就業規則の提出義務と労働基準監督署への届出

提出義務の基本と対象事業場

「常時10人以上の労働者を使用する事業場」では、就業規則の作成と管轄の労働基準監督署への届出が労働基準法第89条で義務付けられています。この「常時10人以上」の判断は、会社全体ではなく事業場ごとに行われます。つまり、会社全体で10人を超えていても、個別の事業場が10人未満であれば、その事業場における法的な届出義務は発生しません。

ここで言う「労働者」には、パートタイム労働者やアルバイトなども含まれます。正社員だけでなく、あらゆる雇用形態の従業員がカウント対象となるため注意が必要です。また、新たに就業規則を作成した時だけでなく、その内容を変更した場合も、同様に労働基準監督署への届出が義務付けられています。

たとえ10人未満の事業場であっても、就業規則を作成し、それを従業員に周知することは強く推奨されます。これにより、労使間のトラブルを未然に防ぎ、明確なルールに基づいた健全な職場環境を構築できるからです。もし作成・届出義務があるにもかかわらずこれを怠った場合、労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金が科される可能性があります。

提出手続きと必要書類

就業規則の届出は、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署に行います。提出の際には、いくつかの必要書類があります。

  • 就業規則(原本と控えの計2部)
  • 労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者の意見書
  • 就業規則(変更)届

特に重要なのが、労働基準法第90条で義務付けられている従業員代表者の意見書です。これは、就業規則の内容について従業員側の意見を聞き、反映させるためのものです。万が一、従業員代表者と話し合っても意見書の提出に協力が得られない場合は、その旨の報告書を添付することで届出が可能です。

また、一定の条件を満たす場合、「就業規則一括届出制度」を利用して、複数の事業所の就業規則をまとめて届け出ることもできます。この制度を適用するためには、一括して届け出る就業規則が全て同じ内容である必要があります。事業所の多い企業にとっては、手続きの負担軽減につながる便利な制度と言えるでしょう。

就業規則に含めるべき内容

就業規則には、法律で定められた必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」と、制度を設ける場合に記載が必要な「相対的必要記載事項」、そして任意で記載できる「任意的記載事項」があります。

絶対的必要記載事項

  • 始業・終業時刻、休憩時間、休日、休暇、交替制の場合の就業転換に関する事項
  • 賃金の決定、計算・支払方法、締切日・支払日、昇給に関する事項
  • 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

これらは労働者の労働条件の根幹に関わる事項であり、必ず記載しなければなりません。

相対的必要記載事項(例)

  • 退職手当に関する事項
  • 臨時の賃金(賞与など)に関する事項
  • 食費・作業用品その他の負担に関する事項
  • 安全衛生に関する事項
  • 職業訓練に関する事項
  • 災害補償および業務外の傷病扶助に関する事項
  • 表彰・制裁に関する事項

これらの制度を会社で設ける場合には、就業規則にその内容を明記する必要があります。賃金規定、育児介護休業規定、退職金規定なども、会社に定めがあれば就業規則と合わせて提出が必要です。これらの別規定は、就業規則本体と一体となって労働条件を定めるものとして扱われます。

就業規則のリーガルチェックと行政書士への相談

リーガルチェックの重要性とその目的

就業規則は、単に法律で定められているから作成する、というだけのものではありません。自社の実態に合わせて作成し、法令に適合しているかを定期的に確認する「リーガルチェック」は、健全な職場環境を維持し、将来的な労使トラブルを未然に防ぐ上で不可欠です。

例えば、2024年の育児・介護休業法改正では、配偶者出産時の休暇制度や、小学校就学前の子を養育する労働者への残業免除請求などが盛り込まれました。これらの制度導入にあたっては、就業規則への明記が求められます。法改正に対応せず古い内容のまま運用していると、法令違反となるだけでなく、従業員からの信頼を失うことにもなりかねません。

政府が提供するモデル就業規則は、法令遵守の最低限の基準を満たすものですが、それはあくまで一般的なひな形です。固定残業制度の運用や、独自の評価制度など、会社の特性に合わせた実態に沿った内容でなければ、会社を守るための有効なツールとはなりません。定期的なリーガルチェックにより、実態との乖離がないか、最新の法改正に対応しているかを確認し、必要に応じて内容を見直すことが重要です。

行政書士・社会保険労務士に依頼するメリット

就業規則の作成や変更、そしてリーガルチェックは、専門的な知識が求められる作業です。このため、行政書士や社会保険労務士(社労士)といった専門家に依頼することには大きなメリットがあります。

まず、専門家は労働関係法令の深い知識を持っているため、法令に完全に適合した就業規則を作成・改訂できます。これにより、意図しない法令違反のリスクを回避し、将来的な訴訟などの法的トラブルを未然に防ぐことが可能です。また、自社で作成するよりも、より会社の実情に合わせた、かつ従業員にとっても公平性の高い規則を策定できます。

専門家に依頼することで、就業規則作成にかかる時間と労力を大幅に削減できます。複雑な法解釈や書類作成に頭を悩ませる必要がなくなり、本業に集中できるでしょう。さらに、固定残業制度の適切な導入や、残業代不払いの訴訟リスク低減など、具体的な運用の側面についても専門的なアドバイスを受けることができます。労務管理のプロの視点から、より戦略的な就業規則の運用をサポートしてくれるのは大きな強みです。

専門家への依頼費用と選び方

就業規則の作成や変更を専門家に依頼する際の費用は、事務所や依頼内容(新規作成、部分改訂、リーガルチェックのみなど)によって大きく異なります。具体的な費用については、いくつかの事務所に見積もりを取ることが最も確実です。

一般的に、就業規則の新規作成費用は100,000円(税抜)~、部分改訂で50,000円(税抜)~といった料金設定が見られます。中には、27,000円(税込)から依頼可能な事務所もあるようですが、これは顧問契約の有無や依頼内容の複雑さによって変動することが多いです。顧問契約を結ぶ場合は、月額30,000円(税抜)からといった料金設定で、継続的なサポートを受けることができます。

専門家を選ぶ際には、費用だけでなく、以下の点も考慮すると良いでしょう。

  • 実績と専門分野: 労働問題や特定の業界に強い事務所か。
  • 対応の丁寧さ: 相談時の説明がわかりやすいか、質問にきちんと答えてくれるか。
  • 企業規模への対応: 自社の企業規模や業種に合ったサポートを提供しているか。

就業規則は一度作成したら終わりではなく、常に変化する法令や会社の状況に合わせて見直していく必要があります。そのため、単発の依頼だけでなく、長期的なパートナーとして信頼できる専門家を見つけることが重要です。

旅費規程などの届出や例外、合理性について

旅費規程の法的性質と就業規則との関連

旅費規程は、従業員が出張や通勤などで発生する交通費や宿泊費などの費用について、会社がどのように支給するかを定めた社内規程です。これは、就業規則の「別規定」として扱われることが多く、賃金規定や育児介護休業規定などと同様に、就業規則と一体となって労働条件を構成する重要なルールの一つとなります。

就業規則の「相対的必要記載事項」には、「臨時の賃金(賞与など)に関する事項」や「食費・作業用品その他の負担に関する事項」が含まれます。旅費規程は直接賃金とは異なりますが、従業員の費用負担に関するものであり、これらの相対的必要記載事項に関連する内容として、就業規則本体の一部とするか、あるいは明確に別規程として定めることが一般的です。特に、旅費が実費弁償の範囲を超えて、実質的な賃金とみなされるような場合は、就業規則における賃金に関する事項と密接に関連してきます。

旅費規程を単独で定める場合でも、その内容は就業規則と矛盾しないよう整合性を保つ必要があります。また、従業員にとって重要な労働条件の一つであるため、就業規則と同様に周知義務が発生します。

旅費規程の「合理性」が求められる理由

旅費規程に「合理性」が求められるのには、主に二つの理由があります。一つは、従業員にとって不利益とならない、公平なルールであること。もう一つは、税務上の取り扱いです。

旅費交通費は、本来従業員が業務遂行のために負担する費用であり、会社がそれを補填するものです。そのため、その支給額や基準が実費弁償の範囲を著しく超えるような「不合理」なものであれば、給与とみなされて課税対象となる可能性があります。税法上、出張旅費や通勤手当が非課税となるのは、その金額が「通常必要と認められる範囲内」であることが条件です。この「通常必要と認められる範囲内」という基準が、旅費規程における「合理性」を判断する重要なポイントとなります。

例えば、役員だけが高額な旅費を支給され、一般従業員との間に著しい差がある場合や、実費と比較して明らかに過大な金額が支給される場合などは、合理性が疑われ、税務調査の対象となるリスクが高まります。企業は、実態に即した内容で、かつ公平性を保ちながら、税務上の問題もクリアできるような合理的な旅費規程を作成・運用することが求められます。

届出の必要性と例外的な運用

旅費規程が就業規則の別規定として作成され、就業規則本体と一体となって労働条件を定める場合は、就業規則本体の変更届出と合わせて労働基準監督署に届け出る必要があります。しかし、旅費規程が単独の規程として存在し、直接的に賃金や労働時間といった絶対的必要記載事項の変更を伴わない場合は、単体での労働基準監督署への届出義務は通常ありません。

ただし、届出義務がない場合でも、労働基準法第106条で定められている「周知義務」は発生します。つまり、作成した旅費規程は、就業規則と同様に、従業員がいつでも内容を確認できる状態にしておく必要があります。各作業場の見やすい場所に掲示する、備え付ける、書面で交付する、または記録媒体に記録して確認できる機器を設置するなどの方法で周知しなければなりません。

旅費規程の変更についても、それが賃金や従業員の労働条件に大きな影響を与えるものであれば、就業規則の変更手続きに準じて、従業員代表者の意見書を取得し、労働基準監督署へ届け出る必要がある場合もあります。企業は、旅費規程が単なる経費処理のルールに留まらず、従業員の労働条件の一部を構成するという認識を持ち、その作成・変更・運用には慎重に対応すべきです。

就業規則の外部公開・開示義務と渡す義務

労働者への「周知義務」とは

就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出ただけでは不十分です。労働基準法第106条により、使用者には作成または変更した就業規則を労働者に「周知」する義務が課せられています。この周知義務が果たされていない就業規則は、その内容がいくら適切であっても、労働者に対して効力を持たないと判断される場合があります。

周知の方法としては、法律で具体的にいくつかの方法が例示されています。

  • 各作業場の見やすい場所に掲示する
  • 書面で交付する
  • 労働者がいつでも内容を確認できる機器(PCなど)に記録し、備え付ける

従業員が容易にアクセスでき、その内容をいつでも確認できる状態であることが重要です。例えば、社内ネットワークの共有フォルダに保存するだけでなく、その場所を従業員に明確に伝え、閲覧方法を周知する必要があります。特に、リモートワークが普及する現代においては、オンラインでのアクセス可能性と、その確実な周知方法を確立することが求められます。

就業規則の外部公開・開示の範囲

就業規則は、原則として労働者への周知が義務付けられているものであり、外部の第三者に対して公開したり開示したりする法的な義務はありません。これは、就業規則が個々の企業の内部ルールであり、経営戦略や人事制度など、企業秘密に属する情報を含む可能性があるためです。

ただし、特定の状況下においては、外部への情報開示が必要となる場合があります。例えば、労働者との間で未払い賃金や不当解雇などをめぐる訴訟や労働審判になった場合、裁判所や労働委員会からの命令により、就業規則の提出が求められることがあります。このようなケースでは、企業は法的手続きに従って就業規則を開示する必要があります。

また、企業によっては、採用活動の一環として、福利厚生や働き方に関する情報を部分的に公開する場合がありますが、これは企業の任意で行われるものであり、法的な義務ではありません。企業がどのような情報を外部に開示するかは、情報公開の透明性と企業秘密の保護のバランスを考慮して慎重に判断すべき事項です。

退職者や内定者への就業規則の開示

退職者に対する就業規則の開示義務についても、よく質問があります。従業員が在職中であれば、会社には就業規則を周知する義務があるため、退職者も在職時にはその内容を確認できる状態にありました。しかし、退職した後に改めて就業規則を「渡す」法的な義務は、原則としてありません。

ただし、例えば退職後に未払い賃金が発覚し、当時の賃金規定を確認する必要がある場合など、具体的な労働問題に絡んで退職者が就業規則の開示を求めてきた際には、会社側がこれを拒否し続けると、トラブルが悪化する可能性があります。このような場合は、誠実に対応するか、あるいは弁護士などの専門家を通じて対応を検討することが賢明です。

一方、内定者に対しては、入社前の段階であるため、就業規則を開示する法的な義務はありません。しかし、入社後のミスマッチやトラブルを避けるために、内定時に主要な労働条件や福利厚生に関する規程を提示することは、採用活動において良い印象を与えることにも繋がります。特に、給与や休暇に関する重要な事項については、事前に情報提供を行うことで、安心して入社してもらうための信頼関係を築くことができるでしょう。

就業規則がわからない・渡されない場合の対処法

まずは会社に確認する

もし就業規則の内容がわからない、または渡されていないと感じた場合、最初に行うべきは、会社内部の関係部署や人物に確認することです。具体的には、人事部や総務部、直属の上司、あるいは社内に労働組合があれば、そちらに問い合わせてみましょう。

会社には就業規則の周知義務があるため、閲覧できる場所の案内や、コピーの交付など、何らかの方法で情報を提供してくれるはずです。問い合わせる際は、「就業規則を拝見したいのですが、どのようにすればよろしいでしょうか」といった丁寧な言葉遣いを心がけましょう。また、いつ、誰に、どのような方法で問い合わせたのかを記録に残しておくことも重要です。もし口頭でのやり取りで解決しない場合は、メールなどの書面で問い合わせを行うことで、証拠を残すことができます。

就業規則は従業員が働く上で非常に重要なルールブックであり、自分の権利や義務を確認するためにも、その内容を知ることは非常に大切です。遠慮せずに、まずは会社の窓口に積極的にアプローチしてみましょう。

労働基準監督署への相談

会社に問い合わせても就業規則を見せてくれない、あるいは周知されている方法が不適切で確認できないといった場合、会社が労働基準法に定められた周知義務を怠っている可能性があります。このような状況では、労働基準監督署(労基署)に相談することを検討しましょう。

労働基準監督署は、労働基準法などの労働関係法令が守られているかを監督する行政機関です。労働者からの相談を受け、会社に対して指導や是正勧告を行う権限を持っています。労基署に相談する際は、自身の状況を具体的に説明できるよう、これまでの経緯や会社に問い合わせた日時、担当者などの情報をまとめておくとスムーズです。

相談は匿名でも可能であり、会社に知られることなく情報提供や相談をすることができます。労基署の指導が入ることで、会社が就業規則の周知義務を果たすようになる可能性が高まります。また、会社が周知義務を怠った場合、労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金が科される可能性があることも、会社にとって大きなプレッシャーとなるでしょう。

労働問題に詳しい弁護士等専門家への相談

会社に相談しても解決せず、労働基準監督署への相談でも状況が改善しない場合や、就業規則の内容に関して具体的な法的な問題(例えば、未払い賃金、不当解雇、ハラスメントなど)が絡んでいる場合は、労働問題に詳しい弁護士や社会保険労務士などの専門家に相談することが最善の対処法となります。

専門家は、就業規則の法的効力や、会社が周知義務を怠った場合の法的な責任について、詳細なアドバイスを提供してくれます。また、個別の状況に応じた具体的な解決策を提示し、会社との交渉を代行したり、必要であれば労働審判や訴訟といった法的措置を検討する際のサポートも行います。

特に、不利益な就業規則の変更や、固定残業制度の不適切な運用など、複雑な問題が絡む場合は、専門家の介入が不可欠です。初回無料相談を実施している弁護士事務所なども多いので、まずは相談から始めてみましょう。自分の権利を守るためにも、適切なタイミングで専門家の助けを借りることが重要です。