労働基準法は、労働者の権利を守り、健全な職場環境を確保するための基本的な法律です。制定以来、数回の改正を経て、現代の労働事情に合わせた内容となっています。本記事では、労働基準法の概要、近年の主な改正点、そして実務で押さえておくべき重要条文について解説します。

労働基準法10条〜20条:労働条件の基本と監督

労働条件明示の重要性:第15条

労働基準法第15条では、使用者が労働者を雇い入れる際に、賃金、労働時間、その他労働条件を明示する義務を定めています。これは、労働者が自身の働く条件を正確に理解し、納得した上で労働契約を結ぶための非常に重要なルールです。

具体的には、労働基準法施行規則第5条で明示事項が詳細に定められており、特に「書面」での交付が原則とされています。口頭での説明だけでは後々のトラブルに発展しやすいため、書面での交付は必須です。

さらに、2024年4月にはこの明示義務が拡充され、就業場所や業務内容の変更の範囲、更新上限の有無、無期転換ルールに関する事項などが追加されました。これにより、使用者は採用時の労働条件通知書や雇用契約書のひな形を見直し、最新の法令に準拠させる必要があります。明示された労働条件が事実と異なる場合、労働者は即座に労働契約を解除できる権利を有することも覚えておきましょう。

労働契約の原則と禁止事項:第10条、第13条、第16条、第17条

労働基準法は、労働契約における基本的な原則と、使用者が行ってはならない禁止事項を明確に定めています。第10条に示される労働契約は、労働者が使用者の指揮命令下で働き、その対価として賃金を受け取る合意を指します。

さらに、使用者は労働者の公民権の行使を妨げてはならず(第7条)、人種、信条、性別、社会的身分などを理由として差別的な取り扱いをすることも禁止されています(第3条)。強制労働の禁止(第5条)も労働者の尊厳を守る上で不可欠な原則です。

特に重要な禁止事項として、賠償予定の禁止(第16条)中間搾取の禁止(第17条)が挙げられます。賠償予定の禁止とは、労働契約の不履行に対して違約金を定めたり、損害賠償額をあらかじめ予定する契約を結んだりすることを禁じるものです。これは、労働者が過度な責任を負わされることを防ぐための規定です。一方、中間搾取の禁止は、業として他人の就業に介入して利益を得る行為を禁じ、労働者の搾取を防ぐことを目的としています。

解雇予告と解雇制限:第19条、第20条

使用者が労働者を解雇する際には、厳格なルールが設けられており、労働者の生活の安定を図っています。労働基準法第20条では、使用者は労働者を解雇する場合、少なくとも30日前までにその予告をするか、または30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払うことが義務付けられています。

これは、労働者が次の仕事を探す期間を確保するための重要な規定です。予告日数が30日に満たない場合は、不足日数に応じた解雇予告手当を支払わなければなりません。例えば、10日前に予告した場合は20日分の手当が必要です。

さらに、第19条では、特定の期間において使用者の解雇を制限しています。具体的には、労働者が業務上の傷病により療養のために休業する期間、およびその後30日間、そして産前産後休業期間とその後の30日間は、原則として解雇することができません。これは、特に脆弱な状況にある労働者を保護するための強力な規定です。ただし、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能になった場合や、労働者の責めに帰すべき事由がある場合には、労働基準監督署長の認定を受けて解雇が許される例外もあります。

労働基準法24条〜39条:賃金、休暇、労働時間管理

賃金支払いの5原則と実務:第24条

労働基準法第24条は、賃金支払いの基本的なルールとして「賃金支払いの5原則」を定めています。これらは、労働者が安心して賃金を受け取れるよう、使用者に厳格な義務を課すものです。

  1. 通貨払い: 賃金は日本円で支払われなければなりません。例外として、労働者の同意があれば銀行振込も可能です。
  2. 直接払い: 賃金は、原則として労働者本人に直接支払わなければなりません。代理人や親権者への支払いは認められません。
  3. 全額払い: 賃金は、社会保険料や税金などの法令で定められたもの、または労働者の同意があるものを除き、全額支払わなければなりません。一方的な控除は認められません。
  4. 毎月1回以上払い: 賃金は、原則として毎月1回以上支払われなければなりません。
  5. 一定期日払い: 賃金は、毎月決まった日に支払われなければなりません。例えば「毎月25日」のように固定する必要があります。

これらの原則を遵守することは、使用者の基本的な義務であり、労働者にとっては生活設計の基盤となります。特に「全額払い」の原則は重要で、社員寮費や社内融資の返済などであっても、労働者の同意がなければ賃金から一方的に控除することはできません。使用者は、賃金支払いの透明性を確保するため、詳細な給与明細を交付することも一般的です。

労働時間、休憩、休日の厳守:第32条、第34条、第35条

労働基準法は、労働者の健康と生活を守るため、労働時間、休憩、休日に関する明確なルールを定めています。第32条では、法定労働時間を原則として1日8時間、週40時間と定めています。これを超えて労働させる場合は、原則として36協定の締結が必要です。特定の事業所では、1年単位や1ヶ月単位の変形労働時間制を採用することも可能ですが、その場合でも一定のルールに従う必要があります。

第34条は、休憩に関する規定です。使用者は、労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を、労働時間の途中に与える義務があります。この休憩時間は、労働者が自由に利用できるものでなければならず、労働から完全に解放されている状態が求められます。例えば、電話番や来客対応を命じる時間は休憩とはみなされません。

第35条では、休日について定めています。使用者は、労働者に対して週に少なくとも1日、または4週間に4日以上の休日(法定休日)を与えることが義務付けられています。法定休日に労働させた場合は、休日割増賃金の支払いが必要です。また、法定休日以外の休日(所定休日)を設定することも一般的で、振替休日と代休の運用についても、その違いを理解して適切に対応することが求められます。

年次有給休暇の取得義務化と管理:第39条

年次有給休暇(有休)は、労働者が心身をリフレッシュし、プライベートな時間を確保するための重要な権利です。労働基準法第39条では、6ヶ月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、所定の日数の有給休暇を付与するよう使用者に義務付けています。

付与日数は勤続年数によって増加し、例えば勤続6ヶ月で10日、1年6ヶ月で11日、その後2年ごとに1日ずつ増加し、最大で勤続6年6ヶ月以上で20日付与されます。パートタイマーなど所定労働日数が少ない労働者に対しても、労働日数に応じた比例付与が行われます。

2019年4月1日に施行された働き方改革関連法により、年間10日以上の有給休暇が付与される労働者に対し、そのうち5日について使用者による時季指定義務が課せられました。これは、有給休暇の取得促進を目的としたもので、労働者側も積極的に取得し、使用者側も取得状況を管理し、取得させる義務があります。計画的付与制度を導入することで、会社全体で計画的に有給休暇を消化することも可能です。また、有給休暇の時効は2年間と定められており、取得されないまま2年が経過すると消滅します。

知っておきたい!36条と36協定の基礎知識

36協定の基本と時間外労働のルール:第36条

労働基準法第32条に定められた法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えて労働者に対し時間外労働や休日労働をさせる場合、使用者は労働者の過半数を代表する者または労働組合との間で書面による協定を結び、所轄の労働基準監督署長に届け出なければなりません。この協定こそが、通称「36(サブロク)協定」と呼ばれるものです。

36協定は、労働者に法定労働時間を超えて労働させることの適法性を担保する重要な役割を担っています。協定がないまま時間外労働をさせた場合、それは労働基準法違反となり、罰則の対象となります。

協定では、延長できる時間の上限、対象となる業務の種類、対象期間などを具体的に定める必要があります。単に「残業させる」というだけでは足りず、具体的な内容を明記し、労働者の健康と安全に配慮したものであることが求められます。36協定は、無限に時間外労働を許すものではなく、あくまで労働基準法の例外として認められるものであり、その運用には細心の注意が必要です。

時間外労働の上限規制と罰則:第36条

かつては事実上青天井だった時間外労働に、2019年4月1日から上限規制が導入されました(中小企業は2020年4月1日から適用)。労働基準法第36条に基づく36協定を締結した場合でも、時間外労働は原則として月45時間、年360時間を超えることはできません。

ただし、臨時的かつ特別な事情(突発的なトラブル対応、大規模なクレーム、決算業務など)がある場合に限り、「特別条項付き36協定」を締結することで、例外的に上限を超えて労働させることが可能です。しかし、この特別条項にも厳格な上限が設けられています。

  • 年720時間以内
  • 複数月平均80時間以内(2~6ヶ月の平均)
  • 単月100時間未満

これらの上限に違反した場合、使用者には6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則が科される可能性があります。また、建設業、運輸業、医師などの一部業種では猶予期間が設けられていましたが、2024年4月からは原則として全ての上限規制が適用されるようになり、これらの業界でも適切な労働時間管理が喫緊の課題となっています。

36協定締結・届出の実務と注意点

36協定を有効にするためには、適切な手続きを踏むことが不可欠です。まず、協定は「労働者の過半数で組織する労働組合」または「労働者の過半数を代表する者」との間で締結する必要があります。労働者の過半数代表者は、管理監督者ではなく、労働者の投票などで民主的に選出された者でなければなりません。

締結された36協定は、所轄の労働基準監督署長に届け出なければ、法的な効力は発生しません。たとえ労使間で合意がなされていても、届け出がなければ時間外労働をさせることは違法となります。届け出た36協定の内容は、労働者にも周知する必要があるため、社内掲示やイントラネットへの掲載など、労働者がいつでも確認できる状態にしておくことが望ましいです。

協定には、延長する時間の具体的な上限、対象期間(通常1年間)、対象業務の種類、対象となる労働者の数などを明記する必要があります。特に特別条項を設ける場合は、その適用事由を具体的に記載し、安易な適用を防ぐための手続き(例:担当役員の承認を要する)を定めておくなど、より厳格な運用が求められます。労働者の健康確保措置として、医師による面接指導の実施なども明記することが推奨されます。

意外と知らない?労働基準法の重要条文を再確認

割増賃金の正しい理解:第37条

労働基準法第37条は、法定労働時間を超えて労働させた場合(時間外労働)、法定休日に労働させた場合(休日労働)、および深夜に労働させた場合(深夜労働)に、使用者が労働者に対して支払うべき割増賃金(残業代)について定めています。これは、通常の賃金に上乗せして支払われるもので、労働者の健康や生活への影響を考慮した手当です。

基本的な割増率は以下の通りです。

  • 時間外労働: 25%以上(月60時間を超える場合は50%以上)
  • 休日労働: 35%以上
  • 深夜労働: 25%以上(午後10時から午前5時までの労働)

これらの割増は重複して適用されることもあります。例えば、月60時間を超える深夜の時間外労働の場合、50%(時間外)+25%(深夜)=75%以上の割増率となります。

特に重要な改正点として、2023年4月1日から中小企業においても月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が25%から50%に引き上げられました。これにより、大企業・中小企業問わず、一律で月60時間超の時間外労働には50%以上の割増率が適用されることになり、労働時間管理のさらなる徹底が求められます。

記録保存義務の徹底:第109条

労働基準法第109条は、使用者に労働者名簿、賃金台帳、出勤簿など、労働関係に関する重要な帳簿書類の保存を義務付けています。これらの書類は、労働時間、賃金、労働条件などが適正に管理されていることを証明するための基盤となるものであり、労働基準監督署の臨検監督時にも確認されます。

以前は3年間とされていた保存期間は、2020年4月の改正により、原則として5年間に延長されました。ただし、経過措置として当分の間は3年間とされていますが、将来的には完全に5年へと移行する見込みです。このため、実務上は5年間保存することを前提とした対応が推奨されます。

保存義務の対象となる主な書類は以下の通りです。

  • 労働者名簿: 氏名、生年月日、履歴、住所、業務の種類、雇入年月日、退職年月日と理由などが記載されます。
  • 賃金台帳: 賃金計算期間、労働日数、労働時間数、基本給、手当、控除額などが記載されます。
  • 出勤簿: 労働者の出勤日、労働時間(始業・終業時刻)、休憩時間などが記録されます。

これらの記録は、未払い賃金やサービス残業などのトラブルが発生した際に、事実関係を証明する重要な証拠となります。デジタルデータでの保存も認められていますが、データの保全性や改ざん防止、容易に閲覧できる環境の整備が必要です。

就業規則の作成・変更と届出:第89条、第90条

労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署長に届け出ることが義務付けられています。就業規則は、会社のルールブックであり、労働時間、賃金、休日、懲戒、退職など、労働条件に関する重要な事項を具体的に定めたものです。

就業規則は、労働基準法に違反する内容であってはならず、もし違反する部分があった場合は、その部分は無効となり、労働基準法の規定が優先されます。また、就業規則を作成または変更する際には、労働者の過半数を代表する者または労働組合の意見を聴取し(第90条)、意見書を添付して届け出る必要があります。意見書の添付は義務ですが、意見の内容に拘束されるわけではありません。

就業規則は、労働者に対して周知しなければ、法的効力が発生しないとされています。社内掲示板への掲示、イントラネットへの公開、書面での交付など、労働者がいつでも内容を確認できる状態にすることが求められます。

就業規則を適切に作成し運用することは、労使間のトラブルを未然に防ぎ、透明性のある良好な職場環境を築く上で不可欠です。未作成や未届け出の場合、罰則が科される可能性もあるため、特に注意が必要です。

労働基準法を理解して、より良い労働環境を築こう

法改正の潮流と企業の対応戦略

近年、労働基準法は「働き方改革関連法」をはじめとする度重なる法改正により、大きく変化してきました。時間外労働の上限規制の導入、年次有給休暇の取得義務化、同一労働同一賃金の原則の適用など、その目的は労働者の健康確保と多様な働き方の実現にあります。

特に、2024年4月には建設業、運輸業、医師などへの時間外労働の上限規制が全面適用され、中小企業における月60時間超の時間外労働の割増賃金率も50%に引き上げられました。また、労働条件の明示義務の拡充も行われるなど、企業にとっては常に最新の法改正に対応することが求められています。

こうした法改正の背景には、日本の社会構造の変化、特に少子高齢化の進展が大きく影響しています。参考情報によると、2024年1月時点の生産年齢人口(15~64歳)の割合は約51.4%である一方、高齢化率(65歳以上人口割合)は約38.4%と高く、労働力人口の減少は避けられない現実です。企業は、限られた労働力を有効活用し、従業員が長く健康的に働き続けられる環境を整えるため、従来の働き方を見直し、柔軟な働き方制度の導入や健康経営の推進など、戦略的な対応が不可欠です。

労働者として知るべき権利と義務

労働基準法は労働者の権利を守るための法律ですが、労働者自身も自らの権利と義務を正しく理解することが重要です。自身の労働条件(賃金、労働時間、休日、有給休暇など)が、採用時に明示された内容や就業規則、そして労働基準法に沿っているかを常に確認する意識が求められます。

特に、労働時間や賃金が正しく計算されているかを確認するため、自身の出退勤時刻や業務内容を記録しておくことは、万が一のトラブルの際に役立つことがあります。また、年次有給休暇は労働者の権利ですが、その取得に際しては、企業の業務運営に支障が出ないよう、できるだけ早めに申請するなど、配慮も必要です。

一方、労働者には企業の一員として就業規則を遵守し、誠実に職務を遂行する義務があります。ハラスメントの防止、職場の安全衛生への協力、秘密保持義務など、企業秩序を保つためのルールも理解し、責任ある行動が求められます。自身の権利を主張するだけでなく、義務を果たすことで、より健全で協力的な労使関係が築かれます。

労働基準監督署と相談窓口の活用

労働基準法に関する疑問や、労働条件に関するトラブルが発生した際には、労働基準監督署が重要な相談窓口となります。労働基準監督署は、労働基準法をはじめとする労働関係法令が事業場で遵守されているかを監督・指導する行政機関です。

労働基準監督官は、事業場への立ち入り検査(臨検監督)を行い、帳簿書類の確認や労働者からの聴取を通じて、法令違反がないかを調査します。もし違反が確認された場合は、是正勧告や指導を行い、悪質な場合には司法処分を行う権限も持っています。

労働者や使用者からの相談も受け付けており、総合労働相談コーナーでは、労働問題に関する幅広い相談に無料で応じています。解雇、賃金未払い、ハラスメント、労働時間などの問題について、具体的なアドバイスや情報提供、必要に応じてあっせん制度の案内なども行っています。

問題を一人で抱え込まず、専門機関に相談することは、適切な解決策を見つけるための第一歩です。労働基準監督署や総合労働相談コーナーを積極的に活用し、自身の労働環境の改善や、より良い職場づくりに役立てましょう。