概要: 病院における働き方改革は、医療従事者の負担軽減と持続可能な医療提供体制の構築に不可欠です。本記事では、最新の取り組み事例、活用できる補助金、そして医師の負担軽減策について解説します。
病院における働き方改革の現状と課題
「医師の働き方改革」施行1年の実態
2024年4月に「医師の働き方改革」が施行されてから約1年が経過しましたが、医療現場では依然として厳しい状況が続いています。労働時間短縮を実感している医師は約4割にとどまっており、具体的には医師の60.3%が「労働時間は短縮されていない」または「増加した」と回答しています。
また、看護師においてはさらに厳しく、77.7%が労働時間の短縮を実感できていない状況です。この背景には、時間外労働の上限規制(原則として年間960時間、月換算で80時間)が設けられたにもかかわらず、その厳守が難しい現場の実情があると考えられます。
さらに、「隠れ残業」をする職員が増えていると感じる割合も高く、医師の58.7%、看護師の62.4%に上ります。これは、表面的な労働時間削減が達成されても、実態として業務が持ち帰られたり、記録に残らない形で業務が行われたりしている可能性を示唆しており、真の働き方改革には依然として課題が山積していることを浮き彫りにしています。
深刻な業務量過多と人員不足
医療現場で労働時間が短縮されない最大の理由として、医師・看護師ともに「業務量過多」と「人員不足」が上位に挙げられています。医師の場合、両項目ともに34.9%が最多の理由としています。看護師では「業務量過多」(52.4%)が最も多く、次いで「人員不足」(48.5%)、そして「離職者多数」(46.8%)が挙げられています。
これらの数値は、医療現場が恒常的な人手不足に陥っており、残された職員一人ひとりへの業務負担が過度に集中している現状を明確に示しています。多忙な業務がさらなる離職を招き、残された職員の負担がさらに増すという悪循環に陥っているケースも少なくありません。
このような状況では、個々の努力だけでは労働環境の改善は困難であり、組織全体での抜本的な業務見直しや、人材確保・定着に向けた戦略的な取り組みが不可欠です。働き方改革を推進するためには、まずこの根本的な課題に向き合う必要があります。
DX推進の遅れがもたらす影響
医療現場におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の遅れも、働き方改革を阻害する大きな要因となっています。調査によると、医療機関でのDX推進が「不十分」と感じる割合は医師で70.3%、看護師で79.4%と非常に高い水準です。
電子カルテの導入は進んでいるものの、それが十分に活用されていない、あるいは他の業務システムとの連携が不十分であるなど、部分的なデジタル化に留まっているケースが多く見られます。これにより、依然として手作業や紙媒体での業務が多く残り、医師や看護師の貴重な時間が事務作業に費やされている現状があります。
ICT・DXの活用は、作業効率の向上と労働時間の短縮に効果があることが確認されており、Web問診やAI問診、オンライン診療システムなどの導入は、予約・受付業務の効率化や問診時間の短縮に大きく貢献します。生成AIの活用にも期待が寄せられており、これらの技術を積極的に導入し、医療現場全体の生産性を向上させることが、働き方改革を加速させる鍵となります。
医師の負担軽減!具体的な取り組み事例
医師事務作業補助者(MA)の積極的配置
医師の負担軽減策として最も多く実施されている取り組みの一つが、医師事務作業補助者の配置です。実に66.6%の医療機関がこの制度を実施しており、その効果が期待されています。医師事務作業補助者(Medical Assistant: MA)は、診断書作成補助、電子カルテへの入力代行、診療記録の整理、会議資料作成など、医師が行っていた事務作業を専門的に担うことで、医師が診療に専念できる時間を大幅に増やします。
これにより、医師は本来の専門業務である診療や患者との対話に集中できるようになり、医療の質の向上にも繋がります。さらに、MA自身の負担軽減を図り、ひいては医師の業務負担を軽減するためには、ICT(情報通信技術)の活用が不可欠であるとの意見も出ており、MAの業務効率化も同時に進めることで、より大きな効果が期待されます。
MAの適切な配置と役割分担は、医師の労働時間短縮に直接貢献し、過重労働の解消に不可欠な施策と言えるでしょう。
タスク・シフト/シェアで業務を再分配
医師の業務負担を軽減するためには、医師が本来行うべき業務と、他の職種が対応可能な業務を明確に分け、適正に再分配する「タスク・シフト/シェア」が有効です。これは、医師の業務の一部を看護師、薬剤師、臨床検査技師、事務スタッフなど、適切な専門性を持つ他職種へと移管(タスク・シフト)したり、複数の職種で共有(タスク・シェア)したりするものです。
例えば、看護師が採血や点滴の準備、薬剤師が患者への薬の説明、事務スタッフが病歴の整理や検査予約の調整を行うなど、それぞれの専門性を活かした役割分担を推進します。これにより、医師は高度な専門知識が必要な診断や治療計画の策定、手術などに集中できるようになります。
タスク・シフト/シェアは、単なる業務の押し付けではなく、チーム医療を強化し、医療スタッフ全体の専門性を高めながら、病院全体の生産性向上にも貢献する重要な取り組みです。職種間のコミュニケーションを密にし、協力体制を築くことが成功の鍵となります。
ICT・DXの導入による効率化
情報通信技術(ICT)やデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用は、医療現場の作業効率を劇的に向上させ、労働時間の短縮に大きな効果をもたらします。電子カルテのさらなる活用はもちろんのこと、Web問診システムやAI問診システムの導入により、患者からの情報収集が効率化され、診察時間の短縮につながります。
また、オンライン診療システムの導入は、患者の利便性を高めるだけでなく、医師の移動時間や待機時間を削減し、柔軟な働き方を可能にします。予約システムや検査結果の自動通知システムなども、事務作業の負担を軽減し、人為的なミスを減らすことにも貢献します。
近年では、生成AIの活用にも期待が寄せられており、診断支援、論文検索、カルテ要約など、多岐にわたる分野での応用が検討されています。これらの先進技術を積極的に導入し、現場のニーズに合わせて最適化することで、医師や看護師がより本来の業務に集中できる環境を整備することが可能です。DXは単なるツール導入に終わらず、業務プロセスそのものを見直す機会と捉えるべきでしょう。
働き方改革を後押しする補助金制度
働き方改革推進支援助成金の活用
国は、医療機関における働き方改革を強力に支援するため、「働き方改革推進支援助成金」を設けています。この助成金は、中小企業や医療機関が生産性向上や労働時間短縮、年次有給休暇の取得促進、勤務間インターバル制度導入など、様々な働き方改革の取り組みを行う際に、その費用の一部を補助するものです。
助成金制度は、改革を進めたいと考えていても、初期費用やリソースの不足で踏み出せない医療機関にとって、非常に大きな後押しとなります。対象となる取り組みは多岐にわたり、自院の課題に応じたコースを選択することで、より効果的な支援を受けることが可能です。
例えば、労働時間短縮のための設備投資やコンサルティング費用、人材育成のための研修費用などが助成の対象となることがあります。この助成金を活用することで、経済的な負担を軽減しながら、計画的かつ継続的に働き方改革を推進する基盤を築くことができます。
業種別課題対応コース(病院等)のメリット
働き方改革推進支援助成金の中でも、医療機関にとって特に注目すべきなのが「業種別課題対応コース(病院等)」です。このコースは、医療機関が直面している特有の課題に対応するための取り組みを支援することを目的としています。
具体的には、医師の副業・兼業を容認する環境整備、長時間労働となっている医師への面接指導の実施、労働時間の実態把握と改善策の検討など、医療現場ならではのニーズに焦点を当てた支援が受けられます。これにより、一般的な中小企業向けの助成金ではカバーしきれない、医療機関に特化した働き方改革を進めることが可能になります。
医師の過重労働解消は喫緊の課題であり、このコースを活用することで、医師の健康確保やモチベーション維持、そしてひいては質の高い医療提供体制の維持に貢献することができます。自院の抱える具体的な課題と照らし合わせ、積極的に活用を検討すべきでしょう。
各種助成金の申請と注意点
働き方改革推進支援助成金には、「業種別課題対応コース」の他にも、「労働時間短縮・年休促進支援コース」や「勤務間インターバル導入コース」など、目的に応じた様々なコースが用意されています。「労働時間短縮・年休促進支援コース」では、所定労働時間の短縮や年次有給休暇の取得促進に取り組む事業者が対象となり、「勤務間インターバル導入コース」では、勤務終了後から次の勤務開始までに一定時間以上の休息を設ける制度の導入を支援します。
これらの助成金は、対象となる取り組みにかかった費用の一部が助成されるため、医療機関の財政的な負担を軽減し、改革への一歩を踏み出しやすくします。ただし、これらの助成金には申請期限や予算額に限りがあるため、関心のある医療機関は、早めに厚生労働省のウェブサイトなどで最新情報を確認し、詳細な要件や申請方法について情報収集を行うことが重要です。
申請書類の準備や計画の策定には専門的な知識が必要となる場合もありますので、必要に応じて社会保険労務士などの専門家に相談することも有効な手段となります。
学校現場(部活動・教職員)との関連性
長時間労働という共通の課題
病院の医師や看護師が直面する長時間労働の問題は、実は学校現場の教職員が抱える課題と多くの共通点を持っています。医師が患者の命と健康を守るという使命感から過重労働になりがちなように、教職員も児童生徒の健全な成長を支援するという使命感から、授業準備、部活動指導、保護者対応、事務作業など、多岐にわたる業務に追われ、長時間労働が常態化しています。
特に、部活動指導は勤務時間外に行われることが多く、教職員のプライベートな時間を大きく削っています。医師の「隠れ残業」と同様に、教職員も持ち帰り残業や記録に残らない業務が多く存在し、実態としての労働時間は公にされているものよりもさらに長い可能性があります。専門職としての高い専門性と責任感が、裏を返せば「やりがい搾取」につながりやすいという共通の構造が見て取れます。
医療現場の働き方改革の議論は、学校現場においても、教職員の健康を守り、教育の質を維持・向上させるための重要な示唆を与えてくれるはずです。
タスク・シフト/シェアの可能性
病院での医師事務作業補助者の配置や、看護師・薬剤師への業務移管(タスク・シフト/シェア)の成功事例は、学校現場にも応用できる可能性を秘めています。教職員が担っている業務の中には、必ずしも教員資格を持った者でなくても対応可能な業務や、地域住民・外部人材に委託できる業務が多数存在します。
例えば、部活動指導については、外部指導員の積極的な導入や、地域スポーツクラブとの連携を強化することで、教員の負担を軽減し、本来の授業や生徒指導に専念できる時間を増やすことができます。また、事務作業の一部を専門の事務職員やICT支援員に任せることで、教員の事務負担を軽減することも可能です。
教職員がそれぞれの専門性を最大限に発揮できるよう、業務の切り分けと再分配を進めることは、教員の労働環境改善だけでなく、より質の高い教育活動を実現するためにも不可欠です。病院の事例を参考に、学校現場でも効果的なタスク・シフト/シェアの推進が期待されます。
ICT・DX活用による業務効率化
医療現場で進むICT・DXの活用による業務効率化は、学校現場においても大いに参考にすべき点です。電子カルテやオンライン診療システムが医師の負担を軽減するように、学校現場でも学習管理システム(LMS)の導入、クラウド型教材の活用、オンラインでの保護者連絡ツール、採点業務の自動化ツールなどが、教職員の業務負担を大幅に軽減する可能性があります。
デジタル技術を活用することで、これまで紙ベースで行われていた配布物の作成・管理、アンケートの回収・集計、成績処理などが効率化され、教職員は授業準備や生徒指導、生徒との対話により多くの時間を割けるようになります。また、オンライン授業システムの導入は、教員の働き方に柔軟性をもたらし、多様な教育ニーズに対応することを可能にします。
ICT・DXは単に便利なツールとしてだけでなく、学校運営全体の効率化と、教職員の働きがい向上、ひいては生徒にとってより質の高い教育環境を創出するための重要な手段となり得ます。医療現場の経験から学び、学校現場に合わせた形でDXを推進していくことが求められます。
病院の働き方改革プラン策定のポイント
現状把握と目標設定
病院の働き方改革を成功させるためには、まず自院の現状を正確に把握することが不可欠です。医師や看護師だけでなく、全職員の労働時間、残業実態、業務内容を詳細に分析し、特に「隠れ残業」の実態にも目を向ける必要があります。アンケート調査やヒアリングを通じて、現場の声を丁寧に拾い上げ、具体的な課題点を洗い出します。
次に、洗い出された課題に基づき、具体的な目標を設定します。例えば、「時間外労働を〇時間削減する」「年次有給休暇取得率を〇%向上させる」「医師事務作業補助者の配置率を〇%に引き上げる」など、数値で測れる明確な目標を設定することが重要です。目標は短期的・中長期的な視点で段階的に設定し、現実的かつ達成可能なものとすることで、改革へのモチベーションを維持できます。
現状把握と目標設定は、漠然とした改革ではなく、データに基づいた効果的なプランを策定するための最初の重要なステップとなります。
多職種連携とコミュニケーションの促進
働き方改革は、特定の職種だけの問題ではなく、病院全体で取り組むべき課題です。医師、看護師、薬剤師、コメディカル、事務職など、多様な職種の意見を尊重し、連携を強化することが成功の鍵となります。タスク・シフト/シェアを円滑に進めるためには、職種間の業務内容への理解を深め、協力体制を築くための密なコミュニケーションが不可欠です。
定期的なミーティングや意見交換の場を設け、それぞれの立場からの課題や提案を吸い上げる仕組みを構築しましょう。経営層は、リーダーシップを発揮して改革の方向性を示しつつ、現場からのボトムアップの意見も積極的に取り入れる柔軟な姿勢が求められます。オープンなコミュニケーションは、職場の心理的安全性を高め、職員が安心して意見を言える環境を作り出します。
多職種連携を深めることで、互いの業務を理解し、より効率的で質の高い医療を提供できるチームへと成長することができます。
ICT・DX投資と継続的な見直し
働き方改革を実効性のあるものにするためには、ICT・DXへの戦略的な投資が不可欠です。電子カルテの高度化、Web問診やオンライン診療システムの導入、AIを活用した業務支援ツールなど、最新のデジタル技術を積極的に取り入れることで、業務の効率化と医師や看護師の負担軽減を図ります。初期投資はかかりますが、長期的にはコスト削減と生産性向上につながる投資と捉えるべきです。
また、一度ICT・DXを導入したら終わりではなく、その活用状況を定期的に評価し、改善を繰り返す継続的な見直しが必要です。新しい技術やシステムの導入後も、現場のニーズに合わせて最適化を進め、使いこなすための研修やサポート体制を充実させることが重要です。
働き方改革は一度きりのイベントではなく、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を回しながら、常に最善の策を模索し続ける長期的なプロセスです。技術の進化とともに、常に最新の情報をキャッチアップし、柔軟に改革プランを更新していく姿勢が求められます。
まとめ
よくある質問
Q: 病院の働き方改革で最も課題となっている点は何ですか?
A: 医師の長時間労働、人手不足、そして夜勤体制の維持などが主な課題として挙げられます。これらの問題は、医療の質の低下や離職率の増加にも繋がっています。
Q: 医師の負担軽減のために、病院ではどのような取り組みが考えられますか?
A: タスクシフト・シェアの推進、ICTを活用した業務効率化、チーム医療の強化、そして必要に応じた外部委託などが考えられます。また、メンタルヘルスケアの充実も重要です。
Q: 病院の働き方改革に利用できる補助金制度はありますか?
A: 国や自治体が、医療従事者の労働環境改善やICT導入などを支援するための補助金制度を設けている場合があります。最新の情報は厚生労働省や各自治体のウェブサイトで確認することが推奨されます。
Q: 部活動や教職員の働き方改革との関連性はありますか?
A: 医療従事者も、広義には「働き手」として、文科省が進める教職員や部活動の働き方改革と同様に、労働時間管理や業務効率化の観点から共通する課題や取り組みがあります。医療現場でも、学校現場の事例が参考になることがあります。
Q: 病院が働き方改革プランを策定する上で、まず何から始めるべきですか?
A: 現状の課題の正確な把握、関係者(医師、看護師、事務職など)へのヒアリング、そして具体的な目標設定が重要です。短期的な目標と長期的な目標を設定し、段階的に進めることが成功への鍵となります。