジェクトのスケジュールと連携させた育成計画書を作成します。これにより、育成対象者は何を、いつまでに、どのように学ぶべきかが明確になり、主体的な学習を促すことができます。
指導者も計画に沿って指導を行うことで、場当たり的な指導を防ぎ、効果的な育成に繋げることが可能です。
指導者の意識改革と組織的なサポート
OJTを成功させるためには、指導者個人の努力だけでなく、組織全体でのサポート体制が不可欠です。
指導者のスキルや経験によって指導内容に差が出ないよう、標準的な指導手順を定め、必要に応じて指導者向けの研修を実施することが有効です。これにより、指導者全員が一定水準以上の指導力を持ち、質の高いOJTを提供できるようになります。
また、近年はハラスメント防止への意識が高まっており、指導者には相手への一層の配慮が求められます。
具体的な指示・指導方法だけでなく、コミュニケーションの取り方やフィードバックの仕方についても研修を強化し、ハラスメントのない健全な育成環境を整備することが重要です。組織はOJT担当者を決めるだけでなく、彼らが安心して育成に取り組めるよう、定期的な面談や相談窓口の設置など、心理的なサポートも充実させるべきです。
(出典: 厚生労働省)
OJTで求められること:実践者が語る、ランクアップへの道
OJTが成功するかどうかは、指導者と育成対象者、双方の意識と行動にかかっています。
特に、実践的なスキルや知識を効果的に習得し、一歩先のステージへ進むためには、それぞれの役割において求められることを理解し、行動に移すことが重要です。
ここでは、OJTの現場で実践者がどのようなことを意識し、取り組むべきかについて掘り下げていきます。
育成対象者自身が成長を加速させる姿勢
OJTの主役は、他ならぬ育成対象者自身です。
いくら指導者が熱心に指導しても、育成対象者に学ぶ意欲がなければ成長は望めません。自らの成長を加速させるためには、「主体性」を持って業務に取り組むことが最も重要です。
指示を待つだけでなく、積極的に質問したり、疑問点や不明点を自ら調べたりする姿勢が求められます。また、指導者からのフィードバックは、成長のための貴重な情報源です。
ポジティブな評価だけでなく、改善点や課題についても素直に受け止め、次へと活かす柔軟な姿勢が欠かせません。自身の育成目標を常に意識し、何ができていないのか、何を学ぶべきなのかを自ら分析し、日々の業務を通じて実践と改善を繰り返すことで、着実にスキルアップし、ランクアップへの道を切り開くことができるでしょう。
指導者に求められる「ティーチング」と「コーチング」
OJTにおける指導者は、単に業務を教えるだけでなく、育成対象者の成長を促すための多様なスキルが求められます。
その中でも特に重要なのが「ティーチング(指示・指導)」と「コーチング」です。ティーチングにおいては、育成対象者の知識や習得段階に合わせて、理解しやすい言葉や表現で指示・指導を行うことが基本です。
具体的には、「やってみせて、やらせてみて、具体的にアドバイスする」という実践的な指導方法が非常に効果的です。一方で、コーチングは育成対象者自身が答えを見つけられるよう、問いかけを通じて気づきを促す手法です。
指導者は、育成対象者の話に耳を傾ける「傾聴」の姿勢を忘れず、相手の成長を信じて寄り添うことが重要です。ティーチングで基礎を教えつつ、コーチングで自律的な思考を促すことで、育成対象者はより深く学び、応用力を身につけることができるようになります。
質の高いフィードバックと評価で成長を後押し
OJTのサイクルにおいて、フィードバックと評価は成長を加速させる上で不可欠な要素です。
指導者は、育成対象者の仕事ぶり(態度、進め方、成果など)に対して、定期的かつ具体的にフィードバックを行う必要があります。フィードバックは単なる結果の報告ではなく、どのような点が良かったのか、どのような点を改善すべきなのかを明確に伝えることで、育成対象者の気づきを促し、次へと繋がる行動変容を促します。
特に、改善点を伝える際は、一方的な指摘ではなく、「期待」と「具体的な行動」を結びつけて伝えることが重要です。
また、育成計画に沿った評価を定期的に実施し、育成対象者の成長度合いを確認することも大切です。評価は、単に優劣をつけるものではなく、現在の到達点と次の目標を共有するための機会として活用します。
必要に応じて育成計画を修正し、常に育成対象者の状況に合わせた柔軟な対応を取ることで、彼らの成長を力強く後押しすることができます。
OJTの「ライン」と「ラダー」:効果的な育成計画の立て方
OJTを効果的に機能させるためには、場当たり的な指導ではなく、明確な計画に基づいた体系的なアプローチが不可欠です。
ここでは、育成計画の立案から組織全体での推進、そして従業員のキャリア形成を見据えた長期的な視点でのOJT計画について解説します。
「ライン」と「ラダー」という概念をOJTに当てはめ、短期的なスキル習得と長期的なキャリアパスの双方を意識した育成計画の立て方を深掘りします。
OJT成功の鍵を握る「育成計画」の立案
OJTを成功させるための第一歩は、詳細な育成計画を立案することです。
この計画には、育成対象者が習得すべき業務知識やスキルを具体的にリストアップし、それぞれの習得時期や達成基準を明確に定める必要があります。単なる知識の羅列ではなく、実際の業務やプロジェクトのスケジュールと連携させ、実践的な学習を促進する内容にすることが重要です。
例えば、あるスキルを学ぶ際には、関連する業務の担当期間やプロジェクトへの参加時期を明記し、OJTが実務に直結するようにします。育成計画書は、指導者と育成対象者双方にとって、OJTの進捗を確認し、目標達成度を測るための羅針盤となります。
計画書は一方的に作成するのではなく、指導者と育成対象者が共に話し合い、合意形成を図ることで、育成対象者の主体性を引き出し、目標へのコミットメントを高める効果も期待できます。
明確な役割分担と組織全体の推進体制
育成計画がどれほど優れていても、それを実行する組織体制が整っていなければOJTは機能しません。
まず、指導者と育成対象者の役割分担を明確にすることが不可欠です。指導者は教える責任を負い、育成対象者は学ぶ責任を負う、という認識を共有します。
しかし、OJTは特定の指導者だけに丸投げするものではありません。
組織全体でOJTを推進する体制を整え、指導者が困ったときにはサポートを受けられるような仕組みを構築することが重要です。例えば、指導者向けの定期的なミーティングや情報共有の場を設けたり、OJT担当者の業務負荷を考慮した人員配置を行ったりすることも有効です。
経営層から現場のマネージャーに至るまで、組織全体がOJTの重要性を認識し、積極的に関与することで、指導者へのプレッシャーを軽減し、より質の高い育成が可能になります。
「ライン」と「ラダー」で描くキャリアパス
OJTは、単なる目の前の業務スキル習得だけでなく、従業員の長期的なキャリアパスを見据えたものであるべきです。
「ライン」としてのOJTは、特定の業務やプロジェクトにおける短期的なスキル習得やパフォーマンス向上を目指します。これは、日々の業務遂行に直結する即効性のある育成です。
一方で、「ラダー」としてのOJTは、そのスキル習得の積み重ねが、将来的な役割変更や昇進、専門性の深化といったキャリアの「はしご(ラダー)」を上ることにどう繋がるのかを示すものです。
育成計画を立てる際には、この「ライン(短期的な成果)」と「ラダー(長期的な成長)」の両方の視点を取り入れることが重要です。育成対象者が現在の業務を通じてどのようなスキルを身につけ、それが将来的にどのようなキャリアパスに繋がるのかを具体的に示すことで、OJTへのモチベーションを維持し、より戦略的な人材育成を実現できます。
定期的な面談で育成計画とキャリアパスの連携を確認し、必要に応じて調整することで、従業員一人ひとりの成長を最大限に引き出すことができるでしょう。
OJTの要件と本・論文・レポートから学ぶ、成功の秘訣
OJTを単なる業務指示で終わらせず、優秀な人材育成へと繋げるためには、いくつかの重要な要件を満たす必要があります。
また、企業がOJTに投資する際に活用できる助成金制度についても理解しておくことで、より効率的で持続可能な人材育成が可能になります。
ここでは、OJTの成功に不可欠な要件と、外部の支援制度や過去の知見から学ぶ秘訣について深く掘り下げていきます。
企業の人材投資を支援する助成金制度
国は企業の人材育成投資を支援するため、様々な助成金制度を設けています。
その代表例が「人材開発支援助成金」です。この助成金は、雇用する労働者に対して職務に関連した知識・技能を習得させるための訓練を実施した場合に支給されます。
- 人材開発支援助成金(人材育成支援コース): 厚生労働大臣の認定を受けたOJT付き訓練や、職務関連の知識・技能習得訓練などを実施した場合に対象となります。
- 人材開発支援助成金(人への投資促進コース): 特にIT分野未経験者に対するOJTとOff-JTを組み合わせた訓練など、成長分野の人材育成を重点的に支援するコースです。
これらの助成金は、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成するもので、企業の経済的負担を軽減し、より積極的に人材育成に取り組むきっかけとなります。
申請には訓練開始前の計画届の提出など、一定の要件がありますので、詳細については最寄りの労働局に問い合わせることをお勧めします。
(出典: 厚生労働省)
成功事例に学ぶOJTの要件
様々な企業でのOJTの成功事例や、関連する本・論文・レポートからは、共通するいくつかの成功要件が見えてきます。
第一に、「計画性」が最も重要です。漠然としたOJTではなく、明確な目標設定、体系的なカリキュラム、進捗管理の仕組みが不可欠です。第二に、「個別対応」の重視です。画一的な指導ではなく、育成対象者一人ひとりのスキルレベル、学習スタイル、キャリア志向に合わせた柔軟な指導が求められます。
第三に、「質の高いフィードバック」の徹底です。定期的かつ具体的なフィードバックは、育成対象者の成長を促し、モチベーションを維持するために不可欠な要素です。
また、「指導者の育成とサポート」も忘れてはなりません。指導者自身の指導スキル向上に加え、彼らがOJTに専念できるような環境整備や、精神的なサポートも成功の鍵となります。これらの要件を満たすことで、「名ばかりOJT」を脱却し、真に成果を出すOJTを実現できるでしょう。
(出典: 中小企業庁)
OJTを最大限に活かすための最終チェックリスト
貴社が実施するOJTが最大限の効果を発揮しているかを確認するために、以下のチェックリストをご活用ください。
| チェック項目 | 詳細 |
|---|---|
| 育成計画の明確さ |
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| 指導者のスキルとサポート |
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| フィードバックの質 |
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| 組織全体のコミットメント |
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| ハラスメント防止対策 |
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これらの項目を定期的に見直し、改善を続けることで、貴社のOJTは優秀な人材を継続的に育成する強力なエンジンとなるでしょう。
まとめ
よくある質問
Q: OJTで「無意識」に陥りがちなミスとは何ですか?
A: OJT担当者が自身の経験や感覚だけで指導したり、新入社員の理解度を確認せずに進めたりすることが「無意識」なミスにつながります。体系的な指導計画やフィードバックの仕組みがない場合も同様です。
Q: ロミンガーの法則の「70:20:10の法則」とはOJTでどう活用できますか?
A: ロミンガーの法則は、人材育成における経験の割合を示します。OJTでは、70%を実務経験、20%を他者からの学び(フィードバック、メンター)、10%を研修といった形式知からの学びで構成すると効果的です。特に実務経験を積ませながら、意図的にフィードバックの機会を設けることが重要です。
Q: OJTで「ランクアップ」するために、新入社員に求められることは何ですか?
A: 新入社員には、主体的な学習意欲、積極的に質問する姿勢、与えられた課題への責任感、そしてフィードバックを素直に受け止める柔軟性が求められます。また、自ら目標を設定し、達成に向けて努力する姿勢も重要です。
Q: OJTの「ライン」と「ラダー」とは具体的にどのような意味ですか?
A: 「ライン」は、組織内の指揮命令系統や日常業務の流れにおけるOJTを指します。一方、「ラダー」は、段階的なスキルアップやキャリアパスに沿ったOJTを指します。両者を組み合わせて、短期的な業務遂行能力の向上と長期的な人材育成を両立させることが重要です。
Q: OJTの「割合」について、どのような目安がありますか?
A: OJTの割合は、新入社員の経験や職種、組織の状況によって異なりますが、一般的には座学研修よりも実務を通したOJTの割合を多くすることが推奨されます。ロミンガーの法則で示されるように、70%を実務経験に充てるのが効果的とされることもあります。
