概要: 就業規則の罰則規定やダブルワーク禁止規定は、従業員の規律維持に不可欠です。しかし、その設定や運用には注意が必要です。本記事では、罰則規定の種類、ダブルワーク禁止の目的、そして違反時の賠償責任について詳しく解説します。
近年、働き方の多様化が進む中で、副業・兼業(ダブルワーク)を認める企業が増えてきました。しかし、一方で依然として多くの企業では就業規則で副業を禁止しており、これに違反した場合の罰則規定が問題となるケースも少なくありません。
本記事では、就業規則における罰則規定や副業禁止の現状、そして関連するリスクや注意点について、最新の情報も交えて詳しく解説します。企業側も従業員側も、健全な働き方を実現するために、これらの知識を深めることが重要です。
就業規則における罰則規定とは?
懲戒処分の種類と内容
就業規則に違反した従業員に対し、企業は懲戒処分を下すことが可能です。懲戒処分は、違反行為の重大性や状況に応じて様々な種類があります。
具体的には、最も軽い処分である「戒告」(口頭または書面による注意)から始まり、給与の一部を減額する「減給」、一定期間の出勤を禁じる「出勤停止」、役職や等級を下げる「降格」、そして事実上の解雇勧告である「諭旨解雇」、最も重い処分である「懲戒解雇」まで多岐にわたります。
特に「減給」については、労働基準法第91条により厳格な制限が設けられています。1回の減給額は平均賃金1日分の半額を超えてはならず、また、1賃金支払期における減給総額も、その期の賃金総額の10分の1を超えてはならないと定められています。これは、従業員の生活保障を目的とした重要な規定であり、企業はこれを遵守する必要があります。
罰則規定が適用される条件
企業が就業規則の罰則規定を適用し、従業員に懲戒処分を下すためには、いくつかの重要な条件を満たす必要があります。
まず、最も基本的な要件として、違反行為とそれに対する罰則が就業規則に明確に明記されており、かつ従業員に周知されていることが不可欠です。就業規則に記載されていない行為を理由に、後から罰則を科すことは原則としてできません。
次に、処分の相当性が求められます。これは、従業員の違反行為の内容、その悪質性、会社への影響の程度、反省の有無など、様々な事情を総合的に考慮し、科される懲戒処分の種類や程度がその違反行為に釣り合っている必要があるということです。
例えば、本業に全く支障がない軽微な副業を理由に、最も重い懲戒解雇を下すことは、処分の相当性を欠き、不当な処分と判断される可能性が極めて高いでしょう。適正な手続きと合理的な理由に基づいた処分であることが、法的な有効性を保つ上で重要です。
罰則規定における「罰金」の注意点
就業規則における罰則規定について語る際、「罰金」という言葉が誤解されがちですが、企業が従業員に「罰金」を課すことは、法的に認められていません。
「罰金」とは、一般的に犯罪に対する刑事罰や行政法規違反に対する行政罰として、国や地方公共団体が課す金銭的なペナルティを指します。企業が従業員に対して「罰金」を徴収する行為は、労働基準法に抵触する可能性があります。
企業が規律違反に対して金銭的なペナルティを課す場合は、前述の「減給」処分が該当します。これは、懲戒処分の一種として、就業規則に基づき、労働基準法第91条の制限内で実施されるものです。
したがって、就業規則に「罰金」という文言が記載されている場合や、減給処分が法的な上限を超えている場合は、その規定自体が無効と判断されるリスクがあります。企業は、罰則規定を設ける際には、法律の専門家と相談し、適法性を確保することが極めて重要です。
ダブルワーク・副業禁止規定の目的と有効性
副業禁止規定の主な目的
企業が就業規則で副業・兼業(ダブルワーク)を禁止する背景には、主に以下の4つの目的があります。これらの目的は、企業の経営安定性や競争力、従業員の健全な労働環境を守るために設けられています。
- 本業に支障が出る場合:副業によって長時間労働となり、疲労の蓄積や集中力の低下から、本業のパフォーマンスが低下したり、健康を害したりするリスクを避ける目的です。企業の生産性維持と従業員の健康管理が主な理由となります。
- 企業の信用が害される場合:従業員が副業として社会的に問題視される活動(例:反社会的勢力との関わり、風俗業)を行ったり、企業の評判を落とすような行動を取ったりすることを防ぎ、企業のブランドイメージや社会的信用を守る目的です。
- 競合他社で働く場合:従業員が競合する他社で副業を行うことで、自社の営業秘密や機密情報が漏洩するリスク、あるいは自社の顧客を奪われるといった不利益が生じることを防ぐ目的です。これは、企業の競争力を維持するために特に重要視されます。
- 企業の利益を不当に侵害する場合:従業員には、使用者に対する「誠実義務」があります。副業がこの誠実義務に違反し、会社の利益を不当に侵害するような行為(例:会社の資材を無断で使用して副業を行う、会社の顧客を不正に誘導する)を防ぐ目的です。
これらの目的は、企業が副業禁止規定を設ける際の合理的な理由となります。
副業禁止規定の法的有効性とその限界
原則として、労働者には憲法で保障された職業選択の自由があり、勤務時間外の活動は個人の自由とされています。このため、就業規則で副業を一律に禁止する規定は、法的には無効と判断されるリスクが高いと考えられています。
企業が副業を禁止または制限できるのは、前述したような「本業への支障」「企業の信用毀損」「競合他社での労働」「企業の利益の不当侵害」といった、具体的な合理的な理由と必要性が認められる場合に限られます。これらの理由が客観的に存在し、かつその禁止・制限が社会通念上相当であると認められる場合にのみ、副業禁止規定は有効と判断されます。
過去の判例でも、この原則が繰り返し示されています。例えば、副業が本務のパフォーマンスや職場秩序に大きな支障をもたらしていないと判断された場合、副業を理由とした懲戒解雇が無効となったケースがあります。
一方で、深夜まで及ぶ長時間の副業が、実際に本業の労務提供に支障をきたしたとして、解雇が有効とされた事例も存在します。これらの判例は、副業禁止規定の有効性が個別の状況に応じて判断されることを示しています。</
副業禁止規定の現状と変化
近年、日本では「働き方改革」の一環として、副業・兼業の促進が政府によって推進されています。厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、モデル就業規則からも副業禁止規定が削除されるなど、社会的な流れは副業容認へと大きく変化しています。
このような政策的な動きは、企業の副業に対する意識にも変化をもたらしています。厚生労働省の調査データによると、かつては副業を「禁止している」企業の割合が非常に高い水準にありました。2021年の調査では、副業を禁止している企業は85.3%と大半を占めていましたが、わずか1年後の2022年の調査では、副業を禁止している企業は47.5%にまで減少し、逆に27.5%の企業が副業を容認しているという結果も出ています。
このデータは、働き方の多様化や従業員のキャリア形成支援といった観点から、企業が副業を前向きに捉え始めていることを明確に示唆しています。今後もこの傾向は続き、一律の副業禁止ではなく、柔軟な対応が企業に求められる時代となるでしょう。
就業規則の罰則規定・禁止規定が有効とされる条件
就業規則への明確な記載と周知
企業が就業規則の罰則規定や副業禁止規定を有効に適用するためには、その内容が就業規則に明確に記載されていることが不可欠です。あいまいな表現や、口頭での指示だけでは、従業員に対する拘束力を持つことはできません。
具体的には、「どのような行為が違反にあたるのか」「違反した場合にどのような懲戒処分が科されるのか」といった点を、具体的に記述しておく必要があります。例えば、副業禁止規定であれば、「会社の許可なく副業を行うことを禁止する」「許可なく副業を行い、本業に支障が生じた場合は懲戒処分の対象とする」など、条件を明確に定めることが重要です。
さらに、作成した就業規則は、従業員全員に周知されていることも法的に義務付けられています。事業場の見やすい場所への掲示、書面での交付、社内イントラネットへの掲載など、従業員がいつでも内容を確認できる状態にしておく必要があります。周知されていなければ、たとえ規則に明記されていても、従業員にその内容を適用することはできません。
合理的な理由と処分の相当性
就業規則の罰則規定や禁止規定が有効とされるためには、企業がその規定を設けることに「合理的な理由」があること、そして違反行為に対して科す処分が「相当である」ことが必要です。この「合理性」と「相当性」は、裁判で争われた際に常に問われる重要な要素となります。
合理的な理由としては、例えば副業禁止の場合、前述の「本業への支障」「企業の信用毀損」「競合他社での労働」「誠実義務違反」といった具体的な目的が挙げられます。これらの目的が、単なる企業の恣意的な都合ではなく、客観的に見て正当なものであることが求められます。
処分の相当性とは、違反行為の性質、軽重、従業員の故意・過失の程度、会社への影響、従業員の反省の態度、過去の処分歴などを総合的に考慮し、科される懲戒処分が重すぎないことを意味します。例えば、軽微な情報漏洩に対して即座に懲戒解雇を下すことは、処分の相当性を欠くと判断される可能性があります。過去の判例では、本業に全く支障がない副業を理由とした懲戒解雇が無効とされたケースや、逆に深夜まで及ぶ長時間の副業が本業に深刻な支障をもたらしたとして解雇が有効とされた事例があり、個別の状況に応じた慎重な判断が不可欠です。
労働者の職業選択の自由とのバランス
就業規則で副業を禁止したり、それに違反した場合に罰則を適用したりする際には、労働者の憲法上の権利である「職業選択の自由」とのバランスを常に考慮する必要があります。
労働者は、労働契約を結んで企業に労働力を提供しますが、勤務時間外は個人の自由な時間であり、基本的にはどのような活動をすることも自由です。このため、企業が就業規則によって労働者の勤務時間外の活動を一律に制限したり禁止したりすることは、原則として許されません。
副業禁止規定が有効とされるのは、あくまで企業が守るべき正当な利益(例:企業秘密の保護、本業への専念、企業信用の維持など)と、労働者の職業選択の自由との間で、合理的な範囲内での制限にとどまる場合に限られます。企業は、労働者の自由を不当に侵害しないよう、その禁止規定の目的や必要性を常に吟味し、より緩やかな制限や許可制の導入など、柔軟な対応を検討することが求められます。
安易な一律禁止規定は、従業員のモチベーション低下や、ひいては法的紛争に発展するリスクもはらんでいるため、慎重な検討が不可欠です。
罰則規定・禁止規定違反時の賠償責任とリスク
懲戒処分以外の法的措置
従業員が就業規則の罰則規定や副業禁止規定に違反した場合、企業は懲戒処分を下すことが可能ですが、それ以外にも法的措置を検討するケースがあります。
特に、副業が原因で企業に具体的な損害が発生した場合、企業は損害賠償請求を行う可能性があります。例えば、従業員が競合他社で副業を行い、企業の営業秘密を漏洩させたり、顧客情報を不正に持ち出して利用したりした結果、企業が経済的な損失を被った場合などです。この場合、企業は民法上の不法行為責任や債務不履行責任を追及し、損害賠償を請求することが考えられます。
ただし、実際に企業が損害を立証し、従業員に賠償を求めるのは容易ではありません。損害の発生と、その損害が従業員の違反行為によって生じたという因果関係を明確に証明する必要があります。また、賠償額も合理的な範囲内に限定されることが一般的です。
さらに、営業秘密の漏洩など深刻なケースでは、不正競争防止法に基づく差止請求や刑事罰の対象となる可能性もゼロではありません。これらの法的措置は、懲戒処分よりもさらに重い結果を招くことになります。
従業員が被る可能性のあるリスク
就業規則の罰則規定や禁止規定に違反した場合、従業員が被るリスクは多岐にわたります。最も直接的なのは、会社から受ける懲戒処分です。
懲戒処分の中でも、特に懲戒解雇や諭旨解雇は、従業員のキャリアに深刻な影響を及ぼします。退職金が減額されたり支給されなかったりするだけでなく、転職活動においても不利に働く可能性があります。また、降格や出勤停止といった処分も、収入の減少やキャリアアップの機会損失につながります。
さらに、違反行為の内容によっては、社会的信用の失墜というリスクも伴います。特に、企業の信用を著しく損ねるような副業や、法律に抵触するような行為が発覚した場合、報道されたり、インターネット上で拡散されたりすることで、個人としての信頼を失うことにもなりかねません。
万が一、企業から損害賠償請求やその他の法的措置を取られた場合、従業員は多額の金銭的負担を負う可能性があり、また裁判に発展すれば時間的・精神的な負担も大きくなります。就業規則の違反は、安易な気持ちで行うと想像以上に大きな代償を支払うことになる可能性があるため、十分な注意が必要です。
企業側が被る可能性のあるリスク
従業員が就業規則に違反した場合、企業は懲戒処分を下すことが可能ですが、その運用を誤ると、企業側も様々なリスクを抱えることになります。
最も大きなリスクは、不当な懲戒処分として従業員から訴訟を起こされる可能性です。前述したように、就業規則に明確な記載がなかったり、処分の相当性を欠いたり、適切な手続きを踏まなかったりした場合、懲戒処分が無効と判断されることがあります。この場合、企業は訴訟対応のための弁護士費用や、従業員への未払い賃金の支払い(解雇が無効とされた場合など)、さらには慰謝料の支払いといった経済的負担を強いられることになります。
また、不当な懲戒処分は、企業のイメージダウンや信頼失墜にもつながります。メディアに取り上げられたり、SNSなどで情報が拡散されたりすることで、企業の評判が傷つき、優秀な人材の採用が困難になったり、既存従業員の士気が低下したりする可能性があります。
適切な就業規則の整備と運用の不足は、単なる法的なリスクに留まらず、企業の組織風土やブランド価値にも悪影響を及ぼしかねません。従業員とのトラブルを未然に防ぎ、健全な労使関係を築くためには、就業規則の運用には常に細心の注意を払う必要があります。
就業規則のダブルワーク・副業禁止規定を検討する際の注意点
従業員との対話と合意形成の重要性
企業が就業規則で副業禁止規定を設けたり、その内容を見直したりする際には、従業員との丁寧な対話と合意形成のプロセスが極めて重要です。
一方的にルールを押し付けるだけでは、従業員の不満や不信感を招き、結果としてモラルの低下や離職につながる可能性があります。副業を禁止する明確な理由や、それが企業の経営や他の従業員に与える影響について、誠実に説明することが求められます。
もし副業を一部認める方向で検討しているのであれば、どのような副業なら許可できるのか、どのような手続きが必要なのか、具体的な基準を明確にして共有することで、従業員は安心して副業に取り組むことができます。また、従業員の意見や要望を聞き、それらを規則に反映させることで、より納得感のあるルールを構築することが可能です。
従業員とのオープンなコミュニケーションを通じて、企業と従業員双方にとってメリットのある、建設的な関係性を築くことが、現代の多様な働き方に対応する上で不可欠と言えるでしょう。
柔軟なルール設計とメリットの享受
副業・兼業を促進する社会的な流れの中で、企業はもはや一律に副業を禁止するのではなく、自社の状況に合わせて柔軟なルールを設けることが求められています。
副業を容認することは、企業にとっても多くのメリットをもたらす可能性があります。例えば、従業員が副業を通じて新たなスキルや知識を習得し、それを本業に活かすことで、従業員全体のスキルアップにつながります。また、副業による収入増加や自己実現の機会は、従業員のモチベーション向上に寄与し、エンゲージメントを高める効果も期待できます。
さらに、副業を通じて従業員が社外に新たな人脈を築くことで、それが企業の外部ネットワークの拡大につながる可能性も考えられます。厚生労働省が策定した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」や「モデル就業規則」を参考にしながら、許可制の導入や、特定の条件下の副業容認など、自社にとって最適なルールを検討することが賢明です。
従業員の働きがいと企業の成長を両立させるために、副業への向き合い方を再考する時期に来ていると言えるでしょう。
専門家への相談と定期的な見直し
就業規則における罰則規定や副業禁止規定は、労働基準法やその他の関連法規に深く関わるため、その作成や見直しには専門的な知識が不可欠です。
安易な自己判断で規定を作成・運用してしまうと、法的なトラブルに発展するリスクが高まります。そのため、就業規則の整備や改定を行う際には、弁護士や社会保険労務士などの専門家に必ず相談することをおすすめします。専門家は、最新の法改正情報や判例を踏まえ、企業の状況に応じた適切なアドバイスを提供し、法的に有効かつ実効性のある就業規則の作成を支援してくれます。
また、社会情勢や働き方の多様化は日々進化しており、それに伴い関連法規も改正されることがあります。一度作成した就業規則も、時間が経てば実情に合わなくなる可能性があります。したがって、定期的な見直しを欠かさないことが重要です。
少なくとも数年に一度、あるいは大きな法改正があった際には、専門家とともに就業規則全体を点検し、常に最新の状況に適合した内容に保つことで、労使双方にとって健全で安全な労働環境を維持することができます。
まとめ
よくある質問
Q: 就業規則で定められる罰則にはどのようなものがありますか?
A: 就業規則で定められる罰則には、戒告、譴責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇などがあります。罰金については、労働基準法で原則として禁止されており、直接的な罰金徴収はできません。
Q: ダブルワーク(副業)を禁止する就業規則の規定は有効ですか?
A: 原則として、会社は労働者の副業・兼業を禁止する権利はありません。しかし、副業が本業に支障をきたす場合(労務提供の遅滞、秘密漏洩、競業避止義務違反など)には、就業規則で禁止または制限することができます。
Q: 就業規則の罰則規定や禁止規定が有効とされる条件は何ですか?
A: 罰則規定や禁止規定は、その内容が合理的であり、社会通念上相当と認められる必要があります。また、就業規則として適法に作成・周知されていることが前提となります。従業員への十分な説明も重要です。
Q: ダブルワーク禁止規定に違反した場合、会社はどのような賠償責任を追及できますか?
A: 副業が原因で会社に損害を与えた場合、損害賠償を請求できる可能性があります。例えば、本業のパフォーマンス低下による逸失利益や、競業行為による利益損失などが考えられます。ただし、賠償額の算定には慎重な検討が必要です。
Q: 同業他社でのアルバイトや、独占業務とみなされるような副業を禁止することは可能ですか?
A: はい、同業他社でのアルバイトや、会社の利益を侵害する可能性のある独占業務とみなされる副業については、就業規則で禁止または制限することが一般的に認められています。これは、秘密保持義務や競業避止義務の観点からです。