終身雇用とは?定義と過去の常識

日本の雇用システムの根幹としての終身雇用

「終身雇用」とは、日本の正社員雇用における伝統的な慣行の一つであり、企業が業績悪化や倒産といった特別な事態に陥らない限り、社員が定年まで同じ企業で雇用され続けることを指します。これは、日本の雇用システムを形成する上で不可欠な要素であり、「新卒一括採用」「年功序列賃金」「企業別労働組合」と並んで「日本型雇用システム」の根幹を築いてきました。

高度経済成長期においては、終身雇用制度が企業の競争力向上と労働者の安定雇用という双方のニーズに見事に合致しました。企業は長期的な視点で人材を育成し、技術やノウハウを蓄積することができ、労働者は安心してキャリアを築き、生活設計を立てることが可能でした。この相互のメリットが、終身雇用制度を社会に深く定着させる原動力となったのです。

特に、高度な専門性よりも企業固有の技術や文化への適応が求められる環境において、新卒から一貫して自社で育成する終身雇用は、非常に効率的な人材戦略でした。企業への強い帰属意識とロイヤルティを育むことで、組織全体の結束力を高め、目標達成に向けて一丸となって取り組む土壌を醸成する役割も担っていました。

終身雇用のメリットと支持される理由

終身雇用制度が長きにわたり労働者に支持されてきたのは、そのメリットが非常に大きかったからです。最も顕著なのは、やはり「長期的な雇用による生活の安定」「心理的な安心感」でしょう。景気の変動や自身の健康状態に関わらず、定年まで働き続けられるという保証は、住宅ローンや子どもの教育費といった長期的なライフプランを安心して立てるための大きな基盤となります。

また、企業側にとっても、終身雇用はメリットがありました。特に、専門スキルを持たない新卒者を時間をかけて育成し、企業文化や事業内容に深く精通した人材へと育て上げる上では、非常に有効な戦略でした。これにより、従業員のエンゲージメントが高まり、企業への忠誠心や貢献意欲が向上することも期待できました。

さらに、安定した雇用は従業員の定着率を高め、人材流動コストの削減にも繋がります。企業は貴重な人材の流出を防ぎ、組織全体の知識や技術を安定的に継承していくことができました。こうした相互の利点が、終身雇用を日本の社会に深く根付かせ、多くの人々に支持される要因となってきたのです。

バブル崩壊以降の変化と限界の指摘

しかし、日本の経済がバブル崩壊を経験して以降、終身雇用制度は大きな転換点を迎えることになります。長引く経済停滞に加え、グローバル化やIT化の急速な進展は、企業の経営環境を劇的に変化させました。従来の日本型雇用システムが、こうした新しい時代に対応しきれないという指摘が増え始めたのです。

特に、欧米を中心に広がる「ジョブ型雇用」「役割給制度」が注目されるようになりました。これらは、職務内容を明確に定義し、その職務に見合ったスキルや経験を持つ人材を雇用し、その役割に応じて報酬を支払うという考え方です。これにより、専門性の高い人材を迅速に確保し、変化の激しいビジネス環境に柔軟に対応できる企業体質を構築することが可能になります。

終身雇用を前提とした年功序列型の賃金体系や画一的な人材育成では、企業の国際競争力を維持することが困難になりつつあります。企業は「人的資本経営」の観点から、多様な働き方や価値観を持つ人材を戦略的に採用・育成し、個々の能力を最大限に引き出す必要性に迫られています。終身雇用制度は、かつての栄光を保ちつつも、そのあり方を問い直される時代へと突入しているのです。

「終身雇用」に関するアンケート調査の結果

依然として高い終身雇用支持率の背景

経済環境の変化や雇用制度の見直しが進む中でも、驚くべきことに、終身雇用を支持する声は依然として根強く存在します。ある調査では、「終身雇用」を支持する割合が過去最高を記録したという結果も示されています。これは、労働者にとって長期的な雇用がもたらす安心感や生活の安定が、依然として非常に大きな価値を持っていることを示唆しています。

特に、将来への不透明感が増す現代社会において、雇用が保証されているという心理的な安全は、多くの人にとって魅力的です。住宅ローンの返済、子どもの教育費、老後の資金計画など、人生の大きな節目において、安定した収入源があることは、何よりも心強い基盤となります。終身雇用は、単なる働き方を超え、個人の人生設計全体を支える重要な要素として認識されているのです。

また、新型コロナウイルス感染症のパンデミックや国際情勢の不安定化など、社会全体が大きな変化に直面する中で、人々はより確実性の高いものを求める傾向にあります。このような背景も、一度企業に所属すれば定年まで働き続けられるという終身雇用への支持を再燃させている一因と考えられます。企業への帰属意識や、長期間かけて培われる人間関係の重要性も、支持の理由として挙げられるでしょう。

若年層における意識の変化と多様な価値観

終身雇用への支持が依然として高い一方で、特に若年層の間では、従来の雇用に対する価値観に大きな変化が見られます。参考情報によると、若年層を中心に「同じ会社に勤続することにこだわらない」「会社との距離を置きつつ生活を重視する」といった傾向が高まっています。これは、終身雇用が当たり前とされた時代とは異なる、新しいキャリア観の台頭を示しています。

彼らは、一つの企業に縛られるよりも、自身のスキルアップやワークライフバランス、自己実現を重視する傾向があります。転職をキャリアアップの一環と捉え、より良い環境や条件を求めて積極的に行動することに抵抗が少ないのも特徴です。終身雇用がもたらす安定よりも、自身の成長や多様な経験を優先する姿勢がうかがえます。

さらに、興味深いデータとして、20歳代では「高齢者は早めに引退して、若年者の雇用機会を確保した方がよい」と考える割合が約半数に上るという調査結果もあります。これは、世代間の雇用機会の公平性に対する意識が高まっていることの表れであり、年功序列制度や終身雇用のあり方そのものに対する若年層からの問いかけとも解釈できるでしょう。

転職経験と雇用形態の現状データ

現代の雇用環境を具体的に示すデータも、終身雇用の現状と未来を考察する上で重要です。2017年の調査では、60歳まで転職経験がない人の割合は、男性で32%、女性で6.5%でした。これは、かつて「当たり前」とされた終身雇用が、現在では全ての労働者に当てはまるわけではないことを明確に示しています。特に女性の割合が低いのは、ライフイベントによるキャリア中断や雇用形態の選択肢の多様化が背景にあると考えられます。

一方、企業側も終身雇用一辺倒の採用戦略から変化を遂げています。主要企業における2024年度の採用計画における中途採用比率は43%に達し、約5割に迫る勢いです。このデータは、企業が新卒一括採用と長期育成を基本とする終身雇用モデルだけでなく、即戦力となる専門性の高い人材を中途採用で獲得する動きを強めていることを示しています。

これらのデータは、日本の雇用市場が多様化し、流動性が高まっている現状を浮き彫りにしています。終身雇用という一つのモデルだけでなく、転職を通じてキャリアを形成する選択肢が広がり、企業もまた、多様な人材獲得戦略を展開しているのです。これにより、働き手は自身のスキルや価値観に合わせた働き方を選びやすくなると同時に、企業も変化する市場ニーズに柔軟に対応できる人材を確保する機会が増えていると言えるでしょう。

アルバイト・パートの雇用形態との比較

非正規雇用の拡大とその影響

終身雇用が日本の正社員雇用の慣行として定着していた一方で、近年ではアルバイトやパートといった非正規雇用の存在感が飛躍的に増しています。非正規雇用とは、正社員以外の雇用形態を指し、契約社員、派遣社員なども含まれます。終身雇用が長期的な安定を志向するのに対し、非正規雇用は柔軟な働き方や企業側のコスト削減ニーズに応える形で拡大してきました。

この非正規雇用の拡大は、日本の労働市場に多大な影響を与えています。企業にとっては、人件費の変動費化や、繁忙期に応じた人員調整のしやすさといったメリットがあります。また、労働者側から見ても、自身のライフスタイルに合わせて勤務時間や日数を調整できるため、育児や介護、学業などとの両立を図りたい人々にとっては魅力的な選択肢となっています。

しかし、一方で、非正規雇用は雇用の不安定さや、正社員との待遇格差といった課題も抱えています。福利厚生や教育訓練の機会が限定的であること、キャリアパスが見えにくいことなどが、労働者のモチベーションや生活設計に影響を与える可能性も指摘されています。終身雇用と非正規雇用は、まさに日本の雇用制度の両極をなす存在と言えるでしょう。

終身雇用と非正規雇用のメリット・デメリット

終身雇用と非正規雇用は、それぞれ異なるメリットとデメリットを持ち合わせています。これらを比較することで、現代の働き方における多様な価値観が見えてきます。

終身雇用のメリット:

  • 雇用の安定性: 定年までの雇用が原則保証され、生活設計が立てやすい。
  • 充実した福利厚生: 住宅手当、退職金、健康保険など、手厚い保障が期待できる。
  • 長期的な人材育成: 企業が時間とコストをかけて従業員のスキルアップを支援。
  • キャリアパスの明確さ: 年功序列による昇進・昇給が見込まれることが多い。

終身雇用のデメリット:

  • 柔軟性の欠如: 転勤や異動を拒否しにくい、残業が多いなど、個人の希望が通りにくい場合も。
  • 硬直的な組織文化: 変化への対応が遅れる、新しいアイデアが出にくいといった側面も。
  • 人件費の固定化: 企業にとって業績悪化時のリストラが困難になる。

非正規雇用のメリット:

  • 働き方の柔軟性: 勤務時間や日数を自由に選択できる、副業しやすい。
  • 即戦力としての評価: 特定のスキルや経験があれば、すぐに業務に就ける。
  • キャリアの多様性: 複数の職場で経験を積むことで、自身の市場価値を高める。

非正規雇用のデメリット:

  • 雇用の不安定性: 契約期間満了による更新なし、景気変動の影響を受けやすい。
  • 待遇格差: 正社員と比較して賃金が低い、福利厚生が不十分な場合が多い。
  • キャリア形成の難しさ: 専門的な研修機会が少ない、昇進が限られる。

このように、両者には一長一短があり、個人のライフステージやキャリア目標によってどちらが望ましいかは大きく異なります。

多様化する働き方の中での位置づけ

現代社会では、終身雇用や非正規雇用といった枠組みにとどまらず、働き方が一層多様化しています。フリーランス、業務委託、ギグワーカー、副業・兼業など、個人が企業との関係性を柔軟に選択できる時代へと変化しています。終身雇用はもはや「唯一の理想」とされる働き方ではなくなりつつあるのです。

この多様化の背景には、個人の価値観の変化だけでなく、IT技術の進展によるリモートワークの普及や、少子高齢化による労働力人口の減少、そして企業の競争力維持のための人材確保戦略の変化が挙げられます。企業は、特定の雇用形態に固執するのではなく、多様な人材を多様な形で活用することで、組織全体のパフォーマンスを最大化しようとしています。

労働者側も、安定だけを求めるのではなく、自身のスキルや経験を活かし、より自由に、より自分らしいキャリアを築くことを重視するようになっています。終身雇用は、そうした多様な働き方の中の一つの選択肢として位置づけられ、それぞれが自身のライフスタイルやキャリアプランに合わせて最適な雇用形態を選び取る時代が到来していると言えるでしょう。

終身雇用を維持する企業の特徴と割合

終身雇用を維持する大企業の事例

経済環境が変化し、終身雇用制度の見直しが進む中でも、全ての企業がこの慣行から脱却しているわけではありません。実際、一部の大企業では、現在も終身雇用的な長期雇用を標榜し、それを維持する経営戦略を取っています。その代表的な例として、トヨタ自動車のような日本を代表するグローバル企業が挙げられます。

これらの企業が長期雇用を維持する背景には、独自の企業文化と人材育成哲学があります。例えば、特定の技術やノウハウの継承には、長期間にわたるOJT(On-the-Job Training)と経験の蓄積が不可欠です。新卒で入社した社員を時間をかけてじっくりと育て、企業固有の技術者や管理職へと成長させることで、組織全体の競争力を高めることを目指しています。

また、従業員への手厚い処遇は、高いロイヤルティとエンゲージメントを生み出し、離職率の低下にも繋がります。特に、日本の製造業のような、現場の知見やチームワークが重要な産業においては、安定した人材構成が品質維持や生産性向上に直結するため、終身雇用は依然として有効な選択肢であり続けているのです。

大企業と中小企業での終身雇用の普及率

終身雇用制度の普及率は、企業の規模によって大きく異なる傾向があります。参考情報によれば、2016年の調査では、大企業における従業員の38.9%が終身雇用でした。これは、大企業が依然として終身雇用の慣行をある程度維持していることを示しています。しかし、その一方で、中小企業では終身雇用があまり普及していません

この差が生まれる主な理由としては、企業の経営体力と事業特性が挙げられます。大企業は、比較的安定した経営基盤を持ち、長期的な視点での人材投資が可能です。また、多様な事業部や職種があるため、社員の異動によってキャリアパスを提供しやすく、定年まで雇用を継続しやすい環境があります。

対照的に、中小企業は経営資源が限られており、景気変動の影響を受けやすい傾向にあります。長期的な人材育成に多大なコストをかけることが難しく、事業の変化に合わせた柔軟な人員配置が求められるため、終身雇用モデルを導入しにくいのが実情です。そのため、中小企業では、より専門性の高い人材を中途採用で確保したり、プロジェクトベースで人材を活用したりするなど、多様な雇用形態が主流となっています。

終身雇用が「有効な戦略」となるケース

終身雇用制度は、現代の多様な雇用環境の中で、全ての企業にとって最適なモデルではありません。しかし、特定の条件や業界においては、依然として「有効な採用・育成戦略」となり得ます。参考情報にもあるように、「スキルを持たない新卒者を長期的に育成し、能力を発揮してもらう終身雇用は、人材不足が深刻化する現代においても、一部の企業にとっては有効な採用・育成戦略となり得ます」

具体的には、以下のようなケースで終身雇用が力を発揮します。

  1. 高度な専門技術の継承: 熟練の技術やノウハウが求められる製造業や研究開発分野では、長年の経験と知識の蓄積が不可欠です。終身雇用により、これらの貴重な技術を次世代へと確実に伝承することができます。
  2. 強力な企業文化の醸成: 従業員が長期間にわたって同じ企業に在籍することで、企業理念や価値観が深く浸透し、組織の一体感や忠誠心が高まります。これは、企業のブランド力や競争力の源泉となり得ます。
  3. 顧客との長期的な関係構築: 金融、コンサルティング、営業など、顧客との信頼関係がビジネスの要となる業界では、担当者の頻繁な交代はマイナスに作用します。終身雇用は、顧客との安定した関係を築き、長期的なビジネスパートナーシップを維持する上で有利に働きます。

人材不足が深刻化する現代において、特定の分野で継続的な専門性や企業文化への適応が求められる場合、終身雇用は、安定した人材基盤を築き、企業の持続的な成長を支える上で、依然として重要な役割を担うことができるのです。

変化する雇用制度と今後の展望

ジョブ型雇用へのシフトの加速

終身雇用制度が揺らぐ中で、今後の日本の雇用制度の大きな潮流として注目されているのが「ジョブ型雇用」への移行です。参考情報にも明記されているように、「今後は「ジョブ型雇用」への移行が進むと予測されています」。これは、従来の「人」を基準とする雇用から、「職務」を基準とする雇用へと転換することを意味します。

ジョブ型雇用では、「職務内容を明確に定義し、その職務に必要なスキルや経験を持つ人材を採用する雇用形態」です。これにより、企業は特定の職務に最適な人材をピンポイントで確保でき、個人は自身の専門性を最大限に活かせる職務に就くことが可能になります。欧米では一般的なこの雇用形態は、専門性の高い人材の獲得や、個人の能力を最大限に引き出す上で有効とされています。

企業にとっては、変化の激しい市場環境に迅速に対応できる組織体制を構築しやすくなるというメリットがあります。また、成果主義や実力主義がより明確になることで、従業員のモチベーション向上や生産性向上が期待されます。一方で、職務内容以外の経験が積みにくい、キャリアパスが限定的になる可能性など、新たな課題も生まれるかもしれません。

人的資本経営の重要性と実践

ジョブ型雇用へのシフトと並行して、企業経営において「人的資本経営」の重要性が高まっています。これは、「人材をコストではなく、企業価値向上のための『資本』と捉え、戦略的に投資を行う経営手法」です。従来の「人を活かす」という概念をさらに深化させ、人材への投資を通じて企業の持続的な成長を目指すものです。

人的資本経営の具体的な実践としては、まず多様な働き方や価値観を持つ人材が活躍できる環境を整備することが挙げられます。リモートワーク、フレックスタイム制、副業・兼業の奨励、育児や介護と仕事の両立支援などがその例です。また、従業員のスキルアップやキャリア形成を支援するための教育プログラムへの投資も不可欠です。

さらに、従業員のエンゲージメントを高めるための施策や、健康経営の推進も重要な要素です。企業は、従業員一人ひとりが能力を最大限に発揮し、企業価値向上に貢献できるよう、戦略的に人材への投資を行い、長期的な視点で組織力を強化していくことが求められています。

未来の働き方:多様性と柔軟性のあるキャリア

終身雇用は、かつて日本の経済成長を支えた重要な制度でしたが、時代の変化とともにそのあり方も見直されています。今後は、ジョブ型雇用への移行や人的資本経営の推進といった流れの中で、より多様で柔軟な働き方が求められていくでしょう。これは、企業と個人の双方にとって、新たな可能性を切り開く機会となります。

個人にとっては、一つの企業に生涯を捧げるという選択肢だけでなく、自身のスキルや専門性を高めながら、複数の企業やプロジェクトを渡り歩くキャリアパスが当たり前になるかもしれません。学び直し(リカレント教育)の重要性が増し、自律的にキャリアをデザインする能力が強く求められるようになります。

企業にとっては、終身雇用という枠にとらわれず、多様な背景を持つ人材を柔軟に受け入れ、それぞれの強みを活かす組織運営が求められます。個々の能力を最大限に引き出し、変化に強い組織を作り上げることが、今後の企業成長の鍵となるでしょう。終身雇用という制度の変遷は、日本社会全体の働き方と価値観の進化を映し出していると言えます。