1. 「臨時的な特別の事情」とは具体的にどのような状況を指すのか
    1. 臨時的・例外的な事由の定義とその背景
    2. 認められる事由と認められない事由の線引き
    3. 具体例から見る企業が取るべき対策
  2. 時間外労働の労使協定(36協定)の必要性と記載内容
    1. 36協定の法的根拠と企業に課せられる義務
    2. 特別条項の役割と遵守すべき絶対的上限規制
    3. 36協定の具体的な記載事項と特別条項の必須項目
  3. 様式第9号・様式第9号の2について~労使協定のひな形と書き方のポイント
    1. 一般条項と特別条項で使い分ける様式
    2. 特別条項における「臨時的な事由」の書き方
    3. 健康確保措置の記載と実効性確保の注意点
  4. 時間外労働の例外規定と猶予措置について
    1. 36協定の絶対的上限と遵守の重要性
    2. 適用除外業種と猶予措置の現状
    3. 労働時間管理の徹底とデジタル化の推進
  5. 時間外労働の理由を適切に記載するための注意点
    1. 具体性と客観性の担保が協定の有効性を左右する
    2. 頻繁な利用は避けるべき理由と抜本的対策の重要性
    3. 労使間の十分な協議と労働者への周知義務
  6. まとめ
  7. よくある質問
    1. Q: 「臨時的な特別の事情」とは、具体的にどのようなケースが該当しますか?
    2. Q: 時間外労働の労使協定(36協定)は、どのような場合に必要ですか?
    3. Q: 労使協定のひな形(様式第9号、様式第9号の2)はどこで入手できますか?
    4. Q: 時間外労働の「例外」や「猶予」といった規定はありますか?
    5. Q: 労使協定に記載する時間外労働の「理由」は、どのように書けばよいですか?

「臨時的な特別の事情」とは具体的にどのような状況を指すのか

臨時的・例外的な事由の定義とその背景

労働基準法では、原則として法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える労働や法定休日における労働を禁止しています。しかし、事業運営上やむを得ない事情がある場合に限り、労使間で「時間外労働・休日労働に関する協定(36協定)」を締結することで、例外的に時間外労働を許可しています。この36協定において、さらなる例外として設けられているのが、通常の時間外労働の上限を超えて労働させることを可能にする「特別条項」です。

特別条項が適用されるのは、まさに「臨時的な特別の事情」がある場合に限定されます。ここでいう「臨時的な特別の事情」とは、突発的なトラブル対応や、通常では予見できない業務量の急激な増加など、あくまで一時的・例外的に発生する事由を指します。例えば、以下のようなケースが該当し得ます。

  • 決算業務
  • 商品の納期が差し迫っている場合
  • 機械トラブルや大規模クレームへの緊急対応
  • 製品に不具合が生じ、緊急でリコール対応が必要になった場合

「何となく忙しくなりそうだから」「残業枠を多めに確保しておきたい」といった曖昧な理由や、恒常的な人手不足による残業は「臨時的な特別の事情」とは認められません。労働者の健康と安全を守るという法の趣旨から、その判断は厳格に行われます。

認められる事由と認められない事由の線引き

「臨時的な特別の事情」として認められるか否かの線引きは、その事由の「予見可能性」「突発性」「緊急性」「一時性」が重要な判断基準となります。例えば、決算業務は毎年発生しますが、その年の経済状況や突発的な税務対応により、通常予測し得ないほどの業務量が発生した場合に限って「臨時的」と認められる可能性があります。しかし、毎年恒常的に残業が常態化している場合は、人員配置や業務フローの見直しで対応すべき問題であり、「臨時的な特別の事情」には該当しません。

一方で、機械トラブルや大規模なシステム障害、製品リコールといった事態は、その発生を事前に予測することが困難であり、かつ企業活動や顧客への影響が大きいことから、緊急かつ一時的な対応が必要となります。このような場合は、特別条項の適用が適切と判断される可能性が高いです。重要なのは、その事由が「通常では予測できないレベルの事態」であること、そして「一時的で緊急性が高い」こと、この二点に集約されます。

労使協定に記載する際にも、これらの基準に基づき、具体的かつ客観的に「なぜ臨時的・特別なのか」を説明できる事由である必要があります。抽象的な表現では、労働基準監督署への届出時に指摘を受け、修正を求められる可能性が高まりますので注意が必要です。

具体例から見る企業が取るべき対策

具体的なケースを見てみましょう。

  • 決算業務:毎年発生する業務ですが、法改正への対応や、予期せぬ監査対応などで急激に業務量が増加した場合。企業は、通常業務の中で決算準備の効率化や人員のスキルアップを図り、特別条項に頼らない体制を目指すべきです。
  • 商品の納期が迫っている:突発的な大量受注、原材料供給の遅延、生産設備の予期せぬ故障など、事前に予測困難な事情で納期が逼迫した場合。生産計画の柔軟性向上やサプライチェーンの多角化などが予防策として考えられます。
  • 機械トラブルや大規模クレームへの対応:予期せぬ故障や顧客からの緊急対応は、迅速な対処が求められます。日頃からの設備メンテナンスの徹底や、危機管理体制の構築が重要となります。
  • 製品リコール対応:製品の不具合発覚による緊急回収・改修は、企業の信頼に関わる重大事態です。品質管理の徹底、リコール発生時の緊急対応フローの整備が求められます。

これらの具体例からもわかるように、「臨時的な特別の事情」とは、あくまで企業の努力では避けられない突発的な事態を指します。企業としては、特別条項の安易な利用に走るのではなく、まずは恒常的な残業が発生しないよう、人員配置の見直し、業務プロセスの改善、デジタル化による業務効率化、従業員のマルチスキル化など、抜本的な対策を講じることが重要です。特別条項は、あくまで最終手段として位置づけられるべきであると認識しておきましょう。

時間外労働の労使協定(36協定)の必要性と記載内容

36協定の法的根拠と企業に課せられる義務

労働基準法第32条では、労働時間の上限を「1日8時間、1週40時間」と定めており、これを「法定労働時間」と呼びます。この法定労働時間を超えて従業員に残業をさせたり、法定休日(週に1回、または4週に4回の休日)に労働させたりすることは、原則として禁じられています。しかし、事業運営上やむを得ない場合があるため、労働基準法第36条に基づき、労使間で「時間外労働・休日労働に関する協定」を締結することが認められています。この協定は、通称「36(サブロク)協定」と呼ばれています。

36協定を締結し、所轄の労働基準監督署に届け出ることなく法定労働時間を超える労働や法定休日労働を従業員にさせた場合、企業は労働基準法違反となります。違反が発覚した場合、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則が科される可能性があります。これは、労働者の健康と生活を守るために国が定めた最低限のルールであり、企業はこれを遵守する義務があります。単に罰則を避けるためだけでなく、従業員が安心して働ける環境を整備するためにも、36協定の適正な締結・運用は極めて重要です。

36協定は、使用者と、労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者との間で締結されます。これにより、労働者の意思が反映された適正なルールが形成されることが期待されています。

特別条項の役割と遵守すべき絶対的上限規制

通常の36協定では、時間外労働の上限は原則として「月45時間・年360時間」と定められています。しかし、前述の「臨時的な特別の事情」がある場合に限り、この上限を超えて労働させることが認められるのが「特別条項」です。特別条項を適用することで、通常の限度時間を超える時間外労働が可能となりますが、これには厳格な条件と、さらに遵守すべき絶対的な上限規制が設けられています。

2019年4月(中小企業は2020年4月)に施行された改正労働基準法により、特別条項を設ける場合でも、以下の時間外労働の上限規制は法律で罰則付きで義務付けられています。これらは絶対に超えてはならないラインです。

  • 年間の時間外労働は720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計について、2ヶ月〜6ヶ月の平均がすべて月80時間以内
  • 時間外労働が月45時間を超えられるのは、年6ヶ月まで

これらの上限規制は、労働者の健康被害を未然に防ぐことを目的として設定されており、企業は特別条項を締結する際にも、これらの絶対的な上限を常に意識し、遵守する責任があります。これを怠ると、罰則の対象となるだけでなく、企業の社会的信頼を大きく損なうことになります。

36協定の具体的な記載事項と特別条項の必須項目

36協定届には、労働基準法施行規則第16条で定められた以下の項目を漏れなく記載する必要があります。

  1. 時間外労働、休日労働をさせることができる労働者の範囲:時間外労働・休日労働の対象となる業務の種類や労働者数を具体的に記載します。
  2. 時間外労働、休日労働をさせることができる期間:協定の有効期間を定めます。原則として最長1年間です。
  3. 時間外労働、休日労働をさせる必要のある具体的事由:どのような場合に時間外労働・休日労働をさせる必要があるのかを具体的に記載します。
  4. 時間外労働、休日労働をさせることができる時間・日数:上限となる時間や日数を定めます。通常の36協定であれば月45時間・年360時間以内などです。
  5. 厚生労働省令で定める事項:協定の有効期間、割増賃金率(法定の25%以上、深夜労働や月60時間超の場合は50%以上など)、健康・福祉確保措置などを記載します。

特に特別条項を設ける場合は、専用の様式(様式第9号の2)を使用し、上記の項目に加え、以下の事項を明確に記載する必要があります。

  • 臨時的で具体的な事由:前述の通り、「臨時的な特別の事情」を具体的かつ客観的に記載します。
  • 延長時間の上限:特別条項を適用した場合の時間外労働の延長時間を、通常の限度時間(月45時間・年360時間)を超えて、特別に延長できる時間として明記します。ただし、前述の絶対的上限(年720時間、月100時間未満など)の範囲内である必要があります。
  • 従業員の健康確保措置:限度時間を超えて労働させる場合に、労働者の健康を確保するために講じる措置を具体的に記載します。例えば、医師による面接指導、深夜業の回数制限、勤務間インターバル制度の導入などが挙げられます。

これらの記載事項は、労働基準監督署による審査の対象となり、不備があれば受理されず、再提出を求められることになります。記載内容の不備は協定の無効にも繋がりかねないため、正確かつ具体的に記載することが不可欠です。

様式第9号・様式第9号の2について~労使協定のひな形と書き方のポイント

一般条項と特別条項で使い分ける様式

36協定を締結し、労働基準監督署に届け出る際には、厚生労働省が定める所定の様式を使用します。主な様式には、「様式第9号」と「様式第9号の2」の二種類があります。

  • 様式第9号(一般条項):

    これは、労働者に対して時間外労働や休日労働をさせる場合で、通常の限度時間(月45時間・年360時間など)の範囲内に収める場合に用いられる様式です。最も一般的な36協定の様式であり、多くの企業で利用されています。法定労働時間を超える時間を設定し、その時間を超えることのないように運用するための基本的な枠組みを定めます。

  • 様式第9号の2(特別条項):

    こちらは、「臨時的な特別の事情」がある場合に、上記の通常の限度時間を超えて時間外労働をさせる必要があるときに用いられる様式です。この様式には、通常の36協定の記載事項に加え、特別条項を適用するための具体的な事由、延長できる時間の上限、そして労働者の健康確保措置について、詳細を記載する欄が設けられています。労働者の健康を守るため、その記載内容は様式第9号よりも厳格かつ詳細な情報が求められます。

企業は、自社の時間外労働の実態や必要性に応じて、どちらの様式を提出すべきかを判断する必要があります。厚生労働省のウェブサイトには、最新の様式が公開されており、記入例なども参照できますので、作成前に必ず確認するようにしましょう。

特別条項における「臨時的な事由」の書き方

様式第9号の2で特別条項を締結する際、最も重要な項目の一つが、「臨時的な特別の事情」を具体的に記載する部分です。この記載内容が曖昧であったり、具体性を欠いたりすると、労働基準監督署から受理を拒否されたり、協定が無効と判断されたりする可能性があります。

NG例:

  • 「業務の都合上」「繁忙期のため」「来客対応のため」「人員不足のため」
  • 「業務上やむを得ない場合」

これらの表現は、恒常的な業務の延長と捉えられやすく、特別条項を適用するに足る「臨時性」や「特別性」が認められません。

OK例:

  • 「突発的な機械故障発生時における緊急修理対応のため」
  • 「大規模なシステム障害発生時における緊急復旧作業のため」
  • 「顧客からの予期せぬ大量受注による納期逼迫のため、かつ、他の労働者では対応が困難な場合」
  • 「年次の決算業務、及び事業年度末に集中する棚卸業務において、通常予測し得る範囲を超える業務量が発生した場合に限る」
  • 「災害発生時における復旧作業のため」

ポイントは、「何が原因で、いつ、どのような状況で、どれくらいの規模の業務量が増加し、それがなぜ予測不能かつ臨時的であるのか」を具体的に記述することです。必要に応じて、対象業務、対象期間、発生条件などを詳細に記載し、客観的に誰もが「臨時的で特別」だと納得できる内容にすることが求められます。

健康確保措置の記載と実効性確保の注意点

特別条項付き36協定(様式第9号の2)を締結する際には、時間外労働の延長によって労働者の健康が損なわれることがないよう、具体的な健康確保措置を講じ、それを協定書に明記することが義務付けられています。これは、単に形式的に記載すればよいというものではなく、実際にその措置が運用され、労働者の健康が守られることが重要です。

協定書に記載すべき健康確保措置の例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 医師による面接指導:時間外労働が一定時間を超えた労働者に対し、医師による面接指導の機会を設けます。
  • 深夜業の回数制限:深夜労働が常態化しないよう、回数に上限を設けます。
  • 勤務間インターバル制度の導入:終業から始業までの間に一定時間以上の休息時間を確保します。
  • 代償休暇の付与:特別条項により時間外労働が発生した場合に、労働者の請求に応じて通常の賃金が支払われる休暇を付与します。
  • 健康診断の実施:通常の定期健康診断に加え、必要に応じて臨時の健康診断を実施します。
  • 産業医等による助言・指導:長時間労働者への産業医による助言や、事業場全体の労働時間管理に対する指導を受けます。
  • 労働時間管理の徹底:労働者の労働時間を正確に把握し、上限に近づいた際にアラートを発するシステムを導入します。

これらの措置は、労働者の健康を確保するために実効性のあるものでなければなりません。労基署は、協定書に記載された措置が実際に講じられているかを確認します。単に記載するだけでなく、社内規定に盛り込み、従業員への周知と徹底を図り、運用状況を記録しておくことが重要です。適切な健康確保措置を講じることで、労働者のモチベーション維持や生産性向上にもつながります。

時間外労働の例外規定と猶予措置について

36協定の絶対的上限と遵守の重要性

時間外労働の上限規制は、2019年4月(中小企業は2020年4月)に施行された働き方改革関連法により、それまでの努力義務から罰則付きの法的義務へと変更されました。これは、特別条項付き36協定を締結した場合でも、絶対に超えてはならない上限が明確に定められたことを意味します。

具体的には、以下の絶対的な上限規制が存在します。

  • 時間外労働は年720時間以内であること。
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満であること。
  • 時間外労働と休日労働の合計について、2ヶ月から6ヶ月の平均がすべて月80時間以内であること。
  • 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6ヶ月までであること。

これらの上限は、労働者の健康保護のために極めて重要なラインであり、これに違反した場合には、企業に対して労働基準法違反として罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科される可能性があります。また、単に罰則だけでなく、長時間労働による健康問題の発生は、企業の社会的信用の失墜、優秀な人材の離職、さらには損害賠償請求に発展するリスクも伴います。企業のコンプライアンスを確保し、持続可能な経営を行う上で、これらの絶対的上限の遵守は最優先事項と言えるでしょう。

適用除外業種と猶予措置の現状

時間外労働の上限規制の適用にあたっては、一部の事業や業種において、業務の特性や労働慣行への配慮から、適用が除外されたり、一定期間猶予措置が講じられたりしていました。しかし、これらの猶予期間は順次終了し、2024年4月1日からは、原則として全ての事業・業種で上限規制が適用されています。

特に注目すべきは、いわゆる「2024年問題」として広く知られている以下の業種です。

  • 建設事業:2024年4月1日より、他の業種と同様に上限規制が適用されました。ただし、災害時における復旧及び復興の事業については例外規定があります。
  • 自動車運転の業務:2024年4月1日より、特別条項を締結する場合でも、年間960時間という新たな上限規制が適用されました。月100時間未満、2〜6ヶ月平均80時間以内などの規制は引き続き適用されます。
  • 医師:2024年4月1日より、医療機関の種別や業務内容に応じた新たな時間外労働の上限(A水準:年960時間、連携B/B水準:年1860時間)が適用されました。
  • 鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業:これらの業種も、2024年4月1日より規制が適用されました。

このように、これまで適用が除外・猶予されていた業種も、法改正によって新たな時間外労働の上限規制の対象となっています。企業は自社の業種が過去に猶予措置の対象であったとしても、現状の法規制を正しく理解し、適切な労働時間管理体制を構築する必要があります。猶予期間は終了し、全ての企業が新たな上限規制に対応する責任を負っています。

労働時間管理の徹底とデジタル化の推進

時間外労働の上限規制を確実に遵守し、労働者の健康を守るためには、正確かつ厳格な労働時間管理が不可欠です。従来のタイムカードや手書きの出勤簿だけでは、正確な労働時間把握やリアルタイムでの状況把握が難しい場合があります。

そこで、勤怠管理システムの導入など、労働時間管理のデジタル化を推進することが有効な対策となります。デジタルシステムを活用することで、以下のようなメリットが期待できます。

  • 正確な記録:ICカード、生体認証、PCのログオン・ログオフ履歴などにより、客観的な労働時間を正確に記録できます。
  • リアルタイムでの把握:従業員一人ひとりの労働時間をリアルタイムで把握し、上限時間に近づいた際に自動でアラートを出すことが可能です。これにより、管理職が早期に業務調整や残業指示の抑制を行うことができます。
  • 管理工数の削減:集計作業や給与計算への連携が自動化され、管理部門の負担を軽減できます。
  • 客観的なデータ:労働時間のデータを基に、特定の部署や業務に過度な負担がかかっていないかを分析し、業務改善や人員配置の見直しに活用できます。

また、管理職は、部下の労働時間を常に意識し、業務の偏りがないか、効率的な進め方ができているかなどを定期的に確認する役割を担います。労働時間管理は、単なる法令遵守のためだけでなく、業務効率化、生産性向上、ひいては企業全体の競争力強化にも繋がる重要な経営課題として捉えるべきでしょう。

時間外労働の理由を適切に記載するための注意点

具体性と客観性の担保が協定の有効性を左右する

36協定の「臨時的な特別の事情」を記載する際、その具体性と客観性は、協定の有効性を担保する上で最も重要な要素となります。労働基準監督署は、提出された協定書の内容が、法の趣旨に沿ったものであるかを厳しく審査します。抽象的であったり、企業の都合の良い解釈を許すような記載は、原則として認められません。

例えば、「業務多忙のため」「通常業務の範囲内で発生する残業のため」といった記載は、恒常的な業務の延長と判断され、特別条項を適用するに足る「臨時的な特別の事情」としては認められません。重要なのは、「なぜ、その事由が臨時的かつ特別なのか」を第三者が客観的に理解できる形で説明することです。

具体的には、「〇〇事業において、予期せぬ△△(具体的な事象:例、大規模システム障害、緊急リコール対応)が発生し、その復旧に緊急を要するため」といったように、事由の背景、内容、緊急性、臨時性を明確にする必要があります。また、「年間を通じて特定の時期に発生するが、その業務量が年によって大幅に変動し、通常予測できないレベルの増加が見込まれる場合」といった条件付けも、その事由が特別であると納得させる上で有効な場合があります。労基署への届出前に、記載内容に不備がないか、社内で十分な検討と確認を行うことが不可欠です。

頻繁な利用は避けるべき理由と抜本的対策の重要性

特別条項は、あくまで「例外規定」であり、恒常的な利用は認められません。もし企業が特別条項を頻繁に適用している場合、それは「臨時的な特別の事情」が頻繁に発生しているのではなく、むしろ「恒常的な業務量に対して人員や体制が不足している」と判断されるリスクが高まります。このような状況は、労働基準監督署から指導の対象となり、改善命令を受ける可能性があります。

また、特別条項の頻繁な利用は、企業に以下のような様々な悪影響をもたらします。

  • 企業イメージの悪化:長時間労働が常態化している企業と認識され、社会的な信用を失う可能性があります。
  • 人材の流出:過度な残業は従業員の心身の負担となり、モチベーションの低下や、優秀な人材の離職に繋がりかねません。
  • 生産性の低下:長時間労働は、かえって集中力や創造性を低下させ、生産性の悪化を招くことがあります。

したがって、企業は特別条項に安易に頼るのではなく、業務フローの見直し、人員の適正配置、採用活動の強化、デジタル技術の導入による業務効率化など、抜本的な対策を講じることが重要です。特別条項は、あくまで緊急時における最終手段として位置づけ、その適用回数を最小限に抑える努力が求められます。

労使間の十分な協議と労働者への周知義務

36協定は、労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者(以下、労働者代表)との間で締結される必要があります。この締結にあたっては、形式的な押印や署名だけでなく、特別条項の必要性、設定される上限時間、具体的な健康確保措置について、労使間で十分に協議し、理解を得ることが極めて重要です。労働者代表が形式的に選出されただけで、実質的な協議が行われていない場合、協定の有効性が問われる可能性があります。

また、締結した36協定は、労働者全員に周知する義務が労働基準法第106条で定められています。周知を怠ると、協定の効力が否定される場合があるため、以下のいずれかの方法で必ず労働者に知らせる必要があります。

  • 事業場の見やすい場所への掲示、または備え付け
  • 書面を交付する
  • 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する

例えば、社内ネットワークやグループウェアに公開する、メールで一斉送信するなども有効な周知方法です。周知された協定の内容を労働者がいつでも確認できる状態にしておくことが求められます。適切な労使協議と周知を通じて、従業員が自身の労働条件を理解し、安心して業務に取り組める環境を整備することは、健全な企業運営の基盤となります。