「昇給」という言葉を聞くと、誰もがワクワクするのではないでしょうか。日々の努力が報われ、生活が豊かになることを期待させる昇給は、働く上で非常に重要な要素です。

しかし、昇給がどのように決定され、どのようなルールに基づいているのか、詳しく知っている人は意外と少ないかもしれません。昇給は単なる「給料が上がる」こと以上の意味を持ち、そこには法律や企業の就業規則、そして様々な制度が複雑に絡み合っています。

本記事では、昇給制度の基本から、法律上の義務、就業規則への記載、通知義務まで、会社で働く上で知っておくべき昇給の仕組みについて、最新の正確な情報と数値データを交えながら解説します。あなたの会社の昇給制度をより深く理解し、今後のキャリアを考える一助となれば幸いです。


昇給制度とは?法律と就業規則で定められる基本

昇給制度の目的と基本原則

昇給制度とは、従業員の給与が一定の基準や条件に応じて上昇することを指す、企業の人事・賃金制度の中核をなす仕組みです。その最大の目的は、従業員のモチベーション向上とエンゲージメントの強化にあります。従業員が自身の努力や成果が適切に評価され、賃金に反映されると感じることで、仕事への意欲が高まり、生産性向上に繋がります。

また、企業が優秀な人材を確保し、長期的に定着させるためにも昇給制度は不可欠です。労働市場における競争力を維持し、外部からの人材獲得力を高める上でも、魅力的な昇給制度の存在は大きなアドバンテージとなります。昇給には、年齢や勤続年数に応じて定期的に給与が上がる「定期昇給」や、人事評価に基づいて個々の成果が反映される「考課昇給」など、様々な種類があります。これらの制度は、企業の経営戦略や業界の特性に応じて多様な形で設計されており、従業員の成長と企業の発展を両立させるための重要な原則に基づいています。

基本的には、企業が従業員の職務遂行能力の向上や貢献度を評価し、それに相応しい報酬を提供することで、公平で納得感のある賃金体系を構築することを目指しています。適切な昇給制度の運用は、従業員のキャリアパスを明確にし、長期的な視点での人材育成にも寄与するでしょう。

法律が求める就業規則への記載義務

昇給に関するルールは、法律によってその記載が義務付けられています。特に、労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する企業に対し、賃金に関する事項(昇給に関する事項を含む)を就業規則に明記し、労働基準監督署に届け出ることが義務付けられています。これは、労働条件を明確にし、労働者が安心して働ける環境を保障するための重要な規定です。

就業規則に昇給に関する事項が記載されていない場合、労働基準法違反となる可能性があります。昇給の基準や時期、具体的な評価方法などが不明瞭だと、従業員は不公平感を抱きやすくなり、労使間のトラブルの原因にもなりかねません。法律が就業規則への記載を義務付けているのは、こうしたトラブルを未然に防ぎ、透明性の高い労働環境を維持することを目的としているのです。

したがって、企業は昇給の有無にかかわらず、昇給制度を設けるのであれば、その詳細を就業規則に具体的に記載する責任があります。これにより、従業員は自身の昇給の可能性や条件を事前に理解することができ、企業は公平かつ透明な人事制度を運用していることを示すことができるのです。就業規則は、企業と従業員の間に交わされる最も基本的な契約書の一つであり、その内容は労働者の権利と義務を明確にする上で極めて重要な意味を持ちます。

就業規則における「昇給」の具体的な定め方

就業規則に昇給に関する事項を記載する際には、具体的な要件や時期、昇給額や昇給率に関するルールを明確に定める必要があります。しかし、その表現には細心の注意が求められます。例えば、「昇給する」と断定的に記載してしまうと、企業の業績に関わらず昇給が義務化されると解釈されるリスクが生じるため、慎重な文言選びが必要です。

多くの場合、「原則として毎年○月に昇給の機会を設ける」「人事評価の結果に基づき、昇給する場合がある」といった表現が用いられます。これにより、企業は経済状況や業績に応じて昇給の実施を柔軟に判断できる余地を残しつつ、従業員に対して昇給の機会が定期的に存在することを明確に伝えることができます。また、昇給の要件としては、「勤務成績が良好な者」「会社の業績に貢献した者」といった抽象的な表現だけでなく、具体的な評価項目や目標達成度、資格取得などを基準として加えることで、より透明性の高い制度を構築することが可能です。

重要なのは、従業員が「どのような努力をすれば昇給に繋がるのか」を理解できるような基準を定めることです。昇給額や昇給率についても、具体的な算出式を記載することは稀ですが、「会社が定める賃金規定に基づき決定する」といった形で、参照すべき内部規定の存在を示すことが多いでしょう。このように、就業規則における昇給の定め方は、法的義務と企業の実情、そして従業員の納得感をバランス良く考慮した上で慎重に設計されるべき極めて重要な項目と言えます。


昇給の種類と対象者:誰が決めて、いつ通知される?

多岐にわたる昇給の種類とその特徴

昇給制度には、企業の戦略や目的に応じてさまざまな種類が存在します。それぞれに特徴があり、従業員のモチベーションやキャリア形成に与える影響も異なります。最も一般的なのは、毎年決まった時期(多くの企業で春)に実施される「定期昇給」です。これは年齢や勤続年数を基準とすることが多く、安定的な賃金上昇を従業員にもたらします。

次に、従業員個々の成果や実績、勤務態度などを人事評価制度に基づいて評価し、給与に反映させるのが「考課昇給(査定昇給)」です。この制度は、個人の努力や貢献を直接的に報いるため、従業員のパフォーマンス向上に強いインセンティブとなります。昇給額や昇給率は企業や職務内容によって大きく異なりますが、透明性の高い評価基準が求められます。

他にも、特定の資格取得や一定の業務要件を満たすことで自動的に給与が増加する「自動昇給」、企業の業績が非常に好調な場合などに臨時で行われる「臨時昇給」があります。さらに、技能や職務遂行能力の向上を理由とする「普通昇給」や、特殊な職務への従事、特別な功労があった場合に適用される「特別昇給」も存在します。これらの多様な昇給の種類を理解することは、自身のキャリアパスを設計する上でも、また会社の制度を把握する上でも非常に役立ちます。企業はこれらの昇給制度を組み合わせることで、従業員の成長と企業の発展を両立させるための柔軟な賃金体系を構築しています。

昇給対象者の決定プロセスと評価基準

昇給の対象者は、主に企業が定める人事評価制度に基づいて決定されます。そのプロセスは、多くの場合、以下のステップで進行します。まず、従業員は期初に設定した目標に対し、期末に自己評価を行い、その結果を上司に提出します。上司は、従業員の自己評価を参考にしながら、日頃の業務遂行状況、目標達成度、能力開発、勤務態度などを多角的に評価します。

この上司による評価は、さらに部門長や人事部によって多段階でレビューされ、公平性や整合性が図られます。最終的には、経営層が全社の業績や予算状況を考慮し、昇給総額や昇給率の目安を決定した上で、個々の従業員の昇給額や昇給率が確定されます。この決定プロセスは、主観的な判断だけでなく、客観的な評価基準とデータを基に行われることが重要です。

評価基準としては、職務遂行能力、業績への貢献度、目標達成度、行動特性(コンピテンシー)、勤続年数などが挙げられます。例えば、営業職であれば売上目標の達成度、開発職であればプロジェクトの成果や技術革新への貢献度などが重視されます。また、管理職であれば部下の育成や組織マネジメント能力も重要な評価項目となるでしょう。これらの評価基準が明確で、従業員に事前に周知されていることで、昇給の決定に対する納得感が向上し、従業員は自身の成長目標を具体的に設定しやすくなります。

昇給決定時の通知義務と会社側の配慮

昇給が決定された際、会社には従業員に対してその内容を通知する法的な義務があるのでしょうか。労働基準法では、労働条件の書面通知は「雇入れ時」にのみ義務付けられています。したがって、昇給時の給与改定や賞与額について、書面で通知する法的な義務は基本的にありません。しかし、これは会社が一切通知しなくて良いという意味ではありません。給与の変更は、原則として使用者と従業員の合意に基づいて行われるため、単に給与明細で金額が変わっていることを知るだけでは、従業員は十分な情報を得られません。

法的な義務はないものの、多くの企業では昇給決定時に何らかの形で通知を行っています。最も丁寧な対応としては、昇給額やその理由(評価結果など)を記載した「辞令」や「給与改定通知書」を交付することです。これにより、従業員は自身の評価や期待されている役割を明確に理解することができます。また、昇給は従業員にとってプラスとなる労働条件の変更ですが、もし役職や等級の変更を伴う場合は、事前に口頭で説明を行った上で書面で通知することがより望ましいとされています。

特に、降給の場合は従業員にとって不利益な変更となるため、労働者の同意を得ることが不可欠であり、書面による同意を求めるなど、さらに慎重な対応が求められます。昇給は従業員のモチベーションに直結する重要な要素であるため、法的義務の有無に関わらず、会社側は丁寧なコミュニケーションを心がけ、従業員が納得して働ける環境を整えることが、結果として良好な労使関係を築く上で極めて重要です。


昇給の等級と届出:年一回の昇給制度を理解する

昇給制度における等級制度の役割

多くの企業では、従業員の職務遂行能力や役割、貢献度に応じて、賃金体系を階層化する「等級制度」を導入しています。この等級制度は、昇給制度と密接に連携しており、従業員のキャリアパスと賃金上昇の道筋を明確にする上で重要な役割を果たします。等級制度では、例えば「主任」「係長」「課長」といった役職等級や、「アソシエイト」「スペシャリスト」「エキスパート」といった職能等級など、様々な形で等級が設定されます。

それぞれの等級には、期待される職務内容、必要なスキル、そして賃金レンジが定められています。昇給の際、従業員が能力や実績を評価され、現在の等級から上位の等級に「昇格」することで、より高い賃金レンジが適用され、大きく給与が上昇することがあります。これは「ベースアップ」とは異なり、個人の評価に基づいて行われる昇給の一種です。等級が上がることで、従業員は自身の成長を実感しやすくなり、次の等級を目指す目標設定にも繋がります。

等級制度は、単に給与を決めるだけでなく、従業員の能力開発やキャリア形成を支援するツールとしても機能します。各等級に求められるスキルや経験が明確になることで、従業員は自身のキャリアプランを具体的に描きやすくなり、必要な研修や経験を積む動機付けにもなります。このように、昇給制度における等級制度は、従業員の成長と企業の組織力強化の両面において、戦略的な役割を担っているのです。

年一回昇給の仕組みと制度設計

日本では、多くの企業で年一回昇給が採用されており、特に春に行われることが一般的です。これは、年度替わりや決算期に合わせ、企業の業績や人事評価の結果を反映させて、賃金改定を行うためです。年一回昇給の仕組みは、安定的な賃金上昇の機会を従業員に提供し、将来設計を立てやすくするメリットがあります。一般的な年一回昇給のサイクルは、以下のような流れで設計されます。

  1. 評価期間:通常、前年の4月1日から翌年3月31日など、一年間の業務遂行状況や目標達成度を評価対象とします。
  2. 評価・決定期間:評価期間の終了後、4月~5月頃に人事評価が実施され、その結果に基づいて昇給額や昇給率が決定されます。この期間に、各部門からの評価集計、人事部や経営層による最終承認が行われます。
  3. 実施期間:決定された昇給は、通常、4月分給与から適用されることが多いですが、企業によっては5月や6月から適用される場合もあります。

この制度設計により、企業は年に一度、全従業員の賃金を見直し、個々の貢献度や市場状況を反映させる機会を得ることができます。年一回昇給は、企業の経営資源の配分を計画的に行う上でも効率的です。また、従業員にとっては、年度目標達成に向けたモチベーションを維持しやすく、自身のキャリアプランを長期的な視点で考える上での基準となります。ただし、年一回という頻度から、個人のパフォーマンスが即座に給与に反映されにくいという側面もあるため、企業は期中のインセンティブ制度や賞与などでそのギャップを補完することもあります。

昇給に伴う会社の手続きと届出

昇給が実施された際、会社は従業員の給与計算システムを更新するだけでなく、社会保険や税金に関する様々な手続きや届出を行う必要があります。昇給による給与の増加は、従業員の社会保険料(健康保険、厚生年金保険)の算出基準となる「標準報酬月額」に影響を与えます。標準報酬月額は通常、毎年9月に見直しが行われる「定時決定(算定基礎届)」で決定されますが、昇給によって給与が大幅に変動した場合には、年に一度の定時決定を待たずに見直される「随時改定(月額変更届)」が必要となることがあります。

随時改定の対象となるのは、固定給の変動があり、かつその変動後の3ヶ月間の平均報酬月額が、変動前の標準報酬月額と比べて2等級以上の差が生じた場合です。この場合、事業主は変動後の給与が支払われた月の翌日から3ヶ月間の給与を平均し、管轄の年金事務所に「月額変更届」を提出しなければなりません。これにより、社会保険料が適切な金額に修正され、従業員の将来の年金額にも影響を与えることになります。

また、昇給は当然ながら所得税や住民税の計算にも影響を与えます。会社は源泉徴収する所得税額を新たな給与額に基づいて計算し直す必要があります。これらの手続きは、従業員が正しい社会保険料や税金を支払う上で不可欠であり、企業の担当者にとっては正確な知識と迅速な対応が求められる業務です。労働基準監督署への昇給に関する直接的な届出義務は通常ありませんが、社会保険に関する届出は法律で義務付けられており、怠ると従業員への不利益や会社の信頼失墜に繋がりかねません。


昇給説明なしはNG?会社が伝えるべきこと

昇給時の説明の重要性と従業員への影響

昇給の決定は、従業員にとって非常に大きな関心事であり、自身の評価や今後のキャリアに直結するものです。法的には昇給時の書面通知義務はありませんが、昇給の説明を怠ることは、従業員のモチベーションやエンゲージメントに悪影響を及ぼす可能性が高いため、会社は適切な説明を心がけるべきです。単に給与明細の金額が上がっているだけでは、従業員はなぜ上がったのか、何が評価されたのかを理解できません。

丁寧な説明がない場合、従業員は自身の努力や成果が正当に評価されたのか疑問に感じ、企業への不信感を抱く原因となります。具体的には、昇給額が期待よりも少なかった場合や、他の社員との比較で不公平感が生じた場合に、説明がないことで不満が募り、結果として離職に繋がるリスクも考えられます。逆に、昇給の背景や評価基準、今後の期待値を明確に伝えることで、従業員は自身の強みや改善点を理解し、さらなる成長への意欲を高めることができます。

昇給の説明は、単なる給与の通知ではなく、企業と従業員との建設的な対話の機会です。個別の面談を通じて、評価のフィードバックや期待する役割、今後のキャリアパスについて話し合うことで、従業員は企業の一員としての帰属意識を強め、組織目標へのコミットメントを高めることができます。このような丁寧なコミュニケーションは、従業員のエンゲージメントを高め、長期的な人材育成にも繋がる重要な投資と捉えるべきでしょう。

不透明な昇給制度が引き起こす問題

昇給の仕組みや評価基準が不透明な企業では、様々な問題が発生するリスクが高まります。最も懸念されるのは、従業員間の不公平感や不満の増大です。誰が、なぜ昇給し、誰がしなかったのかが不明確だと、「頑張っても報われない」「評価基準が曖昧だ」といった声が上がりやすくなります。これは、従業員のモチベーションを著しく低下させ、企業文化の悪化を招きます。

不透明な制度はまた、優秀な人材の離職を加速させる原因にもなりかねません。自身の努力が正当に評価されないと感じる社員や、キャリアパスが見えない社員は、より透明性が高く、公平な評価制度を持つ競合他社へと流出してしまう可能性が高まります。結果として、企業は貴重な人材を失い、採用コストの増加や事業の停滞といった負のスパイラルに陥るでしょう。

さらに、昇給制度がブラックボックス化していると、セクハラやパワハラといったハラスメント、またはえこひいきなどの不正が発生する温床となるリスクも否めません。一部の従業員だけが不当に優遇されるといった事態は、組織全体の士気を著しく低下させ、企業の評判にも深刻なダメージを与えます。健全な組織運営には、公平性、透明性、客観性を持った評価・昇給制度が不可欠であり、企業は積極的にその情報を開示し、従業員からの信頼を築き上げる努力を惜しむべきではありません。

会社が取るべき丁寧なコミュニケーションと情報開示

昇給に関して、会社が取るべき最も効果的なアプローチは、丁寧なコミュニケーションと積極的な情報開示です。法的な義務はなくても、従業員が自身の昇給について納得し、前向きに業務に取り組めるような環境を整えることが、企業の持続的な成長には不可欠だからです。

具体的には、まず昇給決定時には、単に金額を伝えるだけでなく、個別の面談を設けることが推奨されます。この面談では、昇給の理由となった評価項目や、特に評価された点、そして今後の期待や改善してほしい点を具体的にフィードバックします。これにより、従業員は自身のパフォーマンスを客観的に理解し、次なる目標設定に活かすことができます。また、面談時に不明点や疑問を解消できる機会を設けることで、不満や不信感の解消にも繋がります。

さらに、全社的な昇給方針や評価制度の概要については、定期的に全社説明会や社内報、イントラネットなどを活用して情報開示することが望ましいでしょう。これにより、従業員は自身の企業がどのような基準で賃金を決定しているのかを把握でき、制度全体の透明性が向上します。特に、降給といった従業員にとって不利益な変更がある場合には、その理由と経緯をより詳細に説明し、必ず書面による同意を得るなど、一層の慎重な対応が求められます。

昇給は従業員のキャリアと生活に直結する重要な事項であるからこそ、企業は一方的な通知に留まらず、双方向のコミュニケーションを通じて、従業員の納得感を高める努力をすべきです。この積み重ねが、従業員のエンゲージメント向上と、企業への信頼構築に繋がるのです。


昇給対応表で見る、知っておきたい昇給の仕組み

昇給制度に関する法的義務と推奨される対応

昇給制度の運用において、企業がまず理解すべきは、法的義務と推奨されるベストプラクティスとの違いです。最も重要な法的義務は、労働基準法第89条に基づき、常時10人以上の労働者を使用する企業が就業規則に賃金に関する事項(昇給に関する事項を含む)を明記し、労働基準監督署に届け出ることです。これは、労働条件の透明性を確保し、従業員保護を目的としています。就業規則には、昇給の有無、昇給の要件、時期などを具体的に記載する必要がありますが、断定的な表現を避け、企業の経営状況に応じた柔軟性を持たせる文言が一般的です。

一方で、昇給時の書面通知や説明については、法的な義務はありません。しかし、これは企業が何もしなくても良いという意味ではありません。むしろ、従業員のモチベーション維持や良好な労使関係構築のためには、積極的な通知と説明が強く推奨されます。具体的には、昇給額やその決定理由を記載した通知書を交付したり、個別の面談を通じて評価のフィードバックや今後の期待を伝えたりすることが望ましいでしょう。これにより、従業員は自身の努力がどのように評価されたかを理解し、今後の目標設定に活かすことができます。

法的な義務と推奨される対応を以下の表にまとめました。

項目 法的義務 推奨される対応
就業規則への記載 あり(労働基準法第89条)
(常時10人以上)
昇給の有無、要件、時期、評価基準などを具体的に記載
昇給時の書面通知 なし 辞令、給与改定通知書の交付
昇給時の説明 なし 個別の面談での評価フィードバック、今後の期待値の説明
社会保険料の変更手続き あり(随時改定が必要な場合) 月額変更届の提出(年金事務所)

これらの対応を適切に行うことで、企業は法令遵守はもちろんのこと、従業員からの信頼を得て、健全な組織運営を促進することができます。

平均昇給額・割合から見る昇給の実態

昇給が実際にどれくらいの規模で行われているのか、具体的な数値データは従業員にとって最も関心の高い情報の一つです。厚生労働省などの調査によると、近年の昇給に関する平均値は以下のようになっています。

  • 昇給を実施・予定している企業の割合: 2023年の調査では、89.1%の企業が従業員1人あたりの平均賃金を上げた、または引き上げる予定と回答しており、前年よりも増加しています。企業規模が大きくなるほど、昇給を予定する企業の割合が高くなる傾向があります。これは、中小企業よりも大企業の方が賃上げ余力があることを示唆しています。
  • 昇給額の平均:
    • 企業規模5,000人以上の企業では、平均昇給額は15,121円、昇給率は4.8%です。
    • 2023年の春闘における1人あたりの平均昇給額は、15,000円~20,000円程度とされており、物価上昇を背景に高い水準となりました。
    • dodaの調査によると、昇給の平均額は14,701円で、1~3万円未満の人が48.2%を占めています。

これらの数値は、企業が従業員の生活を支え、モチベーションを向上させるために積極的な賃上げに取り組んでいる現状を示しています。しかし、企業規模や業種、個人のパフォーマンスによって昇給額には大きな差があることも忘れてはなりません。特に、大企業と中小企業では昇給の余力に違いがあり、それが平均値にも反映されています。自身の所属する企業の昇給実態をこれらの平均値と比較することで、業界や企業内での自身の位置づけを客観的に把握する手助けとなるでしょう。

注意点: これらの数値は調査年や調査対象によって変動する可能性があります。最新の情報は、厚生労働省などの公的機関の発表を常に確認することが重要です。

企業規模・産業別の昇給トレンドと自身の位置づけ

昇給の動向は、企業規模だけでなく、属する産業によっても大きく異なります。2024年春季賃上げ要求・妥結状況のデータを見ると、以下のような傾向が見られます。

産業 平均昇給額(円) 昇給率(%)
建設業 21,548円 5.94%
食料品・たばこ 18,057円 5.36%
鉱業、採石業、砂利採取業 14,616円 5.9%
電気・ガス・熱供給・水道業 14,619円 4.3%
情報通信業 12,000円~14,000円程度
(※最新の具体的な数値は見つかりませんでした)
変動あり
製造業 13,262円 4.4%

このデータからわかるように、建設業や食料品・たばこ産業など、特定の産業では高水準の昇給が実現している一方で、産業ごとのばらつきも大きいことが分かります。これは、各産業の景況感や人手不足の度合い、そして企業収益の状況などが複雑に影響しているためです。例えば、人手不足が深刻な業界では、人材確保のために賃上げに積極的な傾向が見られます。

また、企業規模が大きくなるほど、昇給を予定する企業の割合や平均昇給額が高くなる傾向にあることも、一般的なトレンドとして挙げられます。大企業は中小企業に比べて財務基盤が強固であり、労働組合の交渉力も強いことが影響していると考えられます。自身の所属する企業や業界の昇給トレンドを把握することは、自身の給与水準が市場と比較して適切であるかを知る上で非常に重要です。

これらの情報を参考に、自身のキャリアプランを考える際や、転職を検討する際の判断材料として活用することができます。昇給は個人の努力だけでなく、所属する環境にも大きく左右されるため、常に市場の動向にアンテナを張り、自身の価値を高める努力を続けることが、より良いキャリアを築く上で不可欠だと言えるでしょう。