概要: 裁量労働制を導入している企業では、36協定の理解が不可欠です。本記事では、裁量労働制と36協定の基本的な関係性から、残業時間の上限、そして違反にならないための注意点までを詳しく解説します。
裁量労働制における36協定の基本と残業時間の上限
裁量労働制は、働く人の裁量を尊重し、時間や仕事の進め方を柔軟に委ねる制度です。しかし、この制度を導入している企業は、専門業務型で2.2%、企画業務型で0.6%と、2024年4月時点でもまだ低い割合に留まっています。
柔軟な働き方を実現する一方で、その運用には労働基準法に基づいた厳格なルール、特に36協定(時間外・休日労働に関する協定届)の締結や残業時間の上限規制が深く関わってきます。この記事では、裁量労働制における36協定の基本と、知っておくべき残業時間の上限について解説します。
裁量労働制と36協定の関係性とは
裁量労働制の基本をおさらい
裁量労働制とは、実労働時間に関わらず、あらかじめ労使協定で定めた「みなし労働時間」に応じて賃金が支払われる制度です。これにより、従業員は労働時間や仕事の進め方を自身の裁量で決めることができます。
主な種類は以下の2つです。
- 専門業務型裁量労働制: 研究開発、システムエンジニア、デザイナー、弁護士など、高度な専門性が求められる19業務が対象です。労使協定の締結と労働基準監督署への届け出、さらに2024年4月からは個別の労働者の同意も必要となりました。
- 企画業務型裁量労働制: 事業運営に関する企画、立案、調査、分析などの業務が対象です。労使委員会の決議と労働基準監督署への届け出、対象労働者の個別の同意が必須となります。
36協定とは何か、なぜ必要なのか
36協定は、労働基準法第36条に基づいて、企業が従業員に法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させたり、法定休日に労働させたりする場合に、労働者の過半数で組織する労働組合または労働者の過半数を代表する者との間で締結し、労働基準監督署に届け出る協定です。
裁量労働制であっても、以下のいずれかの条件に該当する場合は36協定の締結が必須となります。
- みなし労働時間が法定労働時間を超える場合
- 深夜労働(22時~翌5時)を行った場合
- 休日労働を行った場合
これらのケースでは、超過時間や深夜・休日労働に対して割増賃金の支払い義務が発生するため、適正な運用には36協定が不可欠です。
裁量労働制と36協定の密接な関連性
裁量労働制は、労働者個人の裁量を尊重する制度ですが、だからといって労働基準法の適用外になるわけではありません。特に、労働時間に関する基本的な枠組みは36協定によって定められています。
たとえ裁量労働制を導入している企業であっても、みなし労働時間が法定労働時間を超える設定になっている場合や、深夜・休日労働が発生する可能性がある場合には、必ず36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
この協定がなければ、時間外労働や休日労働自体が違法となり、企業は罰則の対象となるリスクを負います。制度の導入割合が低い現状から見ても、その適切な運用がいかに重要であるかが伺えます。
裁量労働制で知っておくべき36協定の適用除外
36協定における残業時間の上限規制の原則
36協定を締結した場合でも、無制限に時間外労働をさせられるわけではありません。労働基準法により、時間外労働には原則として「月45時間、年360時間」という上限が設けられています。
繁忙期などでこの上限を超える必要がある場合は、特別な事情を明記した「特別条項付き36協定」を締結することができます。しかし、特別条項を設けた場合でも、さらに厳格な制限があります。
- 年間の時間外労働は720時間以内
- 単月で100時間未満
- 2~6ヶ月の複数月平均で80時間以内
- 月45時間を超えるのは年6回まで
これらの上限は、労働者の健康確保のために非常に重要です。
一部の業務に認められる「適用除外」とは
原則として厳格な上限が適用される36協定の時間外労働ですが、特定の業務においては、その上限規制が適用除外となる場合があります。これは、業務の性質上、労働時間管理が困難である、または労働時間よりも成果が重視されるといった特別な事情があるためです。
参考情報にもある通り、代表的な例として「研究開発業務」が挙げられます。研究開発は、成果が出るまでの期間が予測しにくく、突発的な集中作業が必要になることが多いため、一般的な労働時間の上限になじまないという側面があります。
ただし、適用除外となるのはごく一部の業務に限られており、企業は労働者の健康確保のための代替措置を講じる義務があります。
適用除外となる職種の具体例と注意点
36協定における時間外労働の上限が適用除外となる職種は、現在、研究開発業務が主です。これは、新しい技術や製品を生み出す過程において、労働時間の制約が創造性や成果を阻害する可能性があると判断されるためです。
しかし、この適用除外は「無制限に働かせても良い」という意味では決してありません。企業は、適用除外となる業務に携わる労働者に対しても、必ず健康・福祉確保措置を講じる必要があります。具体的には、医師による面接指導の実施、適切な休憩時間の確保、勤務間インターバル制度の導入などが求められます。
また、適用除外の範囲は非常に限定的であり、安易に解釈して適用することは労働基準法違反につながるリスクがあります。不明な点があれば、専門家や労働基準監督署に確認することが重要です。
裁量労働制における残業時間の上限:45時間・60時間・80時間
原則的な残業時間の上限:月45時間・年360時間
裁量労働制においても、みなし労働時間が法定労働時間を超える場合は、その超過分が「時間外労働」として扱われます。この時間外労働に対しては、原則として36協定で定められた「月45時間、年360時間」という上限が適用されます。
多くの企業がこの原則的な上限内で業務を運用しており、労働者の健康維持とワークライフバランスの確保を図っています。裁量労働制だからといって、時間外労働の規制が緩くなるわけではないという点を理解しておくことが重要です。
この上限を超過しないよう、企業は業務量の適切な調整や人員配置を検討し、労働者自身も自己管理に努める必要があります。
特別条項を締結した場合の残業時間の上限
「臨時的な特別な事情」がある場合、企業は特別条項付き36協定を締結し、一時的に上記の原則的な上限を超える時間外労働をさせることが可能です。しかし、この特別条項にも厳格な上限が設定されています。
具体的には、年間の時間外労働は720時間以内に収める必要があり、単月で見ても100時間未満、さらに2ヶ月から6ヶ月の複数月平均で80時間以内という制限があります。
また、月45時間を超える時間外労働は、年6回までという回数制限も設けられています。これらの上限は、労働者の健康を保護するための最終ラインであり、これを超過することは重大な労働基準法違反となります。
裁量労働制で考慮すべき「みなし労働時間」と実労働時間の乖離
裁量労働制の大きな特徴は、実労働時間ではなく「みなし労働時間」で賃金が支払われる点です。しかし、このみなし労働時間と実際の労働時間に大きな乖離がある場合、問題が生じます。
特に、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える設定になっている場合、その超過分は時間外労働とみなされ、36協定の上限規制や割増賃金の支払い義務が発生します。
もし実労働時間がみなし労働時間を大幅に超過し、それが常態化しているにも関わらず適切な管理や是正が行われない場合、企業は労働者への健康配慮義務違反や、未払い賃金の問題に直面する可能性があります。企業は、みなし労働時間の設定が実態に即しているかを定期的に確認し、必要に応じて見直す責任があります。
裁量労働制の残業時間「0時間」は現実的?
裁量労働制における「残業」の定義
裁量労働制における「残業」とは、一般的な労働時間制とは少し意味合いが異なります。この制度では、あらかじめ労使協定で定められた「みなし労働時間」が基準となります。
「残業」として認識されるのは、主に以下のケースです。
- みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超過している場合、その超過分
- 実際に深夜(22時~翌5時)に労働した場合
- 法定休日に労働した場合
つまり、みなし労働時間内で業務を完遂していれば、たとえ実労働時間が長くても、制度上は「残業」とはみなされません。この特性が、「残業時間0時間」という表現が使われる背景にあります。
「みなし労働時間」と実態のギャップ
企業が設定する「みなし労働時間」が法定労働時間と同じか、それよりも短く設定されている場合、名目上は「残業時間0時間」と表現されることがあります。
しかし、もし従業員がそのみなし労働時間をはるかに超える実労働を常態的に行っているとしたらどうでしょうか。これは、実質的なサービス残業が発生している状態であり、従業員の健康を害するだけでなく、企業にとってはコンプライアンス上の大きなリスクとなります。
「残業時間0時間」という表面的な数字だけにとらわれず、実際の業務量や労働実態を把握し、みなし労働時間が適切に機能しているかを常に検証することが求められます。
労働時間管理の重要性と健康確保措置
裁量労働制を導入して「残業時間0時間」を目指す企業であっても、従業員の健康管理は企業の重要な義務です。たとえみなし労働時間内で賃金が支払われていても、実労働時間が過度に長くなれば、健康被害のリスクが高まります。
2024年4月からは、裁量労働制においても、労働者の健康・福祉確保措置が強化されています。企業は、実労働時間の把握に努め、必要に応じてPCのログや入退室記録などを活用し、長時間労働の実態がないかをチェックする必要があります。
また、長時間労働が懸念される労働者に対しては、医師による面接指導を確実に実施するなど、適切な健康確保措置を講じることが不可欠です。形骸化しない実効性のある対策が求められます。
裁量労働制で36協定違反にならないための注意点
協定の適切な締結と届け出
裁量労働制を適法に運用するためには、まず36協定の適切な締結と労働基準監督署への届け出が大前提となります。専門業務型の場合は労使協定、企画業務型の場合は労使委員会の決議が必要です。
特に、2024年4月からは、個別の労働者の同意も必須要件となりました。単に協定を締結するだけでなく、対象となる労働者一人ひとりの同意を得る手続きを適切に行うことが求められます。これらの手続きに不備があれば、制度自体が違法とみなされ、罰則の対象となる可能性があります。
協定書の内容も、時間外労働の上限規制を遵守したものとなっているか、定期的に見直しを行うようにしましょう。
みなし労働時間設定の適正性
裁量労働制の根幹をなす「みなし労働時間」の設定は、非常に重要です。このみなし労働時間が、実際の業務内容や業務量を踏まえた上で、客観的に妥当な時間である必要があります。
もし企業が、実態よりも著しく短いみなし労働時間を設定した場合、それは実質的なサービス残業を強いることになり、36協定違反や賃金未払いとして問題視されます。労働基準監督署の指導対象となるだけでなく、従業員からの訴訟リスクも高まります。
みなし労働時間は、業務実態を定期的に調査・分析し、必要に応じて労使間で協議しながら、適正な水準に保つことが企業の責任です。
労働者の健康確保と法改正への対応
裁量労働制の適切な運用には、労働者の健康確保が不可欠です。2024年4月からは、裁量労働制の導入・運用に関する手続きや、労働者の健康・福祉確保措置がさらに強化されています。
長時間労働が疑われる労働者への医師による面接指導の実施、有給休暇の取得促進、休憩時間の確保など、具体的な措置を講じる必要があります。これらを怠ると、労働者の健康を害するだけでなく、企業は労働安全衛生法違反に問われる可能性があります。
36協定に違反した場合、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」という重い刑罰が科される可能性もあります。法改正の動向に常に注意を払い、必要に応じて社会保険労務士などの専門家へ相談し、法的トラブルを未然に防ぐ体制を構築しましょう。
まとめ
よくある質問
Q: 裁量労働制とはどのような働き方ですか?
A: 裁量労働制とは、労働者が仕事の進め方や時間配分を自ら決定できる制度です。一般的には「専門業務型裁量労働制」と「企画業務型裁量労働制」の2種類があります。
Q: 裁量労働制と36協定はどのように関係しますか?
A: 原則として、裁量労働制であっても法定労働時間を超えて労働させる場合には、36協定の締結が必要です。ただし、一部のケースでは適用除外となることもあります。
Q: 裁量労働制で残業時間の上限はありますか?
A: はい、あります。36協定により、残業時間には月45時間、年360時間という原則的な上限が設けられています。特別な事情がある場合は、月60時間未満、年720時間未満、複数月平均で月80時間未満という延長が認められることもありますが、その場合でも年間6ヶ月までといった制約があります。
Q: 裁量労働制で残業「0時間」は可能ですか?
A: 制度上は可能ですが、業務内容や個人の裁量によっては、結果的に法定労働時間を超える残業が発生する可能性もあります。制度を正しく理解し、運用することが重要です。
Q: 裁量労働制で36協定違反となるのはどのような場合ですか?
A: 36協定を締結せずに法定労働時間を超えて労働させた場合や、36協定で定められた残業時間の上限を超えて労働させた場合などが該当します。