概要: かつて当たり前だった終身雇用制度は、現代においてその限界を露呈しつつあります。本記事では、終身雇用の功罪を振り返り、制度が維持しにくくなった背景、そして若者世代の価値観の変化を踏まえ、流動性のある新たな働き方と未来への選択肢について考察します。
近年、「終身雇用」という言葉を耳にする機会が減り、働き方が多様化していることを実感している方も多いのではないでしょうか。本記事では、変化する働き方と、それに伴う未来の選択肢について、最新の情報を基に解説します。
終身雇用制度の功罪:安定と引き換えに失われたもの
「揺るぎない安定」がもたらした安心感
かつて日本の雇用慣行の象徴であった終身雇用制度は、多くの労働者にとって大きな安心材料でした。一度入社すれば定年まで雇用が保証されるという前提は、人生設計を立てやすく、住宅ローンや子どもの教育費といった長期的な計画を安心して進めることを可能にしました。
企業側も、従業員が長期にわたって貢献してくれることを期待し、手厚い教育研修や福利厚生を提供することで、企業への帰属意識を高め、組織の一体感を醸成してきました。2016年の調査では、「終身雇用」を支持する割合が約9割と過去最高を記録しており、その安定志向がいかに根強かったかが伺えます。
このような雇用形態は、従業員に精神的な安定をもたらし、企業への忠誠心を育む土壌となりました。日本経済の高度成長を支えた一因とも言えるでしょう。
成長と変化を阻害した側面
しかし、終身雇用制度は、その安定と引き換えに、様々なデメリットも生み出しました。最も顕著なのは、企業組織の硬直化です。年功序列と相まって、若い世代が能力を発揮しにくい環境が生まれ、新しいアイデアや変化への適応力が鈍る傾向がありました。
また、従業員自身も、転職という選択肢が一般的でなかったため、自身の市場価値を高めるためのスキルアップや、外部環境の変化に対応するための学び直しへのモチベーションが低くなりがちでした。これにより、個人のキャリア選択肢が限定され、自身の適性や情熱とは異なる職務に長年従事せざるを得ない状況も多く見られました。
結果として、イノベーションの停滞や、国際競争力の低下を招く一因となったことも指摘されています。終身雇用が当たり前であった時代には見過ごされがちでしたが、変化の激しい現代において、その負の側面は無視できないものとなっています。
「安定」の陰で見過ごされたデメリット
終身雇用の「安定」という言葉の裏には、個人の自律的なキャリア形成を妨げる要素が潜んでいました。企業に全てを委ねる形が一般的だったため、従業員は自らキャリアをデザインするという意識が希薄になりがちでした。
また、企業側から見れば、一度採用した人材を解雇することが非常に困難であるため、人件費が硬直化し、不採算部門の再編や事業構造改革が遅れる要因ともなりました。これは、特に経済が停滞期に入った際に、企業の体力を大きく蝕む結果となりました。
従業員の側でも、企業内の人間関係や文化が合わなくても、転職という選択肢が容易でないため、我慢を強いられるケースも少なくありませんでした。ワークライフバランスという概念が浸透する以前は、仕事が個人の生活を支配する傾向も強く、長期的なストレスや疲弊につながる可能性も指摘されています。
なぜ「終身雇用」は維持しにくくなったのか?
経済環境の変化とグローバル競争の激化
終身雇用制度が維持困難になった最大の理由の一つは、1990年代以降の経済環境の劇的な変化にあります。バブル経済の崩壊後、日本経済は長期にわたる停滞期に入り、企業は常にコスト削減と効率化を求められるようになりました。
さらに、グローバル化の進展により、国際競争が激化。海外の企業と比べて、日本の終身雇用制度が前提とする固定的な人件費は、企業にとって重い負担となりました。迅速な経営判断や事業構造の転換が求められる中で、従業員を簡単に解雇できない日本の雇用慣行は、企業の機動力を奪う要因となったのです。
新興国の台頭や技術革新のスピードアップも、企業が長期的な視点で安定雇用を約束することを難しくしました。市場の変化に柔軟に対応し、必要な時に必要な人材を確保・再配置する能力が、企業の存続に不可欠になったのです。
テクノロジーの進化と産業構造の変革
デジタル技術の進化、特にAIやRPAの導入は、多くの職種に大きな影響を与えています。定型的な業務は自動化され、人間が担うべき役割は、より高度な判断力や創造性、コミュニケーション能力が求められるものへとシフトしています。
このような変化は、企業が必要とするスキルセットを絶えず更新することを意味します。かつての終身雇用制度下では、入社時に身につけたスキルで定年まで働くことが可能でしたが、現代では継続的な学習(リスキリング)が不可欠です。企業も、変化するニーズに合わせて従業員のスキルを再教育し続ける負担を抱えることになります。
産業構造そのものも大きく変革しており、これまで安定していたと思われた業界が急速に衰退したり、全く新しい産業が勃興したりする時代です。このような環境下で、企業が数十年にわたる雇用を保証し続けることは、非常に高いリスクを伴うようになりました。
企業側の本音:負担増と硬直性の是正
企業側の視点から見ると、終身雇用制度の維持は、財政的な負担だけでなく、組織運営上の硬直性という課題も突きつけます。一度採用した人材は容易に解雇できないため、市場の変化に対応して事業を再編する際に、余剰人員を抱えることになります。
参考情報にもある通り、大企業での従業員に占める終身雇用の割合は2016年で38.9%とされており、中小企業ではさらに普及していないのが現状です。これは、企業が終身雇用を実質的に維持することが難しくなっている現実を示しています。
また、テレワークの継続的実施とも関連し、ジョブ型雇用の拡充意向を持つ企業が4割程度存在し、特に中小企業で導入しやすい傾向が見られます。これは、職務内容を明確化し、成果に基づいた評価を行うことで、必要なスキルを持つ人材を柔軟に配置し、生産性を高めたいという企業の強い意思の表れです。硬直化した人事制度を是正し、より効率的で変化に強い組織を目指す動きが加速しています。
「やめるべき」論の背景:若者世代の価値観の変化
ワークライフバランスを重視する傾向
「終身雇用」を過去のものと捉え、「やめるべき」と主張する論調の背景には、特に若者世代を中心とした価値観の大きな変化があります。かつては「滅私奉公」の精神で仕事に打ち込むことが美徳とされていましたが、現代では仕事だけでなく、個人の生活やプライベートを充実させたいというニーズが高まっています。
具体的なデータとして、2030年には「仕事とプライベートをしっかり分けたい」と考える人が58.3%を占めると予測されています。これは、労働者が単なる企業の一員としてではなく、一人の人間として豊かな人生を送りたいと願っていることの表れです。
リモートワークの普及や、フレックスタイム制度の導入など、柔軟な働き方が浸透する中で、仕事と育児・介護、あるいは自己啓発や趣味の時間を両立させたいと考える人が増えています。終身雇用のような企業への全面的なコミットメントを求める働き方は、もはや時代の要請に合致しないと見なされつつあります。
成長機会と自己実現を求める意欲
現代の若者世代は、単に安定した職に就くことだけではなく、自身のスキルアップやキャリアチェンジを通じて、自己実現を追求したいという意欲が強い傾向にあります。一つの企業に定年まで勤め上げるよりも、様々な経験を積んで自身の市場価値を高めることを重視するようになりました。
2023年の調査では、多くの人が安定した雇用を望む一方で、若者を中心に転職による待遇改善を意識する変化も見られます。これは、自身の能力や成果が適切に評価され、より良い条件で働ける場所があれば、積極的に動きたいという前向きな姿勢の表れです。
また、38.5%の人が「副業にチャレンジしてみたい」と考えていることからも、本業以外の活動を通じてスキルを磨いたり、新たな収入源を確保したりすることで、自身の可能性を広げたいという意識が読み取れます。このような自己成長への強い欲求は、終身雇用が前提とする固定的なキャリアパスとは相容れないものです。
企業への忠誠心から個人への投資へ
終身雇用制度は、企業と従業員の間に強固な「家族」のような関係を築くことを目指しました。しかし、現代の労働者は、企業への盲目的な忠誠心よりも、自分自身のスキルや経験への投資を重視するようになっています。
つまり、企業に依存するのではなく、自らのキャリアのオーナーシップを持ち、自身の市場価値を高めることが、長期的な安定につながると考えるようになったのです。これは、企業が従業員に提供する「安定」という価値が、かつてほど絶対的ではなくなったことを意味します。
企業がリスキリング支援やキャリア開発プログラムを提供することは、従業員のエンゲージメントを高める上で重要ですが、最終的には個々人が主体的に学び、キャリアを築いていくという意識が不可欠です。企業と個人の関係は、従来の「保護者と被保護者」のような関係から、「対等なパートナーシップ」へと変化しつつあると言えるでしょう。
流動性のある働き方へ:新たなキャリアパスの可能性
リモートワーク・ハイブリッドワークの定着
COVID-19パンデミックを機に、リモートワークは急速に普及し、多くの企業で定着しました。この働き方は、従業員に時間と場所の柔軟性をもたらし、生活と仕事の調和を図る上で大きなメリットを提供しています。
参考情報によれば、2020年5月には在宅勤務の割合が61%に上昇し、その後も高い水準を維持しています。さらに、2023年には世界中の労働力の83%がハイブリッドワークを理想的と考えているという調査結果もあり、リモートワークの選択肢を提供する企業を選ぶ労働者が多いことが示されています。
このような働き方は、通勤による身体的・精神的負担の軽減、居住地の選択肢の拡大、そして企業にとってはオフィス維持費の削減や、優秀な人材を地理的制約なく確保できるというメリットがあります。流動性のある働き方の象徴として、今後も主流のスタイルとして定着していくでしょう。
多様な雇用形態とキャリアの複線化
終身雇用が前提とする「正社員」という単一の雇用形態だけでなく、現代では多様な働き方が選択肢として広がっています。フリーランス、業務委託、副業・兼業、プロジェクト単位での契約など、個人のスキルやライフスタイルに合わせて柔軟に働くことが可能になっています。
「働き方の未来2035」によれば、2035年には正社員に限定しない多様な雇用形態の拡充が予想されています。これは、企業が特定の職務やプロジェクトに必要なスキルを持つ人材を外部から柔軟に調達しやすくなる一方で、個人は一つの企業に縛られず、複数の収入源やキャリアパスを持つことができるようになることを意味します。
このようなキャリアの複線化は、個人のスキルセットを多角的に発展させ、予期せぬ変化にも対応できるレジリエンスを高めます。専門性の高いプロフェッショナルとして、企業と対等な立場で契約を結び、価値を提供する働き方も増えていくことでしょう。
ジョブ型雇用の拡充がもたらす変化
日本企業においても、「ジョブ型雇用」への関心と導入が進んでいます。テレワークの継続的実施とも関連し、ジョブ型雇用の拡充意向を持つ企業が4割程度存在し、特に中小企業で導入しやすい傾向が見られます。ジョブ型雇用は、職務内容と求められるスキルを明確にし、その職務に対する成果に応じて報酬を支払うシステムです。
これにより、従業員は自身の専門性を深く追求し、具体的な成果を出すことに集中しやすくなります。企業側も、必要なスキルを持つ人材を適材適所で配置し、人材の流動性を高めることで、組織のパフォーマンスを最大化することが期待できます。従来の年功序列型賃金体系からの脱却が進み、「成果や実績を重視する人事評価制度の浸透」が、「働き方の未来2035」でも予測されています。
この変化は、労働市場全体の流動性を高め、個人が自身のスキルと経験に基づいて、より適切なキャリアパスを選択しやすくなるというメリットがあります。自身の専門性を磨き、それを活かせる環境を主体的に探すことが、これからの時代にはより重要になるでしょう。
未来の雇用をどう考える?個人と企業ができること
個人が持つべき「キャリアのオーナーシップ」
終身雇用が過去のものとなり、流動性の高い働き方が主流となる未来において、個人に最も求められるのは「キャリアのオーナーシップ」を持つことです。企業にキャリアを委ねるのではなく、自ら主体的に自身のキャリアパスをデザインし、実行していく意識と行動が不可欠となります。
具体的には、自身の市場価値を常に把握し、不足しているスキルや知識を自発的に学び直す「リスキリング」の重要性が増すでしょう。参考情報でも、個人のスキルアップやキャリア形成を重視する自発的な学び直しが挙げられています。
情報収集やネットワーキングを通じて、常に自身のキャリアの選択肢を広げ、変化の兆候をいち早く捉えることが重要です。一つの職務や業界に固執せず、複数のスキルや経験を組み合わせることで、多様なキャリアパスを築き、どのような環境下でも活躍できる能力を培うことが、これからの時代を生き抜く鍵となります。
企業に求められる「魅力的な労働環境」づくり
企業側も、変化する労働市場に対応し、優秀な人材を惹きつけ、定着させるために、より魅力的な労働環境を整備する必要があります。かつてのように「安定」だけを提供すれば良い時代は終わり、従業員一人ひとりの多様なニーズに応える柔軟性が求められます。
具体的には、リモートワークやフレックスタイム制といった柔軟な働き方の導入、公正で透明性の高い人事評価制度、そして従業員のスキルアップを支援するためのリスキリングプログラムやキャリアコンサルティングの提供などが挙げられます。従業員のウェルビーイング(心身の健康と幸福)を重視し、安心して働ける心理的安全性のある職場環境を築くことも不可欠です。
2023年の調査では、多くの人が雇用が安定している日本型の労働市場モデルを望む一方で、若者を中心に転職による待遇改善を意識する変化も見られます。これは、企業が従業員の働きがいと成長をサポートし、適切な報酬を与えることで、長期的なエンゲージメントを築くことの重要性を示唆しています。
流動性と安定性を両立する社会モデルへ
「働き方の未来2035」では、時間や場所にとらわれない自由で柔軟な働き方、正社員に限定しない多様な雇用形態の拡充、成果や実績を重視する人事評価制度の浸透などが予想されています。このような未来において、社会全体で流動性と安定性を両立するモデルを構築することが重要です。
個人が安心してキャリアチェンジやリスキリングに取り組めるよう、失業時のセーフティネットの強化や、社会保障制度の見直しが求められます。また、労働市場の透明性を高め、求職者と企業がより効率的にマッチングできる仕組みを整備することも不可欠です。
企業と個人が「共存共栄」の関係を築き、企業は従業員の成長を支援し、従業員は企業に価値を提供する。そして、国や自治体は、そのような新しい働き方を支えるための環境整備を行う。この三者が協力し、変化に対応できる持続可能な雇用システムを構築していくことが、これからの日本の社会に求められる大きな課題と言えるでしょう。
まとめ
よくある質問
Q: 終身雇用制度のメリットは何ですか?
A: 従業員の長期的な定着を促し、企業への忠誠心や組織への帰属意識を高めることが期待できます。また、従業員は雇用の安定を得られるため、安心してキャリアを築きやすいという側面があります。
Q: 終身雇用制度が維持しにくくなった主な理由は何ですか?
A: 経済のグローバル化や技術革新による産業構造の変化、少子高齢化による労働力不足、そして個人のキャリアに対する価値観の多様化などが挙げられます。企業側も、変化に対応できる柔軟な人材確保が難しくなってきています。
Q: 若者世代は終身雇用についてどのように考えていますか?
A: 多くの若者世代は、終身雇用に固執せず、自身のスキルアップや多様な経験を積むことを重視する傾向があります。企業の看板に頼るのではなく、自身の市場価値を高めることに関心が高いと言えます。
Q: 終身雇用に代わる働き方にはどのようなものがありますか?
A: 成果主義に基づく人事制度、ジョブ型雇用、フリーランス、副業・兼業の推進、タレントマネジメントなどが考えられます。これにより、個人の能力や貢献度に応じた評価と報酬、そして柔軟な働き方が可能になります。
Q: 個人として、変化する雇用環境にどう対応すれば良いですか?
A: 常に学び続ける姿勢を持ち、自身のスキルや知識をアップデートすることが重要です。また、幅広い人脈を築き、情報収集を怠らないこと、そして変化を恐れずに新しいことに挑戦する柔軟性を持つことが求められます。