経営に携わる役員の皆様にとって、役員報酬と労働保険料の関係は複雑で分かりにくいと感じるかもしれません。しかし、正しく理解することは、適切な手続きとコスト管理のために非常に重要です。

この記事では、「役員報酬にかかる労働保険料を徹底解説!納付や計算の疑問を解消」というテーマについて、最新の情報と計算・納付に関する疑問点を解消するための情報をまとめました。

基本的な考え方から、具体的なケース、最新の保険料率、そして複雑な場合の対応策まで、分かりやすく解説していきます。ぜひ、貴社の労働保険料に関する理解を深める一助としてご活用ください。

役員報酬は労働保険料の対象? 基本的な考え方

労働保険料の基本と賃金総額

労働保険料の計算は、その名の通り「労働者」に支払われる賃金が基礎となります。具体的には、原則として「(全労働者に支払った賃金の総額)×(保険料率)」で計算されます。ここでの「賃金」には、基本給はもちろん、手当や賞与など、労働の対価として支払われる一切のものが含まれます。

ただし、雇用保険と労災保険では対象となる賃金の範囲に違いがあります。雇用保険は「被保険者である労働者」の賃金のみが対象となり、労災保険は原則として全ての労働者の賃金が対象です。

この基本的な考え方を理解することが、役員報酬が労働保険料の対象となるかを判断する上で非常に重要となります。

役員報酬が原則対象外となる理由

一般的に、株式会社の代表取締役、取締役、監査役などの役員は、「労働者」ではなく「経営者」という位置づけにあります。労働保険制度は、労働者を保護し、その生活を安定させることを目的として設計されているため、経営者である役員の報酬は、原則として労働保険料の計算対象から除外されます。

役員は会社と雇用契約を結ぶのではなく、会社との間に委任関係や請負関係にあるとみなされるため、労働基準法における「労働者」には該当しません。このため、役員に支払われる報酬は「賃金」ではなく「役員報酬」として扱われ、労働保険の対象外となるのです。

これは、労働保険制度が、労働者の失業や災害などから生じるリスクを社会全体で支えるための仕組みであるという、根本的な理念に基づいています。

兼務役員の場合の例外と判断基準

役員報酬が原則として労働保険料の対象外である一方、「兼務役員」と呼ばれるケースでは例外が生じることがあります。兼務役員とは、取締役などの役員の地位にありながら、同時に部長や工場長といった従業員としての職務も兼任している人を指します。

この場合、従業員としての実態が認められる職務に対して支払われる給与部分については、労働保険の対象となる可能性があります。判断基準としては、まず「従業員としての賃金と役員報酬の比率」が考慮されます。

例えば、役員報酬とは別に、通常の従業員と同様の勤務形態で労働し、その対価として給与が支払われている場合などです。業務執行権を持つ役員であっても、一般の労働者と同様の条件で支払われる賃金があれば、それが労働保険料の算定基礎となる場合があります。実態として労働者性が認められるかどうかが重要なポイントとなるため、個別の状況に応じた慎重な判断が求められます。

役員でも労働者扱い? 労働保険料がかかるケース

兼務役員の具体的な適用事例

兼務役員が「労働者」として扱われ、労働保険料の対象となる具体的な事例は多岐にわたります。例えば、製造業の取締役が、工場長として現場での指揮監督や生産ラインの実務に従事し、その職務に対して「工場長手当」などの名目で給与が支払われているケースです。

この場合、役員報酬とは別に支払われる工場長としての給与部分が、労働の対価とみなされ、労働保険料の算定基礎となることがあります。また、営業部門の責任者を兼任する取締役が、営業職として個別の営業目標を持ち、その達成度に応じて通常の営業社員と同様のインセンティブが支給されている場合も同様です。

重要なのは、その役員が「労働基準法上の労働者」とみなされる実態があるかどうかです。これは、事業主の指揮命令下で労働し、その対価として賃金が支払われているか、といった観点から総合的に判断されます。

労働者性が認められる報酬の範囲

役員に支払われる報酬のうち、労働者性が認められる範囲を明確にすることは重要です。一般的に、役員報酬として支給されるものは労働保険料の対象外ですが、兼務役員が従業員として働くことによって得られる給与、手当、賞与などは対象となり得ます。

例えば、役員でありながら、一般社員と同様の勤務時間管理を受け、残業手当や通勤手当、住宅手当などが支給されている場合、これらの手当のうち「労働の対価」とみなされる部分は労働保険料の対象となる可能性があります。特に、役員としての職務とは明確に区別できる「従業員としての職務」の対価であることが重要です。

判断に際しては、職務内容、勤務実態、給与規程、雇用契約書などを総合的に考慮し、その報酬が「労働の対価」として支払われていると認められるかどうかが基準となります。

判断に迷った際の専門家への相談

役員報酬と労働保険料の関係は、個別の状況によって判断が難しくなるケースが少なくありません。特に兼務役員の労働者性の判断は、多くの要素を考慮する必要があり、誤った判断は後々の追徴金や手続き上のトラブルにつながる可能性があります。

そのため、判断に迷った場合は、労働保険事務組合や社会保険労務士などの専門家に相談することを強く推奨します。専門家は、最新の法令や通達、過去の判例などを踏まえ、貴社の具体的な状況に合わせた適切なアドバイスを提供してくれます。

また、労働保険の申告・納付手続きを専門家に委託することで、手続きの正確性を確保し、企業の事務負担を軽減することも可能です。専門家を活用することで、コンプライアンスを遵守し、安心して事業運営に集中できるでしょう。

持株会奨励金や現物給与の扱いは? 労働保険料の特例

持株会奨励金の労働保険料算定

従業員持株会奨励金は、従業員が会社の株式を購入する際に、会社がその購入費用の一部を補助する制度です。この奨励金が労働保険料の算定対象となるかという疑問を抱く企業も少なくありません。

原則として、持株会奨励金は「労働の対価」として直接支払われる賃金とは見なされにくいものです。これは、従業員の財産形成を支援する目的で支払われるものであり、労働者の労務提供に対する報酬という性質が薄いためです。

したがって、一般的には労働保険料の算定基礎となる賃金には含まれません。しかし、その支給形態や目的が実質的に賃金とみなされるような特別な事情がある場合は、個別に判断が必要となることもあります。多くのケースでは非課税扱いの奨励金も存在し、その場合は賃金性も否定されやすい傾向にあります。

現物給与の評価と算定対象

現物給与とは、金銭ではなく物品やサービスなどの形で支給される給与のことです。例えば、通勤手当(非課税限度額を超える部分)、食事補助、社宅や寮の貸与などがこれに該当します。これら現物給与が労働保険料の対象となるかどうかは、その経済的利益が「賃金」とみなされるかどうかにかかっています。

労働保険における「賃金」は、金銭であるか現物であるかを問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払う全てのものを指します。そのため、現物給与であっても、社会通念上、労働の対償と認められる経済的利益であれば、労働保険料の算定基礎となります。

現物給与の評価額は、原則として時価や公正な価額で評価されますが、厚生労働大臣が定める評価基準がある場合はそれに従います。例えば、通勤手当は所得税法上の非課税限度額を超える部分が賃金とみなされることがあります。食事補助も同様で、従業員から一定額を徴収している場合などを除き、原則として賃金として扱われます。

その他特殊な給与の扱い(賞与等)

役員報酬以外の特殊な給与の扱いについても見ていきましょう。労働保険料の算定において、賞与(ボーナス)は「賃金」として扱われ、労働保険料の対象となります。これは、賞与が労働者の通常の労働に対する対価として支給されるものとみなされるためです。

一方、退職金は、退職後の生活を保障する性質を持つことから、労働保険料の算定対象となる賃金からは除外されます。これは、退職金が「賃金」ではなく、長年の勤労に対する功労報償または退職後の生活保障という性格が強いとされているためです。

また、近年では役員賞与を利用した社会保険料削減スキームの見直しが進められていますが、労働保険料においては、役員賞与も原則として役員報酬と同様に労働保険料の対象外となります。ただし、兼務役員としての従業員部分に対する賞与は対象となりうるため、注意が必要です。

元請工事や有期事業における労働保険料の計算と納付

年度更新制度の仕組みと重要性

労働保険料の申告・納付は「年度更新」という独特の制度で行われます。これは、事業主が年度初めに新年度の労働保険料を「概算」で見込み、前払いし、翌年度の初めに実際に支払った賃金総額に基づいて「確定」した保険料を計算し、精算するという仕組みです。

具体的には、毎年6月1日から7月10日までの間に、前年度の確定保険料と新年度の概算保険料を合わせて申告・納付します。この手続きは、労働保険の適正な運営を維持するために極めて重要です。

もし年度更新を怠ったり、手続きが遅れたりすると、追徴金が課されたり、最悪の場合、保険給付が受けられなくなるといったペナルティを招く可能性があります。事業主は、この期間を厳守し、正確な申告を行う責任があります。

概算保険料と確定保険料の計算・精算

年度更新における「概算保険料」とは、新年度(4月1日から翌年3月31日)に支払う予定の賃金総額の「見込み額」を基に計算し、前払いする保険料です。一方、「確定保険料」は、すでに終了した前年度(4月1日から翌年3月31日)に実際に支払った賃金総額に基づいて計算し直した保険料です。

年度更新の手続きでは、まず前年度の確定保険料を計算し、前年度に納付した概算保険料との差額を精算します。そして、同時に新年度の概算保険料を算定し、納付します。

概算保険料額が一定額以上の場合(原則40万円以上、または労働保険事務組合に委託している場合)は、保険料の納付を3回に分割できる「延納(分割納付)」制度を利用できます。また、近年では、企業の事務負担軽減のため、電子申請での手続きも可能となっています。

最新の労働保険料率と改定要因

労働保険料率は、国の政策や経済情勢に応じて定期的に見直されます。特に雇用保険料率は変動しやすく、最新の情報を常に確認することが重要です。

令和7年度(2025年度)の雇用保険料率については、失業等給付等の保険料率が、労働者負担・事業主負担ともに5.5/1,000(0.55%)に変更されます(農林水産・清酒製造業、建設業は6.5/1,000)。これは、令和6年度の6/1,000から引き下げとなるもので、経済回復による失業者の減少などが要因として挙げられています。

また、雇用保険二事業の保険料率(事業主のみ負担)は、引き続き3.5/1,000(0.35%)です(建設業は4.5/1,000)。一方、労災保険料率は、業種ごとに定められており、原則3年ごとに改定されますが、2025年度の労災保険料率は令和6年度から変更ありません。

これらの料率は、厚生労働省の発表などで随時更新されるため、事業主は常に最新情報を確認し、適切な計算と納付を行う必要があります。

令和7年度(2025年度)雇用保険料率
区分 労働者負担 事業主負担 合計
失業等給付等 5.5/1,000 5.5/1,000 11.0/1,000
雇用保険二事業 0 3.5/1,000 3.5/1,000
合計(一般の事業) 5.5/1,000 9.0/1,000 14.5/1,000

※農林水産・清酒製造業、建設業は別途料率が適用されます。

労働保険事務組合の活用と、労働者がいない場合の注意点

労働保険事務組合活用のメリット

労働保険の手続きは、賃金計算や料率の適用、年度更新など、専門的な知識を要する複雑な業務です。特に中小企業にとっては、これらの事務作業が大きな負担となることがあります。そこで有効なのが、労働保険事務組合への委託です。

労働保険事務組合とは、事業主から委託を受けて、労働保険に関する様々な事務処理を代行する団体です。具体的には、概算・確定保険料の申告・納付、雇用保険の資格取得・喪失の手続き、労災保険の給付請求手続きなどを行います。

事務組合に委託することで、企業の事務負担を大幅に軽減できるだけでなく、手続きの正確性が確保され、法令違反のリスクを低減できます。さらに、事務組合を通じて保険料の延納(分割納付)制度を利用できるメリットもあります。

また、労働保険に関する最新情報や法改正の動向についても、専門的なアドバイスを受けることが可能です。

労働者がいない場合の取り扱い

労働保険は、「労働者」を保護するための制度であるため、原則として労働者を雇用していない事業主には適用されません。会社を経営しているが、役員のみで従業員を一人も雇っていない「一人社長」のようなケースでは、労働保険の加入義務は発生しないのが一般的です。

この場合、役員は「労働者」ではないため、自身の報酬を基に労働保険料を納めることもありません。しかし、例外的に、中小企業の事業主や一人親方、特定作業従事者などが、特別に労災保険に加入できる「特別加入制度」があります。

これは、労働者としてではなくとも、その業務の実態から労働者に準じて保護する必要があると認められる場合に、任意で労災保険に加入できる制度です。労働者がいないからといって、一概に労働保険と無関係というわけではないため、自身の状況を確認することが重要です。

申告・納付に関する注意点と法改正の動向

労働保険料の計算、申告、納付は、事業運営における重要な責務です。前述したように、常に最新の保険料率や制度(厚生労働省の発表)を確認し、適切な手続きを行うことが不可欠です。申告・納付が遅れたり、誤りがあったりすると、延滞金や追徴金が課されるだけでなく、企業の信用にも影響を及ぼす可能性があります。

また、労働保険制度は社会情勢の変化に応じて見直しが行われます。特に、社会保険料の計算において、役員賞与を利用した社会保険料削減スキームの見直しが進められているように、今後の法改正の動向には常に注意を払う必要があります。

マイクロ法人を活用した社会保険料削減策なども検討されることがありますが、これらの手法には専門的な知識が必要であり、思わぬリスクを伴うこともあります。疑問や不安がある場合は、必ず専門家である社会保険労務士に相談し、適切なアドバイスを受けるようにしましょう。

正確な知識と適切な手続きを通じて、健全な事業運営を目指してください。