概要: MBO(目標管理制度)は、個人と組織の目標達成を促進するマネジメント手法です。本記事では、MBOの目的、パフォーマンスレビュー、そしてOKRなどの進化形にも触れながら、その理解を深めます。
「MBO」という言葉を聞いたとき、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか? もしかしたら、社員の目標設定に使われる「目標管理制度(Management by Objectives)」を連想するかもしれません。
しかし、本記事で解説するのは、企業経営のダイナミックな変革を促すもう一つのMBO、すなわち「マネジメント・バイアウト(Management Buyout)」です。
企業の経営陣が自社の株式を買い取り、経営権を取得するMBOは、近年その件数を大きく伸ばし、日本経済において重要な役割を果たしています。この記事では、MBOがなぜ今注目されているのか、その目的や期待される効果、具体的な進め方、そして最新の動向までを徹底的に解説します。
ぜひ最後までお読みいただき、MBOへの理解を深めていきましょう。
MBO(マネジメント・バイアウト)とは?その基礎知識
MBOの定義とM&Aとの違い
MBO、すなわち「マネジメント・バイアウト」とは、企業の経営陣が自社の株式を買い取り、経営権を取得する手法を指します。これはM&A(合併・買収)の一種に分類されますが、一般的なM&Aとは異なる際立った特徴を持っています。
通常のM&Aでは、外部の企業や投資ファンドが買い手となることが多いですが、MBOでは現経営陣が主体となって自社の株式を取得する点が最大の違いです。これにより、経営陣は外部からの干渉を受けずに、より自由度の高い経営が可能になります。経営陣自身が株主となることで、経営と所有が一致し、意思決定のスピードアップや長期的な視点での戦略実行が期待されます。この「自分たちの会社を自分たちで動かす」という強いコミットメントが、MBOの大きな原動力となります。
MBOの背景には、経営陣が会社の事業内容、企業文化、そして潜在的な価値を誰よりも深く理解しているという強みがあります。外部の買い手による買収と比較して、既存の企業文化や従業員の雇用が維持されやすく、事業継続性が高まるというメリットも期待できます。また、株主構成がシンプルになることで、経営陣はより迅速かつ大胆な経営判断を下せるようになります。この特殊な形式のM&Aが、なぜ今多くの企業に選択されているのでしょうか。それは、単なる買収以上の、企業が抱える様々な課題を解決し、新たな成長ステージへと導く可能性を秘めているからです。
MBOが注目される背景と主な目的
近年MBOが注目され、実施件数が増加している背景には複数の要因があります。そして、MBOが達成しようとする目的も多岐にわたります。
主な目的としては、まず「経営体制の見直しと経営の自由度向上」が挙げられます。特に上場企業の場合、多数の株主の意向に配慮する必要があり、重要な意思決定に時間がかかることがあります。MBOを通じて非上場化することで、迅速な経営判断が可能になり、短期的な株価変動に囚われず中長期的な視点での経営戦略を実行しやすくなります。
次に、「事業承継」の有効な手段としても活用されています。創業家が高齢化し、適切な後継者が見つからない場合、現経営陣が事業を承継することで、企業の理念や文化、そして従業員の雇用を守りながらスムーズなバトンタッチを実現できます。
さらに、「アクティビスト対策」としてMBOを選択するケースも増えています。いわゆる「物言う株主」からの経営改善要求や短期的な利益追求の圧力に対し、MBOにより非公開化することで、外部からの干渉を排し、自社のペースで経営を進めることが可能になります。
また、「非中核事業の独立」も重要な目的の一つです。大企業が複数の事業を持つ中で、本業ではない非中核事業を切り離し、現経営陣の下で独立した企業として成長を促進させるためにMBOが活用されることもあります。これにより、親会社はコア事業に集中でき、スピンオフされた事業は独自の戦略で市場での競争力を高めることができます。
MBOによる主な効果
MBOの実施によって、企業は様々な効果を享受することができます。これらの効果は、企業の持続的な成長と価値向上に直結するものです。
まず挙げられるのが、「経営判断の迅速化」です。MBOによって企業が非上場化することで、株主総会での承認や株主への説明といったプロセスが簡素化されます。これにより、市場の急な変化や競争環境の激化に対し、経営陣が迅速かつ柔軟に意思決定を下し、実行に移すことが可能になります。これは、特にスピードが求められる現代のビジネスにおいて、企業の競争力を高める上で極めて重要な要素となります。
次に、「中長期的な経営戦略の実行」が可能になる点です。上場企業は四半期ごとの業績発表や株価の動向に常に目を光らせる必要がありますが、非上場化により、そうした短期的な視点から解放されます。その結果、目先の利益に囚われることなく、研究開発投資や大規模な設備投資、人材育成など、企業価値を長期的に向上させるための戦略に集中して取り組むことができます。
さらに、MBOは「企業文化や雇用の維持」にも貢献します。外部の買い手による買収の場合、買収先の企業文化が大きく変わったり、事業再編によって従業員の雇用が不安定になったりするリスクがあります。しかし、現経営陣によるMBOであれば、これまでの企業理念や文化を尊重し、従業員の雇用を維持しながら事業承継や再編を進められる可能性が高まります。
最後に、「事業改革の推進」も重要な効果です。経営権が現経営陣に集中することで、より大胆かつ抜本的な事業構造改革や再建策を実行しやすくなります。既存の事業モデルにとらわれず、新たな成長分野への投資や非効率な部門の再編など、企業体質を強化するための挑戦がしやすくなるのです。
MBO実施のステップと具体的なプロセス
MBO実現に向けた準備:企業価値評価と事業計画
MBOを成功させるためには、事前の周到な準備が不可欠です。その中でも、特に重要となるのが「企業価値・株式評価」と「事業計画の策定」です。
まず、企業価値・株式評価は、MBOにおける買収価格を決定する基礎となります。自社の収益力、資産状況、将来性などを総合的に分析し、適正な企業価値および一株あたりの株式評価額を概算します。この評価が不適切であれば、既存株主から買付価格の適正性について異論が出る可能性があり、MBOが頓挫するリスクが高まります。第三者の専門家(証券会社や会計事務所など)の意見を取り入れ、客観的かつ公平な評価を行うことが極めて重要です。
次に、「事業計画の策定」は、MBO後の企業の成長戦略を具体的に描くプロセスです。非上場化によって得られる自由度を最大限に活かし、どのようなビジョンで、どのような事業戦略を展開していくのかを詳細に練り上げます。これには、新しい製品やサービスの開発、市場拡大戦略、コスト削減計画、組織改革など、具体的な目標設定とそれを達成するためのロードマップが含まれます。この事業計画は、後に資金調達を行う際の金融機関や投資ファンドに対する説明資料としても極めて重要な役割を果たします。実現可能性が高く、魅力的な事業計画を提示することで、MBOに必要な資金調達が円滑に進む可能性が高まります。
資金調達と株主との交渉
MBOの実施には、多額の資金が必要となるのが一般的です。そのため、適切な「資金調達」ルートの確保は、MBO成功の鍵を握ります。
主な資金調達先としては、金融機関からの融資や、投資ファンドからの出資が挙げられます。特に、MBOにおいては、対象企業の資産や将来のキャッシュフローを担保に資金を調達する「LBO(レバレッジド・バイアウト)」という手法が用いられることが多くあります。これは、少ない自己資金で大規模な買収を可能にするものですが、その分、企業には買収後の返済負担が重くのしかかるため、前述の事業計画の蓋然性が問われることになります。複数の金融機関や投資ファンドと交渉し、自社の状況に最も適した条件で資金を確保することが重要です。
資金調達と並行して進めるのが「株主との交渉」です。MBOの意向を主要株主に対して非公式に伝え、その理解と協力を得るための意見交換を行います。特に、安定株主や大株主の賛同は、MBOの成否を大きく左右します。経営陣は、MBOが企業価値向上に資すること、そして株主にとっても魅力的な条件であることを丁寧に説明し、合意形成を目指します。この段階で、買付価格の目安やMBO後のビジョンなどを共有し、株主の懸念を払拭することが円滑なプロセスに繋がります。
公開買付け(TOB)とスクイーズアウト
MBOの最終段階では、株式を実際に取得するための具体的な手続きへと移行します。上場企業がMBOを実施する場合、その中心となるのが「公開買付け(TOB)」と「スクイーズアウト」です。
公開買付け(TOB:TakeOver Bid)とは、不特定多数の株主に対し、買付期間、買付価格、買付予定株数などを公示し、市場外で株式を買い付ける手法です。上場企業の場合、MBOの意向が公表されると市場株価が変動する可能性があるため、株主の公平性を保ちながら株式を取得する手段としてTOBが利用されます。経営陣は、既存株主が納得できる公正な価格を設定し、TOBを実施します。TOBが成立すれば、買付予定数の株式を取得することができ、経営陣による経営権確立へ大きく前進します。
しかし、TOBによって全ての株式を取得できるとは限りません。TOB後も少数の株主が残る場合があります。そこで行われるのが「スクイーズアウト」です。スクイーズアウトとは、特定の株主(この場合、MBOを主導する経営陣)が残りの少数株主から強制的に株式を買い取ることで、企業を完全子会社化(非上場化)する手続きです。これにより、MBOを主導する経営陣は会社を完全にコントロールできる状態となり、前述した迅速な経営判断や中長期戦略の実行といったMBOの目的を達成するための土台が完成します。
スクイーズアウトは、少数株主の権利保護に配慮しつつ、法的な手続きに則って慎重に進められます。買付価格の公正性や手続きの透明性は、常に株主からの厳しい目に晒されるため、専門家と連携しながら丁寧に進めることが不可欠です。
最新のMBO動向と成功への鍵
近年のMBO件数増加とその背景
MBOは近年、その実施件数を著しく増加させており、日本企業における経営戦略の選択肢として一層存在感を高めています。
参考情報によると、2023年には93件のMBOが実施され、過去10年間で増加傾向にあります。特に、2020年以降はMBO件数が増加の一途をたどり、2023年は前年比でやや減少したものの、依然として高い水準を維持しています。これは、日本企業が直面する様々な経営課題に対し、MBOが有効な解決策として認識されている証拠と言えるでしょう。
このMBO増加の背景には、いくつかの要因が複合的に絡み合っています。
- 東京証券取引所の市場再編と資本効率改善要請:2022年の東証市場再編後、上場企業にはより高いガバナンスや資本効率の改善が求められるようになりました。これに伴い、上場維持のコストや負担が増加し、非公開化を選択する企業が増加しています。
- アクティビスト投資家からの圧力:株主還元や経営改革を強く求める「物言う株主(アクティビスト)」からの圧力が増大する中、MBOを通じて非公開化し、外部からの干渉を受けずに自社のペースで経営改革を進めようとする動きが見られます。
- PBR(株価純資産倍率)の低水準:日本企業の株価純資産倍率(PBR)が1倍を割り込む企業が多い状況が続いており、これは「会社の価値が市場で正当に評価されていない」と経営陣が判断し、株式を取得しやすい環境にあることもMBO増加の一因となっています。
これらの要因が重なり、多くの企業がMBOという選択肢を検討し、実行に移しているのです。
注目すべき大型MBO事例
近年、MBOは中小企業だけでなく、日本を代表するような大企業においても実施されており、そのスケールの大きさも注目を集めています。2023年には、特に以下の大型MBO案件が市場の話題となりました。
- ベネッセホールディングス:約2,086億円規模
- 大正製薬ホールディングス:約7,086億円規模
- アウトソーシング:約2,213億円規模
これらの事例は、いずれも巨大な企業がMBOを選択し、非公開化によって経営の自由度を高め、中長期的な企業価値向上を目指す姿勢を示しています。特に大正製薬ホールディングスのような伝統ある企業が、あえて非公開化に踏み切ることは、短期的な株価にとらわれず、将来を見据えた大胆な事業再編や投資を加速させたいという強い意志の表れと言えるでしょう。
また、直近の動向としては、2025年11月にはパリミキホールディングス、セントケア・ホールディング、杉田エースなどがMBOを実施または発表しています。これらの企業は、それぞれの業界で独自の強みを持つ一方で、市場環境の変化や後継者問題、あるいは新たな成長戦略の実行といった課題に直面していました。MBOを通じて、外部株主の意向に左右されずに、自社の描くビジョンを実現するための経営基盤を固めようとしていることが伺えます。
これらの大型・最新事例は、MBOが単なる緊急避難策ではなく、企業が自律的な成長と変革を遂げるための戦略的な選択肢として、ますます重要になっていることを示唆しています。
MBO成功のための注意点とポイント
MBOは多くのメリットをもたらす一方で、その実施には様々なリスクや注意すべき点が存在します。成功裏にMBOを終え、その後の成長を実現するためには、以下のポイントを念頭に置くことが重要です。
まず、最も重要な注意点の一つが「買付価格の適正性」です。MBOでは、現経営陣が株主から株式を買い取ることになりますが、その価格が市場価値や企業価値に見合わないと判断された場合、既存株主から強い異論が出る可能性があります。買付価格が不当に低いと見なされれば、訴訟リスクにも発展しかねません。公正な第三者による評価を取り入れ、透明性の高いプロセスで価格を決定することが不可欠です。
次に、「TOBが成立しないリスク」も考慮しなければなりません。特に公開買付け(TOB)は、設定された買付期間内に目標とする株式数を取得できなければ不成立となることがあります。株主が買付価格に不満を持ったり、別の対抗買収者が出現したりする可能性もゼロではありません。綿密な事前準備と、株主に対する丁寧な説明が求められます。
MBO後の経営についても重要なポイントがあります。非上場化によって得られる自由度を活かしきれなければ、MBOの効果は限定的になってしまいます。そのため、MBO後の具体的な経営戦略を明確に描き、それを着実に実行する「リーダーシップと実行力」が不可欠です。大胆な事業改革や長期的な投資計画を、強い意思を持って推進していく姿勢が求められます。
また、従業員の理解と協力もMBO成功の大きな鍵となります。MBOの目的や今後のビジョンを従業員に丁寧に説明し、彼らのモチベーションを維持・向上させることが、新しい経営体制の下での企業価値向上に繋がります。MBOは単なる資金調達や株式の移動ではなく、企業の未来を創るための重要な経営戦略であることを理解し、関係者全員が納得できる形で進めることが何よりも大切です。
MBO(マネジメント・バイアウト)は、企業の変革と成長を促す強力な手段です。適切に活用することで、企業は新たなステージへと飛躍できる可能性を秘めています。本記事が、皆様のMBOへの理解を深める一助となれば幸いです。
※本記事で解説したMBOは「マネジメント・バイアウト(Management Buyout)」であり、「目標管理制度(Management by Objectives)」とは異なります。
まとめ
よくある質問
Q: MBO(目標管理制度)とは具体的に何ですか?
A: MBO(Management By Objectives)とは、目標を共通認識として、個人が主体的に目標達成に向けて行動し、その結果を評価するマネジメント手法です。
Q: MBOの主な目的は何ですか?
A: MBOの主な目的は、組織全体の目標達成を促進すること、従業員のモチベーション向上、自己啓発の促進、そして公平な人事評価にあります。
Q: MBOにおける「パフォーマンスレビュー」とは?
A: パフォーマンスレビューとは、設定した目標に対する個人の達成度を定期的に評価・フィードバックするプロセスです。これにより、改善点や今後の行動計画を共有します。
Q: MBOは誰が提唱しましたか?
A: MBOの概念は、経営学者のピーター・ドラッカーが提唱したとされています。
Q: MBOとOKR(Objectives and Key Results)の違いは何ですか?
A: MBOは個人の目標達成と評価に重点を置くのに対し、OKRはよりアグレッシブで短期間の目標設定と、チームでの連携や透明性を重視する傾向があります。OKRはMBOの発展形と見なされることもあります。
