概要: 雇用契約書は、労働条件を明確にする重要な書類です。勤務時間、日数、休日、賃金、印紙税など、作成時に知っておくべきポイントを解説します。この記事を参考に、トラブルのない雇用契約書を作成しましょう。
雇用契約書は、従業員と企業との間で交わされる非常に重要な合意文書です。特に、勤務時間、勤務日数、そして休日・休暇に関する記載は、将来的な労使トラブルを未然に防ぎ、双方の認識を一致させる上で欠かせません。 2024年4月の法改正も踏まえ、最新の情報に基づいて、これらの項目をどのように記載し、どのような点に注意すべきか、具体的なポイントを解説します。
雇用契約書の基本:勤務時間と日数の記載
法定労働時間の原則と明確な明示の重要性
労働基準法では、原則として「1日8時間、1週40時間」を法定労働時間として定めています。雇用契約書には、この法定労働時間を超えない範囲で、具体的な始業時刻、終業時刻、休憩時間を明記することが必須です。
例えば「9時から18時まで(休憩1時間)」といった形で、誰が読んでも一義的に理解できるように記載しましょう。曖昧な表現は、労働時間に関する誤解やトラブルの温床となります。
また、2024年4月1日からは、就業場所や業務の変更範囲についても明示が義務化されました。これらを契約書に盛り込むことで、将来的な配置転換や異動の際にもスムーズな対応が可能になります。
企業都合で一方的に勤務時間を短縮することは原則として認められません。変更が必要な場合は、必ず従業員の同意を得る必要があります。さらに、働き方改革により、タイムカードや勤怠管理システムなどを活用し、客観的な方法で労働時間を正確に把握することが義務付けられています。
多様な働き方への対応:フレックスタイム制とシフト制
現代の多様な働き方に対応するため、雇用契約書には柔軟な勤務制度についても明確に記載する必要があります。代表的なものとして「フレックスタイム制」があります。
フレックスタイム制は、労働者が日々の始業・終業時刻を自分で決められる制度です。2019年4月からは清算期間の上限が1ヶ月から3ヶ月に延長され、より柔軟な運用が可能になりました。雇用契約書には、コアタイム(必ず勤務すべき時間帯)やフレキシブルタイム(自由に勤務できる時間帯)の有無、そして清算期間を具体的に記載することが重要です。
一方、「シフト制」を導入している企業の場合、「シフトによる」という記載だけでは不十分とされます。勤務時間が日によって変動するため、考えられる始業・終業時刻のパターンを複数記載するか、またはシフト表を雇用契約書に添付するなどの工夫が求められます。
労働者のワークライフバランスを向上させ、生産性向上に繋げるためにも、これらの柔軟な働き方に関する記載は、トラブル防止の観点からも非常に重要です。政府が推進する「働き方改革」は、今後も労働時間の柔軟化を重視していくと考えられています。
パート・アルバイトの勤務日数と時間の明記
パートタイム労働者やアルバイトなど、短時間労働者の雇用契約書においても、勤務日数と時間の明確な記載は不可欠です。例えば、「週3日勤務、1日5時間(10:00~15:00)」のように、週に働く日数や1日あたりの勤務時間、シフトの時間帯を具体的に明記することが推奨されます。
特に、1週間の最低労働日数や1日あたりの最低労働時間を定めることは、労使双方の期待値を一致させ、将来的な「もっと働きたい」「もっと休みたい」といった要求のミスマッチを防ぐ上で非常に有効です。これにより、雇用の安定性にも繋がります。
OECDの2021年度調査によると、日本の短時間労働者の割合は25.6%と高い水準にあります。この傾向は、2000年と比較して平均週間就業時間が15%減少していることからも裏付けられており、年間総実労働時間減少の主な要因もパートタイム労働者の増加とされています。
多くの短時間労働者が存在する現状を踏まえ、彼らの労働条件をいかに明確に提示するかが、健全な労働環境構築の鍵となります。
変形労働時間制における注意点
変形労働時間制の種類と導入の要件
変形労働時間制とは、業務の繁閑に合わせて労働時間を調整し、特定の期間において法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。これにより、業務量が少ない時期に労働時間を短縮し、多い時期に長くするといった柔軟な対応が可能になります。
主な種類としては、1ヶ月単位、1年単位、1週間単位の変形労働時間制があります。例えば、1年単位の変形労働時間制では、年間を通じて週平均40時間以内であれば、特定の週や日に8時間を超えて労働させることが可能です。
ただし、この制度を導入するためには、就業規則への記載、または労働組合もしくは労働者の過半数を代表する者との間で労使協定を締結することが法律で義務付けられています。単に口頭で合意するだけでは不十分であり、必ず書面で明確に定めておく必要があります。
導入の際には、制度の目的、対象となる労働者、期間、労働時間の配分などを具体的に定めることが重要です。これにより、労働者も自身の働き方を予測しやすくなり、安心して業務に取り組むことができます。
労使協定の具体的内容と労働者への周知
変形労働時間制を導入する上で労使協定を締結する場合、その内容は非常に重要です。協定には、具体的に以下の項目を明記する必要があります。
- 対象期間とその起算日: 例えば、「令和〇年4月1日から1年間」のように、いつからいつまでの期間で労働時間を調整するのかを明確にします。
 - 各期間の労働時間: 対象期間をさらに細かく区切り、週や日ごとの労働時間の上限を設定します。
 - 特定期間の労働時間の上限: 特に繁忙期など、特定の期間において労働時間が長くなる場合の具体的な上限時間を定めます。
 
これらの内容は、労働者の生活にも大きく影響するため、労使協定の締結後は全労働者へ周知徹底することが不可欠です。掲示板への掲示、書面での交付、社内イントラネットへの公開など、複数の方法で確実に情報が伝わるように努めましょう。
また、1年単位の変形労働時間制など、一部の制度では労使協定を労働基準監督署に届け出る必要があります。適切な手続きを行うことで、法的な有効性を確保し、無用なトラブルを回避することができます。
働き方改革と変形労働時間制の活用
政府が推進する「働き方改革」において、変形労働時間制は労働時間の柔軟化と長時間労働の是正という二つの目標を達成するための有効な手段として位置付けられています。
時間外労働の上限規制(原則として月45時間、年360時間)が導入されたことを踏まえると、業務の繁閑に応じた労働時間の調整は、法定労働時間を遵守しつつ、企業の生産性を維持向上させる上で重要です。特に、月ごとの業務量が大きく変動する業界では、計画的な導入により、特定時期の過度な残業を抑制する効果が期待できます。
実際、働き方改革関連法の施行後、週49時間超の長時間労働者の割合は減少傾向にあり、特に製造業での減少が顕著です。これは、変形労働時間制を含む柔軟な労働時間制度の導入が一因であると考えられます。
変形労働時間制は、ワークライフバランスの向上にも寄与します。労働者が自身の生活に合わせて働き方を調整しやすくなることで、従業員満足度の向上や離職率の低下にも繋がる可能性があります。適切に導入・運用することで、企業と従業員双方にとってメリットの大きい制度となります。
休日・休暇の明確な記載方法
法定休日の定め方と年間休日数の明示
労働基準法では、使用者に対し、労働者に対して「毎週少なくとも1日の休日」または「4週間を通じて4日以上の休日」を与えることを義務付けています。これが法定休日です。
雇用契約書には、この法定休日を具体的に記載する必要があります。例えば、「毎週土曜日・日曜日」や「毎月第2・第4土曜日および日曜日」のように、どの曜日が休日となるのかを明確に示しましょう。祝日の扱いについても、「国民の祝日」を休日とするのか、それとも振替休日とするのかなどを明記することが望ましいです。
さらに、年間休日日数を記載することで、労働者は一年間の働く日数と休める日数を具体的に把握できます。これにより、入社前の期待値調整にも繋がり、長期的な視点での働きやすさにも貢献します。
定休日がある場合は、その旨も記載し、法定休日の最低基準を必ず満たしているかを確認することが重要です。この記載が曖昧だと、休日出勤の要請や給与計算でトラブルに発展する可能性があります。
年次有給休暇の付与と取得条件
年次有給休暇(有給)は、労働基準法によって定められた労働者の権利であり、雇用契約書または労働条件通知書にその付与条件や取得方法を明確に記載する必要があります。
入社後6ヶ月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対し、法律で定められた日数の有給が付与されます。この「6ヶ月経過後に10日付与」という基本的なルールから始まり、勤続年数に応じた付与日数の増加についても触れておくと良いでしょう。
2019年4月からは、年10日以上の有給が付与される労働者に対し、会社が年5日以上の有給を時季指定して取得させる義務が課せられました。この点も踏まえ、有給休暇の申請方法、時季変更権の有無、そして時効(2年間)についても具体的に記載することが求められます。
労働者が安心して有給を取得できるよう、会社としての取得推進方針や具体的な手続きフローを明記することは、従業員エンゲージメントの向上にも繋がります。適切に運用することで、労働者の心身の健康維持にも貢献します。
その他の休暇制度と同一労働同一賃金の原則
法定の年次有給休暇以外にも、企業が独自に定める様々な休暇制度があります。これらについても、雇用契約書に明確に記載することで、労働者の安心感を高め、企業の魅力を向上させることができます。
例えば、育児休暇、介護休暇、慶弔休暇、リフレッシュ休暇、病気休暇などがあります。これらの休暇については、取得の対象者、取得できる期間や日数、申請に必要な手続き、そして給与の有無(有給か無給か)などを詳細に記載することが重要です。
特に、育児介護休業法に基づく育児休暇や介護休暇は、法令で定められた最低基準があり、それを下回ることはできません。これらの休暇制度は、従業員のライフイベントをサポートし、長期的なキャリア形成を支援する上で不可欠です。
また、パートタイム労働者に対しても、「同一労働同一賃金」の原則に基づき、正社員との均衡を考慮した待遇が求められます。休暇制度においても、不合理な差がないかを確認し、平等な機会を提供することが、企業にとって重要なコンプライアンス要件となります。
最低賃金と印紙税:雇用契約書で確認すべきこと
最低賃金法遵守の義務と確認方法
雇用契約書に記載する賃金は、最低賃金法の規定を遵守していることが絶対条件です。最低賃金には、都道府県ごとに定められる「地域別最低賃金」と、特定の産業に適用される「特定最低賃金」の二種類があり、高い方が適用されます。
雇用契約書を作成する際には、まず自社の所在地と業種に適用される最低賃金を確認し、記載する基本給がこれを下回らないことを必ず確認しましょう。特に、時間給や日給、月給の場合は、これを時間給に換算して比較検討する必要があります。
最低賃金は毎年10月頃に改定されることが多いため、継続的に雇用契約書を更新する際には、常に最新の情報をキャッチアップし、必要に応じて契約内容を見直す必要があります。これを怠ると、法令違反となり、企業は罰則の対象となるだけでなく、従業員との信頼関係を大きく損なうことになります。
賃金は労働者にとって最も重要な労働条件の一つであるため、その金額が法律で定められた最低基準を満たしていることを明確にすることで、企業としての信頼性を示すことができます。
印紙税の要否と契約書の形態
一般的に、雇用契約書は印紙税の課税対象ではありません。印紙税法では、雇用契約書は「雇用に関する契約書」として非課税文書に分類されています。
しかし、契約書の名称や内容によっては、印紙税の課税対象となる文書と誤解される可能性もあります。例えば、単なる雇用契約書ではなく、「請負契約書」や「委任契約書」の要素が強く、役務の完成や特定の業務の結果に対して報酬が支払われるような内容が含まれている場合は、課税文書に該当することがあります。
そのため、雇用契約書を作成する際は、その法的性質を明確にすることが重要です。労働者が使用者の指揮命令下で労働を提供し、その対価として賃金が支払われるという「雇用関係」を明確に表現するように心がけましょう。
不安な場合は、税務署や専門家(税理士、社会保険労務士など)に相談し、印紙税の要否を確認することが賢明です。これにより、不必要な税金を納めることや、逆に納付漏れによるペナルティを回避できます。
労働条件通知書との関係と法定事項の網羅
雇用契約書と密接に関連するのが「労働条件通知書」です。労働条件通知書は、労働基準法により企業が労働者に対し、労働条件を明示することを義務付けた書面です。雇用契約書が労使双方の合意を示すものであるのに対し、労働条件通知書は一方的な「通知」の性質を持ちます。
多くの場合、雇用契約書と労働条件通知書は兼用の形で作成されます。この際、労働基準法で義務付けられている以下の「絶対的明示事項」が漏れなく記載されているかを確認することが極めて重要です。
- 契約期間
 - 就業場所、従事すべき業務、変更の範囲(2024年4月1日より義務化)
 - 始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇
 - 賃金(決定、計算、支払いの方法、締切、支払い時期)
 - 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
 
これらの事項が適切に記載されていない場合、法律違反となるだけでなく、将来的な労働問題に発展するリスクが高まります。労働者と企業双方にとって明確で納得感のある契約書を作成するためにも、法定事項の網羅は必須です。
雇用契約書作成のポイントとまとめ
労使間の認識共有とトラブル防止の徹底
雇用契約書は、単なる形式的な書類ではありません。それは、企業と従業員との間で築かれる信頼関係の礎であり、将来的な労使トラブルを未然に防ぐための最も重要なツールです。
特に、勤務時間、日数、休日・休暇といった労働条件の核心部分は、双方の認識にズレが生じやすいポイントです。「言った」「言わない」の水掛け論にならないよう、契約書には具体的かつ明確な言葉で記載することが求められます。
例えば、休憩時間一つとっても、「適宜」といった曖昧な表現ではなく、「12時から13時までの1時間」と明記するだけで、誤解の余地を大幅に減らすことができます。これにより、労働者は安心して働き、企業は法令遵守を徹底できます。
雇用契約書の作成は、企業が従業員を大切にする姿勢を示す機会でもあります。内容を丁寧に説明し、疑問点には誠実に応じることで、より強固な信頼関係を構築することができるでしょう。
法改正への対応と最新情報のキャッチアップ
労働法は社会情勢の変化に合わせて常に改正されています。直近では2024年4月1日に、就業場所・業務の変更範囲の明示が義務化されるなど、雇用契約書の記載事項にも影響を与える重要な改正がありました。
企業は、このような法改正があった際に、自社の雇用契約書や就業規則が最新の法令に対応しているかを速やかに確認し、必要に応じて内容を更新する義務があります。これを怠ると、知らず知らずのうちに法令違反を犯してしまうリスクがあります。
労働基準法や育児介護休業法、最低賃金法など、関連する法令の動向には常に注意を払い、最新情報をキャッチアップすることが不可欠です。社内の担当者が定期的に情報収集を行い、雇用契約書を適切に管理する体制を整えましょう。
定期的な見直しを行うことで、企業は法的リスクを低減し、従業員は常に最新かつ正確な労働条件の下で安心して働くことができます。
専門家への相談と適切なひな形活用
雇用契約書の作成は、多岐にわたる労働法規の知識が必要となるため、複雑なケースや自社での判断に迷う場合は、社会保険労務士や弁護士といった専門家への相談を強くお勧めします。
専門家は、最新の法令知識に基づいて、企業の状況に合わせた最適な雇用契約書作成のアドバイスを提供してくれます。これにより、法的な不備をなくし、将来的なトラブルのリスクを最小限に抑えることが可能です。
また、厚生労働省や労働局が提供している無料のテンプレートや、信頼できる専門機関が作成したひな形を活用することも有効です。ただし、ひな形をそのまま利用するのではなく、必ず自社の事業内容や実態に合わせてカスタマイズすることが重要です。
雇用契約書は、企業のコンプライアンス意識を示す「顔」とも言える重要な書類です。専門家の知見を活用し、適切に作成・管理することで、健全な労使関係を築き、企業の持続的な成長に繋げていきましょう。
まとめ
よくある質問
Q: 雇用契約書で「4週4休」と記載した場合、具体的な休日の日数はどのように計算されますか?
A: 「4週4休」は、4週間(28日間)の間に最低4日の休日を確保するという意味です。労働基準法で定められている週1日の法定休日を満たしていれば、この形式でも問題ありません。ただし、具体的な休日の曜日やローテーションを明記すると、より明確になります。
Q: 勤務時間が1日6時間や8時間以上の場合、雇用契約書にはどのように記載すべきですか?
A: 雇用契約書には、所定労働時間を明確に記載する必要があります。例えば、「1日所定労働時間:6時間」や「1日所定労働時間:8時間」のように具体的に記載します。週3日、4日勤務の場合も同様に、所定労働日数と合わせて記載します。
Q: 「40時間以上」や「60時間超」といった記載は、雇用契約書でどのように扱われますか?
A: これらの表現は、法定労働時間(原則週40時間)を超える労働や、特定の業種・職種における特例的な労働時間の上限を示唆する可能性があります。法定労働時間を超える場合は、時間外労働に関する協定(36協定)の締結や、割増賃金の支払い義務が生じます。雇用契約書では、原則としての所定労働時間を明確に記載し、時間外労働については別途規定や説明が必要になります。
Q: 雇用契約書に印紙は必要ですか?また、いくら貼るべきですか?
A: 雇用契約書は、印紙税法上の非課税文書に該当するため、原則として印紙税はかかりません。ただし、契約内容によっては課税対象となる場合もあります。印紙税について不明な場合は、税務署や税理士に確認することをおすすめします。
Q: 雇用契約書で「勤務時間」や「勤務日数」が短い場合、注意すべき点はありますか?
A: 勤務時間が短い場合でも、労働基準法で定められている最低限の労働条件(労働時間、賃金、休日など)は遵守する必要があります。例えば、週3日、4日勤務であっても、1日の労働時間が法定労働時間を超える場合は、時間外労働に対する割増賃金の支払いや、36協定の締結が必要になることがあります。また、最低賃金も適用されます。
  
  
  
  