個人事業主にとって減価償却は、日々の経営で非常に重要な会計処理です。

高額な事業用資産を購入した際に、その費用を一度に計上するのではなく、数年にわたって経費に分散させる仕組みが減価償却です。

これは、正しく理解し活用することで、節税効果を高め、事業の財務状況をより正確に把握するために欠かせません。

減価償却とは? 個人事業主が理解すべき基本

減価償却の基本的な仕組み

減価償却とは、事業のために購入したパソコン、車両、機械設備といった高額な資産の費用を、その資産が使える期間(これを「耐用年数」と呼びます)に応じて、少しずつ経費として計上していく会計上の手続きのことです。

たとえば、100万円のパソコンを購入した場合、購入した年に全額を経費にするのではなく、国が定めた耐用年数(パソコンなら4年)にわたって、毎年25万円ずつ(簡略化して説明)経費として計上するイメージです。

これにより、資産が収益を生み出す期間と費用発生のタイミングを一致させ、毎年の事業利益をより正確に反映させることができます。

また、一度に大きな費用を計上するのを避けることで、年度ごとの利益の変動を緩和し、安定した税負担の軽減にもつながります。

減価償却は、特に設備投資が多い個人事業主にとって、賢い節税対策の一つと言えるでしょう。

個人事業主と法人の減価償却の違い

減価償却の計算方法において、個人事業主と法人では原則となる方法に違いがあります。

個人事業主は、原則として「定額法」で計算を行います。

定額法は、毎年一定額の減価償却費を計上するため、計算がシンプルで、今後の資金計画も立てやすいというメリットがあります。

一方、法人の場合は原則として「定率法」を採用します。

定率法は、資産の取得初年度に多額の減価償却費を計上できるため、事業開始初期の節税効果をより大きく期待できる点が特徴です。

ただし、個人事業主であっても、税務署へ事前に届出を提出すれば定率法を選択することも可能です。

どちらの計算方法を選択するかは、事業の状況や将来の収益見込み、節税戦略によって慎重に検討する必要があります。

減価償却が必要な資産の基準と特例

全ての事業用資産が減価償却の対象となるわけではありません。

減価償却が必要となる資産には明確な基準があります。

原則として、以下の2つの条件を満たす固定資産が減価償却の対象です。

  • 取得価額が10万円以上であること。
  • 耐用年数が1年以上であること。

取得価額が10万円未満の資産は「消耗品費」などとして、購入した年に全額経費として計上できます。

また、取得価額の判定は、消費税の経理処理方法(税込経理方式か税抜経理方式か)によって異なる点に注意が必要です。

さらに、個人事業主には特定の条件を満たすことで、減価償却を有利に進めることができる特例も用意されています。

例えば、取得価額が10万円以上20万円未満の資産は「一括償却資産」として、3年間で均等に減価償却する方法を選択でき、固定資産税の対象外になるメリットがあります。

青色申告を行っている個人事業主であれば、「少額減価償却資産の特例」を利用し、30万円未満の資産をその年の経費として全額計上することも可能です(2026年3月31日まで)。

減価償却は2種類!定額法と定率法の違いを比較

定額法とは?個人事業主の原則的な計算方法

定額法は、減価償却資産の取得価額から残存価額(後述する1円の備忘価額)を差し引いた金額を、その資産の耐用年数で均等に分割して毎年経費として計上していく方法です。

個人事業主の場合、税務署への特別な届出がない限り、この定額法が自動的に適用されることになります。

計算式は非常にシンプルで、「(取得価額 - 残存価額) ÷ 耐用年数」で毎年同じ償却費を算出します。

例えば、取得価額150万円、耐用年数5年のプリンターを定額法で減価償却する場合、償却率は0.200(1÷5年)となり、毎年30万円(150万円 × 0.200)が減価償却費として計上されます。

この方法は、毎年の経費額が一定であるため、事業の収支計画を立てやすく、資金繰りの予測もしやすいという大きなメリットがあります。

安定した経費計上を望む個人事業主には適した方法と言えるでしょう。

定率法とは?早期節税効果の魅力と届出

定率法は、未償却残高(まだ経費として計上されていない残りの金額)に対して、毎年一定の償却率を掛けて減価償却費を算出する方法です。

取得初年度やそれに近い年度ほど多額の減価償却費が計上され、年数を経るごとに償却費が減少していくのが特徴です。

この方法は、事業開始初期や大規模な設備投資を行った際に、より大きな節税効果を早期に得たい場合に非常に有効です。

特に、利益が多く見込まれる時期に合わせた節税戦略として活用できます。

法人の場合は原則として定率法ですが、個人事業主が定率法を選択したい場合は、税務署に「所得税の減価償却資産の償却方法の届出書」を提出する必要があります。

この届出は、その償却方法を適用したい年の確定申告の提出期限までに行う必要があります。

届出を忘れると、自動的に定額法が適用されてしまうため注意が必要です。

どちらを選ぶ?事業計画に合わせた選択のポイント

定額法と定率法、どちらを選ぶべきかは、個人事業主の事業計画や節税に対する考え方によって異なります。

定額法は、毎年均等な償却費を計上するため、安定した収益が見込まれる事業や、長期的な視点での資金計画を重視する事業主に向いています。

計算が簡単で、予測も立てやすいのが魅力です。

一方、定率法は、事業開始直後や設備投資が多い時期に大きな節税効果を得たい場合に有利です。

初期の利益を圧縮して税負担を軽減したいと考える事業主や、事業の成長が早く、将来的に収益が安定すると見込まれる場合に適しています。

ただし、定率法は計算がやや複雑になることや、年数が経つにつれて償却費が減少するため、後期の節税効果は薄れる点も考慮する必要があります。

ご自身の事業の現状と将来の展望をよく考慮し、必要であれば税理士などの専門家と相談して最適な方法を選択することが重要です。

減価償却費が0円になる?残存価額と1円の謎

備忘価額「1円」の会計上の意味

減価償却の計算を進めていくと、最終的に資産の帳簿価額が1円で残る、という話を聞いたことがあるかもしれません。

この「1円」は「備忘価額」と呼ばれ、税法上のルールによって定められています。

通常、減価償却資産は、完全に償却しきったとしても、会計上は1円だけ残しておくことになっています。

これは、その資産がまだ事業活動で実際に使用されており、存在していることを帳簿上で記録し続けるためのものです。

たとえ減価償却費の計上が終わったとしても、その資産が実際に廃棄されたり売却されたりするまでは、帳簿から完全に消すことはせず、備忘のために1円を残すという考え方に基づいています。

これにより、資産の管理を継続し、将来の売却や廃棄の際に資産の動きを正確に把握することができます。

減価償却の最終年とその計算方法

減価償却の最終年では、少し特別な計算が行われます。

定額法で計算する場合、通常は「取得価額 × 償却率」で毎年償却費を算出しますが、最終年では「未償却残高 - 備忘価額1円」が減価償却費として計上されます。

例えば、取得価額150万円、耐用年数5年(償却率0.200)のプリンターの場合、1年目から4年目までは毎年30万円が減価償却費となります。

すると、4年目の期末には150万円 – (30万円 × 4年) = 30万円が未償却残高として残ります。

そして、5年目の最終年には、この30万円から備忘価額の1円を引いた299,999円が減価償却費として計上されることになります。

これにより、資産の帳簿価額は最終的に1円となり、減価償却が完了した状態となります。

このように、最終年ではこれまで計上してきた減価償却費の合計が、取得価額から1円を差し引いた金額になるよう調整されるのです。

取得価額全額を費用計上できる特例との関連

前述した「少額減価償却資産の特例」を利用した場合、この「1円残る」というルールは適用されません。

この特例は、青色申告を行っている個人事業主が、取得価額30万円未満の減価償却資産をその年の経費として全額計上できる制度です(2026年3月31日まで)。

特例を適用すれば、たとえば25万円のパソコンを購入した場合、その年に25万円全額を費用として計上するため、償却期間は1年で終了し、備忘価額1円を残すことなく帳簿から消滅します。

つまり、この特例を利用した資産については、償却の最終年に1円残るという処理は発生しません。

これは、特例の目的が、少額資産の会計処理を簡素化し、早期の節税効果を促進することにあるためです。

資産の取得価額や事業の状況に応じて、どの制度を利用するのが最も有利かを判断することが重要です。

1年未満の資産や1月未満の期間における減価償却

減価償却期間の考え方:事業の用に供した日から

減価償却費は、資産を取得した日から計上を開始するわけではありません。

正確には、その資産を「事業の用に供した日」、つまり実際に事業で使い始めた日から計上することになります。

たとえば、年度末にパソコンを購入したとしても、実際にそのパソコンを業務で使い始めたのが翌年度になってからであれば、減価償却の開始はその翌年度からとなります。

これは、資産が収益を生み出す活動に寄与し始めた時点から費用化するという会計の原則に基づいています。

そのため、資産の購入日と事業供用日は異なる場合があることに注意が必要です。

減価償却の計算は、この「事業の用に供した日」を基点として、その事業年度の月数に応じて行われるのが一般的です。

月割り計算の基本と端数処理

減価償却の計算期間は、原則として1事業年度(個人事業主の場合は1月1日から12月31日)ですが、年度の途中で資産を取得し、事業の用に供した場合は、月割りで減価償却費を計算します。

これは、その事業年度のうち、どれだけの期間その資産が事業に使われたかを考慮するためです。

計算式は、「年間減価償却費 × (事業の用に供した日から期末までの月数 ÷ 12)」となります。

例えば、7月に事業用車両(年間減価償却費30万円)を購入し、その月に事業の用に供した場合、その年の減価償却費は30万円 × (6ヶ月 ÷ 12ヶ月) = 15万円となります。

月数の計算にあたっては、1月未満の端数は1月として切り上げることが一般的です。

これにより、年度途中に取得した資産についても、その年の使用期間に応じた適切な減価償却費を計上することができます。

年度途中の取得資産の減価償却費計算例

具体的な例を挙げてみましょう。

個人事業主のAさんが、2024年4月1日に取得価額100万円、耐用年数4年(定額法償却率0.250)の新しい業務用ソフトウェアを購入し、同日に事業の用に供したとします。

この場合、年間減価償却費は100万円 × 0.250 = 25万円です。

しかし、2024年は4月から12月までの9ヶ月間のみ使用するため、月割り計算が必要になります。

2024年の減価償却費:

25万円(年間償却費) × (9ヶ月 ÷ 12ヶ月) = 187,500円

このように、初年度は使用期間に応じて減価償却費を計算します。

そして、翌年2025年からは、年間減価償却費である25万円を計上していくことになります。

この月割り計算を正しく行うことで、事業の年間収益をより正確に反映させることができ、適切な税務申告につながります。

減価償却の注意点:0.9の計算や間接法について

取得価額0.9の謎?定率法の償却保証額

定率法で減価償却を行う際に「取得価額の0.9」という数字が出てくることがあります。

これは、定率法特有の「償却保証額」と呼ばれる仕組みに関係しています。

定率法は、年数が経つごとに償却費が減少していくため、ある時点で償却費が極端に少なくなる、あるいは定額法で計算した償却費を下回ってしまう可能性があります。

そこで、税法では「償却保証額」という基準が設けられています。

これは「(取得価額 - 備忘価額) × 償却保証率」で計算され、減価償却費がこの償却保証額を下回るようになると、計算方法が「改定償却率」を使ったものに切り替わります。

この償却保証率は、実務上、耐用年数に応じた特定の割合で、資産の取得価額の90%が償却された時点、あるいは未償却残高がこの償却保証額を下回る時点から、計算方法を切り替えて、残りの金額を数年で均等に償却しきるように設計されています。

これにより、定率法でも償却期間内にほぼ全額を償却できるようになっています。

減価償却の間接法と直接法の違い

減価償却費の会計処理には、「間接法」と「直接法」の2つの方法があります。

間接法は、減価償却費を計上する際に、直接資産の金額から減らすのではなく、「減価償却累計額」という科目を使って処理する方法です。

貸借対照表上では、資産の取得価額はそのまま表示し、その下にマイナス表示で減価償却累計額を記載することで、資産の現在の帳簿価額と、これまでにどれだけ償却が進んだか(取得価額)を両方把握できます。

多くの企業会計で採用されている一般的な方法です。

一方、直接法は、減価償却費を計上するたびに、直接資産の帳簿価額を減らしていく方法です。

この方法では、貸借対照表に表示される資産の金額が常に現在の帳簿価額となるため、見た目はシンプルです。

しかし、資産の元の取得価額を把握するためには別途管理が必要になります。

個人事業主の場合、確定申告書では間接法による記帳が求められるため、会計ソフトなどを利用して間接法で処理することが一般的です。

会計ソフトと専門家活用の重要性

減価償却の計算や仕訳は、一見複雑に思えるかもしれませんが、市販の会計ソフトを利用すれば、比較的容易に処理を進めることができます。

ほとんどの会計ソフトには減価償却資産台帳の機能が備わっており、資産の取得価額、耐用年数、償却方法などを入力するだけで、自動的に年間の減価償却費を計算し、仕訳を生成してくれます。

これにより、手計算でのミスを防ぎ、時間と手間を大幅に削減できます。

しかし、特例の適用判断や、事業の状況に合わせた最適な償却方法の選択、税法の改正への対応など、判断が難しいケースも少なくありません。

特に、新しい事業用資産の購入を検討している場合や、複数の特例が適用可能な場合などは、税理士などの専門家へ相談することをおすすめします。

専門家のアドバイスは、適切な節税対策を講じ、税務上のリスクを回避するために非常に重要です。