概要: 雇用契約書は、働く上で非常に重要な書類です。賃金、各種手当、昇給、退職金など、雇用契約書に記載すべき内容について、具体的な書き方や注意点を解説します。
雇用契約書の基本!賃金・手当・昇給・退職金まで徹底解説
雇用契約書は、労働者と使用者の間で交わされる、雇用に関する最も基本的な契約書です。この契約書には、賃金、手当、昇給、退職金といった労働条件が明記されており、その内容は労働者の生活に直結します。
本記事では、雇用契約書に記載すべきこれらの重要項目について、最新の法改正や統計データを踏まえながら、ポイントを徹底解説します。適切な雇用契約書作成の参考にしてください。
雇用契約書に必須!賃金欄の正しい書き方
賃金の構成要素と明示義務
雇用契約書における賃金の記載は、労働条件の核となる部分です。賃金は単に基本給だけでなく、さまざまな手当を含んだ総称として捉える必要があります。労働基準法では、賃金の構成要素、計算方法、支払方法、締切日、支払時期などを明確に労働者に明示することが義務付けられています。
これは「絶対的明示事項」と呼ばれ、書面での交付が必須です。賃金の総額がいくらであるかだけでなく、どのような項目で構成されているのかを具体的に示すことで、労働者との認識の齟齬を防ぎ、トラブルを未然に防ぐことにつながります。
特に、就業規則の賃金規程には、これらの手当の種類、支給条件、金額などを詳細に定める必要があります。雇用契約書は、その就業規則の具体的な内容を労働者個人の契約として反映させる重要な書類なのです。
基本給の記載ポイントと注意点
基本給は、賃金の中心となる部分であり、時間外労働手当などの各種手当の算出基礎ともなります。そのため、雇用契約書には基本給の金額を具体的に明記することが不可欠です。例えば、「月額〇〇円」といった形で明確に記載します。
厚生労働省が公表した賃金構造基本統計調査(令和5年)によると、一般労働者の賃金月額は31万8,300円と過去最高を記録しており、前年からの伸び率も2.1%と29年ぶりの高い水準です。この統計データは、賃金水準の目安の一つとして参考になります。
しかし、重要なのは自社の賃金体系に基づいた正確な金額を記載することです。また、基本給の中に特定の目的を持つ手当(例えば、営業手当など)を含める場合は、その内訳を明確にすることもトラブル回避のために重要です。基本給が最低賃金を下回らないよう、常に最新の最低賃金情報を確認し、適正な金額を設定する義務があります。
賃金支払いの原則と明細
賃金の支払いには、労働基準法で定められたいくつかの重要な原則があります。これらは、労働者の生活保障のために守られるべきルールです。
- 通貨払いの原則:賃金は現金で支払うのが原則です(ただし、労働者の同意があれば銀行振込も可能)。
 - 直接払いの原則:賃金は労働者本人に直接支払わなければなりません。
 - 全額払いの原則:賃金は、税金や社会保険料などの法令で定められたものや、労使協定がある場合を除き、全額を支払う必要があります。
 - 毎月1回以上払いの原則:賃金は、毎月少なくとも1回以上支払う必要があります。
 - 一定期日払いの原則:賃金は、毎月一定の期日を定めて支払う必要があります。
 
これらの原則に加え、賃金明細書を交付し、賃金の詳細な内訳を労働者に示すことも重要です。賃金明細書には、基本給、各種手当、控除額(税金、社会保険料など)が具体的に記載され、労働者が自身の賃金内容を正確に把握できるようにします。これにより、透明性の高い賃金管理を実現し、労働者の信頼を得ることにつながります。
最低賃金改定!雇用契約書の賃金変更と注意点
最低賃金改定時の対応
毎年10月頃に改定される最低賃金は、すべての労働者に適用される賃金の最低基準です。この改定は、雇用契約書の賃金欄に直接的な影響を与える可能性があります。もし、自社の基本給や各種手当を含めた賃金が、改定後の最低賃金を下回る場合、速やかに賃金を見直し、引き上げる必要があります。
最低賃金は、各都道府県ごとに定められており、地域によって異なるため、事業所の所在地における最新の情報を常に確認することが重要です。最低賃金法に違反して最低賃金未満の賃金しか支払っていない場合、その契約は無効となり、使用者は不足額を支払う義務が生じます。また、罰則の対象となる可能性もあります。
そのため、最低賃金の改定発表があった際には、自社の賃金規程や雇用契約書の内容を再確認し、必要に応じて変更手続きを行うことが不可欠です。この際、賃金規程だけでなく、実際の雇用契約書も実態に合わせて更新することが求められます。
賃金変更手続きと労働者への影響
最低賃金の改定によって賃金を引き上げる場合でも、賃金は労働条件の重要な部分であるため、使用者の一方的な変更は原則として許されません。労働者の同意を得るか、就業規則の変更手続きを経て、合理的な理由に基づいて変更する必要があります。特に、賃金の引き上げは労働者にとって不利益な変更には当たりにくいですが、もし他の労働条件(例えば、手当の廃止など)とセットで変更する場合には注意が必要です。
具体的な手続きとしては、まず労働者に対して変更内容を十分に説明し、理解を得ることが大切です。その後、新しい賃金が適用される日を明記した「労働条件通知書」や「雇用契約書」を改めて交付し、双方の合意を示す署名・押印をもらうことが望ましいでしょう。
これにより、後のトラブルを避け、明確な労働契約関係を維持することができます。労働者が多数いる場合は、就業規則の変更手続きも検討し、労働者代表からの意見聴取なども適切に行う必要があります。
不利益変更のルールと同意
賃金の変更は、労働者にとって不利益となる「不利益変更」に該当する場合があります。例えば、基本給は上がったが、これまで支給されていた特定の高額な手当が廃止され、結果として総支給額が減少するケースなどが考えられます。労働契約法第9条では、使用者が労働者の同意を得ることなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないと定められています。
したがって、賃金を含む労働条件を労働者に不利な内容に変更する場合には、原則として労働者個別の同意が必要です。この同意は、自由な意思に基づいて行われることが求められ、不当な圧力をかけて同意させることは認められません。
もし同意が得られない場合は、就業規則の変更によって労働条件を変更することも可能ですが、その変更が労働者の受ける不利益の程度、労働条件変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の事情に照らして合理的なものであることが必要です。賃金は労働者の生活に直結するため、特に慎重な対応が求められます。
手当の記載は?通勤費・固定残業・賞与のポイント
各種手当の明示と種類
基本給に加えて、雇用契約書では各種手当についても明確に記載する必要があります。手当は、特定の条件や状況に応じて労働者に支給されるもので、その種類は多岐にわたります。主な手当としては、以下のようなものが挙げられます。
- 時間外労働手当:法定労働時間を超えて勤務した場合に支払われる手当。
 - 深夜労働手当:午後10時から午前5時までの間に勤務した場合に支払われる手当。
 - 休日出勤手当:法定休日に勤務した場合に支払われる手当。
 - 通勤手当:通勤にかかる費用を補助する手当。支給条件や上限額を明確に。
 - 住宅手当:住宅費用の一部を補助する手当。支給条件を明確に。
 - 役職手当:特定の役職に就いている場合に支給される手当。
 - 家族手当:扶養家族がいる場合に支給される手当。
 
これらの手当は、就業規則の賃金規程にその種類、支給条件、金額、計算方法などを詳細に定めておく必要があります。雇用契約書では、就業規則に準拠していることを明記した上で、個々の労働者に適用される手当の有無と金額、またはその算出方法を具体的に記載することが重要です。これにより、手当に関する誤解やトラブルを防ぐことができます。
固定残業代(みなし残業代)の適切な記載
「固定残業代」や「みなし残業代」は、一定時間分の時間外労働、休日労働、深夜労働に対する割増賃金を、あらかじめ毎月の給与に含めて支払う制度です。この制度を導入する際は、雇用契約書に非常に明確に記載する必要があります。単に「固定残業代含む」と記載するだけでは不十分であり、労働者保護の観点から以下の点を具体的に明示することが求められます。
- 固定残業代として支払われる賃金の具体的な金額:基本給とはっきり区別して金額を明記します。
 - 固定残業代が対応する残業時間数:「〇時間分の時間外労働手当」といった形で、対応する時間数を具体的に示します。
 - 固定残業時間を超える労働に対する追加支給の有無:固定残業時間を超えて労働した場合には、その超過分について別途割増賃金を支払うことを明記します。
 
これらの情報が不明確だと、未払い賃金トラブルの原因となるだけでなく、法的なリスクも生じます。例えば、「固定残業代」と称していても、その内訳が不明確であれば、法的には有効な残業代とは認められない可能性があります。常に透明性を確保し、労働者が納得できるよう詳細な説明を心がけることが大切です。
賞与に関する取り決め
賞与(ボーナス)は、法律上の支払義務がある賃金とは異なり、企業の業績や個人の貢献度に応じて支給される「恩恵的な給与」と位置付けられることが一般的です。そのため、雇用契約書に記載するかどうかは、企業の制度によって異なります。ただし、もし賞与制度を設けている場合は、その内容を雇用契約書または就業規則に明確に記載することが重要です。
記載すべきポイントとしては、以下のような項目が挙げられます。
- 支給の有無:賞与が支給される制度があるか否かを明示します。
 - 支給条件:「会社の業績による」「査定期間に在籍していること」など、支給されるための条件を具体的に記載します。
 - 算定基準:「基本給の〇ヶ月分」「個人の評価による」など、賞与の額がどのように決定されるかの基準を明示します。
 - 支給時期:「夏期・冬期の年2回(〇月、〇月)」といった形で、支給される時期を記載します。
 
賞与に関する取り決めが曖昧だと、労働者との間で期待値のずれが生じ、不満やトラブルの原因になりかねません。特に、支給が約束されていると誤解されるような表現は避けるべきです。明確なルールを設定し、それを適切に書面で明示することが、健全な労使関係を築く上で不可欠です。
昇給・退職金はどう記載?雇用契約書の記入例
昇給制度の明確な記載方法
昇給に関する事項は、雇用契約書または労働条件通知書に記載が義務付けられている「絶対的明示事項」の一つです。これは、労働者のモチベーションや将来設計に大きく影響するため、その記載は極めて重要です。
昇給の有無だけでなく、昇給の決定方法、計算方法、支払いの方法、締切日、支払時期といった具体的な内容を、就業規則の賃金規程に含めることが強く推奨されています。雇用契約書では、これらの就業規則の内容を踏まえ、労働者個人の契約として昇給に関する以下のポイントを明示しましょう。
- 昇給の有無:「昇給の機会あり」「昇給なし」などを明確に記載します。
 - 昇給の時期:「年1回、4月」「人事評価に基づき随時」など、時期を具体的に示します。
 - 昇給の決定基準:「個人の実績、能力、会社の業績を総合的に勘案する」といった、評価基準の概要を記載します。
 
昇給制度を変更する際には、労働者の賃金という重要な労働条件に関わるため、不利益変更に該当しないか十分に注意し、もし不利益変更となる場合は労働者の同意を得る必要があります。不明瞭な記載は、後にトラブルの原因となるため、詳細かつ具体的な記述を心がけましょう。
退職金制度の有無と詳細
退職金制度は、従業員の長期的な貢献に報いるとともに、退職後の生活を支援するための重要な制度です。パートタイム労働法第6条により、雇用契約書への退職金制度の有無の記載が義務付けられています。また、労働基準法においても、退職に関する事項は明示すべき事項とされており、その中に退職金の情報も含まれます。
近年の転職市場の活況や働き方の多様化により、かつてのような「終身雇用・退職金」という図式は薄れつつありますが、それでも多くの企業で退職金制度は定着しています。実際、ある調査結果によれば、50人以上の企業での導入率は92.3%に上るとされています。
雇用契約書には、以下の点を明確に記載しましょう。
- 退職金制度の有無:「退職金制度あり」「退職金制度なし」を明示します。
 - 支給条件:「勤続〇年以上の場合に支給」「定年退職の場合に支給」など。
 - 算定方法:「基本給×勤続年数×支給率」など、具体的な計算方法。
 - 支払時期:「退職後〇ヶ月以内」など。
 
退職金は高額になることが多く、誤解が生じやすい項目です。制度の有無だけでなく、支給の条件や具体的な計算方法まで、できる限り詳しく記載することで、将来的なトラブルを避けることができます。
記入例で見る昇給・退職金
実際に雇用契約書に昇給や退職金を記載する際の具体的な記入例を見てみましょう。以下のような形式で記載することで、労働者に明確な情報を提供できます。
昇給に関する記入例
    【昇給】
    年1回(原則として4月)の人事考課に基づき、個人の能力、実績および会社の業績を総合的に勘案して実施する場合があります。ただし、会社の業績により昇給を実施しないことがあります。詳細は就業規則および賃金規程に定めます。
退職金に関する記入例
    【退職金】
    退職金制度:有り
    支給条件:勤続3年以上の正社員に支給します。
    算定方法:就業規則の退職金規程に基づき、基本給、役職、勤続年数に応じて算出します。
    支払時期:退職後〇ヶ月以内に支払います。
    詳細は就業規則の退職金規程に定めます。
    (退職金制度がない場合)
    【退職金】
    退職金制度:無し
このように、有無を明記し、条件や算定方法を具体的に示すことで、労働者との間で認識の齟齬が生じるリスクを大幅に低減できます。特に、就業規則で詳細が定められている場合は、その旨を明記し、就業規則を参照するよう促すことも重要です。
雇用契約書で損しない!押さえておきたい重要項目
2024年4月からの法改正ポイント
2024年4月1日より、労働条件の明示に関するルールが改正され、雇用契約書(または労働条件通知書)に記載すべき事項が追加・変更されました。この法改正は、多様な働き方に対応し、労働者がより安心して働ける環境を整備することを目的としています。特に、有期雇用労働者や正社員の働き方に関する明示事項が強化されており、企業はこれに合わせて雇用契約書の内容を見直す必要があります。
主な改正ポイントは以下の通りです。
- 有期労働契約の更新上限の有無と内容の明示
 - 無期転換申込機会の明示
 - 無期転換後の労働条件の明示
 - 就業場所・業務の変更の範囲の明示(正社員等、全ての労働者)
 
これらの追加事項は、労働者が契約内容や将来のキャリアパスを明確に理解するために不可欠です。改正後の法令を遵守しない場合、労働基準監督署からの指導や是正勧告を受ける可能性があり、企業の信用にも関わります。必ず最新の法改正に対応した雇用契約書を作成しましょう。
有期労働契約の更新上限と無期転換ルール
有期労働契約を結ぶ場合、2024年4月1日以降、特に以下の2点について明確な明示が義務付けられました。
- 更新上限の有無と内容:契約更新に上限がある場合、その具体的な内容(例:「契約更新は2回まで」「通算契約期間は5年まで」など)を明示する必要があります。これにより、有期契約労働者はいつまで働けるのかを事前に把握できます。
 - 無期転換申込機会の明示:有期労働契約が通算5年を超えた場合、労働者は無期労働契約への転換を申し込む権利(無期転換申込権)を得ます。企業は、この権利が発生するタイミングごとに、労働者に対して「無期転換を申し込むことができること」、そして「無期転換後の労働条件」を明示することが義務付けられました。
 
これらのルールは、有期契約労働者の雇用の安定を図るための重要な改正です。企業は、契約更新の都度、これらの情報を労働者に適切に提供し、誤解が生じないよう丁寧な説明が求められます。特に無期転換後の労働条件については、事前に明確な規程を設けておくことが重要となります。
就業場所・業務の変更範囲と専門家への相談
今回の法改正では、正社員(無期労働契約の労働者)についても、将来の働き方を見据えた明示事項が追加されました。それは、「就業場所・業務の変更の範囲」です。これは、採用時点だけでなく、配置転換などによって将来的に労働者の就業場所や業務内容が変更される可能性について、その範囲を明確に明示するものです。
例えば、「転勤の可能性あり(全国転勤)」や「将来的に営業職への配置転換の可能性あり」といった具体的な内容を記載することが求められます。これにより、労働者は自身のキャリアプランをより具体的にイメージしやすくなります。
雇用契約書の内容が法令に違反している場合、その部分は無効となり、労働基準法などの法令が優先して適用されます。契約内容の変更や新規作成に不安がある場合は、弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することを強くおすすめします。専門家は最新の法令知識に基づいて、適切なアドバイスや書類作成のサポートを提供してくれます。これにより、法的なリスクを回避し、労使双方にとって公正かつ明確な雇用契約を締結することができます。
まとめ
よくある質問
Q: 雇用契約書で賃金について最低限確認すべきことは何ですか?
A: 最低賃金以上であるか、基本給、諸手当、残業代(固定残業代の場合はその金額と計算方法)、賞与、退職金について具体的に記載されているかを確認しましょう。
Q: 賃金が変更になった場合、雇用契約書の書き換えは必要ですか?
A: はい、賃金(基本給、手当、割増賃金率など)が変更になった場合は、原則として雇用契約書の書き換えまたは変更契約書の締結が必要です。最低賃金の改定による変更も同様です。
Q: 通勤手当(交通費)は雇用契約書に必ず記載する必要がありますか?
A: 法律上の記載義務はありませんが、労働条件として明確にするために記載することが推奨されます。実費精算か定期代支給か、上限金額なども含めて明記するとトラブルを防げます。
Q: 昇給した場合、雇用契約書はどうなりますか?
A: 昇給した場合は、変更後の賃金が明記された変更契約書を締結するか、新たな雇用契約書を締結するのが一般的です。昇給額や改定時期を明確にしましょう。
Q: 退職金について、雇用契約書に記載がない場合はどうなりますか?
A: 雇用契約書に退職金の記載がない場合でも、就業規則で退職金制度が定められていれば、その規定に基づいて退職金が支払われる可能性があります。就業規則の確認も重要です。
  
  
  
  