概要: 企業年金の受給額に大きく影響する「予定利率」について、その意味や計算方法、そして将来の推移を解説します。会社負担の仕組みや月額受取額の目安も把握し、賢く老後資金を準備しましょう。
企業年金の予定利率の基本を理解しよう
予定利率とは何か?その多面的な役割
企業年金における「予定利率」という言葉は、多くの方が耳にしたことはあっても、その具体的な意味や役割を深く理解している方は少ないかもしれません。
これは、将来の年金給付額を現在の価値に換算するための「割引率」であると同時に、年金資産が将来どれくらいの運用収益を上げると期待するかの「期待運用収益率」という意味合いも持つ、非常に多面的な概念です。
例えるなら、企業年金という大きな船が、将来の目的地(年金給付)に到達するために、現在の燃料(掛金)とエンジンの性能(運用収益)をどう見積もるか、その基準となる「物差し」のようなものです。
この予定利率の設定は、年金制度の健全性を保つ上で非常に重要な役割を果たしています。
私たちは現在、将来の給付額を「未来からのタイムカプセル」と見立てていますが、そのタイムカプセルを開けた時にどれくらいの価値になるかを今、試算する際に予定利率が用いられます。
この利率が高ければ、少ない資産でも将来の給付を賄えると見積もられ、低ければより多くの資産が必要と判断されます。
「継続基準」と「非継続基準」の違いを徹底解説
確定給付企業年金において、この予定利率は大きく分けて「継続基準」と「非継続基準」の二つの側面で設定されます。
それぞれの基準には明確な目的と適用される状況が異なりますので、しっかりと理解しておくことが重要です。
まず「継続基準の予定利率」は、その名の通り、年金制度が今後も継続することを前提として使用されます。
これは、企業が従業員のために積み立てる掛金率(標準掛金率や特別掛金率)を算定する際に用いられるもので、将来の掛金収入と給付支出の差額を、長期にわたる資産運用で増加させることで、将来の給付に備えるための収益見通しに基づいています。
制度が安定的に運営されるために不可欠な、将来を見据えた利率と言えるでしょう。
一方、「非継続基準の予定利率」は、もし何らかの理由で企業年金制度を廃止することになった場合、それまでに発生している従業員の受給権に見合った資産を企業が保有しているかを検証する際に使われます。
これは過去の勤務期間に応じて発生している受給権について、想定される将来の支払時期における貨幣価値を、現在の価値に換算するために用いられる割引率です。
この割引計算には、一般的に満期までの期間が長く、リスクが小さいとされる30年国債の金利が用いられます。制度終了時の財政的な健全性を確認するための、より保守的な基準として機能します。
予定利率が年金制度に与える影響とは
予定利率は、単なる数値の一つではなく、企業年金制度の財政の健全性や、企業が負担する掛金の水準に甚大な影響を与える重要な要素です。
その影響の大きさは、具体的な数値で示されることもあり、非常に注目されています。
例えば、年金積立金の平均的な滞留期間が30年程度の場合、予定利率がわずか1%変動するだけで、企業の掛金水準が約20%も変動すると言われています。
これは、予定利率が1%引き下げられれば、将来の運用収益の期待が低くなるため、その分を補うために掛金を20%増やす必要があることを意味します。
企業にとっては、従業員の福利厚生を守るための重要なコストであり、この変動は経営に直接的な影響を及ぼします。
このため、企業年金制度を運営する企業は、予定利率の動向を常に注視し、制度の財政状況を適切に管理する必要があります。
また、加入者である私たち従業員にとっても、予定利率が制度の健全性に影響を与え、ひいては将来の年金受取額の安定性に関わるため、無関心ではいられない重要な情報なのです。
この予定利率が適切に設定され、運用されることで、企業年金制度は持続可能なものとなるのです。
企業年金の予定利率、どうやって計算される?
掛金率算定における予定利率の役割
企業年金の運営において、最も基礎となるのが「掛金率の算定」です。
これは、将来の従業員への給付を賄うために、企業が現在いくらの掛金を積み立てるべきかを決める重要なプロセスであり、ここで継続基準の予定利率が中心的な役割を果たします。
掛金率は、標準掛金率と特別掛金率に分かれます。標準掛金率は、制度が健全に運営されていく中で、将来の給付に必要な資金を、現在の掛金収入と将来の運用益で賄うための計算に用いられます。
ここで予定利率は、将来にわたる年金資産の運用収益の「見込み」として機能します。
つまり、「これくらいの利率で運用できれば、将来の給付を賄えるはず」という長期的な見通しが、この予定利率に込められているのです。
もし予定利率が低く設定されれば、運用収益への期待が小さくなるため、その分、現在の掛金を多く積み立てる必要があります。逆に高ければ、掛金を少なく抑えることができます。
このように、予定利率は企業の掛金負担に直結するため、その設定は慎重に行われます。
未来の給付計画と現在の財政状況を結びつける、いわば「予算編成の要」となるのが、掛金率算定における予定利率の役割なのです。
制度廃止時の財政検証で用いられる割引率
万が一、企業年金制度が廃止されるという事態になった場合、これまで積み立てられてきた年金資産が、従業員が過去に獲得した受給権に見合うだけの水準にあるかを確認する必要があります。
この財政検証で用いられるのが、非継続基準の予定利率、別名「割引率」です。
この割引率は、従業員がすでに獲得している年金受給権(将来受け取るはずの給付)を、現時点の価値に換算するために使われます。
将来の給付が約束されているとはいえ、その支払いは数十年先になる可能性もあります。
貨幣の価値は時間とともに変動するため、「将来受け取る100万円」と「今受け取る100万円」では意味合いが異なります。
この時間的価値の差を埋めるのが、割引率の役割です。
非継続基準では、制度が将来にわたって継続するという前提がないため、運用収益の期待値ではなく、より確実性が高く、市場リスクの少ない金利が用いられることが一般的です。
これにより、もし制度が廃止になったとしても、従業員の受給権が確実に保全されるよう、保守的な視点から財政状況が評価されるのです。
これは、従業員の権利を守るための重要なセーフティネットの一つと言えるでしょう。
計算における国債金利の重要性
非継続基準の予定利率を算出する際に、特に重要な指標として用いられるのが「国債金利」です。
参考情報にもある通り、一般的に満期までの期間が長く、リスクの小さい30年国債の金利が割引計算に採用されることが多いです。
なぜ国債金利が重要なのでしょうか。
それは、国債が国の信用に基づいて発行されており、極めて安全性が高い資産とされているためです。
特に30年といった長期の国債は、将来にわたる金利水準の目安としても機能します。
制度廃止という、ある意味で「緊急時」の財政検証においては、将来の不確実性をできるだけ排除し、最も確実性の高い金利を基準として用いることが求められます。
市場の金利動向、特に国債金利の変動は、非継続基準の予定利率に直接的な影響を与えます。
もし長期国債の金利が上昇すれば、非継続基準の予定利率も上昇し、将来の受給権を現在価値に換算した際の金額が小さく評価されることになります。
これは、年金制度が保有すべき資産額が減少する可能性を示唆します。
このように、国債金利は年金財政の健全性を測る上で、非常に重要な「羅針盤」としての役割を担っているのです。
企業年金の予定利率の推移と引き上げの可能性
過去の低金利環境と予定利率の低下傾向
過去数十年にわたり、日本経済は長期的な低金利環境にありました。
これは、いわゆる「失われた30年」と呼ばれ、企業の年金運用にも大きな影を落としてきました。
年金資産を運用する上で、期待できる収益率が低い状況が続けば、当然ながら予定利率も引き下げざるを得ません。
なぜなら、予定利率は将来の運用収益を予測するものであるため、実際に得られる運用益が低い水準に留まる見込みであれば、それに見合った低い利率を設定しなければ、制度の財政が立ち行かなくなるからです。
低金利下での運用難は、多くの企業年金にとって共通の課題であり、予定利率の引き下げは、企業の掛金負担増という形で現れることが少なくありませんでした。
例えば、第一生命保険株式会社が2020年に確定給付企業年金の予定利率を1.25%から0.25%へと大幅に引き下げたという報道は、この低金利環境がいかに厳しかったかを物語る具体的な事例と言えるでしょう。
このように、予定利率の低下は、企業の年金財政に常に重くのしかかる問題であり続けていました。
近年の金利上昇と予定利率の動向
しかし、近年、状況は変化の兆しを見せています。
日本銀行の金融政策の転換、世界的な物価上昇、そして国内の景気回復への期待などを受け、金利は上昇傾向にあります。
このような金利環境の変化は、企業年金の予定利率にも新たな動向をもたらしています。
政府も「資産運用立国実現プラン」を掲げるなど、個人資産形成や年金運用における投資の重要性を強調する政策を進めています。
こうした背景から、低金利時代に見直されてきた予定利率が、再び引き上げの「論点」として浮上してきているのです。
金利上昇は、年金資産の運用収益率の改善に繋がり、結果として予定利率の引き上げを可能にする要因となります。
これは、企業の掛金負担の軽減や、年金制度の財政的な健全性の向上に寄与する可能性を秘めています。
もちろん、金利の動向は複雑であり、一概に上昇し続けるとは限りませんが、これまでの低金利一辺倒の状況から変化の時期を迎えていることは確実です。
予定利率引き上げの具体的な事例と影響
実際に、予定利率の具体的な数値にも変化が見られています。
参考情報によると、2025年度(令和7年度)の確定給付企業年金制度の継続基準の下限予定利率は0.3%、非継続基準の予定利率は1.17%と告示されています(2025年3月27日告示)。
これは、これまで低く抑えられてきた予定利率に、上昇の動きが見られることを示唆しています。
これらの数値は、現在の市場金利の状況や、将来の運用環境の見通しを反映したものであり、特に非継続基準の予定利率が1%を超えている点は注目に値します。
非継続基準の予定利率には、安全資産である長期国債の金利が用いられることが多いため、これは長期金利が上昇していることを如実に示していると言えるでしょう。
予定利率の引き上げは、企業年金制度全体にポジティブな影響をもたらす可能性があります。
企業にとっては、将来の運用益への期待が高まることで、掛金負担が軽減されるかもしれません。
また、年金制度の財政状況がより健全になり、加入者である私たちにとっては、将来受け取る年金給付の安定性が高まることへの期待が持てます。
もちろん、具体的な給付額が直接的に増えるわけではありませんが、制度の持続可能性が向上するという点で、非常に重要な変化と言えるでしょう。
企業年金の月額受取額と会社負担の仕組み
予定利率が将来の年金額に与える影響
企業年金の予定利率は、直接的に月々の年金受取額を計算する際の基礎となるわけではありませんが、将来の給付額の「現在価値」を評価する際に重要な役割を果たします。
そして、この現在価値の評価が、間接的に企業の掛金負担、ひいては制度全体から見た給付水準の設計に影響を及ぼします。
具体的には、将来の給付額を現在価値に換算する際、予定利率が高ければ、その現在価値は低く評価されます。
これは、高い利回りが期待できるのであれば、将来多額の給付を受け取るために現在積み立てるべき金額は少なくて済む、という考え方に基づいています。
逆に、予定利率が低ければ、将来の運用収益への期待が小さいため、将来の給付を賄うために現在積み立てるべき金額が多くなり、結果として将来の給付額の現在価値は高く評価されることになります。
この「割引計算」のメカニズムによって、予定利率は年金制度全体の財政設計に深く関わり、企業の掛金負担額や制度全体の健全性を左右します。
結果的に、制度設計の根幹に関わるため、予定利率の水準は、回り回って加入者が将来受け取る年金給付の安定性や水準に影響を与える重要な要素となるのです。
最新の年金制度改正がもたらす変化
日本の年金制度は、社会情勢の変化に対応するため、常に改正が行われています。
企業年金を取り巻く環境も、こうした国の年金制度改正と無関係ではありません。
2020年には「年金制度改革法」が成立し、2022年4月から段階的に施行されているものもあります。
これらの改正は、将来世代の給付水準確保や、多様な働き方に対応することを目的としています。
主な改正内容は以下の通りです。
- 短時間労働者の厚生年金への適用拡大: 以前は適用外だった短時間労働者も厚生年金の対象となることで、より多くの人が老後の保障を受けられるようになります。
- 在職中の年金受給の拡大: 働きながら年金を受給しやすくなるよう、在職老齢年金制度が見直されました。2026年4月からは、年金と給与の合計額が月62万円までであれば、年金が減額されずに受給できるようになる予定です。これは、高齢者の就労意欲を後押しする大きな変化と言えるでしょう。
- 75歳までの繰下げ受給の選択拡大: 年金の受給開始時期を遅らせることで、受給額を増やす「繰下げ受給」が、最大75歳まで選択可能となりました。これにより、より柔軟な老後の資金計画が可能になります。
- 確定拠出年金(iDeCo、DC)の見直し: 制度の加入要件や拠出限度額などが見直され、より多くの人が確定拠出年金を利用しやすくなりました。これは、自助努力による資産形成を促す重要な施策です。
これらの改正は、私たちの老後のライフプランに直接的な影響を与えるため、ぜひ内容を理解し、活用を検討してみてください。
ご自身の企業年金を理解し、ライフプランを立てる重要性
企業年金の予定利率や制度改正について見てきましたが、最も重要なのは、これらの情報が「自分ごと」であることを認識し、ご自身の企業年金制度を深く理解することです。
企業年金は、退職後の生活を支える大切な資産の一つであり、国の公的年金に加えて、老後の経済的な安定に大きく貢献します。
あなたの会社がどのような企業年金制度を採用しているのか、例えば確定給付型なのか、確定拠出型なのか。
また、その制度において予定利率がどのように設定され、それが将来の給付にどう影響するのか。
会社の年金担当部署や、配布される資料などを通じて、積極的に情報を収集することをお勧めします。
制度の変更や金利動向によって、将来の受取額の目安も変動する可能性があります。
常に最新の情報を把握し、ご自身のライフプラン、特に老後の資金計画を立てる上で、企業年金の情報を有効活用してください。
未来の安心な生活のために、今できることから始めてみましょう。
まとめ
よくある質問
Q: 企業年金の予定利率とは何ですか?
A: 企業年金の予定利率とは、将来の年金給付額を計算する際に、運用によって得られると見込まれる利回りのことです。この利率が高いほど、将来受け取れる年金額は増える傾向にあります。
Q: 企業年金の予定利率はどのように計算されますか?
A: 企業年金の予定利率は、一般的に加入している企業年金制度の規約に基づき、運用資産の期待収益率や経済状況などを考慮して設定されます。個別の計算方法は制度によって異なります。
Q: 企業年金の予定利率は引き上げられることがありますか?
A: はい、経済状況の改善などにより、将来的に予定利率が引き上げられる可能性はあります。ただし、一度決定された予定利率が頻繁に変更されることは稀です。
Q: 企業年金の平均的な利回り(利率)はどのくらいですか?
A: 企業年金の平均的な利率は、制度の種類や運用状況によって大きく変動するため、一概に答えるのは難しいですが、一般的には安全資産への投資が中心となるため、市場金利やインフレ率などを考慮した現実的な水準で設定されています。
Q: 企業年金の月額受取額はどのように決まりますか?
A: 企業年金の月額受取額は、加入期間、掛金総額、そして予定利率を含む運用成果によって決まります。会社が負担する掛金と従業員が負担する掛金の割合(労使折半など)も影響します。