概要: 発注書と契約書は、ビジネス取引において重要な書類です。本記事では、下請法やフリーランス新法を踏まえた発注書の作成ルール、記載すべき項目、源泉徴収や税金に関する注意点について解説します。安全で円滑な取引のための知識を身につけましょう。
【保存版】発注書と契約書、下請法・フリーランス新法対応の注意点
近年、働き方の多様化とともに、フリーランスや業務委託契約が増加しています。しかし、それに伴い、発注者と受注者の間でトラブルが発生することも少なくありませんでした。
このような背景を受け、2024年11月1日に「フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」が施行され、さらに2026年1月1日には「下請法」が「中小受託取引適正化法(取適法)」へと改正される予定です。
これらの法改正は、発注書や契約書の作成・運用において、これまで以上に厳格な対応を求めています。
本記事では、発注事業者が知っておくべき発注書と契約書の役割、そして二つの新法がもたらす影響と具体的な対応策を徹底解説します。
法改正に適切に対応し、安全でスムーズな取引を実現するための「保存版」として、ぜひご活用ください。
発注書と契約書、それぞれの役割と違いを知ろう
発注書と契約書、法的な位置づけ
発注書は、特定の個別の取引内容、例えば品目、数量、単価、納期などを具体的に記した書面です。通常、発注書を発行し、受注側がそれを承諾することで個別の契約が成立します。これは、法的な契約の証拠として非常に重要な役割を果たします。例えば、特定の商品を「100個、単価1,000円、納期〇月〇日」で注文する際に用いられ、この文書があることで「言った言わない」のトラブルを回避できます。
一方、契約書は、取引全体における基本的なルールや両者の権利義務、紛争解決方法などを包括的に定める書面です。これは、特定の取引に限らず、長期的な関係性や複雑な業務委託において特にその重要性が高まります。例えば、秘密保持義務、損害賠償責任、契約期間、解約条件など、広範な法的側面を網羅します。民法上、契約は口頭でも成立する「諾成契約」が原則ですが、書面化することでその証拠能力が格段に高まり、将来的なトラブルを未然に防ぐ強力な手段となります。
フリーランス新法では、「取引条件の明示」が発注事業者の義務として明確にされており、これは発注書や契約書によって適切に行われるべきとされています。また、下請法(改正後は取適法)においても、親事業者には書面(発注書)の交付義務が明記されており、その内容の正確性が厳しく問われます。このように、両書面は単なる事務手続きではなく、法的リスクを管理し、健全な取引関係を維持するための基盤となるのです。
なぜ両方が必要なのか?機能と使い分け
契約書は、取引の「骨格」となる基本的な取り決めを定めます。これは、個別の取引を超えた共通のルール、例えば、秘密保持義務、損害賠償の範囲、契約期間、中途解除や更新時の条件、個人情報保護に関する取り決めなどを網羅的にカバーするものです。これにより、予期せぬトラブルが発生した際にも、両者が参照すべき共通の指針として機能し、関係性の安定に寄与します。例えば、システム開発プロジェクトにおいて、技術情報の漏洩が発生した場合の責任範囲などを、基本契約書で明確にしておくことで、迅速かつ公正な対応が可能となります。
一方、発注書は、契約書の骨格に基づいて個々の具体的な取引内容を特定する「詳細情報」を提供する役割を担います。これは、例えば「〇〇プロジェクトにおけるウェブサイト制作業務」に対し、「トップページデザインと下層ページ5点」「報酬20万円(税抜)」「納期〇月〇日」といった、具体的な指示書としての側面が強いです。個々の作業の開始と完了、そしてそれに対する報酬を明確にすることで、業務の進捗管理や請求・支払いの基盤となります。
このように、まず基本契約書で全体像を固め、その上で個別の発注書で詳細を指示するという二段階の運用は、双方の誤解を防ぎ、スムーズな業務遂行を可能にする最も安全で効率的な方法です。特に、デザイン、ライティング、システム開発など、継続的に業務委託が発生するケースでは、まず基本契約書を締結し、個別の業務が発生するたびに発注書を交付するという運用が強く推奨されます。
フリーランス新法・下請法での両者の重要性
フリーランス新法が2024年11月1日に施行されたことにより、発注事業者には「取引条件の明示義務」が課せられました。この義務は、業務内容、報酬額、支払期日、当事者の名称などを、書面または電子メール、SNSなどの電磁的方法で明確に示すことを求めています。この点で、基本契約書で包括的な取引の枠組みを定め、個別の発注書でその都度の具体的な業務内容や条件を詳細に明示する運用は、新法の義務を確実に果たす上で非常に有効な手段となります。契約書だけでは網羅しきれない日々の細かい指示や変更を、発注書で補完する形です。
下請法(2026年1月1日施行の改正後は「中小受託取引適正化法」)においても、親事業者(改正後は「委託事業者」)は、下請事業者(改正後は「中小受託事業者」)に対し、所定の事項を記載した書面(発注書)の交付義務が明確に規定されています。改正後の下請法は、適用対象の拡大や禁止事項の厳格化を伴うため、これまで以上に発注書の記載内容や運用が厳しく問われることになります。特に、手形払いの禁止や遅延利息の対象拡大など、支払い条件に関する変更点は、発注書に正しく反映させる必要があります。
両方の法律に共通するのは、透明性の高い取引を促し、立場が弱いとされる受注者の保護を強化する点です。そのため、発注書と契約書の両方を適切に活用し、すべての取引条件を具体的かつ明確に記載することが、法的リスクを回避し、フリーランスや下請事業者との良好なビジネス関係を築くための不可欠な要素となります。これらの書類は、単なる事務処理ではなく、信頼関係構築の基盤となるのです。
下請法・フリーランス新法における発注書の重要ルール
フリーランス新法の「取引条件の明示義務」とは?
2024年11月1日に施行されたフリーランス新法において、発注事業者に課せられる最も重要な義務の一つが「取引条件の明示義務」です。これは、フリーランス(特定受託事業者)との間で業務委託契約を結ぶ際、口頭での合意だけでなく、業務内容、報酬額、支払期日、当事者の名称などを、書面または電子メール、SNSなどの電磁的方法で明確に提示することを求めるものです。この義務の背景には、フリーランスが自身の業務内容や報酬を正確に把握し、安心して業務に取り組める環境を整備するという目的があります。
具体的には、「ウェブサイトのバナーデザイン制作」という業務であれば、「サイズ〇〇px、3案提案、修正2回まで、報酬50,000円(税抜)、納品後30日以内支払い」といった形で、細部にわたる条件を明確に記す必要があります。単に「デザイン業務をお願いします」といった曖昧な指示では、明示義務を果たしたことにはなりません。
この明示義務を怠ったり、記載内容が不明瞭であったりした場合、法律違反として公正取引委員会などによる助言、指導、勧告の対象となり、最悪の場合には50万円以下の罰金が科される可能性もあります。トラブルを未然に防ぎ、法令を遵守するためには、基本契約書と個別の発注書を適切に併用し、すべての取引条件を具体的に、かつ漏れなく明示することが不可欠です。電磁的方法で明示する場合でも、フリーランスが内容を容易に確認・保存できる形式を選ぶべきでしょう。
下請法改正で変わる発注書の取り扱い
2026年1月1日から施行される「中小受託取引適正化法(取適法)」への下請法改正は、発注書の取り扱いに大きな変革をもたらします。まず、法律の呼称そのものが「下請」という表現から「中小受託取引適正化」へと変更され、より対等なビジネスパートナーシップを意識した名称となります。これに伴い、「親事業者」は「委託事業者」、「下請事業者」は「中小受託事業者」と名称が変更されます。
この改正で特に注目すべきは、適用対象の拡大です。これまでの資本金基準に加え、「常時使用する従業員の数」による基準が新設されます。これにより、例えば資本金は少なくても、従業員数が一定数以上いる事業者が下請法の対象となる可能性があり、自社が新法の対象となるかどうかを改めて確認することが不可欠となります。これによって、これまで下請法の適用外だった企業も、発注書に関する厳格なルールを遵守する必要が生じるかもしれません。
発注書に記載すべき事項はこれまでと同様に重要ですが、改正によってさらに厳格な運用が求められます。特に、下請代金の支払いにおいて、手形払いや電子記録債権など、現金化が困難な支払手段の使用が原則禁止されるため、支払条件の発注書への記載方法にも細心の注意が必要です。また、「特定運送委託」が適用対象取引に追加されるなど、業界ごとの特性にも配慮した改正が行われています。違反行為に対する執行も強化されることから、発注書の正確な作成と適切な交付は、これまで以上に企業のコンプライアンスにおいて中心的な役割を果たすことになります。
支払い期日と禁止行為に関する新ルールの徹底
フリーランス新法では、報酬の支払い期日に関して明確かつ厳格なルールが定められました。発注事業者は、成果物受領日または役務提供完了日から60日以内の、できるだけ早い期日を設定し、支払う義務があります。これまでの商慣習であった「月末締め翌々月末払い」のような、60日を超える支払い期間は原則として認められなくなります。例えば、月末に納品された案件について、翌々月末日が60日を超える支払いになる場合、それは明確な違反となるため、支払いサイトの見直しが急務です。このルールは、フリーランスの資金繰りを安定させ、健全な経済活動を支援するためのものです。
さらに、フリーランス新法および下請法(取適法)の両方で、発注事業者の禁止行為が明確化・厳格化されています。主な禁止行為には、報酬の不当な減額、一方的な受領拒否、不当な返品、発注事業者の都合による成果物・役務の受領遅延、協賛金等の不当な要求、書面等による提示拒否などが含まれます。
下請法改正では、特に遅延利息の対象に「減額」が追加され、発注事業者が不当に報酬を減額した場合でも、減額分の遅延利息の支払いが義務付けられるようになりました。これらの禁止行為は、発注事業者の優位な立場を利用した不公正な取引を防ぎ、フリーランスや下請事業者を保護することを目的としています。これらの新ルールを徹底するためには、発注書に支払い期日を明確に記載し、禁止行為に該当するような不当な条件を一切設けないことが不可欠です。社内規定や業務フローを再確認し、透明性の高い取引を心がけることが、法令遵守とビジネスパートナーとの良好な関係維持に繋がります。
発注書に記載すべき必須項目と源泉徴収・税金について
フリーランス新法で求められる必須明示項目
フリーランス新法が発注事業者に課す「取引条件の明示義務」を果たすためには、発注書(または契約書)に以下の項目を漏れなく記載することが必須です。これらの項目は、フリーランスが業務を遂行する上で不可欠な情報であり、明確に提示することでトラブルを未然に防ぎます。
- 業務内容:具体的にどのような作業を依頼するのか、期待する成果物の仕様や品質基準を明確に記述します。曖昧な表現は避け、「〇〇Webサイトのトップページデザイン制作および下層ページ3点のコーディング」のように特定します。
- 報酬額:業務に対する具体的な報酬金額を明記します。消費税込みか税抜きかも明確にし、追加費用が発生する可能性についても言及します。「デザイン制作料 150,000円(税抜)」など。
- 支払期日:成果物受領日または役務提供完了日から60日以内の具体的な支払い期日を設定し、記載します。例えば、「納品月の翌月末日」または「〇月〇日」といった形です。
- 当事者の名称:発注事業者名とフリーランス(特定受託事業者)の氏名または名称を正確に記載します。
- その他:必要に応じて、著作権の帰属、納期、納品方法、契約期間、解除条件なども具体的に明示することが望ましいです。特に、6ヶ月以上の継続契約の場合、中途解除や不更新時の予告と理由開示義務も考慮した記載が必要です。
これらの項目が不十分であったり、そもそも明示されなかったりした場合、フリーランス新法違反となり、公正取引委員会などから是正指導の対象となる可能性があります。発注書は、単なる事務書類ではなく、法律遵守の証であり、信頼関係構築の基盤となる重要な文書です。
下請法における記載事項のポイント
下請法(2026年1月1日施行の改正後は「中小受託取引適正化法」)においても、親事業者(委託事業者)は、下請事業者(中小受託事業者)に対し、所定の事項を記載した書面(発注書)を交付する義務があります。この書面は「3条書面」と呼ばれ、その記載事項は法律で厳格に定められています。
以下に主な記載事項のポイントを挙げます。
- 親事業者及び下請事業者の名称(商号):正式名称を記載します。
- 製造委託、修理委託、情報成果物作成委託又は役務提供委託の別及びその内容:依頼する業務の種類と具体的な内容を明記します。例えば、「ソフトウェア開発委託」や「広告デザイン制作委託」のように特定します。
- 下請代金の額:具体的な金額を記載するか、または合理的な算定方法を明確にします。
- 下請代金の支払期日及び支払方法:支払期日は、成果物受領日または役務提供完了日から60日以内で、できる限り早い日を設定します。特に、改正下請法では、手形払いや電子記録債権など、現金化が困難な支払手段の使用が原則禁止されるため、振込など明確な方法を記載する必要があります。
- 給付の受領期日、場所及び検査期日:成果物を受け取る具体的な期日、場所、そして検収を行う期間を明記します。
- 目的物の引渡し又は役務提供の期日:受注者が成果物を引き渡す、または役務提供を完了する具体的な期日を記載します。
- その他、重要事項:親事業者から原材料等を支給する場合、その内容や対価に関する事項も記載が求められます。
下請法では、特に支払い条件の明確化と遵守が厳しく求められます。2026年1月1日以降は、適用対象が「従業員の数」でも判断されるようになるため、自社の取引が該当するかどうかを改めて確認し、発注書の記載内容を適切に見直すことが非常に重要です。
源泉徴収や消費税の取り扱いと記載例
フリーランスへの業務委託報酬の支払いにおいては、源泉徴収と消費税の適切な取り扱いが不可欠です。発注事業者は、税務上の義務を正しく果たす必要があります。
源泉徴収について:
所得税法に基づき、特定の報酬、例えば原稿料、デザイン料、講演料、通訳・翻訳料、弁護士報酬などについては、発注事業者が報酬から所得税(通常は10.21%)を天引きし、国に納める「源泉徴収」を行う義務があります。発注書には、源泉徴収の対象となる報酬と、その税額を明記するか、「源泉徴収税額を差し引いて支払う」旨を記載するとトラブル防止に繋がります。
記載例:
| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 業務報酬(税抜) | 100,000円 | |
| 消費税(10%) | 10,000円 | |
| 合計(税込) | 110,000円 | |
| 源泉徴収税額(10.21%) | -10,210円 | 報酬額(税抜)に対して計算 |
| 支払総額 | 99,790円 |
消費税について:
フリーランスが消費税の課税事業者である場合、報酬に消費税を上乗せして請求するのが一般的です。免税事業者である場合は消費税を請求できません。2023年10月1日に開始されたインボイス制度(適格請求書等保存方式)導入後は、フリーランスが適格請求書発行事業者であるか否かを確認し、その旨を発注書または請求書に反映させることが適切です。適格請求書発行事業者からの請求でないと、発注事業者は消費税の仕入税額控除を受けられないため、この点は重要な確認事項となります。
これらの税務上の取り扱いを適切に発注書に反映させることで、フリーランスとの円滑な取引と、税務署からの指摘リスクの低減に繋がります。不明な場合は、税理士に相談することをお勧めします。
発注書作成でよくある疑問と税理士が教えるポイント
電子データでの交付はどこまで有効か?
フリーランス新法では、取引条件の明示方法として、「書面または電子メール、SNSなどの電磁的方法」が認められています。これは、現代のデジタル化されたビジネス環境において、非常に柔軟な対応と言えるでしょう。しかし、電子データでの交付には、単にメッセージを送るだけではない、いくつかの重要な注意点が存在します。
まず、最も重要なのは、フリーランスがその内容を確実に確認できる状態にあることです。単なるテキストメッセージや口頭のやり取りでは、後から内容を証明することが困難になる可能性があります。そのため、内容を閲覧・保存できる形式、例えばPDFファイルや、変更履歴が残るクラウド上のドキュメント共有サービスなどを利用し、送付後にはフリーランスからの「内容を確認した」旨の返信や、システム上での既読確認を促すことが望ましいです。これにより、証拠能力を高め、将来的な「言った言わない」のトラブルを回避することができます。
また、フリーランス新法では、フリーランスから書面での交付を求められた場合、発注事業者はそれに対応する義務がある点も忘れてはなりません。電子データでのやり取りは手軽で効率的ですが、相手方の意向を尊重し、柔軟に書面交付に切り替える体制も整えておくべきです。電子契約システムを活用することで、法的な有効性を確保しつつ、ペーパーレス化を進めることも可能です。しかし、どのような形式であっても、取引条件の具体的な内容が明確であり、双方が合意した証拠を残すことが、最も重要なポイントとなります。
基本契約書と個別発注書の併用ケース
継続的な業務委託契約を結ぶ際、最も安全かつ効率的な方法として推奨されるのが、基本契約書と個別の発注書を併用するスタイルです。この運用は、特にフリーランス新法や下請法改正で求められる「取引条件の明確な明示義務」を果たす上で、双方にとって非常に分かりやすい仕組みを提供します。
基本契約書は、初回取引時に締結し、すべての取引に共通する基本的なルールや法的枠組みを定めます。具体的には、秘密保持義務、損害賠償責任、個人情報保護に関する取り決め、契約期間、中途解除・更新の条件、紛争解決条項などが含まれます。これにより、個々の発注書では、これらの共通ルールを繰り返し記載する手間を省き、より具体的な業務内容に集中できるようになります。例えば、ウェブサイト制作の業務において、デザインに関する知的財産権の帰属や、納品後の瑕疵担保責任といった重要な事項は、基本契約書で一度定めておけば、個別の発注書で毎回議論する必要がなくなります。
一方、個別発注書は、基本契約書で定められた枠組みの中で、その都度の具体的な業務内容、報酬額、納期、支払期日、納品方法といった取引詳細を明記するために用います。例えば、「基本契約書に基づき、〇〇プロジェクトのバナー広告デザイン3点制作を依頼します。報酬額は〇円、納期は〇月〇日、支払期日は〇月〇日」といった形で、個別具体的な指示を行います。この併用スタイルは、法的リスクを最小限に抑えつつ、業務の効率的な進行を可能にします。柔軟性と法的な安定性を両立させるためにも、この運用を強く検討することをお勧めします。
法改正対応のための見直しと税理士が教えるポイント
2024年11月1日のフリーランス新法施行、そして2026年1月1日の下請法改正は、すべて発注事業者に新たな義務と責任を課すものです。この機会に、自社の発注書や契約書のひな形、そして業務委託に関する運用フロー全体を徹底的に見直すことが不可欠です。古い書式や慣習を漫然と続けていると、知らないうちに法令違反を犯してしまうリスクがあります。
税理士としては、特に以下の点に注意を促します。第一に、報酬の支払い期日に関する「60日ルール」の厳守です。これまでの支払いサイトを見直し、フリーランス新法の要件に合致するよう調整する必要があります。第二に、源泉徴収の適切な処理と消費税(インボイス制度)への対応です。源泉徴収の対象となる業務については、正しい税率で天引きを行い、国に納税する義務があります。また、適格請求書発行事業者であるフリーランスからの請求書には、登録番号の記載や税額の計算が適切に行われているかを確認し、仕入税額控除の要件を満たす必要があります。不適切な処理は、税務調査での指摘だけでなく、フリーランスからの信用失墜にも繋がりかねません。
さらに、下請法改正で追加される「常時使用する従業員の数」による適用対象拡大についても、自社の規模を改めて確認し、法適用を受けるかどうかを正確に把握しておくべきです。不明な点や疑問が生じた場合は、専門家である税理士や弁護士に相談し、法改正に準拠した安全で適正な発注体制を構築することをお勧めします。早期の対応と専門家の知見を活用することが、将来的なトラブルや罰則のリスクを回避する鍵となります。
安全な取引のための発注書作成チェックリスト
法令遵守のための必須チェック項目
フリーランス新法や下請法(改正後は取適法)への対応を確実にするため、発注書作成時には以下の項目を必ずチェックしましょう。これらは法令遵守の最低限のラインであり、一つでも漏れがあれば指導や勧告の対象となるリスクがあります。
- 【当事者情報】発注事業者名と受注者(フリーランス/中小受託事業者)の氏名または名称は、正式名称で正確に記載されているか?
- 【業務内容】具体的な業務内容、期待する成果物の仕様、品質基準は明確に記述されているか?(「〇〇デザイン業務一式」のような曖昧な表現は避ける)
- 【報酬額】業務に対する具体的な報酬金額は明記されているか?消費税込みか税抜きかも明確か?
- 【支払期日】成果物受領日または役務提供完了日から60日以内の期日が設定され、具体的に記載されているか?「月末締め翌々月末払い」など、60日を超える支払いサイトになっていないか?
- 【支払方法】下請法の対象となる取引の場合、現金化困難な手形払いや電子記録債権は使用されていないか?(原則禁止)
- 【源泉徴収】源泉徴収の対象となる報酬の場合、その旨を明記しているか、または徴収額が示されているか?
- 【インボイス対応】受注者が適格請求書発行事業者である場合、その旨や登録番号の記載、消費税の計算は適切か?
- 【交付方法】発注書は、書面または電磁的方法で交付し、相手が内容を容易に確認・保存できる状態になっているか?(フリーランスから書面交付要求があった場合は、必ず書面で対応する)
これらの項目を徹底的に確認し、社内の発注プロセスに組み込むことで、法的リスクを大幅に軽減できます。
トラブル回避のための追加項目と注意点
法令遵守に加えて、より安全で円滑な取引関係を築き、将来的なトラブルを未然に防ぐためには、発注書に以下の追加項目や注意点を盛り込むことを強くお勧めします。これらは、万一の事態に備え、双方の認識の齟齬を解消するために役立ちます。
- 納期・納品方法:成果物の具体的な納期と、電子データ(ファイル形式を含む)、郵送、手渡しなど、具体的な納品方法を明確にします。
- 検収条件:成果物を受領した後の検収期間(例:受領後7営業日以内)や、不備があった場合の修正対応(例:〇回まで無償修正)について具体的に記載します。
- 著作権・知的財産権の帰属:特にデザイン、コンテンツ制作、システム開発などの業務においては、制作物の著作権や知的財産権が発注側、受注側のどちらに帰属するのか、あるいは共有となるのかを明確に合意し記載します。
- 秘密保持義務:業務遂行上知り得た顧客情報や技術情報などの取り扱いについて、改めて秘密保持義務の範囲と違反時の対応を言及します。(基本契約書に詳細が記載されていれば省略可)
- 中途解除・不更新時の条件:フリーランス新法における6ヶ月以上の継続契約の場合、中途解除や更新しない場合は30日前までの予告と理由開示義務を考慮した解除・不更新条件を定める必要があります。
- 損害賠償:万一の契約不履行(納期遅延、品質不良など)や情報漏洩時の損害賠償について、具体的な条件や上限額を記載しておくと、より安心です。(基本契約書に詳細が記載されていれば省略可)
これらの項目を明確にすることで、予期せぬ事態が発生した際にも、スムーズな解決に繋がり、ビジネスパートナーとの信頼関係を維持しやすくなります。
定期的な更新と従業員への周知
発注書や契約書のひな形は、一度作成したら終わりではありません。法律は社会情勢の変化や新たな課題に対応するため、定期的に改正されるものです。特にフリーランス新法や下請法改正のように、ビジネスに大きな影響を与える変更があった際には、速やかに自社のひな形や運用ルールを更新し、対応することが不可欠です。例えば、毎年、税制改正や関連法の動きがないかを確認するルーティンを設けるのが良いでしょう。
さらに重要なのは、発注書を作成・発行する担当者だけでなく、営業部門、調達部門、経理部門など、業務委託に携わるすべての従業員に対して、新しい法律や発注書の運用ルールを徹底的に周知することです。社内での認識のズレや知識不足が、法令違反やフリーランスとのトラブルの原因となるケースは少なくありません。たとえば、営業担当者が口頭で曖昧な条件を提示し、後から経理が発注書を作成する際に齟齬が生じる、といった事態を避ける必要があります。
定期的な社内研修の実施、最新情報を盛り込んだマニュアルの整備、そして疑問点を気軽に相談できる体制の構築を通じて、従業員一人ひとりが発注に関する知識と意識を高めることが重要です。これにより、組織全体として法令遵守体制を強化し、フリーランスや下請事業者との安全で健全なビジネスパートナーシップを築くことができます。最新の情報を常にキャッチアップし、適時適切な対応を心がけ、企業としての信頼性を高めていきましょう。
まとめ
よくある質問
Q: 発注書と契約書は、どちらか一方があれば十分ですか?
A: いいえ、発注書と契約書はそれぞれ異なる役割を持ちます。契約書は取引全体の合意内容を明確にし、発注書は個別の発注内容を具体的に示すものです。特に業務委託契約などでは、両方を作成することが一般的です。
Q: 下請法では、発注書にどのような内容を記載する必要がありますか?
A: 下請法では、親事業者は下請事業者に対し、取引内容、支払期日、目的物または役務の内容、再委託の禁止等の事項を記載した書面(発注書)を交付する義務があります。具体的な記載例は、公正取引委員会のウェブサイトなどで確認できます。
Q: 発注書に源泉徴収すべき金額は、どのように記載すれば良いですか?
A: 源泉徴収税額は、支払金額から法定の税率を乗じて計算した金額を記載します。消費税の扱い(税込みか税抜きか)によって計算方法が異なりますので、最新の税法を確認し、正確に記載することが重要です。
Q: フリーランス新法における発注書の注意点はありますか?
A: フリーランス新法では、一定の要件を満たすフリーランスとの取引において、発注書(契約内容を明示する書面)の交付義務が強化されています。特に、検収期間や支払期日に関する記載などが重要視されます。
Q: 発注書の金額は、税込みと税抜き、どちらで記載するのが一般的ですか?
A: どちらで記載しても法的に問題ありませんが、一般的には消費税額を明記するため、税抜き金額と消費税額を分けて記載し、合計金額を税込み金額とするケースが多いです。取引先との間で事前に確認しておくと良いでしょう。
