近年、日本の働き方は大きな変革期を迎えています。特に、大手IT企業を中心に「副業解禁」の動きが加速しており、社員一人ひとりのキャリアの可能性が大きく広がろうとしています。政府が2018年に「働き方改革」の一環として副業・兼業を推進して以来、多くの企業がこの流れに追随し、多様な働き方を許容する文化が根付き始めています。

かつては「副業禁止」が当たり前だった大手企業で、なぜ今、副業が解禁され、どのようなメリットや注意点があるのでしょうか。そして、私たち自身のキャリアにどのような影響をもたらすのでしょうか。本記事では、大手企業の副業解禁の現状から、その背景、具体的な事例、そして副業を成功させるためのヒントまで、幅広くご紹介していきます。

副業解禁の波:NTTグループ・NEC・パナソニックなど注目の企業

大手企業における副業解禁は、もはや特別なことではなく、新しい働き方のスタンダードとして定着しつつあります。この大きな流れは、政府の働き方改革推進を背景に、多くの企業が社員の成長と企業価値向上を見据えて加速させているものです。

加速する大手企業の副業容認トレンド

2018年に政府が「働き方改革」の一環として副業・兼業を推進し始めて以来、日本企業の働き方は大きく変貌を遂げてきました。特に、近年では多くの大手企業が副業解禁へと舵を切り、社員のキャリア形成を積極的に支援する動きが加速しています。これは、単に「お小遣い稼ぎ」という認識を超え、個人の成長と企業競争力の強化という両面からの期待が背景にあります。

経団連の2022年12月の調査によると、実に約7割の企業が副業・兼業を「認めている」または「認める予定」であると回答しており、このトレンドが一時的なものではないことを示しています。中でも、大企業ではその傾向が顕著であり、情報通信業においては52%の企業が既に副業を認めているというデータは、この分野での柔軟な働き方への意識の高さを示しています。コロナ禍でテレワークが普及したことも、場所や時間に縛られない働き方を可能にし、副業を後押しする大きな要因となりました。

こうした動きは、社員が本業以外の場所で経験を積み、新たなスキルを習得する機会を提供することで、個人の市場価値を高めると同時に、その知見を本業に還元し、組織全体の活性化に繋がる可能性を秘めているのです。

注目のIT・大手企業の導入事例

副業解禁の動きは、多岐にわたる大手企業で具体化しています。特にIT業界では先進的な取り組みが見られ、その中でも以下の企業は注目に値します。

  • サイボウズ: 2012年から「100人いれば、100通りの働き方」を掲げ、副業をオープンに認めています。社員のキャリア開発を積極的に後押しする文化が根付いており、多角的な経験を奨励しています。
  • メルカリ: 創業当初から副業に寛容な社風を持ち、社員のスキル発揮と外部ネットワーク構築を支援しています。個人の成長が企業の成長に直結するという考え方が浸透しています。
  • アサヒビール: 2020年1月から勤続5年以上の社員を対象に副業を解禁。さらに、副業のための「副業休暇制度」も導入しており、社員が安心して新たな挑戦ができる環境を整備しています。
  • ロート製薬: 2016年から「社外チャレンジワーク制度」を導入し、社員のキャリア形成を支援。2024年3月時点で192名の従業員が社内兼務にも挑戦するなど、多様な働き方を実践しています。
  • NTTデータ: SIer業界の大手として、副業を認める制度が存在し、実際に副業をしている社員のインタビュー記事も公開されています。これは、制度だけでなく実態としても副業が浸透していることを示します。
  • 日立製作所: 2023年10月からは、社内での別部署業務を可能にする「社内副業制度」と、事業領域外での挑戦を可能にする「社外副業制度」を導入し、社員の選択肢を広げています。

これらの事例は、企業が単に制度を設けるだけでなく、社員が積極的に副業に取り組めるようなサポート体制や企業文化の醸成にも力を入れていることを示唆しています。

多様化する副業の形態と企業側のニーズ

大手企業における副業解禁の動きは、単一的な制度ではなく、企業ごとにその形態が多様化している点も特徴です。多くの場合、申請制を導入している企業がほとんどであり、就業時間外に限定したり、自社事業との競合や利益相反に制限を設けたりすることで、企業としてのリスク管理を行っています。

一方で、社員のキャリア自律を促す観点から、社内での副業、すなわち「社内兼務」を認める制度を導入する企業も増えています。ロート製薬や日立製作所の事例のように、本業の会社の中で複数の部署やプロジェクトに携わることで、新たなスキルを習得したり、異なる視点を養ったりすることが可能になります。

企業側にとっても、副業解禁は大きなメリットをもたらします。柔軟な人材活用が可能になるだけでなく、社員が社外で獲得した専門スキルや知識を本業に持ち帰ることで、組織全体のリスキリングやイノベーション促進に繋がることを期待しています。また、近年では企業が直接、業務委託やフリーランスといった多様な働き方をする複業人材を積極的に募集するケースも増加しており、副業解禁は企業と個人の双方にメリットをもたらすWin-Winの関係性を築きつつあります。

なぜ今、大手企業は副業を解禁するのか?

かつては厳しい制限があった大手企業で、なぜこれほどまでに副業解禁の動きが加速しているのでしょうか。その背景には、社会情勢の変化や企業経営における新たな考え方が深く関わっています。

社員のキャリア自律と人的資本経営の推進

現代のビジネス環境は変化が激しく、個人が自身のキャリアを主体的に形成していく「キャリア自律」の重要性が高まっています。副業は、社員が本業だけでは得られない経験やスキル、知識を習得し、自身のキャリアの幅を広げるための強力な手段となります。新しい分野に挑戦したり、異なる業界の人々と交流したりすることで、個人の市場価値を高め、変化に強い人材へと成長することができます。

企業側も、社員一人ひとりの成長を支援することが、企業の持続的な成長に不可欠であると認識しています。これが「人的資本経営」という考え方です。社員のリスキリング(学び直し)を後押しし、本業以外の活動を通じて多様なスキルを獲得させることは、結果的に企業全体の競争力強化に繋がります。社員が自律的に学び、成長できる環境を提供することが、優秀な人材の定着にも貢献すると考えられています。

副業解禁は、社員が自身の可能性を最大限に引き出し、主体的にキャリアを築くための「投資」と捉えられているのです。

企業価値向上とイノベーション創出への期待

副業解禁は、社員個人だけでなく、企業全体に対しても多大なメリットをもたらします。まず、社員が多様な働き方を選択できることで、モチベーションの向上やエンゲージメントの強化に繋がり、結果として離職率の低下や生産性の向上に寄与します。これは、優秀な人材の定着に直結し、採用コストの削減という形で企業に利益をもたらします。

さらに重要なのは、イノベーションの促進です。社員が社外での副業を通じて得た新たな視点や専門知識、人脈は、本業に還元されることで、既存の事業に新たな発想や解決策をもたらす可能性があります。異なる業界の知見や技術が、予期せぬ形で本業と結びつき、新たな商品やサービスの研究開発、業務プロセスの改善に繋がることも期待されています。

このように、副業解禁は単なる福利厚生ではなく、企業が持続的な成長を遂げるための戦略的な経営施策として位置づけられているのです。柔軟な人材活用は、激変する市場環境において企業の競争力を維持・向上させる上で不可欠な要素となっています。

変化する労働市場と柔軟な人材確保

労働市場の構造が大きく変化していることも、大手企業が副業解禁に踏み切る大きな理由の一つです。少子高齢化による労働力人口の減少、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速に伴う専門スキルの需要増大など、企業を取り巻く人材環境は以前とは大きく異なります。

特にコロナ禍でテレワークが普及したことにより、場所にとらわれない働き方が一般化しました。これにより、企業は特定の地域に限定せず、全国、さらには海外からでも優秀な人材を確保できる可能性が高まりました。同時に、社員側も自身のスキルを活かせる場を、本業の会社だけに限定しないという意識が強まっています。

企業は、内部人材のリスキリングと同時に、外部の専門スキルを持つ人材を柔軟に活用したいというニーズが高まっています。副業・複業人材を積極的に募集することで、必要な時に必要なスキルを持ったプロフェッショナルを登用し、事業のスピードと柔軟性を向上させることができます。多様な働き方を認めることは、優秀な人材の獲得競争において、企業が選ばれるための重要な要素となっているのです。

副業解禁で変わる働き方:メリットと注意点

副業解禁は、個人そして企業双方に大きな変化とメリットをもたらします。しかし、その一方で、新たな働き方には留意すべき点も存在します。

個人のスキルアップと収入源の多様化

社員にとって、副業は自身のキャリア形成を加速させる強力なツールとなります。本業では経験できない分野に挑戦することで、新たな知識やスキルを習得する機会が飛躍的に増加します。例えば、本業がシステム開発であっても、副業でWebライティングやデザインを経験することで、マーケティングやコミュニケーション能力を磨くことができます。これは、将来的なキャリアパスの選択肢を広げ、市場価値を高めることに直結します。

また、副業は収入源を多様化し、経済的な安定性を高めるという実利的なメリットもあります。一つの収入源に依存するリスクを分散し、万が一の事態に備えることができるだけでなく、本業では到達しにくい収入目標の達成にも貢献します。さらに、副業を通じて得た経験や成功体験は、自己肯定感を高め、本業へのモチベーション向上にも繋がるでしょう。自身の「好き」や「得意」を仕事にすることで、やりがいや充実感を得られることも大きな魅力ですし、リスキリングの実践の場としても有効です。

企業にもたらされる多角的なメリット

副業解禁は、企業側にとっても多角的なメリットをもたらします。最も直接的な効果は、社員のエンゲージメントと定着率の向上です。多様な働き方を許容し、個人の成長を支援する企業文化は、社員の満足度を高め、企業への帰属意識を強化します。これにより、優秀な人材の流出を防ぎ、採用コストの削減にも貢献します。

さらに、副業によって社員が社外で培った新たなスキルや知見が本業に還元されることで、イノベーションの促進が期待されます。例えば、副業で得た顧客対応のノウハウが本業のサービス改善に繋がったり、別の業界のトレンドを本業の事業戦略に取り入れたりすることが可能になります。日立製作所が導入した「社内副業制度」のように、社内での兼務を認めることで、部署間の連携強化や組織全体の知の創造にも貢献します。

また、副業を認めることは、「従業員エンゲージメント」の向上、ひいては「人的資本経営」の実践として、企業のブランドイメージ向上にも繋がります。柔軟な働き方を提供する企業として、市場での採用競争力を高める効果も期待できるのです。

副業における注意点とリスク管理

副業解禁には多くのメリットがある一方で、個人および企業が留意すべき注意点やリスクも存在します。最も懸念されるのは「情報漏洩リスク」です。副業先で本業の機密情報やノウハウを意図せず開示してしまったり、逆に副業先の情報が本業に影響を及ぼしたりする可能性は常に意識しなければなりません。そのため、多くの企業では、競合する企業での副業を禁止したり、情報管理に関する誓約書の提出を義務付けたりしています。

次に、「本業への影響」も重要な懸念点です。副業に時間を割きすぎた結果、本業のパフォーマンスが低下したり、長時間労働による健康問題を引き起こしたりするリスクがあります。企業としては、社員が無理なく副業を継続できるよう、労働時間の管理や健康状態のモニタリングを行う必要があります。個人としても、自身のキャパシティを正確に把握し、本業と副業のバランスを適切に保つ自己管理能力が求められます。

これらのリスクを最小限に抑えるため、多くの企業では「申請制」を導入し、副業の内容や時間、期間などを事前に確認しています。社員は、副業を始める前に必ず自社の規定を確認し、必要であれば上長や人事部門に相談することが不可欠です。適切なリスク管理が、副業を成功させる鍵となるでしょう。

副業を成功させるためのステップ

大手企業での副業解禁は、キャリアを広げる絶好の機会です。しかし、やみくもに始めるのではなく、計画的に取り組むことが成功への鍵となります。ここでは、副業を成功させるための具体的なステップをご紹介します。

本業とのバランスを見極める

副業を始めるにあたって最も重要なのは、本業とのバランスを適切に保つことです。副業によって本業がおろそかになったり、体調を崩してしまっては本末転倒です。まず、自身のワークライフバランスを考慮し、副業に充てられる時間や労力の限界を明確に把握しましょう。就業時間外に限定されることがほとんどであるため、週末や平日の夜など、具体的な時間帯を想定し、無理のない範囲で計画を立てることが重要ですし、企業によっては副業休暇制度を設けている場合もあります。

また、企業が設定している副業に関するルール(例: 就業時間外限定、副業内容の事前申請、競合他社での副業禁止など)を遵守することは絶対条件です。これらのルールを無視して副業を進めてしまうと、思わぬトラブルに発展する可能性があります。本業に影響が出ないよう、時間管理スキルやタスク管理能力を磨き、効率的に業務を進める工夫も求められます。自分自身のキャパシティを過信せず、時には軌道修正する柔軟性も持ち合わせましょう。

目的を明確にし、計画的に取り組む

「なぜ副業をするのか」という目的を明確にすることが、副業成功の第二歩です。単に収入を増やしたいのか、それとも新しいスキルを習得したいのか、人脈を広げたいのか、将来的な独立を見据えているのか。目的によって選ぶ副業の種類や取り組み方が大きく変わってきます。例えば、スキルアップが目的なら、未経験の分野でもチャレンジできる案件を選ぶべきですし、収入増が目的なら、得意なスキルを活かして高単価な案件を狙うべきでしょう。

目的が明確になったら、具体的な目標設定とロードマップを作成しましょう。例えば、「半年でWebサイトを一つ制作し、ポートフォリオにする」「年間で副業収入〇万円を達成する」といった具体的な目標を設定します。そして、その目標を達成するために必要なスキルや知識を洗い出し、いつまでに何を学ぶか、どのような行動をとるかを計画に落とし込みます。計画は、PDCAサイクル(計画→実行→評価→改善)を回しながら、定期的に見直し、柔軟に調整していくことが成功への近道です。

企業のルールと自身のスキルを理解する

副業を開始する前に、まず所属企業の副業規定を詳細に確認し、そのルールを完全に理解することが不可欠です。申請プロセス、許可される副業の範囲、競合に関する制限、情報漏洩対策など、企業によって規定は大きく異なります。不明な点があれば、必ず上長や人事部門に相談し、誤解がないようにしましょう。特に、機密情報の取り扱いや、本業の顧客・取引先との関係性には細心の注意を払う必要があります。

次に、自身のスキルや強みを客観的に評価することも重要です。自分が何が得意で、どのような知識や経験を持っているのかを棚卸しすることで、副業として提供できる価値を明確にできます。また、市場でどのようなスキルが求められているのか、自身のスキルがどの程度通用するのかをリサーチすることも大切です。もし、希望する副業に必要なスキルが不足していると感じたら、オンライン講座や書籍などを活用して、事前にリスキリングに取り組む意欲も持ちましょう。自身のスキルと市場のニーズをマッチングさせることが、副業選びの重要なポイントとなります。

あなたのキャリアも広がる?副業解禁の未来

大手企業における副業解禁の動きは、単なる一過性のブームではなく、日本の働き方や個人のキャリア形成に根本的な変化をもたらす、大きな潮流の一部と言えます。この変化の波は、私たち一人ひとりの未来にどのような影響を与えるのでしょうか。

多様な働き方が標準となる時代へ

今後、大手IT企業を中心に副業解禁の動きはさらに加速し、多様な働き方が「標準」となる時代が訪れると予測されます。かつては「一つの会社で一生勤め上げる」というキャリアパスが一般的でしたが、これからは「複数キャリア」や「ポートフォリオキャリア」といった、複数の仕事やプロジェクトを並行して進める働き方が主流になるでしょう。個人は、自身のスキルや興味に応じて、自由に働き方を選択できるようになります。

企業側も、多様な働き方を提示できることが、優秀な人材を獲得し、維持するための必須条件となります。柔軟な働き方を提供できない企業は、市場で選ばれにくくなる可能性が高いです。また、テクノロジーの進化により、リモートワークやオンラインでのコラボレーションがより一層容易になることで、地理的な制約も薄れ、副業の選択肢はさらに広がるでしょう。これは、地方在住者が都市部の大手企業の仕事に携わったり、専門スキルを持つ個人が世界中のプロジェクトに参加したりする機会を創出します。

個人のキャリア自律がより重要に

副業解禁によって働き方の選択肢が広がることは喜ばしいことですが、その分、「個人のキャリア自律」がこれまで以上に重要になります。企業が多様な選択肢を提供しても、最終的に自身のキャリアをどのように設計し、どの道を選ぶかは、個人に委ねられるからです。受動的に与えられた仕事だけをこなすのではなく、自身のキャリア目標を明確にし、その達成のためにどのようなスキルを身につけ、どのような経験を積むべきかを主体的に考える必要があります。

副業は、まさにこのキャリア自律を実践するための強力なツールです。自己分析を通じて自身の強みや興味を見つけ出し、それを副業で試行錯誤することで、新たな可能性を発見できます。また、本業では得られない知識やスキルを習得し、自身の市場価値を高めるための実践の場としても活用できます。情報収集能力、目標設定能力、そして自ら行動を起こす実行力といった、キャリア自律に必要なスキルを副業を通じて磨いていくことができるでしょう。

社会全体の生産性向上と新たな価値創造

副業解禁の動きは、個人や企業だけでなく、社会全体にも大きなポジティブな影響をもたらす可能性があります。社員一人ひとりが副業を通じてスキルアップし、新たな経験を積むことで、社会全体の労働生産性の向上に貢献します。異なる分野や業界の知見が交流し、融合することで、これまでにないイノベーションや新たな価値が生まれる土壌が育まれるでしょう。

柔軟な労働市場が活性化することで、眠っていたスキルや才能が掘り起こされ、社会の様々な課題解決に貢献する可能性も広がります。例えば、本業では事務職だが、副業で地域活性化プロジェクトに関わることで、新たなコミュニティやサービスが生まれるといった事例も増えていくかもしれません。これは、多様な人材がそれぞれの強みを最大限に発揮し、社会全体がよりダイナミックに発展していく未来を示唆しています。

副業解禁は、単なる企業の制度変更に留まらず、私たちの働き方、生き方、そして社会のあり方そのものを豊かにしていく可能性を秘めているのです。この大きな変化の波に乗り、自身のキャリアを主体的に広げていく準備を始めましょう。