労働保険料申告書の書き方と年度更新の基本

事業主の皆様、毎年恒例の「労働保険料の年度更新」の時期が近づいてきました。この手続きは、前年度に納付した労働保険料を確定させ、新たに始まる年度の概算保険料を申告・納付する重要なものです。特に2025年度は、一部の保険料率に変更がないものの、提出期間や電子申請の開始日など、細かな情報更新があります。

この記事では、労働保険料申告書の基本的な書き方から、年度更新の時期、提出方法、さらにはエクセルを活用した効率化、税理士(社会保険労務士)に依頼するメリットまで、わかりやすく解説します。正確かつスムーズな手続きのために、ぜひ最後までお読みください。

労働保険料申告書とは?わかりやすく解説

労働保険料申告書は、事業主が毎年行う労働保険の年度更新手続きにおいて、その中心となる書類です。この書類を通して、前年度の確定保険料と新年度の概算保険料を届け出ます。適切な労働保険の適用は、従業員の安心を支え、企業の健全な運営にも不可欠です。

労働保険料申告書の目的と重要性

労働保険料申告書は、毎年6月2日から7月10日までの期間に行われる「年度更新」で提出されます。その主な目的は、前年度(4月1日~翌年3月31日)に実際に支払われた賃金に基づいて、過不足なく正確な労働保険料を確定させることです。同時に、新年度の労働者数や賃金見込みに基づき、概算の保険料を申告し納付します。

この手続きは、労働者にとって万が一の際に必要な労災保険給付や、失業時の雇用保険給付を確実に保障するために欠かせません。事業主にとっては法定義務であり、怠ると追徴金などのペナルティが課される可能性があるため、正確かつ期限内の対応が極めて重要となります。

労働保険の種類と対象者

労働保険は、「労災保険(労働者災害補償保険)」と「雇用保険」の二つの保険制度の総称です。それぞれ異なる目的と対象者を持っています。

  • 労災保険: 業務上の事故や通勤中の事故、あるいは業務に起因する病気などに対し、被災した労働者やその遺族に給付を行う制度です。原則として、パートタイマーやアルバイトを含む全ての労働者を雇用する事業所に適用されます。保険料は事業主が全額負担します。
  • 雇用保険: 労働者が失業した場合や、育児休業・介護休業を取得した場合などに給付を行い、生活の安定と再就職を支援する制度です。週20時間以上働き、31日以上継続して雇用される見込みのある労働者が対象となります。保険料は事業主と労働者が一定の割合で負担します。

一部の事業では、労災保険と雇用保険の適用が別々に行われる「二元適用事業」(例:農林水産事業、建設事業)となるため、申告の際に注意が必要です。

年度更新の基本的な流れ

労働保険の年度更新は、主に以下の3つのステップで進められます。事前に準備を整えることで、スムーズな手続きが可能です。

  1. 事前準備:
    • 前年度(4月1日~翌年3月31日)に全労働者に支払われた賃金総額を集計します。これには給与、賞与、各種手当(通勤手当、住宅手当など)が含まれますが、慶弔見舞金や退職金などは含みません。
    • 集計した賃金総額に基づき、労災保険率や雇用保険料率(2025年度の雇用保険料率は2023年度と同率、労災保険率は2024年度と同率)を確認し、確定保険料と新年度の概算保険料を算出します。
    • 厚生労働省が提供する「年度更新申告書計算支援ツール」を活用すると、計算ミスを防ぎ、効率的に作業を進めることができます。
  2. 申告書の作成:
    • 届いた申告書に、算出した確定保険料と概算保険料を記入します。
    • 前年度に納付した概算保険料との差額も明記します。
  3. 提出と納付:
    • 作成した申告書を管轄の都道府県労働局や労働基準監督署へ提出し、保険料を納付します。
    • 提出・納付期限は原則7月10日です。

労働保険料申告書の記入例:実践的な書き方

労働保険料申告書の記入は、一見複雑に見えるかもしれませんが、必要な情報を正確に集計し、各項目に適切に転記することで、誰でも対応可能です。特に、賃金集計と保険料率の適用がポイントとなります。

事前準備:賃金集計と保険料計算のポイント

申告書作成の最も重要なステップは、正確な賃金集計です。賃金集計表を作成し、以下の点を確実に押さえましょう。

  • 賃金の範囲: 労働の対償として支払われるもの全てが対象です。具体的には、基本給、各種手当(通勤手当、家族手当、住宅手当、役職手当など)、残業代、賞与、期末手当などが該当します。
  • 対象外の賃金: 慶弔見舞金、退職金、解雇予告手当、出張旅費の実費弁償分、財産形成貯蓄のための事業主拠出金などは対象外となります。
  • 集計期間: 前年度の4月1日から翌年3月31日までに支払が確定した賃金が対象です。

賃金総額を確定したら、以下の最新の保険料率を適用して保険料を計算します。

保険の種類 2025年度の料率 備考
雇用保険料率 2023年度と同率 事業主負担と労働者負担に分かれる
労災保険率 2024年度と同率 業種によって異なる
一般拠出金率 0.02/1,000 業種問わず一律

2025年度の雇用保険料率は2023年度と同率であり、2024年4月に改定された労災保険率が2025年度も適用されます。業種平均の労災保険料率は4.4/1000で、2023年度より引き下げられています。

申告書各欄の具体的な記入方法

申告書には、主に「確定保険料」と「概算・増加概算保険料」の2つの重要な欄があります。それぞれの記入ポイントを理解しましょう。

  • 確定保険料の欄:
    • 「確定保険料額」欄には、前年度(4月1日~翌年3月31日)の賃金総額に基づいて計算した最終的な保険料額を記入します。
    • 「申告済概算保険料」欄には、前年度に概算で納付した保険料額を記入します。
    • 両者の差額がある場合、「不足額」欄、または「充当額」欄に記入します。不足額がある場合は追加で納付が必要です。
  • 概算・増加概算保険料の欄:
    • 新年度の賃金総額の見込み(原則として前年度の実績に準じるか、事業計画に基づいて算定)から計算した、概算保険料額を記入します。
    • 労働者数が0人だった事業所でも、今後雇用する可能性がある場合は概算保険料を立てる必要があります。

正確な記入のためには、厚生労働省のウェブサイトで公開されている記入例や手引を参照すると良いでしょう。

二元適用事業者の注意点

一般の事業所では、労災保険と雇用保険は一体として扱われ、一つの申告書で手続きが完結します。しかし、二元適用事業と呼ばれる特定の業種では、労災保険と雇用保険の適用が別々に行われるため、注意が必要です。

二元適用事業に該当するのは、主に以下の業種です。

  • 建設業
  • 農林水産の事業

これらの事業主は、労災保険と雇用保険について、それぞれ別の「労働保険料申告書」を作成し、提出する必要があります。賃金集計もそれぞれの保険で対象となる労働者の範囲に応じて行われるため、より複雑になります。不明な点があれば、管轄の労働局や労働基準監督署、または社会保険労務士に相談することをおすすめします。

労働保険料申告書の年度更新、いつ・どこでする?

年度更新は毎年実施される定期的な手続きですが、その期間や提出先、納付方法を正しく理解しておくことが重要です。特に期限を過ぎると、追徴金などのリスクが発生しますので、計画的な準備を心がけましょう。

申告・納付期間と期限の重要性

労働保険の年度更新の申告・納付期間は、原則として毎年6月2日から7月10日までです。2025年度もこの期間に実施されます。

この期間を過ぎてしまうと、期限を過ぎたことによる追徴金が課される可能性があります。追徴金は、本来納付すべき保険料に追加して徴収されるもので、事業主にとって大きな負担となりかねません。また、延滞期間に応じて延滞金が発生する場合もあります。

万が一、期限内に手続きが完了できない場合は、速やかに管轄の労働局または労働基準監督署に相談し、指示を仰ぐようにしてください。事前の準備と余裕を持った対応が、無用なペナルティを回避するための鍵となります。

提出先と提出方法

作成した労働保険料申告書は、以下のいずれかの方法で提出することができます。事業所の所在地に応じた管轄の機関に提出しましょう。

  • 提出先:
    • 管轄の都道府県労働局
    • 管轄の労働基準監督署
    • 日本銀行(代理店を含む)
  • 提出方法:
    • 郵送: 必要書類を同封し、郵送で提出します。
    • 窓口持参: 提出先機関の窓口に直接持参します。
    • 電子申請: インターネットを利用して電子的に申請する方法です。2025年度は、6月1日(ただし受付は6月2日)から電子申請が可能となります。自宅やオフィスから手続きができるため、窓口に出向く手間が省け、大変便利です。

電子申請を利用する場合は、事前にGビズIDの取得など、必要な準備がありますので、早めに確認しておきましょう。

保険料の納付方法と注意点

労働保険料の納付も、申告と同時期に完了させる必要があります。主な納付方法は以下の通りです。

  • 口座振替: 事前に登録しておくことで、指定口座から自動的に保険料が引き落とされる方法です。手続き忘れを防ぐことができるため、多くの事業所で利用されています。
  • 電子納付: インターネットバンキングなどを利用して電子的に納付する方法です。ペイジーによる納付は便利でしたが、2025年7月31日をもって終了しますので、ご注意ください。
  • 金融機関の窓口: 金融機関や郵便局の窓口で現金で納付する方法です。納付書が必要です。

概算保険料は、原則として一括で納付しますが、保険料が一定額以上の場合は、3回に分けて分割納付(延納)することも可能です。この場合、第1期は7月10日、第2期は10月31日、第3期は翌年1月31日が納付期限となります。分割納付を希望する場合は、申告書でその旨を届け出る必要があります。

労働保険料申告書のエクセル活用と提出・訂正方法

複雑に感じられる労働保険料申告書の手続きも、国が提供するツールや電子申請を活用することで、より効率的かつ正確に行うことができます。また、万が一記入ミスがあった場合の訂正方法についても知っておきましょう。

計算支援ツールの活用

厚生労働省は、事業主が労働保険料の計算を正確に行えるよう、「年度更新申告書計算支援ツール」を提供しています。これはExcel形式のツールで、以下のメリットがあります。

  • 計算ミスの防止: 賃金総額や労働者数などの基本情報を入力するだけで、確定保険料や概算保険料を自動で計算してくれます。複雑な料率計算や端数処理のミスを防ぐことができます。
  • 作業効率の向上: 手作業での計算に比べて大幅に時間を短縮でき、特に多数の従業員を抱える事業所にとっては大きな助けとなります。
  • 記入補助: 申告書の各項目に対応した計算結果が表示されるため、そのまま申告書に転記しやすくなっています。

このツールは厚生労働省のウェブサイトから無料でダウンロードできますので、ぜひ活用を検討してみてください。利用にあたっては、最新版をダウンロードし、古いバージョンのツールを使わないように注意しましょう。

電子申請のメリットと方法

労働保険の年度更新は、インターネットを利用した「電子申請」で手続きが可能です。2025年度は6月2日(受付開始日)から電子申請が可能となります。

電子申請のメリットは多岐にわたります。

  • 時間・場所を選ばない: 役所の窓口に出向くことなく、24時間いつでもどこでも手続きができます。
  • 入力支援機能: 必須項目の入力漏れや誤りを自動でチェックしてくれるため、不備による差し戻しリスクを減らせます。
  • ペーパーレス化: 印刷や郵送の手間、保管スペースの削減につながります。

電子申請を行うには、事前に電子証明書(マイナンバーカードやGビズIDなど)の取得と、利用環境の準備が必要です。初めて利用する際は、早めに準備に取り掛かり、不明な点があれば電子政府の総合窓口e-Govのヘルプデスクなどを活用しましょう。

訂正申告が必要なケースと手続き

申告書を提出した後で、賃金総額の集計ミスや概算保険料の算定誤りなどが判明した場合は、速やかに「訂正申告」を行う必要があります。

例えば、確定保険料が申告した概算保険料よりも著しく過少だった場合や、従業員の追加雇用により概算保険料が当初の見込みよりも大幅に増加する場合などが該当します。このような場合は、再度正しい内容で申告書を作成し、管轄の労働局または労働基準監督署に提出します。

訂正申告の結果、保険料が不足していた場合は追加で納付し、過払いだった場合は還付手続きを行います。速やかな訂正申告は、追加の追徴金や延滞金を回避するためにも重要です。不明な点があれば、提出先の機関に相談しながら進めましょう。

労働保険料申告書の保管期間と税理士の活用

年度更新手続きは申告と納付で終わりではありません。提出した書類の保管義務や、専門家である税理士(社会保険労務士)に依頼することのメリット、そして万が一の遅延・未申告時のリスクと対応策についても理解しておくことが重要です。

申告書の保管義務と期間

事業主は、労働保険料申告書をはじめとする労働保険に関する重要書類を、法令で定められた期間保管する義務があります。これは、将来的な監査や確認作業、あるいは事業所内で過去の記録を照会する際に必要となるためです。

  • 労働保険料申告書: 少なくとも5年間は保管することが推奨されます。これは、労働保険料の徴収時効が原則2年であるものの、時効の延長や過去の確定賃金に関する確認が行われる可能性を考慮するためです。
  • 賃金台帳: 労災保険関係帳簿は3年間、雇用保険関係帳簿は4年間(一部例外あり)の保管義務があります。労働保険料の算定基礎となるため、これらも申告書と合わせて適切に保管しましょう。

これらの書類は、税務調査や労働局による立ち入り調査の際に提示を求められることがあります。紛失や破棄がないよう、ファイリングして適切な場所で管理し、デジタルデータとしてバックアップを取ることも有効です。

税理士(社会保険労務士)に依頼するメリット

労働保険料の年度更新手続きは、事業主が自社で行うことも可能ですが、社会保険労務士(または一部は税理士)といった専門家に依頼することで、多くのメリットが得られます。

  • 正確性と安心感: 労働関連法規や保険料率の改正に常に精通しているため、計算ミスや手続き漏れのリスクを大幅に削減できます。複雑な二元適用事業や特殊なケースにも的確に対応してくれます。
  • 本業への集中: 煩雑な書類作成や賃金集計作業から解放され、事業主は本業の経営に集中する時間を確保できます。
  • 法改正への対応: 労働保険制度は頻繁に改正されるため、最新の情報に基づいた適切な手続きを常に受けられます。
  • 総合的なサポート: 年度更新だけでなく、入社・退社手続き、助成金申請、労務相談など、社会保険・労働保険に関する広範なサポートを受けられる場合があります。

特に中小企業や人事・労務担当者が少ない企業にとって、専門家への依頼は大きなメリットとなり得ます。費用対効果を考慮し、検討してみる価値は十分にあるでしょう。

遅延・未申告時のリスクと対応策

労働保険料の申告・納付を怠ったり、期限に遅れてしまったりした場合、事業主は以下のようなリスクを負うことになります。

  • 追徴金の発生: 期限内に申告・納付を行わなかった場合、不足額に対して原則として10%の追徴金が課されます。
  • 延滞金: 納付が遅れた期間に応じて、延滞金が追加で発生します。
  • 労働局からの指導・調査: 継続的な不備や未申告の場合、労働局や労働基準監督署からの指導や立ち入り調査の対象となる可能性があります。最悪の場合、企業の社会的信用にも影響を及ぼしかねません。

もし遅延や未申告が判明した場合は、速やかに管轄の労働局または労働基準監督署に連絡し、事情を説明して指示を仰ぐことが最も重要です。正直に状況を伝え、迅速に是正手続きを行うことで、不利益を最小限に抑えられる可能性があります。

労働保険は従業員の生活を支える重要な制度です。事業主としての責任を果たし、正確かつ期限内に手続きを完了させましょう。