「働きがい」は本当に必要? 疑問を投げかける現状

日本のエンゲージメント率が示す現実

「働きがい」という言葉を耳にしない日はないかもしれません。しかし、本当に多くの人が日々の仕事に「働きがい」を感じているのでしょうか。残念ながら、日本の現状は厳しいと言わざるを得ません。

ギャラップ社が2023年に発表した調査結果によると、仕事への熱意や職場への愛着が強い「エンゲージしている従業員」の割合は、日本でわずか6%にとどまっています。これは世界平均の23%やOECD加盟国平均の20%を大きく下回り、調査対象の139カ国中137位という衝撃的な結果です。

多くの従業員が「全くエンゲージしていない」状態であり、「ただ職場にいて、終業時間を待っている」状況にあると指摘されています。このデータは、単なる個人的な不満ではなく、日本社会全体が抱える構造的な課題であることを浮き彫りにしています。働きがいを感じられないことは、生産性の低下、離職率の増加、さらには個人の精神的健康にも悪影響を及ぼしかねません。

この現状を直視し、なぜ働きがいが失われているのか、そして私たちに何ができるのかを深く考える必要があります。

「働きがい」の概念と時代の変化

そもそも「働きがい」とは何でしょうか。それは単に「楽しい」といった感情だけでなく、「自分の仕事が誰かの役に立っている実感」「成長している手応え」「正当に評価されている感覚」など、複合的な要素によって構成される内発的なモチベーション源泉です。

高度経済成長期には「滅私奉公」「会社への忠誠」が求められる時代もありましたが、現代では個人の価値観が多様化し、仕事に求めるものも大きく変化しています。特にミレニアル世代やZ世代といった若い世代は、給与や安定だけでなく、仕事の意義、自己成長、ワークライフバランスを重視する傾向が顕著です。

「お金のためだけに働く」というだけでは満たされない欲求が強まり、自分の存在意義や社会への貢献を仕事に見出したいと願う人が増えているのです。企業側も、人材定着や生産性向上の観点から、従業員エンゲージメントの向上、すなわち働きがい創出への取り組みが喫緊の課題となっています。時代が移り変わる中で、「働きがい」は企業の持続的成長にとっても、個人の幸福にとっても不可欠な要素となりつつあります。

改善の兆しに見る希望

日本のエンゲージメント率の低さは深刻な問題である一方で、近年では明るい兆しも見えてきています。日本能率協会マネジメントセンターの調査では、2019年から2023年にかけて「従業員エンゲージメント」と「ワークエンゲージメント」の両方が増加傾向にあるという結果が報告されています。

具体的には、「会社が好き」「会社は従業員を大切にしている」と感じる人が10%以上増加し、「仕事が好き」「やりがいを感じられる」と回答した人が6割を超えています。これは、多くの企業が働きがい向上への取り組みを進め、その努力が少しずつ実を結び始めていることの表れだと考えられます。

例えば、柔軟な働き方の導入、キャリアパスの多様化、従業員へのフィードバック機会の増加、健康経営への注力など、様々な施策が展開されています。まだ世界平均には遠いものの、このポジティブな変化は、適切なアプローチと継続的な努力によって、日本でも働きがいを高めることが可能であることを示唆しています。私たち一人ひとりが働きがいについて考え、企業と個人が協力し合うことで、より良い労働環境を築いていく希望が見えてきています。

働きがいを感じられない、その背景にあるストレスと課題

貢献実感の希薄化と孤独感

働きがいを感じられない原因の一つに、自分の仕事が社会や他者にどう役立っているのかが見えにくい「貢献実感の欠如」が挙げられます。特に、業務が細分化され、最終的な成果物や顧客との接点が少ない仕事では、この傾向が顕著です。

たとえば、企業のバックオフィス業務や製造ラインの一部工程を担当する従業員は、自分の作業が全体のどの部分に貢献しているのか、その意義を実感しにくいことがあります。また、感謝の言葉や具体的なフィードバックを受ける機会が少ないことも、仕事の価値や意義を見失わせ、孤立感につながる要因となります。

「誰かの役に立ちたい」という根源的な欲求が満たされない状況は、モチベーションを大きく低下させ、日々の業務を単なる作業として消化するだけの「消化試合」のように感じさせてしまうのです。自分の仕事が意味を持つと感じられないことは、精神的な疲弊にも繋がりかねません。

不透明な評価と成長の停滞

「頑張っても意味がない」と感じてしまう状況は、働きがいを著しく損ないます。これは、努力や成果が正当に評価されない、あるいは評価が報酬や昇進に繋がらないと感じる場合に起こります。年功序列が根強く残る企業や、評価基準が曖昧な組織では、特に若手社員がこの不満を抱えがちです。

また、日々の業務が単調で、自身のスキルや知識が向上している実感が得られない「成長実感の欠如」も大きな原因です。キャリアパスが明確でない、あるいは望むキャリアに進むための機会が提供されない場合、従業員は将来への希望を失い、仕事への熱意を失ってしまいます。

「このままでいいのだろうか」「自分はここで成長できるのか」という不安は、仕事に対するエンゲージメントを低下させるだけでなく、企業への不信感や離職にも繋がりかねません。透明性のある評価制度と、個人の成長を支援する機会の提供は、働きがい向上のための重要な要素です。

人間関係と職場環境の重圧

どんなに仕事の内容に興味があっても、人間関係や職場環境が悪ければ、働きがいを感じることは困難です。上司とのコミュニケーション不足、同僚との軋轢、ハラスメントの横行、そして風通しの悪い職場雰囲気などは、従業員に大きなストレスを与え、心の健康を損ないます。

特に、組織内で孤立していると感じる場合や、自分の意見が尊重されないと感じる場合は、職場に対する帰属意識が薄れ、働きがいどころか、職場にいること自体が苦痛になってしまいます。長時間労働が常態化している、休暇が取りにくいといった労働環境の問題も、従業員の心身の疲弊を招き、働きがいを奪う要因です。

従業員が安心して働ける心理的安全性や、互いに尊重し合える人間関係は、働きがいを育む土台となります。これらが欠けていれば、どんなに魅力的な仕事内容であっても、従業員は定着せず、組織全体の生産性も低下してしまうでしょう。良好な人間関係と健康的な職場環境は、働きがいを語る上で欠かせない基盤なのです。

「お金」や「給料」だけでは満たされない働きがいの本質

金銭報酬の限界とモチベーション

「もっと給料が高ければ、働きがいを感じられるのに」と考える人も少なくないでしょう。確かに、給料は生活の基盤であり、頑張りが金銭的な報酬として報われることは、モチベーション維持の重要な要素です。しかし、研究や実際のデータは、金銭報酬だけでは長期的な働きがいを保証できないことを示しています。

例えば、一時的に給料が上がったとしても、すぐにその水準に慣れてしまい、さらなる欲求が生まれるという現象はよく知られています。これは「適応効果」とも呼ばれ、金銭的な満足感は比較的早く薄れてしまう傾向があります。マズローの欲求段階説でいう生理的欲求や安全欲求が満たされても、その上の社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求が満たされなければ、人は心の充実感を得にくいのです。

高額な給料を得ていても、仕事内容に意義を感じられなかったり、人間関係に悩んでいたりする人がいる一方で、給料はそこそこでも、仕事に熱意を持って取り組んでいる人もいます。この違いこそが、金銭報酬だけでは説明できない「働きがい」の本質を示唆しています。

内発的動機付けの重要性

働きがいの本質は、外部からの報酬(金銭、役職など)ではなく、自身の内側から湧き上がる「内発的動機付け」にあります。これは、「面白いからやりたい」「成長したいから頑張る」「役に立ちたいから努力する」といった、仕事そのものから得られる喜びや満足感を指します。

具体的には、

  • 貢献したい欲求: 自分の仕事が人や社会に役立っているという実感
  • 成長したい欲求: 新しいスキルを習得し、自己を高めたいという思い
  • 認められたい欲求: 努力や成果が正当に評価され、感謝されること
  • 自律性の欲求: 自分の意思で仕事を進め、責任を全うしたいという思い

などが内発的動機付けの核となります。

これらの欲求が満たされるとき、人は主体的に仕事に取り組み、困難があっても乗り越えようとします。金銭報酬はあくまで外発的動機付けの一部であり、真の働きがいは、仕事を通じて個人の価値観や意味が満たされることによって生まれるのです。企業は、従業員の内発的動機付けを高める環境づくりに注力することが求められます。

エンゲージメントがもたらす企業と個人の好循環

働きがい、すなわち従業員エンゲージメントが高い状態は、企業にとっても個人にとっても大きなメリットをもたらします。エンゲージメントの高い従業員は、単に「仕事をこなす」だけでなく、「仕事に積極的に関わり、会社をより良くしよう」という意識を持って業務に取り組みます。

これにより、企業側には以下のような好循環が生まれます。

  • 生産性の向上: 主体的な行動と創造性の発揮により、業務効率や品質が向上します。
  • 離職率の低下: 職場への愛着や満足度が高まり、優秀な人材の定着に繋がります。
  • 顧客満足度の向上: 従業員のモチベーションが顧客へのサービス向上に直結します。
  • イノベーションの促進: 積極的にアイデアを出し、改善提案を行う文化が生まれます。

一方、個人にとっては、仕事への充実感や自己肯定感が高まり、日々の生活の質の向上(QOL)にも繋がります。心身の健康が保たれ、プライベートも充実しやすくなります。このように、働きがいは企業と個人の双方にとって不可欠な要素であり、これを追求することが持続可能な社会と幸福な人生を築く上で重要な鍵となります。

公務員や教員・教師にみる「働きがい」のリアル

崇高な使命感と過酷な現実

公務員や教員・教師といった職種は、その仕事内容に「公共性」や「社会貢献」といった崇高な使命感が強く伴います。「人々の生活を支える」「未来を担う子どもたちを育てる」という仕事の意義は、大きな働きがいを生む源泉となり得ます。

しかし、その一方で、彼らが置かれている現実はしばしば過酷です。公務員は多様な住民からの要望に応え、時には理不尽な批判にも耐えなければなりません。教員は授業準備、部活動指導、保護者対応、生活指導、いじめ問題への対応など、多岐にわたる業務を抱え、長時間労働が常態化しているケースが少なくありません。

「もっと人々の役に立ちたい」「子どもたちに良い教育をしたい」という高い志があるにもかかわらず、リソースの不足、人手不足、そして膨大な事務作業によって、理想と現実のギャップに苦しんでいます。このギャップこそが、彼らの働きがいを奪い、燃え尽き症候群を引き起こす一因となっています。

評価と成長のジレンマ

公務員や教員の仕事は、その性質上、明確な数値目標を設定しにくく、個人の成果を客観的に評価することが難しい側面があります。多くの組織では年功序列型の評価制度が根強く、どれだけ努力しても給与や昇進にすぐに反映されにくいという実情があります。

「頑張っても頑張らなくても同じ」と感じてしまう状況は、モチベーションの低下に直結します。また、専門職であるにもかかわらず、特定の分野を深く掘り下げていく成長機会が限られていると感じることも少なくありません。異動が本人の希望と必ずしも合致しない場合や、新たなスキル習得のための研修機会が不足している場合もあります。

「このままで自分の専門性が向上するのか」「キャリアパスが見えない」という不安は、特に若手職員や教員にとって深刻な問題です。社会貢献という大きな目的があるからこそ、個人の成長と公正な評価への欲求は強く、これらが満たされないことは、働きがいを蝕む大きなジレンマとなっています。

人間関係とハラスメント問題

公務員組織や学校は、比較的閉鎖的な環境になりやすく、人間関係の悩みやハラスメント問題が深刻化しやすい傾向があります。上下関係が固定され、風通しの悪い職場では、上司からのパワーハラスメントや同僚間での軋轢が生じやすいだけでなく、外部からのハラスメントにも晒されることがあります。

特に教員の場合、保護者からの過度な要求やクレーム(いわゆる「モンスターペアレント」問題)が精神的な負担となり、その対応に多くの時間とエネルギーを費やさざるを得ない状況にあります。このような外部からの圧力に対して、組織として十分なサポート体制が整っていないことも少なくありません。

職場の人間関係が悪化したり、ハラスメントが横行したりする環境では、どれほど仕事に意義を感じていても、安心して働くことができません。心理的安全性が確保されない状況では、働きがいどころか、日々の業務自体が苦痛となり、心身の健康を害する結果にも繋がりかねないのです。公務員や教員の働きがいを考える上で、この人間関係と職場環境の改善は喫緊の課題と言えるでしょう。

「働きがい」との向き合い方:ストレス軽減と新たな視点

個人のストレス軽減とセルフケア

働きがいを感じられない状況に直面したとき、まずは自分自身の心身の健康を守ることが大切です。仕事に対する完璧主義を手放し、「これで十分」と割り切る勇気も時には必要です。常に全力投球ではなく、時には力を抜くことを意識してみましょう。

また、仕事以外の時間に充実したプライベートを過ごすことも重要です。趣味に没頭する、友人や家族と過ごす、質の良い睡眠をとるなど、心と体をリフレッシュする時間を持つことで、仕事のストレスを軽減し、精神的なゆとりを生み出すことができます。

一人で抱え込まず、信頼できる同僚や友人、家族に相談することも有効です。必要であれば、社内外のカウンセリングサービスや専門機関を利用することも検討しましょう。自身のストレスの兆候に気づき、早めに対処する「セルフケア」の意識を持つことが、働きがいを失わないための第一歩となります。

企業が取り組むべき具体的な施策

個人の努力だけでは限界があるため、企業側が積極的に働きがいを向上させるための施策に取り組むことが不可欠です。具体的なアプローチとしては、以下の点が挙げられます。

1. 適材適所と成長機会の提供:
従業員一人ひとりの強みや志向を把握し、それを活かせる配置を行うことが重要です。定期的なキャリア面談の実施、スキルマップの可視化、社内公募制度ジョブローテーションを通じて、継続的な成長機会を提供しましょう。

2. オープンなコミュニケーションの促進:
上司と部下、部門間、さらには経営層と従業員との間に信頼関係を築くことが不可欠です。定期的な1on1ミーティング、意見交換会、社内SNSなどを活用し、活発なコミュニケーションを促しましょう。

3. 公正な評価と待遇:
努力や成果が正当に評価され、それが報酬や待遇に適切に反映される透明性の高い評価制度を確立します。具体的なフィードバックを伴う評価は、従業員のモチベーション維持に不可欠です。

4. 仕事の意義の共有:
会社の理念やビジョンを従業員全体で共有し、自身の仕事が組織や社会にどのように貢献しているかを理解できるようにすることが重要です。これにより、貢献実感が高まります。

5. 柔軟な働き方の導入:
テレワークフレックスタイム制度時短勤務など、従業員の多様なライフスタイルに対応できる働き方を導入することで、ワークライフバランスが改善され、満足度向上に繋がります。

これらの施策を通じて、従業員が「働きやすさ」と「やりがい」の両方を感じられる環境を整備することが、組織全体の活性化と生産性向上、そして人材の定着に繋がります。

「働きがい」を再定義する

最後に、「働きがい」に対する自身の捉え方を再定義することも有効です。私たちはしばしば、「常に仕事に完璧なやりがいを見出し、情熱を持って働くべきだ」というプレッシャーを感じがちです。しかし、完璧な働きがいを常に求めることは、かえって自分を追い詰める結果にも繋がりかねません。

むしろ、

  • 「小さな達成感」を積み重ねること
  • 仕事以外の活動で充実感を得て、バランスを取ること
  • 「働きやすさ」も重要な要素として認識すること

といった視点を持つことで、肩の荷が下りるかもしれません。

「ワークライフバランス」という言葉が示すように、仕事と私生活を二項対立で捉えるのではなく、それぞれの側面が相互に良い影響を与え合う「ワークライフハーモニー」を目指すことも大切です。仕事は人生の一部であり、すべてではありません。自分の人生全体の中で、仕事がどのような意味を持つのかを問い直し、柔軟な視点を持つことで、働きがいとの新たな向き合い方が見えてくるでしょう。