企業年金と公的年金、退職金との違いと賢い受け取り方

老後の生活設計を考える上で、企業年金、公的年金、退職金は非常に重要な要素です。これらはそれぞれ異なる性質を持ち、受け取り方一つで手取り額が大きく変わる可能性があるため、正しい知識を身につけることが賢い選択へと繋がります。

この記事では、これらの制度の基本的な違いから、具体的な受け取り方、そしてご自身の状況に合わせた最適な選択をするためのポイントまでを詳しく解説します。

企業年金と老齢年金、それぞれの基本を理解しよう

公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)の役割

公的年金は、日本の国民が老後の生活を安心して送れるよう国が運営する制度で、国民皆年金が原則です。主なものとして、日本に住む20歳以上60歳未満の全ての人が加入する国民年金と、会社員や公務員が加入する厚生年金保険があります。

国民年金は「老齢基礎年金」を、厚生年金保険は「老齢厚生年金」を給付し、これらが日本の高齢者の生活を支える基盤となっています。実際に、2023年のデータでは高齢者世帯の所得に占める公的年金・恩給の割合は約7割(209.3万円/320.9万円)と非常に高く、その重要性がうかがえます。

公的年金の受給額は、加入期間や保険料の納付額によって決まり、原則として65歳から受け取れますが、個人の選択で繰り上げたり繰り下げたりすることも可能です。

企業年金の定義と存在意義

企業年金は、公的年金に加えて、企業が従業員の老後生活をより豊かにするために独自に導入する年金制度です。公的年金だけでは不足する可能性のある老後資金を補完する役割を担っています。

導入されている企業で働く従業員にとっては、将来受け取る年金額の上乗せとなるため、セカンドライフ設計の大きな柱の一つとなります。制度には主に「確定給付企業年金(DB)」や「企業型確定拠出年金(DC)」などがあり、企業によって採用している制度や内容は様々です。

これらの企業年金は、従業員の福利厚生の一環として、また優秀な人材の確保・定着を促す目的で導入されることが多く、その重要性は年々増しています。

退職金(退職一時金)の位置づけ

退職金は、企業が従業員の長年の勤労に対し、その功労に報いるために支払う一時金です。企業年金が年金形式での受け取りを前提とするのに対し、退職金は基本的に退職時に一括で受け取ることが想定されています。

退職金の支給の有無、金額、計算方法などは、企業の就業規則や退職金規定によって定められており、企業によって大きく異なります。なお、2023年の調査では退職金制度がある企業の割合は74.9%となっています。

また、企業年金と退職金は全く別の制度として存在する一方で、企業年金が退職金制度の一環として設けられているケースや、退職金の一部が企業年金として分割払いされるような制度設計になっている場合もあります。この関係性を理解することは、賢い受け取り方を考える上で不可欠です。

企業年金と公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)の違いとは?

加入義務と制度設計の主体

公的年金は、国民皆年金制度に基づき、原則として全ての国民に加入が義務付けられています。制度の設計・運営は国が行っており、国民全体を支えるセーフティネットとしての役割を担っています。

一方、企業年金は、企業が任意で導入する制度であり、全ての企業に導入義務があるわけではありません。制度設計や運用は各企業が行い、その企業に勤務する従業員のみが加入対象となります。退職金も同様に企業の任意で、就業規則に基づいて設計されます。

この「義務」と「任意」の違いは、それぞれの制度が持つ公共性やカバー範囲に大きな影響を与えています。

受給額の決定要素と変動性

公的年金の受給額は、主に保険料の納付期間や納付額によって決まります。また、物価や賃金の変動に合わせて調整される「マクロ経済スライド」によって、将来的に受給額が変動する可能性があります。

企業年金の場合、制度の種類によって受給額の決定要素が異なります。

  • 確定給付企業年金(DB):将来の給付額が事前に定められており、運用成績によって変動することはありません。運用リスクは企業が負います。
  • 企業型確定拠出年金(DC):毎月の拠出額は確定していますが、運用は加入者自身が行うため、運用成果によって給付額が大きく変動します。運用リスクは加入者自身が負うことになります。

退職金は、勤続年数、役職、企業業績、退職理由など、企業の規定によって決まるため、従業員個人の努力や成果が直接反映されることが多いです。

税制上の扱いの大きな違い

公的年金と企業年金、そして退職金は、受け取る際の税制上の扱いが大きく異なります。この違いを理解することが、手取り額を最大化するための鍵となります。

公的年金と、年金形式で受け取る企業年金は、いずれも「雑所得」として扱われ、他の所得と合算されて所得税・住民税が課税されます。ただし、「公的年金等控除」が適用されるため、一定額までは非課税となります。

一方、一時金として受け取る退職金や企業年金は、「退職所得」として扱われます。退職所得には「退職所得控除」という特別な優遇措置があり、勤続年数に応じて計算される控除額の範囲内であれば、所得税・住民税はかかりません。この控除額は非常に大きく、多くのケースで税負担を大幅に軽減できます。

例えば、勤続20年超であれば年間70万円、20年以下であれば年間40万円が控除され、課税対象となる所得はさらに2分の1に軽減されます。この税制上の優遇措置が、一時金受け取りを魅力的にする大きな理由の一つです。

企業年金の種類と給付金(老齢給付金)について

確定給付企業年金(DB)の特徴

確定給付企業年金(Defined Benefit Plan、DB)は、将来受け取る年金額があらかじめ約束されているタイプの企業年金です。従業員は、勤続年数や給与水準などに基づいて計算された金額を、将来年金として受け取ることができます。

この制度の最大の特徴は、年金資産の運用リスクを企業が負うという点にあります。仮に運用成績が悪化しても、企業が不足分を補填するため、従業員は安定した年金を受け取れる安心感があります。

日本ではこのDBが最も普及しており、2023年のデータでは企業年金の種類別採用割合で確定給付企業年金が46.6%と最も多くなっています。年金資産の管理・運用は、信託銀行や生命保険会社などの専門機関に委託されるのが一般的です。

企業型確定拠出年金(DC)の仕組み

企業型確定拠出年金(Defined Contribution Plan、DC)は、毎月の掛金(拠出額)が確定しており、その掛金を従業員自身が運用するタイプの企業年金です。日本では「企業型DC」または「iDeCo(個人型確定拠出年金)」として広く知られています。

この制度の大きな特徴は、運用成果によって将来の給付額が変動する点にあります。投資信託や預貯金など、複数の運用商品の中から従業員自身が選択し、自己責任で運用を行います。そのため、運用がうまくいけば大きな年金資産を築ける可能性がある一方で、運用に失敗すれば元本割れのリスクも伴います。

企業型DCは、運用の選択肢やリスク許容度によって、従業員自身が主体的に老後資金を形成できるメリットがあります。拠出金は全額所得控除の対象となるなど、税制上の優遇措置も魅力です。

老齢給付金(給付金)の受け取り方と注意点

企業年金から支給される給付金は「老齢給付金」と呼ばれ、原則として60歳以降に受け取ることができます。ただし、加入期間などの条件によっては60歳以降も受給開始まで一定の期間を要する場合があります。

老齢給付金の受け取り方には、主に「一時金」と「年金(分割払い)」の2つの選択肢があります。制度によっては、両方を組み合わせる「一時金+年金」の選択も可能です。

受け取り方によって税制上の扱いが大きく異なりますので注意が必要です。

  • 一時金で受け取る場合「退職所得」として扱われ、退職所得控除の対象となります。
  • 年金で受け取る場合「雑所得」として扱われ、公的年金等控除の対象となります。

ご自身の他の所得や、公的年金の受給開始時期などを考慮し、どちらの受け取り方が税制上有利になるかを慎重に検討することが重要です。

退職金との関係性:企業年金は退職金の一部?

退職金制度と企業年金制度の併存

多くの企業では、従業員への退職時の功労金として「退職一時金制度」を設けるとともに、老後生活の安定を目的として「企業年金制度」も導入しています。これらはそれぞれ異なる目的を持つ制度ですが、従業員にとっては老後の生活資金を形成する上で、相互に関連し合う重要な要素となります。

退職一時金は、長年の勤続に対する報奨という性質が強く、退職時にまとまった資金を一度に受け取れるメリットがあります。一方、企業年金は公的年金の上乗せという位置づけで、安定的な年金収入を確保する役割を担います。

このように、両制度が併存している場合、従業員は退職時と老後の資金計画をトータルで考える必要が出てきます。

退職金と企業年金の一体的な設計

企業によっては、退職金と企業年金を一体的に設計しているケースがあります。例えば、退職金の一部を企業年金として分割払いする制度や、退職金規程の中に企業年金制度が組み込まれている場合があります。

また、確定拠出年金には、企業が拠出する掛金に加えて、退職金の一部を従業員が自己の判断で確定拠出年金に移換できる「選択制DC」のような制度も存在します。これにより、従業員は退職金を運用してさらに増やす機会を得ることも可能です。

このように両制度が密接に関連している場合、どちらか一方の受け取り方を選択することで、もう一方の受け取り方や税制上の扱いに影響が出る可能性があります。企業の規程をよく確認し、総合的な視点から判断することが求められます。

どちらを選ぶべきか?個人の状況に応じた判断

退職金と企業年金を合わせた受け取り方を選択できる場合、その判断は個人のライフプランや税制上のメリット・デメリットによって大きく異なります。

例えば、

  • まとまった資金が必要な場合:退職金や企業年金を一時金として全額受け取ることで、住宅ローンの返済や新たな事業の立ち上げ資金、あるいは投資資金として活用できます。特に退職所得控除の枠を最大限に活用できれば、税負担を大幅に抑えることが可能です。
  • 安定した老後収入を重視する場合企業年金を年金形式で受け取ることで、公的年金と合わせて毎月の安定収入を確保できます。これにより、老後の生活設計が立てやすくなります。

重要なのは、ご自身の退職所得控除額(勤続年数によって変動)を確認し、公的年金等の他の所得と合わせた税シミュレーションを行うことです。場合によっては、一部を一時金で受け取り、残りを年金で受け取る「併用」が最も有利なケースもあります。

企業年金の受け取り方:一時金と年金、どっちがお得?

企業年金の老齢給付金は、一時金で受け取るか、年金として分割で受け取るかを選択できる場合があります。この選択は、受け取る手取り額だけでなく、その後の生活設計にも大きく影響します。

一時金受け取りのメリット・デメリット

企業年金や退職金を一時金として一括で受け取る最大のメリットは、税制上の優遇にあります。一時金は「退職所得」として扱われ、勤続年数に応じた「退職所得控除」が適用されます。この控除額は非常に大きく、多くのケースで所得税・住民税が大幅に軽減されるか、非課税となります。

例えば、大学・大学院卒で定年退職した場合の退職金の平均額は2023年で1,896万円というデータがあります。これだけのまとまった資金を一括で受け取ることで、住宅ローンの完済、新規事業への投資、旅行、あるいは退職後の生活資金の準備など、大きな出費にすぐに対応できる自由度が高まります。

しかし、デメリットもあります。一度に多額の資金が手元に入るため、計画的な管理が求められます。使いすぎてしまうリスクや、その後の資産運用に失敗するリスクも考慮しなければなりません。また、受け取った年の所得としては「退職所得」として優遇されますが、翌年以降の国民健康保険料や介護保険料の算定には影響しないという特性も理解しておく必要があります。

年金受け取りのメリット・デメリット

企業年金を年金(分割払い)で受け取る最大のメリットは、老後の生活費を計画的に確保できる点です。公的年金と同様に毎月あるいは偶数月に安定した収入が得られるため、月々の家計管理がしやすくなります。公的年金も偶数月払いなので、合わせて管理しやすいという側面もあります。

年金形式で受け取る場合、税法上は「雑所得」として扱われ、「公的年金等控除」が適用されます。他の公的年金収入と合算されるため、年金収入が増えると所得税・住民税が増える可能性があります。さらに、年金収入が増えることで、国民健康保険料や介護保険料といった社会保険料が増加する可能性も考慮しておく必要があります。

この受け取り方では、手元にまとまった資金が入るわけではないため、突発的な大きな出費に対応しにくいというデメリットもあります。しかし、計画的にお金を使いたい方や、自分で資産運用を行うのが苦手な方にとっては、安心感のある選択肢と言えるでしょう。

最適な選択のためのシミュレーションと検討

一時金と年金、どちらの受け取り方が「お得」かは、個々人の状況によって大きく異なります。最適な選択をするためには、以下の点を総合的に検討し、必要であればシミュレーションを行うことが不可欠です。

  1. 勤続年数と退職所得控除額:ご自身の勤続年数から計算される退職所得控除額を確認しましょう。この控除額が大きいほど、一時金受け取りの税メリットは大きくなります。
  2. 他の所得との兼ね合い:公的年金、個人年金、不動産収入など、他の所得と合わせた場合の税金や社会保険料の総額を比較しましょう。年金形式で受け取る場合、他の所得との合計額が増え、累進課税によって税率が高くなる可能性があります。
  3. 公的年金の受給開始時期:公的年金を繰り下げて受給する場合、一時的に収入が減少するため、その期間を企業年金で補うという選択肢も考えられます。公的年金の受給開始時期と合わせて、最適な受け取り方を検討しましょう。
  4. 資金の使い道とリスク許容度:退職後にまとまった資金で実現したいことがあるか、またご自身で資産運用を行うことに抵抗がないかなども判断材料となります。

これらの要素を考慮し、ご自身のライフプランに合った賢い選択をすることが、豊かな老後生活を送るための第一歩です。複雑な場合は、年金アドバイザーや税理士などの専門家に相談することをおすすめします。