1. 在宅勤務中の怪我は労災対象?知っておくべきポイント
    1. 業務遂行性と業務起因性とは?
    2. 在宅勤務特有の労災認定の難しさ
    3. 労災を防ぐための企業の対策と従業員の心構え
  2. 在宅勤務でかかる経費、確定申告で賢く節税する方法
    1. 企業が経費を負担する際の判断基準
    2. 在宅勤務手当の種類とメリット・デメリット
    3. 従業員が確定申告で節税する際の注意点
  3. 通勤費は出る?在宅勤務における交通費の取り扱い
    1. 通勤手当の基本と在宅勤務時の変更点
    2. 在宅勤務と出社が混在する場合の交通費
    3. 交通費以外の「移動費」に関する考え方
  4. 在宅勤務でも最低賃金は適用される?知っておきたい基本
    1. 最低賃金制度の原則と在宅勤務への適用
    2. 出来高払いの場合の最低賃金保障
    3. 企業が最低賃金を順守するための注意点
  5. 在宅勤務を拒否されたら?パワハラとの線引きと対処法
    1. 在宅勤務制度の拒否と企業の判断
    2. ハラスメントと見なされるケース
    3. 拒否された場合の適切な相談先と対応策
  6. まとめ
  7. よくある質問
    1. Q: 在宅勤務中に怪我をしたら、労災は適用されますか?
    2. Q: 在宅勤務で使ったインターネット代や電気代は経費にできますか?
    3. Q: 在宅勤務の場合、会社から通勤手当は支給されますか?
    4. Q: 在宅勤務を申請したいのですが、どのような理由が認められやすいですか?
    5. Q: 在宅勤務をさせてくれないのはパワハラにあたりますか?

在宅勤務中の怪我は労災対象?知っておくべきポイント

在宅勤務が新しい働き方として定着する中、万一の事故に対する不安は尽きません。特に「在宅勤務中の怪我は労災になるのか?」という疑問は多くの方が抱くものです。自宅というプライベートな空間での業務中に起きた災害でも、一定の条件を満たせば労災保険の対象となり得ます。

しかし、オフィスでの勤務とは異なる特性を持つ在宅勤務では、労災認定の判断が複雑になるケースも少なくありません。

ここでは、労災認定の基本的な考え方から、在宅勤務特有の課題、そして企業と従業員それぞれが取るべき対策について詳しく解説します。万が一の事態に備え、正しい知識を身につけておきましょう。

業務遂行性と業務起因性とは?

労災保険が適用されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの重要な要件を満たす必要があります。これらは、災害が業務中に発生し、業務が原因で起きたものであることを証明するためのものです。

業務遂行性とは、労働契約に基づき、事業主の指揮命令下にある状態で災害が発生したことを指します。つまり、会社の業務を行っている最中であると客観的に判断できる状況です。

業務起因性は、災害が業務に内在する危険によって発生したこと、または業務と相当の因果関係があることを意味します。例えば、業務に必要な書類を取りに立ち上がった際の転倒や、業務中にトイレに行くために離席した際の事故などがこれに該当する可能性があります。

厚生労働省の「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」においても、事業主の支配下で生じた災害は業務上の災害として労災保険給付の対象となると明記されています。重要なのは、事故発生時の状況が業務と明確に結びついているかどうかを具体的に説明できることです。

ただし、業務とは無関係な私的な行為中の事故や、業務との関連性が曖昧な場合は労災と認められないことがあるため、注意が必要です。

在宅勤務特有の労災認定の難しさ

在宅勤務中の労災認定は、オフィス勤務と比較していくつかの難しい側面を抱えています。最も大きな要因は、第三者の目撃や証言などの客観的な情報が不足しがちであるという点です。自宅というプライベートな空間では、事故発生時に会社の同僚や上司がその場にいることは稀であり、状況証拠の確保が困難になることがあります。

例えば、休憩中に気分転換で軽い運動をしていて怪我をした場合や、家事の延長線上で起きた事故と業務中の事故の線引きが曖昧になることがあります。労災として認められるためには、事故の発生時刻、場所、状況、負傷の経緯などを明確に説明し、それが業務に起因するものであることを客観的に示す必要があります。

また、自宅の作業環境が業務に適しているかどうかも重要な要素です。不適切な椅子や机の使用、照明不足など、企業の安全配慮義務の範囲外となる環境で発生した事故は、業務起因性が認められにくい場合があります。

企業側も、従業員の自宅での作業環境を全て把握することは困難であり、労災発生時の事実確認に時間と手間がかかる傾向があります。こうした在宅勤務特有の事情が、労災保険適用へのハードルを高くしていると言えるでしょう。

労災を防ぐための企業の対策と従業員の心構え

在宅勤務における労災リスクを低減し、万が一の事態に備えるためには、企業と従業員双方の協力が不可欠です。

【企業の対策】

  1. 明確な就業規則と労災発生時の報告フローの整備:

    在宅勤務における労災の定義、報告手順、必要な証拠などを具体的に定めておくことが重要です。従業員が迷わず対応できるよう、分かりやすいマニュアルを作成しましょう。

  2. 安全衛生教育の実施:

    自宅での適切な作業環境の作り方(椅子の選び方、ディスプレイの高さ、照明、休憩の取り方など)、転倒防止策、非常時の対応などを定期的に教育します。特に、VDT(Visual Display Terminals)作業における健康管理について周知徹底が求められます。

  3. 作業環境整備の支援:

    ergonomicなオフィスチェアやモニターなど、業務に必要な備品の購入補助や貸与を通じて、従業員の作業環境改善を支援します。

【従業員の心構え】

  1. 業務とプライベートの明確な区別:

    業務時間中は業務に集中し、私的な活動を控えることが重要です。休憩時間と業務時間を明確に区別し、私的な活動は休憩中に済ませるように心がけましょう。

  2. 安全な作業環境の確保:

    自宅の作業スペースを整理整頓し、転倒の危険があるものを排除するなど、安全に配慮した環境を自ら整えることが求められます。定期的に休憩を取り、適度な運動を取り入れることで、健康リスクも低減できます。

  3. 事故発生時の速やかな報告と証拠保全:

    万が一労災が発生した場合は、速やかに会社に報告し、事故状況を詳細に記録(写真、時刻、状況、目撃者がいれば証言など)することが重要です。これにより、労災認定の際に客観的な証拠として役立ちます。

企業と従業員が一体となってこれらの対策を講じることで、在宅勤務の安全性を高め、安心して業務に取り組める環境を構築することができます。

在宅勤務でかかる経費、確定申告で賢く節税する方法

在宅勤務の普及に伴い、従業員が自宅で業務を行う際に発生する様々な経費について、その負担や取り扱いが注目されています。電気代、通信費、文房具代など、在宅勤務によって個人の負担が増える費用は少なくありません。

これらの経費を企業がどのように負担すべきか、また従業員自身が確定申告を通じてどのように節税できるかを知ることは、健全な在宅勤務を継続するために非常に重要です。

本セクションでは、企業が在宅勤務手当を支給する際の判断基準、各種手当のメリット・デメリット、そして従業員が確定申告で経費を計上する際のポイントについて詳しく解説します。

企業が経費を負担する際の判断基準

在宅勤務における経費負担については、法律で一律の上限金額が定められているわけではありません。そのため、企業は以下の3つの観点から総合的に判断し、社内規定やルールを明確に定める必要があります。

  1. 業務遂行上の必要性:

    その費用が業務を行う上で不可欠であるかどうかが最も重要な判断基準です。例えば、業務に使用するパソコンやソフトウェア、通信環境などは必要性が高いと言えるでしょう。

  2. 私的利用との按分:

    自宅の電気代や通信費のように、業務と私用が混在する費用については、合理的な基準で業務利用分と私的利用分を按分する必要があります。例えば、業務に費やした時間や、使用した面積の割合などを用いて計算します。

  3. 社内規定やルールでの明確化:

    経費負担の範囲、支給方法、精算手続きなどを就業規則や在宅勤務規程に明記し、従業員に周知徹底することがトラブル防止につながります。これにより、公平性を保ち、従業員の納得感も得やすくなります。

支給方法としては、一律で在宅勤務手当を支給する、領収書を提出して実費精算する、会社が備品をまとめて購入・貸与するといった方法が一般的です。企業は自社の状況や従業員の意見も踏まえ、最適な方法を選択することが求められます。

また、テレワークの導入や実施を支援するための助成金・補助金制度も存在します。例えば、厚生労働省の「人材確保等支援助成金(テレワークコース)」や、各自治体が提供するテレワーク関連の補助金などを活用することで、テレワーク環境整備にかかる費用負担を軽減できる可能性があります。

在宅勤務手当の種類とメリット・デメリット

在宅勤務手当にはいくつかの種類があり、それぞれにメリットとデメリットが存在します。企業は自社の状況や従業員の働き方に応じて、適切な手当の形態を選択する必要があります。

主な手当の種類は以下の通りです。

1. 一律手当(定額支給)

  • メリット:

    企業の事務処理が非常に簡便です。従業員にとっても、毎月の収入が安定し、個別の領収書管理の手間が省けるため、満足度が高まりやすい傾向があります。少額であれば課税対象とならない場合もあります。

  • デメリット:

    実際の経費と支給額に乖離が生じる可能性があります。経費が多い従業員からは不満が出ることもあり、公平性の観点から議論となる場合があります。税務上、給与所得と見なされ課税対象となるリスクもあります。

2. 実費精算

  • メリット:

    実際に発生した経費に基づき支給されるため、公平性が高く、従業員の不満が生じにくい方法です。業務と私用の按分ルールを明確にすれば、税務上の問題もクリアしやすいです。

  • デメリット:

    従業員は領収書を保管し、精算書を作成する手間がかかります。企業側も個々の精算処理が煩雑になり、経理業務の負担が増大します。特に、電気代や通信費など業務と私用が混在する費用の按分計算が複雑になりがちです。

3. 備品購入・貸与

  • メリット:

    企業が直接必要な備品(PC、モニター、オフィスチェアなど)を購入・貸与することで、従業員の初期費用負担をなくし、統一された業務環境を確保できます。資産管理もしやすくなります。

  • デメリット:

    企業にとって初期投資が大きくなる可能性があります。貸与備品の管理(故障、返却、廃棄など)に関するコストや手間も発生します。従業員によっては、私物の使い慣れた備品を使いたいというニーズに対応できないこともあります。

これらの手当を単独で運用するだけでなく、複数を組み合わせることで、より柔軟かつ効果的な経費負担の仕組みを構築することも可能です。例えば、通信費や電気代は一律手当、高額な備品は会社貸与とするなど、バランスの取れた制度設計が求められます。

従業員が確定申告で節税する際の注意点

企業からの在宅勤務手当が不十分な場合や、支給自体がない場合でも、従業員自身が確定申告を行うことで、一部の在宅勤務経費を控除できる可能性があります。しかし、これにはいくつかの注意点があります。

最も一般的なのは、家事関連費の按分計算です。自宅の電気代やインターネット通信費、家賃などは、業務とプライベートで共用しているため、業務に使用した部分のみを経費として計上できます。国税庁のガイドラインでは、実態に応じて合理的な基準(例えば、業務に費やした時間や、使用した部屋の面積の割合など)で按分することが認められています。

例えば、月の電気代が10,000円で、そのうち業務でPCなどを使用する時間が全体の20%程度であれば、2,000円を業務経費として計上できる可能性があります。通信費も同様に按分計算が可能です。

【確定申告時の注意点】

  • 領収書・証拠の保管:

    経費として計上する全ての項目について、領収書や利用明細などの証拠を必ず保管しておく必要があります。税務調査が入った際に提示を求められることがあります。

  • 按分計算の根拠:

    按分計算を行った場合は、その計算根拠を明確に説明できるよう準備しておくことが重要です。例えば、業務日報や作業時間記録などが役立ちます。

  • 特定支出控除:

    特定の職務に関連する支出(通勤費、研修費、資格取得費など)が給与所得控除額の半分を超える場合、特定支出控除の対象となる場合があります。在宅勤務では、業務に必要な書籍購入費や、専門的なソフトウェアの利用料などがこれに該当する可能性もゼロではありません。ただし、この控除の適用を受けるハードルは一般的に高く、税務署からの証明書や会社の証明が必要となるため、事前に確認が必要です。

在宅勤務経費の確定申告は、正しく行えば節税につながりますが、誤った計上は追徴課税の対象となるリスクもあります。不明な点があれば、税務署や税理士などの専門家に相談することをおすすめします。

通勤費は出る?在宅勤務における交通費の取り扱い

在宅勤務が常態化する中で、多くの従業員が疑問に思うのが「通勤費(交通費)の扱いはどうなるのか」という点です。これまで毎月支給されていた通勤手当が在宅勤務によってどう変化するのか、また、ハイブリッド勤務のように出社と在宅が混在するケースではどのようなルールが適用されるのか、企業も従業員も戸惑うことがあります。

交通費は、従業員の労働条件に直接関わる重要な要素であり、その取り扱いを明確にすることは企業にとっても従業員にとっても非常に大切です。

このセクションでは、通勤手当の基本的な考え方から、在宅勤務やハイブリッド勤務における交通費の具体的な取り扱い、さらに業務上の移動費との違いについて詳しく解説します。

通勤手当の基本と在宅勤務時の変更点

通勤手当は、従業員が自宅から会社までの通勤にかかる経済的負担を軽減するために支給されるものです。通常、労働契約や就業規則に基づいて、実費相当額や定額が毎月支払われます。これは、従業員が「通勤」という行為を行うことを前提とした手当です。

しかし、在宅勤務が導入され、従業員が自宅で業務を完結できるようになった場合、物理的な通勤が不要となります。この状況では、通勤手当の支給停止や減額を検討するのが一般的です。

多くの企業では、在宅勤務をメインとする従業員に対しては通勤手当の支給を停止し、その代わりに在宅勤務手当を支給する、あるいは通信費や電気代の一部を経費として精算するなどの対応を取っています。

企業が通勤手当の支給ルールを変更する際には、就業規則の変更が必要となります。労働条件の不利益変更にあたる可能性があるため、従業員への十分な説明と合意形成が不可欠です。労働組合がある場合は、労働組合との協議も必要となります。

従業員側も、在宅勤務導入に伴い通勤手当の支給が停止または減額される可能性を理解し、事前に会社の制度を確認しておくことが重要です。これにより、予期せぬ収入減に備えることができます。

在宅勤務と出社が混在する場合の交通費

最近では、週に数回出社し、残りの日数は在宅勤務という「ハイブリッド勤務」の形態を取る企業が増えています。このようなケースでは、通勤手当の取り扱いがさらに複雑になります。

主な対応策としては、以下のような方法が考えられます。

  1. 実費精算:

    出社した日数に応じて、かかった交通費を都度精算する方法です。最も公平性が高い一方で、従業員は毎回領収書や履歴を管理し、企業は精算業務が煩雑になるというデメリットがあります。

  2. 定期券の支給見直し:

    週に数回の出社であれば、必ずしも定期券が最も経済的な選択とは限りません。従業員の通勤経路や出社頻度に応じて、定期券ではなく回数券の購入補助や、日割り計算での支給などを検討することもあります。

  3. 日割り計算での支給:

    月の出社予定日数に基づき、通勤手当を日割りで支給する方法です。例えば、月の通勤手当が2万円で、月に10日出社した場合、2万円 ÷ 20日(月の所定労働日数) × 10日 = 1万円を支給するといった計算です。

  4. 上限を設けた定額支給:

    月に〇円までという上限を設け、その範囲内で実費精算を認めるケースもあります。これにより、従業員の負担を軽減しつつ、企業の管理コストも抑えることができます。

どの方法を選択するにしても、企業は明確なルールを就業規則や在宅勤務規程に明記し、従業員に周知徹底することが不可欠です。従業員にとっても、自分の働き方に合った最も経済的な通勤方法を検討するきっかけになります。企業と従業員間で認識のずれがないよう、丁寧な説明が求められます。

交通費以外の「移動費」に関する考え方

通勤手当は「自宅から会社までの移動」に限定されるものですが、在宅勤務中に発生する「業務上の移動費」はこれとは別の扱いです。従業員が自宅を拠点として業務を行う場合でも、以下のような移動は、業務遂行に必要な経費として企業が負担すべきものです。

  • 顧客訪問:

    取引先や顧客の元へ出向くための交通費。

  • 社内会議・研修への参加:

    自宅から会社のオフィスや指定された研修場所へ移動するための交通費。

  • 出張:

    遠隔地への業務上の出張に伴う交通費や宿泊費。

  • 物品の購入:

    業務に必要な備品や消耗品を店舗に買いに行くための交通費。

これらの移動は、業務命令に基づいて行われるものであり、従業員が本来負担すべき性質のものではありません。したがって、企業は通勤手当とは別に、これらの移動にかかる実費を「業務交通費」や「出張費」として精算する仕組みを設ける必要があります。

精算方法としては、都度実費精算が基本となりますが、出張の場合は日当や宿泊費の上限などを定めた出張規程を設けるのが一般的です。重要なのは、「自宅が業務の拠点である」という認識のもと、自宅から直接業務目的地へ移動した場合の費用を適切に精算することです。

これにより、従業員が安心して業務上の移動を行えるようになり、業務効率の向上にもつながります。企業は、業務上の移動に関する明確な経費精算ルールを定め、従業員に周知徹底することが求められます。

在宅勤務でも最低賃金は適用される?知っておきたい基本

在宅勤務という働き方が広がる中で、労働者の権利や労働条件に関する様々な疑問が生じています。その一つが「在宅勤務でも最低賃金は適用されるのか?」というものです。結論から言えば、在宅勤務者であっても、日本の労働基準法に基づく最低賃金は適用されます

最低賃金制度は、全ての労働者が安心して生活できる水準の賃金を保障するための重要な制度です。在宅勤務だからといって、この原則が適用されないわけではありません。しかし、在宅勤務特有の労働時間の把握の難しさや、成果報酬型の働き方の場合に、最低賃金がどのように保障されるのかは、きちんと理解しておく必要があります。

このセクションでは、最低賃金制度の基本原則から、在宅勤務への適用、特に出来高払いの場合の注意点、そして企業が最低賃金を順守するために取るべき対策について解説します。

最低賃金制度の原則と在宅勤務への適用

日本の最低賃金制度は、最低賃金法に基づき、事業主が労働者に支払うべき賃金の最低額を定めています。この制度は、パートタイマーやアルバイト、派遣労働者、そして在宅勤務者を含む全ての労働者に適用されます

最低賃金には、各都道府県に定められる地域別最低賃金と、特定の産業に定められる特定最低賃金の2種類があり、両方が適用される場合は高い方が優先されます。原則として、時間給、日給、月給のいずれの形態であっても、その賃金を時間額に換算して最低賃金と比較し、下回ってはならないとされています。

在宅勤務においても、労働者が企業との間で雇用契約を結んでいる限り、この最低賃金が適用されます。労働時間に対する賃金が、所在地の地域別最低賃金を下回ることは許されません。

例えば、東京都で在宅勤務をする場合、その労働時間に対して支払われる賃金が、東京都の地域別最低賃金(2023年10月以降は1,113円)を下回ることは違法となります。企業は、在宅勤務者に対しても、通常のオフィス勤務者と同様に、労働時間と賃金の関係を適切に管理し、最低賃金を確実に順守する義務があります。

労働基準監督署も、在宅勤務における最低賃金に関する相談を受け付けており、労働者の権利が侵害されないよう監督体制を整えています。在宅勤務者も自身の権利として、最低賃金が保障されていることを認識しておくべきです。

出来高払いの場合の最低賃金保障

在宅勤務では、業務の性質上、時間給ではなく成果に応じて賃金が支払われる「出来高払い(歩合給)」の形態を取るケースもあります。この場合でも、最低賃金制度は適用されますが、その計算方法には注意が必要です。

出来高払いの賃金であっても、最終的には「実際に働いた時間」に換算し、その時間当たりの賃金が最低賃金を下回ってはならないとされています。つまり、成果が上がらなかったために、時間当たりに換算した賃金が最低賃金を下回るようなことがあってはなりません。

【計算例】

ある在宅勤務者が1ヶ月間で200個の成果物を納品し、その報酬が10万円だったとします。この成果物を制作するために要した実労働時間が100時間だった場合、時間当たりの賃金は 10万円 ÷ 100時間 = 1,000円 となります。

もし、この地域における最低賃金が1,100円だった場合、上記の1,000円は最低賃金を下回るため、企業は差額を支払う義務が生じます。

このため、出来高払い制度を導入している企業は、従業員の労働時間を適切に把握する責任があります。自己申告だけでなく、客観的な記録(例えば、タスク管理ツールのログやPCの操作ログなど)も活用し、実労働時間を正確に算定することが求められます。

もし企業が労働時間を適切に把握できない場合、労働者の主張する労働時間に基づいて最低賃金が計算されるリスクがあります。出来高払いの従業員も、日々の労働時間を記録しておくことが、自身の賃金が最低賃金を下回らないための自衛策となります。

企業が最低賃金を順守するための注意点

在宅勤務者を含む全ての従業員に対して最低賃金を確実に順守するために、企業は以下の点に特に注意を払う必要があります。

1. 労働時間の適切な把握:

在宅勤務では、従業員の労働時間をオフィス勤務時よりも正確に把握することが難しい場合があります。しかし、企業には労働時間管理の義務があります。タイムカード、勤怠管理システム、PCのログイン・ログオフ記録、業務日報など、複数の方法を組み合わせて客観的に労働時間を把握する仕組みを導入しましょう。

特に出来高払いの場合は、成果物作成にかかる平均的な時間を算定し、それに合わせて最低賃金を下回らない報酬を設定する必要があります。

2. 賃金構成の明確化と最低賃金に含める賃金の確認:

最低賃金の計算に含めることができる賃金と、含めることができない賃金があります。例えば、家族手当、通勤手当、時間外労働手当、賞与などは最低賃金の計算には含まれません。基本給や職務手当など、「通常の労働時間に対応する賃金」のみが対象となります。在宅勤務手当の取り扱いも、その内容によって異なる場合がありますので、専門家と相談して明確にしておくことが重要です。

3. 定期的な賃金の見直しと情報提供:

最低賃金は毎年改定されます。企業は、毎年改定される最低賃金に合わせて、自社の賃金規定や従業員の賃金が最低賃金を下回っていないかを定期的に確認し、必要に応じて賃金改定を行う必要があります。また、従業員に対して自社の賃金体系や最低賃金の適用状況について分かりやすく情報提供することで、不信感やトラブルを未然に防ぐことができます。

これらの対策を講じることで、企業は法令を遵守し、在宅勤務者を含む全ての従業員が安心して働ける環境を提供することができます。

在宅勤務を拒否されたら?パワハラとの線引きと対処法

在宅勤務が広く普及した一方で、企業によっては業務の性質やセキュリティ上の理由から、在宅勤務の導入を見送ったり、従業員からの申請を拒否したりするケースも存在します。在宅勤務は従業員にとって柔軟な働き方の一つですが、必ずしも個人の権利として保障されているわけではありません。

しかし、中には不当な理由で在宅勤務を拒否されたり、拒否の過程でハラスメントと感じるような対応を受けたりすることもあります。

このセクションでは、企業が在宅勤務の申請を拒否する際の判断基準、それがハラスメントと見なされるケース、そして万が一拒否された場合の適切な対処法について解説します。特に、2025年4月からの育児・介護休業法改正にも触れ、法的な側面からの理解を深めます。

在宅勤務制度の拒否と企業の判断

在宅勤務は、労働基準法で明確に定められた労働者の権利ではなく、多くの企業では就業規則や人事制度に基づいて導入される「会社の制度」として運用されています。したがって、企業には業務上の必要性に基づき、従業員からの在宅勤務申請の可否を判断する裁量があります。

企業が在宅勤務の申請を拒否する場合、その拒否には合理的な理由が伴う必要があります。以下のような理由は、一般的に合理的な拒否理由と見なされることが多いです。

  • 業務の性質上、出社が必須である場合:

    対面での顧客対応、物理的な設備の操作、機密性の高い情報の取り扱いなど、自宅では遂行が困難または不可能な業務。

  • 情報セキュリティ上のリスク:

    自宅のネットワーク環境や物理的なセキュリティが不十分で、企業の情報資産が危険に晒される可能性がある場合。

  • 生産性やチームワークへの影響:

    在宅勤務によってコミュニケーションが阻害され、チーム全体の生産性が著しく低下する懸念がある場合。

  • 公平性の観点:

    特定の従業員にのみ在宅勤務を許可することで、他の従業員との間で不公平感が生じる恐れがある場合。

企業は、これらの理由を従業員に対して具体的に説明し、納得感を得られるよう努めるべきです。また、拒否された場合でも、部分的な在宅勤務や時差出勤など、別の柔軟な働き方を提案することも検討すべきでしょう。

ただし、2025年4月からは育児・介護休業法が改正され、3歳から小学校就学前の子を養育する従業員に対して、月10日以上利用可能なテレワーク制度の整備が義務化されます。この対象となる従業員からの申請については、企業は原則として拒否できないことになりますので、注意が必要です。

ハラスメントと見なされるケース

企業が在宅勤務の申請を拒否すること自体が直ちにハラスメントとなるわけではありません。しかし、その拒否の理由や過程、拒否後の対応によっては、パワハラ(パワーハラスメント)と見なされる可能性があります。

具体的には、以下のようなケースがハラスメントに該当する恐れがあります。

  • 不合理・差別的な拒否:

    正当な理由がないにもかかわらず、特定の従業員のみに対して在宅勤務を差別的に拒否する、あるいは合理的な理由を説明しないまま一方的に拒否する。

  • 拒否の理由が曖昧・不誠実:

    「会社の都合だから」といった抽象的な理由で拒否し、従業員の質問や懸念に真摯に対応しない。

  • 精神的苦痛を与える対応:

    在宅勤務申請を拒否する際に、従業員の人格を否定するような言動を伴ったり、必要以上に厳しく叱責したりするなど、精神的な苦痛を与えるような対応。

  • 不利益な取り扱い:

    在宅勤務を申請したことを理由に、人事評価で不当に低い評価をつけたり、降格や異動といった不利益な配置転換を行ったりする。

  • 育児・介護との両立支援への妨害:

    特に、育児や介護を理由とした在宅勤務の申請に対し、2025年4月以降の法改正の趣旨に反して、不当な理由で拒否したり、利用を妨害したりする行為は、法的な問題となる可能性が高いです。

ハラスメントの判断は、行為の態様、継続性、従業員が受ける精神的・身体的苦痛の程度など、様々な要素を総合的に考慮して行われます。従業員は、不当だと感じた場合は、状況を記録しておくことが重要です。

拒否された場合の適切な相談先と対応策

在宅勤務の申請を拒否され、その理由に納得できない場合や、ハラスメントではないかと感じた場合、従業員は適切な対応を取る必要があります。感情的に対応するのではなく、冷静に段階を踏んで対処することが重要です。

1. まずは企業内の相談窓口へ:

最初に、社内の上司、人事部門、または社内に設置されているハラスメント相談窓口やコンプライアンス担当部署に相談しましょう。正式なプロセスを通じて、拒否の理由を再確認したり、別の解決策を模索したりできる可能性があります。相談する際は、これまでの経緯や拒否された理由、自分の希望などを具体的に整理しておくと良いでしょう。

2. 労働組合への相談:

社内に労働組合がある場合は、労働組合に相談するのも有効な手段です。労働組合は、労働者の権利を守るために企業と交渉を行うことができます。

3. 外部の専門機関への相談:

社内での解決が難しい場合や、適切な対応が得られないと感じた場合は、外部の専門機関への相談を検討しましょう。

  • 労働局の「総合労働相談コーナー」:

    労働条件やハラスメントに関する無料の相談窓口です。専門の相談員がアドバイスを提供し、必要に応じて行政指導やあっせん(話し合いによる解決の仲介)を行ってくれます。

  • 弁護士:

    法的な紛争に発展しそうな場合や、具体的な法的助言が必要な場合は、労働問題に詳しい弁護士に相談することを検討しましょう。

4. 証拠の保全:

どの段階であっても、在宅勤務申請に関するメールのやり取り、上司との会話の記録(日付、時間、内容)、拒否理由の説明、精神的苦痛を受けた証拠などを可能な限り記録し、保全しておくことが非常に重要です。これにより、後の交渉や相談を有利に進めることができます。

在宅勤務を拒否された際の対応は、個々の状況によって異なりますが、上記のようなステップを踏むことで、自身の権利を守り、より良い解決に繋がる可能性が高まります。