出向の契約形態と社会保険、就業規則の基礎知識

企業が従業員を他の会社で勤務させる「出向」。人材育成、業務支援、雇用調整など、その目的は多岐にわたりますが、いざとなると「うちの会社はどの契約形態?」「社会保険はどうなるの?」といった疑問が尽きません。このブログ記事では、出向を検討する企業担当者の方も、出向を命じられる従業員の方も、安心して制度を活用できるよう、基本的な知識から実務上の注意点までを網羅的に解説します。

在籍型出向と転籍型出向の違い、社会保険の適用ルール、就業規則の重要性、そして最新の動向まで、知っておくべきポイントをわかりやすくご紹介します。トラブルを未然に防ぎ、スムーズな出向を実現するためのヒントがここにあります。

  1. 出向の基本:契約形態と雇用保険の迷いを解消
    1. 在籍型出向と転籍型出向、その決定的な違いとは?
    2. 雇用保険の適用はどこ?主たる給与が鍵を握る
    3. 産業雇用安定助成金が後押しする新たな出向の形
  2. 社会保険、健康保険の取り扱いと出向者の権利
    1. 健康保険・厚生年金保険の適用事業所はこう決まる
    2. 労災保険の適用は出向先が原則、その理由と手続き
    3. 保険料率の違いがもたらす調整の必要性
  3. 就業規則の重要性:出向における双方の義務
    1. 出向命令の根拠:就業規則の明確な規定が不可欠
    2. 出向契約書で定めるべき重要事項のチェックリスト
    3. 出向者の「権利」を守る:労働条件の維持と改善
  4. 出向者の待遇、賃金、手当に関する注意点
    1. 賃金・手当の決定:誰が、どのように支払うのか?
    2. 出向中の評価と昇給・昇格の仕組み
    3. 帰任後の待遇とキャリア形成への影響
  5. 指揮命令、産休、賃上げ税制など、知っておきたい実務知識
    1. 指揮命令権は出向先にあり、その範囲と責任
    2. 出向中の産前産後休業・育児休業の取り扱い
    3. 賃上げ税制と出向:企業が押さえるべきポイント
    4. まとめ
  6. まとめ
  7. よくある質問
    1. Q: 出向の契約形態にはどのようなものがありますか?
    2. Q: 出向した場合、雇用保険はどちらで加入するのが基本ですか?
    3. Q: 出向者の健康保険や社会保険はどうなりますか?
    4. Q: 出向に関する就業規則は、出向元と出向先のどちらの規則が適用されますか?
    5. Q: 出向者の待遇や手当はどのように決まりますか?

出向の基本:契約形態と雇用保険の迷いを解消

出向と一口に言っても、その契約形態にはいくつかの種類があり、それぞれ法律上の取り扱いが大きく異なります。まずは、最も基本的な「在籍型出向」と「転籍型出向」の違いをしっかりと理解することが重要です。この違いを把握することで、社会保険や就業規則、さらには雇用保険の適用先に関する疑問も解消されるでしょう。

在籍型出向と転籍型出向、その決定的な違いとは?

出向の契約形態には、大きく分けて「在籍型出向」と「転籍型出向(移籍型出向)」の2種類があります。

在籍型出向は、従業員が出向元企業との雇用契約を維持したまま、出向先の指揮命令下で業務を行う形態です。従業員は出向元と出向先の双方と雇用関係が生じる、いわば「二重の雇用関係」を持つことになります。一般的に「出向」という場合は、この在籍型出向を指すことが多いですね。

一方、転籍型出向は、出向元企業との雇用契約を解消し、出向先企業と新たに雇用契約を結び直すものです。これは実質的に転職に近い形となり、出向元との関係は完全に断たれます。在籍型出向はあくまで一時的な移動であるのに対し、転籍型出向は恒久的な異動と捉えることができます。

従業員にとっては、在籍型出向であれば出向元の安定した雇用関係を維持しつつ新たな経験を積めるメリットがある一方、転籍型出向は完全に新しい環境へ身を置くことになります。企業側は、目的(人材育成、業務支援、雇用調整など)に応じて適切な形態を選択することが求められます。

雇用保険の適用はどこ?主たる給与が鍵を握る

出向における雇用保険の適用は、多くの企業が頭を悩ませるポイントの一つです。原則として、雇用保険は「主に給与を支払う側」、または「生計を維持するのに必要な主たる賃金を受けている企業」で適用されることになります。

在籍型出向の場合、給与が出向元からのみ支払われるのか、出向先からのみ支払われるのか、あるいは双方から支払われるのかによって、取り扱いが変わってきます。例えば、出向元が引き続き給与を全額支払う場合、雇用保険は出向元で適用されるのが一般的です。しかし、出向先から大部分の給与が支払われ、かつそれが従業員の生計を維持する主たる賃金であると判断される場合は、出向先で雇用保険が適用される可能性もあります。

重要なのは、「雇用関係」「給与の支払い窓口」「労務提供先」といった複数の要素を総合的に判断することです。特に、給与が双方から支払われる場合は、どちらが「主たる賃金」を支払っているのかを明確にすることが、トラブル防止のために不可欠となります。出向契約書において、雇用保険の適用事業所を明確に定めておくことが、双方にとっての安心材料となるでしょう。

産業雇用安定助成金が後押しする新たな出向の形

近年、特に注目されているのが、在籍型出向を後押しする「産業雇用安定助成金」の存在です。新型コロナウイルス感染症の影響を受けた産業での雇用確保を目的として創設されたこの助成金は、企業の在籍型出向の活用を促進しました。

厚生労働省のデータによると、2022年2月4日までに、1,063事業所の10,440人の労働者がこの助成金を活用して在籍型出向を実施しています。これは、多くの企業が雇用維持の手段として出向に活路を見出していることを示しています。特筆すべきは、出向を実施した企業や労働者の約9割が、在籍型出向を前向きに評価している点です。

評価の理由を見てみると、出向元企業は「労働意欲の維持・向上」や「能力開発効果」を、出向先企業は「人手不足の解消」や「即戦力の確保」を挙げています。また、出向労働者自身も「能力開発・キャリアアップ」や「雇用の維持」を評価理由としており、三者にとってメリットの大きい制度として認識されています。この助成金は、出向を一時的な苦肉の策ではなく、戦略的な人材活用の一環として捉える動きを加速させています。

社会保険、健康保険の取り扱いと出向者の権利

出向者の社会保険(健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険)の取り扱いは、複雑で間違いやすいポイントが多々あります。特に、給与の支払い方法や出向契約の内容によって適用事業所が変わるため、事前の確認が不可欠です。ここでは、各社会保険の基本的な考え方と、出向者の権利を守るための注意点について解説します。

健康保険・厚生年金保険の適用事業所はこう決まる

健康保険と厚生年金保険の取り扱いは、原則として「給与の支払い窓口となっている事業所(出向元または出向先)」で適用されます。

具体的には、

  • 給与が出向元からのみ支払われる場合: 出向元で健康保険・厚生年金保険が適用されます。
  • 給与が出向先からのみ支払われる場合: 出向先で健康保険・厚生年金保険が適用されます。
  • 給与が双方から支払われる場合: このケースが最も複雑です。従業員は「二以上事業所勤務届」を提出し、主たる事業所(主に給与が多く、生計の中心となっている事業所)を選択することになります。選択された事業所で健康保険・厚生年金保険が適用され、保険料もその事業所の規定に従って計算されます。

ここで重要なのは、「給与負担と社会保険の適用事業所は必ずしも一致しない」という点です。例えば、出向先が給与を負担していても、支払い窓口が出向元であれば、出向元が適用事業所となる可能性があります。雇用関係、給与の支払い窓口、労務提供先などを明確に確認し、手続き上の不備がないようにすることが求められます。

労災保険の適用は出向先が原則、その理由と手続き

社会保険の中でも、労災保険(労働者災害補償保険)の取り扱いは比較的シンプルです。労災保険は、「実際に業務を行う出向先」で適用されるのが原則とされています。

これは、労災保険が労働者の業務上の負傷や疾病、死亡などに対して給付を行う制度であり、その災害が発生する場所が「業務を行っている場所」、つまり出向先であるためです。したがって、労災保険料も出向先が負担し、万が一事故が発生した場合の申請手続きも、通常は出向先が行うことになります。

この原則は、出向元と出向先のどちらで雇用契約が維持されているか、あるいは給与がどこから支払われているかといった他の社会保険の適用基準とは異なります。そのため、出向元企業は、自社の従業員が出向先で業務を行う際の安全衛生管理や、労災発生時の連絡体制について、出向先と事前にしっかりと取り決めておく必要があります。従業員にとっても、いざという時のために労災保険の適用先が明確であることは、非常に重要な安心材料となります。

保険料率の違いがもたらす調整の必要性

健康保険や厚生年金保険の適用事業所が出向元から出向先に変わる場合、あるいはその逆の場合、注意しなければならないのが「保険料率の違い」です。健康保険組合に加入しているか、協会けんぽに加入しているか、また加入している健康保険組合が異なる場合など、企業によって保険料率が異なります。

例えば、出向元が協会けんぽ(東京都の料率10.00%)で、出向先が独自の健康保険組合(料率9.50%)に加入しているとします。出向者の健康保険の適用が出向先に変更されると、保険料率が下がるため、従業員負担分も会社負担分も減少することになります。逆に、料率の高い事業所に移る場合は、負担が増えることになります。

このような保険料率の違いは、出向者の手取り額や企業の社会保険料負担に直接影響を及ぼします。そのため、出向契約書や就業規則、あるいは出向規程において、「保険料率の違いによる負担増減をどのように調整するか」について、明確な取り決めをしておくことがトラブル防止に繋がります。場合によっては、出向手当などで調整を行うことも検討されるでしょう。事前に双方で十分な話し合いを行い、合意形成をしておくことが極めて重要です。

就業規則の重要性:出向における双方の義務

出向は、従業員の労働条件や就業環境に大きな変化をもたらすため、その運用には法的根拠と明確なルールが必要です。特に、企業が従業員に出向を命じる場合、就業規則に出向に関する規定が明記されているかどうかが重要な鍵となります。ここでは、就業規則が果たす役割と、出向契約書で定めるべき重要事項について解説します。

出向命令の根拠:就業規則の明確な規定が不可欠

企業が従業員に一方的に出向を命じる場合、その根拠となるのが就業規則です。就業規則に出向に関する明確な規定があれば、原則として労働者の個別の同意なしで出向命令を行うことが可能になります。

しかし、そのためには単に「出向を命じることがある」と記載するだけでは不十分です。以下の事項を具体的に、かつ明確に定めておく必要があります。

  1. 出向先での賃金・労働条件: 出向先での給与水準、労働時間、休日、福利厚生など、労働条件がどのように適用されるかを明記します。特に出向元での条件を下回る場合は、その解消に努める旨も盛り込むべきです。
  2. 出向の期間: 出向が一時的なものであることを示すため、具体的な期間や期間延長の可能性について規定します。
  3. 復帰の仕方: 出向期間終了後、出向元に復帰する際の職務内容や待遇、部署などについて明確にしておくことが重要です。

これらの規定が曖昧であったり、存在しなかったりする場合、出向命令が無効と判断されたり、労働者との間でトラブルに発展したりするリスクが高まります。従業員に不利益とならないよう、企業は就業規則を整備し、その内容を従業員に周知徹底する義務があります。

出向契約書で定めるべき重要事項のチェックリスト

就業規則が「出向を命じる根拠」となる一方で、個別の出向においては、出向元・出向先・出向者の三者間で「出向契約書」を取り交わすことが不可欠です。この契約書は、出向に関する具体的な取り決めを明確にし、将来的なトラブルを防ぐための重要な文書となります。

出向契約書には、少なくとも以下の事項を明確に定める必要があります。

  • 出向期間: 出向の開始日と終了日を具体的に記載します。
  • 出向形態: 在籍型出向であること、または転籍型出向であることなどを明記します。
  • 担当業務: 出向先での具体的な職務内容や責任範囲を定めます。
  • 労働条件: 労働時間、休憩、休日、休暇、残業代の支払いなど、出向先での労働条件を詳述します。
  • 給与の支払い方法: 給与の支払い元(出向元、出向先、または双方)、割合、支給日などを明確にします。
  • 社会保険の取り扱い: 健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険の適用事業所と保険料負担について具体的に明記します。
  • 人事考課・昇給・賞与: 出向中の評価方法や、昇給・賞与の有無とその決定方法について定めます。
  • 退職金の扱い: 出向期間が退職金算定期間に含まれるか、どのような扱いになるかを明確にします。
  • 復帰後の処遇: 出向期間終了後の出向元での職務や待遇について言及します。

これらの項目を具体的に定めることで、出向者も安心して業務に専念できるようになり、出向元・出向先間の認識のズレも防ぐことができます。

出向者の「権利」を守る:労働条件の維持と改善

出向は、従業員のキャリア形成や能力開発に繋がる機会である一方で、労働条件の悪化を招く可能性もはらんでいます。日本の労働法規においては、出向者の権利保護が重視されており、特に「出向先の労働条件が、出向元での労働条件を下回る場合は、会社はその解消に努めるもの」とされています。

これは、従業員が出向によって不利益を被ることがないよう、企業に配慮を求めるものです。例えば、出向先の給与水準が出向元よりも低い場合、出向元企業は差額を補填したり、出向手当を支給したりするなどして、実質的な賃金水準を維持する努力が求められます。また、労働時間や休日、福利厚生などの面でも、出向元の水準が維持されるよう、出向元・出向先が連携して調整することが重要です。

出向制度が成功するためには、企業が従業員の能力開発やキャリアアップという前向きな目的を達成しつつ、同時に従業員の権利と利益を適切に保護する姿勢が不可欠です。従業員が出向を「能力開発・キャリアアップ」の機会として前向きに評価しているというデータ(産業雇用安定助成金の実績)からも、企業の適切な運用が、出向者の満足度とモチベーション向上に繋がることがわかります。

出向者の待遇、賃金、手当に関する注意点

出向者の待遇、特に賃金や手当の取り扱いは、社会保険の適用事業所や人事評価とも密接に関わってくるため、非常にデリケートな問題です。誰が、どのように給与を支払い、どのような手当が支給されるのかを明確にすることは、出向者のモチベーション維持にも直結します。ここでは、賃金・手当の決定プロセスから、評価、そして帰任後の待遇まで、出向者の待遇に関する注意点を深掘りします。

賃金・手当の決定:誰が、どのように支払うのか?

出向者の賃金・手当の決定は、出向元と出向先間の契約に基づきますが、その支払い方法によって社会保険の取り扱いが変わるため、特に注意が必要です。

支払いパターンとしては、主に以下の3つが考えられます。

  1. 出向元が全額支払い、出向先に出向元が請求: 出向元が給与支払い窓口となり、社会保険も出向元で適用されるのが一般的です。
  2. 出向先が全額支払い、出向元が負担分を請求: 出向先が給与支払い窓口となり、社会保険も出向先で適用されるのが一般的です。
  3. 出向元と出向先がそれぞれ給与の一部を支払い: この場合、出向元が基本給、出向先が残業代や特殊手当を支払うといった形が考えられます。「主たる賃金」を支払う側で社会保険が適用されることになります。

給与水準については、出向元の給与額を維持することが望ましいとされていますが、出向先の賃金体系に合わせて調整が必要な場合もあります。その際、出向による減額分を補填するための「出向手当」を支給する企業も少なくありません。また、賞与や退職金の算定期間に出向期間を含めるか否か、含める場合の計算方法なども、事前に明確にしておくべき重要なポイントです。これらの取り決めは、必ず出向契約書に詳細に記載し、出向者本人にも丁寧に説明することが不可欠です。

出向中の評価と昇給・昇格の仕組み

出向中の従業員の人事評価は、その後のキャリア形成や賃金に大きな影響を与えるため、慎重な検討が必要です。

主な評価方法としては、

  • 出向先が評価を行い、その結果を出向元にフィードバックする。
  • 出向元が定期的に出向先と連携し、双方の意見を参考に評価を行う。
  • 出向元が主に評価を行い、出向先の業務内容を考慮に入れる。

といった形が考えられます。いずれの場合も、出向先での業務内容や目標設定を明確にし、評価基準を共有することが重要です。評価結果が昇給・昇格にどのように反映されるかについても、出向契約書や出向規程で定めておくべきでしょう。

もし出向先の評価制度と出向元の評価制度が大きく異なる場合、出向者が公平な評価を受けられないと感じる可能性があります。これを避けるためには、出向前、あるいは出向契約書締結時に、評価のプロセス、基準、そしてそれが昇給・昇格、さらにはキャリアパスにどう影響するかを具体的に説明し、理解を得ることが不可欠です。

帰任後の待遇とキャリア形成への影響

出向は一時的な異動であることが多いため、期間終了後の出向元への復帰(帰任)は、出向者にとって最も関心の高い事項の一つです。帰任後のポジション、職務内容、そして給与がどうなるのかは、出向者のキャリア形成に直結するため、事前に明確な取り決めと期待値の共有が求められます。

理想的には、出向前よりも成長した姿で復帰し、新たなスキルや経験を活かせるポジションが用意されることです。実際、産業雇用安定助成金を活用した出向者の多くが「能力開発・キャリアアップ」を評価理由に挙げており、企業側も出向者の成長を積極的に受け入れるべきでしょう。

しかし、帰任時に元の部署がなくなっていたり、希望するポストが空いていなかったりするケースも考えられます。企業は、出向者をどのように受け入れ、その経験をどのように活用していくかというビジョンを明確にし、出向契約書や就業規則、あるいは個別の面談を通じて、帰任後の待遇やキャリアプランについて丁寧に説明する必要があります。これにより、出向者は安心して出向期間を過ごし、帰任後も前向きに業務に取り組むことができるようになります。

指揮命令、産休、賃上げ税制など、知っておきたい実務知識

出向を円滑に進めるためには、契約形態や社会保険、就業規則といった基本的な知識だけでなく、実務上で発生しうる具体的な疑問や、関連する法制度についても理解しておく必要があります。ここでは、出向中の指揮命令権の所在、ライフイベントへの対応、そして最新の税制優遇措置など、出向に関するさらに踏み込んだ実務知識をご紹介します。

指揮命令権は出向先にあり、その範囲と責任

在籍型出向において、最も重要な原則の一つが「指揮命令権は出向先にある」という点です。従業員は出向元との雇用契約を維持しながらも、実際に業務を行う出向先の指示・命令に従って職務を遂行します。

これは、労働安全衛生法上の責任の所在にも影響します。労働時間管理、休憩、休日、残業命令、作業環境の管理など、日常的な労務管理は出向先の責任となります。したがって、例えば出向先でハラスメントや労働災害が発生した場合、その初期対応や責任は基本的に出向先が負うことになります。

しかし、出向元も雇用契約の当事者である以上、完全に責任を免れるわけではありません。出向者の適正な労働条件が確保されているか、ハラスメント等の問題が発生していないかなどを、定期的に出向先と連携し、確認する義務があります。出向契約書には、指揮命令権の範囲、労務管理に関する責任分界点、および問題発生時の連絡・対応体制を明確に定めておくことが、トラブル回避のために不可欠です。

出向中の産前産後休業・育児休業の取り扱い

出向中の従業員が妊娠・出産、または育児を行う場合、その権利は出向によって失われることはありません。産前産後休業や育児休業は、日本の労働基準法や育児介護休業法によって保障された労働者の権利であり、出向中であっても適用されます。

具体的な取り扱いとしては、

  • 休業の申請先: 雇用関係が維持されている出向元と出向先の双方に連絡し、必要に応じて手続きを行います。
  • 社会保険料の免除: 休業期間中の社会保険料免除は、雇用保険の適用事業所(主に給与を支払う側)で行われるのが一般的です。
  • 給与の支払い: 休業期間中は、原則として給与は支払われませんが、健康保険から出産手当金や育児休業給付金が支給されます。これらの申請は、社会保険の適用事業所を通じて行われます。
  • 復職時の調整: 休業明けの復職は、出向元への帰任となる場合と、出向先での復職となる場合があります。この点も、事前に出向契約書などで明確にしておくことが重要です。

出向中にこうしたライフイベントが発生した場合に備え、企業は出向元・出向先間で密な連携を取り、出向者が安心して休業を取得し、復職できるよう支援体制を整える必要があります。特に、妊娠・出産を理由とした不利益な取り扱いは、法律で固く禁じられています。

賃上げ税制と出向:企業が押さえるべきポイント

近年、政府は企業の賃上げを促進するための税制優遇措置、通称「賃上げ税制」(現在は「賃上げ促進税制」)を導入しています。この制度は、国内の企業が従業員の給与総額を一定割合以上増加させた場合に、その増加額の一部を法人税から控除できるというものです。では、出向者の賃金は、この賃上げ税制の対象となるのでしょうか。

賃上げ税制の適用対象となるのは、通常、自社の従業員に対して支払われた給与です。したがって、在籍型出向の場合、出向元が給与を支払い、かつ出向元で社会保険が適用されている出向者の賃金は、出向元の賃上げ税制の対象となり得ます。逆に、出向先が給与を支払い、出向先で社会保険が適用されている場合は、出向先の賃上げ税制の対象となります。

重要なのは、賃金の支払い元と社会保険の適用事業所がどこであるか、そしてその賃金が「給与等支給額」として税制上の要件を満たしているか、という点です。企業が出向を経営戦略の一環として活用し、同時に税制優遇措置の恩恵も受けたいと考えるのであれば、賃上げ税制の要件と出向者の賃金体系・社会保険の取り扱いを詳細に確認し、適切に管理することが求められます。税理士や専門家と相談し、最新の税制情報に基づいた判断を行うことが賢明です。


まとめ

出向制度は、企業にとって人材戦略の幅を広げ、従業員にとっては新たなスキルや経験を獲得する貴重な機会を提供します。しかし、その運用には契約形態、社会保険、就業規則、賃金、そして実務上の細かな知識まで、多岐にわたる専門知識が求められます。

本記事で解説したポイントを参考に、出向元、出向先、そして出向者本人の三者が安心して制度を活用できるよう、事前の情報共有と明確な取り決めを徹底することが何よりも重要です。

トラブルを未然に防ぎ、出向が関係者全員にとって有益な経験となるよう、この記事が皆様の一助となれば幸いです。

【参考情報】

  • 令和5年雇用動向調査結果の概況(厚生労働省)
  • 令和4年雇用動向調査結果の概況(厚生労働省)

※上記の情報は、検索時点(2025年11月)で確認できた最新の情報に基づいていますが、法改正や制度変更により内容が変更される可能性があります。常に最新の情報をご確認ください。