「残業」という言葉は日常的に使われますが、そのルールや仕組みを正しく理解している人は意外と少ないかもしれません。

特に、2024年4月からは建設業や自動車運転業務など、これまで猶予されてきた業種にも時間外労働の上限規制が適用され、働き方が大きく変わっています。

本記事では、時間外労働の基本的な概念から、労働基準法で定められた具体的なルール、そして企業と労働者が知っておくべき注意点まで、わかりやすく徹底解説します。

ご自身の働き方や会社のルールが適切かどうか、ぜひ確認しながら読み進めてみてください。

時間外労働とは?分かりやすい概念と読み方

そもそも時間外労働って何?

時間外労働とは、法律で定められた「法定労働時間」を超えて労働することを指します。一般的に「残業」という言葉が使われますが、法律上の正式名称は「時間外労働」です。

法定労働時間は、労働基準法第32条によって「1日8時間、1週40時間」と定められています。

この時間を超えて従業員に労働させる場合、企業は労働基準監督署に「36協定(サブロク協定)」を届け出る必要があります。

たとえば、所定労働時間が1日7時間の会社で8時間働いた場合、1時間分の労働は「法定内残業」となり、8時間を超えて9時間働いた場合は、1時間分が「法定外残業」、つまり時間外労働に該当します。

なぜ時間外労働のルールが必要なの?

時間外労働に関するルールが必要な最大の理由は、労働者の心身の健康と生活を守るためです。

過度な時間外労働は、疲労の蓄積やストレスの増加につながり、健康被害やワークライフバランスの崩壊を招く可能性があります。

「働き方改革関連法」の施行により、時間外労働の上限規制が強化されたのも、このような背景があるためです。

適切なルールを設けることで、企業は従業員の健康を守り、生産性の向上や離職率の低下にもつなげることができます。

労働者にとっても、安心して働くことができる環境が保証されることになります。

「法定内残業」と「法定外残業」の違い

「残業」と一言で言っても、法律上は「法定内残業」と「法定外残業」の2種類に分けられます。

  • 法定内残業: 会社が定めた「所定労働時間」は超えるものの、労働基準法で定められた「法定労働時間(1日8時間、週40時間)」の範囲内で行われる労働です。この場合、割増賃金は発生せず、通常の賃金が支払われます。
  • 法定外残業: 労働基準法で定められた「法定労働時間(1日8時間、週40時間)」を超えて行われる労働です。これが一般的な「時間外労働」であり、割増賃金が発生します。

例えば、会社の所定労働時間が1日7時間の場合を考えてみましょう。

もし従業員が9時間働いたとすると、最初の1時間(7時間→8時間)は「法定内残業」となり、その次の1時間(8時間→9時間)が「法定外残業」、つまり時間外労働として割増賃金の対象となるのです。

時間外労働の基本ルールと労働基準法

労働基準法が定める「労働時間」の定義

労働基準法において、労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。

これは、実際に業務を行っている時間だけでなく、業務の準備や片付けの時間、研修や会議の時間など、使用者の指示によって拘束されている時間も含まれます。

一方で、休憩時間は労働時間には含まれません。休憩時間中は、労働者が使用者の指揮命令から解放され、自由に利用できる時間でなければならないとされています。

企業には、タイムカードやPCの使用時間記録、入退室記録などを用いて、従業員の労働時間を客観的に把握する義務があります。これにより、正確な労働時間管理と賃金計算が保証されます。

36協定(サブロク協定)の重要性

労働基準法では、原則として「1日8時間、1週40時間」を超える労働や、週1日の法定休日における労働は禁止されています。

しかし、繁忙期や緊急時など、企業活動においてこれらの法定時間を超えて労働させる必要が生じることもあります。

このような場合に、企業が適法に時間外労働や休日労働を従業員にさせるために、「36協定(時間外労働・休日労働に関する協定届)」の締結と労働基準監督署への届出が義務付けられています。

この協定は、労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者との間で締結し、原則として1年間の有効期間が設けられます。

36協定を締結・届け出ずに従業員に残業をさせたり、協定で定めた上限を超えて労働させたりした場合は、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。

割増賃金の基本原則

時間外労働、休日労働、深夜労働には、通常の賃金に加えて「割増賃金」が支払われます。これは、労働者への負担増に対する補償として、労働基準法によって定められています。

主な割増賃金率は以下の通りです。

  • 時間外労働(法定労働時間を超える労働): 25%以上
  • 月60時間を超える時間外労働: 50%以上
  • 休日労働(法定休日の労働): 35%以上
  • 深夜労働(22時~翌5時): 25%以上

これらの割増率は重複して適用される場合もあります。例えば、月60時間を超える時間外労働が深夜に行われた場合、割増率は合計で75%(50%+25%)以上となります。

特に重要な変更点として、2023年4月1日から、中小企業においても月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が50%以上に引き上げられました。これにより、全ての企業で同じルールが適用されることになっています。

時間外労働の要件と具体的な例

36協定が有効となるための条件

36協定を締結し、有効に機能させるためにはいくつかの重要な要件があります。

まず、労働者の代表者と使用者(企業)の間で書面による協定を締結する必要があります。労働者の代表者は、労働組合がある場合はその組合、ない場合は従業員の過半数を代表する者が適正な手続きで選出されなければなりません。

次に、締結した協定書は、管轄の労働基準監督署に届け出ることで初めて法的な効力を持ちます。届出を怠ると、協定があっても違法な時間外労働となってしまいます。

また、協定には時間外労働をさせる業務の種類、労働者の数、1日・1ヶ月・1年の延長できる時間数、有効期間などを具体的に明記する必要があります。

特別な事情で上限時間を超える可能性がある場合は、「特別条項付き36協定」を締結し、さらに詳細な要件(例えば、臨時的な特別の事情、具体的に事由を定める、上限時間の明記など)を満たす必要があります。

時間外労働が発生する具体的なケース

時間外労働は、企業のさまざまな状況下で発生します。

具体的な例としては、以下のようなケースが挙げられます。

  • 繁忙期: 年末年始のセール期間、決算期、新製品発売時期など、一時的に業務量が増大する時期。
  • プロジェクトの納期前: 大規模なシステム開発や建設プロジェクトなどで、納期が迫っている場合の集中作業。
  • 突発的な業務: 予期せぬトラブル対応、緊急の顧客対応、システム障害の復旧作業など。
  • 人手不足: 退職や休職者が出た場合の一時的な業務カバー、慢性的な人材不足。
  • 災害復旧・復興事業: 2024年4月からの適用猶予が終了した建設業でも、災害復旧・復興事業の一部には例外措置が設けられることがあります。

企業が時間外労働を命じる際には、これらのように合理的な業務上の必要性があることが前提となります。単に業務効率が悪いからといった理由だけでは、適法な命令とは言えません。

割増賃金の計算方法と具体例

割増賃金は、以下の計算式で算出されます。

「基礎賃金 ÷ 1ヶ月の平均所定労働時間 × 割増率 × 時間外労働時間数」

基礎賃金とは、基本給に加えて、役職手当や資格手当など、労働と直接関連する手当を含んだものです。ただし、家族手当や通勤手当など、個人的な事情に応じて支給される手当は除外されます。

具体的な計算例を見てみましょう。

【例】
月給:30万円(うち基本給25万円、役職手当2万円、通勤手当3万円)
1ヶ月の平均所定労働時間:160時間
ある月の時間外労働:50時間(うち20時間は月60時間超の部分、10時間は深夜時間帯に重複)
休日労働:10時間(深夜時間帯に重複なし)

まず、基礎賃金を計算します。

基礎賃金 = 基本給25万円 + 役職手当2万円 = 27万円

時給単価 = 27万円 ÷ 160時間 = 1,687.5円

次に、各時間外労働の割増賃金を計算します。

  • 月45時間までの時間外労働(30時間):
    1,687.5円 × 1.25 × 30時間 = 63,281円
  • 月60時間超の部分の時間外労働(20時間、うち10時間は深夜と重複):
    ・深夜でない10時間:1,687.5円 × 1.50 × 10時間 = 25,312円
    ・深夜と重複する10時間:1,687.5円 × (1.50 + 0.25) × 10時間 = 29,531円
  • 休日労働(10時間):
    1,687.5円 × 1.35 × 10時間 = 22,781円

この従業員のこの月の割増賃金は、合計で約14万906円となります。

このように、時間外労働の種類や時間帯によって割増率が異なるため、正確な計算には注意が必要です。

時間外労働の目安と上限(マックス)

時間外労働の原則的な上限規制

働き方改革関連法により、時間外労働には厳格な上限が設けられています。これは、2020年4月1日から中小企業を含むほとんどの企業に適用されています。

原則的な上限は、以下の通りです。

  • 月45時間
  • 年360時間

この上限は、労使で36協定を締結していても、原則として超えることはできません。

もしこの上限を超えて労働させた場合、企業は労働基準法違反となり、罰則の対象となります。労働者の健康と生活を守るための重要な規制であり、企業はこれを遵守する義務があります。

従業員側も、自分の時間外労働時間がこの原則的な上限を超えていないか、日頃から意識しておくことが大切です。

特別条項付き36協定における上限

原則的な時間外労働の上限(月45時間、年360時間)は、あくまで「原則」です。

業務が一時的に大幅に増加するなど、特別な事情がある場合には、「特別条項付き36協定」を締結することで、例外的に上限を超えて労働させることが可能になります。

ただし、この場合でも以下の厳しい上限規制が適用されます。

  • 年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計が、2~6ヶ月平均で80時間以内
  • 月45時間を超えることができるのは、年6ヶ月まで

これらの条件はすべて満たされなければならず、どれか一つでも違反すれば労働基準法違反となります。また、特別条項を適用できるのは、「臨時的な特別の事情」がある場合に限定され、恒常的な残業を許容するものではありません。

特定の事業・業務における特例と適用除外

2024年4月1日からは、これまで適用が猶予されていた一部の事業・業務にも、原則として時間外労働の上限規制が適用されています。

これは「働き方改革」の大きな節目と言えるでしょう。</ただし、それぞれの業務の特殊性を考慮し、特例や一部適用除外が設けられています。

主な特例・適用除外の例

事業・業務 2024年4月からの上限規制 備考
建設業 原則的な上限規制を適用(特別条項付き36協定の場合も上記「特別条項付き36協定における上限」に準じる) 災害復旧・復興事業については、時間外労働と休日労働の合計を月100時間未満、2~6ヶ月平均80時間以内とする規制は適用されません。
自動車運転業務 年間960時間以内 月100時間未満、2~6ヶ月平均80時間以内の規制、および月45時間を超える回数制限は適用されません。
医師 年間上限は最大1860時間となる場合あり(水準に応じて細かく規定) 月100時間未満、2~6ヶ月平均80時間以内の規制、および月45時間を超える回数制限は適用されません。医療法等に基づき、追加的健康確保措置が義務付けられています。
新技術・新商品等の研究開発業務 上限規制の適用除外 ただし、月100時間を超える時間外・休日労働を行った労働者には、医師による面接指導が義務付けられています。

これらの特例は、事業の特殊性を踏まえたものですが、労働者の健康確保措置が別途義務付けられるなど、企業にはより一層の配慮が求められています。

みなし残業と時間外労働の注意点

みなし残業(固定残業代)制度とは?

「みなし残業」とは、毎月一定時間分の残業代を、実際の時間外労働の有無にかかわらず、給与にあらかじめ含めて支払う制度のことです。正式には「固定残業代制度」と呼ばれます。

この制度自体は違法ではありませんが、適切な運用が求められます。

企業側としては、給与計算の簡素化や、従業員の残業抑制へのインセンティブといったメリットがあります。

しかし、従業員側は「残業代が給与に全て含まれている」と誤解し、いくら残業しても賃金が変わらないと感じてしまうことがあるため、導入時には制度内容を明確に説明することが不可欠です。

みなし残業制度の注意点とトラブル事例

みなし残業制度は便利である一方で、多くのトラブルの原因となることもあります。</主な注意点とトラブル事例を挙げます。

  • 固定時間を超えた場合の追加支払い義務:

    みなし残業時間を超えて労働した場合は、その超過分に対して別途、割増賃金を支払う義務があります。「固定残業代だからいくら残業しても同じ」という誤解がトラブルに繋がります。

  • 基本給と残業代の明確な区別:

    雇用契約書や就業規則において、基本給と固定残業代が明確に区別され、固定残業代に充当される時間数とその金額が明示されている必要があります。不明確な表示は違法となる可能性があります。

  • 「残業代込み」という誤解の防止:

    労働者に「残業代込み」とだけ伝えると、全ての残業代が含まれていると誤解されがちです。みなし残業時間の上限とその超過時の支払いについても丁寧に説明することが重要です。

  • 最低賃金違反のリスク:

    固定残業代を差し引いた基本給が、最低賃金を下回っていないか確認する必要があります。固定残業代は最低賃金算定の基礎となる賃金には含まれないため、この点で違反が生じるケースがあります。

企業はこれらの点に留意し、適正な運用と十分な説明を心がける必要があります。

企業が遵守すべきこと、労働者が知るべきこと

時間外労働のルールは複雑であり、企業と労働者双方に正しい理解と適切な行動が求められます。

企業が遵守すべきこと

  • 労働時間の客観的な把握:

    タイムカード、PCの使用時間記録、ICカードなどを用いて、従業員の労働時間を正確に把握し、記録する義務があります。

  • 就業規則・雇用契約書の確認・更新:

    法改正に対応した内容になっているか確認し、必要に応じて修正しましょう。特にみなし残業制度を導入している場合は、明示義務を徹底してください。

  • 勤怠管理システムの導入:

    法改正に対応した勤怠管理システムを導入することで、労働時間の管理が効率化され、法令遵守につながります。

  • 従業員への周知・研修:

    法改正の内容や新しいルールについて、従業員に周知し、理解を深めるための研修を実施しましょう。

  • 代替休暇の検討:

    月60時間を超える時間外労働については、従業員の同意があれば、割増賃金(50%以上)の支払いに代えて有給休暇(代替休暇)を付与することも可能です(労使協定の締結が必要)。

労働者が知るべきこと

  • 自分の労働時間を記録する:

    会社が労働時間を管理していても、自分でも記録をつけておくことで、もしもの時の確認に役立ちます。

  • 就業規則や雇用契約書を確認する:

    会社の時間外労働や賃金に関するルールを正しく理解しておくことが重要です。

  • 不明な点は会社に確認する:

    残業代の計算方法やみなし残業制度の内容など、疑問があれば積極的に会社に質問しましょう。

  • 必要であれば相談機関を利用する:

    会社との間で時間外労働に関するトラブルが生じた場合は、労働基準監督署や弁護士などの専門機関に相談することを検討してください。

時間外労働のルールを正しく理解し、企業と労働者が協力して適切な労務管理を行うことが、健全な職場環境を作る上で非常に重要です。