概要: インボイス制度の開始により、売上1000万円以下の事業者でも対応が必要になる場合があります。本記事では、インボイス制度に登録しない場合の注意点、個人事業主への影響、そして利用できる特例措置について詳しく解説します。
2023年10月1日から始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)は、消費税の仕入れ税額控除に関する仕組みを大きく変えました。
特に、売上1,000万円以下の個人事業主やフリーランスの方々にとっては、「登録すべきか、しないべきか」という大きな決断が迫られています。
本記事では、インボイス制度が売上1,000万円以下の事業者にもたらす影響、登録しない場合の注意点、そして活用できる特例や経過措置について、分かりやすく解説します。
ご自身の事業にとって最適な選択をするためのヒントを見つけていきましょう。
インボイス制度、売上1000万円以下はどうなる?
免税事業者が直面する影響
売上1,000万円以下の事業者の多くは、これまで消費税の納税義務が免除される「免税事業者」でした。
預かった消費税をそのまま事業の利益とすることができ、消費税に関する複雑な事務処理も不要というメリットがありました。
しかし、インボイス制度導入後は、この状況が一変します。
免税事業者は「適格請求書(インボイス)」を発行できないため、取引先が課税事業者である場合、その取引先は免税事業者からの仕入れにかかる消費税について仕入れ税額控除を受けられなくなります。
これにより、取引先にとっては免税事業者との取引が「コスト増」となるため、インボイスの発行を求められたり、場合によっては取引を敬遠されたりするリスクが生じます。事業によっては、取引の減少や、値下げ交渉に応じざるを得ない状況に追い込まれる可能性も指摘されています。
【出典:国税庁】
課税事業者が支払う「コスト」
インボイス制度導入後、免税事業者が「インボイス発行事業者」として登録し、課税事業者になる選択をした場合、新たな「コスト」が発生します。
最も大きな点は、消費税の納税義務が生じることです。これまで免除されていた消費税を、国に納めなければなりません。
さらに、インボイスを発行するためには、請求書や領収書の記載事項を見直す必要があります。
税率ごとの区分や登録番号の記載など、厳格なルールが適用されるため、経理・事務処理の負担が増加します。消費税の申告も定期的に行わなければならず、会計ソフトの導入や税理士への相談など、新たな費用が発生する可能性も考慮する必要があるでしょう。
このように、課税事業者となることは、事業の運営コストと事務負担を増加させることにつながります。
【出典:国税庁】
インボイス登録は義務?判断のポイント
インボイス制度への登録は、あくまで任意であり、売上1,000万円以下の免税事業者には義務ではありません。
しかし、登録しないことで生じる影響を理解し、自身の事業に最適な選択をすることが重要です。
登録を検討する際の大きなポイントは、「取引先のほとんどが課税事業者であるか」という点です。もし取引先が課税事業者であれば、相手方は仕入れ税額控除を受けたいと考えるため、インボイスの発行を求められる可能性が高まります。
一方、取引先が一般消費者や免税事業者のみである場合は、インボイス登録の必要性は低いと言えます。自身の事業形態、主要な取引先がどのような事業者であるかを冷静に分析し、登録によるメリットとデメリットを比較検討することが求められます。
安易な判断ではなく、慎重な検討が不可欠です。
【出典:国税庁、税務研究会】
インボイス制度「登録しない」選択肢と個人事業主への影響
取引減少のリスクと取引先との関係
インボイス制度に登録せず、免税事業者のままでいる選択をした場合、最も懸念されるのが「取引減少のリスク」です。
特に、取引先が消費税の課税事業者である場合、免税事業者からの仕入れでは仕入れ税額控除が受けられないため、取引先の納税額が増加してしまいます。
例えば、課税事業者が免税事業者から110万円(うち消費税10万円)の商品を仕入れた場合、インボイスがなければこの10万円を仕入れ税額控除として差し引くことができません。結果として、取引先は10万円分多く消費税を納めることになります。
このため、取引先はコスト増を避けるために、インボイスを発行できる課税事業者との取引を優先したり、免税事業者との取引を減らしたりする可能性があります。長年の取引関係があっても、こうした状況で関係が悪化したり、最悪の場合、取引自体が打ち切られたりするケースも考えられます。
【出典:国税庁】
値下げ交渉につながる可能性
取引先が課税事業者である場合、免税事業者との取引で仕入れ税額控除が受けられない分、実質的なコストが増加します。
この増加したコストを補填するため、取引先から免税事業者に対して、商品やサービスの「値下げ交渉」が持ちかけられる可能性があります。例えば、これまでの価格に上乗せされていた消費税分を、本体価格から差し引く形での交渉などが考えられます。
免税事業者は、取引を維持するために値下げ交渉に応じざるを得ない状況に陥ることもあります。そうなると、これまで免税事業者として得ていた消費税分の利益が減少し、売上が変わらなくても手取りが実質的に減少してしまうことになります。
事業の収益性を維持するためには、このようなリスクを事前に想定し、取引先との対話や価格設定の見直しを検討する必要があるでしょう。
【出典:税務研究会】
免税事業者のままでいるメリット・デメリット
インボイス制度開始後も免税事業者のままでいることには、メリットとデメリットの両面があります。
最大のメリットは、引き続き消費税の納税義務がないため、納税額がゼロである点です。これにより、消費税分の資金を事業に充てることができます。また、消費税の申告や請求書の記載事項に関する複雑な事務作業から解放されるため、経理・事務負担が少ないという点も大きなメリットです。
一方、デメリットとしては、前述の「取引減少」や「値下げ交渉」のリスクが挙げられます。特にBtoB(事業者間)取引が多い個人事業主にとっては、顧客を失う可能性や収益の減少につながる恐れがあります。
取引先が主に一般消費者である場合や、消費税の課税売上が極めて少ない事業者は、免税事業者のままでいる方がメリットが大きいかもしれません。自身の事業規模や顧客層を考慮し、メリット・デメリットを慎重に比較検討することが重要です。
【出典:国税庁、税務研究会】
インボイス制度の「2割特例」とは?対象者と期間を解説
2割特例の概要と納税額軽減効果
インボイス制度導入を機に、免税事業者から「インボイス発行事業者(課税事業者)」となった小規模事業者の納税負担を軽減するため、「2割特例」という特別な措置が設けられました。
この特例を適用すると、納税額は「売上にかかる消費税額の2割」となります。例えば、売上にかかる消費税が100万円だった場合、納税額は100万円の2割である20万円に大幅に軽減されます。
通常の課税事業者は、売上にかかる消費税から仕入れにかかる消費税を差し引いて納税額を計算しますが、2割特例では仕入れにかかる消費税額を計算する必要がありません。このため、納税額が抑えられるだけでなく、経理事務の負担も大幅に軽減されるというメリットがあります。
2割特例は、特に消費税の納税に慣れていない元免税事業者にとって、制度移行期間の負担を和らげるための重要な支援策と言えるでしょう。
【出典:国税庁】
適用対象者と具体的な要件
2割特例の適用対象となるのは、以下の要件を満たす事業者です。
- インボイス発行事業者の登録を受けたことにより、新たに課税事業者となった事業者。
- 基準期間(前々年または前々事業年度)の課税売上高が1,000万円以下である事業者。
つまり、もともと免税事業者だった個人事業主や法人で、インボイス登録をきっかけに課税事業者になった場合に、この特例を利用できます。
ただし、以下の場合は対象外となるため注意が必要です。
- 基準期間の課税売上高が1,000万円を超える場合。
- 資本金1,000万円以上の新設法人。
- 調整対象固定資産や高額特定資産を取得した事業者。
適用期間は、2023年10月1日から2026年9月30日までの日の属する課税期間です。この期間内であれば、課税期間ごとに2割特例の適用を選択することが可能です。
【出典:国税庁】
簡易課税制度との比較と選択肢
消費税の納税方法には、原則課税の他に「簡易課税制度」というものもあります。
簡易課税制度は、基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者が選択でき、事業区分ごとに定められた「みなし仕入れ率」を用いて納税額を計算します。これにより、仕入れ税額控除の計算を簡略化できます。
ここで重要なのは、2割特例と簡易課税制度は、適用対象となる課税期間内であれば、事業者が有利な方を選択できるという点です。
たとえば、みなし仕入れ率が低い事業(例えばサービス業で50%)の場合、売上税額の2割を納める「2割特例」の方が、簡易課税制度(売上税額の50%を納める)よりも納税額が少なくなる可能性があります。
どちらの制度が自社にとって有利かは、事業内容や仕入れ状況によって異なります。特にインボイス登録後初めて迎える消費税の申告では、両方を比較検討し、最も有利な選択をすることが賢明です。
【出典:国税庁】
インボイス制度の経過措置(8割・5割控除)はいつまで?
経過措置の目的と適用期間
インボイス制度の導入は、特に免税事業者と取引のある課税事業者にとって、仕入れ税額控除が受けられなくなるという大きな影響がありました。
この急激な負担を緩和し、制度への円滑な移行を促すために設けられたのが「経過措置(猶予期間)」です。
この措置により、インボイスを発行できない免税事業者からの仕入れであっても、一定割合を仕入れ税額とみなして控除することが可能になっています。
経過措置には明確な期間が定められており、期限を過ぎると、免税事業者からの仕入れに対する仕入れ税額控除は一切受けられなくなります。このため、課税事業者は取引先の免税事業者に対して、登録の検討を促したり、今後の取引について話し合いを行ったりする期間として活用することが求められます。
【出典:国税庁】
仕入税額控除の具体的な割合
経過措置期間中に、課税事業者が免税事業者から商品やサービスを仕入れた場合の仕入れ税額控除の割合は、期間によって段階的に減少します。
- 2023年10月1日~2026年9月30日:仕入れ税額相当額の80%が控除可能
- 2026年10月1日~2029年9月30日:仕入れ税額相当額の50%が控除可能
これは、免税事業者から仕入れた際の消費税額の全額ではなく、上記の割合分のみが控除できるという意味です。
例えば、2025年に免税事業者から110万円(うち消費税10万円)を仕入れた場合、課税事業者は10万円の80%にあたる8万円を仕入れ税額控除として計上できます。しかし、2027年には50%の5万円しか控除できなくなります。
このように、経過措置は一時的なものであり、時間の経過とともに控除できる割合が減っていくことを理解しておく必要があります。
【出典:国税庁】
経過措置期間中の免税事業者との取引
課税事業者にとって、経過措置期間中は、免税事業者との取引を継続しつつ、段階的に仕入れ税額控除の負担を受け入れられる猶予期間とも言えます。
この期間中に、免税事業者である取引先と今後の関係について話し合いを進めることが重要です。例えば、免税事業者の取引先が2割特例を活用して課税事業者になることを検討しているか、あるいは免税事業者のままでいることを選択した場合に、どのように取引を継続していくかなど、具体的な方針を協議する良い機会となります。
また、課税事業者側も、免税事業者からの仕入れを可能な限り減らし、インボイス発行事業者からの仕入れに切り替えていくなどの戦略を立てる必要があるかもしれません。経過措置が終了する2029年10月1日以降は、免税事業者からの仕入れについては一切仕入れ税額控除が受けられなくなるため、早めの準備が求められます。
【出典:国税庁、税務研究会】
インボイス制度導入で知っておくべきことまとめ
登録・未登録の判断基準
インボイス制度への登録は任意ですが、ご自身の事業にとってどちらの選択が最適かを見極めることが非常に重要です。
主な判断基準は、以下の通りです。
- 取引先の属性: ほとんどが一般消費者や免税事業者であれば、登録しないメリットが大きい可能性があります。一方、主要な取引先が課税事業者であれば、登録しないことで取引を失うリスクが高まります。
- 事業の競争力: 業界内での競争が激しく、価格交渉に応じる余地が少ない場合、登録しないことによる値下げ交渉の圧力は大きな打撃となる可能性があります。
- 事務負担とコスト: 登録して課税事業者になれば、消費税の納税義務と事務負担が増加します。これらのコストと、取引維持による利益を比較検討しましょう。
これらの要素を総合的に考慮し、ご自身の事業の将来性を見据えた上で判断することが求められます。
【出典:国税庁、税務研究会】
活用すべき特例・経過措置
インボイス制度の導入に伴い、事業者への負担を軽減するための特例や経過措置が用意されています。
これらの制度を最大限に活用することで、制度移行期の混乱や負担を和らげることができます。
- 2割特例: 免税事業者からインボイス発行事業者になった小規模事業者は、売上にかかる消費税額の2割を納税すればよいため、納税負担と事務負担が大幅に軽減されます。適用期間は2023年10月1日から2026年9月30日までです。
- 経過措置(8割・5割控除): 課税事業者が免税事業者から仕入れる際の仕入れ税額控除が、2026年9月30日までは80%、2029年9月30日までは50%認められます。これは、課税事業者と免税事業者双方にとって、制度移行のための猶予期間となります。
- 簡易課税制度: 基準期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者であれば、簡易的な計算方法で納税額を算出できます。2割特例との選択も可能ですので、どちらが有利かシミュレーションしてみましょう。
これらの制度は期間限定であるため、ご自身の事業状況に合わせて最適なものを選択し、期間内に適切に活用することが重要です。
【出典:国税庁】
今後の事業運営への影響と対策
インボイス制度は、多くの個人事業主やフリーランスにとって、今後の事業運営に大きな影響を与える可能性があります。
制度開始から時間が経過するにつれて、免税事業者への圧力は徐々に高まっていくことが予想されます。
具体的な対策としては、以下の点が挙げられます。
- 取引先とのコミュニケーション: 主要な取引先が課税事業者である場合、インボイス制度に関する今後の対応について、早めに話し合いの場を持つことが不可欠です。
- 事業計画の見直し: 登録による納税額増加や事務負担、あるいは登録しないことによる売上減少のリスクなどを踏まえ、価格戦略やコスト構造を含めた事業計画を見直しましょう。
- 専門家への相談: 消費税の計算や申告、制度の解釈については複雑な点も多いため、税理士などの専門家に相談し、適切なアドバイスを受けることを強くお勧めします。
インボイス制度は複雑ですが、適切な知識と対策を持つことで、事業への影響を最小限に抑え、新たな成長の機会とすることも可能です。
常に最新の情報を入手し、自身の事業にとって最適な道を模索し続けることが重要です。
【出典:国税庁、税務研究会】
まとめ
よくある質問
Q: 売上1000万円以下の場合、インボイス制度への登録は必須ですか?
A: 原則として、課税事業者でなければインボイス発行事業者になる義務はありません。しかし、取引先がインボイスを必要としている場合、免税事業者(売上1000万円以下)でも取引に影響が出る可能性があります。
Q: インボイス制度に登録しない場合、どのようなデメリットがありますか?
A: 免税事業者(売上1000万円以下)がインボイスを発行しない場合、課税事業者である取引先は仕入税額控除ができなくなります。これにより、取引の継続が難しくなったり、価格交渉を求められたりする可能性があります。
Q: インボイス制度の「2割特例」とは何ですか?
A: インボイス制度の「2割特例」(インボイス発行事業者となる小規模事業者に対する負担軽減措置)は、免税事業者からインボイス発行事業者になった事業者が、売上税額の2割を納付税額とできる制度です。これにより、簡易的に消費税の納税額を計算できます。
Q: 2割特例はいつまで利用できますか?
A: 2割特例は、インボイス制度開始から2026年10月1日までの期間、適用が可能です。この期間以降は、通常の仕入税額控除の計算方法に戻ります。
Q: インボイス制度の「8割控除」「5割控除」とは何ですか?
A: これらは、インボイス制度導入当初の経過措置として、免税事業者からの仕入れについても一定割合の仕入税額控除を認める制度です。具体的には、2023年10月1日から2026年9月30日までは80%、2026年10月1日から2029年9月30日までは50%の控除が可能です。ただし、これらはインボイス発行事業者が「仕入側」で利用できる措置であり、ご自身が免税事業者の場合は直接関係しません。
