稟議書作成で「めんどくさい」と感じる原因とは?

個人の権限だけでは決定できない事項を承認・決裁してもらうための重要な書類、それが稟議書です。しかし、その作成プロセスに対して「めんどくさい」「面倒」と感じる人は少なくありません。実際、稟議の申請フローに関して、約8割(78.9%)の人が「悩みを感じた経験がある」と回答しています。

では、一体何がそう感じさせるのでしょうか。ここでは、その主な原因を深掘りしていきます。

情報の不完全さと終わらない手戻り

稟議書作成における最大のストレスの一つは、情報の不完全さから生じる終わりのない手戻りです。提案内容、目的、予算、期待される効果、リスクとその対策など、必要な情報が明確に記載されていないと、承認者は判断を下すことができません。

例えば、「システム導入の稟議なのに、具体的なコスト内訳が不明瞭」「プロジェクトのメリットは書かれているが、予想されるリスクへの対策が一切ない」といったケースはよくあることです。

こうした情報の抜け漏れがあると、承認者から追加情報の提出や修正指示が入り、結果として何度も稟議書を書き直す羽目になります。この反復作業こそが、作成者の時間と精神力を著しく消耗させ、「めんどくさい」という感情を増幅させる原因となります。

複雑な社内ルールと不統一なフォーマット

多くの企業では、稟議書作成に関する社内ルールや特定のフォーマットが存在します。しかし、これらのルールが複雑すぎたり、部署によって異なるフォーマットが乱立していたりすると、作成者は大きな負担を感じます。

「この部署に出すときはAの書式、別の部署はBの書式」といった状況では、その都度、適切なフォーマットを探し、内容を調整する手間が生じます。また、最新の調査では、稟議の形式として「Word、Excelに記入、印刷して申請」が37.6%を占めており、依然として手作業に依存している企業が多いことも伺えます。

定められたルールやフォーマットを遵守できないと、それだけで差し戻しの対象となりかねません。曖昧な指示や文書化されていない暗黙のルールに戸惑い、試行錯誤する過程もまた、稟議書作成を面倒なものにしています。

承認者への根回しと心理的負担

稟議書は単なる書類作成だけでなく、関係部署や上司への事前の「根回し」が極めて重要です。正式な提出前に、承認者や関連部署のキーパーソンと事前に相談し、意見を収集・修正しておくことで、承認プロセスが格段にスムーズになります。

しかし、この根回しが不足していると、予期せぬ反対意見や懸念が本提出後に浮上し、承認が滞る原因となります。承認者とのコミュニケーションは、往々にして相手の立場や意図を考慮する必要があり、特に「提出時のコミュニケーションに気を遣う」と回答した人が30.2%に上るように、精神的な負担が伴います。

事前に意見を調整し、潜在的な問題を解消するプロセスは、円滑な承認のために不可欠である一方で、多くの担当者にとって大きな心理的ハードルとなっているのが現状です。

稟議書の間違い・ミスの種類と、その影響

稟議書における間違いやミスは、単なる手違いでは済みません。企業の意思決定プロセスを遅らせ、時にはビジネスチャンスを逸失させるなど、広範囲にわたる悪影響を及ぼす可能性があります。ここでは、よくあるミスの種類と、それがもたらす具体的な影響について見ていきましょう。

内容の不備が招く決裁の遅延と業務停滞

稟議書における最も一般的なミスのひとつが、内容の不備です。具体的には、提案の目的や背景が不明確、具体的な費用対効果の提示がない、リスク評価が甘い、代替案の検討が不十分、といった点が挙げられます。

このような「情報の抜け漏れ」や「具体性の欠如」がある稟議書は、承認者にとって判断材料が不足しているため、当然ながら決裁が遅延します。承認者からは詳細情報の追加要求や修正指示が入り、その手戻り期間分だけプロジェクトの開始が遅れたり、必要なリソースの確保が滞ったりするでしょう。

最悪の場合、必要な承認が間に合わず、ビジネスチャンスを逃してしまうこともあります。例えば、競合他社が先に動いてしまい市場シェアを奪われたり、価格交渉のタイミングを失って不利な条件で契約を結ばざるを得なくなったりする可能性も否定できません。

誤った情報伝達による信頼性の低下

稟議書作成におけるもう一つの重大なミスは、誤った情報の伝達です。これには、数値データの誤記、市場調査結果の誤解釈、あるいは専門用語の多用による意味の不明瞭化などが含まれます。

特に、承認者によってはその分野の専門家ではない場合も多いため、申請者だけが理解できるような専門用語を多用すると、内容が正しく伝わらないリスクが高まります。これにより、承認者が誤った判断を下す可能性が生じるだけでなく、申請者自身の情報収集能力や資料作成能力、ひいては会社全体の信頼性にも疑問符がつけられることになります。

一度失われた信頼を取り戻すには、多大な時間と労力が必要です。稟議書は公式な文書である以上、正確性と明確性が何よりも求められます。不正確な情報や不明瞭な表現は、社内におけるコミュニケーションの質の低下に直結し、その後の業務遂行にも悪影響を及ぼしかねません。

不適切なフォーマット使用による再作成のリスク

多くの企業では、稟議書作成のための特定のフォーマットやテンプレートが定められています。しかし、このフォーマットを無視して独自の形式で作成したり、古いバージョンや部署固有のフォーマットを誤って使用したりするミスも少なくありません。

「フォーマットの不統一」は、承認プロセスにおいてスムーズな情報の読み取りを妨げるだけでなく、コンプライアンス上の問題を引き起こす可能性もあります。決裁者が標準化された形式での情報提供を期待しているため、異なるフォーマットで提出された稟議書は、内容の如何にかかわらず差し戻しの対象となることがほとんどです。

差し戻しとなれば、申請者は一から作り直すか、既存の内容を新しいフォーマットに転記する作業に追われることになります。これは単なる時間の無駄にとどまらず、申請者のモチベーションを低下させ、業務全体の生産性を損なう要因となります。フォーマットの軽視は、結果的に不必要な作業を増やし、効率を著しく低下させるのです。

稟議書、無駄をなくして効率化するポイント

稟議書作成は多くの担当者にとって骨の折れる作業ですが、いくつかのポイントを押さえることで、その手間を大幅に削減し、承認プロセスをスムーズに進めることが可能です。無駄をなくし、効率的に稟議書を作成・運用するための秘訣を見ていきましょう。

明確な記述とデータに基づく説得力の強化

稟議書を効率化する上で最も重要なのは、承認者が一読して内容を理解し、決裁を下せるようにすることです。そのためには、「結論ファースト」で、何を承認してほしいのかを件名や冒頭で明確に伝えることが不可欠です。

内容を記述する際には、5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を意識して、必要な情報を簡潔に整理しましょう。複雑な情報は箇条書きで提示すると、視覚的に分かりやすくなります。

また、説得力を高めるためには、具体的なデータと根拠の提示が欠かせません。例えば、「作業時間削減効果10%」や「年間コスト削減額300万円」といった具体的な数値を盛り込むことで、提案の妥当性が格段に増します。購入や契約に関する稟議では、複数社の見積もりを比較資料として添付すると、承認者は客観的な判断がしやすくなります。

ワークフローシステムの導入で実現するスピード決裁

近年の稟議プロセスの効率化において、ワークフローシステムの導入は非常に強力な手段です。稟議の形式として、現在最も多く利用されているのがワークフローシステムで、その割合は41.3%に上ります。

ワークフローシステムを導入することで、以下のようなメリットが享受できます。

  • 決裁スピードの向上: 申請から承認までのプロセスがオンライン化されるため、書類の回付待ち時間がなくなり、意思決定が迅速になります。
  • 申請・承認者の負担軽減: 場所を選ばずにPCやスマートフォンから申請・承認が可能になり、テレワーク環境下でも業務が滞りにくくなります。
  • 申請状況の可視化: 承認状況をリアルタイムで把握できるため、今誰のところで止まっているのかが一目瞭然で、コミュニケーションミスを防ぎます。
  • 検索性の向上: 過去の稟議書がデータベース化され、必要な情報を容易に検索・参照できるため、情報共有が円滑になります。

これにより、従来の紙ベースやWord/Excelベースの稟議書作成と比較して、大幅な時間と労力の削減が期待できます。

事前調整と計画内稟議の効率的な運用

稟議書をスムーズに承認させるためには、事前準備と根回しが非常に重要です。正式な提出前に、関係部署や上司と事前に相談し、意見を収集・修正しておくことで、承認プロセスでの手戻りを最小限に抑えることができます。

会社や部署で定められたフォーマットがあれば必ず使用し、なければ統一フォーマットを作成・活用することで、申請者も承認者もスムーズに作業を進められます。不明点や懸念事項は、本提出前に解消しておくのが賢明です。

さらに、多くの企業で件数が多い「年初計画内」の稟議については、特に効率化を進めることが全体的な稟議プロセスにおける労力削減に繋がります。年初の事業計画に沿った内容であることを明確に強調することで、承認者は内容を把握しやすくなり、決裁も下りやすくなる傾向にあります。計画内であることを明記し、根拠を明確に提示することで、承認のハードルを下げることが可能です。

稟議書と議案書・議事録の違いを明確に

ビジネス文書には様々な種類があり、それぞれ異なる目的と役割を持っています。稟議書、議案書、議事録は、いずれも意思決定や情報共有に関わる重要な文書ですが、その性質を混同すると、業務の非効率化や誤解の原因となりかねません。ここでは、これらの文書の違いを明確にし、適切な使い分けの重要性について解説します。

各書類の目的と役割を理解する

まず、それぞれの書類が持つ根本的な目的と役割を整理しましょう。

  • 稟議書: 個人の権限だけでは決定できない事項について、関係者や上司から承認・決裁を得るための書類です。特定の提案に対する「決裁」を求めることが最大の目的であり、主にボトムアップ(下位からの提案)で利用されます。例えば、高額な備品購入や新規プロジェクトの開始などがこれに該当します。
  • 議案書: 会議で議論されるべき議題や提案内容を、参加者に事前に共有し、議論の土台とするための書類です。参加者が議題を事前に理解し、建設的な議論ができるように準備することが目的で、「討議」を促す役割があります。通常、会議の開催に先立って配布されます。
  • 議事録: 会議における議論の内容、決定事項、未決定事項、今後のタスクなどを記録し、参加者間で共有するための書類です。会議で何が話され、何が決定されたのかを正確に残し、「記録」として共有することで、後の行動の証拠や参照資料となります。

これら三者は、それぞれ異なる目的を持ち、意思決定のプロセスにおいて補完的な役割を果たしています。

情報伝達における使い分けの重要性

稟議書、議案書、議事録を適切に使い分けることは、円滑な情報伝達と意思決定のために不可欠です。どの書類を使用するかは、「誰に何を伝え、どのようなアクションを期待するか」によって判断すべきです。

例えば、「特定のプロジェクトを実行するための費用を承認してほしい」のであれば、決裁を求める稟議書を作成します。一方、「来月の経営戦略会議で、新しい市場開拓戦略について議論したい」のであれば、その戦略の概要や論点をまとめた議案書を事前に配布します。そして、その会議で「新しい市場開拓戦略の方向性が決定した」場合には、その決定内容と今後のアクションを議事録として残すことになります。

このように、それぞれの書類が果たすべき役割を理解し、目的に応じて適切に使い分けることで、情報の混乱を防ぎ、意思決定のプロセスを明確にすることができます。誤った書類を用いると、承認者が混乱したり、必要なアクションが取られなかったりするリスクが生じます。

混同による混乱と業務非効率の回避

稟議書、議案書、議事録の役割を混同してしまうと、社内コミュニケーションに大きな混乱を招き、結果として業務の非効率化に繋がります。

例えば、稟議書に会議で議論すべき内容を盛り込みすぎてしまい、承認者が「これは決裁を求めているのか、それとも議論したいのか?」と判断に迷うケースがあります。また、議事録の代わりに稟議書で会議の決定事項を報告しようとすると、公式な記録として不適切であったり、承認以外の目的で回覧されることになりかねません。

これらの書類がそれぞれの目的を超えて使われると、情報の受け手が混乱し、適切な対応が遅れる可能性があります。書類の目的が曖昧になることで、承認プロセスが滞ったり、重要な情報が見過ごされたりするリスクも高まります。それぞれの様式に則った運用を徹底することで、無駄な手戻りや誤解をなくし、効率的かつ透明性の高い業務遂行が可能となるのです。組織内の文書作成ルールを明確にし、社員全体で共通認識を持つことが肝要です。

外資系企業で知っておきたい稟議書事情

日本企業における「稟議書」は、承認を得るための重要なプロセスですが、外資系企業ではその概念や運用方法が大きく異なる場合があります。グローバルな環境で働く上で、外資系企業特有の意思決定プロセスを理解しておくことは非常に重要です。ここでは、外資系企業における稟議書事情について解説します。

意思決定プロセスのグローバルな違い

外資系企業において、日本のような厳格な「稟議書」というフォーマットや文化は存在しないことがほとんどです。その代わり、「Proposal(提案書)」や「Business Case(ビジネスケース)」といった、よりビジネスインパクトや投資対効果を重視した文書が一般的です。

これらの文書は、単に承認を得るだけでなく、提案の背景にある戦略、市場分析、財務予測、リスク評価、代替案などを徹底的に分析し、データに基づいて論理的に説明することが求められます。意思決定のプロセスも、トップダウンまたはマトリックス型の組織構造に基づき、よりスピーディーかつ効率的に行われる傾向があります。

日本企業のように、多くの関係者の署名や押印を求める回覧形式は少なく、電子承認システムやメールでの承認、あるいは会議での口頭承認が主流となることが多いでしょう。文化的な違いから、日本の「根回し」のような非公式な調整よりも、文書を通じた明確なコミュニケーションと、ロジカルな説明が重視されます。

求められる英語力とロジカルシンキング

外資系企業では、多くのケースで文書作成が英語で行われます。そのため、ビジネスレベルの英語力は必須となります。単に文法的に正しいだけでなく、曖昧さを排し、簡潔かつ明確に意図を伝えられる表現力が求められます。

特に重要なのは、ロジカルシンキングに基づいた構成です。結論を最初に述べ、その後に具体的な根拠やデータを提示する「結論ファースト」の考え方が徹底されます。日本の稟議書のように背景説明が長すぎたり、感情的な表現が含まれたりすると、理解されにくいだけでなく、信頼性を損なう可能性もあります。

承認者は多国籍であることも多く、それぞれの文化や専門分野が異なります。そのため、誰が読んでも理解できるように、専門用語の多用は避け、普遍的な表現や客観的な事実に基づいた記述を心がける必要があります。簡潔でありながらも、漏れなく説得力のある文書を作成するスキルが、外資系企業では特に重宝されます。

本社承認と多段階の決裁フロー

外資系企業の場合、日本法人内での承認だけでなく、地域本社やグローバル本社への承認が必要となるケースも少なくありません。特に、大規模な投資や戦略的な決定事項においては、国境を越えた多段階の決裁フローを経る必要があります。

これにより、承認プロセスはさらに複雑化し、時間を要する傾向があります。複数のタイムゾーンにまたがる承認者がいるため、返答を待つ時間も長くなりがちです。また、各国の法的・規制要件や、グローバルポリシーへの適合性も考慮する必要があるでしょう。

このような状況では、日本企業以上に計画的な事前調整と、非常に明確なコミュニケーションが求められます。承認者リストを事前に確認し、それぞれの承認者が求める情報や懸念事項を先回りして考慮した文書を作成することが重要です。承認に時間がかかることを織り込み、余裕を持ったスケジュール設定が不可欠であり、途中で進捗状況を積極的に共有することも求められます。