概要: 本記事では、「出向」というビジネス用語について、その基本的な意味や目的、そして出向の様々なパターンを解説します。また、出向における同意の重要性や、知っておくべき注意点、リスクについても詳しく説明します。
出向の基本を理解!パターン、同意、そして注意点まで徹底解説
「出向」は、企業の人材戦略や雇用維持において重要な役割を果たす制度ですが、その仕組みや注意点については誤解されがちな側面もあります。
本記事では、「出向」の基本から、具体的なパターン、従業員の同意の必要性、そして最新の動向やデータまでを網羅的に解説し、円滑な出向実施のためのポイントをお伝えします。
「出向」とは?ビジネス用語としての意味と目的
出向の基本的な定義:派遣や転籍との違い
出向とは、従業員が籍を置く会社(出向元)との雇用契約を維持したまま、関連会社などの別の企業(出向先)で一定期間勤務することを指します。
これは企業間の人事異動の一形態であり、単なる「派遣」や「左遷」とは明確に異なります。
例えば、派遣の場合、従業員は派遣元企業とのみ雇用契約を結び、派遣先企業とは直接の雇用関係はありません。業務の指揮命令は派遣先から受けますが、賃金などは派遣元から支払われます。
一方、転籍(移籍出向)は、出向元との雇用契約を解消し、出向先と新たに雇用契約を結ぶため、実質的には転職に近い形態です。
出向(特に在籍出向)は、出向元との雇用契約を維持しつつ、出向先でも雇用契約を結び、二重の雇用関係となる点が大きな特徴と言えるでしょう。
このように、出向は従業員の雇用状態において、派遣や転籍とは異なる独自の立ち位置を持つ制度なのです。
企業が出向を行う主な目的とは?
企業が出向を行う目的は多岐にわたりますが、主に以下のような点が挙げられます。
一つ目は、人材育成や能力開発です。グループ会社間での人的交流を通じて、従業員に新たなスキルや経験を積ませ、多角的な視点を持たせることを目的とします。
二つ目は、雇用維持です。特に経済状況が悪化した際や、新型コロナウイルスの感染拡大のような予期せぬ事態においては、事業活動が縮小した企業が従業員の雇用を守るために、一時的に他社へ出向させるケースが増加しました。
三つ目は、経営資源の最適化です。子会社や関連会社への人材派遣を通じて、特定の技術やノウハウを移転させたり、組織間の連携を強化したりする目的があります。
また、事業再編や組織再編に伴う人員配置の調整、組織の活性化を図る目的で行われることも少なくありません。
出向は単なる人員整理ではなく、企業の持続的な成長や柔軟な組織運営に貢献する重要な戦略的ツールなのです。
在籍出向と移籍出向(転籍出向)の概要
出向は、その雇用契約の形態によって大きく二つに分けられます。
一つは、「在籍出向」です。これは、従業員が出向元企業との雇用契約を維持したまま、出向先企業とも雇用契約を結び、出向先で勤務する形態です。
出向期間が終了した後は、原則として出向元に戻ることが前提とされています。
在籍出向は、企業内での人材育成や、グループ会社間での人的交流を主な目的として行われることが多いです。給与や社会保険の取り扱い、指揮命令系統などは出向元と出向先の間で調整され、契約書に明記されます。
もう一つは、「移籍出向(転籍出向)」です。この場合、従業員は出向元企業との雇用契約を完全に解消し、出向先企業と新たに雇用契約を結びます。
実質的には転職に近く、出向元に戻ることは前提としません。キャリアチェンジを希望する従業員のためや、子会社への経営資源(人材)の恒久的な移転などを目的として行われます。
従業員のキャリアに大きな影響を与えるため、移籍出向には本人の明確な同意が必ず必要となります。
知っておきたい出向の4つのパターン
出向の種類1:在籍出向の詳細
在籍出向は、出向元と出向先の双方と雇用関係を持つ点が最大の特徴です。
従業員は出向元の企業に籍を置いたまま、出向先企業で業務に従事します。この期間中、出向元の雇用契約は維持されるため、出向期間終了後は原則として出向元へ復帰することが前提となります。
給与や社会保険の取り扱いについては、出向元が出向者に支給・加入する場合や、出向先が支給・加入し、その費用を出向元が負担するケースなど、様々な形態があります。これらは出向契約で明確に定める必要があります。
主な目的としては、出向元企業の人材育成(新たな分野での経験を積ませる)、グループ会社間の人的交流、そして雇用維持(不況時などに余剰人員を一時的に他社で活用する)が挙げられます。
特に新型コロナウイルスの影響を受けた航空業界や観光業界では、在籍出向が従業員の雇用を守るための有効な手段として大いに活用されました。
出向の種類2:移籍出向(転籍出向)の詳細
移籍出向、または転籍出向は、在籍出向とは異なり、出向元との雇用契約を完全に解消し、出向先と新たに雇用契約を結ぶ形態を指します。
これは、従業員が実質的に転職するのと同義であり、一度転籍すると原則として元の会社に戻ることはありません。
移籍出向は、従業員にとってキャリアを大きく変更する機会となる一方で、出向元企業にとっては子会社や関連会社への恒久的な人材供給、事業再編に伴う人員配置の最終調整といった目的で活用されます。
転籍後の労働条件(給与、福利厚生、退職金など)は、全て転籍先の企業の規定に従うことになります。そのため、従業員への影響が非常に大きく、本人の明確な同意なしには実施できません。
企業は、転籍先の労働条件を詳細に説明し、従業員が納得した上で自由意思に基づき同意を得ることが法的に求められます。同意がないままの転籍命令は、不当な労働契約解除とみなされるリスクがあるため、慎重な対応が必要です。
その他の出向形態:出張・派遣型、兼務型、人事異動型
出向には、在籍出向と移籍出向以外にも、目的や形態に応じていくつかのパターンが存在します。
- 出張・派遣型出向: これは、従業員が出向元企業との雇用契約を維持したまま、他社の組織に組み入れられて就労する形態を指します。一般的な「労働者派遣」とは異なり、出向元との雇用関係がより強く残ります。
- 兼務型出向: 従業員が出向元と出向先の業務を兼務する形態です。例えば、親会社の従業員が子会社の役員を兼務する場合などがこれにあたります。出向元での職務と出向先での職務が並行して行われます。
- 人事異動型出向: これは企業の人事戦略の一環として、関連会社や子会社へ従業員が出向する、比較的ポピュラーな形態です。人材育成やグループ全体の組織活性化を主な目的として行われます。
これらの多様な出向形態を理解することは、企業のニーズや従業員の状況に応じた最適な出向計画を立てる上で非常に重要です。
一概に「出向」といっても、その実態や従業員への影響は異なるため、それぞれの特性を把握しておくことが求められます。
出向における「同意」の重要性とその例外
在籍出向における同意の要否とその法的解釈
在籍出向の場合、一般的には従業員本人の同意がなくても、企業が出向を命じることが可能とされています。
これは、労働契約や就業規則に出向に関する規定が明記されており、企業に出向命令権が認められている場合に限られます。
しかし、企業が一方的に出向を命じる場合、その命令には「正当な理由」が求められます。
具体的には、経営上の必要性、人選の合理性、出向によって従業員が受ける不利益の程度などが総合的に考慮されます。もし、これらの要件を満たさず、不当な目的や人選で行われた場合、出向命令は「権利濫用」とみなされ、無効となる可能性があります。
例えば、過去の判例では、特定の従業員に対する報復的な出向命令や、専門性の高い業務に従事していた従業員を全く異なる職務に就かせるなどのケースで、権利濫用が認められた事例があります。
企業は、出向命令に際して、従業員への十分な説明と配慮を怠らず、命令の妥当性を確保する義務があることを理解しておくべきでしょう。
移籍出向(転籍出向)で絶対に必要な同意
移籍出向(転籍出向)は、従業員が出向元企業との雇用契約を解消し、出向先企業と新たな雇用契約を結ぶことを意味します。
これは、従業員の勤務先や雇用主が完全に変更されるため、必ず従業員本人の明確な同意が必要となります。
同意がないまま転籍を命じることは、労働基準法に抵触する違法行為とみなされ、不当な解雇に相当する可能性があります。
企業は、転籍を打診するにあたり、以下の点を従業員に十分に説明し、納得した上で同意を得ることが不可欠です。
- 転籍後の企業名、職務内容、勤務地
- 給与、賞与、退職金、福利厚生などの労働条件
- 転籍に伴うキャリアパスや将来性
- 転籍しない場合の選択肢(もしあれば)
これらの説明を尽くし、従業員が自由な意思に基づき同意の意思表示をすることが求められます。口頭だけでなく、書面での同意を得ることで、後のトラブルを未然に防ぐことができます。
トラブルを避けるための採用時の説明と就業規則の明記
出向に関する従業員とのトラブルを未然に防ぐためには、企業が採用段階からの丁寧な説明と、就業規則への明確な記載を徹底することが極めて重要です。
まず、採用時に交付する労働条件通知書や雇用契約書において、将来的に出向の可能性があることを明確に記載し、応募者の理解と同意を得ておくべきです。
これにより、入社後に突然の出向命令があったとしても、従業員が「知らなかった」と主張する事態を避けることができます。
次に、企業の就業規則には、出向に関する具体的な規定を設けることが不可欠です。
具体的には、出向の種類(在籍・転籍)、出向の目的、期間、給与や社会保険の取り扱い、指揮命令系統、出向期間中の評価、そして出向期間終了後の復帰に関するルールなどを詳細に明記し、従業員に周知徹底させる必要があります。
これらの措置を講じることで、企業は出向命令の法的根拠を強化し、従業員も制度を正しく理解できるため、双方にとって安心感のある出向制度の運用が可能となります。
知っておくべき出向の注意点とリスク
出向時の労働条件に関する明確化のポイント
出向を実施するにあたり、最も重要な注意点の一つが労働条件の明確化です。
出向元と出向先、両方の企業が関わるため、曖昧な部分を残すと後々大きなトラブルに発展するリスクがあります。
特に以下の項目は、出向契約書や覚書で具体的に定める必要があります。
- 適用される就業規則: 出向元と出向先のどちらの就業規則が適用されるのか、あるいは一部が適用されるのかを明確にする。
- 給与・賞与・退職金: 誰が、いくら、どのように支払うのか。社会保険料の負担はどちらか。退職金の計算方法など。
- 労働時間・休日・休暇: 勤務時間、残業、休日、年次有給休暇の取得基準など。
- 指揮命令系統: 誰が出向者の業務を指揮命令するのか、評価は誰が行うのか。
- 福利厚生: 住宅手当、健康診断、社員食堂などの利用について。
これらの項目を曖昧にせず、書面で明確にすることで、出向者本人の不安を軽減し、円滑な業務遂行を支援することができます。
出向命令権の確認と権利濫用にならないための配慮
企業が従業員に出向を命じる場合、自社に出向命令権があるかを事前に確認することが極めて重要です。
この命令権は、就業規則や雇用契約書に明確に出向に関する規定が盛り込まれている場合に認められます。
もし規定がない場合や、規定があってもその内容が不明確な場合は、従業員の同意なしに一方的に出向を命じることは困難となります。
さらに、たとえ出向命令権があったとしても、その行使は「権利濫用」とならないよう慎重に行う必要があります。
出向命令が権利濫用とみなされるのは、例えば以下のようなケースです。
- 業務上の必要性がなく、報復や嫌がらせを目的とした出向
- 特定の従業員に対して、著しく不利益な条件を強いる出向
- 人選に合理性がなく、公平性を欠く出向
企業は、出向の必要性、人選の妥当性、従業員が受ける不利益の程度などを十分に検討し、従業員への説明と理解を求めるプロセスを丁寧に行うことが、法的リスクを回避し、信頼関係を維持するために不可欠です。
出向元・出向先双方に発生する責任と課題
出向は、出向元と出向先という二つの企業が関わるため、使用者としての責任や管理上の課題も双方に発生します。
労働基準法や労働安全衛生法において、賃金支払い義務や労働災害に対する責任などは、原則として出向元と出向先双方に発生すると考えられています。
例えば、出向先で労働災害が発生した場合、出向元も安全配慮義務違反を問われる可能性があるため、両社が連携して安全衛生管理体制を構築し、情報共有を徹底する必要があります。
また、出向契約の締結から出向者のフォローアップに至るまで、双方に様々な事務負担が発生します。
出向労働者への精神的なケアも重要な課題です。
新しい職場環境への適応、人間関係の構築、業務内容の変化など、出向者は少なからずストレスを感じる可能性があります。アンケート調査でも「出向労働者への精神的なケア」が課題として挙げられています。
出向元・出向先双方が協力し、定期的な面談やキャリア相談の機会を提供することで、出向者が安心して業務に取り組める環境を整えることが求められます。
出向を円滑に進めるためのステップ
出向計画から契約締結までのプロセス
出向を円滑に進めるためには、事前の計画と丁寧なプロセスが不可欠です。
まずは、出向の目的を明確にすることから始めます。「なぜこの従業員を出向させるのか」「出向先でどのような役割を期待するのか」といった目的を、出向元・出向先双方で共有します。
次に、出向対象となる従業員の選定と、出向先企業との協議を行います。職務内容、期間、勤務地、労働条件など、具体的な内容を詰めていきます。
その後、対象従業員への打診と説明に移ります。
特に転籍出向の場合は、本人の明確な同意が必須となるため、十分な時間を取り、疑問や不安を解消できるよう丁寧に説明することが重要です。
最終的に、出向元、出向先、そして出向者本人の三者間で出向契約書や覚書を締結します。
契約書には、出向期間、職務内容、労働時間、給与、社会保険、福利厚生、指揮命令系統、復帰の有無など、すべての労働条件を詳細かつ明確に記載し、認識のズレがないように徹底します。
従業員のエンゲージメントを高めるためのケア
出向は従業員にとって大きな環境変化であり、不安やストレスを伴うことがあります。そのため、出向元・出向先双方の企業は、出向者の精神的なケアとエンゲージメントの維持・向上に努める必要があります。
まず、出向前には、オリエンテーションを実施し、出向先の企業文化や業務内容、人間関係などについて可能な範囲で情報提供を行います。これにより、出向者の不安を軽減し、スムーズな適応を促します。
出向期間中も、定期的な面談やコミュニケーションを継続することが重要です。
出向元からは、定期的に連絡を取り、困りごとやキャリアに関する相談に乗る機会を設けることで、出向者が孤立感を抱かないよう配慮します。
出向先でも、メンター制度の導入や職場でのサポート体制を整え、出向者が安心して業務に取り組める環境を提供することが求められます。
アンケート調査でも、出向労働者は「能力開発・キャリアアップ」や「雇用の維持」を評価している一方で、精神的なケアの重要性も指摘されており、きめ細やかなサポートが不可欠です。
活用したい国の支援制度と最新トレンド
近年、特に「在籍型出向」は、国の支援制度が充実しており、企業はこれらを積極的に活用すべきです。
代表的なものに、厚生労働省が管轄する「産業雇用安定助成金」があります。
この助成金は、新型コロナウイルス感染症の影響などにより事業活動の縮小を余儀なくされた企業が、従業員の雇用を維持するため、在籍型出向により一時的に他社で働かせる場合に、出向元と出向先双方の負担を軽減することを目的としています。
出向元企業は人件費の負担軽減、出向先企業は即戦力の確保といったメリットを享受できます。
最新のトレンドとしては、雇用維持だけでなく、出向を通じた従業員の能力開発やキャリアアップ、異業種交流による新たな価値創造といったポジティブな側面が再認識されています。
厚生労働省のアンケート調査によると、在籍型出向を実施した企業(出向元・出向先)および出向労働者ともに、その取り組みを高く評価しています。出向元企業は「労働意欲の維持・向上」や「能力開発効果」、出向先企業は「即戦力の確保」や「業務負担軽減」、出向労働者は「能力開発・キャリアアップ」や「雇用の維持」を主な理由として挙げています。
これらのデータからも、適切な制度活用とケアによって、出向が企業と従業員双方にとって有効な制度であることがわかります。
まとめ
よくある質問
Q: 「出向」とは具体的にどのような意味ですか?
A: 「出向」とは、企業が従業員を、自社とは異なる他の企業や組織に一定期間所属させて業務に従事させることを指します。人材育成、グループ会社間の連携強化、新規事業への進出支援などが目的として挙げられます。
Q: 出向にはどのようなパターンがありますか?
A: 主なパターンとして、①親会社から子会社への出向、②親会社から事業会社への出向、③グループ企業間での人事交流、④退職後の再雇用(関連会社への出向)などが挙げられます。
Q: 出向にあたって、従業員の同意は必ず必要ですか?
A: 原則として、出向には従業員の同意が必要です。しかし、就業規則等にあらかじめ出向に関する規定があり、それを従業員が理解・同意している場合は、個別の同意なしに出向が命じられるケースもあります。ただし、同意なしの出向はトラブルの原因となりやすいため、慎重な対応が求められます。
Q: 出向における注意点やリスクは何ですか?
A: 出向における注意点としては、出向元と出向先の労働条件の違い、キャリアパスへの影響、出向元への復帰の保証、そして偽装出向(本来は出向ではないのに出向として処理すること)のリスクなどが挙げられます。偽装出向は罰則の対象となる可能性もあります。
Q: 出向を検討する際に、どのようなプラットフォームやプログラムがありますか?
A: 出向そのものを支援する特定の「プラットフォーム」や「プログラム」という名称で広く一般に提供されているものは限定的です。しかし、近年では、副業・兼業支援サービスや、企業のグループ内人材交流を円滑にするための社内システム、あるいは人材紹介会社などが、出向に関連する相談や支援を提供しています。また、厚生労働省なども、偽装出向防止のための啓発活動などを行っています。
