概要: 雇用契約書は、トラブル防止のためにも、入社前または入社直後の早期締結が原則です。しかし、書かれていなかったり、もらえなかったりするケースも少なくありません。本記事では、雇用契約書がない場合に起こりうるリスクや、口約束・覚書との違い、そして具体的な対処法について解説します。
雇用契約書は、労働者と企業が雇用条件について合意したことを証明する重要な書類です。しかし、法律上、雇用契約書の作成・交付は義務付けられていません。
そのため、口頭での合意のみで雇用契約が成立する場合もあり、雇用契約書が発行されないケースも少なくありません。
本記事では、雇用契約書がいつ作成・交付されるべきか、もらえない場合の注意点や対処法について、最新の情報に基づいて解説します。安心して働くための知識を身につけ、ご自身の雇用環境を守りましょう。
雇用契約書はいつ・どのように締結すべき?
法的義務と一般的なタイミング
雇用契約書は、労働者と企業の間で労働条件を明確にするための大切な書面ですが、実は法律上の作成義務はありません。日本の労働基準法では、雇用契約自体は口頭の合意だけでも成立するとされています。
しかし、雇用契約書がないことによる将来的なトラブルを避けるため、多くの企業では書面での契約締結を慣例としています。一般的に、雇用契約書が作成・交付されるタイミングは主に以下の2つです。
- 内定時: 企業から内定通知書が送付される際に、具体的な雇用条件を明記した雇用契約書が同封されることがあります。これは、入社前に候補者が条件をじっくり確認し、同意を得るための重要なステップです。
- 入社日: 入社手続きの一環として、人事担当者から雇用契約書が提示され、内容を確認した上で署名・捺印を求められるのが一般的です。この時点で、給与、勤務時間、休日、業務内容など、詳細な労働条件が最終的に確定します。
注意すべきは、雇用契約書とは別に「労働条件通知書」の交付が企業に義務付けられている点です。労働条件通知書には、雇用契約書と同様に、労働契約期間や就業場所、業務内容、賃金、退職に関する事項などが記載され、企業がこれを怠ると労働基準法違反となります。雇用契約書がない場合でも、労働条件通知書は必ず交付を求めましょう。
電子契約による締結の利便性
近年、働き方の多様化やデジタル化の進展に伴い、雇用契約の締結方法も進化しています。特に注目されているのが、電子契約の活用です。2019年の労働基準法改正により、労働者の合意があれば、雇用契約書を電子署名によって締結することが法的に認められるようになりました。
電子契約には、紙媒体の契約書にはない多くのメリットがあります。
- 場所を問わず契約が可能: 遠隔地にいる候補者や、テレワークを導入している企業にとって、オフィスに足を運ぶことなくスムーズに契約が締結できます。
- 迅速な手続き: 郵送にかかる時間や手間が省け、契約締結までのプロセスを大幅に短縮できます。
- コスト削減: 印刷費、郵送費、保管スペースなど、紙媒体の契約書にかかる費用を削減できます。
- 書類管理の効率化: 電子データとして一元管理できるため、紛失のリスクが低減し、必要な時にすぐに検索・確認が可能です。
しかし、電子契約を導入する際には、労働者からの明確な同意が必要です。また、電子署名の信頼性やセキュリティ対策が十分に確保されているサービスを選定することが重要です。電子契約の活用は、現代の働き方に合致した、効率的で環境にも優しい選択肢と言えるでしょう。
労働条件通知書との違いと重要性
雇用契約書とよく似た書類に「労働条件通知書」があります。これら二つの書類は記載内容が重複する部分が多いですが、その法的性質と交付義務において大きな違いがあります。
| 項目 | 雇用契約書 | 労働条件通知書 |
|---|---|---|
| 法的性質 | 労使双方の合意を証明する「契約書」。双務契約。 | 企業が労働者へ労働条件を通知する「一方的な通知」。 |
| 作成・交付義務 | 法律上の義務はない。 | 労働基準法第15条により、企業に交付が義務付けられている。 |
| 署名・捺印 | 労使双方の署名・捺印が必須。 | 通常は企業の記名・押印のみで、労働者の署名は不要。 |
| 目的 | 労使双方の権利義務を明確にし、紛争を予防。 | 労働者に最低限の労働条件を正確に伝える。 |
雇用契約書が「言った」「言わない」のトラブルを防ぐための強力な証拠となるのに対し、労働条件通知書は企業が法律で定められた最低限の情報を労働者に伝えるためのものです。労働条件通知書のみが交付され、雇用契約書がない場合、労働条件の基本的な部分は確認できます。
しかし、例えば「試用期間中の解雇の可能性」や「固定残業代の内訳」など、より詳細な合意事項や、双方の権利義務に関わる重要な事項は、雇用契約書で明文化されている方が安心です。
そのため、理想的には労働条件通知書と雇用契約書の両方を受け取り、内容を十分に確認した上で合意することが、後々のトラブルを避ける上で最も重要となります。
雇用契約書が「書かれていない」「もらえない」場合のリスク
労働条件の認識齟齬とトラブル
雇用契約書が書面で交わされていない場合、最も顕著なリスクは、労働条件に関する認識の齟齬が生じることです。口頭での合意は、記憶の曖昧さや解釈の違いから、「言った」「言わない」といった水掛け論に発展しやすく、労使間の深刻なトラブルの原因となりかねません。
特に、以下のような重要な労働条件について、認識のずれが生じやすい傾向にあります。
- 給与: 基本給、手当、賞与、昇給に関する具体的な条件。
- 労働時間: 始業・終業時刻、休憩時間、残業の有無やその計算方法。
- 休日・休暇: 週休二日制、有給休暇の取得条件、特別休暇など。
- 業務内容: 担当する具体的な業務範囲や責任。
- 退職に関する事項: 退職時の手続き、予告期間、退職金など。
例えば、入社時に「残業代は支給する」と口頭で説明されたものの、実際には固定残業代が含まれていて、想定より残業代が少ないといったケースも考えられます。書面で条件が明記されていれば、双方がいつでも確認でき、誤解が生じる余地を大幅に減らすことができます。
特に、企業側にとっては、労働条件が不明確であることで、予期せぬ賃金請求や損害賠償請求のリスクを抱えることになります。
試用期間や固定残業代に関するリスク
雇用契約書がない場合、試用期間の運用や固定残業代の取り扱いに関して、法的な問題が生じるリスクが高まります。
試用期間のルールが不明確になるリスク:
多くの企業では、入社後一定期間を試用期間として設けていますが、雇用契約書にその旨が明記されていないと、試用期間の法的有効性が問われることがあります。試用期間の有無、期間、試用期間中の賃金、本採用されない可能性などが不明確なままでは、労働者は本採用と同様の待遇を要求できる可能性があります。
企業側が試用期間中に労働者の適性を見極め、本採用を見送る判断をしたとしても、その根拠が書面で残されていないと、不当解雇として訴訟に発展するリスクも考慮しなければなりません。
固定残業代が認められない可能性:
固定残業代(みなし残業代)は、一定時間分の残業代を基本給などに含めて支給する制度です。この制度を適法に運用するためには、雇用契約書や賃金規程において、「固定残業代の対象となる残業時間数」「固定残業代として支払われる金額」「固定残業時間を超えた場合の追加支給の有無」などを明確に記載し、労働者との合意を得ておく必要があります。
もし雇用契約書でこれらの詳細が明記されていなければ、たとえ企業が固定残業代を支給していても、裁判でその有効性が否定され、過去に遡って未払い残業代の支払いを命じられる可能性があります。これは、企業にとって予期せぬ大きな経済的負担となるでしょう。
無期雇用契約化のリスクと雇用主の不明確さ
雇用契約書がない、または契約更新時の書面手続きを怠ることは、特に契約社員やパート・アルバイトといった有期雇用労働者にとって、無期雇用契約化のリスクを高めます。
無期雇用契約とみなされる可能性(「無期転換ルール」):
労働契約法第18条には、有期雇用契約が同一企業との間で通算5年を超えて更新された場合、労働者からの申込みにより期間の定めのない労働契約(無期雇用契約)に転換できる「無期転換ルール」が定められています。雇用契約書が適切に作成・更新されていないと、いつから契約が始まり、いつ更新されたのかが曖昧になり、知らないうちに無期転換の要件を満たしていると見なされる可能性があります。
これは、企業にとって予期せぬ人員コストの増加や、雇用管理の硬直化につながるリスクがあります。
雇用主が不明確になるリスク:
複数の法人で構成されるグループ企業や、頻繁に組織再編が行われる企業グループの場合、雇用契約書がないと「どの会社が自分たちの雇用主なのか」が不明確になることがあります。これは、労働者にとっては賃金の支払い主体、社会保険の加入状況、労災発生時の責任の所在などが曖昧になるという不利益をもたらします。
企業側から見ても、雇用主責任が不明確な状態は、賃金未払いや不当解雇などの法的紛争が発生した際に、責任の所在を巡って混乱を招き、訴訟リスクを高めることにつながります。明確な雇用契約書は、こうした混乱を防ぎ、双方の立場をはっきりさせる上で不可欠です。
口約束や覚書、オファーレターとの違いと雇用契約書の重要性
口約束による雇用契約の有効性と限界
「口約束も契約として成立する」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。民法上、契約は当事者の意思表示の合致があれば成立し、必ずしも書面である必要はありません。これは雇用契約においても同様で、労働者と企業が口頭で労働条件に合意すれば、法的には雇用契約が成立したとみなされます。
しかし、口約束による雇用契約には大きな限界があります。
- 証拠能力の欠如: 万が一トラブルが発生した場合、「言った」「言わない」の水掛け論になりやすく、客観的な証拠が残らないため、自分の主張を立証することが極めて困難になります。
- 内容の不明確さ: 口頭での合意では、具体的な労働時間、残業代の計算方法、退職時の条件など、細かい点まで明確に確認し、合意を形成することが難しい場合があります。後になって「思っていたのと違う」という認識のずれが生じやすくなります。
- 誤解のリスク: 双方の解釈の違いから、意図しない形で契約内容が理解されてしまう可能性があります。
例えば、口頭で「月給30万円」と合意したとしても、それが基本給のみなのか、それとも諸手当や固定残業代を含む総額なのかが不明確であれば、後に大きな問題に発展するでしょう。トラブル時に泣き寝入りする事態を避けるためにも、重要な雇用契約は必ず書面で交わすことが強く推奨されます。
覚書・オファーレターの位置づけと注意点
企業によっては、正式な雇用契約書の代わりに「覚書」や「オファーレター」が交付されることがあります。これらは、雇用契約書とは異なる書類ですが、一定の法的効力を持つ場合があります。
覚書(MOU:Memorandum of Understanding):
覚書は、特定の合意事項や取り決めを簡易的に記した文書です。雇用関係において、基本給や役職、入社日など、特定の条件について双方の合意があったことを確認するために用いられることがあります。覚書の内容自体に法的拘束力を持たせることも可能ですが、多くの場合、雇用契約書に比べて記載内容が限定的であるため、労働条件の全体像を把握するには不十分なことがあります。
オファーレター(内定通知書):
オファーレターは、企業が採用内定者に対して、雇用条件を提示する目的で発行する書面です。通常、職務内容、給与、入社予定日などが記載されています。このオファーレター自体が「雇用契約」とみなされる場合もありますが、あくまで「内定」を通知し、入社を促すための初期的な情報提供の意味合いが強いことが多いです。オファーレターを受諾した時点で「内定承諾」となり、法的には「解約権留保付きの労働契約」が成立したと解釈されますが、具体的な労働条件の詳細を網羅しているわけではありません。
これらの書類を受け取った場合でも、記載されていない事項や不明確な点については、必ず企業に問い合わせ、書面での明確な回答を求めることが重要です。最終的には、労働条件のすべてを網羅し、双方の合意が明記された雇用契約書を締結することが、最もトラブルを回避できる賢明な方法と言えるでしょう。
トラブル回避のための雇用契約書の役割
雇用契約書は単なる書類ではなく、労使双方の権利と義務を明確にし、将来的なトラブルを未然に防ぐための最強の盾となります。その重要性は以下の点に集約されます。
- 証拠としての役割: 労働条件、給与、労働時間、休日、退職条件など、あらゆる合意事項が書面で残されるため、万一の紛争時には客観的な証拠として機能します。「言った」「言わない」の争いを防ぎ、スムーズな解決を促します。
- 認識の統一: 雇用契約書を作成する過程で、労使双方が労働条件について詳細に確認し、疑問点を解消することで、認識のずれをなくし、共通の理解を形成できます。
- 信頼関係の構築: 企業が労働条件を明確に提示し、労働者がそれを確認して合意するプロセスは、お互いに対する信頼関係を築く第一歩となります。誠実な対応は、エンゲージメントの向上にも寄与します。
- 法令遵守の証明: 企業側にとっては、労働基準法などの法令を遵守していることを対外的に証明する書類ともなります。労働基準監督署の指導が入った際などにも、適切な雇用管理を行っていることの根拠となります。
- 労働者の保護: 労働者は、雇用契約書を確認することで、不当な労働条件が提示されていないか、自分の権利が守られているかを確認できます。もし不当な条件であれば、署名前に交渉したり、入社を再検討したりする機会を得られます。
雇用契約書は、入社後の安心と安定した働き方を保障するための、非常に価値のあるツールです。企業も労働者も、その作成と内容確認には最大限の注意を払うべきです。
雇用契約書がないままバックレられたら?違反や嘘への対処
バックレがもたらす企業側の損失と対応
雇用契約書がない状況で従業員が「バックレ」(無断欠勤のまま連絡が取れなくなること)をした場合、企業側は通常以上に困難な状況に直面する可能性があります。雇用契約書があれば、退職に関する規定や損害賠償請求の可能性について、労働者との合意事項を明確に示せますが、それがなければ、これらの法的措置を取るための根拠が希薄になります。
企業が被る具体的な損失と対応策は以下の通りです。
- 業務停滞と損害: 従業員の突然の不在は、業務の停滞や他の従業員への負担増、取引先との信頼関係の悪化など、直接的・間接的な損害をもたらします。
- 損害賠償請求の困難さ: 企業はバックレにより発生した損害に対して損害賠償請求を検討することもありますが、雇用契約書がない場合、労働者が「具体的な業務内容を知らされていなかった」「退職時の規定が不明確だった」などと主張すれば、請求は非常に難しくなります。労働基準法では、損害賠償額をあらかじめ定める契約を禁止しており(賠償予定の禁止)、実際の損害額を詳細に立証する必要があります。
- 解雇手続きの複雑化: 無断欠勤が続く場合、企業は最終的に解雇手続きを進めることになりますが、雇用契約書がないと、懲戒解雇の根拠となる就業規則の周知状況などをめぐり、解雇の有効性が問われるリスクがあります。
このような状況を避けるためには、雇用契約書によって退職に関する明確なルールを定めておくことが最も重要です。また、バックレが発生した際には、まずは連絡を試み、その記録を残すなど、客観的な証拠収集を徹底することが、後のトラブル対応に役立ちます。
虚偽申告や経歴詐称への対処法
雇用契約書がない場合でも、入社時の履歴書や面接での虚偽申告(嘘)や経歴詐称が発覚した際には、企業は適切な対処を検討できます。ただし、雇用契約書で懲戒事由が明確に定められていない場合、その対応は慎重に行う必要があります。
虚偽申告が発覚した場合の一般的な対処法は以下の通りです。
- 事実確認の徹底: まずは、申告された内容と事実との間に明確な相違があることを、客観的な証拠をもって確認します。学歴詐称であれば卒業証明書、職歴詐称であれば前職の在籍証明書などが有力な証拠となります。
- 弁明の機会の付与: 労働者に対して、虚偽申告の内容について弁明する機会を与えます。これは、解雇などの重い処分を行う際の公正な手続きとして不可欠です。
- 処分内容の検討: 虚偽申告の内容や会社への影響の重大性に応じて、厳重注意、減給、降格、最終的には懲戒解雇などの処分を検討します。ただし、虚偽申告が直ちに解雇理由となるわけではなく、企業秩序を著しく乱す行為であったか、業務遂行に重大な支障を及ぼすものであったかなどが判断の基準となります。
雇用契約書や就業規則に虚偽申告を懲戒事由とする規定が明確に記載されていれば、企業はよりスムーズかつ法的に有効な処分を下しやすくなります。しかし、それがない場合でも、労働基準法や判例法理に基づき、労働者の信頼を損なう行為として解雇が有効となるケースは存在します。重要なのは、適切なプロセスを踏み、証拠を保全し、法的妥当性を確保することです。必要に応じて弁護士などの専門家に相談することも検討しましょう。
労働基準監督署への相談と法的なアプローチ
雇用契約書がない状況でのトラブル、特に労働条件に関する不利益や不法行為に直面した場合、労働者側だけでなく企業側も、労働基準監督署に相談することを検討すべきです。
労働基準監督署の役割:
労働基準監督署は、労働基準法をはじめとする労働関係法令の遵守を監督する機関です。労働者からの相談に応じて企業への指導や勧告を行ったり、法令違反が認められる場合には是正勧告や立ち入り調査、さらには逮捕・送検といった司法処分を行う権限も持っています。
企業が労働条件通知書の交付義務を怠っている場合や、固定残業代のルールが曖昧で残業代が適切に支払われていない場合など、雇用契約書がないことが原因で法令違反が疑われる状況において、労働基準監督署は非常に有効な相談先となります。
企業側からの相談:
「バックレ」などの問題で、企業側が労働者に連絡が取れない、あるいは損害賠償を検討したいが法的な根拠が不明瞭といった場合も、労働基準監督署や、必要に応じて弁護士などの専門家に相談することが賢明です。労働基準監督署は主に労働者の保護を目的とする機関ですが、企業側も適切な雇用管理を行う上で困りごとがあれば相談に乗ってくれる場合があります。
また、労働基準監督署は労働者の問題だけでなく、企業が労働基準法を遵守しているかをチェックする機関でもあるため、未然に法的な問題を防ぐためのアドバイスも期待できるでしょう。
最終的に、法的な紛争に発展しそうな場合は、労働問題に詳しい弁護士に相談し、具体的な証拠の収集方法や、訴訟・調停などの法的手段についてアドバイスを受けることが最も確実な対処法となります。雇用契約書がないという不利な状況でも、専門家の助けを借りることで、最善の解決策を見つけることが可能です。
雇用契約書に関する疑問を解決!クーリングオフやその他Q&A
雇用契約にクーリングオフは適用されるか?
消費者契約ではよく耳にする「クーリングオフ」制度ですが、雇用契約にクーリングオフは原則として適用されません。クーリングオフは、訪問販売や電話勧誘販売など、消費者が不意打ち的に契約をしてしまい、冷静な判断ができなかった場合に、一定期間内であれば無条件で契約を解除できる制度です。
これに対し、雇用契約は、労働者と企業が相互に合意の上で、時間をかけて検討し締結する性格のものです。多くの場合、内定通知から入社日までの間に条件を確認したり、面接を通じて双方の意思を確認したりするプロセスがあります。
したがって、一度締結された雇用契約は、原則として双方の合意なく一方的に解除することはできません。労働者が退職したい場合は、民法の規定に基づき、期間の定めのない雇用契約であれば2週間前までに退職の意思表示を行う必要があります。
ただし、ごく稀なケースとして、ハローワークの求人情報や求人広告の内容が著しく事実と異なっていたなど、労働基準法第15条に基づく「虚偽の労働条件提示」があった場合には、労働者は即時に契約を解除し、帰郷費用を請求できる権利があります。これはクーリングオフとは異なりますが、労働者を保護するための重要な規定です。しかし、一般的な雇用契約においては、安易にクーリングオフができると考えるのは誤りです。
雇用契約書を後からでも請求できるか?
「入社時に雇用契約書をもらえなかったけれど、後からでも請求できるのだろうか?」という疑問を持つ方もいるかもしれません。結論から言えば、後からでも雇用契約書(または労働条件通知書)の交付を請求することは可能です。
企業には労働条件通知書の交付義務があるため、これを履行していない場合は労働基準法違反となります。そのため、まずは以下のステップで企業に書面を請求しましょう。
- 人事部や直属の上司に直接依頼: まずは、会社の担当部署や上司に、口頭またはメールで労働条件通知書(または雇用契約書)の交付を依頼します。この際、いつ、どのような内容で依頼したかの記録を残すため、メールでの依頼が推奨されます。
- 書面で正式に請求: 口頭やメールでの依頼に応じない場合、内容証明郵便などを用いて、労働条件通知書の交付を正式に請求する書面を送付することも有効です。これにより、企業側は法的な義務を認識し、対応を迫られる可能性が高まります。
- 労働基準監督署への相談: 上記の対応でも書面が交付されない場合や、企業が不誠実な対応をする場合は、最寄りの労働基準監督署に相談しましょう。労働基準監督署は企業に対して指導や勧告を行うことができます。
後からでも書面を請求することは、自身の労働条件を明確にし、将来的なトラブルを防ぐ上で非常に重要です。曖昧なままにしておかず、積極的に行動することをおすすめします。
雇用契約書の変更や更新時の注意点
雇用契約は一度締結したら終わりではなく、昇進、部署異動、給与体系の変更、契約期間の更新など、様々な状況でその内容が変更されたり、更新されたりすることがあります。このような場合にも、最初の締結時と同様に、適切な手続きと書面での確認が不可欠です。
変更時の注意点:
労働条件が変更される際には、必ず書面でその内容を確認し、双方の合意を示す署名・捺印を交わすことが重要です。例えば、給与が変更になる場合、口頭での合意だけでなく、その変更内容を明記した「変更契約書」や「覚書」を作成してもらいましょう。これにより、変更後の労働条件について「言った」「言わない」のトラブルを防ぐことができます。
また、変更内容が労働者にとって不利益となる場合は、その変更に合理的な理由があるか、十分に説明がなされたかを確認する権利があります。
更新時の注意点(有期雇用の場合):
契約社員やパート・アルバイトなどの有期雇用契約の場合、契約期間が満了するごとに「契約更新」の手続きが必要です。この際も、新たな契約書または更新の確認書を交わすのが原則です。
もし書面での更新手続きが毎年行われていなかったとしても、労働者が働き続け、企業もそれを黙認していれば、実質的に従前の条件で契約が更新されたとみなされる「黙示の更新」が成立することがあります。しかし、これは法的な解釈が複雑になるため、トラブルの元になりかねません。特に、前述の「無期転換ルール」との兼ね合いで、契約更新のプロセスは非常に重要です。契約期間満了時には、必ず企業に書面による契約更新の意思表示と、新たな労働条件の提示を求めるようにしましょう。
雇用契約書は法的な作成義務こそありませんが、労使間のトラブルを未然に防ぎ、労働条件を明確にするための極めて重要な書類です。口頭での合意だけでは、後々に「言った」「言わない」の認識のずれが生じ、給与、労働時間、退職条件など、あらゆる面で紛争の原因となりかねません。
万が一、雇用契約書がもらえない場合は、まずは法律で交付が義務付けられている労働条件通知書の交付を企業に求めましょう。それでも対応されない場合や、労働条件に疑問がある場合は、メールや書面で詳細な提示を依頼するなど、適切な対処を行うことが肝要です。
企業が法的な義務を果たさない、または不当な労働条件を強いる場合は、最寄りの労働基準監督署や弁護士などの公的機関・専門家に相談することも検討してください。自身の権利を守り、安心して働くためにも、雇用契約書の内容確認と適切な手続きの重要性を認識し、積極的に行動することが大切です。
まとめ
よくある質問
Q: 雇用契約書はいつまでに結ぶべきですか?
A: 雇用契約書は、原則として労働条件が確定した時点、つまり内定後から入社までの間、遅くとも入社日までに締結(交付)されるべきです。口頭での合意だけでは、後々のトラブルの原因となり得ます。
Q: 雇用契約書を書いてもらえない、またはもらえない場合はどうすればいいですか?
A: 雇用契約書を交付しないことは、労働基準法違反にあたる可能性があります。まずは会社に書面での交付を求め、応じない場合は、労働基準監督署への相談や、弁護士などの専門家への相談を検討しましょう。
Q: 口約束で進めてしまった場合、後から雇用契約書を求めることはできますか?
A: 口約束であっても、労働条件が合意されていれば、それは労働契約として成立します。後から書面での交付を求めることは可能です。ただし、口約束だけでは証明が難しいため、書面での確認が重要です。
Q: 雇用契約書に嘘や事実と異なる内容が書かれている場合はどうなりますか?
A: 雇用契約書の内容が事実と異なる、または意図的に嘘が記載されている場合、その契約は無効となる可能性があります。労働条件の不利益変更は原則として無効ですので、速やかに会社に訂正を求め、応じない場合は専門家へ相談しましょう。
Q: 雇用契約書なしでバックレられた場合、会社側はどうなりますか?
A: 会社側が雇用契約書を適切に締結・交付していなかった場合、求職者(従業員)がバックレた際の法的責任を問うことが難しくなる可能性があります。雇用契約書は、双方の責任を明確にするためにも不可欠です。
