概要: 「働きがい」と「働きやすさ」は混同されがちですが、それぞれ異なる意味を持ちます。本記事では、これらの概念の違いを明確にし、モチベーション向上やエンゲージメント強化に繋がる働きがいとは何かを解説します。
近年、企業と個人の双方にとって「働き方」の質が問われています。単に労働時間を減らすだけでなく、仕事を通じて得られる満足感や充実感を求める声が高まっており、その中で「働きがい」と「働きやすさ」という二つの概念が注目されています。
この記事では、これら二つの要素が私たちのモチベーションにどのように影響し、真の意味で生産的で豊かな働き方へと繋がるのかを、最新の調査データや理論を交えながら深掘りしていきます。
「働きがい」と「働きやすさ」の基本的な意味と違い
働きがいの本質と働きやすさの条件
「働きがい」とは、仕事そのものから得られる内発的な満足感を指します。具体的には、自身のスキルアップや成長の実感、困難な課題を乗り越えた達成感、そして周囲からの貢献に対する承認などが挙げられるでしょう。
これは、個人の内側から湧き上がる意欲と深く結びついており、仕事への主体的な関わりを促します。
一方で「働きやすさ」とは、仕事を取り巻く環境によってもたらされる外発的な条件を指します。例えば、ハラスメントのない良好な人間関係、プライベートとの調和が取れたワークライフバランス、そして快適なオフィス環境や福利厚生の充実などがこれに当たります。
働きやすさは、ストレスなく働き続けるための土台となる要素であり、働く上での不満を解消する上で非常に重要です。
なぜ今、働きがいの重要性が増しているのか
多くの企業が従業員の定着率向上や採用力強化のため、「働きやすさ」の整備に力を入れています。しかし、近年の調査では、従業員の満足度や幸福度には、単なる「働きやすさ」以上に「働きがい」が重要であるという結果が示されています。
これは、「働きがい」が従業員の深いモチベーションを引き出し、仕事へのエンゲージメントを高めるからです。結果として、個人の生産性向上だけでなく、組織全体の創造性やイノベーションの創出にも直結すると考えられています。
現代の労働者は、単に給与や福利厚生だけでなく、仕事を通じて自己成長を遂げ、社会に貢献している実感を強く求めているのです。</
働きやすさだけでは不十分?「ゆるブラック」の問題提起
「働きやすさ」の追求は重要ですが、それが過度に偏ると新たな問題を生み出す可能性も指摘されています。近年、「ゆるブラック」という言葉が生まれました。
これは、残業が少なくノルマも厳しくないため表面上は働きやすいものの、その実態は成長機会が乏しく、他の職場で通用する専門スキルも身につきにくい環境を指します。このような環境では、一時的な居心地の良さはあっても、中長期的なキャリア形成においては不安を感じる従業員が増えてしまいます。
真に従業員のモチベーションと企業成長を両立させるためには、単に快適な労働環境を提供するだけでなく、適切な挑戦と成長の機会を与え、仕事を通じて意義を感じられる「働きがい」を同時に追求することが不可欠です。
「やりがい」や「エンゲージメント」との関連性
働きがいとエンゲージメントの密接な関係性
「従業員エンゲージメント」とは、従業員が組織や仕事に対して抱く愛着心や貢献意欲のことを指します。これは、単なる従業員満足度とは異なり、仕事への積極的な関与や、組織目標達成への自発的な努力を促す概念です。
「働きがい」は、このエンゲージメントを育む上で最も重要な要素の一つと言えるでしょう。仕事に意義を見出し、自身の成長を実感できる環境であればあるほど、従業員は会社への帰属意識や貢献意欲を高め、より積極的に業務に取り組むようになります。
つまり、働きがいが満たされることで、従業員は自身の能力を最大限に発揮し、組織の目標達成に貢献しようと主体的に行動するようになるのです。
日本企業のエンゲージメントの現状と経済的損失
残念ながら、日本における従業員エンゲージメントの現状は、国際的に見ても深刻な課題を抱えています。ギャラップ社の調査によると、日本で「仕事に対して意欲的かつ積極的に取り組む人(Engaged)」の割合は、わずか6%に過ぎません。
これは、世界最低水準であり、他の先進国と比較しても著しく低い数値です。さらに、意欲を持たない従業員がその4倍にあたる24%も存在し、この状況が10年以上も続いていると報告されています。
この低い従業員エンゲージメントは、日本企業に甚大な経済的損失をもたらしていると試算されており、その額は年間86兆円以上にも上ると言われています。この数値は、個々の企業の生産性低下だけでなく、国全体の競争力にも大きく影響を与えていることを示唆しています。
モチベーションの源泉:内発的動機づけの重要性
従業員のモチベーション(動機づけ)には、「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」の2種類があります。
- 内発的動機づけ: 個人の興味、好奇心、達成感など、活動そのものから得られる満足感によって生じます。これは、長期的に持続可能なモチベーションを生み出し、創造性や問題解決能力の向上にも大きく寄与します。
- 外発的動機づけ: 報酬、罰、評価など、外部からの刺激によって引き起こされます。即効性があり、短期的な目標達成には効果的ですが、その効果は一時的である傾向があります。
心理学者のハーズバーグが提唱した「二要因理論」によれば、給与や労働条件といった職場の「衛生要因」が不十分だと従業員の不満につながりますが、それらが満たされても必ずしも満足度やモチベーション向上にはつながりません。一方で、達成感、承認、責任、成長の機会といった「動機づけ要因」が満たされると、従業員の満足度と生産性が向上します。
このことから、従業員の真のモチベーションを高めるためには、報酬や福利厚生といった外発的動機づけだけでなく、内発的動機づけを刺激する「働きがい」の創出が不可欠であると言えるでしょう。
働きがいを高めるための具体的なアプローチ
企業文化とコミュニケーションの強化
働きがいを高める上で、企業理念やビジョンの浸透は非常に重要です。従業員が会社の目指す方向性に共感し、自身の仕事がその実現にどう貢献しているかを理解することで、自発的な貢献意欲を高めることができます。
定期的な社内報や全体会議を通じて、企業のビジョンを繰り返し伝え、従業員一人ひとりがその一員であるという意識を醸成することが求められます。
また、風通しの良い組織文化を築くためには、社内コミュニケーションの活性化が不可欠です。定期的なミーティング、社内SNSの活用、上司が部下の相談に乗るオープンオフィスアワーの設置などを通じて、部署や役職を超えた活発な意見交換を促し、信頼関係を深めることが重要です。
従業員の成長と公平な評価の仕組み
従業員が自身の努力が正当に評価されていると感じることは、モチベーション維持に不可欠です。透明性と公平性のある人事評価制度は、従業員が目標に向かって努力する動機づけとなります。
評価基準を明確にし、定期的なフィードバックを行うことで、従業員は自身の強みや改善点を理解し、次の行動へと繋げることができます。
さらに、従業員の成長を支援し、キャリア形成の機会を提供することも重要です。スキルアップのための研修制度の充実、資格取得支援、あるいは社内公募制度による異動機会の提供などは、従業員の学習意欲とエンゲージメントを高めます。
明確なキャリアパスを示すことで、将来への不安を解消し、長期的な視点で自身の成長を会社に委ねられる安心感を与えることができます。
ワークライフバランスと承認の文化醸成
柔軟な働き方を導入することは、「働きやすさ」だけでなく「働きがい」にも繋がります。フレックスタイム制やテレワーク、時短勤務などの選択肢を増やすことで、従業員は自身のライフスタイルに合わせて働き方を選択でき、仕事とプライベートのバランスを取りやすくなります。
これにより、ストレスが軽減され、心身ともに健康な状態で仕事に取り組めるため、結果的に生産性の向上や仕事への満足感に繋がるのです。
そして、従業員の成果や貢献を認め、称賛する文化の醸成は、モチベーション向上に欠かせません。日々の業務における小さな成功から大きなプロジェクトの達成まで、具体的な行動を評価し、感謝の言葉を伝えることで、従業員は自身の存在価値や有能感を感じることができます。
定期的なエンゲージメントサーベイを実施し、従業員のニーズや職場の課題を把握し、改善策に繋げるサイクルも、働きがいを高める上で有効な手段となります。
働き方改革と働きがい:両者の密接な関係
働き方改革の目的と働きがいの位置づけ
働き方改革は、単に労働時間を短縮するだけでなく、多様な働き方を促進し、個人の能力を最大限に引き出すことで、生産性の向上を目指すものです。その中心には、従業員一人ひとりが仕事に意義を見出し、主体的に業務に取り組む「働きがい」が不可欠な要素として位置づけられています。
労働時間の削減や有給休暇の取得推進といった「働きやすさ」の改善は、従業員の健康やプライベートの充実を促す上で重要ですが、それだけでは真の生産性向上や企業の成長には繋がりません。
働き方改革は、働きやすい環境を整備しつつ、同時に従業員が自身のスキルを活かし、貢献を実感できる「働きがい」を創出することで、企業の持続的な発展を目指す包括的な取り組みであるべきです。
柔軟な働き方が生み出す相乗効果
テレワークやフレックスタイム制、裁量労働制といった柔軟な働き方は、単に「働きやすさ」を高めるだけでなく、従業員の「働きがい」にも大きな好影響を与えます。
これらの制度は、従業員が自身の時間や場所をより自由に選択できることで、仕事に対する自己管理能力や責任感を向上させます。自律性が高まることで、仕事へのオーナーシップが生まれ、与えられた業務をこなすだけでなく、自ら課題を発見し、解決策を提案するといった主体的な行動が促されるのです。
例えば、育児や介護と仕事を両立しながらも、自身の専門性を活かして貢献できる環境は、従業員のモチベーションを維持し、長期的なキャリア形成を支援することに繋がります。
柔軟な働き方は、従業員が仕事とプライベートの調和を図りながら、自身の能力を最大限に発揮できる土壌を作り、結果として「働きがい」を深める相乗効果を生み出すと言えるでしょう。
「ゆるブラック」を回避し、持続的な成長へ
働き方改革を進める中で、留意すべきなのが「ゆるブラック」の問題です。前述したように、表面的な働きやすさだけを追求し、従業員の成長機会や挑戦の場が失われると、結局は「働きがい」が低下し、従業員のエンゲージメントを損ねてしまいます。
企業は、働き方改革を推進する際に、単に労働時間を減らすだけでなく、業務の質を高め、従業員がスキルアップできるような仕組みを同時に構築する必要があります。
例えば、短くなった時間の中で効率的に成果を出すためのITツールの導入支援や、新しい知識・スキルを習得できる研修プログラムの提供などが挙げられます。挑戦的な目標設定と、それを達成するためのサポートを組み合わせることで、従業員は働きやすさを享受しながらも、自身の成長と貢献を実感できるはずです。
働き方改革は、「働きやすさ」と「働きがい」のバランスを追求し、持続的な企業成長へと繋がるものでなければなりません。
経済成長と働きがいはどう繋がるのか
働きがいがもたらす企業価値の向上
働きがいが高い従業員は、仕事に対するモチベーションが高く、主体的に業務に取り組むため、結果として高い生産性を発揮します。彼らは新しいアイデアを積極的に提案し、困難な課題にも臆することなく挑戦することで、企業のイノベーションを促進します。
さらに、エンゲージメントの高い従業員は、顧客に対してより良いサービスを提供し、顧客満足度の向上にも貢献します。これにより、企業のブランド価値が高まり、優秀な人材の獲得にも繋がりやすくなります。
離職率の低下も、働きがいがもたらす大きなメリットです。人材の流出を防ぐことで、採用コストや教育コストを削減し、組織内の知識や経験を蓄積することができます。
日本企業が年間86兆円以上の損失を出しているというデータは、裏を返せば、働きがいを向上させることで、これだけの経済効果を生み出す可能性があることを示唆しています。
国全体の生産性向上とイノベーション
個々の企業の働きがいが向上することは、単なる企業利益に留まらず、国全体の経済成長にも大きく寄与します。従業員一人ひとりの生産性が高まることで、国内総生産(GDP)の押し上げに繋がり、日本の国際競争力強化にも貢献します。
特に、内発的動機づけに基づく「働きがい」は、従業員が自律的に考え、行動することを促すため、新しい技術やサービス、ビジネスモデルの創出といったイノベーションの源泉となります。
日本のエンゲージメントスコアが世界最低水準であるという現状は、このイノベーション創出力や国全体の生産性向上にとって、大きな足枷となっている可能性を示唆しています。働きがいを国を挙げて推進することは、少子高齢化が進む日本にとって、持続的な経済成長を実現するための重要な戦略となるでしょう。
業界別エンゲージメントスコアから見る未来の展望
2022年の調査では、業界によって従業員エンゲージメントのスコアに差が見られることが明らかになっています。
高い傾向にある業界 | 低い傾向にある業界 |
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広告・情報通信サービス | 機械・電気製品 |
消費者サービス | 素材・素材加工品 |
不動産業界 | 建設業界 |
広告・情報通信サービス、消費者サービス、不動産業界が高い傾向にあるのは、比較的成果が視覚化しやすく、個人の裁量が大きい業務が多いことなどが影響していると推測できます。一方で、機械・電気製品、素材・素材加工品、建設業界のスコアが低いのは、成果の見えにくさや、多くの拠点展開に伴うコミュニケーションの難しさなどが背景にあるのかもしれません。
これらの業界間の差を埋め、低いスコアの業界でも働きがいを高める取り組みを進めることは、日本産業全体の底上げに繋がります。各業界の特性に応じた働きがい向上策を講じることで、従業員エンゲージメントの向上、ひいては日本の経済成長への貢献が期待できるでしょう。
「働きがい」と「働きやすさ」は、従業員のモチベーションとエンゲージメントを高める上で、それぞれ重要な要素です。特に、内発的動機づけに繋がる「働きがい」は、従業員の主体的な貢献意欲を引き出し、企業の持続的な成長に不可欠です。
日本における従業員エンゲージメントの低さを踏まえ、企業は「働きがい」を創出する施策に注力することが求められています。従業員が仕事を通じて自己成長を実感し、社会に貢献できる喜びを感じられる環境を整えることが、企業と個人の双方にとって豊かな未来を築く鍵となるでしょう。
まとめ
よくある質問
Q: 「働きがい」と「働きやすさ」の最も大きな違いは何ですか?
A: 「働きがい」は仕事そのものから得られる充実感や達成感、成長実感などを指します。一方、「働きやすさ」は、労働時間、休暇、労働環境、人間関係など、仕事をする上での物理的・精神的な負担の少なさや快適さを指します。
Q: 「働きがい」と「やりがい」に違いはありますか?
A: 「働きがい」と「やりがい」は非常に近い概念で、しばしば同義で使われます。どちらも仕事を通じて得られる充足感や達成感といったポジティブな感情を指しますが、「やりがい」の方がより個人的な価値観や熱意に根差したニュアンスを持つこともあります。
Q: 「働きがい」を高めることは、従業員のモチベーションにどう影響しますか?
A: 働きがいが高いと、従業員は仕事に主体的に取り組み、困難な課題にも挑戦しようとする意欲が高まります。これにより、内発的なモチベーションが向上し、長期的なエンゲージメントに繋がります。
Q: 「働き方改革」は「働きがい」とどのように関連していますか?
A: 働き方改革は、柔軟な働き方や長時間労働の是正などを通じて「働きやすさ」を向上させる側面があります。しかし、その本質は、従業員一人ひとりが主体的に能力を発揮し、充実感を得られる「働きがい」を創出することにも繋がります。
Q: 「働きがい」と「経済成長」にはどのような関係がありますか?
A: 従業員の「働きがい」が高まると、生産性の向上、イノベーションの促進、顧客満足度の向上などに繋がり、結果として企業の業績向上、ひいては経済全体の成長に貢献すると考えられています。日経平均株価などの経済指標にも間接的に影響を与える可能性があります。