概要: 役員に就任した場合、雇用保険の扱いは役員の立場や会社の状況によって異なります。本記事では、役員が雇用保険に加入できる条件、加入できないケース、そして就任時に必要な手続きや書類について詳しく解説します。役員報酬との関係性や、家族が雇用保険の対象となるかについても触れています。
「役員になったら雇用保険ってどうなるの?」
会社を経営する立場になったり、役員に昇進したりする際、多くの人が抱く疑問の一つが雇用保険の扱いです。
労働者を守るための制度である雇用保険は、経営者である役員には原則として適用されないとされています。しかし、実は例外も存在し、特定の条件を満たせば加入できるケースもあるのです。
この記事では、役員と雇用保険の関係性について、加入条件や手続き、そして注意点まで徹底的に解説します。あなたの状況に合わせて、雇用保険の正しい知識を身につけ、適切な手続きを行いましょう。
役員は雇用保険に加入できる?基本の確認
会社の役員になることは、大きな責任を伴う一方で、社会保険制度においても労働者とは異なる扱いを受けることになります。特に雇用保険に関しては、その原則と例外を理解しておくことが非常に重要です。
雇用保険の基本と役員の立場
雇用保険は、労働者が失業した場合や育児・介護などで休業した場合に生活を安定させ、再就職を支援することを目的とした公的な保険制度です。この制度の対象は「労働者」であり、会社との間で雇用契約を結び、賃金を受け取っている方が被保険者となります。
一方、会社の取締役や監査役といった役員は、一般的に「労働者」ではなく、会社の経営を担う「経営者」という立場にあります。
そのため、原則として雇用保険の被保険者にはならず、雇用保険の対象外となります。これは、役員が自身の意向で会社を辞めることができ、失業という概念が当てはまりにくいと見なされるためです。
この原則を理解することが、役員の雇用保険に関する議論の出発点となります。
例外:「使用人兼務役員」とは?
原則として雇用保険に加入できない役員ですが、例外的に加入が認められるケースがあります。それが「使用人兼務役員」と呼ばれる立場です。
使用人兼務役員とは、会社の役員としての地位を持ちながらも、同時に部長や支店長、工場長といった従業員としての職務にも従事し、労働者としての実態が認められる方を指します。
単に役員の肩書きを持つだけでなく、実際に他の従業員と同様に指揮命令を受け、勤怠管理の対象となり、給与・賃金が支払われている必要があります。
この制度は、実態に即して判断されるため、肩書だけではなく、その職務内容や報酬体系が非常に重要になります。
加入の可否を分ける具体的な判断基準
使用人兼務役員として雇用保険への加入が認められるかどうかは、以下の複数の条件を満たしているか、そしてその実態が伴っているかによって総合的に判断されます。ハローワークが個別のケースを詳細に確認します。
- 代表権や業務執行権の有無:代表取締役など、会社の代表権や業務執行権を持つ役員は原則として対象外です。一般的には、取締役会などで定められた「使用人としての職務」を持つことが前提となります。
- 従業員としての身分と職務:部長、支店長、工場長などの役職を兼ね、他の従業員と同様に具体的な業務に従事している必要があります。
- 報酬の内訳:役員報酬よりも、従業員としての給与・賃金の方が高い、または同等であることが求められます。報酬が「労働の対価」として支払われている実態があるかが重視されます。
- 労働者としての管理:
- 労働者名簿、賃金台帳、出勤簿が整備され、他の従業員と同様に管理されているか。
- 就業規則や賃金規定が適用されており、勤怠管理(タイムカードなど)や人事考課の対象となっているか。
- 雇用契約書が締結されているか。
これらの基準は、単独で満たせば良いというものではなく、全体のバランスと実態によって判断されるため、不明な点があれば必ず管轄のハローワークに相談しましょう。
役員就任で雇用保険が喪失するケースとは?
従業員として雇用保険に加入していた方が役員に就任する場合、その地位の変化によって雇用保険の資格を喪失するケースがほとんどです。ここでは、その具体的な状況と手続きについて解説します。
一般的な役員就任時の資格喪失
会社員として働いていた方が、取締役や監査役などの役員に昇進した場合、原則として雇用保険の被保険者資格を喪失します。これは、前述の通り、役員が「労働者」ではなく「経営者」という立場に変わるためです。
この資格喪失は、役員就任日の前日に遡って適用されることが一般的です。
例えば、4月1日に役員に就任した場合、3月31日をもって雇用保険の資格を喪失することになります。
これにより、それまで積み上げてきた被保険者期間は終了し、万が一退職した場合でも失業給付などの受給資格を失うことになります。
役員への昇進はキャリアアップの一方で、社会保障の面で大きな変化があることを理解しておくことが大切です。
資格喪失となる具体的な状況
雇用保険の資格喪失は、以下のような役職に就任し、実態として経営者と見なされる場合に発生します。
- 代表取締役、専務取締役、常務取締役への就任:会社の代表権を持ち、業務執行を担うこれらの役職は、明確に経営者としての立場と判断されます。
- 業務執行取締役への就任:取締役会で会社の業務執行を委任された取締役も、労働者とは異なる位置付けとなります。
- 監査役への就任:会社の業務や会計を監査する立場であり、こちらも経営側の役割と見なされます。
- 使用人兼務役員の条件を満たさない場合:たとえ「部長兼取締役」のような肩書きであっても、実態として経営者としての職務が主であり、かつ前述の使用人兼務役員の条件を満たさない場合は、雇用保険の対象外となります。
重要なのは、肩書きだけでなく、実際に業務執行権の有無や指揮命令系統、報酬体系などから総合的に判断されるという点です。疑義がある場合は、会社の人事・労務担当者やハローワークに確認することが必要です。
資格喪失の手続きと留意点
役員就任により雇用保険の資格を喪失する場合、会社側がハローワークに対し「雇用保険被保険者資格喪失届」を提出する必要があります。
この手続きは、役員就任日の前日までに行われるのが原則です。スムーズな手続きのためには、事前に会社の人事・労務部門と十分に連携を取り、必要書類の準備を進めておくことが重要となります。
手続きを怠ると、会社側が行政指導を受ける可能性や、後々のトラブルに繋がるリスクも考えられます。
また、資格喪失後の注意点として、雇用保険の失業給付や育児休業給付などは対象外となるため、将来のライフプランに影響が出る可能性があります。
自身のキャリアや家族計画と照らし合わせ、資格喪失によるメリット・デメリットを十分に検討し、必要に応じて貯蓄や他の保険制度の活用なども視野に入れると良いでしょう。
役員就任時の雇用保険加入手続きと必要書類
原則として雇用保険に加入できない役員ですが、「使用人兼務役員」として認められれば、例外的に加入が可能です。ここでは、その際の手続きと必要書類について詳しく見ていきましょう。
使用人兼務役員としての新規加入プロセス
従業員として雇用保険に加入していた方が、役員に就任後も使用人兼務役員として雇用保険に加入し続ける場合、一般的な被保険者資格の喪失・取得手続きとは異なる特別な手続きが必要になります。
このプロセスは、まず会社が所轄のハローワークに対して「兼務役員雇用実態証明書」などの書類を提出し、その役員が労働者としての実態を伴っていることを証明することから始まります。
ハローワークが提出された書類と実態を照らし合わせ、使用人兼務役員として認められた場合に、雇用保険の被保険者資格が継続されるか、または新たに取得される形となります。
この判断には時間を要する場合もあるため、役員就任が決まったら早めに準備を進めることが賢明です。
必須書類の具体的な準備
使用人兼務役員として雇用保険に加入(または継続)するために、以下の書類を準備し、管轄のハローワークに提出する必要があります。
- 兼務役員雇用実態証明書:役員の職務内容、指揮命令関係、報酬の内訳など、労働者としての実態を詳細に記述する最も重要な書類です。
- 定款:会社の組織や運営に関する基本ルールが記載された書類。
- 就任日が確認できる書類:就任時の取締役会議事録や株主総会議事録の写し、または登記事項証明書(商業登記簿謄本)の写しなど。
- 人事組織図:会社の人事体制と、その役員の役職・位置付けを明確に示すもの。
- 役員報酬規程などの報酬額が確認できるもの:役員報酬と従業員としての給与・賃金の支給基準が分かる書類。
- 労働者名簿、賃金台帳、出勤簿:他の従業員と同様に管理されていることを示す書類。
- 就業規則、賃金規定:会社全体に適用される労働条件を示す書類。これがない場合は、雇用契約書や労働条件通知書など、労働条件が明記された書類を提出します。
- 雇用保険被保険者資格取得届:通常、雇用保険に加入する際に提出する書類。
これらの書類は、役員が本当に「労働者」としての実態を伴っているかをハローワークが判断するための重要な証拠となります。
それぞれの書類が整合性を保ち、かつ最新の情報が記載されているかを確認しましょう。
書類作成・提出時の注意点
これらの書類を作成し提出する際には、いくつかの重要な注意点があります。
- 正確性と整合性:提出する全ての書類の内容が矛盾せず、かつ実態を正確に反映していることが不可欠です。特に兼務役員雇用実態証明書は、具体的かつ詳細な記述が求められます。
- 実態の証明:書類上だけでなく、実際に役員が労働者としての職務を遂行し、指揮命令下にあり、勤怠管理の対象となっていることが重要です。ハローワークは、必要に応じて追加資料の提出を求めたり、実地調査を行ったりすることもあります。
- 提出期限の確認:会社の人事担当者と連携し、手続きの期限を厳守しましょう。遅延すると、認定が遅れたり、遡って保険料を納める必要が生じたりする可能性があります。
- 不明点の確認:提出書類の記載方法や、自身の状況が使用人兼務役員に該当するかどうかなど、少しでも不明な点があれば、必ず事前に管轄のハローワークに相談してください。専門的な知識を持つハローワークの担当者からのアドバイスが、スムーズな手続きに繋がります。
複雑な手続きとなるため、早めの情報収集と準備が成功の鍵となります。
役員報酬と雇用保険料の関係性
雇用保険に加入できるかどうかの判断だけでなく、雇用保険料がどのように計算されるかも重要な関心事です。ここでは、役員報酬が雇用保険料に与える影響について解説します。
雇用保険料算出の基本
雇用保険料は、被保険者に支払われる賃金総額に、定められた雇用保険料率を乗じて計算されます。この保険料率は、年度ごとに見直されることがあり、厚生労働省のウェブサイトなどで最新の情報を確認することが推奨されています。
雇用保険料は、会社(事業主)と労働者(被保険者)の両方が負担します。ただし、負担割合は異なり、会社は失業等給付・育児休業給付等に係る保険料に加えて、雇用安定事業や能力開発事業といった雇用保険二事業に係る保険料も負担するため、労働者よりも高い料率を負担することになります。
この基本的な仕組みを理解した上で、役員報酬がどう扱われるかを見ていきましょう。
役員報酬は原則として対象外
雇用保険料の計算対象となるのは「賃金」であり、役員報酬は原則としてこの賃金には含まれません。
これは、役員が経営者としての立場にあり、労働の対価としての賃金を受け取る労働者とは異なるという考え方に基づいています。
したがって、会社の代表取締役や業務執行役員など、純粋な役員として受け取る報酬は、雇用保険料の計算対象とはなりません。これは、雇用保険に加入できない役員と同様の理由であり、役員は雇用保険制度の適用外であるという原則に沿ったものです。
このため、役員は雇用保険料を支払う必要がない一方で、失業給付などの雇用保険からの給付も受けられないことになります。
使用人兼務役員における報酬の取り扱い
例外的に雇用保険への加入が認められる「使用人兼務役員」の場合、役員報酬の一部が雇用保険料の計算対象となる可能性があります。具体的には、役員報酬のうち「労働者としての実態がある部分」が賃金とみなされ、雇用保険料の算定基礎となります。
これは、使用人兼務役員が役員と従業員の二つの顔を持つため、報酬もその実態に応じて区分される必要があるという考え方からです。
例えば、役員報酬規程で「役員手当」と「使用人給与」が明確に区別されている場合などには、使用人給与の部分が計算対象となることが考えられます。
しかし、この区分けは非常に複雑であり、個別のケースによって判断が分かれます。そのため、使用人兼務役員として雇用保険に加入する際は、報酬の内訳を明確にし、ハローワークに確認を取ることが非常に重要です。
注記: 最新の雇用保険料率については、厚生労働省のウェブサイトでご確認ください。
参考: 厚生労働省「雇用保険料率について」
役員とその家族における雇用保険の注意点
役員になった際の雇用保険の取り扱いは、個人のキャリアだけでなく、家族経営の会社や、将来のライフイベントにも影響を与える可能性があります。ここでは、役員とその家族が知っておくべき注意点を解説します。
役員本人の失業給付への影響
雇用保険の資格を喪失した役員は、万が一会社を辞めることになった場合でも、失業給付を受け取ることができません。
これは、雇用保険制度が労働者の失業時の生活安定を目的としているためであり、経営者である役員には適用されないという原則があるからです。
従業員として積み上げてきた雇用保険の被保険者期間があったとしても、役員就任時に資格を喪失すると、その期間は給付要件の計算には含まれなくなります。
したがって、役員への昇進を検討する際には、将来の失業リスクや収入の途絶に備えて、貯蓄計画や民間の保険加入など、個人で対策を講じることが非常に重要になります。
長期的なキャリアプランと福利厚生制度を総合的に考慮し、慎重な判断が求められます。
家族が役員になる場合の特例と制限
家族経営の会社や、親族が主要な役員を務める企業において、その家族が役員に就任するケースは少なくありません。しかし、このような場合には、雇用保険の使用人兼務役員としての認定がより厳しくなる傾向があります。
特に、同族会社の役員は、代表者との関係性や会社の支配権の状況などから、実態として労働者としての側面が希薄と判断されやすい傾向にあります。
「形式的には部長だが、実質的には社長の親族として経営に深く関与している」といったケースでは、使用人兼務役員として認められない可能性が高まります。
家族が役員になる場合は、より厳格に「労働者としての実態」が求められるため、事前にハローワークや社会保険労務士などの専門家に相談し、具体的な状況を説明した上で判断を仰ぐことが不可欠です。
育児休業給付など他の給付への影響
雇用保険が提供する給付は、失業給付だけではありません。育児休業給付や介護休業給付、教育訓練給付金など、人生の様々な局面で労働者の生活を支える重要な制度が含まれています。
役員に就任し、雇用保険の資格を喪失した場合、これらの給付も対象外となります。例えば、女性役員が育児休業を取得しても、雇用保険からの育児休業給付は受けられません。
これは、特に女性役員や、育児・介護を予定している役員にとって、経済的な影響が大きい可能性があります。
役員となることで得られるメリットと、雇用保険の給付を受けられなくなることによるデメリットを比較検討し、将来のライフイベントも視野に入れた上で、総合的な判断が求められます。必要であれば、社会保険労務士などの専門家からアドバイスを受けることも強くおすすめします。
ご不明な点があれば、お近くのハローワークにご相談ください。
まとめ
よくある質問
Q: 役員になったら、必ず雇用保険に加入できますか?
A: いいえ、役員になったからといって必ずしも雇用保険に加入できるわけではありません。一般的には、役員報酬を受けており、労働の実態があると認められる場合に加入対象となります。ただし、会社の代表権を持たない非常勤役員などは加入できないケースもあります。
Q: 役員就任によって雇用保険が喪失する主な原因は何ですか?
A: 役員就任によって雇用保険が喪失する主な原因としては、役員報酬がなくなった場合、代表権がなくなり労働の実態がなくなったと判断された場合、または会社の解散・清算に伴い退職となった場合などが挙げられます。
Q: 役員就任時に雇用保険加入のために必要な添付書類は何ですか?
A: 役員就任による雇用保険加入の手続きには、一般的に雇用保険被保険者資格取得届、役員就任を証明する書類(履歴事項全部証明書など)、役員報酬の額を証明する書類(役員報酬決定に関する取締役会議事録や株主総会議事録など)が必要となります。具体的な必要書類はハローワークにご確認ください。
Q: 役員報酬は雇用保険料にどのように影響しますか?
A: 役員報酬は、雇用保険の加入対象となるかどうか、また、支払う雇用保険料の計算基準となります。一般的に、役員報酬額に応じて雇用保険料が決まります。報酬額が高ければ、それに比例して雇用保険料も高くなります。
Q: 役員の家族も雇用保険の対象になりますか?
A: 役員の家族が雇用保険の対象となるかどうかは、その家族が会社の従業員として雇用され、一定の労働条件を満たしているかによります。役員本人とは別に、個々の労働条件に基づいて加入の可否が判断されます。