概要: 賞与(ボーナス)には法的な支給義務があるのか、減額や不支給が違法となるケースについて解説します。賞与を支給する際の注意点や、どのような場合に「与える」条件が成立するのかも詳しく見ていきましょう。
賞与(ボーナス)を出す義務?減額・不支給の違法性を徹底解説
企業の従業員にとって、夏のボーナス、冬のボーナスは日々の仕事のモチベーションに直結する大きな要素です。「ボーナスが出なかった」「思ったより少なかった」といった声を聞くと、不安を感じる方もいるかもしれません。
しかし、そもそも賞与の支給は企業にとって法的な義務なのでしょうか? 減額や不支給は違法になるのでしょうか? 本記事では、賞与を巡る法的な側面から、企業が守るべきルール、そして従業員が知っておくべき権利について詳しく解説します。
複雑に思える賞与のルールをわかりやすく解説することで、企業はトラブルを回避し、従業員は安心して働くことができるよう、ぜひ最後までお読みください。
賞与には法的な支給義務があるのか?
法律上の義務と就業規則の役割
多くの従業員が期待する賞与(ボーナス)ですが、実は労働基準法をはじめとする日本の法律において、企業にその支給を義務付ける規定はありません。 つまり、法律上は企業が賞与を支給しなくても、それ自体が違法となることはないのです。この点は、最低賃金のように法律で一律に定められたものとは大きく異なります。
しかし、法律上の義務がないからといって、企業が賞与について完全に自由に決められるわけではありません。重要なのは、就業規則や労働契約などで賞与の支給について明確な定めがある場合です。
もし就業規則に「年2回、基本給の○ヶ月分を賞与として支給する」といった規定があれば、企業はその定めに従う義務が生じます。この場合、企業が一方的に賞与を減額したり、不支給としたりすると、労働契約法違反や債務不履行として違法と判断されるリスクがあるため、注意が必要です。
このように、賞与の法的義務は、法律そのものよりも企業内部のルール(就業規則や労働契約)によって形成されるという特徴があります。
「自由裁量」の範囲と限界
賞与の支給が法的に義務付けられていないため、企業は賞与を支給するかどうか、また、支給する場合の金額や算定基準などを原則として自由に定めることができます。これを「企業の自由裁量」と呼びます。例えば、「会社の業績が著しく良い場合にのみ支給する」「個人の評価に応じて支給額を変動させる」といった規定も、就業規則に明記されていれば有効です。
しかし、この自由裁量も無限ではありません。一度、就業規則や労働契約で賞与の支給条件を定めてしまうと、企業はその定めに拘束されます。つまり、「自由裁量」は、規定を定める段階までは広く認められますが、一旦規定してしまえば、その規定の範囲内でしか裁量を振るえないということになります。
特に、従業員にとって不利益となるような変更(例えば、賞与を廃止したり、算定基準を厳しくしたりする)を行う場合には、原則として労働者の同意が必要となります。同意なく一方的に変更すれば、不利益変更として無効となる可能性が高いでしょう。したがって、企業は賞与に関する規定を策定する段階から、その後の運用を見据えて慎重に行う必要があります。
賞与を取り巻く現状と認識のギャップ
「ボーナスはもらえるのが当たり前」と感じている従業員は少なくありません。しかし、上述の通り、法律上は義務ではありません。この「従業員の期待」と「企業の法的義務」との間に認識のギャップが存在することが、賞与をめぐるトラブルの大きな原因の一つとなっています。
実際の賞与の支給状況は、企業の規模や業績によって大きく異なります。参考情報によると、2023年冬のボーナスでは、中小・零細企業の約半数で賞与が支給されなかったという調査結果もあります。一方で、厚生労働省の調査では、2020年頃では、冬の賞与を支給した企業割合は87.8%~88.9%、夏の賞与を支給した企業割合は83.0%と、多くの企業が支給している実態も明らかになっています。
このデータからもわかるように、賞与の有無や金額は企業によって大きく異なるため、従業員は自身の労働契約や会社の就業規則をしっかりと確認し、賞与に関する具体的な条件を理解しておくことが重要です。企業側も、従業員との間に誤解が生じないよう、賞与に関するルールを明確に伝え、必要に応じて丁寧な説明を行うことが、健全な労使関係を築く上で不可欠だと言えるでしょう。
賞与の「具体的請求権」とは?
「請求権」が発生する条件
賞与が「法的な支給義務はない」と言われる一方で、「具体的請求権」という言葉が出てくることがあります。これは、法律上の義務はなくても、企業が定めたルールによって従業員が賞与の支払いを求める権利を持つようになる状態を指します。
具体的には、就業規則や労働契約書、労働条件通知書などに、賞与の支給に関する具体的な規定が明記されている場合に、従業員は賞与の「具体的請求権」を持つことになります。例えば、「毎年6月と12月に、各基本給の2ヶ月分を支給する」と明記されていれば、従業員は定められた時期に、その金額の賞与を請求できる権利が発生します。
この請求権が発生した後に企業が一方的に減額したり、不支給としたりすることは、「債務不履行」とみなされ、違法となる可能性が高まります。企業が負う「債務」とは、就業規則や契約に基づいて賞与を支払うという約束のことです。この約束を破れば、企業は法的な責任を問われることになります。
就業規則の記載が重要になる理由
賞与の具体的請求権の有無を判断する上で、就業規則の記載内容は非常に重要です。就業規則は、労働条件に関する会社の最も基本的なルールブックであり、全ての従業員に適用されます。そのため、賞与の支給に関する条項が就業規則に明確に記載されているかどうかは、その後の賞与トラブルの解決に直結します。
例えば、就業規則に「会社の業績状況により賞与を支給しないことがある」といった弾力的な規定があれば、業績悪化などを理由とした減額や不支給が合法と判断される可能性が高まります。しかし、このような記載がなく、単に「賞与を支給する」としか書かれていない場合、会社の都合で一方的に支給しないことは難しくなります。
企業としては、賞与に関する規定を策定する際に、支給の有無、算定方法、支給時期、減額・不支給の条件などを具体的に、かつ従業員にとって分かりやすいように記載することが求められます。あいまいな表現は、後々の解釈の相違やトラブルの原因となるため、避けるべきです。
労働契約との関係性
就業規則と同様に、個別の労働契約(雇用契約書や労働条件通知書など)に賞与に関する具体的な記載がある場合も、従業員の具体的請求権が発生します。 就業規則が会社全体の統一ルールであるのに対し、労働契約は個々の従業員と会社の間で結ばれる契約です。
例えば、入社時の労働条件通知書に「年間賞与○○万円」と明記されていれば、その従業員は会社に対してその金額の賞与を請求する権利を持つことになります。就業規則と労働契約の内容が異なる場合、原則として従業員にとって有利な方が適用されるという考え方もありますが、基本的には両者が矛盾しないように定めておくことが理想です。
特に、労働契約は個別の合意を証明する重要な書類です。従業員は、入社時に受け取る労働契約書や労働条件通知書の内容をしっかりと確認し、賞与に関する記載があれば、その条件を把握しておくことが大切です。企業側も、就業規則と個別労働契約の間で矛盾が生じないよう、書面作成時には細心の注意を払う必要があります。
賞与の減額・不支給が違法となるケース
就業規則・労働契約に反する一方的な変更
賞与の支給が就業規則や労働契約に明確に定められている場合、企業が一方的に賞与の減額や不支給を行うことは、「不利益変更」にあたり、原則として違法と判断される可能性が高くなります。これは、労働契約法第8条で定められている「労働契約の内容である労働条件は、労働者及び使用者が合意によって変更することができる」という原則に反する行為だからです。
例えば、就業規則に「賞与は年間4ヶ月分を支給する」と明記されているにもかかわらず、会社の都合で一方的に2ヶ月分に減らしたり、全く支給しなかったりするケースです。このような場合、原則として全ての労働者の個別の同意を得る必要があります。同意がないまま強行すれば、労働契約法違反として従業員から訴えられ、会社が敗訴するリスクを負うことになります。
たとえ会社の業績が悪化したとしても、就業規則に「業績悪化時は賞与を減額・不支給とすることがある」といった規定がない限り、一方的な減額・不支給は認められにくいでしょう。変更を行う場合は、労働者との十分な協議と合意形成が不可欠となります。
不当な理由による減額・不支給
賞与の減額や不支給が、客観的に合理的な理由に基づかない「不当な理由」で行われた場合も、違法と判断される可能性があります。参考情報に挙げられている具体例としては、以下のようなケースです。
- 会社の業績が向上しているにもかかわらず、業績不振を理由に賞与をカットする。
- あらかじめ定められた評価基準にない項目を査定に用いたり、特定の従業員のみを不当に低い評価にしたりして大幅に減額する。
- 経営者や上司の個人的な感情によって、恣意的に賞与を不支給とする。
これらの行為は、公正な評価に基づかないものであり、労働契約上の信義則に反するとみなされる可能性があります。賞与の査定は、企業が定めた公平な評価基準に基づいて、透明性をもって行われるべきです。従業員が評価内容について説明を求めた際に、具体的な理由を提示できないような場合は、不当な減額・不支給と判断されるリスクが高まるでしょう。
懲戒処分や同一労働同一賃金との関係
賞与の減額・不支給は、懲戒処分や同一労働同一賃金の原則とも密接に関連し、違法となるケースがあります。
まず、懲戒処分として賞与を全額不支給とすることは、労働基準法第91条で定められた「減給の制裁」の上限を超える可能性が高いため、無効となるケースが多く見られます。同条では、1回の減給額は平均賃金1日分の半額、総額は賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならないと定めています。賞与の全額不支給は、この上限を大幅に超えることがほとんどだからです。
次に、「同一労働同一賃金」の原則との関係です。これは、雇用形態(正社員、非正規社員など)にかかわらず、同じ業務内容や責任を負う労働者には、同じ水準の賃金を支払うべきであるという考え方です。非正規雇用労働者であっても、正社員と同様の業務内容や責任を負っている場合、賞与の不支給がこの原則に反し、不合理な待遇差として違法と判断される可能性があります。
例えば、過去の裁判例では、正社員と同一の業務に従事する契約社員に対し、賞与を支給しないことが違法とされたケースもあります。企業は、懲戒処分や非正規雇用労働者の賞与の取り扱いについて、これらの法的制約を十分に理解し、慎重に対応する必要があります。
賞与を出さないのは違法?「出す人と出さない人」がいる理由
支給が合法となるケースの理解
賞与の減額や不支給が常に違法であるわけではありません。就業規則や労働契約の内容によっては、企業が賞与を出さない、あるいは減額することが合法となるケースも存在します。重要なのは、会社が定めたルールに基づいて、公平かつ合理的な理由があるかどうかです。
例えば、就業規則に「会社の業績状況などにより支給しないことがある」といった弾力的な規定が明確に明記されている場合は、会社の業績が著しく悪化した際に、賞与の減額や不支給が認められやすくなります。これは、事前に従業員に対して、賞与が会社の業績に連動する可能性を伝えているためです。
また、賞与の額が個人の業績評価や勤務成績によって変動する旨が定められており、その評価に基づいて減額される場合も、正当な評価プロセスを経ていれば違法とはなりません。例えば、個人の目標達成度や業務への貢献度が低かったと客観的に判断された結果、賞与が減額されることは十分にあり得るケースです。
このように、事前に定められたルールに則っていれば、賞与を出さないことや減額することも合法となり得るのです。
「支給日在籍要件」の有効性
賞与の支給に関して、特にトラブルになりやすいのが退職を控えた従業員への対応です。「支給日在籍要件」とは、就業規則に「賞与の支給日時点で会社に在籍している者に限り支給する」と明記されている場合、支給日前に退職した者には賞与を支払う義務がないというルールです。
この要件は、過去の裁判例でも有効とされており、多くの企業で採用されています。例えば、夏季賞与の支給日が7月10日と定められている会社で、6月末に退職した従業員には、たとえそれまでの貢献があったとしても、賞与が支払われないのが原則となります。これは、賞与が過去の功労に対する報奨という側面だけでなく、将来への期待や従業員の会社への定着を促す目的も持つと考えられているためです。
従業員としては、退職を検討する際に、自身の会社の就業規則にこの「支給日在籍要件」があるかどうかを確認することが非常に重要です。この要件があるにもかかわらず、支給日前に退職すると決めた場合、賞与を受け取れない可能性があることを理解しておく必要があります。
賞与をめぐるトラブル回避のポイント
賞与をめぐるトラブルを回避するためには、企業と従業員の双方が、「賞与は就業規則や労働契約の内容に大きく左右される」という点を深く理解することが重要です。
企業側は、賞与に関する規定を就業規則や労働契約書に極めて明確に記載し、あいまいさをなくす必要があります。支給の有無、算定方法、支給時期、減額や不支給となる具体的な条件(業績悪化の場合、個人評価の場合、支給日在籍要件など)を具体的に明記することで、従業員との認識のズレを防げます。
また、規定を変更する際は、労働者の個別の同意を得る、または合理的な理由と適切な周知をもって不利益変更の手続きを遵守することが不可欠です。さらに、賞与の査定結果や減額の理由についても、従業員に対して丁寧に説明を行うことが、納得感を高め、無用な不信感やトラブルを防ぐ上で非常に効果的です。
従業員側も、自身の労働条件通知書や就業規則をしっかりと確認し、賞与に関する会社のルールを正確に把握しておくことで、将来的な不安や誤解を解消できるでしょう。
賞与を支給する際の注意点と「与える」条件
明確な支給規定の策定
企業が賞与を支給する、または支給しないという判断を下す際に、最も重要となるのが「明確な支給規定の策定」です。前述の通り、法律上の義務がないからこそ、企業が独自に定めるルールが法的拘束力を持つことになります。
就業規則や労働契約書には、以下の項目を具体的に盛り込むべきです。
- 支給の有無: 賞与を支給するかどうか。
- 支給対象者: 正社員のみか、非正規社員も含むか、勤続年数などの条件。
- 支給時期: 年何回、何月に支給するか。
- 算定方法: 基本給の〇ヶ月分、または業績連動、評価連動など。
- 評価基準: 個人の業績評価や勤務成績がどのように賞与に反映されるか。
- 減額・不支給の条件: 会社の業績悪化、個人の著しい成績不振、懲戒処分、支給日在籍要件など。
これらの規定があいまいだと、従業員との間に「もらえると思っていたのに」「理由も分からず減額された」といったトラブルが生じやすくなります。明確な規定は、企業にとっても従業員にとっても、予測可能性を高め、信頼関係を築く上で不可欠です。
公平性と透明性の確保
賞与の支給において、「公平性」と「透明性」は、従業員のモチベーション維持や企業への信頼感を高める上で非常に重要です。仮に就業規則に賞与の規定があったとしても、その運用が不公平であったり、不透明であったりすれば、従業員の不満につながり、結果的に離職やエンゲージメントの低下を招く可能性があります。
公平性を確保するためには、賞与の査定プロセスにおいて、客観的で合理的な評価基準を適用することが求められます。特定の従業員に対する個人的な感情や、恣意的な判断で賞与額を決定することは、不当な取り扱いとみなされるリスクがあります。評価基準は全従業員に周知され、誰が見ても納得できるようなものであるべきです。
また、透明性を確保するためには、評価結果や賞与額の決定プロセスについて、従業員が疑問を持った際に、具体的な根拠をもって説明できる体制を整えることが重要です。参考情報にある「特定の従業員のみ大幅に減額する」といった行為は、不透明性の典型例であり、従業員の不信感を招くことになります。オープンなコミュニケーションを通じて、従業員が安心して働ける環境を整えることが、企業の持続的な成長にも繋がるでしょう。
従業員への丁寧な説明と合意形成
賞与に関するルールは、従業員の生活に直結する重要な労働条件です。そのため、企業は、賞与の支給方針や規定について、従業員に対して常に丁寧な説明を行う必要があります。特に、就業規則の変更によって賞与の条件が不利になる場合(不利益変更)は、その必要性や内容について、個別の従業員に十分な説明を行い、原則として同意を得ることが法的に求められます。
同意が得られないまま一方的に不利益な変更を強行すれば、その変更自体が無効と判断される可能性が高いです。説明の際には、変更に至った経緯、新たなルール、それが従業員にどのような影響を与えるかなどを具体的に伝え、質問や意見にも誠実に対応する姿勢が求められます。
また、仮に賞与が減額されたり不支給となったりした場合でも、その理由を具体的に、かつ建設的に伝えることで、従業員は納得し、次への改善に繋げることができます。これは、単に法的な義務を果たすだけでなく、従業員との良好な関係を維持し、エンゲージメントを高める上で極めて重要です。
賞与は、企業と従業員の関係を映し出す鏡のようなものです。適切な制度設計と運用、そして丁寧なコミュニケーションを通じて、企業は従業員からの信頼を得て、より良い組織を築き上げることができるでしょう。
まとめ
よくある質問
Q: 賞与(ボーナス)には法的な支給義務が必ずありますか?
A: 法律で定められた「当然の権利」としての賞与の支給義務はありません。ただし、就業規則や労働契約で賞与の支給が約束されている場合は、その内容に従って支給する義務が生じます。
Q: 賞与の「具体的請求権」とは何ですか?
A: 就業規則や労働契約で賞与の支給条件や金額が具体的に定められており、従業員がその支給要件を満たした場合に、会社に対して賞与の支払いを請求できる権利のことです。
Q: 賞与の減額や不支給が違法となるのはどのような場合ですか?
A: 就業規則や労働契約で定められた支給条件を満たしているにも関わらず、不合理な理由で減額・不支給とした場合や、支給基準が明確でないまま一方的に減額・不支給とした場合は違法となる可能性があります。
Q: 会社が賞与を出さない(出さない人と出す人がいる)のはなぜですか?
A: 賞与は法律上の義務ではないため、会社の方針として支給しない場合や、業績不振などの理由で支給を見送る場合があります。また、役職や勤続年数、成績など、会社ごとに定める支給条件によって、賞与の支給対象者や金額が異なることもあります。
Q: 賞与を「与える」ための条件として、どのようなものが一般的ですか?
A: 一般的な条件としては、在籍期間(一定期間以上)、個人の業績評価、会社の業績、勤務態度などが挙げられます。これらの条件は、就業規則などで明確に定められている必要があります。
