MBO(マネジメント・バイアウト)は、企業の経営陣が主体となって、自社の株式を買い取り経営権を取得するM&A手法の一つです。近年、東京証券取引所の市場再編やPBR(株価純資産倍率)の低迷、アクティビスト投資家の影響などを背景に、このMBOを選択する企業が増加しています。

2023年には17件のMBOが行われ、買付総額は1.4兆円を超えました。特に、大正製薬ホールディングスのMBOが日本企業で過去最大規模となり、同年では金額ベースで過去最高を記録しています。本記事では、このMBOの仕組みからLBOやOKRとの違い、そして成功のポイントと注意点までを徹底的に解説します。

MBOとは?その意味と目的を理解しよう

MBOの基本的な定義と注目される背景

MBO(マネジメント・バイアウト)は、企業の経営陣(マネジメント)が株主から自社の株式を買い取り、経営権を取得するM&A手法の一つです。外部の企業や投資ファンドが買収する一般的なM&Aとは異なり、自社の経営陣が主導して行われる点が最大の特徴です。

近年、日本企業においてMBOが注目される背景には、いくつかの要因があります。一つは、東京証券取引所の市場再編による上場維持基準の見直しです。また、PBR(株価純資産倍率)の低迷が続く企業に対し、企業価値向上を求めるアクティビスト投資家の影響力が増していることも、MBOを検討するきっかけとなっています。

これらの状況下で、経営陣がより柔軟かつ迅速な意思決定を行い、中長期的な視点で企業価値を高めたいと考える企業が増えています。実際、2023年には17件ものMBOが実行され、その買付総額は1.4兆円を超えました。同年11月には大正製薬ホールディングスのMBOが日本企業で過去最大となり、2023年のMBOにおける金額ベースの合計は1兆1,000億円を超え、過去最高を記録しています。

このデータは、MBOが現代の日本企業にとって、事業構造改革や成長戦略を実現するための重要な選択肢となっていることを示しています。

MBOを実施する主な目的

企業がMBOを実施する主な目的は多岐にわたりますが、共通して言えるのは「経営体制の抜本的な見直しと企業価値の最大化」を目指す点です。具体的には、上場企業がMBOを通じて非上場化を選択することで、短期的な株主の利益要求や市場の評価から脱却し、より長期的な視点での経営戦略を推進できるようになります。

MBOは経営の自由度を大幅に向上させ、迅速な意思決定を可能にします。これは、市場環境の変化に柔軟に対応し、競争力を強化するために不可欠な要素です。例えば、大規模な設備投資や事業再編、新技術への研究開発といった中長期的な視点での投資判断を、外部の目を気にすることなく実行できます。

また、事業承継や後継者問題に直面しているオーナー企業や中小企業にとって、MBOは円滑な経営権の移行を実現する有効な手段となり得ます。経営陣が自社株を買い取ることで、外部からの干渉を受けにくくなり、企業秘密の保持や、中長期的な視点での事業再構築に集中できる環境を整えることができるのです。これにより、企業の持続的な成長に向けた基盤を強化することが可能になります。

MBOによる企業と経営陣へのメリット

MBOがもたらす最大のメリットは、経営の自由度が格段に向上する点にあります。上場企業の場合、四半期ごとの業績開示や株主総会での説明責任など、短期的な視点での対応が求められがちです。しかし、MBOにより非上場化することで、経営陣は外部からのプレッシャーに左右されず、中長期的な視点で大胆な事業戦略を策定・実行することが可能になります。

また、経営陣が自社株を保有することで、会社と経営陣の利害が一致し、社内の結束力が飛躍的に高まります。これにより、従業員のモチベーション向上や、迅速な意思決定プロセスへと繋がり、企業全体のパフォーマンス向上に貢献します。従業員も「自分たちの会社」という意識を強く持つことができるため、一体感が生まれるでしょう。

さらに、MBOは重要な企業秘密や技術ノウハウの流出リスクを低減し、M&A戦略や事業再編を外部に知られることなく進めることができるという戦略的なメリットも持ち合わせています。これにより、新たなビジネスモデルの構築や、抜本的な事業構造改革をよりスムーズに進めることが可能となり、競争優位性を確立する上で有利に働きます。

MBOバイアウトのプロセスと成功の鍵

MBOバイアウトの基本的な仕組み

MBOバイアウトは、企業の経営陣が主体となり、既存の株主から自社の株式を買い取ることで経営権を取得するプロセスを指します。このスキームの中心となるのは、資金調達と新会社の設立です。

多くの場合、経営陣は自らの資金だけでなく、外部の投資ファンドや金融機関から資金を調達します。この資金調達は、多額の買収資金を賄うために不可欠であり、金融機関からの融資、投資ファンドとの提携、あるいは自己資金の活用などが主要な手段となります。

資金を調達した後、通常は「SPC(特別目的会社)」と呼ばれる新会社を設立します。この新会社が、株式の買い取りを行う「受け皿」となるのです。新会社を通じて既存株主から株式を買い集め、最終的に対象企業を完全子会社化し、上場企業であれば上場廃止手続きへと進みます。この一連のプロセスを通じて、経営陣は対象企業の経営権を完全に掌握することになります。

この仕組みにより、経営陣は外部株主からの干渉を受けずに、自らの経営ビジョンに基づいた企業運営が可能となります。

資金調達と新会社設立の役割

MBOにおける資金調達は、その成否を左右する最も重要な要素の一つです。経営陣は、買収対象企業の規模や企業価値に応じて、数百億円から数千億円規模の資金を準備する必要があります。この資金は、主に自己資金、金融機関からの融資、そしてプライベートエクイティ(PE)ファンドなどの投資ファンドからの出資によって賄われます。

特に、投資ファンドは単なる資金提供者としてだけでなく、MBO後の企業価値向上に向けた経営戦略の立案や実行においても、重要なパートナーとなることが多いです。彼らは資金だけでなく、経営ノウハウやネットワークを提供し、MBO後の成長をサポートします。

また、新会社(SPC)の設立は、法的・財務的な手続きを円滑に進める上で不可欠な役割を果たします。この新会社が買収対象企業の株式を保有することで、MBO後の組織再編を容易にし、また資金調達における債務の分離など、様々なメリットを享受できます。新会社を介することで、既存企業が直接負債を抱えるリスクを軽減し、より効率的にMBOを進めることが可能になるのです。

このように、資金調達と新会社設立は、MBOを成功させるための二つの大きな柱となります。

MBO成功のための戦略的要素

MBOを成功させるためには、単に資金を調達し株式を買い取るだけでなく、周到な戦略と実行力が求められます。まず、最も重要なのは、MBO後の明確な事業戦略と企業価値向上計画を策定することです。非上場化によって得られる経営の自由度を最大限に活用し、どのような事業再編や投資を行うことで、中長期的に企業価値を高めるのかを具体的に示す必要があります。

次に、従業員、取引先、顧客といったすべてのステークホルダーに対する丁寧な説明と理解を得ることが不可欠です。MBOがネガティブな印象を与えないよう、その目的と今後の展望を誠実に伝える姿勢が求められます。例えば、従業員には雇用維持や成長機会の提示を、取引先には安定した関係継続を保証する説明が重要です。

さらに、資金調達の段階で、適切な評価に基づいた公正な買収価格を設定することも重要です。過度な借入はMBO後の財務状況を圧迫し、経営に重い負担をかける可能性があります。そのため、対象企業の適切な企業価値評価と、それを踏まえた現実的な資金計画が求められます。

これらの要素をバランス良く実行することで、MBOは企業の新たな成長フェーズを切り拓く強力な手段となり得るでしょう。

LBOとの違いは?MBOとM&Aの比較

LBO(レバレッジド・バイアウト)の概念と特徴

LBO(レバレッジド・バイアウト)は、買収対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に、金融機関から多額の借入金をして買収を行う手法です。レバレッジ(てこの原理)という名の通り、少ない自己資金で大きな買収を実現できる点が最大の特徴です。

具体的には、買収主体は投資ファンドなどが多く、買収対象企業自体が持つ収益力や資産価値を評価し、それを返済原資として借入を行うことで買収資金を調達します。LBOでは、買収後に買収対象企業と買収主体を合併させることで、買収対象企業に借入金を移転させるスキームが一般的です。

これにより、買収主体は少ない自己資金で企業の支配権を得ることが可能となり、もし企業価値が向上すれば、大きなリターンを得るチャンスがあります。しかし、一方で、多額の借入を伴うため、買収後の財務状況は厳しくなる傾向にあり、早期の企業価値向上が強く求められるリスクも存在します。返済計画の達成が困難になった場合、企業経営に深刻な影響を与える可能性があります。

MBOとLBOの密接な関係性

MBOとLBOは異なる概念ですが、実際にはMBOがLBOの形態をとることが非常に多いため、密接な関係にあります。MBOは「経営陣が主体となって自社を買収する」という点を特徴としますが、その際、経営陣の自己資金だけでは買収資金が不足することがほとんどです。

そこで、前述の「MBOバイアウトの仕組み」で説明したように、金融機関からの融資や投資ファンドからの資金を借り入れることになります。この借入の際に、買収対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保とする手法が採用されれば、それはLBOの構造を含むMBOとなります。

つまり、MBOは「誰が買収するか(経営陣)」に焦点を当てた分類であり、LBOは「どのように資金調達するか(借入活用)」に焦点を当てた分類と言えます。したがって、多くのMBO案件では、買収資金の大部分を借入で賄うため、実質的にLBOの手法が用いられることになります。両者の違いと関係性を理解することは、M&A戦略を深く理解する上で重要です。

広範なM&A手法におけるMBOの位置づけ

MBOは、M&A(Mergers & Acquisitions:企業の合併・買収)という広範なカテゴリーに属する特定の手法の一つです。M&Aには、株式公開買付け(TOB)、第三者割当増資、事業譲渡、株式交換、合併など、様々な形式が存在します。

これらの手法の中でMBOは、「インサイダー(内部者)による買収」という点が大きな特徴となります。通常のM&Aが外部の企業や投資家が買収主体となるのに対し、MBOでは対象企業の経営陣自身が自社のオーナーとなることを目指します。この違いは、買収後の経営統合の円滑さや、企業秘密の保護といった面で大きな影響を与えます。

MBOは、外部からの敵対的買収のリスクを回避し、経営陣が主導権を握って抜本的な改革を進めたい場合に特に有効な選択肢となります。近年、市場再編や株主構成の変化を背景に、日本企業においてもMBOの活用が拡大しており、M&A戦略におけるその重要性は増す一方です。企業が成長戦略を再構築する上で、MBOは有力な手段として位置づけられています。

OKRとの違いは?目標管理手法としてのMBO

目標管理制度としてのMBO(Management by Objectives)

MBOという略称は、M&A手法のマネジメント・バイアウト以外に、もう一つ異なる意味で使われることがあります。それが、「Management by Objectives and Self Control(目標管理制度)」です。この目標管理制度としてのMBOは、1950年代にピーター・ドラッカーが提唱したもので、従業員が自ら目標を設定し、その達成度によって評価されるボトムアップ方式の目標管理手法を指します。

企業全体の目標と個人の目標を結びつけ、従業員一人ひとりが自主的に目標達成に向けて行動することを促すことを目的としています。これにより、個人の能力開発やモチベーション向上に繋がり、組織全体の生産性向上を図ります。

この目標管理制度としてのMBOは、日本企業においても広く導入されており、2022年の調査では、78.4%もの企業がこの制度を導入していることが報告されています。多くの企業で人事評価制度の中核を担い、個人の成長と組織目標の連動を促す重要なツールとして活用されています。

OKR(Objectives and Key Results)の基本的な考え方

OKR(Objectives and Key Results)は、MBO(目標管理制度)とは異なる、「目標設定・管理」のためのフレームワークです。これは「目標(Objective)」と「主要な結果(Key Results)」の2つの要素で構成されます。Objectiveは、組織や個人が「何を達成したいのか」を示す野心的で定性的な目標であり、Key Resultsは、そのObjectiveの達成度を測るための具体的で定量的な指標です。

OKRの特徴は、高い頻度(通常は四半期ごと)で見直しを行い、透明性を重視する点にあります。組織全体で目標を共有し、チームや個人の連携を強化することで、全社的な目標達成を加速させることを目指します。GoogleなどのIT企業で採用されたことで世界的に注目を集め、急速に普及が進んでいます。

目標管理制度のMBOが個人の評価に結びつきやすいのに対し、OKRは成長志向が強く、ストレッチな目標設定を促す傾向があります。評価と直接結びつけるよりも、目標達成を通じたパフォーマンス向上や組織の成長に焦点を当てるのが一般的です。

混同しやすい2つのMBOの明確な違い

「MBO」という略称が二つの全く異なる概念を指すため、しばしば混乱を招きますが、両者は明確に区別して理解する必要があります。ここでは、その違いを明確にするために比較表を作成します。

項目 MBO(マネジメント・バイアウト) MBO(目標管理制度)
意味 経営陣による自社買収(M&A手法) 従業員が自ら目標を設定する目標管理手法
目的 経営権の取得、経営の自由度向上、企業価値向上 従業員のモチベーション向上、目標達成、評価
主体 対象企業の経営陣 対象企業の全従業員(個人)
関連概念 M&A、LBO、企業買収 OKR、人事評価、組織マネジメント
効果 中長期戦略推進、迅速な意思決定 自主性、責任感の醸成、パフォーマンス向上

このように、MBOという略語は文脈によって意味が全く異なります。M&Aの文脈で「MBO」と聞けば「マネジメント・バイアウト」を指し、人事や組織マネジメントの文脈で「MBO」と聞けば「目標管理制度」を指すと理解することが重要です。

特にビジネスシーンでは、誤解を避けるためにも、どちらのMBOを指しているのかを明確にするよう心がけましょう。

MBOを成功させるためのポイントと注意点

経営の自由度向上と中長期戦略の実行

MBOを成功させる最大のポイントは、非上場化によって得られる経営の自由度を最大限に活用し、明確な中長期戦略を着実に実行することです。上場企業がMBOを行う最大の目的の一つは、短期的な市場の評価や株主の圧力から解放され、より長期的な視点での事業再構築や投資に集中することにあります。

この自由度を生かし、例えば、既存事業の抜本的な改革、新規事業への大胆な投資、あるいは収益性の低い部門の売却など、上場時には困難だった意思決定を迅速に進める必要があります。MBO後の企業は、よりアグレッシブな成長戦略や変革を進めることが可能になります。

重要なのは、MBOを単なる「非上場化」で終わらせず、その後の「変革」を通じて企業価値を真に向上させるロードマップを具体的に描き、実行することです。経営陣は、MBO後にどのような企業へと変貌させたいのか、そのビジョンを社内外に明確に示し、全従業員が一丸となってその実現に向けて取り組める環境を整備することが不可欠です。

資金調達とMBO後の企業価値向上戦略

MBOの成功には、適切な資金調達と、その後の企業価値向上戦略が不可欠です。MBOには多額の資金が必要となるため、金融機関や投資ファンドとの交渉を通じて、最適な条件での資金調達を実現することが求められます。特に、借入金を活用するLBO型のMBOの場合、過度な負債はMBO後の企業の財務健全性を損ねるリスクがあるため、将来のキャッシュフローを見越した慎重な計画が必要です。

資金調達が完了した後は、MBOの真価が問われる企業価値向上戦略の実行に移ります。これには、コスト削減、事業ポートフォリオの見直し、新技術開発への投資、市場拡大戦略などが含まれます。例えば、2023年にMBOを実施した大正製薬HDは、非上場化によって機動的な経営判断が可能になり、中長期的な視点での事業再編や成長戦略に注力すると発表しています。

MBOは短期間での成果達成へのプレッシャーを伴うこともありますが、焦らず、しかし着実に計画を実行していくことが重要です。企業価値の向上は、最終的にMBOに出資した投資家へのリターンにも繋がり、次の成長への足がかりとなります。

MBOに伴うリスクとステークホルダーへの配慮

MBOは多くのメリットがある一方で、いくつかのリスクや課題も存在します。まず、多額の資金調達自体が困難であり、また上場廃止によって将来的な資金調達手段が限定される可能性があります。資金繰りの悪化は、MBO後の経営を圧迫する大きな要因となり得ます。

さらに、経営権が集中することで、ガバナンスが機能しにくくなるリスクや、経営陣の判断が誤った場合に企業全体に与える影響が大きくなる可能性があります。また、MBOの印象が悪いと、顧客や取引先からの信頼を損ね、購買活動などに悪影響が出る可能性も指摘されています。例えば、シダックスのMBOでは、創業家との関係や経営戦略の方向性が注目を集めました。

このようなリスクを回避し、MBOを円滑に進めるためには、すべてのステークホルダーへの細やかな配慮が不可欠です。従業員に対しては、MBOの目的と将来のビジョンを丁寧に説明し、雇用維持や成長機会について不安を解消する必要があります。顧客や取引先に対しても、事業継続性と関係強化の意思を明確に伝えることが重要です。透明性のあるコミュニケーションと誠実な対応が、MBO成功への道を切り開きます。