概要: ストックオプションは、従業員のモチベーション向上や優秀な人材確保に有効な制度です。しかし、デメリットや税金面での注意点も存在します。本記事では、ストックオプションの基本から税制適格ストックオプションの活用法までを解説します。
ストックオプションのメリット・デメリットと税制適格の活用術
ストックオプションは、企業の成長を支える強力なインセンティブ制度として、多くの企業で導入されています。特にスタートアップや成長企業にとっては、優秀な人材を惹きつけ、企業価値向上へのコミットメントを高めるための重要なツールです。しかし、その仕組みや税制は複雑であり、メリットとデメリットを十分に理解した上で活用することが求められます。
この記事では、ストックオプションの基本から、企業と従業員双方にとってのメリット・デメリット、そして税制上の優遇措置を受けられる「税制適格ストックオプション」の活用術までを、分かりやすく解説します。
ストックオプションとは?新株予約権との違いも解説
ストックオプションは、企業が役員や従業員に、あらかじめ決められた価格で自社の株式を購入できる権利を付与する制度です。この権利を行使し、取得した株式を市場価格で売却することで、その差額を利益として得ることができます。企業の成長とともに株価が上昇すれば、大きな利益が期待できるため、従業員のモチベーション向上や優秀な人材の確保に貢献します。
ストックオプションの基本的な仕組み
ストックオプションの最も基本的な仕組みは、将来のある時点で、現在の株価、またはそれ以上の固定された「権利行使価額」で自社株を購入できる権利を付与することです。例えば、現在の株価が1,000円のときに、将来1,000円で株を購入できる権利が与えられたとします。もし株価が5年後に5,000円に上昇していれば、従業員は1,000円で株を買い、5,000円で売ることで、1株あたり4,000円の利益を得られるわけです。
この制度は、従業員が会社の株主となることで、自身の報酬が会社の業績や株価に連動するという意識を高めます。結果として、個々人の業務への貢献意欲が向上し、企業全体の成長を加速させるインセンティブとなるのです。特に、資金力が限られるスタートアップ企業では、魅力的な報酬の一部としてストックオプションを積極的に活用しています。
新株予約権との関係性
ストックオプションは、法的には「新株予約権」の一種です。新株予約権とは、株式会社に対して、その会社の株式を所定の条件で取得できる権利を指します。ストックオプションは、この新株予約権の中でも特に、企業の役員や従業員(場合によっては外部協力者)にインセンティブとして付与されるものを指す、という位置づけになります。
一般的な新株予約権は、広く投資家向けに発行される場合もありますが、ストックオプションは、会社の事業を推進する「人」に焦点を当てた制度である点が特徴です。つまり、企業と従業員が共に企業価値向上を目指すための強力なツールとして機能するのです。付与された権利は、原則として定められた期間内に行使されなければ消滅します。
なぜ企業はストックオプションを導入するのか
企業がストックオプションを導入する最大の理由は、従業員や役員のモチベーションを高め、企業価値向上への貢献意欲を引き出すためです。特に、成長途上の企業やスタートアップでは、潤沢な現金を報酬として支払うことが難しいケースも少なくありません。そのような状況下で、将来の企業価値向上という夢を共有し、その果実を従業員と分かち合う手段としてストックオプションは非常に有効です。
これにより、優秀な人材を確保・定着させることができるだけでなく、従業員が「自分ごと」として会社の成長を捉えるようになります。結果として、長期的な視点での経営が促進され、株主と従業員の利益が一致するという好循環が生まれるのです。また、成果主義的な報酬体系を導入したい企業にとっても、株価と連動するストックオプションは魅力的な選択肢となります。
ストックオプションのメリット:企業と従業員双方に
ストックオプションは、付与される従業員だけでなく、制度を導入する企業側にも多くのメリットをもたらします。双方にとっての恩恵を理解することで、ストックオプションの真価が見えてくるでしょう。
従業員側:大きなリターンとモチベーション向上
従業員にとっての最大のメリットは、会社の成長とともに株価が上昇した場合に、大きなキャピタルゲイン(売却益)を得られる可能性がある点です。特に「税制適格ストックオプション」であれば、権利行使時に課税されず、株式売却時に譲渡所得として一律20.315%(所得税・復興特別所得税15.315%、住民税5%)の税率が適用されます。これは、一般的な給与所得として最大55%が課税される「税制非適格ストックオプション」と比較して、税負担を大幅に軽減できるため、手元に残る利益が大きくなります。
このような大きなリターンの可能性は、従業員の仕事に対するモチベーションを飛躍的に向上させます。自身が会社の成長に貢献することが直接的に自身の報酬に繋がるため、「会社の未来は自分たちの手にかかっている」というオーナーシップ意識が芽生え、より一層業務に邁進する原動力となるのです。
企業側:優秀な人材の確保と定着
企業側のメリットとして特に大きいのは、優秀な人材の確保と定着に寄与する点です。特にスタートアップ企業や成長企業では、大手企業のような高額な固定給を提示することが難しい場合があります。しかし、ストックオプションを報酬の一部として提供することで、将来的な大きなリターンという魅力的なインセンティブを提示し、優秀な人材を惹きつけることができます。
また、一度採用した人材が定着する上でもストックオプションは有効です。権利行使期間が複数年にわたることが多いため、従業員は会社の長期的な成長を見据えて働き続けることになり、離職率の低下にも繋がります。企業の成長フェーズに合わせて柔軟に制度設計を行うことで、採用競争力を高め、持続的な成長を支える強力なチームを構築することが可能になります。
企業価値向上への貢献
ストックオプションは、従業員に株主としての視点を持たせることで、企業全体の価値向上に貢献します。従業員一人ひとりが会社の利益や株価に直接的な関心を持つようになるため、日々の業務においてもコスト意識が高まり、生産性の向上や効率化が促進されます。これは、単に与えられた業務をこなすだけでなく、自律的に企業成長のために何ができるかを考え、行動するきっかけとなります。
結果として、従業員全体のエンゲージメントが向上し、組織全体の一体感が醸成されます。全員が同じ目標に向かって協力し合うことで、イノベーションが生まれやすくなり、企業の競争力強化にも繋がるでしょう。このように、ストックオプションは単なる報酬制度に留まらず、企業文化の醸成や経営戦略の一部として機能する側面を持っています。
ストックオプションのデメリット:リスクと注意点
ストックオプションは多くのメリットがある一方で、いくつかのデメリットやリスクも存在します。これらを理解しておくことは、付与される従業員側も、制度を設計・導入する企業側も非常に重要です。
従業員側:株価変動のリスクと課税の複雑さ
従業員がストックオプションを付与される上で最も大きなリスクの一つは、株価が権利行使価額を下回る可能性があることです。企業業績の悪化や市場全体の変動により株価が低迷した場合、せっかく権利を行使しても利益が出ないどころか、権利行使価額を下回ればストックオプションの価値は実質ゼロになってしまいます。この場合、将来への期待だけで働き続けてきた努力が無駄になってしまうと感じるかもしれません。
また、税制面も複雑です。特に「税制非適格ストックオプション」の場合、権利行使時に、権利行使価額と行使時の株価との差額が給与所得として課税されます。給与所得は累進課税のため、所得額によっては最大55%という高い税率が適用される可能性があります。さらに、その後株式を売却する際にも譲渡所得として課税されるため、二重の税負担が生じることになります。確定申告の手間も増えるため、これらの複雑さも従業員にとってのデメリットとなり得ます。
企業側:株式希薄化と管理の負担
企業側にとってのデメリットとしては、ストックオプションの行使により発行済み株式数が増加し、既存株主の持ち株比率が低下する「株式の希薄化」が挙げられます。これにより、既存株主が不利益を被る可能性があるため、株主総会での承認を得る際などに十分な説明が求められます。特に、上場企業においては、株価に影響を与える可能性もあるため慎重な対応が必要です。
また、ストックオプション制度の設計、発行、そしてその後の管理には、専門的な知識と相応の労力が必要です。税制適格要件を満たすための厳格な設計、関連する法規制への対応、権利行使時の事務処理など、多くのプロセスが存在します。特に税制改正があった場合など、常に最新の情報をキャッチアップし、適切に制度を運用していくための管理コストが発生することも念頭に置く必要があります。
流動性の制限と税制変更のリスク
ストックオプションで取得した株式には、通常、第三者への譲渡制限が設けられています。これは、会社の成長を担う従業員のインセンティブとして機能させるためであり、すぐに売却して現金化することができない流動性の制限を意味します。従業員にとっては、緊急に資金が必要になった場合でも、株式を換金できないというリスクを抱えることになります。
さらに、ストックオプションに関する税制は、国の政策によって将来的に変更される可能性があります。過去にも税制改正が行われており、現在の税制優遇措置が永続するとは限りません。税制が変更されれば、従業員にとっての税負担が増加し、ストックオプションの魅力が損なわれる可能性も否定できません。このような不確実性も、ストックオプション制度を設計・活用する上で考慮すべき重要なリスクの一つです。
税制適格ストックオプションとは?その条件と税金
ストックオプションには「税制適格」と「税制非適格」の二種類があり、特に税制適格ストックオプションは、その税制優遇措置により大きなメリットを享受できます。ここでは、税制適格ストックオプションの仕組みと、その厳格な条件について詳しく見ていきましょう。
税制優遇の仕組みと通常のストックオプションとの違い
税制適格ストックオプションとは、租税特別措置法で定められた一定の要件を満たすことで、通常のストックオプションとは異なる税制上の優遇を受けられる制度です。その最大の特長は、権利行使時には課税されず、株式を売却した際の「譲渡所得」としてのみ課税される点にあります。
これに対し、税制非適格ストックオプションの場合、権利行使時に、権利行使価額と行使時の株価との差額が「給与所得」として課税されます。給与所得は累進課税であり、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて最大55%もの高い税率が適用される可能性があります。さらに、売却時にも譲渡所得として課税されるため、二重の税負担が生じます。税制適格であれば、最終的な株式売却時の譲渡所得として、一律20.315%の税率で済むため、手元に残る利益が格段に大きくなります。この税負担の軽減が、従業員にとっての大きなインセンティブとなります。
税制適格ストックオプションの主要な要件
税制適格ストックオプションとして認められるためには、以下の厳格な要件をすべて満たす必要があります。これらの要件は、公正な制度運用と税制優遇の乱用防止を目的として定められています。(2024年4月1日以降に付与契約締結分)
| 要件項目 | 内容 |
|---|---|
| 発行価額 | 無償で発行されること。 |
| 行使価額 | 発行時の時価以上であること。 未上場企業の場合は、財産評価基本通達に基づき算定された価額とすることも可能。 |
| 付与対象者 | 会社およびその子会社の取締役、執行役、使用人のみ。 ただし、一定の要件のもと外部協力者も対象に含まれます。 |
| 権利行使期間 | 付与決議日から2年を経過した日から10年以内。 設立から5年未満の非上場会社の場合、15年以内に延長されています。 |
| 権利行使限度額 | 以下の年間行使価額上限あり。超えた分は税制非適格となります。
|
| 譲渡制限 | 第三者への譲渡は禁止されていること。 |
| 株式の管理 | 譲渡制限株式である場合、発行会社自身による管理も可能。 |
令和6年度税制改正による変更点
令和6年度の税制改正により、税制適格ストックオプションの要件の一部が緩和・拡充され、より活用しやすくなりました。主な変更点は以下の通りです。
- 年間権利行使限度額の引き上げ
特定の成長企業(設立5年未満の会社、設立5年以上20年未満の非上場会社など)における年間の権利行使価額の上限が、従来の1,200万円から最大3,600万円まで引き上げられました。これにより、より大きなインセンティブを付与できるようになり、成長企業での活用がさらに促進されると期待されます。 - 株式保管委託要件の緩和
これまでは、権利行使で取得した株式を証券会社などに保管委託することが義務付けられていましたが、改正により、譲渡制限株式である場合は発行会社自身による株式の管理も可能になりました。これにより、企業の事務負担が軽減されると同時に、非上場企業での導入が容易になります。 - 付与対象者の範囲拡大
一定の要件を満たせば、弁護士や研究者などの社外高度人材や外部協力者に対してもストックオプションが付与できるようになりました。これは、多様な専門性を持つ人材の活用を促進し、企業のイノベーションを後押しすることを目的としています。
なお、2024年3月31日以前に締結された付与契約についても、2024年12月31日までに契約変更を行うことで、改正後の要件(年間権利行使価額の上限引き上げなど)の適用を受けられる場合があります。最新の情報を確認し、専門家と相談の上、適切な対応を取ることが重要です。
ストックオプション制度の活用:スタートアップや非上場企業における事例
ストックオプションは、特に成長を目指すスタートアップや非上場企業にとって、その事業成長を加速させる上で非常に強力な武器となります。資金調達が限られる中で優秀な人材を惹きつけ、一体感を醸成するための活用術を見ていきましょう。
スタートアップ・非上場企業が活用するメリット
スタートアップや非上場企業がストックオプションを積極的に活用する最大のメリットは、資金力が乏しい中でも優秀な人材を惹きつけ、事業にコミットさせる強力なインセンティブとして機能する点です。高い報酬を現金で支払うことが難しい段階でも、将来的な上場や企業価値の大幅な向上という「夢」をストックオプションを通じて共有することで、創業メンバーや初期の従業員に高いモチベーションとオーナーシップを持たせることができます。
これにより、採用競争力の向上だけでなく、従業員の定着率向上にも寄与します。企業が成長し、上場やM&Aなどを実現した際には、ストックオプションが大きなリターンとなり、従業員は自身の貢献が直接的に報われたと実感できるでしょう。これは、単なる賃金以上の「やりがい」や「成功体験」を提供することにも繋がります。
非上場企業における権利行使価額の考え方
非上場企業の場合、上場企業のように市場価格がないため、ストックオプションの「権利行使価額」を設定する際に「時価」をどのように算定するかが課題となります。税制適格ストックオプションの要件として、行使価額は発行時の時価以上であることが求められますが、非上場企業の時価算定には専門的な知識が必要です。
一般的には、国税庁が定める「財産評価基本通達」に基づいた方法や、企業評価の専門家による第三者評価などを用いて時価を算定します。例えば、純資産価額方式や類似業種比準方式などが用いられます。この算定を誤ると税制適格要件を満たせず、従業員が大きな税負担を負うリスクがあるため、税理士や専門家と密に連携し、適切な価額設定を行うことが極めて重要です。正確な時価算定は、従業員への公平なインセンティブ提供の基礎となります。
制度導入・設計における注意点と専門家活用の重要性
ストックオプション制度を導入する際には、その設計と運用において多くの注意点があります。特に税制適格要件は非常に複雑であり、少しでも要件から外れると税制優遇を受けられなくなる可能性があります。そのため、制度導入を検討する企業は、必ず税理士や弁護士などの専門家と連携し、適切なアドバイスを受けることが不可欠です。
専門家は、最新の税制改正情報に基づいた制度設計のサポート、公正な時価算定、従業員への情報開示や契約書の作成支援など、多岐にわたるサポートを提供してくれます。また、従業員に対しては、ストックオプションの仕組み、メリット・デメリット、課税関係などを丁寧に説明し、十分に理解してもらうことがトラブル防止のために重要です。適切な制度設計と透明性の高い運用こそが、ストックオプション制度の成功の鍵となります。
まとめ
よくある質問
Q: ストックオプションとは具体的にどのような制度ですか?
A: ストックオプションとは、企業が役員や従業員に対して、将来、あらかじめ定められた価格で自社の株式を購入できる権利を付与する制度です。この権利を行使することで、株価が上昇していれば差額分の利益を得ることができます。
Q: ストックオプションと新株予約権はどう違うのですか?
A: ストックオプションは、新株予約権の一種ですが、一般的に役員や従業員への報酬として付与されるものを指します。新株予約権はより広範な権利であり、資金調達など様々な目的で発行されます。
Q: ストックオプションの主なメリットは何ですか?
A: 企業にとっては、優秀な人材の確保・定着、従業員のモチベーション向上、業績向上への貢献意欲の醸成などが期待できます。従業員にとっては、会社の成長とともに自身の資産を形成できる可能性があります。
Q: ストックオプションのデメリットや注意点はありますか?
A: 従業員にとっては、株価が下落した場合に権利を行使しても利益が得られないリスクがあります。また、税金が発生するタイミングや計算方法が複雑な場合もあります。企業側も、株式の希薄化や制度設計の複雑さといった課題があります。
Q: 税制適格ストックオプションの条件と税金について教えてください。
A: 税制適格ストックオプションは、一定の条件を満たすことで、権利行使時の税負担が軽減される制度です。主な条件として、発行会社が中小企業等であること、年間1,200万円までの権利行使であることなどが挙げられます。税金は、権利行使時に所得税・住民税が課税され、株式売却時に譲渡所得税が課税されますが、優遇措置があります。詳細な条件や税金については、専門家にご確認ください。
