概要: 賞与が支払われない、未払い、減額、返還の要求など、賞与に関する様々な疑問にお答えします。従業員が知っておくべき法律知識と、具体的な対処法について解説します。
賞与が振り込まれない、未払いの主な理由
賞与の法的性質と不支給の条件
賞与(ボーナス)は、多くの会社員にとって重要な収入源ですが、実は毎月の給与とは異なり、法律で支払いが義務付けられているものではありません。
その支給の有無や金額は、会社の就業規則や労働契約の内容に大きく左右されるのが特徴です。
例えば、就業規則に「勤務実績に応じて、支給額を減額または支給しないことがある」といった具体的な規定や、「会社の業績の悪化その他やむを得ない事由によって、支給額を減額または支給しないことがある」といった条項が明記されていれば、賞与の不支給が法的に認められる可能性が高まります。
一方で、もし就業規則に「賞与は、算定対象期間に在籍した労働者に対し、基本給の4カ月分を支給する」といった明確な規定がある場合はどうでしょうか。
このような場合、会社の業績に関わらず賞与の支払いが従業員に保障されているとみなされ、会社が一方的に賞与を支払わないことは違法となる可能性が高まります。
まずは自身の会社の就業規則を詳細に確認することが第一歩と言えるでしょう。
会社の業績悪化と不支給・減額
賞与が減額されたり、まったく支払われなかったりする主な理由の一つに、会社の業績悪化が挙げられます。
賞与は「会社の収益分配」という側面も持つため、業績不振により賞与の原資が不足した場合、支給が困難となることは理解できます。
しかし、単に「業績が悪いから」という理由だけで、会社が一方的に賞与の不支給や大幅な減額を決定できるわけではありません。
就業規則や労働契約書に、業績悪化時における賞与の減額・不支給に関する具体的な規定が明確に定められている必要があります。
もしそうした規定がないにもかかわらず、会社の業績悪化を理由に賞与が支払われなかったり、大幅に減額されたりした場合は、不当な労働条件の変更とみなされる可能性があります。
特に、労働契約や就業規則に具体的な支給基準や金額が明記されている場合、会社は原則としてその約束を守る義務があるとされています。
個人の勤務状況と不支給・減額
会社の業績だけでなく、個人の勤務成績や評価も賞与の支給額に大きく影響します。
賞与には「労務対価の後払い的性格」や「功労・褒賞的性格」があるため、個人の勤務態度や業績が会社の定める評価基準に達していない場合、減額や不支給の対象となることがあります。
また、病気や怪我、産休・育休などで長期にわたり休業・休職している場合も注意が必要です。
査定期間のほとんどを出勤していないことを理由に、賞与が不支給とされることもあります。
ただし、これらの休業が法的に認められたものである場合、不支給の取り扱いについては会社の規定や法的な解釈が問われます。
さらに、退職を予定している場合も、賞与が減額または不支給となるケースがあります。
これは「支給日在籍要件」と呼ばれ、賞与の支給日に会社に在籍していることを条件とする規定がある場合に適用されます。
査定期間中に在籍していても、支給日前に退職すると賞与が受け取れない、という事態も起こり得るため、退職時期と賞与の支給日との関係性も確認しておくべきポイントです。
賞与が減額・マイナス査定された場合の確認ポイント
就業規則と労働契約書の確認
賞与の減額や不支給に直面し、その理由に納得がいかない場合、まず最初に行うべきは、ご自身の会社の就業規則と労働契約書を徹底的に確認することです。
これらの書面には、賞与の支給条件、算定方法、そして減額や不支給となる具体的な事由(例:業績不振、個人の勤務成績不良、懲戒処分など)が詳細に明記されているはずです。
特に「勤務実績に応じて、支給額を減額または支給しないことがある」や「会社の業績の悪化その他やむを得ない事由によって、支給額を減額または支給しないことがある」といった文言の有無は非常に重要です。
これらの規定が明確でない場合や、そもそも存在しないにもかかわらず一方的に減額・不支給された場合は、会社側の決定が不当である可能性が高まります。
また、労働契約書に賞与に関する具体的な取り決めがあるかも確認しましょう。
就業規則と労働契約書は、賞与に関するトラブルを解決するための最も基本的な法的根拠となるため、必ず手元に用意し、熟読することが肝要です。
査定期間中の勤務状況と評価基準
賞与は通常、特定の査定期間(例えば、上半期や下半期)の勤務実績に基づいて評価され、その結果が支給額に反映されます。
もし賞与が減額された場合、自身の勤務態度、業績、会社への貢献度がどのように評価されたのかを具体的に把握することが不可欠です。
会社に対し、その評価基準と具体的な査定結果について、書面での説明を求めるべきです。
単に「成績が悪かった」という漠然とした理由ではなく、どのような指標で、具体的にどの点が不足していたのかを明確にしてもらいましょう。
もし、自身の評価が客観的に見て不当に低いと感じる場合は、達成した成果、良好な勤務記録、具体的な貢献内容など、客観的な証拠を提示して再評価を求めることも検討できます。
また、病気や怪我、産休・育休などによる休業・休職期間が査定期間に影響を与えている場合、その期間の長さと会社の規定を照らし合わせ、不支給が妥当であるかを判断する必要もあります。
懲戒処分や退職予定と減額
賞与の減額や不支給の理由として、懲戒処分や退職予定が挙げられることもあります。
会社の就業規則に定められた懲戒事由に該当し、懲戒処分として賞与が減額・不支給とされるケースも存在します。
しかし、注意すべきは、労働基準法では減給の制裁には上限(1回の額が平均賃金の半額を超え、総額が1賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない)が設けられている点です。
この上限を超えた減額や、賞与の全額不支給は、懲戒処分であっても違法となる可能性が高いです。
また、退職を予定している労働者に対しては、「支給日在籍要件」が適用され、賞与の支給日より前に退職した場合に賞与が減額または不支給となることがあります。
しかし、たとえ支給日在籍要件があったとしても、査定期間中に会社に在籍し、労働を提供した分の賞与は支払われるべきという考え方も有力です。
そのため、退職予定を理由とした一方的な全額不支給が必ずしも法的に認められるわけではありません。
賞与の返還・返金が求められたケースとその背景
原則として返還義務はないが…
一度、会社から適法に支給された賞与については、原則として従業員に返還義務はないとされています。
賞与は、労働の対価として、または従業員の功労に報いるために会社が支払うべき報酬の一部であるため、会社が一方的に「返してほしい」と求めることは、特別な事情がない限り難しいと一般的に解釈されます。
もし会社から賞与の返還を求められたとしても、安易に応じる前に、その返還請求がどのような理由に基づいているのか、法的な根拠があるのかどうかをしっかりと確認することが極めて重要です。
多くの場合、従業員が返還に応じる義務はないと考えられますが、例外的なケースも存在します。
返還請求が違法となるケースも非常に多く、特に退職時に、一方的に返還を求められたり、退職金から賞与分を差し引かれたりするケースは、後々トラブルに発展しやすい傾向があります。
そのような状況に直面した際は、専門家への相談を強くお勧めします。
支給日在籍要件と退職時の返還請求
賞与の返還が求められる可能性のあるケースの一つが、「支給日在籍要件」に関連するものです。
これは、賞与の算定対象期間中に在籍していたとしても、支給日よりも前に退職した場合、支給された賞与の返還を求められるという規定があるケースです。
例えば、夏の賞与の査定期間が1月~6月で、支給日が7月10日だったとします。もし従業員が6月末で退職した場合、支給日である7月10日には会社に在籍していないため、既に支給されていた賞与の返還を求められる、という状況が考えられます。
しかし、このような場合でも、「在籍していた期間に応じて日割り計算された賞与の支払いは認められるべき」という考え方が有力です。
過去の判例でも、算定期間中に労働を提供した分の賞与を、単に支給日に在籍していないという理由だけで全額返還させることは、不当であると判断されるケースがあります。
したがって、全額返還に応じる前に、ご自身の貢献度や会社の規定を改めて確認し、専門家に相談することが賢明です。
誤払いとその他の返還請求
賞与の返還義務が最も明確に生じるケースは、会社が誤って賞与を二重に振り込んだり、計算を誤って本来よりも多く支給してしまい、過払いが発生した場合です。
この場合、民法上の「不当利得」として、従業員は過払い分の金額を会社に返還する義務があります。
これは、従業員が本来受け取るべきではない利益を得た場合に、その利益を返還するという原則に基づいています。
しかし、これ以外の理由で、例えば「会社の業績が悪化したから返してほしい」といった一方的な返還請求や、「退職したから返してほしい」といった請求は、原則として法的に認められません。
特に、会社が従業員の退職時に、支給済みの賞与を一方的に返還させようとしたり、退職金から賞与相当額を差し引いたりする行為は、多くの場合、違法と判断される可能性が高いです。
万が一、そのような不当な返還請求を受けた場合は、一人で抱え込まず、すぐに労働問題に詳しい弁護士や労働基準監督署などの専門機関に相談し、適切な対処法を検討することが重要です。
賞与廃止の可能性と法的な観点
賞与の法的性質と廃止の妥当性
賞与は、毎月の給与とは異なり、法律でその支払いが義務付けられているものではないと前述しました。
そのため、会社の就業規則や労働契約の内容に依存する性質があります。
この性質から、会社は就業規則を変更することで、賞与制度そのものを廃止する可能性も理論上はゼロではありません。
しかし、賞与が単なる会社の恩恵的な手当ではなく、「労務対価の後払い」や「長期勤続の奨励」といった性質を持つ場合、これは実質的に労働条件の一部とみなされます。
労働条件の不利益変更は、会社の都合だけで一方的に行うことは難しく、特に廃止となると労働者にとって大きな不利益となるため、容易には認められません。
もし会社が賞与制度の廃止を検討する場合、その背景にある「合理的な理由」や「必要性」が厳しく問われることになります。
単に会社の都合というだけでなく、例えば会社の存続を脅かすほどの経営危機など、客観的な根拠が必要となるでしょう。
廃止に伴う手続きと労働者への影響
賞与制度の廃止は、労働者にとって給与体系の変更に匹敵する大きな不利益となるため、会社は適切な法的手続きを踏む必要があります。
具体的には、就業規則の変更手続きとして、労働者の過半数を代表する者の意見を聴取し、その変更内容を労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています。
しかし、単にこれらの手続きを踏めば、廃止が自動的に有効となるわけではありません。
最も重要なのは、その変更が労働契約法が定める「合理性」の要件を満たしているか、または個別の労働者の「同意」を得ているかです。
会社は廃止の必要性を客観的に説明するとともに、労働者への影響を緩和するための措置を講じているかどうかも問われます。
例えば、賞与廃止の代わりに基本給を増額したり、代替となる手当を新設したりするなど、労働者の不利益を可能な限り軽減する努力が求められます。
これらの配慮がない一方的な廃止は、無効と判断される可能性が高いと言えるでしょう。
会社都合による廃止と法的争点
賞与制度の廃止を巡る法的争点は、主にその「合理性」と「労働者の同意」に集約されます。
会社が賞与制度を有効に廃止するためには、その変更が客観的に見て合理的であること、または労働者個別の同意を明確に得ていることが必須条件となります。
最高裁判所の判例では、就業規則の不利益変更の有効性を判断する際に、変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況、他の労働条件との比較、代償措置の有無など、様々な要素を総合的に考慮するとされています。
もし会社が一方的に賞与制度を廃止し、労働者がその変更に同意していない、かつその変更が合理的とは言えない場合、労働者はその廃止の無効を主張し、賞与の支払いを求めることが可能です。
このようなケースでは、労働審判や訴訟といった法的手段を通じて解決を図る必要が生じるため、専門家である弁護士に相談することが不可欠となります。
賞与未払い・不当な減額に対する法的対処法
まずは証拠集めと会社への説明要求
賞与の未払いや不当な減額に直面した場合、感情的に行動する前に、まずは状況を正確に把握し、関連する証拠をできる限り多く収集することが最も重要です。
自身の労働契約書、就業規則、過去の給与明細、会社の賞与に関する通知、人事評価に関する資料など、手元にあるすべての書類を確認・整理しましょう。
次に、会社に対し、未払いや減額の具体的な理由について書面での説明を求めることが非常に重要です。
口頭での説明は後で「言った言わない」の争いになりやすいため、必ず書面での回答を要求し、これを証拠として保管しましょう。
説明を求める際には、ご自身の認識との相違点や疑問点を具体的に提示し、納得のいく回答が得られるまで粘り強く交渉することも必要です。
もし会社が説明を拒否したり、不十分な回答しか得られなかったりした場合でも、この一連のやり取りが後の交渉や法的手続きにおける有力な証拠となります。
労働基準監督署への相談
会社との直接交渉がうまくいかない場合や、会社の対応に不信感がある場合は、所轄の労働基準監督署に相談することが有効な選択肢の一つです。
労働基準監督署は、労働基準法などの法令遵守について行政指導を行う機関であり、企業に対する調査や指導を通じて問題解決を促してくれる可能性があります。
特に、就業規則に明確な賞与支給規定があるにもかかわらず支払われない、減額理由が労働基準法に抵触する可能性がある、といったケースでは、労働基準監督署の介入が期待できます。
ただし、労働基準監督署はあくまで法令違反に対する指導が主な役割であり、個別の民事紛争に直接介入して解決することはできません。
例えば、未払い賞与の強制的な回収や、減額された金額の全額を会社に支払わせるといったことは、労働基準監督署の権限外です。
個人の権利回復を直接目指す場合は、より専門的な法的手段を検討する必要があります。
弁護士への相談と法的手段
賞与に関する問題は、就業規則の解釈、労働契約法、民法上の不当利得など、複雑な法的解釈を要することが多いため、労働問題に詳しい弁護士に相談することを強くお勧めします。
弁護士は、あなたの状況を詳細にヒアリングし、収集した証拠と照らし合わせながら、就業規則や契約内容に基づいた的確な法的アドバイスを提供してくれます。
必要に応じて、会社との直接交渉を代理したり、内容証明郵便を送付してあなたの権利を主張したりします。
会社との交渉が不調に終わった場合でも、弁護士は労働審判や訴訟といった法的手続きを代理し、未払いの賞与や損害賠償を求めることが可能です。
このような法的手段は、従業員にとって精神的な負担が大きいものですが、専門家のサポートがあれば、その負担を軽減し、より有利な解決に導く可能性を高めることができます。
賞与に関するトラブルは、従業員の生活に直結する重要な問題です。不当な扱いを受けたと感じた場合は、一人で抱え込まず、必ず専門家や公的機関に相談するようにしましょう。
まとめ
よくある質問
Q: 賞与が振り込まれないのですが、会社に理由を尋ねても良いですか?
A: はい、当然尋ねて構いません。会社は賞与の支給額や支給時期について、従業員に説明する義務があります。支払われない理由を明確に説明してもらいましょう。
Q: 賞与が大幅に減額されました。マイナス査定が理由のようですが、納得できません。
A: 査定の根拠が不明確であったり、客観的な評価に基づかない場合は、会社に査定内容の詳細な説明を求めることができます。不当な減額であれば、異議申し立てを検討しましょう。
Q: 会社から過去に支給された賞与の返還を求められました。応じる必要がありますか?
A: 会社が法的に有効な返還請求権を有しているか確認が必要です。通常、一方的な返還請求は認められないケースが多いです。契約内容や支給時の状況をよく確認し、必要であれば専門家に相談してください。
Q: 会社が賞与を廃止すると言っています。法的に問題はありませんか?
A: 就業規則や労働契約で賞与の支給が定められている場合、一方的な廃止は無効となる可能性があります。賞与の廃止には、原則として従業員との合意または就業規則の変更手続きが必要です。
Q: 賞与が未払いの場合、どのような法的な対処ができますか?
A: まずは会社との交渉を試み、それでも解決しない場合は、労働基準監督署への相談や、弁護士・労働組合への相談、さらには労働審判や訴訟といった法的手続きを検討することができます。
