出向と36協定、給与、勤怠管理の疑問を徹底解説

会社から他社への「出向」。新たな環境での挑戦は期待に満ちている一方で、給与や勤怠管理、そして働き方を規定する36協定など、さまざまな疑問や不安がつきものです。

本記事では、出向に際して特に重要となるこれらのテーマについて、最新のデータや傾向も踏まえながら、皆さんの疑問を徹底的に解説します。

出向を控えている方、出向者を迎える企業、送り出す企業の担当者の方々にとって、本記事がスムーズな出向プロセスの一助となれば幸いです。

出向と36協定の違いと関連性

36協定の基本とその重要性

36協定(サブロク協定)とは、労働基準法第36条に基づき、法定労働時間を超えて従業員に時間外労働や休日労働をさせる場合に、労使間で締結しなければならない協定のことです。

この協定がなければ、企業は原則として従業員に時間外労働を命じることはできません。2019年の働き方改革関連法により、時間外労働には厳格な上限規制が設けられ、36協定の内容もこれに沿った変更が必須となりました。

違反した場合、企業や労務管理担当者には「6ヶ月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金」が科される可能性があり、その重要性は非常に高いと言えます。

たとえ特別条項付き36協定を締結した場合でも、以下の条件を超える労働は罰則の対象となりますので、注意が必要です。

  • 時間外労働は年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計について、2〜6ヶ月平均がすべて80時間以内
  • 時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6ヶ月が限度

ただし、新技術・新商品の研究開発業務は残業時間の上限規制が適用除外されるなど、一部適用除外や猶予されている業務も存在します。</

出向と労働法の関係性

出向とは、従業員が元の会社(出向元)との雇用契約を維持したまま、別の会社(出向先)に移って業務に従事する形態を指します。

この際、従業員は出向元の従業員としての地位を保ちつつ、出向先では出向先の指揮命令を受けて労働することになります。このため、「二重の雇用関係」という特殊な状況が生まれるのが特徴です。

労働条件の決定権や、労働災害発生時の責任分担など、さまざまな面で出向元と出向先、双方の企業が関わることになります。

出向に関する労働契約の変更手続きは、トラブルを避ける上で非常に重要です。具体的には、労働条件通知書の再交付や、出向契約書の締結が求められます。

出向者が直面する36協定の適用ルール

出向者が時間外労働や休日労働を行う場合の36協定は、原則として「出向先のものが適用」されます。

これは、出向者が実際に労働を提供する場所である出向先の労働環境や規則に従う必要があるためです。

したがって、出向先企業が36協定を締結し、労働基準監督署に届け出ていなければ、出向者は出向先で時間外労働や休日労働を命じられることはありません。もし命じられた場合は、労働基準法違反となる可能性があります。

出向元企業は、出向者を出向させる前に、出向先企業の36協定の締結状況や労働時間に関するルールを十分に確認し、出向者本人にも正確に伝える義務があります。

これにより、出向後の予期せぬトラブルを未然に防ぎ、出向者が安心して業務に取り組める環境を整えることができます。

出向時の給与・勤怠管理の注意点

勤怠管理の主導権はどこに?

出向者の勤怠管理は、原則として「出向先企業」が行います。出向者は、出向先の事業所の労働時間規則、休憩時間、休日などの勤怠ルールに従って働くことになります。

出向先が勤怠管理システムを導入している場合は、それに従って打刻や申請を行うのが一般的です。

参考情報にもある通り、勤怠管理システムの導入率は年々高まっており、2023年の調査では全体の86.1%の企業で導入済みです。大企業では約8〜9割が導入している一方、中小企業では導入率が低下する傾向にあります。特に「(IT関連外)製造業」での導入が増加傾向にあります。

人気の勤怠管理システムとしては、「マネーフォワード クラウド勤怠」「ジョブカン勤怠管理」「ジンジャー勤怠」が上位に挙げられており、これらのシステムを活用して効率的かつ正確な勤怠管理が求められます。

出向元と出向先で異なるシステムを利用している場合、データ連携や報告フローについて事前に取り決めをしておくことが重要です。

出向者の給与負担と支払いのパターン

出向者の給与負担については、法律上の明確な規定はありません。そのため、「出向契約での取り決め」に基づいて処理されます。一般的には、出向元と出向先の双方が協議して決定しますが、いくつかのパターンがあります。

主な給与負担のパターンは以下の通りです。

  • 出向先が直接支給し、差額があれば出向元が補填: 出向先の給与規定に基づいて出向先が給与を支払い、元の給与との差額があれば出向元が負担します。
  • 出向先が給与負担金を出向元に支払い、出向元が支給: 出向元が引き続き給与を支払い、出向先からその費用の一部または全部を「給与負担金」として出向元に支払う形です。
  • 出向元と出向先が分担して支給: 基本給は出向元、手当は出向先といったように、給与項目によって分担して支給するケースです。

いずれのパターンにおいても、給与負担金が過剰であったり、妥当な理由がない場合は、課税対象となる可能性があるため、税務上の注意が必要です。税理士と相談するなど、適切な処理を行うようにしましょう。

残業代と社会保険料の取り扱い

出向者の残業代についても、上限時間や割増賃金率は「原則として出向先のものが適用」されます。

これは、実際に労働する場所の労働基準法や就業規則に従うためです。したがって、出向先の残業に関する規定や割増賃金率を事前に確認しておくことが不可欠です。

次に、社会保険料の負担についてですが、これは給与を支払う「窓口企業」が負担し、納付義務を負うことになります。

多くの場合、給与の支払い窓口は出向元ですが、出向先が直接給与を支払う場合は、出向先が社会保険料の負担・納付義務を負うことになります。出向元と出向先で、どちらが被保険者資格の届出を行うのか、保険料をどのように精算するのかを明確に合意しておく必要があります。

また、労災保険に関しては、原則として実際に勤務する事業場、つまり「出向先」で適用されます。万一、出向先での業務中に災害が発生した場合、出向先の労災保険が適用されることになります。

出向時のクレジットカード、税金、売上計上

出向先での経費精算とクレジットカード

出向先での業務中に発生する交通費、出張費、接待費などの経費精算は、出向先のルールに従うのが一般的です。出向元の法人カードの利用は、出向元の規程と出向先との合意によりますが、原則的には出向先の業務は出向先のカードで決済するのがスムーズです。

もし出向先の業務で必要な経費を支払うための法人カードが出向先から支給されない場合、出向者自身が立て替えて後から精算する形になることが多いでしょう。

この場合、精算のフロー、領収書の提出方法、締め日と支払い日などを事前に確認しておく必要があります。経費精算システムやルールは会社によって大きく異なるため、不明な点は必ず出向先の経理担当者に問い合わせ、円滑な業務遂行のために明確な取り決めをしておくことが重要です。

出向者の税金と年末調整

出向者の所得税の納税義務は、通常の従業員と同様に個人にありますが、その源泉徴収義務は給与を支払う企業が負います。

そのため、出向中の給与支払い元が出向元か出向先かによって、年末調整を実施する主体が変わります。例えば、出向元が引き続き給与を全額支払い、出向先から給与負担金を受け取る形であれば、出向元が年末調整を行います。

一方、出向先が直接給与を支払う場合は、出向先が年末調整を行うことになります。複数の会社から給与が支払われる場合(例えば、出向元からの補填と出向先からの支給がある場合)は、年末調整をどちらか一方で行い、もう一方の所得については自分で確定申告を行う必要が生じる可能性もあります。

住民税については、前年の所得に基づいて課税されるため、出向によって直接的な影響は少ないですが、給与支払い方法や住所変更があった場合は、それぞれの手続きを確認しておきましょう。

出向に伴う売上・コスト計上の考え方

出向が発生する際、会計上は「出向料」という形で費用や収益を計上することが一般的です。

出向元から出向先へ従業員が出向する場合、出向元は出向者にかかる人件費(給与、社会保険料など)を出向先に請求します。この請求額は、出向元にとっては「売上」(または役務収益)、出向先にとっては「人件費」や「業務委託費」などの「コスト」として計上されます。

特にグループ会社間での出向では、出向料の設定が税務上の問題(移転価格税制など)を引き起こす可能性があるため、その妥当性や算出根拠を明確にしておくことが重要です。

人件費の計上や費用の分担を会計上、適切に区別し、透明性のある処理を行うことで、監査や税務調査への対応もスムーズになります。出向契約書にこれらの費用の負担割合や計算方法を明記しておくことがトラブル防止につながります。

出向に伴うその他の確認事項(健康診断、兼務、クビ、アルバイト)

健康と安全を守る健康診断

労働安全衛生法に基づき、企業には従業員への定期的な健康診断実施義務があります。

出向者についてもこの義務は適用されますが、健康診断の実施主体は「実態として労働者を指揮命令する出向先」が行うことが一般的です。ただし、出向元との取り決めによって出向元が実施する場合もあります。

出向先での業務内容によっては、特殊健康診断の受診が必要となるケースもありますので、事前に確認が必要です。

健康診断の結果は、出向者の健康状態を把握し、適切な業務を行うために重要です。出向元と出向先の間で結果の共有方法や、異常が発見された場合の対応について、あらかじめ協議しておく必要があります。

出向者が安心して健康に働ける環境を確保するためにも、健康管理に関する取り決めは非常に重要です。

兼務や副業の可否とルール

出向先での「兼務」は、複数の部署やプロジェクトを掛け持ちする形や、出向元の業務を一部継続しながら出向先の業務も行うといった形で発生することがあります。

これは出向先の業務命令によるものですが、過度な兼務は労働時間の増加や負担増につながるため、業務範囲を明確にすることが肝要です。

「副業」については、原則として出向元の就業規則が適用されます。多くの企業で副業が禁止されている、あるいは許可制となっているため、出向中に副業を行いたい場合は、必ず出向元に確認し、許可を得る必要があります。

特に、競業避止義務や情報漏洩のリスクなどを考慮し、出向先での業務に支障が出ない範囲であるか、双方の企業との間で十分な協議が求められます。許可なく副業を行った場合、懲戒処分の対象となる可能性もあるため、注意が必要です。

出向中の「クビ」とアルバイト

出向中であっても、出向者は出向元との雇用契約を継続しているため、解雇(いわゆる「クビ」)は出向元が労働基準法に基づいて行うことになります。

出向先が出向者を解雇することはできませんが、出向契約を解除し、出向元に出向者を戻すことは可能です。この場合、出向元は出向者の雇用を継続するか、改めて解雇の可否を判断することになります。

労働契約の解除は、労働者保護の観点から厳しく規制されているため、出向元は客観的かつ合理的な理由に基づき、社会通念上相当と認められる場合にのみ解雇が可能です。

出向先でのアルバイトについては、前述の副業と同様に、出向元の就業規則と出向先の許可が必要となります。無許可でのアルバイトは、出向元の就業規則違反となる可能性があるだけでなく、出向先での業務に支障をきたす可能性もあるため、絶対に行わないようにしましょう。

出向をスムーズに進めるためのポイント

事前の綿密な契約と取り決め

出向を円滑に進める上で最も重要なのが、出向契約書における詳細な取り決めです。

労働条件、給与負担、勤怠管理、福利厚生、社会保険の扱い、そして36協定の適用など、多岐にわたる項目を明確に文書化することが不可欠です。具体的な項目としては、以下の点が挙げられます。

  • 出向期間と更新の有無
  • 出向者の業務内容と責任範囲
  • 給与の支払い元、負担割合、計算方法
  • 賞与、退職金、昇給の取り扱い
  • 社会保険・労働保険の負担元と手続き
  • 勤怠管理の方法と休日・休暇のルール
  • 時間外労働・休日労働の取り扱いと36協定の適用
  • 福利厚生の適用範囲(出向元・出向先どちらの制度を利用するか)
  • 復帰時のポストや待遇
  • 契約解除条件

これらの項目を曖昧にせず、出向元、出向先、そして出向者本人の三者が納得のいく形で合意することで、後のトラブルを未然に防ぎ、安心して出向期間を過ごすことができます。

コミュニケーションと情報共有の徹底

出向を成功させるためには、出向元、出向先、そして出向者本人との三者間での密なコミュニケーションと情報共有が不可欠です。

出向者は新しい環境での業務や人間関係に不安を感じやすいものです。出向元は、定期的に出向者と面談を行い、現状の把握や困りごとのヒアリングを行うべきでしょう。

また、出向先も出向者に対して期待する役割や目標を明確に伝え、必要に応じて業務サポートや研修を提供することが重要です。

出向元と出向先の間でも、出向者の業務状況や評価に関する情報を定期的に共有し、認識のズレが生じないように努める必要があります。これにより、出向者が孤立することなく、双方の企業が連携して出向者をサポートする体制を構築できます。

助成金活用によるWin-Winの関係構築

出向を検討する際、国が提供する助成金制度を活用することも有効な手段です。

特に注目したいのは「賃上げ」支援助成金パッケージの一部として提供される制度です。これは、在籍型出向により労働者をスキルアップさせ、復帰後の賃金を増加させた場合に助成金が支給される制度(令和7年9月5日拡充)です。

具体的には、中小企業の場合、出向元事業所が負担した出向中の賃金の一部(2/3)が助成されるなど、企業にとって大きなメリットがあります。この制度を利用することで、出向元は人件費の一部を補填でき、出向先は必要な人材を確保できます。

また、出向者は新たなスキルや経験を習得し、キャリアアップにつながるため、出向元、出向先、そして出向者本人にとって「Win-Win」の関係を構築することが可能になります。

このような助成金制度を積極的に活用し、戦略的な人材育成・配置を実現することで、よりスムーズで意義のある出向を推進できるでしょう。