概要: 2024年、建設業・運送業を中心に働き方改革が加速します。本記事では、各業界の「2024年問題」の現状、具体的な課題、そして国土交通省が推進する対策や成功事例を解説。無理なく週休2日制や36協定を整備するためのヒントを提供します。
2024年4月より、日本の建設業と運送業において、「働き方改革関連法」に基づく時間外労働の上限規制が適用されることとなりました。これまでこれらの業界には業務特性を考慮した5年間の猶予期間が設けられていましたが、その期間が終了し、いよいよ法規制への対応が不可欠となります。
本記事では、この「2024年問題」が建設業・運送業にもたらす影響と、各業界が直面する具体的な課題を深掘りします。さらに、それらの課題を乗り越えるための具体的な取り組み事例や、中小企業が実践すべき働き方改革のポイントについて詳しく解説します。
持続可能な事業運営と従業員の労働環境改善のために、ぜひ本記事を参考にしてください。
2024年問題とは?建設業・運送業の現状
2024年問題の概要と適用範囲
「2024年問題」とは、2024年4月1日から建設業と運送業に対して、労働基準法に基づく時間外労働の上限規制が適用されることを指します。これにより、原則として時間外労働は月45時間、年360時間以内に制限されます。
特別な事情がある場合でも、建設業では年間720時間以内、単月100時間未満の規制が設けられます。運送業においては、年間960時間以内という特例が適用されます。
これに加え、年5日の有給休暇取得義務や、月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の引き上げ(運送業では25%から50%以上へ)も実施されます。これらの規制は、両業界の長年の慣習を大きく変えるものであり、企業にとっては迅速な対応が求められます。
建設業が直面する課題:人手不足と長時間労働
建設業は、かねてより慢性的な人手不足に悩まされてきました。少子高齢化の進展に加え、厳しい労働環境や低賃金といったイメージが若年層の入職を阻害し、職人の高齢化が深刻化しています。
また、現場の施工管理や膨大な書類作成業務など、多岐にわたる業務負荷の高さから、長時間労働が常態化している企業も少なくありません。これにより、従業員の疲労蓄積やモチベーション低下、さらには事故リスクの増加といった悪循環が生じています。
他業種に比べてICT技術やDX化の導入が遅れていることも、業務効率化や生産性向上の大きな障壁となっています。これらの課題に正面から向き合い、抜本的な改革を進めることが、建設業が持続的に発展するための鍵となります。
運送業の深刻な課題:ドライバー不足と荷待ち時間
運送業もまた、2024年問題によって大きな転換点を迎えます。特に、ドライバーの長時間労働と不規則な勤務は業界全体に根深く、過酷な労働環境が指摘されてきました。この問題は、トラックの長時間運転や不規則なルート配送、さらには荷待ち・荷役時間の長さによって深刻化しています。
時間外労働の上限規制が適用されることで、ドライバーの労働時間が制限され、それに伴う収入減少が懸念されています。これにより、すでに深刻な人手不足がさらに加速し、「モノが運べなくなる」といった社会的な影響も懸念されています。
特に、積載場所や降ろし場所での荷待ち・荷役時間は、ドライバーの意図しない労働時間の増加に直結しており、この時間の短縮が運送業の働き方改革において最も重要な課題の一つとなっています。
働き方改革における建設業の課題と対策
ICT・DX化による生産性向上
建設業における働き方改革の喫緊の課題の一つは、ICT(情報通信技術)とDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進による生産性向上です。具体的な取り組みとして、勤怠管理クラウドシステムの導入が挙げられます。スマートフォンやPCから打刻や申請ができるようになり、直行直帰が可能になることで移動時間の削減に大きく貢献します。
また、顧客管理(CRM)システムや社内SNS、オンライン会議ツールを導入することで、入札から受注、竣工までの一連の業務を一元管理し、コミュニケーションを円滑化できます。これにより、無駄な会議や移動時間を削減し、業務効率を大幅に向上させることが可能です。
さらに、電子請求書や電子契約書の導入は、紙媒体でのやり取りを減らし、事務負担を軽減します。これらのICT化を推進することで、「人時生産性(粗利÷総労働時間)」の向上を目指し、限られた時間でより高い成果を生み出す体制を構築できます。
業務分担と多角的なサポート体制
建設業の長時間労働の一因となっているのが、技術者への業務集中です。働き方改革を推進するためには、業務の適切な分担とサポート体制の強化が不可欠となります。例えば、事務作業や書類作成業務を、専門のサポート人材や女性職員に分担することで、技術者は本来の現場管理や技術開発といったコア業務に集中できる環境を整備できます。
この業務分担は、残業時間の削減に直結するだけでなく、技術者の専門性を高め、モチベーション向上にも繋がります。さらに、1つの現場に複数名の技術者を配置する分業体制を構築することで、特定の担当者に業務が集中することを防ぎ、属人化のリスクを低減します。
また、若手技術者や未経験者への教育・研修体制を強化し、経験豊富なベテランが知識や技術を伝承することも重要です。新技術の情報収集や社内普及を担うチームを結成し、イノベーションを促進することも、長期的な生産性向上に貢献します。
労働時間削減と従業員エンゲージメント
働き方改革の最終的な目標は、単に労働時間を削減するだけでなく、従業員一人ひとりの生活の質を向上させ、企業全体のエンゲージメントを高めることにあります。労働時間の削減は、従業員の健康維持やワークライフバランスの改善に直結し、結果として生産性の向上や離職率の低下に繋がります。
法定時間外労働の上限規制(原則月45時間、年360時間、特別条項でも年720時間以内)を確実に遵守することは、企業が社会的責任を果たす上で不可欠です。これにより、従業員は安心して働くことができ、企業に対する信頼感や愛着が増します。
働きやすい環境が整備されることで、優秀な人材の獲得競争においても優位に立つことができ、企業イメージの向上にも寄与します。経営層が積極的に働き方改革の旗を振り、従業員がその恩恵を実感できるような具体的な施策を展開することが、持続可能な企業成長の原動力となります。
建設業における週休2日・36協定の実際
週休2日の推進と課題
建設業における働き方改革の大きな柱の一つが、週休2日の推進です。これまでの建設現場では、工期の厳しさや人手不足から週休1日が常態化しているケースが多く見られました。しかし、従業員の健康維持、モチベーション向上、そして新たな人材確保のためには、週休2日の導入が不可欠です。
週休2日を実現するためには、工期設定の段階で余裕を持たせること、発注者との密な連携により無理な工期を排除することが重要です。また、現場ごとの作業員の確保や、天候による作業中断時の対応策なども事前に検討する必要があります。
導入事例としては、一部の企業が「4週8閉所」といった形で実質的な週休2日を達成し、労働環境の改善と生産性の両立を図っています。週休2日は、従業員の心身のリフレッシュを促し、長期的な視点での人材定着と採用力強化に繋がる強力な武器となります。
36協定と時間外労働の上限規制
36協定(時間外労働・休日労働に関する協定届)は、企業が法定労働時間を超えて従業員に労働させる場合、労働基準監督署に届け出る義務があるものです。2024年4月からは、建設業においてもこの36協定に厳格な上限規制が課されます。
具体的には、原則として月45時間、年360時間の範囲内です。特別な事情があり、労使間で特別条項付き36協定を締結した場合でも、年間720時間以内、単月100時間未満(複数月の平均が80時間以内)という厳しい上限が適用されます。これまでの「特別な事情」が漫然と適用されていた実態は許されなくなります。
この規制遵守のためには、正確な勤怠管理システムを導入し、従業員の労働時間をリアルタイムで把握することが必須です。また、業務量の適正化、人員配置の見直し、効率的な工程管理など、多角的なアプローチで時間外労働の削減に取り組む必要があります。違反した場合には罰則が科されるため、企業は細心の注意を払う必要があります。
残業代割増率と適正な賃金制度
働き方改革関連法では、法定時間外労働に対する割増賃金率も変更されています。中小企業においても、2023年4月からは月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率が50%以上に引き上げられました。これは、建設業を含む全業種に適用されます。
残業代の適正な支払いは、企業のコンプライアンスの基本であり、従業員のモチベーションを維持するためにも極めて重要です。この割増率の引き上げは、企業にとって人件費の増加に直結するため、残業を削減することへの強いインセンティブとなります。
企業は、残業に依存しない賃金体系への移行を検討する必要があります。生産性向上によって生み出された利益を、基本給の引き上げや賞与として還元することで、従業員は安心して働き、より高いパフォーマンスを発揮できるようになります。これにより、長期的に企業と従業員双方にとってメリットのある適正な賃金制度を構築することが可能となります。
運送業の働き方改革:運転手の負担軽減と事例
ITシステムと輸送形態の見直し
運送業における働き方改革の鍵は、ITシステムの積極的な活用と輸送形態の根本的な見直しにあります。情報システムを導入することで、リアルタイムでの荷物追跡や配送状況の可視化が可能となり、荷待ち時間の削減に大きく貢献します。
また、荷役作業の効率化としてパレット荷役の導入は、手作業での積み込み・積み降ろし時間を大幅に短縮し、ドライバーの身体的負担を軽減します。さらに、AIを活用した配送ルートの最適化や人員配置のシミュレーションは、無駄な走行距離や時間を削減し、より効率的な運行を実現します。
輸送形態の見直しとしては、鉄道や船舶を利用する「モーダルシフト」や、長距離運転を複数のドライバーで分担する「中継輸送」の導入が検討されています。また、複数荷主の荷物をまとめて運ぶ「混載スキーム」や、ドライバーに余裕を持たせたスケジュールで運行する「ゆとり配送」も、運転手の負担軽減に繋がる具体的な取り組みとして注目されています。
荷主・元請けとの連携と適正運賃の確保
運送業の働き方改革は、運送会社単独の努力だけでは限界があります。荷主企業や元請けとの連携強化が不可欠です。特に、荷待ち・荷役時間の問題は、荷主側の協力なくして解決できません。運送会社は荷主企業に対し、「2時間ルール」(荷待ち・荷役時間の上限)の遵守を強く要請し、トラック運転手の労働時間短縮に向けた協力を依頼する必要があります。
また、適正な運賃の確保は、運送会社の経営基盤を安定させ、ドライバーの収入維持にも繋がります。運賃の値上げ交渉を積極的に行い、多重下請け構造に起因する不当な価格競争を是正することが重要です。公正な取引の推進は、運送業界全体の健全な発展に不可欠であり、政府や関係機関によるサポートも求められます。
これらの連携を通じて、荷主、元請け、運送会社が一体となって、ドライバーが安心して働ける環境を整備することが、運送業の持続可能な発展に繋がります。
勤怠管理の徹底と改善基準告示の遵守
運送業における働き方改革の基盤となるのが、勤怠管理の徹底と改善基準告示の遵守です。ドライバーの複雑な時間管理を正確に行うために、勤怠管理システムの導入は必須と言えます。これにより、管理工数の削減だけでなく、2024年問題への対応基盤を整備し、法令遵守を確実なものにできます。
2024年4月から改正された「改善基準告示」は、ドライバーの労働時間と休息時間に関する具体的な基準を定めています。主な変更点として、1日の休息時間を9時間以上確保すること、勤務拘束時間を短縮すること、そして勤務間インターバル制度(努力義務として11時間以上、最低でも9時間以上の休息時間確保が義務)の導入が義務付けられました。
これらの基準を遵守することで、ドライバーの過労運転を防ぎ、健康維持と安全運転に直結します。デジタコ(デジタルタコグラフ)の記録と勤怠管理システムを連携させることで、より正確な労働時間管理とコンプライアンスの強化を図ることが可能となります。
中小企業が取り組むべき働き方改革のポイント
現状把握と段階的な改善計画
中小企業が働き方改革を進める上で、まず重要なのは自社の現状を正確に把握することです。従業員の労働時間、業務内容、残業発生の原因、そして従業員が感じている課題などを、勤怠管理データやアンケート、ヒアリングを通じて具体的に可視化しましょう。これにより、漠然とした問題意識から、具体的な改善点が見えてきます。
次に、いきなり大規模な改革を目指すのではなく、実現可能な目標を設定し、段階的に改善を進める計画を立てることが成功の鍵です。例えば、「まずは特定部署の残業時間を月10時間削減する」「週に1回ノー残業デーを設ける」といった具体的な目標からスタートします。
小さな成功体験を積み重ねることで、従業員の理解と協力を得やすくなり、改革へのモチベーションを高めることができます。PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を回しながら、継続的に取り組みを進めていく姿勢が重要です。
補助金・支援制度の活用と外部専門家との連携
中小企業にとって、働き方改革のための設備投資やシステム導入は、大きな負担となることがあります。そこで積極的に活用したいのが、国や自治体が提供する補助金や支援制度です。例えば、業務改善助成金やIT導入補助金など、働き方改革を推進するための多様な制度が存在します。これらの情報を収集し、自社に合った制度を賢く利用しましょう。
また、労働基準法や社会保険に関する専門知識が必要となる場面も多いため、労働基準監督署や社会保険労務士、経営コンサルタントといった外部の専門家の知見を借りることも非常に有効です。特に中小企業では内部に専門知識を持つ人材が限られることが多いため、プロフェッショナルの助言は、法規制への適切な対応や効率的な改革推進に役立ちます。
外部の視点を取り入れることで、自社だけでは気づかなかった課題や解決策を発見できる可能性も高まります。
経営層の強いコミットメントと企業文化の変革
働き方改革は、単なる制度変更ではなく、企業文化そのものの変革を伴うものです。この変革を成功させるためには、経営層の強いコミットメントが不可欠です。経営者が先頭に立って改革の必要性を従業員に伝え、その意義を共有することで、組織全体を巻き込むことができます。
「長時間労働を是とする」といった古い慣習から、「生産性向上とワークライフバランスを重視する」新しい文化への転換を目指しましょう。そのためには、経営層自身が率先して残業を減らす、有給休暇を取得するといった行動を示すことが重要です。
従業員の声に真摯に耳を傾け、改革の過程で生じる課題や意見を吸い上げながら、柔軟に施策を調整していく姿勢も求められます。企業全体で働き方改革の意識を醸成し、持続可能な働き方を実現する文化を築き上げることが、中小企業の未来を拓く鍵となるでしょう。
まとめ
よくある質問
Q: 「2024年問題」とは具体的に何ですか?
A: 建設業や運送業など特定の業界で、2024年4月1日から適用される時間外労働の上限規制などが、労働環境に大きな影響を与える可能性がある問題です。特に、これまで長時間労働が常態化していた業界で、人手不足の深刻化や受注への影響が懸念されています。
Q: 建設業における働き方改革の主な課題は何ですか?
A: 建設業では、天候に左右されやすい工期、資材の運搬、長時間労働の慣習、若手人材の不足などが課題です。特に、週休2日制の完全実施や36協定の適正な運用が難しく、現場の負担増につながることが懸念されています。
Q: 建設業で週休2日制や36協定をどのように進めるべきですか?
A: 週休2日制の実現には、工程管理の最適化、ICTツールの活用、協力会社との連携強化が重要です。36協定については、現状の労働時間の実態を把握し、無理のない範囲での協定締結、そしてそれを遵守するための体制構築が不可欠です。
Q: 運送業では、運転手の負担軽減のためにどのような取り組みがありますか?
A: 運送業では、ドライバーの長時間労働是正のため、荷待ち時間の短縮、共同輸配送の推進、モーダルシフト(トラックから鉄道・船舶への転換)、AIによる配車最適化などが進められています。これにより、運転手の労働時間短縮と効率化を目指しています。
Q: 中小企業が働き方改革を進める上でのポイントは何ですか?
A: 中小企業では、人員やリソースの制約から大規模な投資が難しい場合があります。そのため、ITツールの導入による業務効率化、柔軟な勤務体系の検討、従業員との密なコミュニケーションによる課題の早期発見・解決、そして国の支援制度の活用などが効果的です。