「終身雇用」は日本だけの幻想?世界との比較と現状を解説

「終身雇用」という言葉を聞くと、多くの日本人が抱くイメージは「新卒から定年まで一つの企業で働き続ける」というものでしょう。

これは日本独自の雇用慣行として広く認識されていますが、その実態は変化しつつあります。今回は、この終身雇用が本当に日本だけの幻想なのか、世界との比較や統計データからその現状と未来を探ります。

日本における終身雇用の実態とは?

終身雇用の定義と歴史的背景

「終身雇用」とは、一般的に新卒で入社した企業に定年まで勤め上げる雇用慣行を指します。これはしばしば日本型の雇用システムの象徴とされてきました。

しかし、その歴史は意外にも新しく、戦後の高度経済成長期に本格的に広まったものです。当時は、企業が安定的な労働力を確保し、長期的な視点で人材育成を行う上で非常に有効な制度でした。

経済成長を前提とした終身雇用と年功序列は、従業員の企業への忠誠心を高め、技術やノウハウの蓄積を促し、結果として企業の競争力向上に大きく貢献しました。

しかし、バブル崩壊後の経済の長期停滞、そしてグローバル化の進展や技術革新の加速は、この維持を困難にしています。企業は変化の激しい時代に対応するため、より柔軟な雇用形態を模索せざるを得なくなっているのです。

統計データから見る日本の終身雇用割合

終身雇用という概念が揺らぎつつある現代において、実際にどれくらいの人がその恩恵を受けているのでしょうか。厚生労働省の資料によると、2016年時点での興味深いデータがあります。

若い頃に入社して同一企業に勤め続けている従業員の割合は、大卒で約5割、高卒で約3割とされています。この数値は、1995年以降緩やかながらも低下傾向にありますが、それでも半数近くの大学卒業者が長期的な雇用関係にあることを示しています。

このデータは、完全な終身雇用という形ではなくとも、「長期雇用」の慣行が依然として日本社会に根強く残っていることを示唆しています。多くの企業が、従業員の安定を重視する姿勢を維持しているとも解釈できるでしょう。

しかし、企業を取り巻く環境の変化は避けられず、この割合が今後も維持されるかは不透明な状況にあります。

実態としての「長期雇用」と支持層

統計データに見られるように、表面的な「終身雇用」の割合は減少傾向にありますが、その実態はより複雑です。

実際には、一つの企業グループ内で関連会社への出向や転籍を経験しながら定年を迎えるケースも多く、これを厳密な意味での「終身雇用」と呼ぶべきか、「長期雇用」と表現すべきかという議論もあります。従業員にとっては、勤める会社が変わっても、安定した雇用が継続される点では従来の終身雇用に近い感覚を持つことも少なくありません。

また、興味深いことに、終身雇用に対する社会的な支持は依然として非常に高い水準にあります。ある調査では、約9割もの人が終身雇用を支持すると回答しており、安定した雇用へのニーズがいかに根強いかが分かります。

これは、経済の不確実性が高まる現代において、労働者が最も重視する要素の一つが「雇用の安定」であることを示していると言えるでしょう。

なぜ日本で終身雇用が根付いたのか?

高度経済成長期の企業戦略

日本で終身雇用が深く根付いた背景には、高度経済成長期の企業の明確な戦略がありました。

この時代、日本企業は急速な経済成長の波に乗り、生産量を拡大し、国際競争力を高める必要がありました。そのために不可欠だったのが、質の高い労働力を安定的に確保し、長期的な視点で育成することでした。終身雇用制度は、新卒を一括で採用し、入社後にOJT(On-the-Job Training)を通じて専門スキルや企業文化を徹底的に教え込むことで、企業に最適化された人材を育てることを可能にしました。

従業員側も、一度入社すれば定年まで雇用が保障され、年功序列によって給与や役職が上がるという明確なキャリアパスが描けたため、企業への忠誠心が高まり、離職率も低く抑えられました。これにより、企業は貴重なノウハウの流出を防ぎ、組織全体の生産性と安定性を向上させることができたのです。

終身雇用は、単なる雇用慣行にとどまらず、当時の日本の経済成長を支える強力なシステムとして機能していました。

労働組合と企業文化の影響

終身雇用が日本社会に深く定着したもう一つの要因として、企業文化と労働組合の存在が挙げられます。

日本の企業文化は、家族主義や集団主義的な特性を強く持ち、「会社は家族」という意識が根付いていました。企業は従業員の生活全般にわたって責任を持つという意識があり、従業員もまた会社への強い帰属意識を持っていました。これにより、労使間での対立よりも協調が重視され、企業全体の利益を追求する傾向が強まりました。

また、日本の労働組合の多くは「企業別組合」であり、特定の企業に所属する従業員で組織されています。これは欧米のような産業別組合や職種別組合とは異なり、企業の成長と従業員の待遇改善が密接に結びついていました。企業別組合は、終身雇用制度を維持・強化する方向で労使交渉を進めることが多く、結果として制度の定着に寄与しました。

これらの要素が複合的に作用し、終身雇用は単なる制度ではなく、日本の社会・文化に深く根差した慣習として確立されていったのです。

変化を求める現代社会の背景

かつては日本の強みであった終身雇用制度も、現代においては大きな変革を迫られています。

その背景には、経済のグローバル化、産業構造の変化、そして少子高齢化といった複数の要因が絡み合っています。グローバル競争が激化する中で、日本企業は固定的な人件費の負担や硬直的な人事制度が足かせとなるケースが増えてきました。迅速な事業転換や新しい技術への対応が求められる現代において、終身雇用を前提とした人材配置や育成システムでは、変化のスピードについていくことが困難になってきているのです。

また、少子高齢化による労働力人口の減少は、企業にとって多様な人材の確保と活用が喫緊の課題となっています。従来の画一的な終身雇用モデルでは、育児や介護と仕事の両立、あるいは個人のキャリア志向に対応しきれない場面が増加しています。

こうした状況から、企業も労働者も、より柔軟で多様な働き方や雇用形態を模索し始めており、終身雇用という「当たり前」の前提が根本から見直されつつあるのが現代社会の大きな流れと言えるでしょう。

世界の終身雇用事情:日本との違い

欧米におけるジョブ型雇用の実態

日本の終身雇用や新卒一括採用の慣行は、世界的に見るとむしろ特殊なものです。特に欧米諸国では、日本とは異なる「ジョブ型雇用」が主流となっています。

ジョブ型雇用とは、職務内容や求められるスキルが明確に定義された「ジョブディスクリプション」に基づいて採用が行われる雇用形態です。企業は特定の職務を遂行できる専門性を持った人材を募集し、労働者はそのスキルや経験に応じて職務に就き、賃金が支払われます。

例えば、アメリカでは中途採用が一般的であり、特定の企業で長く働き続けることよりも、自身の専門スキルを高め、より良い条件やキャリアアップを目指して転職を繰り返すことが普通とされています。労働者は、企業への忠誠心よりも自身の市場価値を高めることに重点を置き、企業もまた、必要に応じて最適なスキルを持つ人材を柔軟に採用・解雇する文化があります。

このように、欧米では「会社に所属する」というよりも「ジョブに就く」という意識が強く、個人の専門性や市場価値が何よりも重視される働き方が浸透しています。

常用労働者と臨時労働者の違い

欧米諸国には、日本のような明確な「終身雇用」という概念は存在しませんが、雇用の安定性という点では「常用労働者」(Permanent worker)と「臨時労働者」(Temporary worker)という区分があります。

常用労働者は、労働契約期間の定めがない無期雇用契約を結んだ労働者を指し、日本の正規雇用に近い位置づけです。彼らは、法的な解雇規制や手厚い社会保障の恩恵を受けることが多く、比較的安定した雇用が保障されています。

しかし、これは「一度入社すれば定年まで安泰」という日本の終身雇用の意味合いとは異なり、企業が事業状況や個人のパフォーマンスに応じて解雇する可能性は常にあります。一方で、臨時労働者は、契約期間が定められた有期雇用契約を結んだ労働者であり、プロジェクト単位や短期的な労働需要に対応するために雇用されます。

このように、欧米では「職務の永続性」や「契約期間の有無」によって雇用の安定性が規定されるため、日本の「終身雇用」のような、企業と従業員の長期的な人生設計が結びついた概念は基本的に見られません。

非正規雇用と賃金格差の国際比較

雇用形態の多様化は、日本だけでなく世界的な傾向ですが、特に日本における非正規雇用の状況と賃金格差は注目すべき点です。

日本における非正規雇用者の割合は増加傾向にあり、2022年時点では労働者全体の36.6%を占めています。これは、経済のグローバル化に伴う人件費抑制の必要性や、不確実性への対応として企業がより柔軟な雇用戦略を取っていることの表れです。

世界的に見ても、非正規雇用者の賃金は正規雇用者よりも低い傾向にありますが、日本はその賃金格差が特に大きいという指摘があります。具体的には、有期雇用者の賃金は無期雇用者の約6割、短時間労働者の賃金はフルタイム労働者の6割未満となっており、この差は欧米諸国と比較しても顕著です。

この大きな賃金格差は、非正規雇用者の経済的安定性を脅かすだけでなく、消費の低迷にも繋がりかねない社会的な課題として認識されています。安定した雇用を前提とする終身雇用が揺らぐ中で、非正規雇用者の待遇改善は今後の日本社会にとって重要な論点となるでしょう。

終身雇用は本当に減っているのか?統計データから見る変化

長期勤続者の割合の推移

終身雇用が日本の雇用慣行の代名詞であった時代から、その実態は大きく変化しています。統計データからは、長期勤続者の割合が着実に減少している傾向が見て取れます。

先にも触れた通り、厚生労働省の資料では、2016年時点で若い頃に入社して同一企業に勤め続けている大卒の従業員は約5割、高卒で約3割とされています。この割合は1995年以降、一貫して低下傾向にあります。

これは、かつて「当たり前」とされた「一つの会社で働き続けること」が、徐々に例外的なものになりつつあることを示唆しています。転職がキャリア形成の一環として捉えられることが増え、企業側も人材の流動化を受け入れる姿勢へと変化しています。

ただし、依然として一定数の長期勤続者が存在することも事実であり、完全に終身雇用が消滅したわけではありません。むしろ、多様な雇用形態が混在する中で、長期雇用も選択肢の一つとして残されていると考えるべきでしょう。

非正規雇用の増加とその影響

終身雇用の減少を語る上で、非正規雇用者の増加は避けて通れない重要な側面です。

日本における非正規雇用者の割合は、1980年代後半から一貫して増加傾向にあり、2022年時点では労働者全体の36.6%を占めるまでに至っています。これは、企業のグローバル競争力強化のための人件費抑制、そして景気変動や事業環境の変化に対応するための柔軟な雇用調整の必要性からくるものです。

非正規雇用の増加は、特に若年層や女性にとって、正規雇用への入り口が狭まるという問題を引き起こし、キャリア形成の機会や経済的安定性の点で課題を生じさせています。また、非正規雇用は一般的に賃金水準が低く、福利厚生も正規雇用に比べて手薄なケースが多いため、社会全体の格差拡大にも繋がる可能性があります。

終身雇用という安定したキャリアパスが少なくなっていく中で、非正規雇用という不安定な働き方が増えることは、労働者個人のライフプランだけでなく、社会全体の持続可能性にも大きな影響を与えかねません。

企業の人事制度改革の動向

終身雇用の形骸化は、企業の人事制度改革の動きからも明らかです。

かつての日本企業では、年功序列型賃金や定期昇給が一般的でしたが、現代では成果主義やジョブ型人事制度の導入を進める企業が増えています。これは、従業員の能力や成果を直接評価し、それに応じて報酬や役職を決定することで、組織の活性化と競争力向上を図るものです。

参考情報にもあるように、企業は時代に合わせた人事制度の導入を進めており、これに伴い、特定のスキルや経験を持つ人材を外部から積極的に採用する「中途採用」も活発化しています。これにより、労働市場全体の流動化が進み、個々の労働者が自らのスキルや経験を活かして、より良い条件やキャリアを求めて転職する機会が増加しています。

このような企業側の動きは、終身雇用という一つの雇用形態に固執するのではなく、多様な働き方を許容し、個々の能力を最大限に引き出すことを目指す、新しい時代の企業経営の姿を示していると言えるでしょう。

これからの日本企業と働き方:終身雇用の未来

グローバル化と産業構造の変化

終身雇用の未来を考える上で、グローバル化と産業構造の大きな変化は避けて通れない要因です。

経済のグローバル化は、日本企業が世界の企業と直接競争することを意味します。この激しい競争環境下では、従来の硬直的な終身雇用・年功序列制度は、迅速な経営判断やコスト競争力の確保の足かせとなることがあります。

また、AIやデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展により、産業構造自体が大きく変化しています。これまで存在しなかった新しい職種が生まれ、一方で既存の職種が機械に代替される可能性も高まっています。このような変化の激しい時代において、企業が特定の従業員を定年まで雇い続けることの「合理性」が問われているのです。

従来の日本型雇用慣行は、こうした外部環境の急速な変化に対応するために、抜本的な変革を迫られています。企業はより柔軟な人材戦略を採用し、新たな価値を創造できる人材をどのように確保・育成していくかが問われています。

成果主義・ジョブ型人事への移行

これからの日本企業は、終身雇用に代わる新たな人事制度として、成果主義やジョブ型人事への移行を加速させるでしょう。

既に多くの企業が、従業員の年齢や勤続年数ではなく、個人の能力や達成した成果に基づいて評価し、報酬を決定する制度を導入しています。これにより、若手でも成果を出せば昇進・昇給のチャンスが広がり、組織全体のモチベーション向上に繋がると期待されています。

特に、職務内容を明確に定義し、その職務を遂行できる専門スキルを持つ人材を登用する「ジョブ型人事」は、グローバル企業との競争力を高める上で重要な要素となります。これは、従業員にとっても自身の専門性を磨き、市場価値を高めることの重要性を認識するきっかけとなるでしょう。

企業は、個々の従業員が持つスキルや専門性を最大限に活かし、変化に強い組織を作り上げるために、より柔軟で公正な人事制度を構築していくことが求められます。

労働市場の流動化と個人のキャリア形成

終身雇用という前提が薄れる中で、今後の日本社会では労働市場の流動化がさらに進むと考えられます。

これは、個人が自身のキャリアを企業任せにするのではなく、自律的に形成していく必要性が高まることを意味します。一つの企業で定年まで働き続けることが難しくなる分、転職を通じてキャリアアップを図ったり、多様な働き方(副業、兼業、フリーランスなど)を選択したりする人が増えるでしょう。

これからの時代に求められるのは、特定の企業に依存しない、「市場で通用するスキル」を常にアップデートし続ける能力です。リスキリング(学び直し)やアップスキリング(スキルの向上)は、個人のキャリアを豊かにするための不可欠な要素となります。

「終身雇用」という言葉が持つイメージと、実際の雇用慣行には既に大きな乖離があることも指摘されており、今後は「仕事基準」や「能力」を重視した雇用システムへの移行がさらに進むと予想されます。個人は自身の価値を高め、多様な選択肢の中から最適なキャリアパスを描いていく力が問われる時代となるでしょう。