概要: かつて日本の労働市場を支えてきた終身雇用制度。その定義、特徴、そして戦前から高度経済成長期にかけての歴史的背景を紐解きます。現代における終身雇用の意味や、正社員・正規雇用との違いについても解説します。
終身雇用制度は、かつて日本の雇用慣行の根幹をなし、多くの労働者に雇用の安定をもたらしましたが、現代ではその実態や意味合いが変化しています。本記事では、この終身雇用の歴史的背景から現代における意味までを詳しく解説します。
終身雇用の定義と歴史的変遷:戦前から昭和、高度経済成長期まで
終身雇用の基本的な定義
終身雇用とは、企業に一度採用されたら、定年までその企業で働き続けることを前提とした日本の伝統的な雇用慣行を指します。これは法的な制度ではなく、企業と労働者の間の「暗黙の了解」や「慣習」として機能してきました。
労働者にとっては雇用の安定が保証され、企業にとっては熟練した人材の確保と忠誠心の醸成に寄与すると考えられていました。厳密に言えば、企業側が従業員を解雇しないこと、そして従業員側が他の企業へ転職しないことの双方の期待に基づいています。
このような雇用形態は、特に日本の高度経済成長期において、企業競争力の源泉とも言われるほど強力な役割を果たしました。単に「長く働く」だけでなく、年功序列賃金や企業内教育といった他の日本型雇用システムと密接に結びついていました。
大正末期から昭和初期:原型形成期
終身雇用の原型は、意外にも戦後ではなく、大正末期から昭和初期にかけて形成され始めました。当時、熟練工の流動性が高かったため、企業は優秀な人材を長期的に引き留めることに苦慮していました。
これに対し、企業は従業員の定着を図る目的で、定期昇給制度や退職金制度を導入し始めます。これが、終身雇用の根幹をなす「長期勤務へのインセンティブ」の始まりと言えるでしょう。労働者側も、安定した生活を求めて企業への忠誠心を高めていきました。
この時期はまだ一部の企業や職種に限られた動きでしたが、日本の近代工業化が進む中で、企業が人材を囲い込み、技術やノウハウを蓄積していくための重要な基盤を築きました。労働者の生活安定と企業の競争力強化という双方のニーズが合致した結果として、終身雇用の概念が芽生えていったのです。
高度経済成長期:確立と定着
終身雇用が本格的に普及し、日本社会に定着したのは、第二次世界大戦後の高度経済成長期です。この時期、日本経済は飛躍的な発展を遂げ、企業は生産能力を拡大し、激しい競争の中で生き残るために優秀な人材を確保する必要がありました。
企業は、長期的に人材を育成し、ノウハウを蓄積することで競争力を強化。労働者は、戦後の混乱から安定した生活を求め、企業への所属意識を高めました。この時期に、終身雇用は年功序列、新卒一括採用と並んで「日本型経営の三種の神器」として定着し、日本の雇用慣行の代名詞となりました。
特に大企業を中心に、大学を卒業したら一つの企業に入社し、定年まで勤め上げるというキャリアパスが一般的になります。これにより、企業内での専門性の深化やチームワークの醸成が進み、日本の経済成長を強力に後押ししました。終身雇用は、単なる雇用慣行を超え、社会の安定と個人のアイデンティティの一部を形成するほどの影響力を持つようになったのです。
終身雇用の特徴と「神話」:三種の神器との関連性
日本型雇用の「三種の神器」
日本の終身雇用は、単独で存在する制度ではありませんでした。それは「日本型雇用」と呼ばれるシステムの中核を成す要素であり、特に「三種の神器」として知られる他の二つの慣行と密接に結びついて機能していました。
その二つとは、年功序列と新卒一括採用です。新卒で入社した社員を企業が長期的に(終身雇用)育成し、勤続年数に応じて役職と給与が上がっていく(年功序列)という仕組みです。
この三つの慣行は互いに補完し合い、企業に忠実で安定した労働力を提供する一方で、従業員には長期的なキャリアパスと生活の安定を保証しました。これにより、従業員は安心して企業に貢献し、企業は経験豊富な人材を育成・活用することができました。企業内でのOJT(On-the-Job Training)が発達したのも、このシステムの下で長期的な人材育成が前提となっていたからです。
「神話」としての終身雇用
終身雇用は、多くの日本企業において「守られるべき規範」として存在し、一種の「神話」と化していました。これは、企業が従業員を解雇しないという暗黙の約束と、従業員が企業に忠誠を誓うという双方の信頼関係の上に成り立っていました。
高度経済成長期からバブル期にかけては、多くの企業が業績を拡大し、従業員数を増やす傾向にあったため、この「終身雇用神話」は揺らぎませんでした。しかし、厳密に言えば、企業は経営が傾けばリストラを行うことは可能であり、また労働者も自己都合で転職することは自由でした。
しかし、実際のところは「一度入社したら、定年まで勤め上げるのが当然」という社会的なプレッシャーや期待が強く、転職が敬遠される風潮がありました。この「神話」が崩れ始めたのは、バブル経済の崩壊とそれに続く「失われた30年」と言われる長期経済低迷期であり、企業のリストラが本格化する中で、その実態との乖離が浮き彫りになっていきました。
安定と引き換えの代償
終身雇用は労働者に雇用の安定をもたらしましたが、その一方でいくつかの代償も伴いました。企業側にとっては、従業員の解雇が困難であるため、経済状況の変化に対応しにくいという硬直性がありました。
特に、年功序列賃金制度と結びついていたため、ベテラン社員の人件費が高騰し、若手の育成や新規事業への投資が圧迫されるという問題も生じました。組織の新陳代謝が遅れ、新しいアイデアやイノベーションが生まれにくい土壌になったとも指摘されています。
労働者側にとっても、安定と引き換えに、キャリアの選択肢が限定されるという側面がありました。企業への依存度が高まり、自身の市場価値を意識してスキルを磨くインセンティブが働きにくい状況も生まれました。また、会社の意向に反するキャリアチェンジが困難であったり、望まない異動にも従わざるを得なかったりといった、個人の自由が制限されるケースも少なくありませんでした。
終身雇用と正社員・正規雇用の関係性:違いと似ている点
正社員・正規雇用の定義
「正社員」や「正規雇用」という言葉は、現在の日本の労働市場において、最も一般的な雇用形態を指します。これらは法的な定義があるわけではありませんが、一般的には期間の定めのない労働契約(無期雇用)を結び、フルタイムで勤務し、企業の基幹業務に従事する労働者を指します。
正社員は、非正規雇用(パートタイマー、契約社員、派遣社員など)とは異なり、長期的な雇用が前提とされ、福利厚生や教育訓練の機会が充実している傾向にあります。また、多くの場合、月給制で賞与や退職金制度の対象となり、安定した生活基盤を築きやすいとされています。
終身雇用が「慣行」であるのに対し、正社員や正規雇用は「雇用形態」としての位置づけが異なります。終身雇用は、正社員という雇用形態の中で、企業が従業員を定年まで雇用し続けるという「慣習」でした。しかし、この両者は完全にイコールではありません。
終身雇用との重なりと乖離
かつての日本では、「正社員=終身雇用」という認識が強く、この二つはほぼ同義語として扱われてきました。正社員として企業に入社すれば、特別な問題がなければ定年まで勤め上げることが当然のキャリアパスだったのです。
しかし、現代においては、正社員であっても必ずしも「終身」ではありません。経済状況の変化や個人のキャリア志向の高まりから、正社員が転職を選択することはもはや珍しくなく、「一度正社員になったら一生同じ会社」という考え方は薄れつつあります。
一方で、依然として正社員は非正規雇用に比べて長期雇用が前提とされており、雇用が安定しているという点で、終身雇用が目指した「長期的な安定」と重なる部分は多く残っています。つまり、終身雇用は正社員という雇用形態の中で実践されてきた「慣行」であり、現代の正社員は「長期雇用」を前提としつつも、かつてのような絶対的な「終身」ではなくなっていると言えるでしょう。
現代における非正規雇用の拡大
終身雇用慣行の衰退と並行して、日本の労働市場で顕著な変化は、非正規雇用者の増加です。参考情報にあるように、2024年時点で、雇用者全体のうち非正規雇用者の割合は約4割(36.8%)に達しており、増加傾向にあります。
特に女性の非正規雇用率は高く、2020年には54.4%でした。これは、企業が人件費を抑制し、経営の柔軟性を高めるために非正規雇用を積極的に活用するようになったことが大きな要因です。
また、労働者側の意識変化として、ライフスタイルに合わせた働き方や、特定のスキルを活かした働き方を求めるニーズが高まったことも背景にあります。しかし、非正規雇用は、正社員に比べて雇用の不安定さ、賃金の低さ、福利厚生の不十分さなどの課題を抱えているケースも多く、労働者間の格差問題にもつながっています。
この非正規雇用の拡大は、かつての「正社員=終身雇用」というモデルが、もはや日本社会の主流ではなくなっていることを明確に示しています。多様な働き方が増える一方で、雇用の安定性という点で、新たな課題が浮上しているのです。
長期雇用と定年制:終身雇用がもたらす影響
「長期雇用」への移行と定年制
現代の日本において、かつての厳格な意味での「終身雇用」は薄れつつありますが、その概念は「長期雇用」という形で姿を変えて存続しています。参考情報にもあるように、厳密な意味での終身雇用ではなく、「長期雇用」と呼ぶ方が実態に近い場合もあります。依然として、一つの企業に長く勤め続けることを是とする文化は根強く残っています。
この長期雇用と密接に関連するのが「定年制」です。定年制は、企業が従業員の雇用を保障する期間の終着点として機能してきました。かつては60歳が一般的でしたが、現在では少子高齢化や労働力人口の減少を受けて、65歳までの継続雇用制度の導入が進められ、さらに70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となるなど、その期間は延長される傾向にあります。
これにより、労働者はより長く働くことが可能になりましたが、定年後の再雇用では賃金や待遇が低下することが多く、必ずしも「終身」の保障が続くわけではありません。長期雇用は、定年制の枠内で企業と労働者が築く関係性へと変化しているのです。
企業にもたらす影響
終身雇用、あるいは長期雇用は、企業経営に多大な影響を与えてきました。良い面としては、従業員の離職率が低いため、長期的な人材育成が可能となり、熟練した技術やノウハウを企業内に蓄積できました。これにより、高い品質と生産性を維持し、安定した企業運営を支えることができたのです。
しかし、その一方で、経済環境の変化に合わせた柔軟な人員調整が困難
になるという負の影響もありました。特に経済が低成長期に入ると、年功序列賃金制度と相まって人件費が硬直化し、企業収益を圧迫する要因となりました。参考情報にあるように、経済の低成長化や少子高齢化の影響により、年功序列賃金の維持が困難になっています。
さらに、組織の新陳代謝が遅れ、新しいビジネスモデルへの転換やイノベーションの創出が阻害される可能性も指摘されています。現代では、企業は長期雇用のメリットを活かしつつも、硬直性を避けるための柔軟な人事制度の導入が求められています。
労働者にもたらす影響
終身雇用は、労働者にとって何よりも雇用の安定をもたらしました。一つの企業に所属することで、生活の基盤が保障され、住宅ローンや子どもの教育費といった長期的なライフプランを立てやすかったのは大きなメリットです。
また、企業内でのOJTを通じて専門スキルを磨き、着実にキャリアアップしていくことが期待できました。手厚い福利厚生や退職金制度も、安心して働き続けるための重要な要素でした。
しかし、この安定の裏側には、企業への過度な依存という側面もありました。転職が一般的でなかった時代には、一度企業を離れると再就職が難しくなるリスクがあり、個人のキャリア選択の自由が制限されることもありました。参考情報にあるように、特に、賃金の上昇が緩やかになり、40代以降の賃金上昇がほとんど見られなくなるなど、賃金カーブが変化しています。
これにより、長年勤めても必ずしも給与が大幅に伸びないという現実が浮き彫りになり、労働者は自身のキャリアを企業に任せきりにせず、主体的に形成していく必要に迫られています。
終身雇用はもう古い?現代における終身雇用の意味と使い方
終身雇用が揺らぐ現代社会の背景
かつて盤石と思われた終身雇用が揺らぎ始めた背景には、複数の要因が絡み合っています。最も大きな要因は、経済環境の劇的な変化です。バブル崩壊後の「失われた30年」と言われる長期的な経済低成長は、企業に人件費抑制と経営の効率化を強く促しました。
また、少子高齢化の進行も無視できません。労働人口の減少は年功序列賃金制度の維持を困難にし、高齢者層の人件費負担が重くのしかかるようになりました。さらに、グローバル化の進展と国際競争の激化は、日本企業に迅速な経営判断と多様な人材活用を求め、硬直的な終身雇用システムを見直すきっかけとなりました。
成果主義の導入や雇用の流動性の高まりも、この背景と密接に関連しています。参考情報にあるように、転職回数が1回以上の割合が高まるなど、雇用の流動性が増しています。もはや、企業も労働者も、かつての終身雇用モデルに固執できない時代に突入しているのです。
終身雇用の現代的意義と「進化」
「終身雇用はもう古い」という声が多く聞かれる一方で、その概念が完全に消滅したわけではありません。むしろ、現代の社会や経済状況に合わせて「進化」し、新たな意味を持ち始めています。
厳密な「一生涯同じ企業で働く」という形ではなくとも、「従業員を大切にし、長く活躍してもらうための制度や環境づくり」として、その精神は多くの企業に残っています。例えば、リスキリング支援やキャリア面談の充実など、従業員の成長を企業が支援し、変化の激しい時代でも活躍できるような人材へと育てる取り組みは、現代版の長期雇用と捉えることができます。
また、労働者側も、必ずしも転職を繰り返すことだけが正解ではなく、一つの企業で専門性を高め、長期的に貢献することに価値を見出す人も依然として多くいます。終身雇用は、形を変えながらも、企業と労働者が信頼関係を築き、共に成長していくための基盤として、依然としてその意義を保っていると言えるでしょう。
これからのキャリア戦略
終身雇用の時代が終わりを告げ、雇用の流動性が高まる現代において、労働者には自身のキャリアを主体的に設計する能力がこれまで以上に求められます。もはや「会社任せ」のキャリア形成では、市場の変化に対応できません。
自身のスキルや経験を客観的に評価し、市場価値を高めるためのリスキリングや学び直しに積極的に取り組むことが重要です。また、「働き方の多様化」が進む中で、転職だけでなく、副業、フリーランス、起業といった様々な選択肢を視野に入れることも、これからのキャリア戦略には不可欠です。
企業選びにおいても、単に安定性だけでなく、自身の成長を支援してくれる文化があるか、多様な働き方を許容しているか、将来性のある事業を展開しているかなど、多角的な視点を持つことが重要です。終身雇用という「保証」が薄れた現代だからこそ、個人が自らのキャリアの舵を取り、変化に適応し続ける柔軟性が何よりも求められているのです。
まとめ
よくある質問
Q: 終身雇用とは具体的にどのような制度ですか?
A: 企業が従業員を定年まで雇用し続けることを前提とした雇用慣行や制度のことです。解雇が厳しく制限され、長期的なキャリア形成が期待できるのが特徴です。
Q: 終身雇用が生まれた背景には何がありますか?
A: 戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、企業の安定成長と労働力の確保のために、日本独自の雇用慣行として形成されました。特に、企業への忠誠心と引き換えに安定を提供するという側面がありました。
Q: 終身雇用と正社員、正規雇用は同じ意味ですか?
A: 終身雇用は「長期雇用」を前提とした慣行や制度であり、正社員や正規雇用はその雇用形態を指します。終身雇用を前提とした正社員・正規雇用はありますが、必ずしも全ての正社員・正規雇用が終身雇用ではありません。
Q: 終身雇用は「神話」と言われることがあるのはなぜですか?
A: バブル崩壊以降の経済構造の変化やグローバル化の進展により、企業が長期雇用を維持することが難しくなったためです。かつてのような終身雇用の絶対的な保証は失われ、「神話」として語られるようになりました。
Q: 現代において、終身雇用という考え方はどのように活用できますか?
A: 絶対的な保証ではなくとも、長期的な視点でキャリアを築く上での参考になります。転職やキャリアチェンジを考える際にも、安定性や成長性を重視する基準として、終身雇用の考え方を応用することができます。