1. 裁量労働制とは?企業が導入するメリット・デメリット
    1. みなし労働時間制の仕組みと目的
    2. 企業が享受できる具体的なメリット
    3. 見過ごせないデメリットと潜在リスク
  2. 裁量労働制改正のポイントと最新情報
    1. 2024年4月改正の主要な変更点
    2. 同意の取得と撤回に関する新たなルール
    3. 健康・福祉確保措置の強化と企業が取るべき対応
  3. 裁量労働制を正しく理解するための厚生労働省の指針
    1. 専門業務型・企画業務型裁量労働制の適用業務の明確化
    2. 導入時・運用時に求められる厳格な手続き
    3. 労働時間把握義務と健康管理の徹底
  4. 裁量労働制の雇用契約書・就業規則の書き方と注意点
    1. 雇用契約書に明記すべき項目と表現例
    2. 就業規則への記載事項と法的要件
    3. 深夜・休日労働への対応と割増賃金の支払い義務
  5. 裁量労働制解除の条件と手続き、三六協定との関係
    1. 裁量労働制が適用されなくなるケースと解除手続き
    2. 三六協定との関係性:原則不要だが例外も
    3. 定期的な運用状況の確認と改善の重要性
  6. まとめ
  7. よくある質問
    1. Q: 裁量労働制を導入するメリットは何ですか?
    2. Q: 裁量労働制で改正された点は何ですか?
    3. Q: 裁量労働制の雇用契約書に必ず記載すべき項目は何ですか?
    4. Q: 裁量労働制を解除する際の注意点はありますか?
    5. Q: 裁量労働制と三六協定はどのように関係しますか?

裁量労働制とは?企業が導入するメリット・デメリット

裁量労働制は、労働時間の管理を実労働時間ではなく、あらかじめ労使間で定めた「みなし労働時間」で行う制度です。

労働者が自身の裁量で柔軟に働き方を選択できる一方、企業側は人件費管理のしやすさや生産性向上といったメリットを期待できます。

しかし、導入・運用にあたっては、労働基準法を遵守し、労働者の健康と福祉を確保するための措置を講じることが不可欠です。

みなし労働時間制の仕組みと目的

裁量労働制の最大の特長は、実際の労働時間にかかわらず、労使協定や労使委員会で定められた「みなし労働時間」を労働時間とみなして賃金を支払う点にあります。

例えば、みなし労働時間が1日8時間と定められている場合、仮に実際に6時間しか働かなくても8時間分の賃金が支払われ、逆に10時間働いても原則として8時間分の賃金となります。

この制度の主な目的は、労働者の自律性と創造性を高め、それによって生産性向上を目指すことにあります。

業務の遂行方法や時間配分を労働者自身が決定することで、より効率的かつ質の高い成果を期待できると考えられています。

裁量労働制には大きく分けて二つの種類があります。

  • 専門業務型裁量労働制:

    弁護士、医師、建築士、研究者、編集者、プロデューサーなど、特定の専門性の高い19~20業務が対象とされています。

    これらの業務は、その性質上、労働者の専門的な知識やスキルに基づいて、業務の遂行方法や時間配分を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるとされています。

    導入には、対象業務やみなし労働時間などを定めた労使協定の締結が必要です。

  • 企画業務型裁量労働制:

    事業運営に関する企画、立案、調査、分析などの業務が対象です。

    特定の職種で限定されているわけではありませんが、業務の遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務に限られます。

    導入には、労使委員会の設置と、その委員会による決議が求められます。

どちらの型も、労働者が自らの判断で仕事を進めることを前提としており、企業は労働者の能力を最大限に引き出すための環境整備が求められます。

企業が享受できる具体的なメリット

裁量労働制の導入は、企業に複数のメリットをもたらします。

最も大きな利点の一つは、人件費管理のしやすさです。みなし労働時間制のため、原則として残業代の発生が不要となり、月々の人件費の予測・管理が格段に容易になります。

これにより、予算策定やコスト管理がシンプルになり、経営の安定化に寄与します。

次に、生産性向上への寄与が挙げられます。

労働者が自身のペースで仕事を進め、時間配分を自由に決定できるため、プレッシャーを感じずに集中して業務に取り組むことができます。

結果として、従業員のモチベーション向上やクリエイティブな発想の促進につながり、企業全体の生産性向上に貢献する可能性があります。

特に、成果主義や専門性の高い業務においては、この効果は顕著に現れるでしょう。

さらに、労務管理の効率化も期待できます。

日々の細かい労働時間管理が不要になるため、タイムカードの打刻管理や複雑な給与計算の負担が軽減されます。

これにより、人事・労務部門の業務が簡素化され、より戦略的な業務にリソースを集中させることが可能になります。

また、従業員にとっては、自身の裁量で仕事とプライベートのバランスを取りやすくなるため、ワークライフバランスの向上にもつながります。

仕事が早く終われば、勤務時間を短縮できる可能性があり、これは従業員の満足度を高め、離職率の低下にも影響を与えるでしょう。

柔軟な働き方を求める優秀な人材の確保にも有利に働く可能性があります。

見過ごせないデメリットと潜在リスク

裁量労働制は多くのメリットがある一方で、企業側にとって見過ごせないデメリットや潜在的なリスクも存在します。

最も懸念されるのは、労働時間管理の難しさです。

「みなし労働時間」で運用されるため、実際の労働時間が把握しにくい状況に陥りがちです。これにより、労働者の長時間労働が常態化するリスクが高まります。

労働基準法では裁量労働制であっても労働時間把握義務があるため、適切な管理を怠ると、法律違反や労働者からの訴訟につながる可能性をはらんでいます。

長時間労働の常態化は、従業員の健康を害するだけでなく、モチベーションの低下、離職率の増加、さらには企業イメージの悪化にもつながりかねません。

また、未払い賃金のリスクも無視できません。

深夜労働や休日労働に対する割増賃金の支払い義務は裁量労働制でも免除されません。

これらを適切に把握し、支払いを怠った場合、多額の未払い賃金が発生し、企業の財政に大きな打撃を与える可能性があります。

労働基準監督署からの是正勧告や指導の対象となるだけでなく、企業の社会的信用を失うことにもなりかねません。

労働者側の視点では、原則として残業代が出ないため、長時間労働になりやすい傾向があります。

また、業務の成果が求められる中で、高い自己管理能力が必須となりますが、これが不足している労働者には精神的・肉体的な負担が増大する可能性があります。

企業としては、労働者の健康管理や過重労働の防止策を講じることが、重要な課題となります。

適切な運用がなされない場合、裁量労働制は企業の労務管理上の大きなリスクとなり得ることを十分に理解し、慎重な対応が求められます。

裁量労働制改正のポイントと最新情報

裁量労働制は、労働者の働き方の多様化や企業の生産性向上の観点から注目される制度ですが、その運用においては労働者の健康確保が重要な課題とされてきました。

特に、2024年4月には法改正が行われ、労働者保護の観点から制度の適正化が図られています。

企業はこの改正点を正確に理解し、適切に対応することが求められます。

2024年4月改正の主要な変更点

2024年4月より、裁量労働制の導入・運用に関する主要な改正点が施行されました。

この改正は、労働者の健康と福祉をさらに確保し、制度の透明性を高めることを目的としています。

企業が特に注意すべき変更点は以下の3つです。

  1. 従業員本人の同意の取得が必須化:

    これまで、労使協定や労使委員会の決議があれば導入可能であった裁量労働制ですが、改正後は従業員本人の同意が必須となりました。

    これは、労働者自身の意思に基づいて制度が適用されることを担保するための重要な変更です。

    同意の取得は、書面や電磁的記録など、明確な形で行う必要があります。

  2. 健康・福祉確保措置の強化:

    労働者の健康及び福祉を確保するための措置が、より具体的に、かつ強化されました。

    これには、労働時間の把握の徹底、健康診断の実施、労働時間に関する相談窓口の設置などが含まれます。

    企業は、長時間労働を防止し、労働者の健康状態を適切に管理するための具体的な措置を講じる義務が課せられます。

  3. 手続きの追加と明確化:

    新たに、または継続して裁量労働制を導入するすべての事業所で、追加の手続きが必要となりました。

    特に、企画業務型裁量労働制においては、労使委員会における決議事項が追加され、6カ月に1回以上の定期報告が労働基準監督署長に対して義務付けられました。

    これにより、制度の運用状況がより厳格にチェックされることになります。

これらの改正は、裁量労働制が「残業代を払わないための制度」と誤解され、労働者の過重労働につながるリスクを軽減し、本来の目的である「労働者の自律性と創造性の尊重」を適切に実現するためのものです。

同意の取得と撤回に関する新たなルール

2024年4月からの法改正により、裁量労働制を適用する上で最も重要な変更点の一つが、従業員本人の同意の取得が必須となったことです。

これは、労働者が自らの意思で裁量労働制の適用を受け入れることを明確にするための措置であり、企業は以下の点に留意する必要があります。

  • 同意の取得方法:

    同意は、書面または電磁的方法(メールや社内システムなど)で明確に取得し、その記録を保存することが求められます。

    口頭での同意は原則として認められません。

    同意書には、裁量労働制の対象業務、みなし労働時間、賃金に関する事項、同意の撤回に関する事項などを具体的に記載し、労働者が十分に理解した上で署名または押印(電磁的記録の場合はそれに代わる方法)することが重要です。

  • 同意の撤回手続き:

    労働者が一旦同意した場合でも、その同意を撤回できる手続きが明確に定められました。

    企業は、労働者が同意を撤回する際の具体的な手続き(例:撤回申請書の提出、撤回受付期間など)を就業規則等に明記し、労働者に周知する必要があります。

    同意が撤回された場合、企業は速やかに裁量労働制の適用を解除し、通常の労働時間制度に移行させなければなりません。

  • 不利益な取り扱いの禁止:

    労働者が裁量労働制の適用に同意しなかったこと、または同意を撤回したことに対し、企業が不利益な取り扱いをすることは一切禁止されています。

    これは、賃金の減額、配置転換、昇進・昇格への影響、不当な解雇などが含まれます。

    企業は、労働者の自由な意思決定を尊重し、公正な人事評価を行う必要があります。

本人の同意がない限り、裁量労働制の適用は法的に無効となるため、企業はこれらの新たなルールを厳格に遵守し、適切に運用することが求められます。

健康・福祉確保措置の強化と企業が取るべき対応

2024年4月の改正では、裁量労働制を導入している事業場における労働者の健康と福祉を確保するための措置がより一層強化されました。

企業は、労働者が安心して働ける環境を提供するため、以下の具体的な対応を講じる必要があります。

  1. 労働時間の把握と記録の徹底:

    裁量労働制であっても、企業には労働者の労働時間を客観的な方法で把握し、記録を作成・保存する義務があります(労働基準法第38条の2第2項)。

    これは、過重労働による健康障害を防止し、深夜労働や休日労働に対する割増賃金の支払い義務を適切に履行するために不可欠です。

    具体的な方法としては、タイムカード、PCのログイン・ログオフ記録、入退室記録などを活用し、3年間保存する必要があります。

  2. 定期的な健康診断と産業医面談:

    長時間労働が懸念される労働者に対しては、定期的な健康診断に加え、医師による面接指導(産業医面談)の実施を徹底することが重要です。

    特に、企画業務型裁量労働制では、労使委員会が健康確保措置として定める必要があります。

    労働者の健康状態を早期に把握し、必要なケアを提供することで、心身の不調を未然に防ぐことができます。

  3. 代替休暇の付与:

    企画業務型裁量労働制においては、労働者の健康を確保するため、労働時間が一定限度を超えた場合に、その労働者に代替休暇を付与する制度を設けることが推奨されます。

    これは、労働者の休息時間を確保し、リフレッシュを促すための重要な措置です。

  4. 相談窓口の設置と周知:

    労働者が労働時間や健康に関する悩みを気軽に相談できる窓口を設置し、その存在を従業員に周知することが求められます。

    産業医やカウンセラーとの連携、ハラスメント相談窓口の活用など、多角的なサポート体制を構築することが望ましいです。

これらの措置を適切に講じることは、単に法令遵守に留まらず、企業の社会的責任(CSR)を果たす上でも極めて重要となります。

企業は、労働者の健康と安全を最優先に考え、裁量労働制を健全に運用するための体制を整備しなければなりません。

裁量労働制を正しく理解するための厚生労働省の指針

裁量労働制の適切な導入・運用は、企業が労働基準法を遵守し、労使双方にとって健全な働き方を実現するために不可欠です。

厚生労働省は、この制度の正しい理解と運用を促すために、詳細な指針やガイドラインを公表しています。

企業はこれらの指針に沿って、自社の制度設計と運用を進める必要があります。

専門業務型・企画業務型裁量労働制の適用業務の明確化

裁量労働制は全ての業務に適用できるわけではなく、厚生労働省によって厳格に対象業務が定められています。

誤った業務に適用した場合、その制度自体が無効とみなされ、未払い賃金などの重大な労務トラブルに発展する可能性があります。

企業はまず、自社の業務がどちらの裁量労働制の対象となり得るかを正確に判断しなければなりません。

  • 専門業務型裁量労働制の対象業務:

    厚生労働省令で定められた「特定の専門性の高い19~20業務」に限定されます。

    例としては、研究開発、情報処理システムの分析・設計、報道、出版、デザイナー、コンサルタント、公認会計士、弁護士などが挙げられます。

    これらの業務は、その性質上、労働者の専門的な判断に委ねられる部分が大きく、時間的な制約が成果に直結しにくいとされています。

    企業がこれらの業務以外に専門業務型裁量労働制を適用することはできません。

  • 企画業務型裁量労働制の対象業務:

    こちらは具体的な職種ではなく、「事業運営に関する企画、立案、調査及び分析の業務」であって、「その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務」に限定されます。

    例えば、経営戦略の策定、新規事業の立ち上げ、マーケティング戦略の立案などが該当しますが、単に「企画職」であるというだけで適用できるわけではありません。

    重要なのは、業務の遂行方法や時間配分について、労働者に具体的な指示を出すことが困難であり、大幅な裁量が与えられているかどうかです。

厚生労働省は、これらの対象業務について詳細な通達やQ&Aを公開しています。

企業は、安易な判断を避け、これらの指針を十分に確認するとともに、必要に応じて社会保険労務士などの専門家のアドバイスを受けることが極めて重要です。

業務の実態と制度の要件が一致しているかを常に検証する姿勢が求められます。

導入時・運用時に求められる厳格な手続き

裁量労働制を企業に導入する際には、労働基準法に基づいた厳格な手続きが求められます。

これらの手続きを怠ると、制度自体が無効となるだけでなく、法的な罰則や労働者との紛争に発展するリスクがあります。

厚生労働省の指針に従い、以下の手順を確実に実行しなければなりません。

  1. 労使協定または労使委員会の決議:

    • 専門業務型裁量労働制:

      労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者との間で、書面による労使協定を締結する必要があります。

      協定には、対象業務、みなし労働時間、賃金に関する事項、健康・福祉確保措置などを具体的に明記します。

    • 企画業務型裁量労働制:

      事業場に労使委員会を設置し、その委員会の委員の5分の4以上の多数による決議が必要です。

      労使委員会は、使用者側と労働者側の委員が同数で構成され、議事録の作成や保存も義務付けられています。

      決議事項には、対象業務、みなし労働時間、健康・福祉確保措置、同意の撤回手続きなどが含まれます。

  2. 労働基準監督署への届出:

    労使協定または労使委員会の決議内容は、所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。

    届出を怠ると、制度導入の法的要件を満たしません。

    特に、企画業務型裁量労働制では、導入後も6カ月に1回以上の定期報告が義務付けられています。

  3. 就業規則への記載:

    裁量労働制の導入および運用に関する事項を、就業規則に明確に記載し、労働者に周知しなければなりません。

    具体的には、対象業務、みなし労働時間、賃金計算の特例、健康・福祉確保措置、同意の取得・撤回に関する事項などが含まれます。

  4. 従業員本人の同意(2024年4月改正):

    前述の通り、労使協定や決議があったとしても、個々の労働者本人の同意が必須となります。

    同意は書面で取得し、不利益な取り扱いを行わないことが重要です。

これらの手続きは、労働者の権利保護と企業の法令遵守を両立させるために不可欠であり、厚生労働省の示す手順に厳格に従う必要があります。

労働時間把握義務と健康管理の徹底

「裁量労働制だから労働時間を管理しなくてよい」という誤解は、多くの企業で見られますが、これは重大な誤りです。

厚生労働省の指針によれば、裁量労働制であっても、企業には労働者の労働時間を正確に把握し、記録を作成・保存することが義務付けられています。

これは、労働基準法第38条の2第2項に基づくもので、その主な目的は以下の通りです。

  • 健康管理の徹底:

    実際の労働時間を把握することで、長時間労働や過重労働の実態を認識し、適切な健康管理措置(医師による面接指導など)を講じるための根拠とします。

    厚生労働省は、労働時間の状況に応じた面接指導の実施基準などを提示しており、これに従う必要があります。

  • 深夜・休日労働への対応:

    裁量労働制であっても、深夜労働(22時~翌5時)および法定休日労働に対する割増賃金の支払い義務は発生します。

    これらの割増賃金を正確に計算し、支払うためには、労働者がいつ深夜・休日労働を行ったかを把握していなければなりません。

  • 記録の作成と保存:

    把握した労働時間は、具体的な方法(タイムカード、PCのログオン・ログオフ記録、入退室記録など)で客観的に記録し、3年間保存する義務があります。

    これにより、労使間のトラブル発生時や労働基準監督署の調査時に、客観的な証拠として提示できるようになります。

企業は、労働者が自身の裁量で働いているからといって、労働時間管理を放棄してはなりません。

むしろ、裁量労働制だからこそ、労働者の自己申告だけでなく、客観的な記録と定期的なヒアリングを通じて、労働時間の実態をより丁寧に把握する努力が求められます。

労働者の健康は企業の財産であり、その確保は企業の重要な責務であることを厚生労働省の指針は繰り返し強調しています。

裁量労働制の雇用契約書・就業規則の書き方と注意点

裁量労働制を導入する際には、労働者との間で締結する雇用契約書や、企業全体の労働条件を定める就業規則に、その内容を明確かつ正確に記載することが不可欠です。

これらの書面が不適切であると、制度導入が無効とされたり、予期せぬ労務トラブルの原因となったりする可能性があります。

特に2024年4月の法改正を踏まえ、より慎重な対応が求められます。

雇用契約書に明記すべき項目と表現例

裁量労働制を適用する労働者との雇用契約書には、制度の特性を明確に理解してもらうために、以下の項目を具体的に明記する必要があります。

これにより、後々の誤解や紛争を防ぐことができます。

  • 裁量労働制の適用とその種類:

    「本労働契約においては、●●業務(例:新商品開発のための企画立案業務)に就くため、労働基準法第38条の3に定める企画業務型裁量労働制を適用する。」のように、どの裁量労働制が適用されるかを具体的に記載します。

  • 対象業務の内容:

    労働者が担当する業務が、裁量労働制の対象となる業務の要件を満たすことを明確に示すため、業務内容を詳細に記載します。

    「その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある」という業務の特性も記述すると良いでしょう。

  • みなし労働時間:

    「1日あたり●時間労働したものとみなす。」と具体的に記載します。

    このみなし時間が賃金計算の基礎となることを明示し、労働者が認識できるようにします。

  • 賃金計算の特例:

    「みなし労働時間に対して所定の賃金を支払うものとし、時間外労働手当は原則として支給しない。」と記載することで、残業代に関する基本的な考え方を説明します。

    ただし、深夜労働および法定休日労働については割増賃金を支払う旨も併記することが重要です。

  • 深夜・休日労働に関する事項:

    「22時から翌5時までの深夜労働、および法定休日労働に対しては、別途、労働基準法に基づき割増賃金を支給する。」と明記し、労働者がいつ割増賃金の対象となるかを理解できるようにします。

  • 健康・福祉確保措置に関する事項:

    企業が講じる健康診断、面接指導、相談窓口などの措置について概要を記載し、労働者の健康確保に配慮している姿勢を示します。

  • 本人同意の取得と撤回に関する事項(2024年4月改正対応):

    「本制度の適用については、貴殿の同意を得たものであり、同意の撤回手続きについては、就業規則第〇条に定める通りとする。」と記載し、労働者の権利を保障する旨を明確にします。

これらの項目を盛り込むことで、労働者と企業の双方にとって、制度内容の認識の齟齬を最小限に抑え、円滑な運用につなげることができます。

就業規則への記載事項と法的要件

裁量労働制を導入する際には、労働基準法に基づき、その内容を就業規則に明確に記載し、労働者に周知する必要があります。

就業規則は、企業と労働者間の最も基本的なルールブックであり、法的拘束力を持つため、その記載内容は極めて重要です。

以下の事項を漏れなく記載し、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。

  1. 裁量労働制の種類と対象業務:

    専門業務型または企画業務型のどちらを導入するか、そして具体的にどの業務に適用するかを明記します。

    例:「第〇条(企画業務型裁量労働制) 当社は、労働基準法第38条の4に基づき、事業運営に関する企画、立案、調査及び分析の業務であって、その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務に従事する社員に対し、企画業務型裁量労働制を適用する。」

  2. みなし労働時間:

    1日あたり何時間労働したものとみなすのかを具体的に記載します。

    労使協定や労使委員会の決議で定められた時間と一致させる必要があります。

  3. 賃金に関する事項:

    みなし労働時間に対する賃金の算定方法や、時間外労働手当の原則不支給、そして深夜・休日労働に対する割増賃金の支払いについて明確に記載します。

    特に、割増賃金の計算方法についても触れると良いでしょう。

  4. 健康・福祉確保措置:

    労働者の健康確保のために企業が講じる具体的な措置を記載します。

    これには、労働時間の把握方法、健康診断、医師による面接指導、相談窓口の設置、代替休暇の付与など、2024年4月改正で強化された内容を含める必要があります。

  5. 本人同意の取得・撤回手続き:

    2024年4月の改正により必須となった、労働者本人の同意取得に関する手続きや、同意の撤回手続き、撤回後の取り扱い(通常の労働時間制への移行など)を詳細に定めます。

    同意しない、または撤回した場合の不利益取り扱いの禁止も明記することが重要です。

  6. 苦情処理に関する事項:

    裁量労働制に関する労働者からの苦情や相談に対応するための窓口や手続きを記載し、労働者が安心して制度を利用できる環境を整備します。

就業規則の変更は、労働者の意見聴取(過半数労働組合または過半数代表者の意見書の添付)を行った上で、労働基準監督署への届出が必要です。

不備のない就業規則を作成することで、労使間の信頼関係を築き、制度の適正な運用を保証します。

深夜・休日労働への対応と割増賃金の支払い義務

裁量労働制は「みなし労働時間」で運用されるため、原則として時間外労働の概念はなく、通常の時間外手当(残業代)は発生しません。

しかし、これは深夜労働と休日労働には適用されません。

厚生労働省の指針および労働基準法により、裁量労働制であっても企業には以下の割増賃金の支払い義務が課せられます。

  1. 深夜労働に対する割増賃金:

    労働者が午後10時から翌午前5時までの間に労働した場合、その時間の労働に対しては、通常の賃金に加えて25%以上の割増賃金を支払う必要があります。

    これは、裁量労働制であるかどうかにかかわらず、全ての労働者に適用される労働基準法上の義務です。

    企業は、労働者の深夜労働時間を正確に把握し、適切に計算して支払う必要があります。

    これを怠ると、未払い賃金として大きなリスクとなります。

  2. 休日労働に対する割増賃金:

    休日労働には、「法定休日労働」と「所定休日労働」の2種類があります。

    • 法定休日労働:

      労働基準法で定められた週1日または4週4日の休日に労働させた場合、その労働に対しては、通常の賃金に加えて35%以上の割増賃金を支払う必要があります。

      例えば、日曜日を法定休日と定めている場合、日曜日に労働させれば休日労働手当が発生します。

    • 所定休日労働:

      法定休日以外の休日(例:週休2日制における土曜日)に労働させた場合、その労働時間が法定労働時間(週40時間)を超える場合には、25%以上の時間外割増賃金が発生します。

      ただし、裁量労働制の場合は、みなし労働時間を超える部分については原則として時間外割増賃金は発生しません。

      重要なのは、法定休日に労働させた場合には、みなし労働時間にかかわらず35%以上の割増賃金を支払う義務があるという点です。

これらの割増賃金の支払い義務は、裁量労働制を導入している企業が最も注意すべき点の一つです。

労働時間の把握を怠り、深夜・休日労働手当を支払わなかった場合、労働基準監督署からの指導や是正勧告、さらには労働者からの訴訟に発展する可能性があり、企業に多大な損害をもたらすことになります。

企業は、労働時間把握義務を徹底し、深夜・休日労働の実態を正確に把握した上で、適切な割増賃金を支払う体制を確立することが不可欠です。

裁量労働制解除の条件と手続き、三六協定との関係

裁量労働制は一度導入したら永続的に適用されるわけではありません。

様々な事情により、制度の適用が解除されるケースや、労働時間管理の原則である三六協定との関係性も理解しておく必要があります。

企業の状況や労働者の働き方の変化に応じて、柔軟かつ適正に対応していくことが求められます。

裁量労働制が適用されなくなるケースと解除手続き

裁量労働制は、導入時の要件を満たさなくなった場合や、企業の判断により、その適用が解除されることがあります。

解除の主なケースと、それに伴う手続きは以下の通りです。

  1. 対象業務から外れる場合:

    労働者が裁量労働制の対象となる専門業務や企画業務から異動し、通常の労働時間管理が可能な業務に就くことになった場合、裁量労働制は適用されなくなります。

    この場合、異動日をもって通常の労働時間制に移行し、労働時間管理や賃金計算方法を切り替える必要があります。

  2. 制度の廃止・変更:

    企業が裁量労働制そのものを廃止したり、制度内容を見直して対象業務やみなし労働時間を変更したりする場合も、解除や変更の手続きが必要です。

    制度の廃止・変更は、就業規則の変更を伴うため、労働者代表からの意見聴取を行い、労働基準監督署に届け出る必要があります。

    また、労働者に対しては事前に十分な説明を行い、理解を得ることが重要です。

  3. 労働者本人の同意撤回(2024年4月改正):

    2024年4月の改正により、労働者は裁量労働制の適用への同意を撤回できる権利が明文化されました。

    労働者から同意撤回の申し出があった場合、企業は速やかに裁量労働制の適用を解除し、通常の労働時間制に移行させなければなりません。

    この際、労働者に対して不利益な取り扱いをすることは禁止されています。

  4. 労使協定または労使委員会の決議の失効・不更新:

    労使協定や労使委員会の決議には有効期間が定められていることが多く、その期間が満了したり、更新されなかったりした場合も、制度の法的根拠が失われ、適用が解除されます。

    企業は、有効期間を管理し、継続を希望する場合は適切な手続きを経て更新を行う必要があります。

裁量労働制の解除は、労働条件の変更を意味するため、労働者への丁寧な説明と、適切な移行期間の設定が不可欠です。

特に、賃金計算方法や労働時間管理の変更に伴う混乱を避けるための配慮が求められます。

三六協定との関係性:原則不要だが例外も

労働基準法では、法定労働時間(原則1日8時間、週40時間)を超えて労働者を使用する場合や、法定休日に労働させる場合には、労働者の過半数を代表する者との間で書面による協定(三六協定)を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。

しかし、裁量労働制においては、この三六協定の関係性が少し特殊です。

  1. 原則として三六協定は不要:

    裁量労働制では、実際の労働時間にかかわらず「みなし労働時間」に対して賃金が支払われるため、原則として法定労働時間を超える「時間外労働」という概念がありません。

    そのため、通常の時間外労働に関する三六協定は原則として不要とされています。

    これは、労働時間管理の裁量を労働者に委ねているという制度の趣旨に基づいています。

  2. 例外的に三六協定が必要となるケース:

    • 企画業務型裁量労働制でみなし労働時間が法定労働時間を超える場合:

      企画業務型裁量労働制において、労使委員会で定めたみなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)を超える場合、その超える時間分については、時間外労働として三六協定の届出が必要となることがあります。

      これは、あくまで「みなし」であっても、労働者の負担が大きくなる可能性があるため、労働時間の上限設定の観点から必要とされます。

    • 健康・福祉確保措置の一環として上限を設ける場合:

      労働者の健康確保措置として、会社が「みなし労働時間とは別に、〇時間以上労働した場合は業務を停止する」といった具体的な上限を設け、その上限を超える可能性を考慮する場合、形式的に三六協定を締結し、労働基準監督署に届け出ることもあります。

    • 深夜労働・休日労働が発生する場合:

      前述の通り、裁量労働制であっても、深夜労働(22時~翌5時)や法定休日労働に対する割増賃金の支払い義務は発生します。

      これらの労働自体は三六協定の直接的な対象とはなりませんが、企業は労働者の健康管理の観点から、これらが過度に発生しないよう配慮し、必要に応じて三六協定の枠組みを活用して上限を設定することも考えられます。

裁量労働制下における三六協定の取り扱いは複雑であり、企業の具体的な運用状況やみなし労働時間の長さによって判断が分かれます。

不明な点があれば、労働基準監督署や社会保険労務士などの専門家に相談し、適切な対応を取ることが重要です。

定期的な運用状況の確認と改善の重要性

裁量労働制は、導入して終わりではありません。

企業が法令を遵守し、労働者の健康と福祉を確保しつつ、制度本来の目的である生産性向上を実現するためには、定期的な運用状況の確認と改善活動が不可欠です。

厚生労働省も、特に企画業務型裁量労働制において、労使委員会による定期的な報告(6カ月に1回以上)を労働基準監督署長に対して義務付けているなど、運用状況のモニタリングを重視しています。

企業が実践すべき確認・改善のポイントは以下の通りです。

  1. 労使委員会(企画業務型)や労使協定当事者による定期的見直し:

    定期的に労使委員会を開催し、裁量労働制の運用状況、労働者の健康状態、労働時間の実態、制度に対する意見などを議論します。

    専門業務型においても、労使協定の更新時などに、必ず現状の制度が適切に機能しているかを評価する場を設けるべきです。

  2. 労働時間の実態把握と健康チェック:

    裁量労働制であっても、労働者の労働時間の客観的な把握を継続し、長時間労働が常態化していないかを確認します。

    必要に応じて、労働者へのヒアリングやストレスチェック、産業医面談などを実施し、健康状態に問題がないかを確認します。

    もし過重労働の兆候が見られる場合は、業務量の調整、配置転換、制度運用の見直しなど、具体的な改善策を講じる必要があります。

  3. 労働者からのフィードバックの収集:

    制度に対する労働者からの意見や要望を積極的に収集します。

    アンケート調査、個人面談、相談窓口の活用など、様々な方法でフィードバックを得ることで、制度の問題点や改善点を発見しやすくなります。

  4. 法改正や指針の変更への対応:

    労働関連法規や厚生労働省の指針は、社会情勢の変化に応じて改正されることがあります。

    企業は常に最新情報を収集し、自社の裁量労働制が法令に適合しているかを確認し、必要に応じて就業規則や労使協定の改定を行う必要があります。

これらの継続的な確認と改善を通じて、裁量労働制を単なる時間管理の手段ではなく、労働者の自律的な働き方を支援し、企業の持続的な成長に貢献する制度として真に機能させることができます。

企業は、労働者との信頼関係を基盤として、裁量労働制の健全な運用に努めるべきです。