MBO(マネジメント・バイ・アウト)は、企業の経営陣が自社の株式を買い取り、経営権を取得する手法です。近年、東京証券取引所の市場再編やアクティビスト投資家の圧力、株価純資産倍率(PBR)の低さなどを背景に、MBOの件数が増加傾向にあります。実際、2023年にはMBOが17件行われ、買付総額は1.4兆円を超えました。

本記事では、このMBOを巡る重要な注意点と、それに対する対策を詳しく解説します。MBOは強力な経営戦略となりうる一方で、既存株主との関係、資金調達、そして公正性といった多角的な視点からの慎重な検討が不可欠です。

MBOの基本と目的を理解する

MBOとは何か?そのメカニズム

MBO(マネジメント・バイ・アウト)とは、企業の経営陣(マネジメント)が、自社株式の過半数を既存株主から買い取り、経営権を掌握する取引手法です。これにより、企業は非公開化し、経営陣が株主と一体となって経営に専念できる環境を構築します。

具体的なプロセスとしては、まず経営陣が特別目的会社(SPC)を設立し、そのSPCが金融機関からの借り入れや投資ファンドからの出資を受けて資金を調達します。この資金を用いて、既存株主に対して公開買付け(TOB)を実施し、株式を買い集めるのが一般的です。最終的に、経営陣が過半数の株式を取得することで、意思決定の迅速化と中長期的な経営戦略の実行を目指します。

MBOは、単なる株式の売買に留まらず、企業のガバナンス構造や将来の事業展開に大きな影響を与える戦略的な意思決定であり、その計画と実行には高度な専門知識と綿密な準備が求められます。

MBOを実施する主要な目的

MBOは、企業が様々な経営課題を解決し、持続的な成長を実現するための有力な手段として活用されます。最も大きな目的の一つは、**迅速な意思決定と経営の自由度向上**です。

上場企業では、多数の株主の意向を調整しながら経営を進める必要があり、短期的な株主利益を意識した経営判断が求められがちです。しかし、MBOにより非公開化することで、経営陣は外部からの干渉を受けにくくなり、中長期的な視点での大胆な事業再編や投資、研究開発などに注力できるようになります。これにより、よりスピード感のある意思決定が可能となり、企業価値向上に繋がる戦略を自由に推進できるのです。

また、「円滑な事業承継」も重要な目的です。後継者問題に直面する中小企業や非上場企業において、現経営陣がMBOを通じて事業を承継することで、企業文化や従業員の雇用を守りながら、安定的な経営の継続が可能になります。さらに、外部からの**「敵対的買収の回避」**や、上場維持にかかる**「コストの削減」**、大企業がノンコア事業を切り離し**「経営資源を中核事業に集中」**させる目的でもMBOが活用されます。

なぜ今MBOが増えているのか?背景要因

近年、MBOの件数が顕著に増加している背景には、日本の企業経営を取り巻く複数の要因が絡み合っています。最も大きな要因の一つが、**東京証券取引所の市場再編と資本効率改善要請**です。

東証は2022年に市場を再編し、上場維持基準を厳格化するとともに、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業に対して資本コストや株価を意識した経営改善を強く要請しています。これにより、上場維持にかかるコストやガバナンス体制への負担が増加し、非公開化を選択する企業が増えているのです。

次に、**アクティビスト投資家(物言う株主)からの圧力**の高まりもMBO増加の背景にあります。アクティビストは企業に対して、事業売却や自社株買いなど、短期的な企業価値向上を目的とした要求を突きつけることが多く、これに対抗するために経営の自由度を高めるMBOを選択するケースが見られます。さらに、日本企業の多くで**PBR(株価純資産倍率)が1倍を割れる状況**が続いており、株価が割安であるため、経営陣が株式を取得しやすい環境が整っていることもMBO増加の一因です。実際、参考情報によれば2023年には17件ものMBOが実行され、買付総額は1.4兆円を超えるなど、その勢いは加速しています。

MBOにおける注意点とリスク

既存株主との関係性と価格交渉の課題

MBOの実施において、最もデリケートかつ重要な課題の一つが、既存株主との関係性と、株式の買い取り価格を巡る交渉です。経営陣は企業価値の最大化を目指す一方で、できるだけ低い価格で株式を買い取りたいと考えるのが自然です。一方で、既存株主は自身の保有する株式を最大限の価格で売却したいと望みます。

このため、「利益相反」の問題が生じやすく、価格交渉で対立が生じることが頻繁にあります。経営陣が株価の動きを予測しやすい立場にあることから、株主に不利なタイミングでMBOを実施する可能性も指摘されており、その公正性が問われることも少なくありません。場合によっては、経営陣が提示した価格では株主の同意を得られず、MBOが不成立に終わる、あるいは一部の株主が売却に応じず、上場廃止後も少数株主として残存するといった問題が発生する可能性もあります。このような状況を避けるためには、透明性の高い情報開示と、独立した第三者機関による公正な企業価値評価が不可欠です。

MBOに伴う資金調達のハードル

MBOの実現に向けて最大のハードルとなるのが、多額の資金調達です。特に上場企業のMBOでは、数億円から数千億円規模の資金が必要となることも珍しくありません。経営陣個人の資金だけでは、大規模なMBOを実行することはまず不可能です。

そのため、MBOでは通常、金融機関からの借り入れ(LBOローンと呼ばれるレバレッジド・バイアウト向けの融資)や、投資ファンドからの出資を組み合わせるのが一般的です。しかし、金融機関からの借り入れは返済義務が伴い、投資ファンドからの出資はMBO後の企業経営にファンド側の意向が影響を及ぼす可能性があります。

重要なのは、MBO後の企業の財務健全性を維持できる資金調達計画を構築することです。過度な借入れは、MBO後の企業の経営を圧迫し、新たな投資や事業戦略の実行を阻害するリスクがあります。そのため、MBOを検討する際には、事業計画に基づいた綿密な財務シミュレーションと、持続可能な資金調達構造の構築が不可欠であり、専門家との連携が成功の鍵を握ります。

経営の客観性喪失と上場廃止の影響

MBOによって企業が非公開化され、経営陣が株主となることで、経営の客観性が失われるリスクが指摘されます。上場企業の場合、社外取締役や監査役、そして多数の外部株主からの監視・助言を受けることで、経営の透明性や客観性が保たれていました。

しかし、MBOにより非公開化されると、こうした外部からのチェック機能が弱まり、経営陣の主観や独自の判断で経営が進んでしまう可能性があります。これにより、企業価値向上に繋がらない独善的な意思決定が行われたり、株主の利益を軽視した経営が行われたりする懸念が生じます。

また、上場廃止は、企業にとって重要な資金調達手段の制限を意味します。上場企業は、株式市場を通じて広く一般から資金を調達できますが、非上場化するとその手段が失われます。将来的な大規模投資や事業拡大のために資金が必要となった際、新たな株式発行による外部からの資金調達が困難となり、金融機関からの融資や社債発行などに限定されることになります。MBO後の持続的な成長のためには、ガバナンス体制の再構築と、非上場環境下での資金調達戦略を綿密に検討することが不可欠です。

MBOを阻止・対抗するための戦略

少数株主がMBOに異議を唱える場合

MBO提案は、既存株主にとって必ずしも有利なものではない場合があります。特に、提示された買付け価格が企業の真の価値を反映していないと感じる場合、少数株主はMBOに異議を唱えることができます。主な対抗策としては、TOBに応じないこと、そして「株式買取請求権」の行使が挙げられます。

株式買取請求権は、会社法に基づき、MBOに伴う株式併合などによって株式を強制的に買い取られる際に、公正な価格での買取を請求できる株主の権利です。もし企業側が提示する価格に納得できない場合、株主は裁判所に対して価格決定の申立てを行うことが可能です。このような法的手段を通じて、少数株主はより高い買付け価格を求めることができます。

また、アクティビスト投資家のように、MBO価格の不当性を公に指摘し、他の株主と連携してTOBに反対する動きを見せることもあります。企業側は、こうした少数株主の動きを未然に防ぐためにも、MBO提案の段階から公正性と透明性を確保し、株主への丁寧な説明を尽くす必要があります。

敵対的MBOへの防衛策

MBOは通常、経営陣自身が行う友好的な買収ですが、外部からの買収と結びつき、結果的に経営陣の支配力を強化するために用いられるケースもあります。あるいは、現経営陣とは異なる勢力によるMBO提案が、既存経営陣にとって「敵対的」と認識される可能性もゼロではありません。

もし、経営陣が望まないMBO提案がなされた場合、企業は様々な防衛策を講じることができます。一般的な買収防衛策として知られる「ポイズンピル(新株予約権無償割当て)」は、特定の大株主が出現した際に、他の株主に対して新株予約権を付与することで、買収者の持株比率を希薄化させ、買収コストを大幅に高める効果があります。また、より友好的な買収者である「ホワイトナイト」を探し、その企業に株式を取得してもらうことで、望まないMBOを回避する方法も考えられます。

これらの防衛策は、企業のコントロールを維持し、長期的な企業価値を守るために重要な役割を果たしますが、株主の利益とのバランスを慎重に考慮し、株主の理解を得ながら実行する必要があります。

公正なMBO価格を確保する重要性

MBOにおいて最も重要な要素の一つが、**「公正な買付け価格」**の確保です。経営陣は会社の内部情報にアクセスできる立場にあるため、既存株主との間に情報格差が生じやすく、これが利益相反の問題を深刻化させる可能性があります。

公正な価格を確保するためには、まず独立した第三者機関による企業価値評価が不可欠です。例えば、M&Aアドバイザーや会計士などの専門家が、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)や類似会社比較法、市場株価法など複数の評価手法を組み合わせ、客観的に企業価値を算定します。この評価結果は、買付け価格の根拠として株主に提示され、その適切性が問われます。

さらに、株主の利益を保護するために、**「特別委員会」**の設置が強く推奨されます。特別委員会は、独立した社外取締役や外部の専門家で構成され、経営陣から独立した立場でMBO提案の適否や買付け価格の公正性を検討し、取締役会に意見を述べます。このプロセスを通じて、情報格差を解消し、利益相反の問題を排除することで、株主が納得できる公正なMBOを実現することが可能になります。

MBO提案への対応と特別委員会の役割

MBO提案を受けた際の初動と検討事項

MBO提案がなされた際、企業の取締役会には極めて重い責任が伴います。初動として最も重要なのは、提案の内容を正確に把握し、その真意と実現可能性を徹底的に精査することです。経営陣からの提案であっても、会社の利益、そして既存株主全体の利益に資するかどうかを客観的に判断する必要があります。

この段階で、直ちに社内の法務・財務部門を巻き込むとともに、M&Aアドバイザーや弁護士、会計士といった外部の専門家から助言を受けることが不可欠です。専門家は、提案された価格の妥当性、法的・会計上の問題点、そして今後の手続きの流れなどを多角的に検討し、取締役会の判断をサポートします。また、MBOは株主にとって重大な決定となるため、提案内容や検討状況について、株主への情報開示の準備も進める必要があります。迅速かつ正確な情報公開は、株主の信頼を得る上で極めて重要です。

初動での慎重な検討が、その後のMBOの成否や、株主との関係性に大きく影響するため、決して軽視してはならないプロセスと言えます。

特別委員会設置の意義と役割

MBOのような経営陣による買収提案において、最も重要なガバナンス上の仕組みが「特別委員会」の設置です。経営陣が買収者となるため、企業側と既存株主との間で利益相反が生じやすい状況にあります。このような状況下で、取締役会がMBO提案を検討する際、経営陣の意向に影響されることなく、既存株主の利益を最大限に保護するために、独立した第三者の視点が必要となります。

特別委員会は、通常、社外取締役や外部の弁護士、会計士、M&A専門家など、会社やMBO提案者とは独立した立場の専門家で構成されます。その主な役割は、MBO提案の適否、提示された買付け価格の公正性、そして手続きの透明性について、**客観的かつ中立的な立場から検討し、取締役会に勧告を行うこと**です。委員会は、独立した財務アドバイザーや法務アドバイザーを選任し、独自の調査や評価を行う権限を持ちます。これにより、利益相反の疑念を払拭し、株主が安心してMBO提案の是非を判断できる環境を整えることができます。

公正性を担保するための情報開示と手続き

MBOプロセスにおける公正性を確保するためには、透明性の高い情報開示と、適切かつ厳格な手続きが不可欠です。まず、MBOの提案がなされた段階から、企業は金融商品取引法や取引所のルールに基づき、適時開示を行います。この開示情報には、MBO提案の概要、提示された買付け価格、そしてその算定根拠などが含まれます。

特に、特別委員会が設置された場合、その構成員、検討プロセス、そして最終的な意見や勧告の内容も詳細に開示されるべきです。さらに、第三者機関が実施した企業価値評価や、価格の公正性に関する意見(フェアネス・オピニオン)なども開示することで、株主はMBO提案の妥当性を客観的に判断する材料を得ることができます。

MBOは通常、TOB(株式公開買付け)を通じて行われますが、TOB開始前には、買付け者(経営陣側)が買付条件などを記載した公開買付届出書を提出し、株主はそれらの情報を基に売却に応じるか否かを判断します。これらの情報開示や手続きを厳格に遵守し、株主に対して公平かつ十分な情報を提供することで、MBOの公正性を担保し、後々のトラブルや訴訟リスクを低減することに繋がります。

MBOと相続・創業家・税金対策の関連性

事業承継におけるMBOの活用

日本の中小企業において深刻な問題となっているのが、後継者不足による事業承継の問題です。MBOは、この事業承継問題の有効な解決策の一つとして注目されています。

外部からの後継者を見つけることが困難な場合でも、現経営陣や事業を熟知した幹部社員がMBOを通じて事業を承継することで、企業文化や従業員の雇用を維持しつつ、事業の継続性を確保することができます。特に、非上場の中小企業の場合、外部に株式を売却するよりも、経営陣自身が資金を調達して自社の株式を買い取るMBOの方が、経営の独立性を保ちやすく、円滑な承継を実現しやすいというメリットがあります。

MBOによる事業承継は、企業のアイデンティティや競争力を失うことなく、次世代へとバトンを渡すための強力な手段となりえます。ただし、資金調達の課題や、MBO後の財務状況、そして相続税や贈与税といった税金面での影響も考慮に入れ、綿密な計画を立てることが成功の鍵となります。

創業家・同族企業におけるMBOのメリット・デメリット

創業家が経営を主導する同族企業や、特定のファミリーが支配する企業グループにとっても、MBOは戦略的な選択肢となり得ます。

メリットとしては、まず経営権の集中と安定化が挙げられます。 MBOにより外部株主の持株比率を減らすことで、創業家や同族経営陣の支配力をさらに強化し、長期的な視点での経営を確固たるものにできます。これにより、外部からの干渉を受けずに、ファミリーの理念に基づいた経営や、機動的な意思決定が可能になります。また、株式の相続に伴う分散を防ぎ、将来にわたる経営の一体性を保つ効果も期待できます。

一方でデメリットも存在します。最大の課題は、やはり高額なMBO資金の調達です。創業家個人や同族企業自身の資金力には限界があるため、外部からの借入れや投資ファンドの活用が不可欠となり、MBO後の財務負担が大きくなるリスクがあります。さらに、相続時に非公開化された株式の評価方法や、相続税・贈与税の問題も複雑化する可能性があります。創業家としてのメリットを享受しつつ、これらのデメリットを克服するためには、専門家との連携が不可欠となります。

MBOと税金対策のポイント

MBOを実施する際には、税金に関する多角的な検討が不可欠です。まず、既存株主が株式を売却する際には、その売却益に対して**「譲渡所得税」**が課税されます。この税金は、売却価格から取得費などを差し引いた利益に対してかかるため、株主にとっては手取り額に直接影響します。

MBO後、企業が非公開化された場合、特に創業家や同族企業においては、相続税や贈与税に関する注意が必要です。非上場会社の株式評価は、上場会社とは異なる複雑な評価方法が適用され、その評価額が相続税・贈与税の算定に大きく影響します。MBOによって株主構成が変わることで、将来の相続発生時に思わぬ税負担が生じる可能性もあるため、事前に税理士などの専門家と連携し、綿密なシミュレーションと対策を立てておくことが重要です。

また、MBOの資金調達で発生する有利子負債の利息は、企業の損金として計上できるため、法人税の負担を軽減する効果も期待できますが、過度な借入れは財務リスクを高めます。MBOは、税務上のメリットとデメリットを慎重に比較検討し、企業の長期的な成長と株主の利益を最大化できるような税金対策を講じることが求められます。