なぜ今、大手企業で副業が解禁されるのか？

政府主導の「働き方改革」が後押し

大手企業が副業解禁に踏み切る背景には、政府が推進する「働き方改革」が大きく影響しています。2018年に厚生労働省が「モデル就業規則」から副業禁止の文言を削除し、併せて「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表したことは、企業にとって大きな転換点となりました。これにより、労働者の副業・兼業は原則として自由であり、企業が制限する場合はその理由を明確にする必要が生じたのです。この政府の方針転換は、従業員のキャリア自律を促し、企業が多様な人材を確保するための重要な施策として、副業制度導入を後押ししました。

多くの企業が、従業員のエンゲージメント向上やモチベーション維持の観点からも、副業解禁のメリットを再評価するに至っています。また、近年におけるテレワークの普及も、時間や場所に縛られずに副業を行いやすい土壌を作り、多くの企業が副業解禁に前向きになる一因となっています。コロナ禍で働き方が大きく変化したことも、場所や時間に縛られない柔軟な働き方が現実的であることを示し、個人が持つスキルを本業以外で活用することへの抵抗感を減らしました。これらの社会的な流れが複合的に作用し、大手企業における副業解禁を加速させているのです。

企業が求める「人材確保」と「組織活性化」

副業解禁は、企業側にも戦略的なメリットをもたらします。最大の狙いの一つは、優秀な人材の確保と定着です。働き方の多様性を求める現代において、「副業OK」という柔軟な姿勢は、企業が競争力を高め、魅力的な職場環境をアピールするための強力な武器となります。実際、大規模な企業ほど副業・兼業を認める傾向が強く、常用労働者数5,000人以上の大企業では、約66.7%が既に副業を「認めている」と回答しており、さらに「認める予定」も含めると83.9%に達するなど、その動きは非常に顕著です。

また、副業を通じて社員が社外で得た知見やスキルは、本業に還元され、組織全体のイノベーション創出や活性化に繋がることが期待されています。異なる業界や業務での経験は、新たな視点やアイデアを生み出し、企業文化の刷新にも寄与するでしょう。Web・インターネット業界、IT・通信業界、コンサルティング業界などで副業を認める企業の割合が高いのは、こうした新しい価値創造への期待が大きいからに他なりません。企業は副業を通じて、社員のポテンシャルを最大限に引き出し、組織力を強化しようとしています。これは、単なるコスト削減ではなく、長期的な成長戦略の一環として位置づけられています。

個人のキャリア形成とスキルアップへの期待

従業員にとって副業は、自身のキャリアを主体的に形成し、スキルアップを図る絶好の機会となります。本業では得られない知識や経験を外部で積むことで、個人の市場価値を高め、将来の選択肢を広げることが可能です。例えば、普段は企画業務に携わる社員が、副業でWebデザインを学ぶことで、新たなクリエイティブスキルを習得し、本業でのプレゼンテーション資料作成に役立てるといった相乗効果も期待できます。多様なスキルを持つことは、予期せぬキャリアチェンジや独立といった将来の可能性を広げることにも繋がります。

さらに、副業は個人のモチベーション向上にも繋がります。自身の興味や情熱を追求できる場を持つことで、仕事への意欲が高まり、精神的な充実感を得られるという声も少なくありません。新しい挑戦を通じて得られる達成感や、異なるコミュニティでの交流は、日々の仕事に活力を与えるでしょう。企業側も、社員の自律的なキャリア形成を支援することで、エンゲージメントの向上や長期的な人材育成に繋がることを期待しています。副業は単なる収入源の確保だけでなく、個人の成長を促し、より豊かな職業人生を送るための重要な手段として、その価値が再認識されています。

副業解禁企業の注目リスト（製造業・サービス業編）

働き方の多様性を尊重する先進事例

製造業やサービス業においても、従業員の働き方の多様性を尊重し、副業を解禁する企業が増えています。その中でも特に注目されるのが、先進的な人事制度で知られるサイボウズ株式会社です。「100人いれば100通りの働き方」を掲げ、個性を尊重する企業文化の中で副業を推奨しています。社員が自身の専門性を高めたり、新しい分野に挑戦したりすることを積極的に支援することで、個人の成長と組織全体の活性化を両立させています。

また、ITサービス大手のヤフー株式会社も、「才能と情熱を解き放つ」ことを目的に、多様な働き方を促進する制度の一環として副業を許可しており、社員が外部で活躍することで得た知見を本業に還元する好循環を生み出しています。これらの企業は、副業を単なる福利厚生ではなく、社員の成長と組織の活性化に繋がる戦略的な投資と捉えています。外部との接点を持つことで、社員は新たなスキルや視点を得ることができ、それが結果的に企業の競争力向上に寄与すると考えているのです。社員が自律的にキャリアを築くことを支援する姿勢は、優秀な人材の獲得にも繋がり、企業イメージの向上にも貢献しています。

コロナ禍で加速した航空業界の動き

コロナ禍は、特にサービス業に大きな影響を与え、新たな働き方を模索するきっかけとなりました。その代表例が、全日本空輸株式会社（ANA）です。パンデミックによる旅客需要の激減を受け、ANAは2020年から他社雇用も含めた副業を拡大しました。これは、一時的な収入補填という側面だけでなく、社員のキャリア多様化を促進し、将来にわたる働き方の選択肢を広げるという長期的な視点に立ったものでした。客室乗務員が他社で接客スキルを活かしたり、整備士が専門知識を他業種で活用したりする事例も生まれ、社員の新たな可能性を開拓しています。

ANAの事例は、予期せぬ事態においても企業が従業員の生活とキャリアを支え、同時に組織のレジリエンス（回復力）を高めるための有効な手段として副業が機能することを示しています。社員は、航空業界以外の分野で新たなスキルを習得したり、関心のある分野で経験を積んだりすることが可能となり、企業と個人の双方にとってメリットのある Win-Win の関係を築いています。こうした動きは、他のサービス業、特に変動の大きい業界において、持続可能な人材戦略として注目を集めています。

社員の自律性を促す製造・医薬品業界

一見、副業とは縁遠いと思われがちな製造業や医薬品業界でも、社員の自律的なキャリア形成を支援する動きが活発化しています。特に注目されるのが、医薬品メーカーのロート製薬株式会社です。同社は2016年から、社員の発案から生まれた「社外チャレンジワーク制度」として副業を認め、社員が社外で自身の能力を試す機会を提供しています。これは、社員一人ひとりが「自分らしく生きる」ことを応援する企業文化の表れと言えるでしょう。社員は、自身の専門分野を深掘りするだけでなく、全く異なる分野に挑戦することで、新たな視点やスキルを身につけ、本業に還元できる機会を得ています。

ロート製薬のような事例は、本業に直結しない分野での副業であっても、社員の視野を広げ、新たな発想や知見を社内に持ち込むことで、結果的に企業全体のイノベーションに繋がる可能性を示唆しています。製造業においても、技術革新が加速する現代において、社員が外部の知識やトレンドに触れることは、企業の競争力を維持・向上させる上で非常に重要です。社員の主体性を尊重し、成長を後押しする副業制度は、今後さらに多くの製造・医薬品業界の企業で導入されていくと予想され、業界全体の活性化にも寄与するでしょう。

副業解禁企業の注目リスト（総合商社・電力・金融編）

柔軟な働き方を導入する金融業界の先駆け

かつては副業が厳しく制限されていた金融業界でも、働き方の多様化が進んでいます。その先駆けとして挙げられるのが、新生銀行です。大手銀行として初めて副業・兼業を解禁した同社は、従業員が外部での経験を通じてスキルアップし、新たな視点を本業に持ち込むことを期待しています。これは、堅実なイメージが強い金融業界において、イノベーションを促進し、変化に対応できる組織を目指すという明確なメッセージでもあります。社員が社外で得た知見は、顧客ニーズの多様化や金融商品の複雑化に対応するための新たなヒントとなり、競争力強化に貢献しています。

金融業界は、デジタル化やフィンテックの進展により、事業環境が大きく変化しています。こうした中で、従業員が副業を通じて異業種の知見や最新技術に触れることは、組織全体の専門性を高め、新たな金融サービス開発に繋がる可能性を秘めています。例えば、ITスキルを磨いた社員が新たな決済システムの開発に携わる、といった具体的な貢献も期待できるでしょう。新生銀行の取り組みは、他の金融機関にも影響を与え、業界全体で副業解禁の動きを加速させるきっかけとなることが期待されます。

大手不動産・商社が描く未来の働き方

日本の経済を支える総合商社や大手不動産企業も、従業員の多様な働き方を支援するため、副業解禁に踏み切っています。三菱地所は2020年に副業を解禁し、一定の時間制限などを設けた上で従業員の副業を許可しています。これは、街づくりや不動産開発といった本業においても、社外での多様な経験やネットワークが新たな価値創造に繋がるという考えに基づいています。例えば、地域のコミュニティ活動に参画することで、都市開発の新たなニーズを発見したり、異業種の人脈を通じて新しいプロジェクトのアイデアを得たりする機会が生まれています。

総合商社もまた、グローバルに多角的な事業を展開する特性上、従業員が広い視野を持ち、様々な経験を積むことが求められます。副業を通じて得た異文化理解や異なるビジネスモデルへの知見は、新規事業の創出や海外プロジェクトの推進において大きな強みとなるでしょう。たとえば、アフリカのスタートアップ支援に携わることで、新たな市場開拓のヒントを得るといったケースも考えられます。これらの業界における副業解禁は、従来のビジネスモデルにとらわれず、未来を見据えた人材育成と組織強化の一環として位置づけられています。

電力・インフラ業界における可能性

電力やその他のインフラ業界は、社会の基盤を支える重要な役割を担っており、安定性や信頼性が重視される傾向があります。しかし、こうした業界でも、近年は副業解禁の動きが見られます。例えば、一部の電力会社では、従業員のスキルアップや地域の活性化を目的として、副業制度を導入・検討しています。従業員が地域活動に参画したり、自身の専門知識を活かして地方の課題解決に貢献したりすることで、地方創生への貢献というメリットも生まれます。これは、企業が単なる事業活動に留まらず、社会貢献の側面を強化する上で重要な施策となります。

電力会社の場合、エネルギーシステムの変革期にあり、再生可能エネルギーやスマートシティといった新たな分野への対応が求められています。従業員が副業を通じて、デジタル技術や地域経済に関する知見を深めることは、本業のイノベーションにも繋がり得るでしょう。例えば、スマートグリッド構築に必要なIoTの知識を副業で学ぶといったケースです。インフラ業界における副業解禁は、安定した事業運営と同時に、時代の変化に対応できる柔軟な組織文化を育むための重要なステップと言え、持続可能な社会の実現にも貢献すると考えられます。

副業を始める前に知っておきたい注意点

本業への影響を最小限に抑えるには

副業を検討する上で、最も重要なのは本業への悪影響を避けることです。副業によって長時間労働が常態化し、疲労やストレスが蓄積されれば、本業のパフォーマンスが低下したり、健康を損なったりするリスクがあります。多くの企業では、「就業時間外に限定」といったルールを設けていますが、自己管理が不十分だと本末転倒になってしまいます。実際に、2022年の調査では、副業を容認する企業のうち約3割が「本業への影響」をリスクとして認識しており、個人にとっても企業にとっても軽視できない問題です。

副業を始める際は、自身の体力や時間を客観的に評価し、無理のない範囲で活動計画を立てることが肝要です。具体的には、週に何時間までなら副業に充てられるのか、週末や平日の夜にどの程度時間を確保できるのかを明確にし、睡眠時間や休息時間を削らないよう注意しましょう。カレンダーやスケジュール管理ツールを活用して、本業と副業のバランスを可視化することも有効です。また、体調に異変を感じた場合は、すぐに副業のペースを見直す勇気も必要です。本業で最高のパフォーマンスを発揮できるよう、バランスを意識した働き方を心がけましょう。

機密情報と競業避止義務の厳守

副業は新たな学びや収入をもたらしますが、同時に情報漏洩リスクや競業避止義務といった重要な注意点も伴います。副業先で本業の機密情報をうっかり漏らしてしまったり、本業の企業と競合する事業に携わったりすることは、重大な契約違反や法的な問題に発展する可能性があります。多くの企業は、「競合企業を利する仕事は禁止」といった明確なルールを設けており、違反した場合は懲戒処分の対象となることもあります。自身のキャリアだけでなく、本業の企業の信頼にも関わるため、細心の注意が必要です。

副業を始める前には、必ず所属する企業の就業規則や副業に関する規定を熟読し、不明な点があれば人事部門に確認することが不可欠です。特に、本業で培った知識やスキルを活かす副業の場合、どこまでが許容範囲なのかを事前に確認することが重要です。例えば、本業の顧客情報を副業で利用することは絶対に許されません。また、副業先との契約においても、機密保持契約を締結するなど、情報管理には細心の注意を払う必要があります。自身のキャリアを守るためにも、常に倫理観と責任感を持って行動しましょう。

会社への申請と税金・確定申告の知識

副業を始める際には、会社への適切な申請手続きが必須となる企業がほとんどです。多くの大手企業では「申請制」を導入しており、副業の内容、期間、報酬などを事前に会社に届け出る必要があります。これは、企業が副業によるリスクを管理し、従業員の本業への影響を確認するためです。無断で副業を行った場合、就業規則違反となり、最悪の場合、懲戒処分の対象となる可能性もありますので、必ず規定に従いましょう。

また、副業で収入を得た場合、税金に関する知識も不可欠です。副業所得が年間20万円を超えると、原則として自身で確定申告を行う必要があります。この申告を怠ると、延滞税などの追徴課税が発生する可能性があります。住民税についても、給与所得と合算して課税されるため、申告方法によっては本業の会社に副業が知られる可能性もあります（普通徴収を選択すれば回避できる場合もあります）。これらの税金処理を怠ると、後々大きな問題が生じることもありますので、事前に税務署や税理士に相談し、適切な手続きを行うようにしましょう。副業で得た収入と支出を正確に記録しておくことも重要です。

あなたのキャリアを広げる副業の可能性

スキルアップとキャリア自律への貢献

副業は、あなたのキャリアパスを大きく広げる可能性を秘めています。本業では経験できない分野の知識やスキルを習得する機会となるだけでなく、自身の興味や情熱を形にする場としても機能します。例えば、本業が事務職の方が副業でプログラミングを学ぶことで、将来的にIT業界への転身を考えるきっかけになるかもしれません。こうした社外での経験は、自身の市場価値を高め、キャリアの選択肢を豊かにします。新しいスキルの獲得は、変化の激しい現代社会において、自己成長を続けるための強力な武器となるでしょう。

企業側も、社員が副業を通じて得た新たな知見やスキルが、本業に還元されることを期待しています。異業種での経験は、既存の業務プロセスに新たな視点をもたらし、イノベーション創出のきっかけとなることも少なくありません。例えば、副業で培ったマーケティングスキルを本業の新商品開発に活かす、といった具体的な貢献が期待できます。副業は、単なる収入補填の手段に留まらず、個人の成長とキャリアの自律を強力に後押しする、現代の働き方における重要な要素と言えるでしょう。

イノベーション創出と地方創生の視点

副業は、個人や企業だけでなく、社会全体にもプラスの影響をもたらします。社員が副業を通じて外部の知見やネットワークを得ることは、企業内のイノベーション創出に大きく貢献します。異なるビジネスモデルや技術に触れることで、既存の枠にとらわれない発想が生まれやすくなり、新規事業開発や組織変革の原動力となることが期待されます。これは、企業が予測困難な時代を乗り越えるための重要な要素であり、多様な視点を取り入れることで、より強靭な組織へと進化できる可能性を秘めています。

さらに、副業は地方創生という側面からも注目されています。都市部の企業に勤める人材が、自身のスキルや知識を活かして地方の企業や地域団体を支援する副業を行うことで、地域経済の活性化に貢献するケースが増えています。例えば、ITスキルを持つ人材が地方の観光業のデジタル化を支援したり、マーケティングの知識を持つ人が地域の特産品販売をサポートしたりするなど、都市と地方の架け橋となる働き方が生まれています。副業は、個人の成長機会であると同時に、社会課題解決の一翼を担う可能性を秘めているのです。

多様な働き方を実現する未来へ

「働き方改革」が進む中で、副業解禁は企業が多様な働き方を推進する上で不可欠な施策となっています。かつては少数派だった副業容認企業が、今や大手企業を中心に主流となりつつあり、従業員のライフスタイルやキャリア志向に合わせた柔軟な働き方が当たり前になる未来が現実味を帯びてきています。これは、単に働く場所や時間にとらわれないだけでなく、個人の価値観やライフステージに応じて、本業と副業のバランスを調整しながらキャリアを築いていく、新しい働き方のスタンダードを確立する動きと言えるでしょう。

企業は、副業解禁によって得られるメリットを最大限に享受しつつ、情報漏洩や長時間労働といったリスクに対しては、適切なルール整備と管理体制を構築していく必要があります。社員一人ひとりが自律的にキャリアを築き、企業もまたその成長を支えるという共創の関係性が、持続可能な働き方改革を実現する鍵となるでしょう。副業は、個人と企業、そして社会全体が豊かになるための、新たな可能性を切り拓く力を持っており、私たちの働き方をより豊かで充実したものに変えていくことが期待されています。