概要: 中小企業における有給休暇は、従業員と企業双方にとって重要な制度です。本記事では、有給休暇の基本ルールから、中小企業特有の課題、円滑な取得方法、そして企業側が取得を促進するメリットと運用上のポイントまでを詳しく解説します。従業員も会社もハッピーになる有給休暇の活用法を見つけましょう。
中小企業での有給休暇、取得しやすくする秘訣と法律のポイント
「有給休暇を取りたいけれど、なかなか言い出せない…」。中小企業で働く皆さんの中には、そう感じている方も少なくないのではないでしょうか。しかし、有給休暇は労働者に与えられた大切な権利であり、2019年4月1日施行の働き方改革関連法により、企業には年5日の取得が義務付けられています。この義務は、大企業だけでなく中小企業にも適用され、違反すれば罰則の対象となる可能性があります。
本記事では、中小企業における有給休暇の基本ルールから、取得を阻む課題、従業員が円滑に取得するための交渉術、そして企業側にもたらされるメリット、さらには経営者・人事担当者向けの法的ポイントと改善策まで、幅広く解説していきます。有給休暇取得を促進し、従業員と企業双方にとってより良い職場環境を築くためのヒントを見つけていきましょう。
有給休暇とは?中小企業も知るべき基本ルールを解説
1-1. 有給休暇の基本的な権利と付与条件
年次有給休暇(通称:有給休暇)は、労働基準法によって定められた労働者の権利であり、賃金が支払われる休暇です。労働者が心身をリフレッシュし、仕事と私生活のバランスを保つために非常に重要な制度と言えます。この権利は、正社員だけでなく、パートタイマーやアルバイトなど、所定の条件を満たすすべての労働者に付与されます。
具体的な付与条件としては、原則として以下の2点を満たす必要があります。
- 雇い入れの日から6ヶ月間継続勤務していること
- その6ヶ月間の全労働日の8割以上出勤していること
この条件を満たせば、週5日以上勤務するフルタイム労働者には初年度10日の有給休暇が付与されます。その後、勤続年数に応じて付与日数が増加し、最大で20日まで付与される仕組みです。また、週の所定労働日数が少ないパート・アルバイトに対しても、勤務日数に応じて有給休暇が付与される「比例付与」という制度があります。例えば、週4日勤務のパートタイマーであれば、初年度は7日の有給休暇が付与されることになります。自社の就業規則で付与条件を確認し、自身の権利を正しく理解しておくことが大切です。
1-2. 2019年働き方改革による年5日取得義務化の重要性
有給休暇制度は以前から存在していましたが、2019年4月1日より施行された働き方改革関連法によって、その運用に大きな変化がもたらされました。最も重要な変更点は、年10日以上の有給休暇が付与されるすべての労働者に対し、使用者が年5日以上の有給休暇を「取得させる」ことが義務付けられた点です。これは、労働者からの請求を待つだけでなく、企業側が積極的に取得を促す責任を負うことを意味します。
この義務化の背景には、日本における有給休暇取得率の低さという課題がありました。労働者の心身の健康維持、ワークライフバランスの向上、さらには生産性向上といった狙いがあり、国を挙げて働き方改革を推進する一環として導入されました。
中小企業もこの義務の例外ではありません。たとえ従業員数が少なくても、年10日以上の有給休暇が付与される労働者が一人でもいれば、その全員に年5日の有給休暇を取得させる必要があります。この義務を怠った場合、後述する罰則の対象となる可能性があるため、中小企業にとっては特に重要なポイントと言えるでしょう。労働者の「時季指定権」(いつ取得するかを指定する権利)は尊重されつつも、労働者からの申し出だけでは年5日に満たない場合、企業は時季を指定して有給休暇を取得させる「時季指定義務」が発生します。この点は、中小企業が制度運用において特に注意すべき点です。
1-3. 取得義務と罰則、企業が負う責任
中小企業が有給休暇の制度運用において果たすべき責任は多岐にわたります。まず、前述の通り、年10日以上の有給休暇が付与される労働者に対しては、年5日以上の有給休暇を確実に取得させる義務があります。これは単なる努力義務ではなく、法的な義務です。労働者からの申し出が少ない場合でも、企業は労働者の意見を聴き、時季を指定して取得させる必要があります。
次に、企業は労働者一人ひとりの有給休暇の取得状況を正確に把握し、記録する義務があります。具体的には、有給休暇の基準日、付与日数、取得日、残日数などを記載した「年次有給休暇管理簿」を作成し、3年間保存しなければなりません。これは、労働基準監督署の監査などがあった際に、適切に運用していることを証明する重要な書類となります。
さらに、有給休暇に関する事項は、就業規則の「絶対的記載事項」とされており、就業規則に必ず明記する必要があります。時季指定の方法や計画年休制度を導入する際は、その旨を就業規則に記載し、従業員に周知することが不可欠です。
これらの義務に違反した場合、労働基準法違反として、労働者1人につき6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります。例えば、従業員5人に年5日の有給休暇を取得させていなかった場合、最大で150万円の罰金が科されることもあり得るのです。単に「有給休暇を取りにくい雰囲気」で放置していると、知らず知らずのうちに法令違反を犯し、大きなリスクを抱えることになります。中小企業はこれらの法的ポイントをしっかりと理解し、適切な制度運用を心がける必要があります。
なぜ取りにくい?中小企業における有給休暇取得の課題
2-1. 人員不足と業務の属人化が招く悪循環
中小企業が有給休暇の取得促進に直面する最大の壁の一つが、人員不足とそれに伴う業務の属人化です。大企業に比べて従業員一人あたりの業務範囲が広く、特定の業務が「その人でなければできない」状態になっていることが少なくありません。例えば、営業担当が一人しかいない、経理処理はベテラン社員にしか任せられない、といった状況です。
このような環境では、従業員は「自分が休むと、他の誰かに迷惑がかかる」「業務が滞って顧客に影響が出るかもしれない」という心理的なプレッシャーを感じやすくなります。結果として、休暇取得をためらい、繁忙期はもちろんのこと、閑散期でさえも有給休暇の申請を躊躇してしまう悪循環が生まれてしまいます。
業務の属人化が進むと、いざ誰かが休んだ際に、残されたメンバーがその業務をカバーできない、あるいはカバーするために過剰な負担を強いられる事態が発生します。これは、休暇を取得した従業員自身の罪悪感を募らせるだけでなく、周りの従業員の不満にも繋がりかねません。中小企業にとって、いかに業務を「見える化」し、複数のメンバーで対応できる体制を構築するかが、有給休暇取得を促進する上での喫緊の課題と言えるでしょう。
2-2. 職場の雰囲気や心理的ハードルの高さ
人員不足や属人化だけでなく、中小企業においては職場の雰囲気や、そこから生じる心理的なハードルの高さも、有給休暇取得を阻む大きな要因となります。「上司がほとんど休まないから自分も休みにくい」「みんな忙しそうだから申請しづらい」といった、暗黙の了解や同調圧力が存在する場合が少なくありません。
特に、経営層や管理職自身が有給休暇をあまり取得しない、あるいは「有給休暇は何かあった時のために取っておくもの」という旧態依然とした考え方を持っている場合、その意識が職場全体に波及し、「有給休暇を取ることは悪いこと」というネガティブな文化が形成されてしまうことがあります。このような環境では、従業員は自分の権利であるにもかかわらず、申請すること自体に抵抗を感じ、休暇を諦めてしまうことが多くなります。
また、中小企業では従業員間の距離が近く、個人的な事情や周りの反応を気にしやすい側面もあります。例えば、家庭の事情で頻繁に有給休暇を取得することに、周囲からどう見られるか不安を感じるケースなどです。こうした心理的な要因が重なり、有給休暇の取得率がなかなか上がらないという課題に繋がっています。職場の雰囲気を変えるためには、経営層からの明確なメッセージ発信や、管理職の意識改革が不可欠です。
2-3. 情報共有不足と制度の不透明性
有給休暇の取得が進まないもう一つの理由として、情報共有不足と制度の不透明性が挙げられます。中小企業の中には、有給休暇に関する情報が従業員に十分に周知されていないケースが散見されます。例えば、「自分に何日の有給休暇が付与されているのか」「いつまでに使わなければならないのか」「申請は誰にどのようにすれば良いのか」といった基本的な情報が曖昧なまま運用されていることがあります。
特に、自分の有給休暇の残日数が正確に把握できない状況では、計画的な取得は困難です。手書きの管理や不便な勤怠管理システムを使用している場合、従業員自身が残日数を常に確認するのが難しくなり、「とりあえず申請してみる」という試行錯誤が必要になることも。このような不透明な状況は、従業員に不信感を与えたり、申請への手間を感じさせたりする原因となります。
また、企業側からの積極的な取得促進が不足している場合も問題です。年に一度の付与日だけを通知し、その後は従業員任せにしていると、前述の「休みにくい雰囲気」と相まって、結局取得が進まない結果に繋がります。制度が形骸化しないよう、定期的な情報提供や、取得状況の可視化など、企業側からの積極的な働きかけが求められます。透明性の高い制度運用は、従業員の安心感と信頼感を高め、結果的に有給休暇の円滑な取得を促進する土台となります。
従業員必見!有給休暇を円滑に取得するための交渉術
3-1. 事前準備と計画的な申請の重要性
有給休暇を円滑に取得するためには、まず徹底した事前準備と計画的な申請が鍵となります。闇雲に申請するのではなく、周りへの配慮を忘れず、周到に準備を進めることで、会社側も安心して休暇を承認しやすくなります。
具体的には、以下のステップで準備を進めましょう。
- 自分の有給休暇残日数を確認する: 会社の勤怠システムや人事担当に確認し、正確な残日数を把握します。有効期限があるため、どの期間に何日使えるのかも確認しておくと良いでしょう。
- 会社の就業規則を確認する: 有給休暇の申請期限(例:1週間前まで)、申請方法(書面、システム入力など)、時季変更権に関する規定などを確認します。これにより、ルールに則った申請が可能になります。
- 繁忙期を避ける、業務調整の計画を立てる: 部署やチームの繁忙期を避け、業務が比較的落ち着いている時期を狙って申請します。また、休暇中に発生する予定の業務や、自分が担当している重要業務の進捗状況を把握し、事前に片付けられるものは片付けておく、あるいは引継ぎの準備をしておくなど、具体的な業務調整の計画を立てておきます。
- 早めに上司に相談し、日程調整を行う: 申請書の提出前に、まずは直属の上司に口頭で相談し、希望する日程で取得可能かを確認するのが最もスムーズです。この際に、自分の業務調整の計画も合わせて伝え、上司の意見を聞きながら最終的な日程を決定すると良いでしょう。
これらの準備を怠らず、余裕をもって計画的に申請することで、上司や同僚も業務調整がしやすくなり、「休んで当然」という理解を得やすくなります。
3-2. 業務引継ぎと周囲への配慮でスムーズに
有給休暇をスムーズに取得するためには、休暇中の業務が滞らないよう、周囲への最大限の配慮を示すことが非常に重要です。特に中小企業では人員が限られているため、一人の不在が業務に与える影響が大きいことを理解し、責任感を持って対応することが求められます。
具体的には、以下の点を実践しましょう。
- 業務引継ぎ資料の作成: 休暇中に対応が必要となる業務をリストアップし、それぞれの進捗状況、担当者、対応方法、必要な情報源などをまとめた引継ぎ資料を作成します。顧客対応がある場合は、連絡先やこれまでの経緯なども簡潔に記載しておくと親切です。
- 同僚や上司への事前共有と協力依頼: 引継ぎ資料をもとに、業務を引き継ぐ同僚や上司に、休暇の数日前に時間を取って説明します。この際、「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」といった感謝の気持ちと協力をお願いする姿勢を示すことが大切です。
- 緊急時の連絡先・対応フローの明確化: 休暇中も緊急の連絡が必要な事態が発生する可能性を考慮し、誰が、どのように対応するのかを明確にしておきます。必要であれば、緊急時の連絡先(携帯電話など)を上司や指定された同僚に伝えておくことも検討しますが、基本的には休暇中は仕事から離れることが理想です。
- 業務の「見える化」と「属人化解消」への意識: 日頃から自分の業務を誰でもわかるように整理したり、マニュアルを作成したりしておくことで、突発的な休暇にも対応しやすくなります。これは、自身の有給休暇取得だけでなく、チーム全体の業務効率化にも繋がる良い習慣です。
これらの対応は、単に「休みを取る」だけでなく、「プロとして責任を果たす」という姿勢を示すことになり、周りの理解と協力を得やすくなります。結果として、心置きなく有給休暇を楽しみ、リフレッシュして業務に戻ることができるでしょう。
3-3. 会社への提案と自身の権利主張のバランス
有給休暇を円滑に取得するためには、単に申請するだけでなく、会社に対する建設的な提案や、自身の権利を正しく主張することのバランスが重要です。特に中小企業においては、従業員からの積極的な提案が、制度改善や働き方改革に繋がるケースも少なくありません。
まず、従業員は「年5日の有給休暇取得は企業に義務付けられている」という事実を知識として持っておくべきです。この知識は、不当に申請を却下されたり、取得をためらわされたりした場合に、自身の権利を主張するための根拠となります。ただし、感情的に主張するのではなく、冷静かつ論理的に対話を進める姿勢が重要です。
有給休暇取得の交渉時には、会社側にもメリットがあることを伝えるのも効果的です。例えば、「しっかりと休暇を取ってリフレッシュすることで、心身の健康を保ち、結果として業務の生産性向上に繋がります」「計画的に有給休暇を取得することで、業務の属人化解消や多能工化のきっかけにもなります」といった視点で、会社への貢献をアピールすることも可能です。
もし、何度相談しても有給休暇が取得できない、取得を妨げられるといった状況が続く場合は、会社の人事担当者や労働組合(あれば)に相談することを検討しましょう。それでも解決しない場合は、労働基準監督署に相談するという選択肢も存在します。労働基準監督署は、労働基準法違反の疑いがある企業に対し、指導や是正勧告を行う権限を持っています。
しかし、これらの外部機関への相談は最終手段と捉え、まずは会社との建設的な対話を試みることが最善です。自分の権利を理解しつつ、会社の状況も考慮した上で、互いに納得できる解決策を探る姿勢が、円滑な有給休暇取得への道を拓くでしょう。
会社にもメリット多数!有給休暇取得促進が中小企業にもたらす効果
4-1. 従業員のモチベーション向上と生産性アップ
有給休暇の取得促進は、単に法律を遵守するだけでなく、従業員のモチベーション向上とそれに伴う生産性アップという、中小企業にとって非常に大きなメリットをもたらします。心身ともにリフレッシュできる機会があることは、従業員の仕事への意欲に直結するからです。
まず、定期的に休暇を取得することで、従業員は日々の業務で蓄積されたストレスを解消し、疲労を回復させることができます。これにより、集中力や創造性が向上し、結果として業務の質や効率が向上することが期待できます。例えば、短時間で集中して仕事を終わらせる意識が芽生え、無駄な残業が減少するといった効果も考えられます。
また、ワークライフバランスが充実していると感じる従業員は、会社へのエンゲージメントが高まりやすくなります。「この会社は自分の生活も大切にしてくれる」という実感は、従業員の会社に対する忠誠心や貢献意欲を高めます。これは、単に与えられた業務をこなすだけでなく、自ら課題を見つけて改善提案をするなど、より主体的に仕事に取り組む姿勢を育むことにも繋がるでしょう。
休暇取得を前提に業務を計画することで、自然と業務の見直しや効率化が図られることもあります。例えば、「自分が休む前に、この業務はここまで終わらせておこう」「この作業は誰でもできるようにマニュアル化しておこう」といった意識が、業務プロセスの改善に繋がり、結果としてチーム全体の生産性向上に貢献するのです。
4-2. 優秀な人材の定着と採用力強化
有給休暇の取得促進は、優秀な人材の定着率向上と、新たな人材を採用する上での競争力強化にも大きく貢献します。現代の求職者は、給与や業務内容だけでなく、企業の働きやすさや福利厚生を重視する傾向にあります。その中でも有給休暇の取得しやすさは、企業の魅力を測る重要な指標の一つです。
「休みが取りやすい会社」という評判は、従業員の満足度を高め、離職率の低下に直結します。特に中小企業においては、一度優秀な人材が離職すると、その穴を埋めるのが非常に困難になるケースが多いため、既存の従業員が長く働き続けられる環境づくりは極めて重要です。従業員が安心して休暇を取得できる職場は、ストレスが少なく、長期的なキャリアを築きやすいというポジティブなイメージを醸成します。
さらに、良好な有給休暇取得実績は、採用活動における強力なアピールポイントとなります。求人情報に「有給休暇取得率〇〇%」「計画的な有給取得を推奨しています」といった情報を明記することで、他社との差別化を図り、より多くの優秀な人材の関心を引きつけることができるでしょう。
新卒採用だけでなく、キャリア採用においても、「働き方改革に積極的に取り組んでいる企業」という印象は、企業の信頼性とブランドイメージを高めます。結果として、企業は優秀な人材を惹きつけ、採用競争力を高めることができるのです。これは、企業の持続的な成長を支える上で欠かせない要素と言えます。
4-3. 法令遵守とリスクマネジメント
有給休暇の取得促進は、法令遵守を徹底し、企業が抱える法的リスクを軽減する上で不可欠な取り組みです。2019年4月1日より、年5日の有給休暇取得は企業の義務となり、違反した場合には罰則が科される可能性があります。中小企業にとって、法的な問題は経営に深刻な影響を与える可能性があるため、この義務を確実に履行することは最優先事項と言えるでしょう。
義務違反による罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)だけでなく、労働基準監督署からの是正勧告や指導が入ることも、企業の評判を大きく損ねる原因となります。一度悪い評判が立つと、従業員の士気低下や離職に繋がりかねないだけでなく、新規の採用活動にも悪影響を及ぼす可能性があります。また、取引先や顧客からの信頼失墜にも繋がり、ビジネス上の損失を招くことも考えられます。
有給休暇の適切な運用は、従業員との間の労使トラブルを未然に防ぐ上でも重要です。取得を巡るトラブルは、従業員の不満を高め、最悪の場合、訴訟問題に発展する可能性もゼロではありません。このような事態を避けるためにも、企業は明確なルールに基づき、公平かつ透明性のある有給休暇制度を運用することが求められます。
積極的に有給休暇の取得を奨励し、法令を遵守することは、企業イメージの向上にも繋がります。法令を遵守し、従業員を大切にする企業という評価は、社会的な信頼を高め、ひいては企業の持続可能性を強化する基盤となるのです。有給休暇の適切な運用は、単なる義務ではなく、企業経営における重要なリスクマネジメントの一環と捉えるべきでしょう。
経営者・人事担当者向け:有給休暇制度運用の法的ポイントと改善策
5-1. 法定遵守の徹底と管理体制の構築
中小企業の経営者・人事担当者が有給休暇制度を適切に運用する上で、最も重要なのは法定遵守の徹底と、それを支える強固な管理体制の構築です。2019年4月1日の働き方改革関連法により、年10日以上の有給休暇が付与される労働者には年5日以上の取得をさせる義務が生じています。この義務の確実な履行が、企業の法的リスクを回避する第一歩です。
具体的なポイントは以下の通りです。
- 年5日取得義務の確実な履行: 労働者からの申し出がない、あるいは5日に満たない場合は、企業が労働者の意見を聴き、時季を指定して取得させます。一方的な指定ではなく、従業員の希望を最大限尊重する姿勢が重要です。
- 年次有給休暇管理簿の作成・保存: 各従業員の付与日数、取得日、残日数などを記録した管理簿を正確に作成し、3年間保存する義務があります。これは、労働基準監督署の調査時に提示を求められる重要な書類です。
- 就業規則への明確な記載と周知徹底: 有給休暇に関する事項は就業規則の絶対的記載事項です。付与条件、申請方法、時季変更権、時季指定の方法、計画年休制度などを明確に記載し、全従業員に周知徹底することで、トラブルを未然に防ぎます。
- パート・アルバイトへの適用も忘れずに: 週の所定労働日数が少ないパート・アルバイトでも、勤続年数や出勤率によっては年10日以上の有給休暇が付与される場合があります。その場合も同様に年5日取得義務の対象となるため、漏れなく管理する必要があります。
- 勤怠管理システムの導入: 有給休暇の付与日数、取得状況、残日数などを自動で管理できる勤怠管理システムを導入することは、管理簿の作成や進捗管理の効率化に非常に有効です。手作業での管理はミスや漏れのリスクが高く、非効率的です。
これらの措置を講じることで、法令違反のリスクを低減し、透明性の高い制度運用を実現できます。
5-2. 取得しやすい職場環境づくりの具体的施策
法的な義務を果たすだけでなく、従業員が「安心して有給休暇を取得できる」と感じるような職場環境づくりが、中小企業の持続的な成長には不可欠です。そのためには、単なる制度運用に留まらない具体的な施策が必要です。
以下の施策を参考に、自社に合った環境整備を進めましょう。
- 業務の「見える化」と「属人化」解消の推進: 業務マニュアルの作成、業務フローの共有、複数担当制の導入などにより、特定の従業員しかできない業務をなくします。これにより、誰かが休暇を取っても他の従業員がカバーできるようになり、心理的ハードルが下がります。
- チームでの業務分担、マルチスキル化の促進: 日頃からチーム内で業務を分担し、メンバーが複数の業務に対応できるようなマルチスキル化を進めます。定期的なOJTやスキルアップ研修も有効です。
- 計画的付与制度の活用: 労使協定を結ぶことで、企業が計画的に有給休暇の取得日を割り振れる制度です。これにより、従業員全員が確実に年5日以上の有給休暇を取得できる体制を構築しやすくなります。ゴールデンウィークやお盆休み、年末年始などに合わせて全社一斉休業日として設定することも可能です。
- 取得目標の設定と進捗共有: 部署ごとや個人単位で有給休暇の取得目標を設定し、進捗状況を定期的に共有します。これにより、従業員自身が取得を意識するようになり、管理職も取得促進への責任感が高まります。
- 「有給休暇取得推奨日」の設定: 会社全体で休暇を取得しやすい雰囲気を醸成するために、特定の期間や日を「有給休暇取得推奨日」として設定し、積極的な取得を奨励します。
これらの施策は、有給休暇取得率を向上させるだけでなく、業務効率化や従業員間の協力体制強化にも繋がり、結果として企業全体の生産性向上に貢献します。
5-3. コミュニケーションと意識改革の推進
有給休暇取得促進の取り組みを成功させるためには、制度や環境整備だけでなく、全社的なコミュニケーションの強化と意識改革が不可欠です。特に中小企業においては、経営層から従業員まで、一貫したメッセージと理解が求められます。
具体的なアプローチは以下の通りです。
- 経営層からのメッセージ発信: 社長や役員など、経営層から「有給休暇は従業員の大切な権利であり、積極的に取得を奨励する」という明確なメッセージを定期的に発信します。これにより、従業員は安心して休暇を申請できるようになります。
- 管理職への研修実施: 管理職は、部下の有給休暇取得を促す上で重要な役割を担います。管理職に対し、有給休暇の法的義務、取得促進のメリット、業務調整の方法、部下への声かけの仕方などに関する研修を実施し、意識とスキルの向上を図ります。管理職自身が率先して有給休暇を取得する姿を見せることも重要です。
- 定期的な説明会や研修で従業員の理解を深める: 有給休暇の付与ルール、申請方法、計画年休制度、自身の権利と義務などについて、従業員向けの説明会や研修を定期的に実施します。不明点を解消し、制度に対する理解を深めることで、安心して活用できる土台を築きます。
- 従業員からの意見や提案を受け入れる体制づくり: 従業員が有給休暇を取得しにくいと感じる具体的な理由や、制度改善へのアイデアなどを、アンケートや面談を通じて積極的に収集します。従業員の声を吸い上げ、改善に繋げることで、当事者意識を高め、より実効性のある制度運用が可能になります。
- 取得実績の可視化とフィードバック: 部署ごとの有給休暇取得率などを定期的に社内で共有し、取得が進んでいる部署を表彰するなど、ポジティブなフィードバックを行うことも有効です。これにより、取得促進への意識を高め、良い競争環境を醸成します。
これらの取り組みを通じて、有給休暇が「取りにくいもの」ではなく、「積極的に取るべきもの」という文化を醸成し、従業員がいきいきと働ける職場環境を構築することが、中小企業の成長戦略において非常に重要です。
まとめ
よくある質問
Q: 中小企業でも有給休暇は必ず付与されますか?
A: はい、労働基準法に基づき、事業所の規模に関わらず要件を満たせば必ず付与されます。入社から6ヶ月が経過し、全労働日の8割以上出勤していることが基本的な条件です。
Q: 有給休暇の取得を会社に拒否されることはありますか?
A: 会社には「時季変更権」がありますが、原則として従業員の請求した時季に与えなければなりません。事業の正常な運営を妨げる場合にのみ、取得時季の変更を求めることができます。
Q: 有給休暇の消化義務(年5日)は中小企業にも適用されますか?
A: はい、年10日以上の有給休暇が付与される従業員に対し、付与日から1年以内に5日間の有給休暇を取得させることが義務付けられています。これは大企業・中小企業問わず全ての企業に適用されます。
Q: 中小企業で有給休暇を取りやすくするにはどうすれば良いですか?
A: 従業員側は計画的な申請、業務の属人化解消、代替業務の準備などが有効です。企業側は、計画的付与制度の導入、業務プロセスの標準化、複数名での情報共有、代替要員の確保などを検討すると良いでしょう。
Q: 有給休暇を買い取ることはできますか?
A: 原則として有給休暇の買い取りは認められていませんが、例外として退職時に未消化の有給休暇がある場合や、法定日数を超える有給休暇を会社が付与している場合は、労使協定により買い取りが認められる場合があります。