公務員の休職者増加が深刻な社会問題となっています。安定した職業として知られる公務員が、なぜ心身の不調を訴え、休職や離職を選択するのか。その背景には、現代社会が抱える複雑な要因が潜んでいます。

本記事では、公務員の休職が増加している現状をデータから解説し、その原因、そして組織や個人でできる対策について、具体的な事例を交えながら深掘りしていきます。

公務員で休職者が増加している現状とは?

長期病休者数が過去最高水準に

公務員の長期病休者数は、近年増加の一途をたどっています。令和4年度の長期病休者数(疾病等により休業30日以上または1ヶ月以上の療養者)は、10万人あたり3,254.6人に達し、令和3年度から7.85%も増加しました。この数値は、公務員組織における健康問題の深刻化を示唆しています。

特に顕著なのが「精神および行動の障害」による長期病休者の増加です。令和4年度には10万人あたり2,142.5人となり、令和3年度から12.57%も増加しています。これは、10年前(平成24年度)の約1.8倍、15年前(平成19年度)の約2.1倍という驚くべき伸び率です。

長期病休者全体に占める「精神および行動の障害」の割合は、なんと65.8%にも達しており、これは公務員の休職問題が、主にメンタルヘルスの問題に起因していることを明確に示しています。安定した職種というイメージとは裏腹に、公務員が抱える心の負担は計り知れません。

若手職員の離職率が急増

全体の離職率は比較的低い水準で推移している公務員ですが、特定の層では深刻な事態が進行しています。特に20代の若手職員の離職者数は、過去10年でなんと3倍に激増しているというデータもあります。これは、若手層が公務員という職種に抱く理想と現実のギャップが大きいことを物語っています。

地方公務員全体で見ても、20代の退職率は1.30%から2.27%へ、30代は0.66%から1.58%へと増加しています。これらの数字は、若手や中堅職員が公務員としてのキャリアを早期に見切り、新たな道を模索している現実を浮き彫りにしています。

安定性だけでは若い世代の心を繋ぎとめることが難しくなっており、職務内容の魅力、成長機会、そしてワークライフバランスといった要素が、離職を決断する重要な要因となっていると考えられます。

データから見る公務員の「心」のSOS

公務員の長期病休者の実に65.8%が「精神および行動の障害」によるものという事実は、公務員が置かれているメンタルヘルス状況の深刻さを物語っています。この割合は年々増加傾向にあり、公務員が多大な精神的プレッシャーの中で職務を遂行していることを示唆しています。

令和2年度の調査では、地方公務員の約1.7%が「精神及び行動の障害」で30日以上休業しているとされており、この割合も増加傾向にあるとされています。これは、表面化している数字以上に、潜在的なメンタルヘルスの問題を抱える職員が多く存在している可能性を示しています。

公務員は市民生活の根幹を支える重要な役割を担っており、その職務の性質上、高い責任感や倫理観が求められます。しかし、それが過度なストレスとなり、心身に不調を来すケースが多発している現状は、社会全体で真剣に受け止めるべき「心のSOS」と言えるでしょう。

休職増加の背景にある精神疾患と属人化の問題

公務員特有のストレス要因

公務員が精神的な不調に陥る主な理由としては、「職場の対人関係(上司、同僚、部下)」、「業務内容(困難事案)」、「本人の性格」が挙げられています。これらは一般的な職種でも見られるストレス要因ですが、公務員にはさらに特有の要因が加わります。

例えば、市民との直接対話におけるクレーム対応や、緊急時における迅速かつ正確な判断、そして法律や規則による厳格な行動制限などが挙げられます。公の立場であるため、個人の感情を抑制し、常に公正・公平な態度を求められることも、大きな心理的負担となります。

高度な専門性や責任が伴う業務、例えば住民サービス、防災、福祉といった分野は、職員に重圧を与え、うつ病などの精神疾患の発症につながる可能性を秘めています。これらの複合的なストレス要因が、公務員のメンタルヘルスを悪化させる一因となっているのです。

構造的な問題としての過度な業務負担と人手不足

公務員の休職増加の背景には、構造的な問題として過度な業務負担と人手不足があります。地方行財政改革の一環として正規職員が削減され、その代わりに非常勤・臨時職員が増加したことで、一人あたりの業務量が増大しています。

人員に余裕がない状態で、特に専門性が求められる業務や緊急対応が集中すると、特定の職員に業務が偏り、いわゆる「属人化」が進行します。これにより、その職員が休職すると業務が滞り、残された職員への負担がさらに増大するという悪循環に陥りやすいのです。

働き方改革が推進される一方で、現場では人員不足や業務の複雑化が進み、職員は疲弊しています。この状況は、公務員の離職や休職を加速させる大きな要因となっています。

理想と現実のギャップが引き起こす早期離職

公務員という職種は「安定している」「社会貢献ができる」といったポジティブなイメージで捉えられがちです。しかし、実際に働き始めると、そのイメージと現実の間に大きなギャップを感じることが少なくありません。

例えば、日々の業務が定型的で変化に乏しく、成果が見えにくいと感じることで、成長実感を得にくいという声があります。また、組織の体質が古く、年功序列の風潮が根強く残っていることに疑問を感じたり、やりがいを見出せなかったりすることも、若手職員のモチベーション低下につながります。

働き方改革の途上での混乱や、組織内の人間関係のストレスも、理想と現実のギャップをさらに広げ、結果として早期離職や休職を決断する大きな理由となっているのです。

公務員の休職事例:NHK鈴木遥アナウンサーや海外の事例から学ぶ

過度な責任感と孤立が招く不調

公務員は、市民生活に直結する重要な業務を担うため、常に高い責任感とプレッシャーに晒されています。例えば、ある地方自治体の職員Aさんは、担当していた複雑な住民からの相談案件に対し、個人的な感情を抑制しつつ、法律や規則に則った対応を求められ続けました。

解決が困難な事案が続き、上司や同僚への相談も「忙しそうだから」と遠慮しているうちに、一人で抱え込み、次第に睡眠障害や食欲不振といった症状が現れました。公務員という立場上、「ミスは許されない」「完璧でなければならない」という思いが強すぎた結果、心身の限界を超えて休職に至ったのです。

このようなケースは、特定の個人に限らず、多くの公務員が直面しうる状況であり、過度な責任感が孤立を生み、メンタルヘルス不調を引き起こす典型的な事例と言えるでしょう。

組織内のコミュニケーション不足が引き起こす孤立

公務員の組織風土の中には、年功序列や厳格な上下関係が根強く残っている場合があります。これにより、若手職員や立場が弱い職員が、悩みや意見を自由に発言しにくい環境が生まれることがあります。

例えば、新しい業務に就いた職員Bさんは、先輩職員から十分な指導を受けられず、また周囲も忙しいため質問しにくい状況にありました。結果として、業務の進め方で多くの疑問を抱え、不安が蓄積していったにも関わらず、誰にも相談できずに孤立していきました。

このようなコミュニケーション不足は、職員が問題を一人で抱え込み、解決策を見つけられずに精神的に追い詰められてしまう原因となります。問題が深刻化する前に、周囲が異変に気づき、声をかけられるような「心理的安全性」の確保が不可欠です。

復職支援と再発防止の課題

休職から復職への道のりもまた、公務員にとって大きな課題となることがあります。休職期間を経て、いざ職場に戻る際、休職の原因となった環境が改善されていない場合、再発のリスクが高まります。

例えば、復職した職員Cさんは、職場復帰プログラムを経て通常業務に戻りましたが、休職前に過度な負担となっていた業務が減っておらず、周囲の職員も多忙なため十分な配慮を受けられませんでした。結果、復職後わずか数ヶ月で再び体調を崩し、再休職に至ってしまいました。

これは、単に休職期間を与えるだけでなく、復職後の業務調整や、周囲の理解を深めるための啓発活動、再発防止のための継続的なサポートが十分に機能していない現状を示しています。職員が安心して復職し、長く働き続けられるようなきめ細やかな支援体制の構築が求められます。

休職増加を防ぐための企業・組織の対策

メンタルヘルス対策の組織的強化

公務員の休職増加を防ぐためには、組織全体でメンタルヘルス対策を強化することが不可欠です。まず、メンタルヘルス不調の早期発見を促すため、定期的なストレスチェックの実施とその結果に基づいたフィードバックを徹底する必要があります。

また、職員が気軽に相談できる窓口の設置や利用促進も重要です。例えば、産業医やカウンセラーとの面談機会を増やしたり、外部の専門機関と連携したりすることで、職員が一人で抱え込まない環境を整備します。大阪市や福島県富岡町、山口県宇部市などでは、このようなメンタルヘルス対策の推進に力を入れています。

さらに、休職からの職場復帰支援プログラムの充実も欠かせません。職場復帰に向けた準備期間の提供や、復帰後の業務調整、再発防止のための継続的なフォローアップ体制を整えることで、安心して職場に戻り、働き続けられる環境を築くことができます。

働きがいと成長機会の創出

若手職員の離職率増加を防ぎ、職員全体のモチベーションを向上させるためには、働きがいと成長機会を創出する取り組みが重要です。日々の定型業務だけでなく、職員が自らのアイデアを活かせる場を提供し、その貢献を正当に評価する仕組みが必要です。

具体的には、業務改善提案制度の導入や、チーム貢献などを評価・表彰する制度の実施が考えられます。これにより、職員は自分の仕事が組織に与える影響を実感しやすくなり、主体性を持って業務に取り組むことができます。また、多様なキャリアパスを提示し、スキルアップや専門性向上を支援する研修制度も有効です。

採用前後のギャップを減らすための取り組み、例えばインターンシップや職場体験の機会を増やすことも、職員の定着に繋がります。職員一人ひとりが自身の成長を実感できる環境こそが、長期的なキャリア形成を可能にする鍵となります。

心理的安全性の高い職場環境の構築

職員が安心して意見を言え、助けを求められる「心理的安全性の高い職場」を構築することは、休職防止に非常に効果的です。そのためには、まず職場の人間関係の改善が不可欠であり、メンター制度の強化や、ハラスメント対策の徹底が求められます。

業務負担の軽減も重要な要素です。人員配置計画の見直しを行い、非常勤職員の積極的な活用や、AI・RPAなどの導入による業務効率化を図ることで、一人あたりの業務負担を適正化します。盛岡市では「仕事と育児」「仕事と介護」の両立支援プログラムを通じて、休暇取得者と職場に残る職員との情報共有を明確化し、負担のしわ寄せを防ぐ取り組みを行っています。

定期的な面談や職員の意向調査、ヒアリングの実施を通じて、職員の声を丁寧に聴き、職場環境の改善に反映させることも大切です。職員が安心して休暇を取得できる環境を整備し、「しわ寄せ」を感じさせない運用を徹底することで、健全な職場文化を育むことができます。

個人でできる休職予防と回復へのアプローチ

ストレスサインの早期発見と対処法

自分自身の心と体のSOSにいち早く気づくことが、休職を予防する第一歩です。日々の生活の中で、以下のような変化がないか意識的に確認しましょう。

  • 睡眠の変化:寝つきが悪くなる、途中で目覚める、熟睡できない、寝すぎるなど
  • 気分の変化:憂鬱になる、イライラしやすくなる、喜びを感じにくい、集中力がないなど
  • 身体の変化:頭痛、肩こり、胃痛、食欲不振や過食、疲れが取れないなど

もしこれらのサインに気づいたら、決して無理をせず、早めに対処することが大切です。信頼できる友人や家族に相談したり、職場の産業医やカウンセラー、地域の相談窓口などを積極的に利用しましょう。早期の相談が、重症化を防ぎ、回復への近道となります。

ワークライフバランスの確保と自己管理

仕事だけでなく、プライベートの時間を充実させることで、心身のバランスを保つことが重要です。公務員は責任感が強く、仕事に没頭しがちですが、意識的に休息を取り、リフレッシュする時間を設けましょう。

具体的には、趣味に没頭する時間を作ったり、適度な運動を取り入れたり、質の良い睡眠を確保することが挙げられます。週末は仕事から完全に離れて、リラックスできる活動に時間を使いましょう。デジタルデトックスも効果的です。

また、食生活の乱れは心身の健康に直結します。バランスの取れた食事を心がけ、過度な飲酒や喫煙を控えることも、自己管理の一環として大切です。これらのセルフケアの習慣化が、ストレス耐性を高め、休職予防に繋がります。

相談窓口の活用と周囲へのヘルプシグナル

一人で悩みを抱え込むことは、精神的な負担を増大させ、問題をさらに複雑化させます。公務員組織には、職員の健康をサポートするための様々な相談窓口が設置されています。これらを積極的に活用しましょう。

職場の保健師、産業医、人事担当者、あるいは外部の専門相談機関など、信頼できる相談先は複数あります。自分の状況に合わせて、話しやすい窓口を選んでください。これらの窓口は守秘義務が厳しく守られているため、安心して相談できます。

また、信頼できる上司や同僚、家族、友人に自身の状況を伝えることも重要です。自分の状態をオープンにすることで、周囲からの理解やサポートを得られやすくなります。困った時は「助けてほしい」というヘルプシグナルを出す勇気を持つことが、休職予防と回復への大きな一歩となります。