MBO(マネジメント・バイアウト)という言葉を耳にすることは増えましたが、その具体的な意味や、もしMBOの提案があっても「会社を売らない」という選択をした場合に何が起こるのか、疑問に感じる方も多いのではないでしょうか。

MBOは、経営陣が自社の経営権を維持・強化することを目指すM&A手法の一つです。上場企業であれば非公開化を通じて短期的な株主の圧力から解放され、より自由で中長期的な視点での経営戦略を実行できるメリットがあります。しかし、すべての株主がMBOに賛同するとは限りません。

この記事では、MBOの基本的な知識から、「売らない」場合の株主の選択肢、MBOの「売り時」と適正価格の見極め方、さらには強制買取(スクイーズアウト)の仕組みまで、MBOに関するあらゆる疑問を分かりやすく解説します。

MBOの基礎知識:なぜ行われるのか

MBOとは?経営陣が主導する企業変革

MBOとは「Management Buyout(マネジメント・バイアウト)」の略で、現在の会社の経営陣が、株主から自社株式を買い取り、経営権を取得するM&A手法の一つです。

これは、外部の第三者が会社を買収する通常のM&Aとは異なり、「経営陣自身が主体となって」会社の所有権を握り直すという特徴があります。その目的は、上場企業であれば「非公開化」を通じて、より自由な経営を目指すことが多く、非上場企業の場合でも事業承継や経営体制の強化のために活用されます。

MBOは、単なる売却ではなく、企業の抜本的な経営改革や再編の一環として実施されることがほとんどです。これにより、経営陣は短期的な株主の評価に一喜一憂することなく、中長期的な視点での投資や戦略を実行しやすくなります。

MBOが選ばれる主な理由と目的

MBOが選ばれる理由は多岐にわたりますが、主に以下の3つの目的が挙げられます。

  1. 敵対的買収の回避:上場企業の場合、外部からの敵対的買収のリスクを避けるためにMBOが活用されることがあります。非公開化することで、市場での株式の売買がなくなり、外部からの経営権取得を阻止できます。
  2. 経営の自由度向上:株主の意向に左右されず、中長期的な視点での事業改革や迅速な意思決定を行いたい場合にMBOは有効です。特に上場企業では、四半期ごとの業績報告や株主への説明責任が求められますが、非公開化によってその負担が軽減され、より大胆な経営判断が可能になります。
  3. 後継者問題の解決:中小企業などでは、経営者の高齢化に伴う後継者問題が深刻ですが、外部への売却ではなく、現経営陣(または次世代の経営陣)に事業を承継させる目的でMBOが実施されることもあります。これにより、既存の企業文化や従業員の雇用を維持しやすいというメリットがあります。

近年、これらの理由からMBOを通じた非公開化の動きが増加傾向にあり、企業価値向上のための戦略的な選択肢として注目されています。

MBOにおける買い手と資金調達の仕組み

MBOの買い手は「経営陣」ですが、自社の株式を買い取るには多額の資金が必要となります。そのため、一般的には、経営陣が設立する買収目的会社(SPC)が、投資ファンドや金融機関からの資金援助を受けて株式を買い取ります。

この際によく用いられるのが「レバレッジド・バイアウト(LBO)」という手法です。これは、買収対象となる会社の将来のキャッシュフローや資産を担保に、金融機関から多額の借入を行い、その資金で株式を買収するというものです。これにより、経営陣自身の自己資金が少なくてもMBOの実行が可能となります。

MBO後は、経営陣と一部の投資ファンドなどが主要な株主となることが多く、株主構成が大きく変化します。投資ファンドは通常、一定期間(数年程度)で企業価値を高め、その後に再上場や第三者への売却を通じて投資回収を図ります。

MBOで「売らない」場合の選択肢とリスク

MBO提案に応じない株主の選択肢

MBOが提案された際、既存株主は主に以下の2つの選択肢を持つことになります。

  1. TOB(公開買付)に応じる:経営陣側が提示した買付価格で、所有する株式を売却します。これが最も一般的な選択肢であり、多くの場合、市場価格に一定のプレミアムが上乗せされた価格が提示されます。
  2. MBOに反対し、価格引き上げを要求する:提示された買付価格に不満がある場合、他の株主と連携して買収価格の引き上げを求める「株主提案」を行うことも選択肢となります。特に、買付価格が企業の本来の価値を反映していないと考えるアクティビスト(物言う株主)が中心となって反対運動を展開することがあります。

この交渉によっては、最終的な買付価格が引き上げられる可能性もあります。しかし、少数株主としてMBOに応じずに会社に残り続けることは、非公開化された後の株式の流動性低下や、後述する強制買取(スクイーズアウト)のリスクを伴います。

売却しないことで生じる潜在的リスク

MBO提案に応じず、株式を売却しない選択をした場合、株主はいくつかの潜在的なリスクに直面する可能性があります。

最も大きなリスクは、最終的に「強制買取(スクイーズアウト)」が行われる可能性があることです。MBOが成立し、経営陣側がほとんどの株式を取得した場合、残された少数株主の株式は、会社法に基づき強制的に買い取られることになります。この際の買付価格は、TOB価格と同等か、場合によってはそれ以下になることもあり、株主が望む価格での売却が難しくなる可能性があります。

また、MBOの発表により株価は一時的に上昇することが多いですが、もしMBOが不成立に終わった場合、株価が急落するリスクも存在します。さらに、非公開化された企業の場合、株式市場での売買ができなくなるため、残された株式の「流動性が極めて低くなる」というデメリットも考慮する必要があります。

MBOを実施しない場合の企業の進む道

MBOが何らかの理由で実施されない、あるいは断念された場合、企業は別の道を探ることになります。

考えられる選択肢は以下の通りです。

  • 現状維持:MBOを実行せず、現在の株主構成や経営体制を維持します。しかし、MBOを検討するに至った背景(例えば、経営の自由度を上げたい、敵対的買収を避けたいなど)が解決されないままであれば、再び同様の課題に直面する可能性があります。
  • 他のM&A手法の検討:MBO以外のM&A手法、例えば第三者への事業売却や合併などを検討するケースもあります。これは、企業の抱える課題解決や企業価値向上にとって、MBOよりも適した戦略が見つかった場合などに選択されます。
  • 事業再生・再建:MBOによる非公開化が叶わなかったとしても、経営改善や事業拡大を目指し、企業価値の向上を図る努力を続けます。財務体質の改善、新規事業への投資、コスト削減など、地道な企業努力を通じて、将来的に企業価値を高めることを目指します。

MBOはあくまで一つの戦略であり、それが実現しなくても企業が成長し続ける道は複数存在します。重要なのは、企業の将来にとって最善の選択をすることです。

MBOの「売り時」と適正な価格の見極め方

MBOが検討される「売り時」の背景

MBOにおける「売り時」とは、株主側が売却を検討するタイミングと、経営陣がMBOを仕掛けるタイミングの両方を含みます。特に経営陣がMBOを検討する主な背景には、以下のような企業の状況が挙げられます。

  • 敵対的買収の危機:外部の企業やファンドから敵対的買収の対象となりそうな場合、経営陣はMBOを通じて自社を非公開化し、買収を阻止しようとします。これは「買収防衛策」としての側面が強いです。
  • 大胆な事業改革の必要性:競争環境の変化に対応するため、大規模な設備投資や事業再編、抜本的なリストラクチャリングが必要な場合、上場企業であれば短期的な業績悪化を株主が許容しない可能性があります。非公開化することで、長期的な視点での改革を推進しやすくなります。
  • 後継者問題の解決:非上場企業の場合、創業者や現経営者が引退を考える際、外部への売却ではなく、現経営陣や若手幹部に事業を引き継がせる手段としてMBOが選ばれることがあります。

これらの背景は、企業が大きな変革期にあることを示しており、MBOはその変革を成功させるための重要な手段となり得ます。

株主がMBOに応じるか判断するポイント

MBOが提案された際、株主が応じるか否かを判断する上で最も重要なのは、提示された買付価格が「適正」であるかという点です。通常、MBOの買付価格は市場株価に一定のプレミアム(上乗せ分)を加えて設定されます。このプレミアムが十分であるか、株主は慎重に評価する必要があります。

判断のポイントは以下の通りです。

  • 提示価格と市場価格、企業価値の比較:提示されたTOB価格が、現在の市場株価や、専門家が算定した企業の公正な企業価値(バリュエーション)と比較して妥当かを確認します。
  • MBO後の企業成長への期待:もしMBOが成立し非公開化された場合、その企業が中長期的にどれだけ成長し、将来的に再上場や再売却された際に、今回売却するよりも大きな利益を得られる可能性があるかを考慮します。
  • 流動性の低下とスクイーズアウトのリスク:MBOに応じない場合、株式の流動性が大幅に低下し、最終的に強制買取(スクイーズアウト)の対象となるリスクも踏まえて判断する必要があります。

複数の専門家や弁護士に相談し、総合的な判断を下すことが賢明です。

適正な買収価格を見極めるには?

MBOにおける適正な買収価格を見極めることは、株主にとって非常に重要です。買付価格が不当に低い場合、株主は損をしてしまう可能性があるからです。価格の適正性を判断するためには、専門家による「企業価値評価(バリュエーション)」が不可欠です。

企業価値評価の方法には、主に以下の3つがあります。

  1. DCF法(Discounted Cash Flow法):企業の将来生み出すフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて評価する方法。企業の将来性を最もよく反映すると言われています。
  2. 類似会社比較法:対象企業と類似する上場企業の株価や財務指標と比較して評価する方法。市場の評価を参考にします。
  3. 純資産法:企業の貸借対照表上の純資産をベースに評価する方法。主に不動産など資産性の高い企業で用いられます。

これらの評価方法を組み合わせ、複数の専門家(証券会社、会計士、弁護士など)の意見を参考にしながら、提示された価格が公正であるかを確認します。もし不満がある場合は、他の株主と連携して価格の引き上げを要求する交渉も視野に入れるべきでしょう。2021年以降、MBOが株主の反対によって不成立となる事例も複数報告されており、適正価格の提示がMBO成功の鍵となります。

MBOに応じない株主はどうなる?強制買取(スクイーズアウト)の仕組み

スクイーズアウトとは?少数株主の強制買取

MBOの提案があっても株式を売却しない株主が一定数残った場合、最終的に「スクイーズアウト(Squeeze Out)」という手続きによって、その株式は強制的に買い取られることになります。

スクイーズアウトとは、会社の特定の株主(MBOの場合は経営陣が設立した買収目的会社)が、会社の議決権の大部分を掌握した後に、残りの少数株主から強制的に株式を買い取り、会社を完全に単独所有する状態にするM&A手法の一つです。これにより、経営陣は会社の完全な非公開化や、より迅速な意思決定の実現を目指します。

この仕組みは、少数株主の権利を制限するようにも見えますが、会社法によって厳格な手続きが定められており、残存する少数株主への補償が保証されています。会社の経営効率を高める一方で、少数株主保護のバランスを取ることが求められる制度です。

スクイーズアウトの条件と手続きの流れ

スクイーズアウトを実行するには、会社法に基づき厳格な条件と手続きが求められます。

主な条件としては、MBOを実行する側が、発行済株式の90%以上(または特別支配株主の議決権割合が90%以上)を所有している必要があります。この条件が満たされた場合、以下のいずれかの方法でスクイーズアウトが行われます。

  1. 全部取得条項付種類株式による方法:株主総会で承認を得て、発行済みの全株式を強制的に取得できる「全部取得条項付種類株式」に変更し、その後、買収者側がその株式を買い取る方法です。
  2. 株式等売渡請求による方法:特別支配株主が、会社に対して残りの株式を売却するよう請求し、会社の承認を得て強制的に買い取る方法です。
  3. 株式併合による方法:株主総会の特別決議で、株式を1株に併合し、端数が生じた株主には金銭を交付することで、実質的に強制買取を行う方法です。

いずれの方法でも、少数株主には、公正な価格で株式が買い取られる権利が保証されています。株主は、これらの手続きを経て、最終的に会社から切り離されることになります。

強制買取の価格決定と少数株主保護

強制買取(スクイーズアウト)が行われる際の株式の買付価格は、株主にとって非常に重要な関心事です。基本的には、MBOのTOBで提示された価格が、スクイーズアウトの際の買付価格となることが一般的です。

しかし、少数株主は、提示された価格に不服がある場合、会社法に基づき「価格決定の申立て」を裁判所に行うことができます。この申立てが認められれば、裁判所が公正な価格を判断し、その価格で買い取られることになります。これは、少数株主の利益を不当に害さないようにするための重要な保護措置です。

裁判所は、企業の財務状況、将来性、類似企業の評価などを総合的に考慮して価格を決定します。したがって、MBOに応じなかった株主でも、最終的には公正な対価を受け取ることが法的に保証されています。ただし、この手続きには時間と費用がかかる場合があるため、事前に専門家と相談することが重要です。

MBOにおける株主の疑問を解決!Q&A

Q1. MBOの買付価格は交渉可能ですか?

MBOの買付価格は、原則として経営陣側が提示するTOB価格となりますが、株主側からの価格交渉は可能です。

特に、提示された買付価格が企業の本来の価値を適切に反映していないと考える場合や、市場価格に対してプレミアムが不十分であると判断される場合、株主は他の株主と連携し、価格引き上げを要求する交渉を行うことができます。アクティビスト(物言う株主)などが大規模な株主提案を行うことで、実際に買付価格が引き上げられた事例も存在します。

ただし、交渉には専門的な知識が必要となるため、弁護士や投資銀行などのアドバイザーと相談し、企業の企業価値評価を独自に行うなどして、根拠に基づいた価格交渉を進めることが重要です。個別の株主が単独で価格交渉を成立させることは難しいのが実情です。

Q2. MBOが不成立になった場合、株価はどうなりますか?

MBOが発表されると、通常、買付価格にサヤ寄せする形で市場株価は上昇します。これは、MBOが成立すれば、提示された価格で株式が買い取られるという期待があるためです。

しかし、もしMBOが不成立に終わった場合、株価は発表前の水準、あるいはそれ以下に急落するリスクが高いです。MBOが不成立となる原因としては、株主の反対(提示価格への不満)、市場株価の高騰による買付条件の悪化、他の企業からの対抗TOB(ホワイトナイトの出現)などが挙げられます。例えば、2021年以降、株主の反対によりMBOが不成立となった事例が複数件報告されています。

MBOの不成立は、その企業が抱える問題や、非公開化によって解決しようとした課題が未解決のまま残ることを意味するため、市場からの評価が厳しくなり、株価に悪影響を与える可能性が高いと言えるでしょう。

Q3. MBO後、会社の経営はどう変わるのでしょうか?

MBO後、会社が非公開化されると、経営体制や事業運営に大きな変化が生じます。主な変化は以下の通りです。

  • 迅速な意思決定:上場企業のような短期的な株主の圧力や市場の評価に左右されず、経営陣の裁量が増すため、意思決定が迅速になります。これにより、中長期的な視点での大胆な事業戦略や投資が可能になります。
  • 経営の自由度向上:株主の意向に縛られずに、本業への集中や事業構造改革を推進しやすくなります。例えば、新規事業への大規模投資や不採算事業の整理など、上場時には困難だった経営判断が実行しやすくなります。
  • 債務の増加:MBOの資金調達のために多額の負債を抱えることが多いため、MBO後の会社は財務体質が一時的に悪化する傾向にあります。この負債をいかに返済し、企業価値を高めるかが経営の大きな課題となります。
  • 資金調達の選択肢減少:上場廃止により、株式市場からの直接的な資金調達(増資など)が難しくなります。資金調達は銀行融資や投資ファンドからの出資が主となります。

MBOは、企業が新たな成長ステージへ進むための重要な一歩ですが、その後の経営にはメリットとデメリットの両面が伴うことを理解しておく必要があります。