近年、政府による働き方改革の推進やコロナ禍を経た柔軟な働き方へのニーズの高まりから、副業・兼業を解禁する企業が急速に増えています。かつては一部の先進企業に限られていたこの動きは、今や大手から中小企業、さらには金融や商社といった伝統的な業界にまで広がりを見せています。

本記事では、なぜ企業が副業解禁に踏み切るのか、その背景とメリットを深掘りしつつ、具体的な企業事例を交えながら最新の動向を解説します。副業解禁の現状をカオスマップからも読み解き、企業が制度を導入・運用する上での注意点と成功のポイントについてもご紹介します。

なぜ企業は副業を解禁するのか？背景とメリット

働き方改革と政府の強力な後押し

副業解禁の大きな推進力となっているのは、2018年頃から本格化した政府の「働き方改革」です。政府は、多様な働き方を支援し、個人のスキルアップやキャリア形成を促すために副業・兼業を積極的に推奨してきました。具体的には、厚生労働省による「モデル就業規則」の変更や「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の策定を通じて、企業が副業を解禁しやすい環境を整備しています。

特に、コロナ禍でテレワークが一般化したことにより、時間や場所に縛られない働き方が浸透しました。これにより、従業員側からは「柔軟な働き方」や「収入源の確保」を求める声が一段と高まり、企業側もこのニーズに応える形で副業解禁の動きを加速させています。さらに、2024年11月には「フリーランス新法」が施行され、副業・兼業を行う個人がより安心して働ける法的な基盤も整いつつあります。このような政府の施策と社会情勢の変化が複合的に作用し、副業解禁はもはや特別なことではなく、企業戦略の一環として捉えられるようになっています。

企業が享受する多様なメリット

副業解禁は、従業員にとってのメリットが大きいのはもちろんですが、企業側にも数多くの利点をもたらします。最も明確なメリットの一つは、「優秀な人材の確保と定着」です。多様な働き方を許容する企業は、転職市場において魅力的な選択肢となり、副業を通じて自律的にスキルアップを図る意欲の高い人材を引きつけやすくなります。また、従業員が副業で得た新たな知見やスキルは、本業にも還元され、組織全体のイノベーションや生産性向上に貢献する可能性があります。

さらに、副業は従業員のエンゲージメント向上にも繋がります。自分のキャリアを自分でデザインできる自由度が高まることで、仕事へのモチベーションや満足度が高まり、結果として離職率の低下にも寄与すると考えられます。企業は、社員が副業で経験を積むことを通じて、市場の変化への対応力や従業員の多角的な視点を組織内に取り込むことができ、結果的に組織全体の競争力強化に繋がるのです。副業は、単なる福利厚生ではなく、企業成長のための戦略的な投資となり得るのです。

従業員にとっての副業の価値

副業解禁は、従業員一人ひとりのキャリアと生活に大きな価値をもたらします。まず、最も直接的なメリットは「収入源の多様化と安定」です。本業以外の収入を得ることで、経済的なゆとりが生まれ、将来への不安軽減や自己投資への余裕が生まれます。特に、予測不可能な経済状況の中で、複数の収入源を持つことは個人にとって大きな安心感につながります。

次に、「スキルアップとキャリア形成の加速」が挙げられます。副業を通じて、本業では得られないような新しいスキルや経験を積むことができます。例えば、本業が営業職の人が副業でWebライティングを始めることで、マーケティングの知識や表現力を高めることが可能です。これにより、自身の市場価値を高め、将来的なキャリアパスの選択肢を広げることができます。また、異業種交流や多様な働き方に触れることで、新たな人脈を築き、自身の視野を広げる機会にもなります。副業は、従業員が自律的に自身のキャリアを構築し、自己成長を実感できる場を提供するだけでなく、本業へのモチベーションやエンゲージメントを高める好循環を生み出す可能性を秘めています。

副業解禁が進む大手企業・有名企業の実態

IT・Web業界が牽引する先進事例

副業解禁の動きを最も早くから取り入れ、牽引してきたのがIT・Web業界です。この業界は技術革新のスピードが速く、多様なスキルを持つ人材が求められる特性があります。そのため、社員の自律的なスキルアップや外部からの知見の取り込みに積極的です。

例えば、サイボウズは2009年という早い時期から副業制度を導入しており、柔軟な働き方のパイオニアとして知られています。他にも、ヤフー、メルカリ、freee株式会社、GMOインターネットグループといった大手IT企業が副業を積極的に容認しています。これらの企業では、社員が本業で培ったスキルを活かして社外で活動したり、あるいは副業で得た新たな技術や視点を本業に還元したりすることで、組織全体の活性化に繋げています。

IT・Web業界における副業解禁は、優秀なエンジニアやクリエイター、マーケターといった専門人材の確保競争が激しい中で、企業が競争優位性を確立するための一つの戦略とも言えるでしょう。社員のキャリア自律を尊重し、個人の成長と企業の成長を両立させることを目指しています。

幅広い業界へ広がる副業解禁の波

IT・Web業界に先行して始まった副業解禁の波は、現在では非常に幅広い業界へと広がっています。かつては副業に慎重だった業界でも、人材確保や組織活性化の観点から、制度の見直しが進んでいるのです。

例えば、サービス業界ではリクルートホールディングス、アクセンチュアなどが名を連ね、従業員の多様なキャリア形成を支援しています。金融業界においても、みずほ銀行、東邦銀行、新生銀行、カブドットコム証券といった企業が副業を解禁し、従業員のスキルアップや新たな知見の獲得を奨励しています。また、丸紅や伊藤忠商事といった総合商社、ロート製薬やユニ・チャームなどの生活関連サービス業界、コニカミノルタや富士通といった電機・精密業界でも、副業解禁の動きが見られます。

これらの事例は、副業が単なる収入補填の手段に留まらず、企業の競争力向上や従業員のエンゲージメント強化に資するものであるという認識が、業界を問わず広まっていることを示しています。各企業が自身の事業特性や文化に合わせて、制度を設計し導入を進めているのが現状です。

有名企業の具体的な取り組み例

多くの有名企業が副業解禁に踏み切っていますが、その背景や目的、具体的な運用方法は企業によって様々です。ここではいくつかの企業の取り組みを紹介します。

SCSKは、2017年から「どこでもワーク」や「副業・兼業制度」を導入し、柔軟な働き方を推進してきました。従業員の自律性を高め、多様なスキル獲得を促すことで、企業全体の生産性向上とイノベーション創出を目指しています。三菱地所も2020年に副業を解禁し、社員の自己成長や新たな経験を通じて、事業領域の拡大や新規ビジネス創出に繋がることを期待しています。

また、ロート製薬は、社員が社外で得た経験やスキルを本業に活かすことで、企業文化の変革や事業創造を促進しています。彼らは、社員のキャリア自律を重んじ、個人の挑戦を積極的にサポートする姿勢を打ち出しています。これらの企業に共通するのは、副業を単なる容認ではなく、社員の成長と企業の成長をリンクさせる戦略的なツールとして捉えている点です。ただし、副業の可否や条件は企業ごとに異なり、競業避止義務や情報セキュリティなどに関する独自のルールを設けている場合が多いため、最新の情報は各企業の採用サイトなどで確認することが重要です。

中小企業や特定の業界（金融機関、商社、製薬会社など）の動向

中小企業における副業解禁の可能性

副業解禁の動きは、大手企業だけの特権ではありません。実際には、中小企業やベンチャー企業においても、このトレンドは着実に浸透しつつあります。中小企業が副業を解禁する主な動機としては、「優秀な人材の確保と定着」が挙げられます。大企業に比べて採用ブランド力で劣る場合でも、柔軟な働き方を提示することで、多様なスキルを持つ人材や、自身のキャリアを自律的に構築したいと考える求職者にとって魅力的な選択肢となり得ます。

例えば、参考情報にもある株式会社エージェントでは、社員の副業を解禁するだけでなく、複業人材の採用も積極的に行っています。これにより、限られたリソースの中で、多様な専門性を持つ人材の知見を柔軟に活用し、事業の多角化やイノベーションを促進しています。副業解禁は、中小企業にとって組織の活性化や新しいアイデアの創出にも繋がる可能性があります。また、社員が副業を通じて得たスキルや経験は、本業にフィードバックされ、企業全体の成長に寄与すると期待されています。中小企業がこの流れに乗ることは、持続的な成長を実現するための重要な戦略となるでしょう。

金融・商社・製薬業界の特有の動き

伝統的に堅実なイメージが強く、副業に慎重な姿勢を示してきた金融機関、商社、製薬会社といった業界でも、近年副業解禁の動きが顕著になっています。これは、これらの業界が直面する急速な市場変化やグローバル競争への対応、そして多様な専門知識を持つ人材の必要性が高まっていることが背景にあります。

金融業界では、みずほ銀行、東邦銀行、新生銀行、カブドットコム証券などが副業を解禁しています。FinTechの進化や顧客ニーズの多様化に対応するため、社員に外部で新たな知見を習得させ、本業に活かすことを期待しています。商社では、丸紅や伊藤忠商事といったグローバル企業が副業を容認。多角的な事業展開と国際的なビジネスセンスを持つ人材の育成を目指し、社員の自主的なキャリア形成を支援しています。製薬業界のロート製薬も、健康寿命延伸など社会課題解決に貢献する事業創造のため、社員の多様な経験を推奨しています。これらの業界では、専門性と倫理性が特に求められるため、副業に関する厳格なルール設定や情報管理が重要な課題となりますが、それでもなお副業解禁に踏み切ることで、組織の変革と人材力の強化を図ろうとしています。

業界ごとの副業解禁の背景と課題

副業解禁の動きは多岐にわたりますが、業界ごとにその背景や直面する課題は異なります。例えば、金融業界では、情報セキュリティの確保やインサイダー取引規制といった厳格な法規制の下での制度設計が求められます。また、顧客の個人情報を扱うため、副業による情報漏洩リスクへの対策は最重要課題です。しかし、デジタル化の波に対応できるIT人材の確保や、新たな金融サービス開発に必要なスキルを従業員が外部で習得することを奨励する目的で、副業解禁が進められています。

商社では、グローバルに展開する事業特性から、競業避止義務や機密情報の管理が大きな課題となります。一方で、社員が副業を通じて多様な業界や国と関わることで、新たなビジネスチャンスの発見や既存事業の多角化に繋がる可能性を秘めています。製薬業界は、研究開発に関わる情報保護や公正競争の確保が特に重要視されます。しかし、社員が医療・ヘルスケア分野で新たな視点を得たり、イノベーションを起こすきっかけになったりすることを期待し、慎重ながらも副業を解禁する企業が増えています。

このように、各業界は固有の課題を抱えながらも、「人材の流動化」や「多様な知見の取り込み」という共通のメリットを追求し、副業解禁を推進しているのです。

副業解禁の現状を可視化！カオスマップから読み解く

副業マッチングサービスの爆発的増加

副業解禁の加速に伴い、副業・兼業を希望する個人と企業を繋ぐ「副業マッチングサービス」が爆発的に増加しています。これらのサービスは、フリーランスとして活動したい人、スキルを活かして副収入を得たい人と、即戦力となる外部人材を求める企業とを効率的に結びつけるプラットフォームとして機能しています。

参考情報によれば、2024年には507ものサービスが掲載された「副業・兼業マッチングサービスカオスマップ」が公開されており、その市場の活況ぶりを示しています。この数値は、副業市場が単なるブームではなく、社会インフラとして定着しつつあることを物語っています。これらのサービスは、ITエンジニアやデザイナー、ライターといった専門職だけでなく、営業、マーケティング、人事、経理など、幅広い職種に対応しており、個人のスキルレベルや希望する働き方に合わせて多様な選択肢を提供しています。サービスの増加は、個人が副業を見つけやすくなっただけでなく、企業にとっても必要なスキルを持つ人材を柔軟に確保できるようになったことを意味します。

カオスマップが示す市場の活性化

副業マッチングサービスのカオスマップは、単にサービスの数を羅列しているだけでなく、副業市場がどれほど多様化し、活性化しているかを端的に示しています。マップ上には、特定のスキルに特化したプラットフォーム（例：IT・Web系の専門職向け、コンサルティング向け）から、初心者でも始めやすいタスク型副業サービス、地方創生に貢献する地域特化型サービスまで、様々な種類のサービスがひしめき合っています。

この多様性は、個人が自身の経験やスキル、興味関心に合わせて最適な副業を選べることを意味します。例えば、本業の傍らで語学力を活かしたい人、週末だけ特定のプロジェクトに参加したい人、あるいは本格的なフリーランスへの移行を視野に入れている人など、個々のニーズに応じたサービスが存在します。企業側から見ても、カオスマップは多様な副業人材プールへのアクセスを可能にし、必要な時に必要なスキルをピンポイントで活用できるという大きなメリットを提供します。この市場の活性化は、労働力の流動性を高め、新たな経済圏の創出にも寄与していると言えるでしょう。

サービスの進化と今後の展望

副業マッチングサービスは、数の増加だけでなく、その機能や提供価値においても進化を続けています。初期のサービスが単なる案件掲示板であったのに対し、現在はAIを活用した高精度なマッチング機能や、スキルの可視化・評価システム、契約・報酬管理の自動化、学習支援コンテンツの提供など、多角的なサービスを展開しています。

例えば、個人のスキルシートを基に最適な案件を自動で提案する機能や、副業で得た実績をポートフォリオとして蓄積・公開できる機能などは、個人が効率的にキャリアアップを図る上で非常に有効です。また、企業側にとっては、契約手続きや報酬支払いの手間を軽減し、よりスムーズに副業人材を迎え入れることができるようになっています。今後の展望としては、特定産業に特化したニッチなサービスが増加する一方で、AIやブロックチェーンといった最新技術を導入することで、より安全で効率的なマッチングが実現されるでしょう。副業マッチングサービスは、個人の働き方と企業の採用戦略の双方に、今後も大きな影響を与え続けると予想されます。

副業解禁、企業が知っておくべき注意点と導入のポイント

制度設計における重要な検討事項

副業解禁を検討する企業にとって、最も重要なのは適切な制度設計です。単に「副業を認める」だけでは、予期せぬトラブルや本業への悪影響が生じる可能性があります。まず、就業規則を明確に見直し、副業・兼業に関する規定を新設・更新することが不可欠です。具体的には、副業の申請・承認プロセス、競業避止義務、情報漏洩防止、労働時間管理（特に自己申告制の限界と対策）、健康管理（過重労働の防止）、本業への影響評価などの項目を盛り込む必要があります。

また、従業員の副業によって生じる税務処理や社会保険の取り扱いについても、明確な説明を行い、従業員が混乱しないようサポート体制を整えるべきです。例えば、副業収入が一定額を超えた場合の確定申告の必要性や、社会保険料の算出方法の変化など、従業員が自身で判断しにくい事項は丁寧に情報提供することが求められます。これらの検討事項を疎かにすると、企業と従業員の間に認識の齟齬が生じ、トラブルに発展するリスクが高まります。

トラブルを未然に防ぐためのガイドライン

副業解禁によるトラブルを未然に防ぐためには、明確なガイドラインと従業員への周知徹底が不可欠です。厚生労働省が公開している「副業・兼業の促進に関するガイドライン」は、企業が制度を設計する上で非常に参考になるでしょう。このガイドラインでは、労働時間管理の考え方や、企業が副業を認めない場合の合理的な理由などが示されています。

企業は、副業を申請する際の条件や承認基準を明確にし、従業員に事前に周知する必要があります。「本業に支障が出ないこと」「競業にあたらないこと」「企業の信用を損なわないこと」といった一般的な基準に加え、業界特有の規制や情報管理の重要性を踏まえた個別具体的なルールを設けることが望ましいです。また、定期的に従業員とのコミュニケーションの場を設け、副業の状況を把握し、過重労働になっていないか、本業への影響はないかなどを確認する体制も重要です。トラブル発生時には、迅速かつ公平に対応するための相談窓口の設置や対応マニュアルの整備も有効な手段となります。

成功へ導く導入と運用のポイント

副業解禁を成功に導くためには、段階的な導入と柔軟な運用が鍵となります。まずは、一部の部署や条件付きで試行導入し、そこで得られた知見や課題を基に制度を改善していくアプローチが有効です。これにより、全社展開する際のリスクを低減し、より実情に合った制度を構築することができます。

また、従業員の声に耳を傾けることも非常に重要です。副業を実際にしている従業員からのフィードバックは、制度の改善点や新たなニーズを発見する貴重な情報源となります。定期的なアンケートやヒアリングを通じて、従業員が安心して副業に取り組める環境が整備されているかを評価し、必要に応じてルールやサポート体制を見直しましょう。さらに、副業を推奨する企業文化の醸成も不可欠です。マネジメント層が副業のメリットを理解し、従業員の挑戦をポジティブに評価する姿勢を示すことで、組織全体に副業をポジティブに捉える雰囲気が生まれます。マネジメント層向けの研修を実施し、副業を許可するだけでなく、「副業を通じて成長した人材」を適切に評価する仕組みを導入することも、副業解禁を企業成長に繋げるための重要なポイントとなるでしょう。