MBO(マネジメント・バイアウト)を成功させるための理由とリスク

近年、MBO(マネジメント・バイアウト)による企業の非公開化が増加傾向にあります。特に2023年には、件数ベースで16件、買収総額は1兆1,000億円を超え、過去最高を記録しました。これは、単なる数字の増加にとどまらず、企業の経営戦略においてMBOが重要な選択肢として位置づけられていることを示唆しています。

本記事では、この注目のMBOについて、その本質から、成功させるための理由、そして潜在的なリスクまでを深掘りして解説します。最新のデータや動向を基に、MBOの多角的な側面を理解し、その可能性と課題について考察していきましょう。

MBOとは?その目的と「される」側の視点

MBOの基本概念と増加の背景

MBO(マネジメント・バイアウト)とは、現経営陣が自社の株式を既存株主から買い取り、経営権を取得する取引のことです。これにより、企業は非公開化され、経営陣がより自由かつ迅速な経営判断を行えるようになります。近年、このMBOによる企業の非公開化が顕著に増加しており、特に2023年には件数ベースで16件、金額ベースでは1兆1,000億円を超えるなど、過去最高の水準を記録しました。

このMBO増加の背景には、東京証券取引所(東証)による上場企業への資本効率改善要請が強く影響しています。東証は市場再編に伴い、上場維持基準を厳格化しており、企業は上場を続けるための負担が増しています。また、アクティビスト(物言う株主)の台頭も、経営陣が短期的な業績プレッシャーから解放され、長期的な視点での経営戦略を遂行するためにMBOを選択する動機となっています。このような外部環境の変化が、MBOを促進する大きな要因となっているのです。

MBOの主な目的:経営陣の視点

MBOは、経営陣が企業の持続的な成長と企業価値向上を目指す上で、多様なメリットをもたらします。最も大きな目的の一つは、経営体制の見直しと柔軟性の向上です。非公開化することで、株主からの短期的な業績へのプレッシャーから解放され、中長期的な視点での大胆な経営戦略や大規模な投資判断を実行しやすくなります。これにより、意思決定のスピードも飛躍的に向上します。

また、経営陣が自社の事業内容や市場環境を深く理解しているため、事業の選択と集中を機動的に行えるという利点もあります。不採算事業からの撤退や、成長分野への集中的な投資など、上場企業では難しい抜本的な事業構造改革もスムーズに進められるでしょう。さらに、MBOは自社内での取引が中心となるため、一般的なM&Aに比べて機密情報が外部に漏洩するリスクが低いという情報保全の側面も持ち合わせています。敵対的買収など、望ましくない第三者からのTOB(株式公開買付け)に対する対抗策としても有効に機能することがあります。

「される」側の視点:従業員・株主の心理

MBOは経営陣主導で進められる取引ですが、その影響は従業員や既存株主にも及びます。従業員の視点では、MBOによって会社が非公開化されることで、企業文化の変化や、最悪の場合には雇用への不安を感じることがあります。しかし、非公開化が短期的な業績プレッシャーからの解放を意味し、長期的な成長戦略に集中できるというメリットを理解してもらえれば、彼らのモチベーション維持にもつながります。MBO後の事業再編がポジティブな未来を描くものであれば、従業員は新たな成長機会として捉えることも可能です。

一方、既存株主にとっては、MBOは自身の保有株式を売却する機会となります。彼らは、経営陣が提示する買収価格が、市場価格や企業価値と比較して適正であるかどうかを厳しく見極めます。経営陣は「安く」買い取りたいと考える一方で、株主は当然「高く」売りたいと考えるため、価格交渉で対立が生じることも少なくありません。株主がMBOに納得し、スムーズに売却に応じるためには、買収価格の妥当性や公平性が極めて重要となります。

MBOが実施される主な理由とメリット

経営戦略の柔軟性とスピードアップ

MBOを実施する最大の理由の一つは、経営陣が長期的な視点での経営戦略を実行し、意思決定のスピードを確保することにあります。上場企業は四半期ごとの業績開示や株主からの短期的なリターンへの要求に常に晒されており、これが時に大胆な改革や長期的な投資の足かせとなることがあります。例えば、大規模な研究開発投資や事業構造改革は、短期的には利益を圧迫する可能性がありますが、長期的な成長には不可欠です。

MBOにより非公開化することで、このような短期的なプレッシャーから解放され、経営陣は本来目指すべき企業の成長戦略に集中できます。これにより、競合他社に先駆けた迅速な意思決定や、外部からの干渉を受けにくい環境での事業展開が可能となり、結果として企業価値の最大化につながると考えられます。特に変革期にある企業や、新たな事業領域への挑戦を検討している企業にとって、この経営の柔軟性とスピードは計り知れないメリットとなります。

資本効率の改善と事業再編

MBOは、資本効率の改善という東証からの要請に応える有効な手段としても注目されています。上場維持基準の厳格化が進む中で、企業は資本効率を向上させ、株主価値を高めることが強く求められています。MBOを通じて非公開化することで、経営陣は自社の状況を最も深く理解している立場から、事業の選択と集中を機動的に行いやすくなります。不採算部門からの撤退、コア事業へのリソース集中、大胆な組織再編など、上場企業では株主の理解を得るのが困難であったり、手続きが複雑であったりする施策も、MBO後であれば迅速に実行可能です。

これにより、無駄を排除し、効率的な経営体制を構築することで、企業全体の収益性や競争力を高めることができます。例えば、特定のニッチ市場で高い技術力を持つ企業が、上場によって生じる開示コストや多様な株主対応の負担から解放され、本業に集中することで、さらなる成長を遂げるといったケースも考えられます。企業価値を抜本的に向上させるための基盤として、MBOは重要な役割を担うのです。

情報保全と敵対的買収からの防衛

MBOは、企業機密や競争力の源泉となる情報の保全にも貢献します。一般的なM&Aでは、買収先の選定や交渉過程で多くの機密情報が外部に開示されるリスクが伴います。しかし、MBOは経営陣が主体となり、自社の株式を買い取る取引であるため、比較的クローズドな環境で進行します。これにより、技術情報、顧客リスト、事業戦略など、企業の重要な機密情報が外部に漏洩するリスクを大幅に低減することができます。特に競争の激しい業界や、独自の技術を持つ企業にとっては、この情報保全は極めて重要なメリットとなります。

さらに、MBOは敵対的買収への対抗策としても有効です。望ましくない第三者からのTOB(株式公開買付け)や、アクティビストによる経営介入のリスクがある場合、経営陣が主体となって企業を非公開化することで、そのような外部からの圧力から企業を守ることができます。企業本来の価値を理解し、長期的な視点で企業を守り育てたいと考える経営陣にとって、MBOは自社の独立性と安定性を確保するための強力な防衛手段となり得るのです。

MBOに伴うリスクと注意すべき点

既存株主との関係悪化と価格交渉の難しさ

MBOは、経営陣と既存株主の間で価格交渉の難しさを伴うことがあります。経営陣は、企業価値を最大限に高めるために、できるだけ低い価格で株式を買い取りたいと考えるのが自然です。一方で、既存株主は当然、保有する株式を最高値で売却したいと望みます。この利害の対立は、価格交渉を複雑にし、場合によっては既存株主との対立に発展する可能性があります。例えば、想定よりも高額な買収価格を支払うことになったり、一部の株主が提示された価格に納得せず、売却に応じないといった問題が発生することもあります。

特に、非公開化プロセスにおいて、買収価格が客観的な企業価値を反映していないと見なされた場合、株主からの訴訟リスクも生じ得ます。スムーズなMBOを実現するためには、公正かつ透明性の高いプロセスで企業価値を評価し、株主に対して丁寧な説明と十分な対話を行うことが不可欠です。

多額の資金調達と資金繰りの制約

MBOの実行には、多額の資金が必要となります。これはMBOにおける最大の障壁の一つと言えるでしょう。経営陣の自己資金だけでまかなえるケースは稀であり、ほとんどの場合、外部からの資金調達が必要になります。具体的には、特別目的会社(SPC)を設立し、金融機関からの借り入れ(レバレッジド・バイアウト、LBO)や、投資ファンドからの出資を活用するなど、非常に複雑な資金調達スキームを構築しなければなりません。このような資金調達は、企業の信用力や将来性に基づいて行われるため、不確実性も伴います。

さらに、MBOによって企業が上場廃止となると、株式の発行による資金調達という選択肢が失われます。MBO後は、金融機関からの借り入れや経営陣による増資が主な資金調達手段となり、資金調達の選択肢が著しく狭まります。これは、MBO後の企業の成長戦略やM&A戦略に制約を与える可能性があり、特に予期せぬ大きな資金需要が発生した場合に、資金繰りが困難になるリスクをはらんでいます。

税務上のリスクとMBO(目標管理制度)の混同

MBOには、税務上のリスクも存在します。例えば、経営陣が既存株主との交渉の結果、著しく安い金額で株式を取得したと税務当局に判断された場合、市場価格と取得価格の差額に対して「経済的利益」と見なされ、課税される可能性があります。このような税務リスクを回避するためには、買収価格の算定根拠を明確にし、客観的な評価に基づいた公正な価格設定を行うことが極めて重要です。専門家による税務アドバイスを事前に受けることが不可欠となります。

また、「MBO」という言葉は、マネジメント・バイアウト以外に「目標管理制度(Management By Objectives)」としても使われるため、混同に注意が必要です。参考情報にもあったように、目標管理制度としてのMBOは、8割の企業が導入しているにも関わらず、失敗した人事施策の第1位という調査結果もあります。これは、目標設定や運用方法によっては、本来の目的から外れたり、関係者のモチベーション低下につながるリスクがあることを示唆しています。マネジメント・バイアウトにおけるMBOとは全く異なる概念であることを理解し、混同しないよう留意しましょう。

MBOを成功させるための重要な要素

公正かつ客観的な企業価値評価

MBOを成功に導く上で最も重要な要素の一つは、公正かつ客観的な企業価値評価です。経営陣は買収者であるため、その主観が評価に影響を与える可能性を排除しなければなりません。企業価値の評価が不透明であったり、株主が納得できない水準であったりすると、既存株主との価格交渉が決裂したり、後の法的トラブルに発展するリスクがあります。

そのためには、独立した第三者機関や専門家(M&Aアドバイザー、会計士など)による客観的な企業価値算定が不可欠です。収益還元法、DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法、類似会社比較法など、複数の評価手法を適用し、多角的に価値を検証することが求められます。評価プロセスとその根拠を明確にし、透明性を確保することで、株主の信頼を得て、MBOをスムーズに進めるための強固な基盤を築くことができます。公正な価格設定は、全てのステークホルダーがMBOの目的と結果を受け入れるための出発点となるでしょう。

丁寧な株主・関係者とのコミュニケーション

MBOのプロセスでは、既存株主をはじめとする関係者との丁寧なコミュニケーションが極めて重要です。経営陣は、MBOの目的、背景、そして将来的な企業価値向上へのビジョンを、株主に対して誠実かつ具体的に説明する必要があります。特に、非公開化によって失われる上場メリット(流動性など)を補填するに足るだけの魅力を、買収価格や今後の成長戦略で示すことが求められます。

具体的なコミュニケーションとしては、TOB(株式公開買付け)開始前の十分な情報開示はもちろんのこと、株主説明会の開催や個別での対話を通じて、株主一人ひとりの疑問や懸念に真摯に対応することが成功の鍵となります。また、株主だけでなく、従業員、取引先、金融機関など、MBOによって影響を受ける可能性のある全てのステークホルダーに対しても、適切なタイミングで情報を共有し、理解と協力を得ることが不可欠です。信頼関係の構築が、スムーズなMBOプロセスを実現するための土台となります。

専門家チームによる多角的なサポート

MBOの実行は、法務、税務、財務、スキーム構築など、高度に専門的な知識と経験を要する複雑なプロセスです。経営陣だけでこれら全てに対応することは現実的ではなく、M&Aアドバイザー、弁護士、会計士などの専門家チームの支援を得ることが成功の鍵となります。M&Aアドバイザーは、MBOの戦略立案、資金調達の組成、買収価格の交渉支援など、プロセス全体のコーディネーションを担います。

弁護士は、会社法や金融商品取引法などの関連法規に準拠した手続きの実施、契約書の作成・レビュー、潜在的な法的リスクの洗い出しと対策を行います。会計士は、企業価値評価の実施、税務上の影響分析、会計処理の助言など、財務・税務面からMBOをサポートします。これらの専門家が連携することで、複雑な問題を効率的に解決し、MBOに伴うリスクを最小限に抑えながら、スムーズかつ確実にプロセスを推進することが可能になります。専門知識を活用することは、MBOを成功に導く上で不可欠な要素と言えるでしょう。

MBOにおける「安い」「やばい」という懸念への考察

買収価格の適正性への疑念

MBOに関して、既存株主や市場参加者から「買収価格が安すぎるのではないか?」という懸念がしばしば聞かれます。この「安い」と感じる理由の一つは、経営陣が会社の内情や将来性に関する情報を最も深く知り尽くしているという点にあります。この情報格差が悪用され、経営陣が故意に低い価格で株式を買い取ろうとしているのではないか、という不信感が生まれることがあります。特に、非公開化後に企業価値が大きく向上した場合、その恩恵を既存株主が享受できなかったことへの不満につながりやすいです。

このような疑念を払拭するためには、買収価格の決定プロセスにおいて、透明性と公平性を最大限に確保する必要があります。具体的には、独立した第三者機関による企業価値評価の徹底、複数の評価手法を用いた客観的な価格算定、そしてその根拠の丁寧な開示が不可欠です。また、買収価格が公正なものであることを示すために、公開買付価格が市場価格に対して十分なプレミアム(上乗せ)を付与しているかどうかも重要な判断基準となります。

MBO後の企業運営への不安

MBO後、「会社がやばくなるのではないか?」という漠然とした不安を感じる関係者も少なくありません。この「やばい」という懸念は、主に非公開化後のガバナンスに対するものです。上場企業は、金融商品取引法や証券取引所のルールに基づき、厳格な情報開示義務や株主からの監視を受けています。しかし、MBOによって非公開化されると、これらの外部からのチェックが減少し、経営陣の独走を許してしまうのではないかという懸念が生じます。情報開示の透明性が低下することで、企業の健全性が保たれるのかという不安につながることもあります。

また、MBOに伴う多額の資金調達、特に借入金が多い場合、MBO後の企業の財務状況が悪化し、過度なコスト削減やリストラにつながるのではないかという不安もあります。従業員にとっては、非公開化後の企業文化の変化や、自身の雇用への影響に対する懸念も「やばい」と感じる理由となり得ます。

懸念を払拭し、信頼を築くために

MBOにおける「安い」「やばい」といった懸念を払拭し、関係者からの信頼を築くためには、経営陣は以下の点に留意する必要があります。まず、買収価格の妥当性に関して、独立した第三者委員会の設置や、買収価格の算定根拠を詳細に開示し、その公平性を確保することが極めて重要です。これにより、情報格差による不信感を解消し、株主の納得感を高めることができます。

次に、MBO後の企業運営への不安に対しては、MBO後の明確なビジョンと具体的な経営戦略を早期に、そして繰り返し説明することが有効です。非公開化によって実現したい企業価値向上への道筋、従業員の処遇、ガバナンス体制の維持・強化策などを具体的に示すことで、関係者の不安を和らげ、将来への期待感を醸成することが可能です。長期的な企業価値向上へのコミットメントを明確にし、透明性の高い経営を心がけることが、MBOを成功させ、関係者からの信頼を勝ち取るための不可欠な要素となります。