概要: 多くの企業で導入されてきた目標管理制度(MBO)ですが、その有効性に疑問の声も上がっています。本記事では、MBOが抱える問題点や時代遅れと言われる理由を深掘りし、廃止・導入しない会社の現状にも触れます。そして、これからの時代に必要な目標設定のあり方について考察します。
目標管理制度(MBO)の抱える根本的な問題点とは
MBOの成り立ちと現代とのギャップ
目標管理制度(MBO)は、1950年代に経営学者ピーター・ドラッカーが提唱した「目標による管理(Management by Objectives and Self-Control)」が源流です。その名の通り、従業員自身が目標を設定し、自己統制を通じて達成することで、組織全体の目標達成と個人のモチベーション向上を目指す画期的な手法でした。
しかし、提唱から70年以上が経過し、ビジネス環境は当時とは比較にならないほど複雑化、高速化しています。インターネットの普及、グローバル化、AIの進化などにより、市場のニーズや競合の動向は目まぐるしく変化します。
このような現代において、期初に一度設定した固定的な目標が一年間有効であり続けることは稀です。MBOが本来持つ柔軟性や自己統制の思想が、現代のビジネス環境の「急速な変化」に対応しきれていないという指摘が、その限界を示す根本的な問題点の一つとなっています。
評価制度との過度な連動がもたらす弊害
多くの日本企業では、MBOで設定した目標の達成度を人事評価や報酬と直接的に結びつける運用がされています。この仕組み自体は、従業員の目標達成へのインセンティブを高めることを意図しているはずですが、実際には逆効果を生むケースが少なくありません。
目標達成が評価や報酬に直結するため、従業員は「達成できる」ことを最優先に考え、挑戦的な目標よりも、達成可能な無難な目標を設定しがちになります。これにより、個人の成長機会が失われるだけでなく、組織全体のイノベーションや生産性向上への挑戦意欲が削がれる傾向が見られます。
本来、MBOは従業員の自己統制とモチベーションを促すものでしたが、評価制度との過度な連動により、形骸化し、むしろ挑戦を阻む要因となってしまっているのが現状です。これは、MBOが提唱された当時の「自己統制」という本質的な思想から大きく逸脱した運用と言えるでしょう。
形骸化する目標設定と進捗確認
MBOのもう一つの大きな問題は、目標設定や進捗確認のプロセスが「形式的な作業」となってしまうことです。多くの企業で導入されているにもかかわらず、その実効性には疑問符がつけられています。
ある調査では、MBOを導入している企業で働く従業員の約8割が「名ばかり目標」を経験していると回答しています。これは、目標が単なるノルマとして扱われたり、上司からの指示を形式的に書き換えただけに終わったりしている実態を示しています。
目標設定の面談は単なる進捗報告会となり、本来の目的である「従業員のモチベーション向上や組織の活性化」に繋がっていません。このような運用では、目標設定自体が従業員にとって負担となり、時間と労力の無駄遣いと捉えられてしまうリスクがあります。結果として、MBOが組織の成長を加速させるどころか、むしろ停滞させる要因となっている可能性も否定できません。
なぜ目標管理制度は「時代遅れ」「くだらない」と言われるのか?
変化の速い時代に対応できない硬直性
MBOが「時代遅れ」と評される最大の理由は、その硬直性にあります。1950年代のMBOは、比較的安定した環境下での中長期的な計画と管理に適した手法でした。しかし、現代はVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity)と呼ばれる予測困難な時代です。
市場のトレンド、顧客のニーズ、技術革新は驚くほどのスピードで変化します。このような環境下で、期初に設定した一年間の目標を頑なに守ろうとすることは、かえって機会損失を生み、競争力を低下させることになりかねません。ビジネスには、変化に即応し、軌道修正できるアジャイルな対応が求められています。
MBOの固定的なサイクルは、このアジャイルなニーズと相いれず、企業が迅速な意思決定や戦略変更を行う際の足かせとなってしまうのです。これにより、MBOがもたらすはずだったメリットが薄れ、かえって組織の成長を妨げる「時代遅れ」の仕組みと見なされるようになってきています。
従業員の主体性を奪う「上から目線」の構造
本来、MBOは従業員の自律性と主体性を尊重するものでした。しかし、多くの企業でMBOは「上から与えられる目標」として運用されがちです。特に日本の階層的な組織構造において、上司からの一方的な目標提示や、承認ありきの目標設定面談が常態化しています。
これにより、従業員は目標に対して「自分ごと」として捉える意識が希薄化し、単に与えられたタスクをこなす「受け身の姿勢」が強化されてしまいます。現代の従業員は、仕事にやりがいや成長を求める傾向が強く、自身の裁量で主体的に業務に取り組むことを望んでいます。
MBOが「上から目線」の管理ツールと化すことで、従業員のエンゲージメントを低下させ、自律的な思考や行動を阻害してしまうのです。結果として、組織全体の活力や創造性が失われ、「くだらない」と感じる従業員が増えるのも無理はありません。
本来の目的から逸脱した運用実態
MBOが「くだらない」と言われる背景には、その運用が本来の目的から大きく逸脱してしまっている現実があります。ドラッカーが意図したMBOは、あくまで「自己統制」を促し、組織の目標と個人の目標を合致させることで、従業員一人ひとりの成長と組織全体の発展を両立させることにありました。
しかし、現状では、多くの企業でMBOが単なる「人事評価の道具」や「数値管理のツール」として用いられています。目標設定は、人事考課のための面倒な事務作業と化し、その後の進捗確認も形骸化しているケースが散見されます。
特に、KPI(重要業績評価指標)管理とMBOを混同し、短期的な数値目標の達成のみに焦点を当てることで、長期的な視点や本質的な価値創造が見失われがちです。本来の目的を見失い、管理のためだけの制度となってしまったMBOは、従業員にとって価値を感じられず、「くだらない」と感じられても仕方がないでしょう。
目標管理制度を廃止・導入しない会社の real な理由
イノベーションと挑戦を阻害する構造
目標管理制度を廃止したり、そもそも導入しないと決めている企業が重視するのは、イノベーションと挑戦の文化です。MBOの運用によっては、従業員が無難な目標を設定しがちになるため、リスクを伴う新しいアイデアや、成功が不確実な挑戦的なプロジェクトが生まれにくくなります。
特にスタートアップや成長企業では、前例のないことに取り組み、失敗から学び、迅速に改善していくアプローチが不可欠です。MBOのように、期初に設定した目標の達成度で評価する仕組みは、失敗を恐れる文化を醸成し、従業員が未知の領域に踏み出すことを躊躇させてしまうリスクがあります。
挑戦なくしてイノベーションは生まれません。MBOがそうした挑戦の障壁となるのであれば、企業はその制度を見直すか、導入しないという選択をすることで、よりアグレッシブな事業展開を可能にしようとします。
従業員のエンゲージメント低下と離職リスク
MBOの形式的な運用は、従業員のエンゲージメント低下に直結し、ひいては離職リスクを高める要因となります。目標が「上から与えられるノルマ」と化し、自身の成長や組織への貢献を実感できない状況は、従業員のモチベーションを著しく低下させます。
特に、若い世代のビジネスパーソンは、単に給与や福利厚生だけでなく、仕事のやりがいや成長機会、自己裁量などを重視する傾向が強いです。MBOがそうした彼らのニーズに応えられず、むしろ負担や不満の源となってしまう場合、優秀な人材はより柔軟で、個人の主体性を尊重する文化を持つ企業へと流出してしまいます。
企業がMBOを廃止する理由は、制度そのものがもたらすストレスや不公平感を取り除き、従業員が安心して、意欲的に働ける環境を構築することで、エンゲージメントを高め、人材の定着を図りたいという切実な願いがあるからです。
運用コストと得られる効果の不均衡
MBOの導入と運用には、実は多大なコストがかかります。目標設定のための面談、中間レビュー、期末評価、それらの記録管理、評価者への研修など、マネージャーと従業員双方にとって膨大な時間と労力が費やされます。労務行政研究所の調査によると、目標管理制度の導入率は2010年1月時点で約74%と高い水準を維持していますが、その実効性には課題があることが多くの調査で指摘されています。
これほどのコストをかけているにもかかわらず、前述の通り「名ばかり目標」の経験者が8割に上るなど、実際に組織の目標達成や個人のモチベーション向上に繋がっているか疑問視されるケースが少なくありません。
企業がMBOを廃止する選択をするのは、この投資対効果の観点からです。MBOに費やす時間とリソースを、より効果的な人材育成や組織開発、あるいは事業戦略立案に振り向けることで、組織全体の生産性や競争力を高めようという判断が背景にあります。</
目標管理制度のデメリットを乗り越えるためのヒント
MBO運用の本質的な見直し
MBOのデメリットを乗り越えるためには、まずその運用を本質的に見直すことが不可欠です。MBOの根底にある「自己統制」の思想を再認識し、単なる評価ツールではなく、従業員の成長と組織の目標達成を両立させるための対話と育成のツールとして再定義する必要があります。
具体的には、目標達成度を報酬や人事評価に直接的に結びつける運用を見直すことが挙げられます。挑戦的な目標設定を奨励するためには、達成できなかった場合でも、そのプロセスや学び、貢献度を評価する仕組みを取り入れるべきです。また、マネージャーは目標を「与える」のではなく、従業員が自律的に目標を設定し、達成に向けてコミットできるよう、コーチングスキルを向上させる必要があります。
これにより、従業員は安心して挑戦できるようになり、MBOが本来持つはずのモチベーション向上効果を再び引き出すことができるでしょう。
MBOと他の手法のハイブリッド活用
MBOの抱える課題は、他の目標管理や人事制度と組み合わせることで解決できる場合があります。MBOの持つ「組織目標と個人目標の連動」という利点を活かしつつ、その硬直性や形式的な側面を補うハイブリッドなアプローチが有効です。
例えば、1on1ミーティングを定期的に実施し、目標の進捗だけでなく、キャリア開発や課題解決について深く対話する機会を設けることで、MBOの形式的な進捗確認を補完できます。また、目標設定時だけでなく、日常的なフィードバックを奨励する360度フィードバックなども有効です。
さらに、近年注目されているOKR(Objectives and Key Results)のような、よりアジャイルで挑戦的な目標設定手法をMBOの上位目標として位置づけるなど、複数の手法を組み合わせることで、MBOのデメリットを克服し、より柔軟で実効性の高い目標管理を実現できるでしょう。
目標設定プロセスの従業員主導へのシフト
MBOの最大の課題の一つである「受け身の姿勢」を改善するためには、目標設定プロセスを従業員主導型へとシフトさせることが重要です。単に上司から与えられた目標を形式的に承認するのではなく、従業員自身が、組織全体の目標や自身のキャリアプランを踏まえて、主体的に目標を設定する機会を提供します。
上司の役割は、目標を「承認する」ことではなく、従業員が設定した目標が組織の方向性と合致しているか、ストレッチ目標となっているか、達成可能性はあるかなどを対話を通じて一緒に検討し、支援することです。このようなプロセスを経ることで、従業員は目標に対するオーナーシップと責任感を強く持つようになります。
自身の目標が自ら設定したものであるという認識は、達成への意欲を大きく高めます。この自律性を尊重するアプローチこそが、現代の従業員が求める働き方であり、MBOが真に機能するための鍵となるでしょう。
これからの目標設定に不可欠な視点とは
アジャイルな目標設定と柔軟な見直し
現代のビジネス環境においては、年間固定の目標設定だけでは不十分です。これからの目標設定に不可欠なのは、アジャイル(俊敏)なサイクルでの目標設定と、状況に応じた柔軟な見直しを前提とすることです。参考情報でも触れられているOKR(Objectives and Key Results)は、このアプローチの代表例です。
OKRでは、一般的に四半期ごとの短いサイクルで目標(Objectives)と主要な結果(Key Results)を設定し、定期的に進捗を確認、必要に応じて目標自体を見直します。これにより、市場や顧客のニーズの変化、予期せぬトラブルなどに対し、迅速に対応し、常に最適な目標へと軌道修正することが可能になります。
固定的な目標に縛られることなく、常に「今、最も重要なことは何か」を問い直し、柔軟に目標を更新していく姿勢が、不確実な時代を勝ち抜く組織に不可欠な視点となります。
挑戦と成長を促す「ストレッチ目標」
これからの目標設定では、「達成可能性が高い無難な目標」ではなく、「挑戦と成長を促すストレッチ目標」を設定することが重要です。OKRの思想では、達成率60〜70%で「大成功」と見なすような、少し背伸びをしないと届かないレベルの目標を設定します。
このような目標設定は、従業員が自身の能力の限界を超え、新たなスキルや知識を習得するきっかけとなります。失敗を恐れずに挑戦できる文化を醸成するためには、目標達成度を直接的な報酬や人事評価に結びつけない「報酬との分離」を検討することも有効です。GoogleやIntelなどがOKRを導入する理由の一つに、この挑戦を奨励する文化があります。
ストレッチ目標は、個人の成長意欲を刺激し、組織全体のパフォーマンス向上へと繋がります。失敗してもそこから学びを得ることで、従業員は自己成長を実感し、次なる挑戦への意欲を高めることができるでしょう。
エンゲージメントを高める透明性と共創
新しい時代の目標設定に不可欠なのは、従業員のエンゲージメントを高める透明性と共創の視点です。MBOが「上から与えられるもの」として受け身になりがちだったのに対し、これからの目標管理は、組織全体で目標を共有し、個々がどう貢献するかを明確にすることが求められます。
OKRの大きな特徴の一つは「透明性」です。全社のOKRが誰もが閲覧できる状態にすることで、各部門や個人の目標が会社全体の目標にどう繋がっているのかを明確に理解できます。これにより、従業員は自身の仕事が組織に与える影響を実感しやすくなり、主体的な貢献意欲が高まります。
また、目標設定の段階からチームや部門間で連携し、お互いの目標を理解し、支援し合う「共創」の文化を育むことも重要です。このような透明性と共創を通じて、従業員は自身の仕事に意味を見出し、組織への帰属意識とエンゲージメントを向上させることができるでしょう。
まとめ
よくある質問
Q: 目標管理制度(MBO)が時代遅れと言われる主な理由は何ですか?
A: MBOは、固定的な目標設定や評価が、変化の速い現代のビジネス環境に追いつきにくいという点が挙げられます。また、達成不可能な目標設定や、評価のための形式的な運用になりがちであるという問題もあります。
Q: 目標管理制度のデメリットとして、具体的にどのような点が挙げられますか?
A: 主なデメリットとして、社員の自律性や創造性を阻害する可能性、短期的な目標達成に偏重し長期的な視点が失われること、評価が不公平になりやすいことなどが挙げられます。
Q: 目標管理制度を廃止したり、導入しなかったりする会社はありますか?
A: はい、MBOの限界を感じ、廃止したり、そもそも導入しなかったりする企業は存在します。これらの企業は、OKRや1on1ミーティングなど、より柔軟で対話重視の目標設定・管理手法を取り入れています。
Q: 目標管理制度の「くだらない」と感じられる側面はどのような点ですか?
A: 目標設定が本来の業務からかけ離れていたり、達成しても大きなメリットを感じられなかったり、評価が納得できない場合などに、「くだらない」と感じられることがあります。形だけの運用になっているケースです。
Q: これからの目標設定で、MBOに代わる有効な考え方はありますか?
A: OKR(Objectives and Key Results)のように、より上位の目標と連動させ、チームや個人で協力して進めることを重視する考え方や、1on1ミーティングなどを活用した継続的な対話による目標設定・進捗管理が注目されています。
